【写真】もりのキッチンで働くスタッフのみなさんが思い思いの笑顔で立っている。

わたしたちは日々、本当に自分らしい姿で働いているでしょうか? 

自分の意見を話したり、喜怒哀楽を表現することは、本来当たり前のことであるはずなのに、なんだかそれが難しい……。わたし自身、伝えたいと思ったことを遠慮したり、怒ったり哀しいのに我慢したり、口から出る言葉と自分の本心が離れているように感じることがあります。

でも、わたしが訪れた『森のキッチン』で出会ったスタッフの皆さんは、障害がある方もない方も、楽しそうに自分らしく働いていました。その姿を見て、わたしは日ごろの自分を顧みずにはいられませんでした。

そんな森のキッチンで出会ったあたたかな空気感と素敵な働き方を、今回はみなさんにお届けしたいと思います。

市民の暮らしの場所にある福祉施設

【写真】もりのキッチンの食堂。多くの人が椅子に座りお昼を頬張っている。

「いらっしゃいませ! こんにちは~!」

お昼時にスタッフの声が元気よく響くこの食堂があるのは、大阪府・堺市市役所です。

【写真】大阪府・堺市市役所の大きなビル。
本館地下一階にある『森のキッチン』は、市役所の食堂であり、また誰でも利用できる地域に開かれた空間。

店内は木のぬくもりが優しく、奥には子どもを遊ばせられる座敷スペースや授乳室もあります。街なかのカフェのようでもあるのですが、実はこの食堂は障害者就労継続支援施設。働くスタッフの半数が、障害のある方です。

障害者就労継続支援施設という、一般の企業で働くことが難しい人達が施術を身に着ける場所をご存知の方は少ないと思います。そして、そういった施設を日常生活の中で見たことがある人もなかなかいないのはないでしょうか。

森のキッチンは、人々の生活導線の中に福祉施設を設けたという、全国でも珍しく海外からも注目される場所なのです。

森のキッチンがオープンしたのは2015年2月。運営するのは堺市にある社会福祉法人コスモスです。堺市が市役所の食堂を運営を担う団体を募集した際に、公募によって選ばれ、ここを運営することになりました。

「多様な人達が集まって、つながりを持てる場所を作りたい」という想いでこの食堂の運営に手を上げたのは、同法人の増田靖さんです。

地域と関わることで障害者が置かれる環境が変わった経験をベースに

【写真】インタビューに応える社会福祉法人コスモスのますだやすしさん。

増田さんは16年ほど前に社会福祉法人コスモスに入られ、堺市南区で重症心身障害者の暮らしを支える仕事に携わってきました。2013年に北区にある障害者作業所に移り、2014年夏、堺市が行った食堂の運営者を決める公募に参加。2015年に森のキッチンのオープンに漕ぎ付けました。

南区で障害者作業所に併設した『福蔵』という喫茶スペース運営したり、行政と一緒になって区内の作業所が参加したネットワーク『ギャラリーみなみがぜ』を立ち上げ、そして区役所内の食堂を運営したり。2つのスペースを運営した経験がありました。地域で活動することで人が優しくなり、障害のある方が作ったものが売れるようになる、協力者が出てくることもある。そして、子育てや高齢者の一人暮らし、女性の働き方などの違う社会問題があるんだということも、自分達の活動を通じて知ることができたんです。

場所があることで、何かが動き出す、相乗効果が生まれることを実感できる。これらの成功体験は増田さんが森のキッチンを手掛ける原動力になったといいます。

障害のある方の働く食堂が市役所に入ることによって役所の人との繋がりもできるだろうし、地域の人達や他の障害者団体とのつながりもできるだろうと考えました。また、あとで知ったことですが、政令指定都市で障害者雇用を前提とした食堂の公募は日本では初めてだったみたいで!そのおかげもあって、規模が大きいんですよ。食堂に協力してくれる団体は一個人でなくて企業の場合も多い。それが障害のある方のためになるし、地域がよくなるということは、結果自分のためや未来のためになる。だから、まずはここを地域が繋がれる場所にしたいと考えたんです。

障害者のために環境を整えると、みんなが心地よくなる

【写真】インタビューに応えるますださんとますださんの話を真剣に聞くライター。

お話を伺ったのは座敷スペース。置かれているおもちゃや絵本はすべて寄付されたものです

地域やその周りの人とつながる場所として、明るく清潔感のある空間にこだわったという増田さん。椅子以外はすべて手作りしたといいます。

スタッフと一緒にオープンまで机などを作ったり、ペンキを塗ったりしました。モノを大事にすることを伝えられたらという意図もありました。おしゃれにしたのは、「障害者がやっている」という社会的なイメージを一新したいと思ってのことです。建築家の方やデザイナーの方に相談して、とびっきりおしゃれにならないように、あったかみを残しつつ和みやすい雰囲気を演出していただきました!入ってきた瞬間に「良い空間だ」と感じてもらえるようにしたかったんですよ。

増田さんこだわりの空間は、まだまだ秘密があります!

店内の表示は、漢字を含む日本語、英語、イラストで表示をしています。これは日本語が読めない人をはじめ、小さな子どもまで多くの人に理解しやすくする工夫なのだそう。奥にある座敷は、障害のある人が急に体調を崩した際や長距離移動で疲れた場合に横になれるだけでなく、子連れの人が利用しやすいという利点が。あらゆる場所に、「誰にとっても優しい場所でありたい」という考え方が貫かれています。

森のキッチンの障害の捉え方は、

障害に対して環境を整えることで、健常者と同じになる。
また障害者に対して優しいことは、誰にとっても優しい。

というもの。その例は、働き方においても現れているそうです。

聴覚障害のあるスタッフが「接客したい」って言うので、どうしようかなあと考えたのです。それで、食券を販売するときに、A、B、Cと書かれたメニュー表を使って、指差しで注文を取ることにしたんです。僕も横に立って接客をすることがありますが、BとCの違いが聞き取りにくかったりします。そんな時に「Bですか?」ってメニュー表を指さして確認すれば分かりやすい。聴覚障害の方のためにまずは考えたことが、誰にとっても使いやすいしコミュニケーションしやすい。そういったアイデアがどんどん生まれたら、聴覚障害だろうが、視覚障害だろうが、誰だって働けるやん!って思いますね。

【写真】緑のボードにチョークで日替わりランチのメニューが書いてある。

(実際に使っているメニュー表)

 

飲食と福祉、二つの切り口が強みになってきた

【写真】インタビューに応えるますださん。

増田さんは地域とのかかわりも大切にされていて、できるだけ地元の食材を選んでいるそう。近くの商店街にある八百屋さん、豆腐屋さん、肉屋さんなどから仕入れるようにし、商店街の活性につながってほしいと考えられています。

でも、実は地元の食材にこだわり過ぎて、原価が上がり過ぎまして(笑)。これはアカン!と。どうしようかと考えているときに、飲食業界に詳しい協力してくださる方と出会いました。その方とメニュー開発やコンセプトの考え方を教えてもらったりして、立て直しをしたんです。その工夫もあって、昨年の秋ぐらいからは黒字にすることができました。

飲食の部分だけ考えると赤字の経営からはじまった森のキッチン。ですが、地元、地域にこだわった分、つながりも確実に増えていったといいます。

地元、地域に密着して、異業種の人が交流出来る場所にということでコンセプトを絞っていたので、いろんな方を巻き込んで協力していただけるようになったのかなと思います。多くの人が出会った場所というのは様々なつながりができるので、福祉以外の人達と自然な形で出会っていけるんですね。例えば、商店街であるイベントにうちのスタッフが参加をして、「森のキッチンのスタッフなんです」と言ったら、自然と交流が生まれる。店について案内をしたり、ここが商店街のイベントの説明会に使われるたり、嬉しいつながりが生まれています。

福祉施設である森のキッチンが、人と人をつなげている。障害者とそれ以外の人というだけでなく、社会的に弱い立場にいる人や困っている人まで、今までつながれなかった人同士を出会わせる場所に成長してきているそうです。

1年半やってきて、森のキッチンは福祉という切り口と飲食という切り口を持ってるからこそ、いろんな人をつなぎ合わせることができるようになったと思います。子育て世代の方や、高齢者や、商店街や、行政の人とも。そういうようなことを見てると、「福祉は未来を変えられる力があるんじゃないのか」って思います。

 

一度来るとクセになる、応援したくなる、そんな食堂

【写真】食堂の注文スペースに多くの人が並んでいる。彼らは、ご飯を楽しみにしているようだ。

12時になると、休憩時間になった市役所の職員さんが集まり、店内はあっという間に行列に! お昼ご飯を楽しみにしているお客さんに、スタッフのみなさんはてきぱきと対応していきます。

食事時に少しずつ時間をいただいて、利用しているお客さんにもお話を伺うことができました。まずは、毎日利用しているという堺市副市長、田村恒一さん。

【写真】堺市副市長のたむらさんが美味しそうにご飯を食べている。

議会中はいつも堺市の伝統産業である和泉木綿で作られたシャツを着られているそうで、鮮やかな模様が食堂ではひときわ目立っていました!

個人的に非常にいい取り組みをしているなと思っています。経営がうまくいくといいなと思って、なるべく毎日来ていますよ。小鉢や副菜も毎日変わりますし、丁寧に作られてる、ちゃんとしている料理なんですよ。ヘルシーですし、地元の野菜、食材を使っているのもいいですね。まだまだ知られていないようなので、もっと一般市民の人にも利用してもらえるといいなと思っています。夜も宴会などで使えますしね。

お次は、議会の時や市役所に来るときはたいていここで食事をしているという、堺市議会議員、長谷川俊英さん。

【写真】堺市議会議員のはせがわさん。嬉しそうにご飯を食べている。

議会でも障害者雇用については常に議題にのぼっていましたが、市役所の食堂でそれを実践することで、民間へのアピール、また市民への啓蒙にもなると思います。私は障害者雇用に協力しようという気持ちで利用しているのではなく、体によい食事が食べられるし、気持ち良く過ごせるからここに来ているんですよ。前の食堂に比べて明るく、障害者と健常者がお互いをカバーして働いていて雰囲気がいいですし。以前は周囲の飲食店に行っていたのですが、一度利用したら次もここに来ようと思わせるものがありますね。

また、オープンしてからほとんど毎日利用しているという堺市健康福祉局、障害者支援課の河瀬桂子にもお話を伺いました。河瀬さんは南区で前出の『ギャラリーみなみかぜ』にも携わっていた職員さん。ここができるきっかけや、オープンしてからの評判についても伺うことができました。

【写真】堺市健康福祉局、障害者支援課のかわせさん。笑みを浮かべながらうどんをすすっている。

導入したきっかけは前の食堂がなくなることになり、障害者を雇用することを前提に公募をしたことです。導入してみて、外からよい反響をいただいています。他の市町村だけでなく、韓国からも視察に訪れる方がいるんですよ。堺市という行政と地域の福祉法人がコラボしているというのが珍しく、また、この大きな規模でしているというのが、他にあまりないんですね。地域福祉にとても貢献していただいていると思います。地域の人が応援してくれ、「堺市はよいことをしているね」と市民からも褒めてもらうことも多いですよ。

障害者の雇用や福祉は行政が何とかしないといけないというイメージがありますが、民間とタッグを組むことで相乗効果があるといいます。

堺市としても障害者雇用を進めようとしていますが、スムーズにいくことばかりではない面もあります。ここを参考に他の場所でも雇用が進んだり、食堂の様子を見ていただくことによって障害者についての啓発・啓蒙になっていくといいなと思っています。

ここを利用することを楽しんでいる市役所職員の方も多いそうです。取材時も次々と職員さんが利用していました。

お昼時はかなり多くの職員が利用しています。ここはお酒も出せるので、夜の宴会、女子会させてもらったり(笑)。職員同士で集まると人数が多いので、ここだと50~100人規模で使えてありがたいですね。個人的には、いつ来ても体に優しいものが食べられてありがたいと思っています。

他にも、月に1~2回、近くでママ同士の集まりがあるときに利用しているという、座敷スペースでお子さんと食事をとっていた方や。。

【写真】座敷スペースで小さなお子さんと一緒にご飯を食べているお母さん。穏やかな時間が流れている。

隣町に住んでいて、この日偶然森のキッチンを知り、初めて訪れたというご夫婦まで。。

【写真】夫婦2人が向き合いながら椅子に座り、それぞれ口にご飯を運んでいる。多くの人がもりのキッチンに訪れているのだ。

森のキッチンでは、行政に関わる人達だけでなく市民の方まで幅広い世代と立場の人が集まり、それぞれの時間を楽しんでいることが分かりました!

時刻は13時近く。そろそろピークタイムを越えたという頃合いになって、soar取材班もお昼をいただくことに!

【写真】メニューを眺めるsoar取材班。自然に笑みが溢れている。

ABCのランチに麺類、丼とメニューが多く、真剣に悩むわたし達…。

【写真】重箱のような器に白米、刺身、サラダ、ゼリーがバランスよく入っている。

【写真】お盆に3色丼とお吸い物、ゼリーがのっている。ヘルシーでお美味しそうだ。
口に含んだ瞬間、これは体にいいものだと分かる味付け。この日の小鉢は野菜ジュースをベースにしたゼリー。「これだったらわたしにも作れるかな!」「どうしたらこんなに柔らかく作れるの?」など話をしながら、ペロリと完食。

優しい味のランチを堪能し、食後は実際にこちらで働くスタッフさんにお話を伺いました!

初めての食券売りが楽しかった!

【写真】もりのキッチンスタッフのまつもと みちこさんとシェフのはしもとさちさんが楽しそうに会話をしている。

はじめにお話を聞かせてくださったのは、視覚障害のあるスタッフ松本美智子さんと職員でシェフの橋本さちさんです。

_いつから働いていますか?

松本さん:オープンする1か月前から。机作ったり、棚を作ったり手伝っていました。

_今日は食券売りをされていましたよね? いつもその担当ですか?

松本さん:食券売りは今日初めてです。すごく楽しかった!

_普段はどんなことをされているんでしょうか。

松本さん:下ごしらえとかしている。でも、接客が好きなので。今日のほうが楽しかった。お客さんと友達になれるし。いやなことも忘れるし。

_森のキッチンで勤めるようになってから、何かご自身に変化はありますか?

松本さん:できることが増えた。家で活用できるようになった。家では洗い物が嫌いだったけど、出来るようになった。

_ここで働いてみてどうですか?

松本さん:スタッフさんも職員さんも優しい。今度は麺場に挑戦したい、湯を切るのとか、ちょっとかっこいいなと思って。ここにきてからわたし、すごい成長力で(笑)。前は熱いものとか全然触れなかったけど、今は素手で触れるし。片付けできるようになったし、仕事の要領がよくなった。洗い物も早くできるようになった。スプーンや箸をキレイに並べないといけないんですけど、一番上手だと言われるようになりました!

_橋本さんは松本さんと同じころからこちらにいらっしゃいますか?

橋本さん:松本さんはわたしより半年ほど前からこちらで働いていて、“先輩”ですよね。何かあると「橋本さんやから許してあげるけど、、」とか言われてますね(笑)。

_橋本さんからみた松本さんはどんな方ですか?

橋本さん:その場の空気を感じられる方ですね。店が元気じゃないとか、瞬時にキャッチしてすぐ雰囲気を変えられる。売り上げが悪い時も、まわりを鼓舞してくれます。仕事も丁寧にしてくれるけれど、なによりムードメーカーで、みんなの精神的な軸になっていますね。

_働きぶりはどう見られていますか?

橋本さん:前は洗い場だけでしたが、次から次へと挑戦したがるのがいいなと思っています。前任の担当者からは、視覚障害があるので「見えへんからできひん」と口癖がある、と聞いていたのですけど、今はそんなこと言わないですよね。(松本さんのほうを向いて)素敵だなと思ってますよ!って普段言ったりしないから照れちゃいますね(笑)。

働くのは大変です。でも仲間に会えてうれしい。

【写真】もりのキッチンスタッフのてらにしまもりさんがインタビューに応えている。

知的障害のある寺西守さんは、オープンから少しだけ経った、2015年4月からこちらで働いています。

_今日はどの場所で働いてましたか?

盛り付けをしていました。

_いつもその場所ですか?

普段は洗い場をしたり。。

_仕事はどうですか?

働いていてキツイです。。大変です。

_楽しいところはないですか?

楽しいのはいろいろな仕事ができること。仲間に会えることです。

前の職場より楽しく働いています!

【写真】もりのキッチンスタッフのまつむらけんじさんがインタビューに応えている。

知的障害のある松村健史さんは4月から森のキッチンに入られました。

_今日はどの場所で働いていましたか?

今日は洗い場にいました。普段は他に配膳を下げたりもします。

_どんな仕事が楽しいですか?

切るのが楽しいです。ハンバーグにしめじとか玉ねぎとか添える、そういうのが楽しい。

_大変なところはどんなところですか?

夜パーティーがあるときの片付けとか大変ですね。

_以前はどんな仕事をしていましたか?

掃除の仕事をしていました。トイレ掃除とか。

_いまと比べてどうですか?

こっちのほうが楽です。洗い物が好き。お客さんが来てくれて嬉しい。

_今後挑戦したい場所はありますか?

カフェコーナーをやってみたいです!

 

皆さんそれぞれ、表現の方法は違うものの、お話を伺っていて感じたのは、仕事へのやりがいと今の仕事に就ける喜びを持たれているということでした。「大変です、楽じゃないです」と言いながらも、一つ一つの言葉から、真摯に仕事に向き合っている様子が伝わってくるように思いました。

訓練はしない。やりたい気持ちを大切にした担当制

【写真】インタビューに応えるますださん。

生き生きと働くスタッフ達をリーダーとしてまとめる増田さん。どのようにスタッフを育てているのか伺いました。

本人にどんな仕事したい? と聞くところからですね。たとえば売り子したい、接客したい、コーヒー淹れたいとか。やりたいというところからチャレンジしてもらいます。訓練させてから、ということはしません。多少時間は掛かるかもしれないですが、みんな「やりたい」と自分が言うことならちゃんとやってくれますから。

聴覚障害のあるスタッフが接客をするようになったのも、その結果ABCランチができたことも、その人自身のやりたいことを聞いた結果なのだそう。他にもいくつかのエピソードを教えてくださいました。

例えば、ガスコンロの周りは視覚障害の方は難しいといったことがありますけれど、今では包丁で調理したり、下準備をしたりしています。接客をしたいと言った方もはじめはもどかしい部分もありましたが、時間が経って慣れてきていますね。

それから、自閉症の傾向がある方がごはん盛る係をしているんですけど、顔を見てこの人が大盛りにするか小盛りにするか見計らって盛るんです。この人いつも大盛り食べるなとか、70人分くらい覚えてはって! 僕は焦るから、盛ったごはんをいっぱい用意しておかないと不安なんですけど、彼はタイミングでわかってるので、来たら入れる。で、僕が「早く入れないと」と言ったら「まだや」と、自分のタイミングで入れたがる(笑)。彼の力はすごいなあと思っています。

スタッフ・寺西さんのインタビューでも出てきた言葉ですが、コスモスでは働くスタッフのことを「仲間」と呼ぶ習慣があるそうです。「障害がある無しかかわらず仲間として」という意味合いだそうですが、増田さんが他の作業所で働いていた時は、仲間=障害のあるスタッフという認識があったといいます。

ここで働くようになってからは、共に汗を流し、彼らの働きを見るなかで、仲間という言葉は心の底から出るようになりました。僕にとっては職員も障害のある彼らも同じスタッフ。それは彼らの働き方が僕に教えてくれたものです。これまでは「支援する対象の人」だったんですけど、今は「このレストランをよくするための協力者」という考えに変わりました。一応僕は店長ですけれど、何も権限はないです(笑)。みんなの方が現場が分かってて僕の数倍力があると思うので、彼らから学ぶことはすごく多いです。

その協力者がいかに頼れる存在かを示すこんな話も聞かせていただきました。

今年の秋、台風が来た日のことなのですが、悪天候なので、障害のあるスタッフが休みだったんです。スタッフが全員休みだと大パニック(笑)。僕ははじめてごはん盛ったんですけど、全然ダメなんですよ。普段担当しているスタッフはさすがだなあと思いました。それから、洗い物が一気に100人分以上来るんですよ、1000食器くらい。それを瞬時に洗いにかけるんですが、僕らがやったらなかなか終わらない。それに比べてスタッフのなかには1年半やってきてる人もいるので、すごい力がついてます。

難しいことがあっても、それをできるようにするために工夫をするとというのは、細部まで徹底しています。

お金の計算とか、どうしても難しいときはあります。そんな時は、おつりを並べておくようにしておけばいいんです。1000円札もらったらこれ渡してねと伝えておく。僕もそうやって準備してあったら楽ですよ。ときどき1150円なんかがくると「うーん」って悩んでいるけど(笑)、お客さんも分かってくれているから待ってくれる。お客さんとコミュニケーションが生まれるんですよね。どうしても普通のコンビニや飲食店で店員さんの対応が遅いと、お客さんもイライラしがちですよね。でもお客さんがちゃんと待っていてくれるのは、この食堂のあたたかな雰囲気作りのおかげだと思います。

【写真】100円玉と50円玉がおつりの代金分にまとめられて並んでいる。

(おつりは並べて用意! 職員さんも楽で助かっているとのこと)

 

そしてスタッフのみなさんは、ハキハキとしゃべる方が多い印象を受けました。「こうしたほうがいい」という意見を持っている人も多く、心強そうな印象です。

スタッフで障害のあるなし関わらず、この店をよくしたいと思ってくれてる人の意見は参考にさせていただいています。(一人の女性を指して)彼女は洗い場の第一線に立っているんですけど、お客さんが帰るときに何が残ってるかを見てるんです。「あれ人気無い、全然減ってへん」って言うから食べてみたら辛かったということもありました。そういう彼らの小さな意見を参考にしながら、メニューに反映することもあります。みんながプロ意識を持ってくれているんじゃないかなと思っています。

地域全体に卒業生がいることが夢

【写真】キッチンで働くスタッフさんたち。マスクとエプロンをしていながらも、笑みを浮かべていることがわかる。

プロ意識を持ち、能動的に働いているスタッフの皆さん。ただし、森のキッチンは障害者就労継続支援施設という側面から、一般の企業などで働けるようになるための能力を身に着ける場所という位置づけです。

スタッフにとったら、ここが最終の就職先じゃないんです。ここを経て、一般の幼稚園、認定こども園に就職された方もいます。僕は障害のある方が駅前の商店街などに、ひとりでも多く出て行って働いてほしいなと思っていて、そのためにも地域との交流というのは必要だなと思ってます。ここに通えるってことは、きっと他の飲食店でも働けるじゃないですか。森のキッチンが就職訓練所みたいになって、彼らの次の就職につながればいいなと思っていますね。

行政だけでなく地域と関わる森のキッチンであれば、今後その役割を果たせていけそうだなとわたしは感じました。

「ここから出た人なら仕事も安心して任せられる」と言ってくれる人が出てくるといいですよね。いつでも見学出来ますし、地域の交流や触れ合いをしてる中で「あの子うちで雇ってもいいで!」って言ってくれる人ができたらいいなと思うんですよね。卒業生が居酒屋で働いてるとか、絶対いいやんって(笑)。いろいろ、夢は膨らむんです。

 

仕事を通して自信を持つことがその人を変える

【写真】インタビューに笑顔で応えるますださん。
ここに入ってから、みなさんにはどのような変化があるのでしょうか。能動的なスタッフが多い印象ですが、みなさん初めからそうだったというわけではないようです。

「仕事がその人を変えるなあ」って今質問されてパッと思いました。スタッフそれぞれ、自信があるなと思います。例えば、ごはん盛っているスタッフの1人は、作業所時代はあまり笑わなかったんですって。でもここですごく笑ってる姿を見て、昔からその方を知っている職員は涙を流していました。あるスタッフは、ずっと常に「仕事を探さないといけない」という使命感に駆られていて、とにかくハローワークに何回も通っていました。ここに来た当初も落ち着かない感じではあったんですが、しばらくして自分の仕事がコレだとなって心が入ったのか納得されたのか、今はそういう感じがなくなりましたね。

みなさんが仕事を通じて得た自信がそうさせるのか、もっと上を目指したいという姿勢を持つ人も多いそうです。

最近、お母さんが定年退職されたことで、「もっと給与のいいとこに移りたい」と意欲を持っているスタッフはいますね。とあるスタッフもまだ21歳ですけれど、「森のキッチンで経験を積んで、飲食業に将来就職したいからここに来たんだ」とハッキリ言っていて、すごいなあと思います。

森のキッチンは障害者就労継続支援施設B型。スタッフの月収は4~5万円とのことですが、他のB型の作業所の全国平均は1万4,190円(※平成24年度)。森のキッチンを「よい環境」と捉えていたスタッフが、自信をつけることでより上を目指すように変わっていくそうです。

他にも、レストランで料理長として働いていた際に脳梗塞で倒れて半身不随の状態だった男性が、ここで働いてから自分が今までやってきたことを一つずつ取り戻し、自信を回復している例もあるのだそう。

人のことを思いやれる職場にしたいな思っているので「ここにいると人に優しくなれるわ」と言ってくれるスタッフは多いですね。それも彼らの変化のひとつかなと思いますね。

最後に、とっておきのものを見せていただきました。それは「森のキッチンから生まれた物語集」。ここには毎日の小さなエピソードがまとめられています。増田さんの愛情たっぷりな文章を一部抜粋して、紹介させていただきます。

スタッフの成長では…。
●ビラまきいかな!
スタッフのAさん、売り上げが××円で…との朝の報告に対して「ビラまきいかな!」との強い提案。触発された職員と一緒にビラまきに取り組み始める。

●他の人の役に。
仲間スタッフから、熊本地震被害地に対して、クッキーを送るだけでなく、森のキッチンで募金活動をするべきなのではと相談があり。実施できるよう調整をすることに。

お客さんとの話では…。
●こども、実は。
食事に来たおかあさんと息子さん。何気ない挨拶から「実はうちの子、自閉症なんです・・・」と。人に自分の子どものことを話せたおかあさんの気持ちってどんなだろう。
でも、店員に自然に話せるっていいかも!

●おじいじゃんは経営者
盲目のおじいちゃんは、週に1回程度来店。そのたびに「よーくがんばってんな」「おいしいで」とのコメントをいただきます。その表情は本当にうれしそうで、こちらが元気をもらいます。

などなど、読むだけで目じりが下がり涙腺が緩むようなエピソードばかり!日々、地域と関わり、たくさんのお客さんが来るからこそ生まれるお話は、いつかこれが本となってまとまる日が来るのでは?と思ってしまうようなあたたかさでした。

自分らしい姿で働くことの大切さ

【写真】ますださんとsoar取材スタッフが微笑みながら並んでいる。とても楽しそうだ。

増田さんはインタビューの間、終始心から楽しそうにお話をしてくださいました。「福祉の仕事は天職だと思っている」とおっしゃる言葉の通り、この場所を楽しみ、スタッフの可能性を信じ、みんなに愛されるリーダーシップを取られています。あまりに楽しそうで、思わず「16年、福祉施設に携わる中で大変だったとか、辞めようと思ったことはないですか?」と伺うと、、

ないんですよ!楽しいです。やっぱりね、エネルギーを貰うんですよね。人の魅力が山のようにあるんです。彼らのことを妖精なんかなー?と思うくらい!自分が自分らしくいられるというか、自然体で触れ合うことができるし、彼らも自然体でいてくれます。この仕事ならではの、人としての本質にずっと触れられる幸せは、なかなか味わえないと思っています。彼らと触れ合う中で大変とか、ストレスとかはないんです。もちろん食堂の経営は大変ですけど、ね(笑)。彼らと一緒に一生過ごせる、働ける。それがなによりのことです。

この増田さんの気持ちこそが、森のキッチンだけでなく地域の福祉にまで影響を及ぼす原動力なのだと感じます。1日を通じて、スタッフの皆さんも、職員さんも、生き生きと働かれている姿が印象的でした。わたしはその姿を見て「楽しそうだな」と感じていたのですが、増田さんの言葉を借りるならば「自分らしい本来の姿で働いている」んだなと気が付きました。

実は、インタビューをしたスタッフの方は3名でしたが、「わたしもしゃべりたい!」という声が何人からも上がったそうです。そんな風に、思ったことをすぐに言える、思いっきり楽しんでいる、そんな姿勢に感動しました。

森のキッチンは市役所の中にあり、誰でも気軽に入れる場所にありますが、多くの場合、福祉の世界とそれ以外はなかなか接点がないという現状があると思います。森のキッチンでの活動が周囲に広がり、障害者が心地よく働ける環境が増えるように願うとともに、わたし達にとっても日ごろから障害者の人と接する場所が増えるとよいなと感じました。

そしてわたし自身、心から楽しんでいるかな、本心で本音で人と接しているかな?と振り返ることを日ごろしたいと思います。こんなふうに、自分らしい姿で働くことの大切さを教えていただけたのも、福祉施設が市役所の中にあり、彼らに接せることができたから。

食事をすることで彼らをサポートしたい、この活動をsoarを通じてお知らせしたいという気持ちで始まった取材はいつしか、純粋に働く彼らに心を打たれ、大切なことを教えてもらう1日に変化していました。

森のキッチンは、もちろん予約もいらず、いつでも訪れることができる食堂。大阪に行くときにはまた立ち寄りたいなと今から思っています。

関連情報:

森のキッチン ホームページ

(写真/馬場加奈子、写真協力/森のキッチン、協力/倉本祐美加)