【写真】車椅子でパラグライダーをする男性と、一緒に飛ぶ男性。雄大な景色をバックに笑顔で写っている。

あの青い空の上を飛ぶことができたら、どんな気持ちになるのだろう。

子どもの頃はよく、飛行機や大空で羽ばたいている鳥を見て、そう思っていました。しかし、大人になるにつれて、空を飛ぶことは単なる憧れで、限られた人にしかできないものだと思うようになっていたのです。

「空飛ぶ車椅子」

その言葉を知ったとき、私は子どもの頃のワクワクした感覚を思い出し、限られた人にしかできないと思っていた可能性が広がるのを感じました。

今回は、誰もがきっと憧れたことのある空を飛ぶという体験を、車椅子ユーザーの方にも提供しているプロジェクトを紹介します。

始まりは、難病を発症して考えた ”自分にできることは何か”

【写真】大空の中をパラグライダーで飛ぶ車椅子。天気も良く気持ちが良さそう。

「空飛ぶ車椅子」プロジェクトの舞台は、山形県南陽市にあるパラグライダーなどの飛行場「南陽スカイパーク」。ここでは、車椅子の方もパラグライダーに挑戦することができます。

プロジェクトを動かしているのは、加藤健一さん。心のバリアフリー推進団体「Gratitude」の代表として、「ひとりのハートが世界を変えられる」をコンセプトに、バリアフリーへの理解、啓発のための情報を地元山形から発信されている方です。

【写真】インタビューに答えるかとうさん。真剣な眼差しで語っている。

加藤さんは、21歳の時に突然、筋ジストロフィーという難病を患い、現在は車椅子生活を送っています。筋ジストロフィーとは、遺伝子の変異によって筋力が衰えていく病気。立つこと、座ること、入浴、ペットボトルで飲み物を飲むことなど、昨日まで当たり前にできていたことがある日突然できなくなってしまうこともあるそうです。

車椅子で生活するようになって、加藤さんは健常者の時には気づかなかったほんの1cmの段差や坂道が大きな障壁に感じるようになりました。しだいに、外出することへも不安を感じ、病気が日々進行していく恐怖から、周りの仲間とも距離を置くようになります。

家に引きこもり、自分と向き合う時間が増えた加藤さんの中には、次第に障害を負った頃とは違った思いが生まれてきました。

加藤さん:介護なしでは生活できない自分にできることがあるのだろうかと向き合う中で、今動けるうちにできることを一生懸命やりたい、生きた証を残したい、という思いが強くなりました。

そうして、加藤さんが挑戦を決めたのが、車椅子でのパラグライダー挑戦でした。

【写真】ホールでマイクをつけて話すかとうさん。表情から強い思いが伝わる。

「障害者=空を飛ぶことができない」その固定概念を崩したい

なぜパラグライダーへの挑戦を選んだのか、加藤さんはこのように語ります。

加藤さん:障害があることで、諦めなければならないことが多くあります。『空を飛ぶこと』もその1つ。

僕は地元にある『南陽スカイパーク』で、幼い頃から空を舞う人の姿を見てきました。しかし、2015年の時点で障害者を常時受け入れているパラグライダーのフライト施設は全国に1つもありませんでした。だからこそ、『障害者=空を飛ぶことができない』という固定概念を払拭したいという思いが強くなったのです。

こうして車椅子でのパラグライダーに挑戦した加藤さんですが、はじめは安定性が悪く、滑走中に転ぶことも多くありました。しかし、車輪の角度を変更するなど調整を重ね、2015年にはフライトに成功したのです。

翌年には、一般社団法人山形バリアフリー観光ツアーセンターを設立。活動の一環で、南陽スカイパークを「日本で唯一、車椅子によるパラグライダー体験ができるエリア」として、加藤さんと同じように「車椅子で空を飛びたい」と願う人の夢を叶えるサポートをしてきました。

脳梗塞で右半身が麻痺している78歳の男性や、生まれつき障害があるため、ずっと車椅子生活を送っていた20代の女性など、パラグライダーに挑戦される方の年齢や背景はさまざまです。

【写真】小高い山の上から夕日を眺めるかとうさん。穏やかな雰囲気が漂う。

しかし、「できないと諦めていたことに挑戦することで、自分の可能性を広げたい」という思いと、空へ飛び出した後の喜びで溢れた笑顔は、挑戦する方に共通しています。

次の目標は、子どもたちの空飛ぶ夢を叶えること

これまで、車椅子に乗る方9名のフライトをサポートしてきた加藤さん。一方で課題として残っていたのは、子どもを乗せてフライトができないことです。

加藤さん:現在車椅子でのフライトには、40kg〜68kgの体重制限があります。そのため制限体重に満たない子どもたちは現在フライトができません。でも、活動を続けていくうちに、障害を持つ子どもたちからのフライト希望も多く寄せられるようになりました。

【写真】子どもたちから届いた手紙がずらりと並べられている。

子ども達から寄せられた、”空を飛びたい”というお手紙

子どもでもフライト可能なパラグライダー専用車椅子を作って、子どもたちの空飛ぶ夢を叶えることが加藤さんの次の目標です。その資金を集めるために、クラウドファンディングへの挑戦を決めました。

クラウドファンディングは多くの共感を呼び、子ども用パラグライダーを作るための資金はすでに集まりました。現在は、ネクストゴールに向けて挑戦中。子ども用パラグライダー車椅子を制作して余った資金は、傾斜のある南陽スカイパークの砂利道を整備する費用にあてられます。

「空のバリアフリー」で多くの人に届けたい、夢は諦めなければ必ず叶う

自分自身がフライトに挑戦するだけでなく、同じく車椅子の方のフライトのサポートもおこなってきた加藤さんには、信じ続けている思いがあります。

加藤さん:障害による一番のバリアは自分の中にあります。障害があるからという理由で諦めてほしくない。障害があっても諦めなければできることがある。たとえ、小さな『可能性』だったとしても、工夫すれば、できる方法は必ず見つかるはずです。僕は、そうやって沢山の夢を叶えてきました。

【写真】かとうさんと車椅子のフライトサポートを行う仲間立ち。楽しげな空気が流れている。

障害があることで、できていたことができなくなると「引き算」で考えるのではなく、今の自分ができることを現在地から積み重ねていこうと「足し算」で考える。そのように発想を変えることで、ふさぎ込んでいた加藤さんは空を飛ぶ夢までも叶えることができたのです。

障害の有無に関わらず、誰もがワクワクすることを諦めなくていい。そして「空飛ぶ車椅子」という、かつて誰も想像しなかったことが当たり前になる。

そんな日が来るように、ぜひ「空のバリアフリー」の挑戦を応援していただけると嬉しいです。

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