【写真】笑顔で座っているやぶもとまいさん誰でもきっと、多かれ少なかれ自分の見た目にコンプレックスを感じたり、 悩んだりしているのではないでしょうか。

わたしももちろんそうです。人が羨ましくなったり「こうだったらいいのにな」と思うパーツは挙げればキリがありません。

肌の色、顔の形、髪の毛のクセなど、外見にはその人ならではの特徴があります。それが特に個性的な場合、「見た目問題」として扱われることをご存知でしょうか。

今回お話を伺ったのは、生まれつき色素がとても少ない『アルビノ(白皮症)』という症状がある薮本舞さん。かわいらしい笑顔がとても素敵な舞さんですが、人とは少し違う外見に生まれたことで、これまで深い葛藤を繰り返してきたそう。

現在は見た目に症状がある人たちをサポートする「見た目問題相談センター」の相談員、アルビノ当事者とご家族の交流の場をつくる「アルビノ・ドーナツの会」の代表を務められています。

舞さんがアルビノであることで何を経験をし、どんな思いを抱えてきたのか。小さな頃のお話から現在の活動まで、じっくりお話を聞かせていただきました。

【写真】街中で微笑んで立っているやぶもとまいさん

肌が白い理由がわからなかった

今回私たちは、舞さんが住む関西に。待ち合わせの場所に現れた舞さんは、透明で白い肌に白い髪、それにぴったりの鮮やかなピンクのブラウス。私は一目で、「とってもキレイ!」と感じました。ですが舞さんが子どものころ、なかなか見慣れないその肌や髪の白さにご家族は戸惑っていたそうです。

わたしが生まれた時、外国人の親戚がいる訳でもなく、なんでこんなに白い子どもが生まれてきたのかと、両親をはじめ周囲はとても困惑したようです。お医者さんに聞いても、なんで肌が白い子が生まれてきたのか分からない。アジア人の顔をしているのに、外国人のような色をしていると…。

アルビノは先天性の症状で、色素が少ないか全くないことにより、肌の色や髪の毛が白い、瞳の色がグレーやモスグリーンなどになる、視力が弱い、まぶしい、紫外線に弱いなどの症状があります。また、水平眼振といって眼球が揺れてしまう症状が出る人もいます。

【写真】幼少期のやぶもとまいさん。アルビノの症状が出ており、髪の毛の色素がない

検査した跡が今も肌に残っているそうですが、皮膚を採取して検査した結果、色素がない『白皮症』と判明。ただし、色素がないことがどんな影響を及ぼすのか、当時検査を受けた医院では分かりませんでした。

色素がない、そのためたぶん目もあまり見えないと思う、というところまではわかったみたいです。でも、じゃあどれくらい外に出て紫外線に当たっていいの?目はどれくらい見えていないの?全盲なの?などわからないことだらけだったようです。

特に視力検査は言葉がはっきりしないとできないため、それくらい成長するまで待つしかないとお医者さんに言われてしまって。いろんなことがわからない状態のまま子どもを育てていかなくてはならいということで、両親はつらかったと思います。

その後、お父さんの転勤に伴ってご家族で岐阜県に引っ越したそう。舞さんは外に出たがるけれど、お医者さんからは「あまり日光に当てないでください」と言われる。なのでご両親は夕方に公園に連れて行くなど、舞さんのために様々な工夫をしていたようです。すると周囲からは、「あそこの家の子どもはすごく白い、子どもを見られたくないから夕方に子どもを遊ばせているんじゃないか」といった心ない噂が広まったこともあったといいます。

誤解されてしまい、あの子はかわいそうだといったふうにみられてしまったようで。家族はご近所さんとのコミュニケーションに苦労したみたいですね。

周囲から気を使われていることがわかり、打ち解けられなかった小中学生時代

【写真】微笑んでインタビューに応えるやぶもとまいさん

物心ついたときに自分のことをどのように考えていたのか、あまり覚えていないという舞さん。ただ、小さな頃から友だちを作るのが苦手だったのだそうです。

自分では意識はしてないけれども、やはりみんなとどこか違うということで、引け目を感じていたのだと思います。あまり自分のことを主張できるタイプではなく、例えばこんなことされたら嫌とか、そういうことは言えないタイプでしたね。

その後、6歳のときには関西に。集団生活が始まるとなると、いじめがあったのではとわたしは真っ先に心配してしまったのですが、幸いいじめを受けることはなかったといいます。

教員をしていた祖父が、わたしが入学する前に、アルビノであることを伝えていたみたいです。「肌や髪の毛が白い、目も弱視だから、そのことに生徒に触れさせないように」と学校と話し合ったようで。いじめがなかったのはいいことだったのですが、子どもながらに周囲からすごく気を使われているのが分かりました。なかなか心から打ち解けられる友達ができにくかったと思います。

子どもだったら「どうしてみんなと髪の色が違うの?」と気になっても聞いてもいい部分を、触れるのがタブーになっていて、友達とは打ち解けられない。そしてお互いに気を使いながら過ごすのが当たり前になり、壁を感じることも少なくありませんでした。

その他にも、肌が白く紫外線に弱いことで体育の授業に出られないなど、学校で授業を受けるうえで困ったことがたくさんあったようです。

紫外線には弱いですが、外に出られないとか、日焼けするとかならずしも火傷してしまうということではないんです。日焼けに対して対策をすることで、ある程度防ぐことはできるので、夏でも外に出ることは可能なんですよ。体育の授業は好きではありませんでしたが(笑)、できないことはない。

でも体育祭の準備などで連日外に出ているとなると、紫外線の蓄積によって目がチクチクしたり、肌がどんどん焼けてしまったり、といったことがありました。屋外でのプールの授業なども気を付けないといけませんね。

色素が薄いことで視力が弱いというだけでなく、舞さんは視力の矯正が効かないことから眼鏡やコンタクトをしても視力を上げることができず、一番前の席に座っても黒板が見えなかったのだそう。その後、中学校に進んでも、小学校の時の友人がそのまま中学校に進学するという地域ならではの事情があり、小学生の時に感じていた周囲への接しにくさなどは変わりませんでした。

高校を選ぶにあたり、それまでの地域を飛び出すことを決意

【写真】インタビューに応えるやぶもとまいさんとライターのしいなえりこさん、くどうみずほ

中学に進むとき、舞さんはあることを決意しました。それは、自分がアルビノであることにまっすぐ向き合うこと。

小学生に上がるときは、祖父がわたしのことを先生に伝えて、先生からみんなにわたしのことが伝わった。でもそうではなくて、自分の口から、友達になる人に「どうしてわたしは白いのか」というのを伝えたいと思いました。

それをするには、恐らく、同じ中学からたくさん人が進学する高校を選んでしまうと、また多分同じ繰り返しになってしまう。冒険になることを覚悟して、舞さんは自分の地元から出て遠い高校に通うことにしました。

同じ中学校からは3人ぐらいしか進学しないような、住んでいる場所から遠い場所にある高校を選んだんですね。今考えたら、それまですごく引っ込み思案で、どちらかというと主張しない子どもだったので、よくそこで決断、選択をしたなと思いますね。いろんなことに行き詰まり感があったからではありますが。

知っている人がほとんどいない環境に飛び込んでいき、はじめはうまくいかないこともありました。でも一人友達ができるとその友達が友達を連れてることが続き、人を介して輪が広がっていき、それまでの自分では考えられないくらい友達がたくさんできたといいます。

高校生活はすごく楽しかったんです。社交的な友人ができたこともあります。その友人は生徒会の役員だったので生徒会室に入り浸ったりしました。そこには女子だけでなく男子もいて、中学校の時までは男子の友達はいなかったのですが、男女問わず友達になったんです。しかも、髪の毛の色のおかげで覚えてもらいやすく、同学年だけでなく他学年の友人もでき、なんだか信じられないくらい楽しかったですね。

今までコンプレックスだった、自分の見た目。でもそれががきっかけとなり、友人ができるという経験をしたのもこの頃のことだそうです。

「いつも見ててんけど、どうしてその髪色なん?」って話しかけてくれた子がいたんです。元からなんですよと伝えると「えー!いいなー!」って。その子は海外の俳優さんに憧れを持っていたようなんですが、その時の会話がきっかけで友達になりました。わりと自由な校風だったこともよかったと思います。のちに、わたしのアルビノの後輩もそこに進学したんですよ。

念願が叶い、楽しい高校生活を送っていた舞さん。でも実は、自分のやりたいことが叶わなかったことも。それは、他の子がしているようにアルバイトをしたかったけれど、見た目の問題、特に髪の毛の色で面接時に落とされてしまったことでした。

いろいろと面接を受けましたが、直接言葉に出して言わないけれど、雰囲気で「あまり採用に前向きじゃないな」と感じ取ることが多かったです。ある面接先は、わたしをバックヤードに連れていって、「髪の色を染めていてそういう色になっているわけではないとわかるんだけれど、今募集しているのは接客業。逐一お客様にあなたの髪の色のことを説明することが出来ないので、今回は採用できないです」といって断られたこともありました。

自分以外の人が当たり前にできていることを、自分だけができない。それは思春期の舞さんにとって、とてもつらかったのではないでしょうか。

違っていることが当たり前、髪の毛の色のことなど話題にのぼらなかった大学時代

【写真】笑顔でインタビューに応えるやぶもとまいさん

高校を卒業後、舞さんは芸術美術系大学に入学。大学に入ってまず感じたことは、「個性を大切にし、違っていることが当たり前と捉える風土」。人との違いによって苦しむことも多かった舞さんにとっては、その環境がとても心地よかったのだそうです。

選んだ学科によることも大きかったと思いますが、個性の塊みたいな集団なので、わたしの髪の毛の色など話題にも上らない(笑)。当時、大学の掲示板は紙で張り出されていましたが、わたしは視力が弱いので見えないわけです。すると自然と助けてくれる人がいる。そしてわたしはその人にできないことをサポートすればいいというすごくフラットな関係が築けました。障害のあるなしに関わらず、助け合うのが当たり前という習慣があったように思います。

デザイン学科を希望していたものの、舞さんが進んだのは視力が弱くても試験を受けやすかった映像科。そこでの風土に、舞さんは助けられたといいます。

初めのうちは、チーム製作が基本の映像学科は自分には負担だなと思ったこともありしました。デザインであれば個人でできますが、映像はみんなで一緒に作っていくもの。個人の責任は個人で負うなら、単位が取れないとか留年とかはそうなったらそれを自分で負えばいいのでまだ気がラクなのですが、映像学科は自分が出席しなかったことによって周りの成績にも影響してしまう・・・ということがあったんです。当初は「違うところに来ちゃったかもしれない」と思ったりしました(笑)。

でも、あの子が単位取れないとみんなが取れないという基本があったからこそ、助け合うことが当たり前の環境があり、みんな協力的であたたかく結果的に自分にはその環境がとてもよくて、いいところに入ったんだなと思いました。

大学時代は映像の勉強もたくさんしたけれど、人との関わり方を学んだのが大きかったと、舞さんは当時を振り返ります。

就職活動で抱えた疑問が、今の活動につながることに

【写真】辛かった過去も笑顔で話すやぶもとまいさん

大学時代は個性豊かな集団に入り楽しく過ごしながらも、それまでと変わらず、同じ症状の人に出会うことはなかったという舞さん。でも、高校時代に抱えたアルバイトができないという悩みは大学時代にも再び味わうことになります。

高校生の時に、それだけが原因ではありませんが思い詰めて食べられなくなり、10kgくらい痩せて入院したこともあったんです。それくらい自分にとっては大きな問題で、大学生になっても結局アルバイトはできず、就職活動をしなくてはならないタイミングになっていました。アルバイトをしたこともないわたしが就職できるんだろうか、という不安がとても強かったです。

不安を感じる中、頼りにしたのは大学の就職課。ただし頼りたかったその場所で、「障害があるならば希望する仕事に就けないと思う」と言葉をかけられてしまったそうです。

「えー!!」って思いました。その言葉を、私は受け止められなかったです。いろんな大人に相談してみても、「障害者は企業の障害者採用枠で働くしかない」「そういった仕事はつまらないんだ」と言う人がいたりして。

それって障害者採用枠で働いている人にとても失礼です。そして仕事が面白くないわけでもないと思います。他にも「クリエイティブなことがしたいのは分かるけれど、それは趣味に止めて、障害者枠で働いてお金を稼ぐのが現実的なのではないか」と提案されてしまったこともあって。もう自分の将来に絶望してしまいました。

その頃悩んだ舞さんは、外に出られなくなってしまったといいます。パニック発作のような症状が出てしまい、しばらく家にこもることしかありませんでした。

ただ、ひとりで考えごとをする毎日を過ごす中で、舞さんは今の活動につながる疑問に出会います。それは、アルビノの人にはまだ会ったことがないけれど、他にもいるはず。その人達は幸せな人生を送れているのだろうか、ということ。その疑問はどんどん「アルビノの人に会いたい」という強い思いに変わっていきました。

アルビノの人が近くにいないか探してみたんですが、会えないんです。全然。盲学校や視覚障害者に門を開いている公共機関に連絡を取っていったのですが、個人情報の兼ね合いで難しく、アルビノの人はいるけれど教えられないと断られ続けてしまったんです。

公共機関に紹介を断られ続けた舞さんが目をつけたのがインターネット。アルビノについて検索してみると、アルビノの団体が海外にはあるようだと分かったものの、当時の日本にはありませんでした。でも仲間を必死に探し始めて2年後、舞さんはやっと自分とおなじアルビノの人に出会うことができました!

弱視の人が集まるサークルがあったのですが、そこで声をかければ、盲学校の先輩や後輩でいるかもしれないと思い、声をかけて3回目くらいで「後輩にいるよ」という人が現れたんです!そして会ったのが、水泳でリオ・パラリンピックにも出た笠本明里さん。彼女が自分で探して、私が初めて会ったアルビノなんです。

初めて見る、自分の容姿によく似た人。舞さんは、そのときの気持ちをとても嬉しそうな顔で思い出します。

すごく不思議でした!年も近いし、同じ性別ということもあって、また髪の毛の色や背の高さも似ている。なんだかわたしみたいと思いました(笑)普段、周りを見てみると、みんな色素があって、わたしだけが色素がない、鏡の中で見るわたししか色素がない人はいなかったんですが、そういう人が目の前に現れた。鏡の中の世界が現実になったという感じで、とにかく不思議でしたね。

アルバイトができないという話など、アルビノならではの悩みを周りの友達にしたことがあったけれど、同じ視点で共感して「そうそう!」と言い合える相手ができたことは、舞さんにとって大きな出会い。それによって心に抱えた傷が癒されたそうです。この一連の経験が『アルビノ・ドーナツの会』へと繋がっていきます。

当時はあまり大きな会にするつもりもなかったのですが、ただわたしがアルビノの人に会いたいと考えた時に、会えるまで2年もかかっているので、わたしみたいに困っている人が他にもいるんじゃないかと思ったんです。

明里ちゃんとわたしとでプライベートな交流を続けるのはもちろんだけれど、サークルのような集まりがあってもいいのではと考えていました。明里ちゃんの大学にたまたまアルビノの人がいて、その人も一緒に3人で話している時に、グループとして立ち上げたいと話をしたら、二人とも賛同してくれたんです。

そうして誕生したアルビノ・ドーナツの会。初めての開催時には、千葉でアルビノの交流会を開いていたアルビノ当事者の石井更幸さんの協力もあり、インターネットやホームページで告知をしたところ、20名程度が集まりました!千葉でのその活動を知っていた関西方面の人から「待ってました!」という声が多かったといいます。

初めて一堂に会した時は、「アルビノって本当にたくさんいるんやな!」って思いました。そしてわたし以外の人も、同じアルビノの人に会えないという悩みを抱えていたんですね。特に、親御さんからそういう声が多かったです。でも、実際に話をしてみると、案外近くに住んでいたりするんです。普通に生活していると、なかなか会えないんですよね。

交流会を開いたことで、アルビノならではの悩みも集まった

【写真】当時のことを思い出しながら楽しそうに笑顔で話すやぶもとまいさん

初めはアルビノの人同士で会うことを目的として始めたドーナツの会。でも交流会を重ねるうちに、舞さんはアルビノの子どもを持つ親御さんからの相談を受けることが多くなっていきます。話を聞いてみると、幼稚園や保育園へ進む際に悩みがあることがわかり、同時期に幼稚園の先生から講演を依頼されたこともきっかけに、舞さんはアルビノの啓蒙活動もスタートさせたのです。

同じ頃、弱視の子ども達の地域活動を支えるボランティアをしていたのですが、そのボランティアに参加をしていた大阪教育大学の先生がいて、「将来教員になるゼミ生に向けて、講演をしてくれませんか?」と頼まれたことも重なり、教育機関での講演をすることになりました。今でも教育機関からの講演依頼は多いですね。他には行政機関で福祉担当の人に対してお話しすることもあります。

実際に舞さんの講演を聞いた人からは、「アルビノのことを知ってました!」という声を聞くことも多いのだそう。

インターネットの普及も大きいと思うのですが、世界的に活躍されているアルビノのモデルさんもいて、アルビノを知っているという人は増えてきています。

ただ、知っているけれど、生活面でどう困るとかどんな問題があるのかは分からなかったという声はありますね。生物学を専攻していた人の中には授業で習いましたという人もいます。ひと昔前に比べて、高校生や若い世代の人がアルビノを知っているという印象があります。中には、アルビノの子が身近にいますという方もいますし。

若い世代に理解が深まっていることを感じる一方で、上の世代では、アルビノへの偏見もまだあるようです。例えば、就職にあたって接客業に就かない方が良い・・・といった考え方もまだまだあるとのこと。こうしてアルビノの人と関わり続けてきた舞さんが初めて就職したのは、八尾市人権協会の見た目問題相談センターでした。

アルビノに限らず、見た目に関して悩んでいる人が相談に来る場所です。アトピーや脱毛症、アザの方もいました。なかには「病名はないけれどこういう状態なんです」と相談に来られる方も。

他の行政機関でそのような窓口がほとんどないので、その方の辛かったお気持ちを聞くことから相談は始めます。治療ができれば一番いいですが、病院などの医療機関を紹介するということはしておらず、当事者団体を案内して、そこから情報を得ていただくようにしていますね。

必ずしも治る症状ばかりではないので、その症状と共に生きていくにあたって、今何に困っているのかを舞さんは尋ねます。たとえば、働けなくて生活に困窮しているのか、学校に行けないことが辛いのか・・・。勇気を出して電話をしてくれた方の話を丁寧に聞き、悩みに合わせた公共機関を紹介することで、今困っている方の力になっていいきます。

まだまだ、困難を乗り越えたわけではないんです。

【写真】当時のことを思い出し、辛そうに話すやぶもとまいさん

見た目問題の相談員を始め、講演活動、アルビノ・ドーナツの会代表と活躍の場を広げ、ポジティブに活動しているように見える舞さん。でも、けっしていつでも前向きに強くいられるわけではないのだと舞さんは話します。

困難をすべて乗り越えたというわけではないんですよ。乗り越えている部分とまだまだなところがあって。ドーナツの会代表者として表に出ていますが、「こんな時にはこうするといいよ」と当事者にアドバイスをするよりは、「どうしたらいいんやろな〜」と一緒に考えている感じですかね(笑)

長く続けることが苦手と話してくださった舞さんが長年続けている、ドーナツの会の活動。それはやはり「一人じゃないからできること」なのでしょう。自分のためだけだったらめげてしまいそうな時、いろいろな人の顔が浮かぶのだといいます。

ここまで続けてこられたのは、この活動を通して出会った多くの人たちの優しさに触れ、共に学んで理解し合った……。それを土台とした協力関係があるからではないかと感じています。

中高生のアルビノの子たちは、未だに髪の毛が原因でアルバイトできないという話も聞きます。夢があって、こんなことをしたいという希望があっても、昔のわたしのように髪の色が原因で叶えられない子もいる。それを考えたときに、アルビノのことをもう少し広めていきたいなと思うんですね。この気持ちは、わたしの活動の大きな原動力になっています。

自分より若い世代への思いを次のようにも語ってくれました。

現時点でもアルビノであってもアルバイトをしている人もいるし、自分の希望する仕事を選択して働いている人たちもいます。自分の経験をもとに「見た目」が社会的障壁になったことを社会に伝えていくのと同時に、特にアルビノの後輩たちや子どもたちには、アルビノであっても生き生きと暮らしている人たちが居ることも、今後、積極的に伝えたいです。

アルビノの子どもや若者たちが社会と接するときに、自分が子どもだったときよりも選択肢が増えてほしいと切に願っている舞さん。時に困難があっても、活動を続けたいという真摯な気持ちを感じます。そして、周囲のアルビノの啓発をしている人たちの活動も、舞さんにとっては励みになっているのだそうです。

わたしはドーナツの会の活動を通じて、アルビノの啓発をしていますが、笠本明里ちゃんは水泳を通して、同じことをしていると思うんですね。素晴らしい人に出会えたと思います。でも、それぞれ別の方法で活動していても、いざお酒を飲みに行って話をすると、同じようなことで悩んでいたりするんです。つらいことがあっても諦めずに水泳を続けている姿を見ると、わたしも頑張ろうと思う。わたしも活動することで、誰かを少しでも励ますことができたらと考えています。

ドーナツの会の活動は2017年2月で10年目。長く続けることでケアできる相手が増えて欲しいというお気持ちも聞かせていただきました。

小さな時にドーナツの会に関わっていても、思春期になると離れていくというパターンもあります。けれど社会に出て困ったことがあった時に、ドーナツの会が続いていて、連絡を取ってもらえたらと思うんです。これからも、細々とでもいいので活動を継続できたらと考えています。

みんな違っていい、違いを楽しむ

【写真】笑顔のやぶもとまいさん、ライターのしいなえりこさんとくどうみずほ

インタビューの最後に私は、「人との違いを悩みながら、それでも前向きに生きていくにはどうしたらいいでしょうか」という質問をしました。

人と違うことを悩むときもあると思うんです。でも、人ってもともとみんな違いますよね。だから、違いを楽しむのがいいんじゃないでしょうか。見た目のことというのもあると思いますが、いろんな色の服を着てみたりして、私自身は人との違いを楽しめていると思っています。

はにかんだ笑顔で、舞さんはつづけます。

それに”違い”によってつながった人というのが面白いんです。ドーナツの会で知り合った人もそうなのですが、本当に濃いつながりになります。もちろん、髪の毛の色で就職が・・・など悩みを共感してつながることもありますが、その先で就職できたことを一緒に喜べたりもして。そういう「喜び」に目を向けていきたいと私は思っています。

自分の髪や肌の色の違いを個性として受け止め、楽しむという舞さんの姿勢。違いは「ある」ものとして認めてしまう、捉え方で楽しむと言うのは簡単ですが、実際に心からそれを信じるには強さが必要ではないでしょうか。

人はたったひとりでは強くいるのは難しい。だからこそ、弱さを共有し合う仲間がいることで強くなれるし、喜びが生まれるのだと思います。同じ悩みを抱える人の居場所を生み出す舞さんの活動は、これからたくさんの共感を得てもっと大きな動きになっていくことでしょう。

 舞さんは髪や肌の色も美しいけれど、笑顔がとても印象的で、何よりの魅力だなと思います。強さを真似することは難しくても、笑顔でいることを心がけることだったら、すぐにわたしにも真似できそうです。

 舞さんの思いがたくさんの人に届くこと、そしてアルビノの人が心地よく暮らして、生き生きと働ける社会が1日も早く実現することを、私も願っています。

 

(執筆/椎名絵里子、写真/馬場加奈子、協力/久保佳奈子)

 

関連情報

アルビノ・ドーナツの会 https://albino-doughnuts.jimdo.com

見た目問題相談センター http://www.yaojinken.org/soudan/mitame.html

◆2018年講演情報◆ 1/26:羽曳野市内にて職員の方、市民の方を対象 2/1:大阪府内の高校にて授業の一環として 2/8:大阪府内の高校にて授業の一環として