【写真】カナエールのメンバーを写した写真。1人の女性が話す様子を、他のメンバーらが優しく見守っている

水族館の飼育員になりたい。

学校の先生になりたい。

世界中で活躍したい。

子どもの頃の「将来の夢」を覚えていますか?具体的な職業でなくても「こんなことをしてみたい」と想像して、七夕の短冊や学校の卒業文集に書いてみたり。あこがれの人や夢中になれる何かと出会い、わくわくした経験が多くの人にあったと思います。

今年の夏に開かれた「カナエール夢スピーチコンテスト」は、子どもたちが自分の目標や夢を発表するコンテストです。舞台に立つのは、児童養護施設で育った子どもたち。生まれた家庭の環境や、ひとりの力では解決できないさまざまな問題に直面した経験も、ときどき声をつまらせながら、彼らは語ってくれました。

【写真】マイクの前で、明るい表情でスピーチをする女の子

photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato

どんな環境にいようと、誰だって自由に夢を描くことができる。挑戦できる。過去は変えられなくても、これからの自分は変えられる。

そんな力強いメッセージとともに前を向く姿が、今でも心に残っています。そして、もっと早くこのコンテストの存在を知りたかったと思いました。

実はカナエールは、今年で最後の開催を迎えました。でも、子どもたちの夢は始まったばかり。コンテスト会場で直接エールを送ることはできなくなっても、私たちにできることは何かあるはず。最後のカナエールにかけたさまざまな人の思いが、子どもたちの「これから」を考えるきっかけになればうれしいです。

返済不要の奨学金と信じる力を子どもたちへ

【写真】観覧者らが、カナエールのパンフレットを眺めている後ろ姿

photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato

カナエールの特徴は、スピーチコンテストへの出場を条件に、返済不要の奨学金を給付するという支援の仕組み。そして、仲間と一緒に大きなチャレンジを乗り越える体験を通して、子どもたちに自信を持ってもらうことです。

コンテストまでの120日間、「カナエルンジャー」となる奨学生は、3人の社会人ボランティア(エンパワメンバー)とチームを作り、原稿作成や映像制作などの準備に取り組みます。期間中は、あこがれの職業の人に直接話を聞きに言ったり、アナウンサーからスピーチの指導を受けたりすることも。

サポーターからの寄付やコンテストのチケットの売り上げは、彼らの将来を支える奨学金にあてられます。コンテストが終わった後も、ボランティアたちが定期的に会う機会を設け、卒業まで支援を続けていきます。

いよいよ本番! カナエール東京

【写真】ステージを見守る観覧者ら。会場の後方まで席が埋まっている

photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato

何度も練習を重ね、迎えた本番のステージ。120日間を共にしてきたエンパワメンバーも壇上に上がり、すぐ横でカナエルンジャーの背中を見守ります。東京会場では個性豊かな10人のカナエルンジャーたちが、磨きあげたスピーチを披露! 涙あり、笑顔あり、割れるような拍手ありのコンテストの模様を、少しだけご紹介します。

まずは通訳を目指す女の子「ソフィー」。英語をまじえたスピーチで会場を魅了します。悲しみを乗り越える勇気を彼女にくれたのは、亡くなったお母さんが残してくれた「No Pain,No Gain !(痛みがなければ、得られない)」という言葉。途中で涙を見せながらも、最後は笑顔で締めくくりました。

スピーチをする「よっち」(photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato)

赤いファッションが印象的な「よっち」は、等身大の言葉で保育士になる決意を語ります。大変なこともあったけれど、大切な妹をずっと見守ってきた経験が夢につながったそう。離れて暮らすお母さんをコンテストに招待し、スピーチの中で「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えるパフォーマンスは、審査員の心もとらえました。

マイクを手に持ってステージの上を動き回る「ガッツ」。歌手のジャスティン・ビーバーがプリントされたTシャツを見せながら「俺って海外で活躍できそうな気がしませんか」と話します。その生き方こそ彼の夢。「大学に行くのは目標で、夢はもっとでっかいもの。期待しててください」と宣言し、会場を湧かせました。

時間をかけて見つけた「本当の夢」をあきらめたくない。ごんちゃんのスピーチ

カナエールに関わっている皆さんが、私の話を何でも受けとめてくれるので、スピーチの練習を始めてから夢への思いがもっと強くなりました。

【写真】笑顔を見せる高校3年生の女の子、ごんちゃん

以前登場してもらったsoarの記事で、こう語ってくれた高校3年生の女の子「ごんちゃん」もこの日、夢への大きな一歩を踏み出しました。

準備期間中、エンパワメンバーのかなっちゃん・オバさん・ベンさんとおそろいの緑のTシャツを着て、家族のように話し合いながらスピーチを練っていたごんちゃん。将来の夢は、アジアのリゾートホテルで働き、心のこもったおもてなしをすることです。

本番直前のごんちゃんチーム。左からオバさん、ベンさん、かなっちゃん(photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato)

ホテルマンの話を熱心にメモしたり、プロのお辞儀の仕方を体験してみたり。「夢への思いが強くなった」という言葉の通り、確かに成長していくごんちゃんの姿が映像で流れます。

そしていよいよ、ごんちゃんがマイクの前へ。

【写真】緊張した面持ちで、壇上に上がるごんちゃん。ブラウスと花飾りがとても似合っている

photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato

そこに立っていたのは、黒地に白い花が描かれたブラウスを着て、花飾りを髪に挿した、一番きれいなごんちゃんでした。

「こんなすてきな制服を着て、ホテルのフロントに立ちたい。似合いますか?」

手を広げて問いかけると、客席から大きな拍手が返ってきます。少し照れたような笑顔を浮かべながら、ごんちゃんはスピーチを続けます。

「『お金がないから、大学は厳しいよ。』そう言われたとき、私は愕然としました。高2の冬でした。奨学金をもらえなかったら大学はあきらめるしかないよと、児童養護施設の先生に言われてしまったのです。

家族にお金の相談ができるわけじゃない。友達にも相談できない。なんで私だけこんな思いをするの。誰のせいで」

そんなごんちゃんを変えたのは、同じような境遇で育ったという親友からの「ごんちゃんなら大丈夫」という言葉でした。「私はひとりじゃない。支えてくれる人がいる」と進路を前向きに考えはじめたごんちゃん。海、リゾート、旅行・・・・・・好きな言葉を並べてネットで検索し、ホテルの専門学校があることを知ります。

大好きな自然に囲まれた場所で仕事をしてみたい。お客さんに一生心に残る思い出を持って帰ってもらいたい。ごんちゃんの夢が、どんどんふくらんでいきます。

【写真】ライトに照らされながら、観覧者らに向かって話すごんちゃん

photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato

「大学に通ってキャンパスライフを送る。それは叶わない夢となりました。でも、今は違います。壁にぶつかり、もがきながら、本当の夢を見つけることができたからです。そして、ここに立つことができたからです。

厳しい現実を正直に教えてくれた施設の先生、応援してくれた友達、エンパワの皆さん。みんなの支えがあるから、私は頑張れます。時間をかけて見つけたこの夢を、あきらめたくありません。絶対に叶えます!」

カナエールが終わっても、夢は終わらない

【写真】オバさんが話す様子を、あたたかく見守るごんちゃんらチームメンバー

photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato

コンテスト終了後、ごんちゃんはほっとした笑顔でロビーに出てきてくれました。本番で着ていたブラウスは、エンパワメンバーのオバさんが貸してくれたものだそう。

練習で会ったときとは見違えるほど自信にあふれ、輝いていたごんちゃんに、この1カ月間でどんな気持ちの変化があったのか聞いてみました。

ごんちゃん:事前発表会のときは、自分が本当に伝えたいことを話せていなかったんです。一番伝えたかったのは、児童養護施設で育った人は進学が大変なんだよということ。

悲しい思いをした体験だったけれど、周りの人からたくさんアドバイスをもらって、やっぱり話そうと思いました。言わないと気が済まないというか、みんなに知ってほしいという気持ちが強くなった。だからもう、つらいとは感じなかったです。

【写真】明るい表情を見せる、ごんちゃんのチームメンバーら

成長したごんちゃんの姿を、エンパワメンバーの皆さんも温かいまなざしで見守ります。

かなっちゃん:成長したなあ、立派になったなあと、まるで娘を見ているようでした。

オバさん:私がたまたま持っていたブラウスを着てくれたんですが、彼女にとても似合っていました。あの姿がごんちゃんの夢の形なんだなと、想像がふくらみました。

力を出し切り、笑顔でフィナーレを迎えたコンテスト。ごんちゃんとベンさんにこれからのことを尋ねると、2人とも少し真剣な表情で話してくれました。

ごんちゃん:学費はまだ足りません。夜間の専門学校に通いながら、昼間はホテルでアルバイトをするつもりです。経験を積みながら、自立できるように頑張ります。

ベンさん:カナエールが終わっても、子どもたちの格差の問題がなくなったわけではありません。これからも何らかの形で支援が続いてほしいと思います。

「この夢は、忘れない」。今年のカナエールのポスターには、こんなメッセージが書かれていました。それは、子どもたちの夢も、夢を叶えるために何ができるのかを社会全体で考えていくことも、終わらないということ。カナエールが必要とされてきた背景には、どのような課題があったのでしょうか。

カナエールの歩み――進学格差と希望格差の解決に向けて

子どもたちがどんな環境で生まれ育っても、夢と希望を持って笑顔で暮らせる社会に

カナエールを運営してきたNPO法人ブリッジフォースマイルは、児童養護施設で育った子どもたちが安心して社会に巣立ち、自分の可能性を生かして生活できるよう、さまざまな活動に取り組んでいます。

2004年の設立以来、高校卒業と同時に一人暮らしを始める子どもたちの困難な状況にフォーカスして、就労支援や、施設を出た後の孤立を防ぐための居場所支援などを実施。子どもたちと社会をつなぐ「架け橋」としての役割を担ってきました。

日本の児童養護施設で育つ約3万人の子どもたちのうち、大学等へ進学するのは26.5%(全国平均は71%)。進学できたとしても、学業とアルバイトの両立は厳しく、経済的な理由などにより中退してしまう子どもの割合も、全国平均の3倍近くに及ぶといいます。

事前発表会の場にお邪魔した際、ごんちゃんも自身が感じた格差の壁について話していました。

ごんちゃん:普通の家庭で生活していれば、進路や学費のことでこんなに悩むこともなかったのにと思っていました。アジアな雰囲気のホテルやリゾートは昔からずっと好きだったけれど、そんな仕事、私なんかにできるわけないし、お金もないしって・・・・・・。

中退してしまう先輩の姿を見ていると、どうせ自分も無理だと思ってしまう。夢を描くこともできなくなってしまう。格差は一人の教育の問題にとどまらず、同じような境遇の子どもたちへ影響し、希望まで奪っていく可能性もあります。

しかし、その負の連鎖を断ち切った、あるエピソードがありました。のちにカナエールが誕生するきっかけとなった、女の子「ハルカ」の実話です。

ハルカは18歳まで岩手県にある児童養護施設で生活していました。彼女の夢は看護師になること。看護学校の学費や生活費の支払いが困難なハルカを支え続けたのは、彼女が育った児童養護施設の職員をはじめとする、30人の有志の大人たちでした。

彼らは、ハルカが看護学校を卒業するまでの3年間、「ハルカの夢をかなえる奨学金」を集め、毎月、彼女に届け続けました。ハルカは夢をあきらめることなく、看護師になることができたのです。

一人じゃ夢は叶えられなかった。今度は私が後輩を応援する番。

次の子どもに渡すのは、格差ではなく夢のバトン。そんな彼女の思いをつなぐプラットフォームを本気で作りたい。こうして始まったのが、カナエールのプロジェクトでした。

始動から7年がたった今、子どもたちをめぐる社会の動きに変化が見られるようになりました。退所後に子どもたちが生活していくアパートの費用、大学進学者への生活費や学費――これらへの公的な援助のほか、財団や企業からの奨学金支援も始まり、経済的な問題が大幅に解消されることになったのです。

このような社会の流れを受けて、カナエールはその歴史に幕を下ろすことになりました。

「顔の見える支援」で閉ざされた世界に風穴を開ける

【写真】泣きそうになる高校生の男の子を抱きしめるチームメンバーの男性と、それを微笑みながら見守るもう一人のチームメンバーの男性

photo by Yukiyasu Ito / Kosuke Kato

カナエールが果たしてきたもう一つの大きな役割。それは、これまで社会と関わる機会が少なかった児童養護施設の子どもたちに「顔の見える支援」を届けることです。

ごんちゃんが一番伝えたかったのは、児童養護施設で育つ子どもたちが進学という道を歩むには多くのハードルがあるということ。事前練習のときも、コンテストが終わったあとも、ごんちゃんは「とにかく知ってほしい」と繰り返し話していました。

ごんちゃん:私自身、児童養護施設に入っていながらも、このカナエールというプロジェクトを全然知らなくて。だから、大人のみなさんの中にも知らない人が多いと思うんです。コンテストを見に来てもらいたいのはもちろんだけど、そうじゃないとしても、ちょっとでも興味を持ってくれるとうれしいなって思います。

カナエール実行委員長の植村百合香さんも、ブリッジフォースマイルのスタッフとなって初めて、施設で育つ子どもたちの現状を知ったといいます。

【写真】カナエールと書いたTシャツを着て凛とした表情を見せるうえむらさん

植村さん:問題を知ったときはびっくりしました。えっこんなことが本当にあるの。日本の子どもたちってこんな状況になっちゃってるの。なんで知らなかったんだろう。なんでみんな知らないんだろうって驚きましたね。

施設で生活する子どもたちの安全を守るため、彼らの暮らしぶりが分かる情報は、これまであまり公にされてきませんでした。子どもたちが多くの問題に直面しているという状況が、社会で知られる機会も少なかったのです。

子どもたちがどんなことに困っていて、どんな助けを必要としているのか。前に進むために、まずは知ってもらいたい。カナエールでは、夢や目標を持つ子どもと、彼らを応援する大人が、互いの顔を見て支え合う場をスピーチコンテストという形で提供することにしました。

施設の中で過ごしてきた子どもが、1000人近い人が集まる公の場に立ってスピーチをする。今までにない大規模なイベントの開催費や奨学金に加え、はじめはその主役となる子どもたちを集めるのも大変だったといいます。

植村さん:開催にあたってヒアリングした施設の職員さんに言われたことがあります。「人前でスピーチできる子はいませんよ」と。

子どもたちにそんなハードな挑戦をさせるなんてという気持ちがあって当然。 職員さんだけでなく、こうした問題にセンシティブな思いを抱いている方からしたら、「子どもたちを見せ物ににして」という抵抗感も、もちろんあると思います。そういう意見は当時も多かったし、いまだに聞くこともあります。

カナエルンジャーに声をかけるスタッフのみなさん

子どもたちを守るのは何より大切なこと。でも、ほんの少しのアイデアと行動があれば、もっともっとできることがある。

気になった方もいるかもしれませんが、カナエールに関わる人たちは、子どもも大人もみんな、ニックネームで呼び合っているんです。これなら、子どもたちはプライバシーを守りながら、いろいろな人と交流することができます。

さらに、コンテストにはカナエルンジャーやエンパワメンバーの招待枠が用意されています。少し興味があるという知り合いはもちろん、お世話になった職員さん、施設の先輩や後輩、離れてしまった家族にも、その目で見てもらう。すると、自分もコンテストに出てみたいという子どもや、その意志を後押しする大人が、身近なところから増えてくるのです。

生まれや育った環境は選べなかったけれど、自分は変わることができる

それでも、スピーチコンテストに出ることが、子どもたちにとって大きな挑戦であることは変わりません。

植村さん:120日間という長丁場ですから、本番まで大丈夫かなっていう子は結構多いです(笑)。事前発表会の時点ではだめ出しの方が多くて。私たち大人がどんなに一生懸命やっても、いつ、どんな形で子どもたちの心に火が付くのか分からない。だから、「こうしたらうまくいく」という正解はないんです。

【写真】満面の笑みを浮かべるうえむらさん

「でも、これだけは言えます」と植村さんは一つの答えを教えてくれました。

植村さん:応募用紙を書いた時点で、少なくとも本人は「やる」と一つの決断をしています。もともと大変な状況にいて、この先も乗り越えていかなければいけない壁があることは分かっていて、それでもやると決めた時点で、彼らにはすごく大きな力があるんです。

私たちの役目は、子どもたちを助けるとか救うとかではなくて、もともと持っている力を発揮してもらうこと。私たちが与えられるわけではない、もともとある自分の力に気づいてもらえるかどうかが、勝負だと思います。

子どもたちが自分の力に気づいて変わるタイミングは「花が開く瞬間」だと話す植村さん。

植村さん:児童養護施設で育った子どもに限った話ではないかもしれませんが、自分で自分の限界を決めて、「どうせできない」と思ってしまいがちなところがあるように見えます。やったらやった分だけ、何かしらはきっと戻ってくる。自分が変われば、周りも変わる。声をあげれば、きっと助けてくれる人はいる。

それは逆に「あなたがやらなければ何も変わらないよ」ということ。生まれや育った環境は選べなかったけれど、だから自分はだめなんだって思ってしまっては、何も変わらない。

植村さんの言葉は、もしかしたら少し厳しく感じられるかもしれません。でも、7年間、たくさんの花が咲く瞬間を見届けてきた植村さんだからこそ、この社会で生き抜いていく子どもたちに、厳しくも大きな愛情を持ってこの言葉を紡ぎ出せるのでしょう。

多くの子どもたちが次のバトンを受け取れるように

来場者としてスピーチを聞いた人が翌年はエンパワメンバーになったり、初めてエンパワとして関わった人がもう一度参加したり。さらに、歴代のカナエルンジャーがボランティアスタッフとして集まるなど、支援の輪はどんどん大きくなっていきました。東京で始まったカナエールは、横浜・福岡へと広がっていきます。

植村さん:全国に広めたいという気持ちは大きかったんですが、地域ごとの特性や、支援の肝となる施設との信頼関係を育むという面において、私たちだけの力では限界がありました。手を挙げてくれる人がいないと、実現するのはやはり難しい。

そんな中、横浜市の事業受託で「カナエール横浜」ができて、福岡の場合はカナエールを知った一人のただただ熱い男が「絶対に実現してやる」と言って、お金集めからぜんぶ現地で頑張ってくれました。その根底には子どもたちのスピーチの力もあったと思います。

【写真】笑い声が聞こえそうなくらいの笑顔を見せる、カナエールのボランティアメンバーたち

7年間で集まったボランティアはのべ560人、最終時点の奨学金継続サポーターは460人。コンテストには計5千人の来場者が足を運びました。企業も力を添え、子どもたちに届けられる奨学金は総額1億4300万円に。最後のカナエルンジャ―・ごんちゃんたちが無事卒業できるまで、支援は続きます。

植村さん:コンテストに出場できるような子どもたちは、困難な状況からもやりたいことを見つけることができた、たとえるならピラミッドの上のほうにいる、比較的意欲が高く支援が集まりやすい子どもたち。裾野のほうには、夢をまだ描けずにいるような子どもたちがたくさんいます。

幅広く支援を届けるためには、社会側の理解がまだまだ足りない。「顔の見える支援」の必要性はなくならないので、カナエールのその後も考えていきたいです。

コンテストに出る人はいなくなっても、カナエールがつないできたバトンを受け取るべき子どもたちはたくさんいる。そのバトンは、これまで舞台に立ってきた子どもたちが、夢や目標をあきらめずに生きていく姿そのものだと思いました。

植村さん:カナエルンジャーたちに最後のエールを送るとしたら・・・・・・。まず、あなたたちは本当に、すごい力を持っている。困難な環境からも、夢を見出すことができて、大きなチャレンジまで果たすことができたのだから。

これから先、いいことも悪いこともあると思うけれど、勇気を出して舞台に立って、堂々と自分を語った。それは一生変わらない事実。すごいことを成し遂げた、強くてかっこいい人なんだよということを忘れないでほしいです。

【写真】カナエールのスタッフ集合写真

生まれ育った環境が違うだけで、子どもたちの夢に向かって努力する道が断たれてしまう。その夢を描く自由まで奪われてしまうのは、悲しいこと。7年前は、そんな子どもたちを取り巻く状況さえ、あまり社会に知られていませんでした。

そこでカナエールが用意したのは、スピーチコンテストに出れば奨学金がもらえるという一つのゴール。子どもたちはその一本道を全力で走ることで、自分や周りの人を信じる力、困難を乗り越える力を得ることができたのだと思います。目に見えなくてもそれはきっと、奨学金以上に大切な「生きる力」だと感じました。

これまで子どもたちの前にあった「お金」というハードルが低くなったのなら、今度はそのハードルを一人でも多くの子どもたちが越えていけるような社会にしたい。ごんちゃんたちを知った私たちなら、「あなたもできるよ、応援するよ」と声をかけてあげることができるはずです。

人との出会いは夢との出会い

これは、コンテストで準グランプリを受賞した女の子の言葉。どんな環境で生きる子どもたちもこのメッセージを信じることができるように、カナエールの存在を心にずっと留めておきたいと思います。

関連情報

NPO法人ブリッジフォースマイル公式ホームページ

カナエール夢スピーチコンテスト

(写真/馬場加奈子)