【写真】笑顔で田んぼの前に立つおおたなおきさん。

「人を好きになる」と、気持ちを誰かに話したくなったり、分かち合いたくなりますよね。ときには思い悩み、身近なひとに相談することもあるでしょう。

ただ、「同性を好きになる」と、気軽に周囲に話せる人は多くありません。そんなとき、セクシュアリティも含めて自分を理解してくれる人がそばにいて、当たり前のように恋愛について話せると、それだけで楽しくて安心するものです。

自分がLGBTであることを誰かに告げようと思ったとき、重要なのはきっと空気感です。LGBTの人たちが集まるコミュニティの多い都会と、そうではない地方とでは、「自分を受け入れてもらえるか」という空気感にも違いがありそうです。その不安から、本当は地元に帰りたくても、都会にとどまるLGBTの人たちが少なくありません。

このような“LGBTフレンドリー”の地域格差という課題に、任意団体「やる気あり美」が、農業を通してアプローチしています。今回は、茨城県笠間市で「日本一LGBTフレンドリー」を目指した農家をプロデュースし、そこでとれたお米を消費者に届けるというこのプロジェクトをご紹介します!

【写真】公園で集合写真を撮るやる気あり美のメンバー。それぞれが楽しそうにカメラへ顔を向けている。

「やる気あり美」のメンバー photo by やる気あり美

LGBTの「伝えたい」と、社会の「聞きたい」をつなぐ「やる気あり美」

「やる気あり美」は、「世の中と“LGBT”のグッとくる接点をもっと」というコンセプトで活動する団体です。サイト内で展開されるコンテンツは、LGBTに迫る切り口が斬新で、つい読みたくなるものばかり。これまでも、お坊さんとジェンダーを語る座談会や、LGBTフレンドリーな人たちが集う料理イベントなどを開催してきました。

“地味で、普通”のLGBTの人たちにとってのモデルになれたらーー「やる気あり美」太田尚樹くんが目指すセクシュアリティフレンドリーな社会

【写真】やる気あり美のWEBサイト。シンプルな文字と記事ごとの写真が並ぶ。

「やる気あり美」のWEBサイト。切り口が斬新で、見る人を飽きさせない

「やる気あり美」の代表を務める太田尚樹さんがこの活動を始めたのは、自身がゲイであることを公言し始めた頃にあるLGBT関連のイベントに参加したことがきっかけでした。

太田さんはそこで「LGBTってなんだろう?」と書かれた分厚い冊子を手渡されたそうです。

せっかく良い内容が書かれているのに、気軽に手に取ってもらえないのはもったいない

そう感じた太田さんが、「どうしたらたくさんの人にLGBTのことが伝わるだろう」と考え抜いてはじめたのがやる気あり美の活動です。

多くの人にとって、LGBTに関する情報は自分とは関係がないことと思いがちだと思います。そこで太田さんは、LGBTの「伝えたいこと」を、社会の「聞きたいこと」に変換し、面白くて興味を引くコンテンツを発信することで、LGBTと社会の接点を生み出す取り組みを始めたのです。

そして2015年4月の設立から活動3年目に差し掛かった今、やる気あり美は新しい試みに挑戦します。それが、LGBTフレンドリーな農家のプロデュース。LGBTに関する取り組みは東京発のものが多い中、このプロジェクトは茨城県笠間市で始まりました。そのきっかけや想いについて、太田さんにお話を伺いました。

東京発の取り組みが多い中、地方から先行事例をつくりたい

――やる気あり美が今度は茨城県笠間市で農家を始めると聞いて、「また面白いことを始めるんだ!」とすごく楽しみにしています。今回、太田さんが地方に目を向けたのはなぜですか?

「やる気あり美」代表・太田尚樹さん(以下、太田):楽しみだなんて、ありがとうございます!ここ最近は、LGBTへの取り組みもずいぶん増えてきたんですけど、影響力が大きいものや注目されるものは、やっぱり都心部に集中しているっていう現状があるんです。都会と地方では、LGBT当事者の暮らしやすさにすごく格差があるのですが、東京での成功モデルを地方で焼き直すのではなく、地方から先行事例をつくることもできるんじゃないかという思いから、このプロジェクトに取り組むことを決めました。

――確かにこのLGBTフレンドリーの波が、地方にも届いているのか疑問でした。実際に太田さんの周りにも、地方の受け皿が足りないと感じているLGBTの方が多いのでしょうか?

太田:そうですね。僕の知り合いにも、「都会は好きじゃないけど、地元には自分らしさを気軽に出せる友達がいないから」「実家の家業を継ぎたいけど、結婚しろとプレッシャーをかけられるのが面倒だから」っていう理由で、東京に居続ける子たちが本当に多くいるんですよね。LGBTフレンドリーな場所がないことで、地元に帰ることが選択肢にすら入らないこともあると思うんです。

――地方ならではの結婚へのプレッシャーはよく分かります。早くに結婚する子も多いですから。家族にカミングアウトしていない人にとっては、ストレスがかかることもありそうですね。

【写真】真剣な眼差しでインタビューに答えるおおたさん。

「セクシュアリティの違いは気にしませんよ」と、LGBTもそうじゃない人も意思表示ができる場所に

――「LGBTフレンドリーな農家を始めよう」と思ったきっかけは何だったのでしょう。

太田:地方からLGBTフレンドリーな場を広めていくという構想を練っていたとき、「G-pit net works」代表の井上健斗さんに出会ったんです。健斗さんは女性として生まれ、今は男性として生きているトランスジェンダーの方です。健斗さんと知り合ったとき、彼はすでに農家作りに取り掛かっていて、表現面でのディレクションを担ってくれるパートナーを探していたところだったんです。

――すごい!まさにこれまで「伝える」活動をしていたやる気あり美にピッタリのお話だったのですね。

太田:そうなんですよ。もう運命だ!と思って、トントン拍子に一緒にプロジェクトを運営していくことが決まりました。

【写真】自然をバックに、笑顔で並んで立ついのうえさんとおおたさん。

左が『G-pit net works』代表の井上健斗さん。女性として生まれたが、現在は戸籍も男性へ変更しているトランスジェンダー photo by やる気あり美

――もう実際に、茨城の農家では動き出しているんでしょうか。

太田:はい、すでに健斗さんは笠間市に移住していて、農業をしています。2017年6月に、トライアル的に田植えイベントを開催したんですよ。今回の農家プロジェクトのビジョンを伝えた上で参加者を募ったところ、抽選になるくらいたくさんの応募をいただき、60名の方と苗を植えることができました。

――田植え!楽しそうですね。その参加者60名はLGBTの方が多かったんですか?

太田:いえ、約半分はLGBT当事者でしたが、もう半分は非当事者でした。そっちの方が少し多かったかも。

――え!それは確かに意外かも。LGBTではない方々は、どんな気持ちで、何を求めて田植えイベントに参加したのでしょう。

太田:みんな「セクシュアリティは人それぞれでいいよね」と気軽に応援できる場がほしかったのかな、と思います。でもLGBT関連のイベントって、まだまだ当事者じゃない人には敷居の高く感じられるものも多い。だから、このイベントの「田んぼに入ればみんな一緒だ!」というノリがフィットしたのかなと思います。

――以前太田さんがおっしゃっていた、「LGBTかそうではないかという線引きではなく、セクシュアリティの違いを気にするか否かという視点でみる」ということですね。前者だと、LGBTに関心があっても、そうではない自分はなんとなく蚊帳の外に感じてしまいます。でも、後者の世界観であれば、LGBTフレンドリーなひとであれば誰でも気軽に参加できますね。

【写真】一列に並んで田植えをする人々。和やかな空気が流れている。

2017年6月に開催した田植えイベント。予想を上回る60名が参加 photo by やる気あり美

同じ目標を持ち一緒に汗を流すことで、セクシュアリティの壁を超えていく

――太田さんご自身について伺いたいのですが、「やる気あり美」を立ち上げる前から今のようにLGBTに関する活動には積極的に参加されていたのですか?

太田:それが、カミングアウトもしてなかったんです。LGBTって、すごく悩む人もいれば、全然悩まない人もいるんですけど、僕は前者で。自分がゲイであることを、全然肯定できてなかったんですよね。今でこそ悩むことはほぼ皆無ですが、学生時代の僕にとっては「ゲイである」ということは、笑われることで「負け組」だったんです。今みたいにかっこいいゲイの先輩をインターネットですぐ見つけられる、という時代でもなかったですし、ロールモデルがなかった。学生時代の僕は極めてバカで”イケてる人”になりたかったので、ゲイだなんて絶対に認めない、という気分でした。だからベンチャー企業でバイトをしたり、学生団体の代表をしたり、とにかく”イケてる”を取り返そうと必死だったように思います(笑)。

――“イケてる”を取り返す!(笑) 当時の太田さんは、イケてるかどうかが大切だったのですね。私も、大学生の頃は周りから良く見られたくて必死でした。そんな太田さんは、いつ頃からカミングアウトしてもいいかなと思えるようになったのでしょうか。

太田:大学生の終わり頃ですね。無理している自分にも疲れてしまって、一人の女の子に悩みや葛藤も含めてカミングアウトをしました。2時間近く話を聞いてくれたその子が、「悔しいよね」と一言、強く言い切ってくれて。そう言われて初めて、「悔しい」って思っていいんだ!って思いました。自分がゲイであることを誰も知らない世界と、誰か一人でも知って、認めてくれている世界は全く違うんだと気付きましたね。

――どんな反応されるのか、初めて知り合いに打ち明けるのは勇気が必要だったでしょうね。

太田:それを機に、部活仲間にもカミングアウトしたんです。みんな最初は戸惑いつつも、「太田は太田だから」と受け入れてくれた。それは、これまで共通の目標を持って一緒に練習をしてきた濃い人間関係があったからこそ、理解してくれたんだと思うんです。この経験が、実は今回の農家プロジェクトにも強く影響しています。

――同じ目標を持つ、同志になるということですね。

太田:そうです。共通の目標を持って、一緒に体を動かすことが重要だと思うんです。一緒に汗を流すことで、「共につくるから分かり合える」関係を築くことができます。

――「共につくるから分かり合える」、いい言葉ですね。確かに農業は、一人で黙々と作業をすることもあれば、周りと声をかけあうシーンも多く、部活みたいですよね。

太田:そうですね。あと田んぼって演出上手なんですよ。

――演出上手というと?

太田:先日お話した田植えイベントだったら、隣にいる人がLGBTかどうかも分からない状態から始まるんですね。最初は皆さん緊張しているんですけど、田んぼに足を踏み入れた瞬間「大丈夫ですか?」「ここ柔らかい!」と、近くの人との助け合いが勝手に生まれる。そうしていると「この人いい人だな」という風に、セクシュアリティがどうとかではなく、人間性で相手のことを見られると思うんです。

――そうですね。セクシュアリティから入ろうとすると、「LGBT or NOT」の壁ができてしまう。でも実際に一緒に同じ作業をすることにおいては、隣の人がゲイやレズビアンかどうかは関係ないですよね。

太田:LGBTを理解してもらおうとすると、勉強会っぽくなりがちです。各自が「気付きがありました」で終わってしまってはもったいないと思うんです。そうではなく、「一緒に歩んでいく」という関係性を、このプロジェクトを通して実現していきたいですね。

【写真】飲み物を片手に、乾杯を行うイベント参加者。作業をやりきり、すっきりした笑顔が見える。

作業のあとの一杯は格別! photo by やる気あり美

セクシュアリティは、その人を表すたくさんの個性の中のほんの一部である

社交的な人がいればシャイな人もいる。クリエイティブな人がいれば細かい作業が得意な人もいる。それと同じように、ゲイやレズビアンといったセクシュアリティも、たくさんの個性の中のほんの一部だということを、今回太田さんのお話を聞いて強く感じました。LGBTという特徴の先にある、その人の人間性に目を向けるこのプロジェクトには、LGBTを知識として知るための取り組みとは一味違った可能性に溢れています。

東京発信のプロジェクトが多い中、「やる気あり美」と「G-pit net works」は地方から新たな挑戦をしていこうとしています。きっとこの取り組みは、東京だけではない様々な地域にLGBTフレンドリーな空気感をつくっていくための足掛かりとなることでしょう。

「やる気あり美」は、現在クラウドファンディングに挑戦中です。集まった資金は農家プロジェクト広報活動のためのWEBサイト制作や、米袋の製作のために使われます。また、リターンには収穫したお米なども用意されています。応援いただける方は、ぜひクラウドファンディングに参加してみてください。

関連情報:
やる気あり美 ホームページ
G-pit net works ホームページ
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「やる気あり美」太田さんと「G-pit net works」井上さんの対談ページ