【写真】満面の笑みを子供に向けるいのうえすずかさん。

LGBTでも友達もできるし、毎日が楽しいし、笑顔で生きられるんだよ。

そう語るのは、自分自身もLGBTである井上鈴佳さん。性の多様性に関する特別授業などを各地で行っています。

幼いころから性の多様性の意味をきちんと理解していた人は、意外と少ないのではないでしょうか。私自身、LGBTやセクシュアルマイノリティということばをはっきりと理解したのは、おそらく大学生の頃でした。

「小学校、中学校、高校で、LGBTに関する授業を受けていたら、周りにいたかもしれない当事者のクラスメートに対して、もっとできることがあったかもしれない。」

今になってそう感じます。

井上さんは今、この社会の現状を変えるべく、全国各地の学校で授業を通して性の多様性を伝えるためのプロジェクトに挑戦しています!

LGBTと気づいたのは大人になってから。自身の経験をもとに教育現場で性の多様性を伝える

【写真】学校で講義を行ういのうえさん。優しく語りかけている雰囲気が伝わる。

「LGBTをはじめとしたセクシュアルマイノリティを世の中に伝えることで、人々が多様性を認め合い、誰もが自分らしく自信をもって生きることができる社会をつくりたい」

この考えのもと、井上さんは主に、全国各地小学校4年生〜6年生、中学生や高校生、そして教職員に向けて、性の多様性に関する講義を行なっています。

もともと井上さんは高校で保健室の先生として勤務をしていました。そこであるとき、保健室に来た男子生徒に「彼ができた」と報告をもらったそうです。

カミングアウトを聞いた時、「そうなんだね。話してくれてありがとう。」と伝えながらも、これまでLGBTについて習ったことがなかった井上さんには戸惑いもありました。そこで性的マイノリティについて調べていると、思いがけず自分が”レズビアン”に当てはまることに気づいたといいます。

本を読んでいて、「あれ、これ私かもしれない!」と思いました。

それまで24年間男性と付き合っていたけれど、実はあまり近付いてもらいたくないと感じていたんです。よく考えると夢の中で付き合っていたのはずっと女の子だったんですけどね。それが本当の気持ちだったとは!と驚きました。

さらに勉強を重ねるうちに、LGBT当事者の自殺率が高いことを知りました。当事者の約7割が小中学校、高校でいじめられた経験があるといったデータもあるそうです。ゲイやバイセクシュアルの男性の調査では「自殺を考えたことがある」「自殺未遂をしたことがある」といった割合が、著しく高いという現実も。

自殺率の高さは、周りからの理解が得られないことが大きな原因の一つです。

これは教育現場でなんとかしなければならない。子どもたちの命を救いたい、ただ子どもたちに笑っていてほしい。そう思って活動を始めました。

またご自身の経験も活動への意欲を後押ししました。

もし性の多様性について教科書に書いていたら、先生が教えてくれていたら、私ももっと早く気付けたかもしれないなって。そうしたらもっと生きやすい子ども時代を過ごせたのかもしれないと、自分のことを振り返ってみても思いました。

LGBTでも苦しいことだけじゃない。当事者の笑顔の姿を届ける

【写真】学校で講義を行ういのうえさんと、話を聞く生徒たち。集中している様子が伝わってくる。

井上さんの授業は、性の多様性が受け入れられる体制づくりを意識して行われます。

多くの子どもたちは井上さんの授業を受ける前に、授業でLGBTに関するDVDを見て学習をしています。けれども学習用DVDでは、LGBTの大変な面、受け入れてもらえない苦労などを取り上げていることも多いそう。すると子どもたちは、LGBTについての話題は「辛い話なんだ」というイメージを持ってしまったり、「当事者はかわいそうな人だ」と思ってしまうこともあるといいます。

井上さんの授業では、「みんなLGBTという言葉を覚えてくれていますか?しっかり勉強してくれてありがとう。」と笑顔で伝えるところから始まります。さらに続けて、井上さんのLGBT当事者のお友達の笑顔など、ポジティブな写真を見てもらうのです。

【写真】いのうえさんが講義で使用している資料。いのうえさんの名前が大きく書かれたカードや写真などが、並べられている。

井上さんが講義で使用している資料の一部

写真を見せながら、例えば「この人はもともとは女の人として生まれてきたけれど、今は男の人として暮らしていて、筋肉がムキムキでね。会うたびに筋肉が増えててすごいんだよ。」と話すと、「すごい!」と子供たちが反応してくれたり。

【写真】いのうえさんの友人のLGBT当事者の方と、いのうえさん。笑顔で写る二人から、楽しそうな様子が伝わる。

授業が進むにつれて子供たちの表情が、「あれ、辛い話じゃなかったんだ」「なんだか楽しそう!」と明るくなっていくのがわかります。

授業のメインは井上さんへの質問タイム。子どもたちに「LGBTについてでもそうでなくても聞きたいことをなんでも聞いてね。」と伝えて質問を募ります。

最初は子どもたちも緊張しているのか、「好きな食べ物は?」など簡単なことを聞かれることが多いのだそうです。

私はたらこスパゲティが好き。だけど、LGBTの人全員がたらこスパゲティが好きなわけではなくて、一人一人好きなものは違うし、”LGBTだからこうだ”ということはないんだよ。などと答えています。

他にも「好きな女の子のお友達が結婚しちゃったら寂しくないですか?」と聞かれることも。

私の場合はもちろん寂しいけれど、男の子を好きでも同じだと思うよ。好きな男の子が結婚しちゃったら悲しいよね。

「LGBTで大変なことや、逆に嬉しいことはなんですか?」との質問には、こんな風に答えたり。

結婚したいと思った時に市役所とかで認めてもらえないのは悲しいです。でも温泉に行った時に一緒に入れたり、嬉しいこともあるよ。

楽しいこともたくさんあるし、苦しい時があってもきっと乗り越えられる。LGBTに限らず私たち誰しもに当てはまることばを、井上さんは子どもたちに呼びかけています。

思わずカミングアウトしたくなる、多様性を受け入れる体制づくり。

【写真】満面の笑みで子どもたちに語りかけるいのうえさん。

様性を受け入れることを学んだ教室では、たくさんの変化が起こり始めます。中には自分がLGBTであることを伝えてくれる子どももいるのだそうです。

授業後私のところに来て、「先生、あのな、わたしはレズビアンかもしれないけれど、おかしくないやんな?」と聞いてくれたり。カミングアウトをしてくてくれる子どもは、毎回必ず一人はいますね。

他にも、授業の真っ最中にクラスメイトの前で「わたしは女の子が好きなんだ!」とカミングアウトしてくれる子どももいたといいます。

その子は意を決してカミングアウトしたというより、授業の中で「LGBTでもおかしくないよ」と学んだことを素直に受け止めて、自然と言ってしまった、と言った様子でした。

LGBTだけでなく多様性を認め合える社会が、クラス内で実現されたように感じたこともありました。

子どもたちからLGBTの結婚や生き方について聞かれたとき、パパとパパのおうちも、ママとママのおうちも、パパとママのおうちも、どちらか一人のおうちもあるんだよ、という話をしたんです。

それを聞いたからか、授業後ある子どもが「うちはママしかいないんだ」と言えるようになり、周りの子どもたちもそれを自然に受け止めている姿があったと、担任の先生から報告をもらいました。

【イラスト】ハートを抱きしめる女性。柔らかく温かな空気が漂う。

もしも誰かがLGBTであることを、性的マイノリティであることを、カミングアウトしてくれたら。井上さんは3つの対応をしてほしいと話します。

1つ目は、「伝えてくれてありがとう」と感謝を述べること。
2つ目は、「困っていることはない?」と尋ねること。
3つ目は、「誰に言いたくて誰に言いたくない?」と意思を尋ね、もし他の人には秘密なのであればそれを守ること。

井上さんは授業の最後、LGBTの味方を「ALLY(アライ)」ということを伝え、ALLY(アライ)ステッカーを子どもたちに渡します。翌日から堂々と名札に貼って登校する子どもも多く、また保護者の方からも「わたしもアライとしてできることをします」と言ってもらえることもあるそうです。

知識があれば、対応方法を知っていれば、きっとLGBTの人たちを受け入れることができるはず。そんな社会が広がることで、苦しい思いをするLGBTの人がいなくなってほしいと、井上さんは願っています。

【写真】いのうえさんの授業を聞いた子どもたちの感想。どの感想も丁寧に書かれている。

授業後、子どもたちからは様々な感想が寄せられます。

「どんな人かと思っていたけれど、意外と普通の人でした。」

「『おかま』などの表現で、LGBTの人たちがきずつくのを、知ったので、これからは使わないようにしようと思った。」

「十人十色というように、人は、一人ちがうから、別に、LGBTだから『こう』などはいらないと思った。」

目の前でこうして素直に受け止めてくれる子どもたちがいる。キラキラした笑顔の子供たちと出会い、ありがとうと言ってもらえることが、幸せだなと感じています。

全国各地で性の多様性について授業を行うプロジェクト

【写真】スクリーンの前に立って話すいのうえさん。生徒が注目しているのがわかる。

井上鈴佳さん講演会での様子

これまでの全国各地で授業を行ってきた井上さんですが、教育機関、特に子どもたちへの授業には、どうしても予算が十分に用意出来ない状況があるといいます。

そこで、教職員研修会や子どもたちへの出張授業を全て引き受けるための活動資金を募る、クラウドファンディングを実施しています。

LGBT、性的マイノリティというと、メディアではオネエタレントなど個性的な人が多いけれど、実際は13人に1人はいると言われていて、とても身近な存在なんです。

あまりにも身近にいて、気づかず、知らないうちに傷つけてしまうことがあると思います。でもそれは知らないからそうしてしまうだけで、知ってもらえることで変えられると思うんです。

性的マイノリティ当事者の子どもが、大人になることに不安を持ってもらいたくない。楽しそうな大人がいるということを伝えて安心してほしい。だから笑顔の当事者の姿を届けたいと思っています。

ちゃんと大人にもなれる。自分のことを責めないで大丈夫だよ。そう伝えたいです。

井上さんにお話を伺って、たった1回50分の授業の中で子どもたちの価値観が大きく揺れ動き、LGBTに対してこんなにも不安を減らすことができるのだということに驚くとともに、大きな希望を感じました。

教育を受け、正しい知識があれば、社会は多様性に対して拒絶などしないのかもしれません。

「人と違ってもおかしくない。」

この価値観が未来を担う子どもたちから、社会全体に広がれば、全ての人にとって生きやすい社会につながるのではないでしょうか。

私たちsoarでもセクシュアルマイノリティを始め、多様性が認められる社会を目指しています。そのための大きな一歩となるであろう井上さんの活動を、一緒に応援してもらえると嬉しいです。

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井上鈴佳さん公式ホームページ