【写真】一列に並ぶくすのきさんとびよんどざりーふで働く人々

おばあちゃん達って、急に、ある日突然おばあちゃんになったわけではないんですよね。働き者で仕事が好きで。女性としてずっとがんばってきた、働き者のお母さんたちなんです。だからみんなとはフィフティ・フィフティの関係で、大事な仕事のパートナーだということを、いつも忘れないようにしています。

【写真】笑顔のくすのきさん

きっぱりとそう話しながら、目の片隅で常に編み物をしている女性たちに目を配っているのは、株式会社Beyond the reef代表の楠佳英さん。楠さん率いるBeyond the reefは完全受注生産の編み物バッグをオンライン販売している会社で、編み物・縫い物好きの女性たちが、一つ一つ手作業で制作しています。

厚めのウールで編まれたクラッチバッグや、夏のレジャーに持って行きたくなるカゴやバスケット。思わず手に取りたくなるお洒落なデザインのバッグは今、オンラインストアに並ぶやいなや売り切れるほどの人気ぶり。新作を待つ人の声も絶えません。

【写真】びよんどざりーふの商品であるニットクラッチバッグ

Beyond the reef大人気の「ニットクラッチバッグ」。丁寧に編まれたニット部分は優しい手触り。

Beyond the reefのバッグに必ず使われているニット部分を製作しているのが、横浜市にある編み物サークルに属する女性たち。その多くはシニア世代です。昔から編み物が好きで、家族のためにちょっとしたお洋服や装飾品を作ってきたことがある普通の、“おばあちゃんたち”です。

2週間に一度の「編み会」はおばあちゃんたちの真剣勝負の場所

この日は横浜都筑区にあるコミュニティカフェ「いのちの木 The tree of life」で、2週間ぶりに編み手の皆さんが集まる日。新作バッグの研修が行われていると聞き、編集部一同でお邪魔してきました。

【写真】完成品を見せあうあみてさん

カフェに入ると、すでに集まっている編み手さんたちが、ワイワイとお互いの完成品を見せ合っています。「どんな感じ?」「あそこの部分が難しかった」と真剣な表情。少し遅れて楠さんが到着すると、待ち構えていたかのように編み手さんからの質問が飛び交います。

【写真】あみてさんの作品を見るくすのきさん

編み手の作品を見てアドバイスをする楠さん(右)。

しばらくのやり取りを終えて、取材班のところへやってきた楠さんは苦笑いしながら言いました。

楠さん:すみません、お待たせして。おばあちゃんたち真剣なので、疑問点を解決するまで離してくれないんです(笑)。こんな風に2週間に一度ここに集まって、作ってきてくれたものを出してもらって、私や編み物リーダーが商品になるかどうかのチェックを行うんです。でも、今日は新作バックの初めての提出日なので、多分OKはほとんど出ないんじゃないかな。あ、ほら、渋い顔してますね。あれ、うちの義母です(笑)。

【写真】笑顔であみてさんを紹介するくすのきさん

楠さんが笑って紹介してくれたのは、テーブルに自宅で作ってきた編み物を広げ、別の女性と話し込んでいる一人の高齢の女性でした。

独り身になった義理の母を励ましたくて、頼んだバッグが全ての始まりだった

【写真】くすのきさんの義理の母であるくすのきみちこさん

楠美智子さん。Beyond the reef代表である楠佳英さんの義理の母であり、ブランド立ち上げのきっかけになった女性。

楠さん:お義父さんを亡くして、夫や弟も独立して、義母は一軒家に一人暮らしになったんです。するとそれまでずっと専業主婦だった母は、広い家で一日中テレビを見て過ごすようになってしまった。体にも不調が出てきたのを見て、なんとかしないといけないと思っていた時、ふと母がテレビを見ながらひたすら編み物をしていることに気がついたんです。

昔から趣味だったレースを編み続けていた美智子さん。出来上がった作品は親戚や姪たちに配ってくれていました。

楠さん:本当にちょっとした昔ながらのレースのテーブルセンターとかですね。それ自体は売り物になるということではなかったんです。でも結構可愛いものを作ってたんですよ。これだけの技術があれば、もうちょっとブラッシュアップして付加価値をつけたら、仕事にできるんじゃないか、新しい何かを生み出せるんじゃないかって思って。

ファッション雑誌のライターだった楠さんは、仕事柄蓄えてきたファッションの知識をもとに、流行のウールを使ったクラッチバックをデザインし、それを美智子さんに作って欲しいと頼みます。

楠さん:私自身は、全然編み物とかできないし、デザインの勉強をしたことも一度もないんです。ただ、自分が持ちたいものを作ってもらおうと思って。「ユザワヤ」に行って、可愛いと思う毛糸をしこたま買って(笑)、「こういうの作ってくれない?」って言ったのが本当の始まりでしたね。

【写真】真剣な表情で話すくすのきさん

楠さん:雑誌って、夢を与える仕事ですよね。ページをめくるだけで、別世界に一瞬でも行ける。いつも「このページを見る子たちがワクワクしてくれるかな」「少しでも気分が上がるといいな」と思って、写真を選び、構成し、服を選んでいました。このページを見てくれる子たちがどんなにハッピーな気持ちになれるだろう、って。

ただ、服は今すごく安くなっているし、流行も早くて今年買った服が、来年はもう着られないという感じで、すぐに使い捨てになってしまう。そういうことに少し疑問を感じるようになっていたんです。

追いかけても追いかけても、魅力的だったはずのものがあっという間に布着れに変わってしまう世界。一方で、そばで一人編み物をしているお義母さんの作るものは、違うふうに輝いて見えました。

楠さん:義母がひとつひとつ作るものがすごく美しく見えたんですよね、なんだか命が宿っているような気がしました。

【写真】あみものをするくすのきさんの手元

消費されるだけのものじゃなくて、心が込められた何かを。昔から日本の女性たちが自然と身につけてきて、今、わたしたちが失いつつある技を。そうした大切なものをファッションを通じて伝えていきたいという思いが楠さんの胸に宿ります。美智子さんに作ってもらったバックは、想像通り、いえ思ったよりずっと完成度が高く、素敵なものでした。働いていた雑誌の編集部に持っていっても評判が良く、楠さんはこれをビジネスにしようと心に決めます。

楠さん:義母も、すごく喜んでくれて。最初は義母のためだったけど、こういうおばあちゃん達って世の中にはきっといっぱいいるんだろうなって思ったんですよね。こんなに喜んでくれるんだったら、喜んでくれるおばあちゃんを増やせたらって、純粋にそう思って。それに、編み物ってなかなか仕事にならないものだけど、ちゃんとお仕事になれば高齢者の方達がもう一回社会で活躍できることもある。いろんな点と点が繋がって、できるんじゃないかって思ったんですよね。

雑誌に掲載されたバックは、すぐに話題になったのだそう。楠さんはライターの仕事を続けながらも、本格的にBeyond the reefの活動を広げていきました。

義母のために何かしたい、その思いが重なって運命の出会いを生んだ

その後、編み手になってくれるおばあちゃんたちを探していた楠さんが出会ったのが、横浜にあるコミュニティカフェ「いのちの木」の編み物サークルでした。

楠さん:編み手を増やしたいと思っていたものの、実際に探すのはすごく大変で。編み物が好きでも、商品にできるくらいの技術レベルに達してない人だと困るし。これは参ったな、と思っていたら、ここのコミュニティカフェのオーナーの記事を見たんです。オーナーの義理のお母さんがリウマチになってしまって、外に出歩けなくなってしまった。昔、パタンナーだった彼女が「ミシンの音がするようなところでコーヒーが飲みたいわ」って言ったのを聞いて形にしたのがこのカフェだと書いてあったんです。

【写真】いのちのきざつりーおぶかふぇの看板

横浜市都筑区にあるコミュニティカフェ「いのちの木 The tree of life」。入り口には、オーナーが義母の思いを叶えた「ミシンの音のするカフェ」という看板が掲げられています。

自分と同じ思いを持っている人がいる——いてもたってもいられず、翌日には、美智子さんが作ったバックを持って、「いのちの木」に立っていた楠さん。力を貸して欲しいと頼むと、オーナーの岩永敏朗さんは、実のお母さん隆子さんのために作った編み物サークルを紹介してくれました。

【写真】オーナーのいわながさんと母でありあみてでもあるたかこさん

コミュニティカフェ「いのちの木」オーナーの岩永敏朗さんと、母でありBeyond the reefの編み手である隆子さん。

サークルのリーダーである隆子さんと、メンバーの昌子さん、そして楠さんの義理のお母さんである美智子さん、この3人が集まることでBeyond the reefも、そしておばあちゃんたちの人生も大きく動き出します。

【写真】まっすぐな眼差しで話すたかこさん

隆子さんは「いのちの木」で開催されている編み物サークルのリーダーでもあります。

隆子さん:息子が以前、「お母さん編み物好きだから、編み物サークル開いてやろうか」って言ってくれたんです。それがもうすごく嬉しくて。昌子ちゃんたちとみんなで帽子や小物とか、好きなものを作ってね。楽しかったんですよ。でも佳英ちゃんが来てくれて見つけてくれた。仕事になるとは思わなかったけれど、こうして商品を作らせてもらえることになって。厳しいしストレスもあるけど、やっぱりやりがいがあるのね。若いスタッフの子には負けられない、負けたくない!と思うことが力になってる。すごく若返りました(笑)。

「お母さんは、負けず嫌いすぎるんだよ」と笑うオーナーの隣で、隆子さんは本当に生き生きとした表情をされています。同じ時期に始めた昌子さんと美智子さんの3人は、今では本当に仲良しで、休みの日には3人で出かけています。

春にはお花見へ、話題の映画があると聞けば3人で出かけて、山下公園を散歩して歩くのだとか。3人は頬を緩めて「今が、青春みたい」と生き生きした表情を見せてくれます。

出された課題が難しい時は、3人だけで集まって、密かに「自主練」をすることもあるそうです。

商品を買ってもらうということは、世の中につながっていられるということ

編み物が好きなおばあちゃんたちが、サークルを飛び出して和気藹々と商品を作っている。その光景は、想像すると一見のどかで楽しい雰囲気をまとっていると思うかもしれません。でも、Beyond the reefの商品製作は決して生半可な気持ちでできるものではありません。

編み手として採用されるにはまず技術的なテストがあり、一定の基準を満たした人だけが編み手として参加できます。2週間ごとに渡される課題を家で編み、いのちの木の「編み会」に持ってきて提出。ここでOKが出ないと、報酬には反映されず、時間をかけて編んできたものを何度も解いてやり直しをしなくてはなりません。

【写真】考えこみながら真剣に話すくすのきさん

楠さん:編み図はこちらで用意して、製図を配布して、材料も同じものを渡すんです。それでもやっぱり出来上がってくるものは一つ一つ全然違う。みなさん技術的にはとてもお上手です。でも、編みものは、その人の手の動かし方に癖が出やすく、どうしてもバラツキが出てしまうんです。趣味の作品ならそれで良くても、うちで出すのは商品だから、1cmでもずれたら、やり直しです。

【写真】編み物を行うあみてさんの手元

それは厳しいことかもしれません。実際に、編み手になったものの、自分には「趣味の編み物サークルの方が合っている」と辞退をする人もいる、といいます。それでも、Beyond the reefに関わる女性たちの眼差しの先には、「厳しさ」を超えたところにある「喜び」がしっかりと映し出されています。

【写真】くすのきさんを見つめるびよんどざりーふの方たち

昌子さん:きっと大丈夫だろう、と思って提出したものが通らないのは、毎回本当に辛いことです。すごくストレスもかかります。でもね、冷静に考えると見えてきます。なんでダメだったのか、このままでは売り物にはならないのか。高いお金を払って買ってくれてる人のことを考えるとね、わかるの。

美智子さん:皆さんお互いに助け合いながら、分からないところを教えあっています。でもおかしなものには厳しい点検をしてもらって、違っていたら残念ですけど、やり直し。でもそれは当然だと思うんです。お客様にはちゃんとした物を売り物にしようと妥協しないことね。

そうしてやっとの思いで出来上がった商品を、喜んで買ってくれる人たちがいる。お洒落な女の子たちが、「おばあちゃんが作ったから」ではなく「可愛くて素敵だから」欲しいと思ってくれる。そのことが、また編み手さんたちの喜びを生み出しています。

【写真】柔らかい笑顔を向けるまさこさん

明るく、場を和ませてくれる。昌子さん。編み物サークルの初期メンバーでもあり、Beyond the leefを支える編み手の一人。

昌子さん:一度、大阪で開かれた(期間限定の)ショップに半日立っていたことがあるんですよ。たくさんの人が来てくれて。3、4人でいらしてたお客さんがひとつ買うのにすごく迷って悩んでらしてたんです。

「この商品はこうで、こちらはこういうものです」ってお話をするとね、すごく喜んで買ってくださったんです。社会に認められる商品、売れる商品を作らせていただいてるということのありがたさをしみじみ感じました。「まだ自分は世の中と関わっていられるんだ」という喜び。それは何にも変えられないことね。

Beyond the reefは「おばあちゃん達」だけのための場所じゃない。日本の原風景のような女性たちの場が自然と生まれていった

もう一つ、Beyond the reefの良さをあげるとすると、それは編み手が高齢女性だけではないということ。この日の編み会には、まだ若く子どもを産んだばかりの女性や、楠さんと同年代の女性たちも集まっていました。多様な年代、境遇にいる女性たちが、作品を手にお互いに質問をしたり教えあったり、2時間の会の間中、話し声は止むところを知りません。

【写真】メンバー同士で笑い合う様子

年齢も普段の生活も異なる女性たちが、この場所では仲間として繋がっています。

楠さん:小さいお子さん連れのママさんもいますし、子育てがひと段落して自分の時間がちょっと取れるようになった人とか、色々なんですけど、始めて少し経ってから雑誌やSNSでうちの商品を知った若い世代の方が、編み手として自然に集まってくれるようになりました。

編み手リーダーとして、指導をしている安部美奈子さんもその一人。もともと趣味だった編み物を仕事にできたらと、編み手の一人として応募し、関わっていくなかで、商品のサンプルを作り、他のスタッフに指導をする立場になりました。

【写真】あみてさんの製作したバッグをチェックするあみてものリーダーのあべさん

制作途中のバッグを持っている女性が、編み手物リーダーの安部美奈子さん。丁寧に出来上がりをチェックしていきます。

安部さん:気がついたらそういう立場になっていましたね。編み物は昔から好きだったのですが、ここで働くようになってかぎ針と棒針の講師の資格も取得しました。おばあちゃまたちにダメ出しをして、落ち込む顔を見るのは毎回とても心が痛みます。でも、私が甘くしても、この後の工程で編んできたものを最終的に商品にする縫い手チームからNGが出るとそれは商品にはならないんです。おばあちゃまたちもそこはわかっていて、残念でも根気強く編みなおしてきてくれる。そんな前向きな姿に、私も励まされています。

双子のお子さんを保育園に預けて参加するママもいます。

結さん:普段は事務の仕事をして空き時間にここの編み物をしています。双子の子供達が赤ちゃんの時に、寝ているのを起こさず自分でできることをと考え編み物を始めました。子育ては楽しいけど、やることに追われてどんどん吸い取られるような気がする時もあるんです。でもこの仕事は自分が頑張って仕上げたら、お客様に喜んでもらえる。だから次も頑張ろうっていう気持ちになれるんです。

【写真】あみてさんのニットを編んでいる手元

まだ小さな子供を育てる女性やシングルで子育てをしている女性、家族の介護に携わっている女性。いろいろな立場でいろいろな背景を持った女性たちが、編み物の仕事を通して自分の居場所をここに見出しています。

楠さん:本当に自然に、こんな風に集まってきてくれたんです。これってサザエさんみたいですよね。日本の原風景というか。おばあちゃんがいて、お母さんがいて、ちっちゃい子がいて。すごく自然なことですよね。若い人たちはおばあちゃんたちの技術を学ぶことができるし、おばあちゃんたちにとっても、若くて覚えが良く仕事も早い編み手さんたちの存在は刺激されるところがある。それがすごくいい形で回り始めたなと思っています。

おばあちゃんたちの笑顔を絶やしたくないからこそ、「売れる商品」にこだわる。

Beyond the reefのバッグは、一つあたり平均2万円〜3万円。決して安価な商品ではありません。

楠さん:値段設定は最初から同じで、適正価格に設定しています。理由はやはり人件費ですね。編み物の世界は、ものすごく作り手に行く報酬が安いんですよ。尊厳も人権も無いような値段設定だったりする。それはやめようと。自分の尊厳を感じられる報酬じゃないと、やっぱり続けられないし、対価をお支払いするのは当然だと思うんです。その分、ちゃんとお金をいただいてるからこそ、いいものを提供してということで。なので、商品の仕上がりは厳しくチェックしています。

編み手のやる気を削がずに、商品としての完成度を上げることも、新作商品を生み出し続けることも、同時に行っていかなくてはなりません。経営者として事業の見通しを立て、材料を集め、人間関係に気を配り、売れる価値がある商品を提供し続ける。それは楠さんにとっても、たやすいことでは決してありません。

【写真】完成したバッグを真剣に確認するくすのきさん

楠さん:もう毎日、悩みと不安と、トラブルの連続なんです。ストレスで体がおかしくなっちゃうくらい(笑)。課題は山積みで、流通量も少ないですし、商品が出来上がるまでのスピードも一般的なアパレル企業より何ヶ月分も遅いです。資材の安定供給のための交渉とか、販売店との交渉とか、届くはずのものが届かないとか、入金がされてないとか(笑)。ありとあらゆるトラブルが毎日ありますね。でも売れないとやっぱり意味がないと思うんです。

ファッションライターの仕事を続けながら、最新の流行に敏感にアンテナを張り、メインターゲットの30代〜40代の女性たちの心に刺さるデザインを生み出し続ける。認知度を高めるために、SNSの利用にも力を入れ、伊勢丹新宿店でのポップアップ店に出店するなど、宣伝に関しても、Beyond the reefを動かす全てを楠さんは一手に引き受けています。

【写真】外の風景を眺めるくすのきさん

楠さん:高齢者が作っているもの、とか「おばあちゃんが作っているから素敵」というような枠組みを超えて、一般の人が普通に買いたくなる単純にオシャレで良いものを提供していかないとこのブランドは大きくならないと思っていて。だから目標設定をして、売り上げ設定も立てて、きちんと利益を出していこうということは常に最初から念頭にあります。

厳しい目を持ちながら、楠さんがそこまでこだわって売れる商品を出し続ける理由。それはひとえに、編み手の嬉しそうな笑顔を見続けていたいから。

楠さん:自分一人のためだったらライターの方が楽です。ファッションは大好きだし。一人でできる仕事だから、気持ちが全然楽。でもなぜこれをやっているかと言ったら、やっぱり、喜んでくれるからなんですよね、おばあちゃん達を始め、作り手さん達が。おばあちゃんたちは戦争経験者で青春なんてなかった。でも、今が青春だって言ってくれるんです。この歳になって新しい友達が出来て、新しいコミュニティが出来て、本当に楽しいって言ってくれてるんです。この人たちをやっぱり裏切れないっていう思いが一番強いんですよ。

【写真】それぞれ作業をするあみてさんたち

第二、第三のBeyond the reefがでてきて欲しい

ブランドを展開し、株式会社として伸びていくために、今後はバッグ以外の分野にも取り掛かりたいという楠さん。それはBeyond the reef の付加価値をさらに高めるための戦略です。ただ、それはもっと儲けを出したいという社長としての「欲」ではなく、生き残るための必然的な選択だと言います。

【写真】バッグをつくるあみてさんの手元

楠さん:バッグは一番女性が手に取りやすい商品、オンラインでの購入にも抵抗が少ない商品です。それを理由にバックを入り口にしてきたけれど、そろそろ、オーダーのセーターだとか、大物に挑戦していくための舵を取っていきたいなとは考えています。

今、一緒にやりたい、仲間に入りたいと言ってくださる人がすごくたくさんいるんです。私も、おばあちゃんたちの可能性をもっと増やしていきたいとは思っています。でも、そういう人たちの受け皿になって、たくさんの人たちを雇うにはやっぱり会社として余力がないとできない。会社を継続していくのは、心と気持ちだけではやっていけないんです。

だから、自分の店だけでなく、第二、第三のBeyond the reefが生まれてほしい、と楠さんは言います。

楠さん:きちんと売り上げを上げて、きちんと利益を出してやっていけたら、このモデルを真似して、次に続く人がでて来てくれるのではと思って、それを願っています。

世の中に、技術は持っているのに、それを社会に活かせない人ってたくさんいます。でもその技術でもう一回社会に出られる人が増えたら、可能性はもっと広がると思うんです。Beyond the reefがやっていることを広く知ってもらって、その可能性をたくさんの人に感じてほしいと思っています。

【写真】穏やかな表情で話すくすのきさん

たった一人のおばあちゃん。自分の義理のお母さんを励ましたい、という思いで始めた編み物。それが、今、多くの人を勇気付ける場所に変化しようとしています。

伴侶を亡くし、子どもたちが出て行った後の家で、一人ぼんやりとレースを編んでいたという楠美智子さんは、「あの時の、佳英ちゃんのひらめきがこんな風に大きくなるなんて思ってもなかった」ととても優しい笑顔を見せてくれました。

美智子さん:一人でいた時にね。夜になると寂しかった。でもね、今は違うんです。夜が寂しくても、「ああ、明日の朝は編み物の続きをしよう。編み物ができる」と思って眠ることができる。次の日にやることがあるということの喜びを、佳英ちゃんが私たちにもう一度取り戻させてくれたんです。

【写真】にこにこしながら話すくすのきみちこさん

「おばあちゃんは今日いきなりおばあちゃんになったわけじゃない」という楠さんの言葉が、深く胸に残っています。

自分の大切な人が歳を重ねて、前にはできていたことがあまりできなくなっているのを見た時。生き生きとしていた表情がいつしかかすんでいるのを見た時、これまで頼りにしてきた人を今度は自分が「手助け」してあげなくてはならないことが増えてきた時。

自然な流れとは思いながらも、その過程は残酷で、私たちの心を傷つけます。時には目をそらしたくなることもあります。

でも、いつまでも、人は生きてる限り、可能性を見つけて輝くことができる。楠さんの考える「手助け」のベースには、おばあちゃんたちの人生への尊敬が流れています。だからこそ、厳しい道をあえて選びながら、一緒に「生きる喜び」を作り上げようとしている。

Beyond the reefに学ぶことで、私たちもまた、自分の大切な誰かと一緒に、新しい可能性に挑戦することができる、そんな希望を、感じることができました。

【写真】ばばらぼの前に座るくすのきさんとライター

関連情報:
Beyond the reef ホームページ
いのちの木 ホームページ 

(写真/加藤甫、協力/原田恵、長島美菜)