【写真】車椅子に乗る子どもたちにマイクを向けるスタッフ。子どもたちは楽しそうな表情をしていて、手には楽器を持っている。

私が昔住んでいた宮城県の仙台という街には、「とっておきの音楽祭」というとっても素敵な名前のミュージックフェスティバルがあります。

毎年6月の第一日曜日。

その日いちにちだけ、仙台の街はライブステージになり、障害のある人もない人も音楽を楽しむ光景が溢れます。

数年前たまたま商店街を歩いていたとき、とっても背が小さい女性や車椅子の男性が歌ったり楽器を弾いている様子を見たとき、とても驚いたのを今でも覚えています。当時の私にとってはそれくらい、障害がある人が街なかにいたり、音楽を演奏しているという光景が、普段見慣れないものだったのです。

彼らの楽しそうな笑顔、そしてその姿を見ながら同じように楽しそうに笑って手拍子をする観客のみなさんの笑顔。街中にそんな光景が散りばめられる「とっておきの音楽祭」が、今年も6月5日日曜日に仙台で開催されます。

一人一人がVERY SPECIALというメッセージ

とっておきの音楽祭の「とっておきの」とは、VERY SPECIAL(ベリー・スペシャル)の訳。一人一人がかけがえのない存在であり、音楽のチカラであらゆる個性が輝いてほしいという強い願いが込められています。

とっておきの音楽祭には、毎年県内外から数多くの団体・バンドが出演します。障害のある人もない人も参加し、心のバリアフリーを目指す屋外の音楽祭としては、日本最大規模です。

商店街、ビルの入り口、公園など様々な場所に30カ所ほどのステージが設けられ、300近くの音楽グループが出演。観客動員数は26万人にも及びます。

街のいたるところがライブステージになる1日

【写真】楽器を持ったりダンスのパフォーマンスをしている障害のある人たち。大勢の観客が楽しそうに周りを囲んでいる。

この音楽祭の実行委員長を務めるのは、伊藤清市さん。伊藤さんは先天性の病気があり、自身も車椅子ユーザーであることから大学時代からバリアフリーに関する活動に参加。とっておきの音楽祭が始まった当初から、バリアフリーについて情報が必要だということで運営に関わるようになったそうです。

この音楽祭は、2001年に身体障害者と知的障害者のスポーツ大会が統合した「全国障害者スポーツ大会」の第一回目が仙台で開かれたことがきっかけで生まれたもの。仙台には、市街のいたるところにステージをつくってジャズを演奏する「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」がありますが、同じように、障害があっても建物のなかだけでなく外で音楽を演奏できるような場をつくりたいという思いがあって始まったのがこの音楽祭です。

【写真】マイクを片手に観客へ語りかける実行委員長の伊藤さん

とはいえ障害者に対しては偏見も多いのが現状だと思いますが、実際に始めてみると反応は正反対のものでした。

最初は理解以前にそういう障害の方々がまだまだ街なかにいらっしゃることが少ない、だから何をやるんだろうって思われているところもありました。本来はスポーツ大会併催としての一度きりのイベントの予定だったのが、ふたを開けたらすごくよかったんです!室内で演奏するだけだと「障害に興味があるひと」だけが来ていたと思うんです。でも街なかでやることによって音楽に興味があるひとや、ふらっと街歩いてたらいい音楽が聞こえたなあと寄ってきて、それがたまたま障害を持った人だったということが起こる。それが街でやる魅力ですね!

”一回だけだともったいないので、来年もやってください”という市民の声がたくさん集まり、第二回を開催したらそれが毎年開催することになり、あっというまに今年で15年目の開催になっていました。

障害の有無に関わらず誰でも参加できるボーダレスな音楽祭

【写真】太鼓やギター、キーボードで真剣な表情で演奏を行う人たち。

とっておきの音楽祭はよく「障害者の音楽祭」と間違えられるそうですが、障害のある人もない人も参加できる、障害の有無というバリアを取り払ったボーダレスな音楽祭です。

3〜5割がなんらかの障害があるひとたちのグループですが、高校生や音楽サークルをしている人たちが出てくれたりしています。会場となるエリアステージは、間隔を空けて車椅子の方でもステージに乗れるようにするなどの配慮をしています。ステージだけでなく、音楽祭では仙台市街のバリアフリートイレや駐車場などの情報をまとめたマップを配布したり、400人近いボランティアが困ったときはサポートをするなど、様々なひとが安心して楽しめる空間作りをしていますね。

【写真】障害のある子どももない子どもも満面の笑みで楽しんでいる。

どんなひとでも同じように音楽を楽しめる空間を街でつくることで、障害があるひともないひとも、自然に混じり合い交流するような場が生まれます。

障害がある方を町で見かけるきっかけがない人が多いので、障害がある方もこうして演奏出来るのねという声をよく聞きます。音楽に興味あってきたら、たまたま障害を持った方だったっていう人も多く、年々ファンが増えているという実感はありますね。

長年音楽祭に関わってきた伊藤さんにとってもっとも印象的だったのは、2011年の東日本大震災の年に行った音楽祭だったのだそう。

東日本大震災の年は、当時エントリーの締め切りがちょうど3/11だったんですよ。沿岸部ではFAX送っても返ってこないような状況で。でもエントリーしてくださった方がいるならやろうと決めて連絡を取っていたら、返信が返ってきた9割の方は「こんなときだからこそやってほしい」と言ってくださったんです!全国の皆さんにも応援していただいて、なんとかいつもと同じ6月の開催にこぎつけました。あの時の喜びは今でも覚えていますね。

こうしてとっておきの音楽祭は、仙台の人々にとって一年に一度の大切な行事に育っていったのです。

仙台をいろんなひとが住みやすい街にしたい

【写真】笑顔で集まる大勢のボランティアスタッフ

400人近くのボランティアスタッフが支えていることも、とっておきの音楽祭の特徴です。

実行委員には福祉系の職業をしている人だけでなく、サラリーマンも学生もミュージシャンもいます。そして商店街の人たちの協力もあります。そういったいろんな人の支えがないとやっていけない音楽祭なので、今後も続いていくよう若い世代もどんどん関わってきてほしいと思っています。

とっておきの音楽祭はけっして自己表現の場というだけではなく、街なかを舞台に選ぶことで、自然に障害のある人とない人が一緒に暮らしていけるようなまちづくりをしたいという思いがこもっています。

私自身が仙台で生まれ育って、大学からバリアフリーの活動をしてきて、もっと仙台がいろんな人が住みやすい街になっていくといいなと思っています。とっておきの音楽祭が、音楽のインフラづくりもありますが、まちづくりのインフラづくりになっていけばいいですね。

【写真】タンバリンを片手に真剣な表情でスタンドマイクに向かい歌う人

【写真】道路に椅子を置きギターを演奏し歌を歌っている人。周りを大勢の観客が囲み演奏を真剣に見つめている。

とっておきの音楽祭の一番の魅力は、「障害の有無にかかわらず、誰もが住みやすいまちで精一杯自分の人生を楽しむ」という素敵な世界観を身を持って体験できることだと思います。

金子みすゞさんの詩にある「みんなちがって みんないい」という一節をコンセプトに掲げているとっておきの音楽祭では、音楽を通じてお互いの違いを認め合う社会をつくりたいという思いが込められているのです。

今年は29ステージ、340グループ、約2600人ものアーティストが仙台市街でパフォーマンスを繰り広げます!たくさんの人にこの空間を体験してもらうことで、「こんな社会がいいよね」という思いが芽生え、とっておきの音楽祭が目指す多様な人々が認め合える社会に近づくことを心から願っています。

開催情報:
「とっておきの音楽祭」
2016年6月5日(日曜日)ストリート 10時00分〜17時00分、フィナーレ 17時30分〜19時00分

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