【写真】壁に映された映像を食い入るように見つめる女の子。

子どもの頃、夢中になったものは何でしたか?

私は、3歳のころから習い始めたピアノに夢中でした。鍵盤を押すと美しい音がポロン、ポロンと降ってきて、自分だけの音を表現できることが嬉しくて、少しでも時間があればピアノの前に座っていました。そんな私を「すごいね、楽しいね」とニコニコしながら見守ってくれたのが母でした。もしも「練習しなさい!」と押しつけられていたら、これほどピアノが好きにはなっていなかったかもしれません。

「練習しなさい!」「勉強しなさい!」

そんなふうに強制されると、子どもはとたんにやる気を失ってしまいます。それはリハビリを行う子どもたちも同じ。目指すべきゴールも見えないまま、単調なメニューをひたすら繰り返すことはなかなか難しいものです。

「もっとワクワクしながら遊ぶようにリハビリができたらいいのに…。」

そんな子どもたちの願いを叶える新しいリハビリ「デジリハ」が誕生しようとしています。
 

デジタルアートで新しいリハビリを

【写真】薄暗い室内の床で光る丸い輪を追いかける子どもたち。楽しそうな空気が伝わってくる。

デジリハ」は、NPO法人Ubdobe(ウブドベ)による、デジタルアートを使って子どもたちが楽しく積極的にリハビリを行える環境を作るプロジェクトです。

まず、センサーなどを用いた動きに反応するデジタルアートを、病院や学校などの室内に映し出します。触る、踏むなどの動きに合わせて次々と出てくる新たな絵。それに合わせて、子どもたちも楽しみながら体を動かすことで、自然とリハビリを行うことができるのです。

デジリハ発案の元になったのは、Ubdobeが過去に、『宇宙』をテーマにしたデジタルアート空間を使ってイベントを開催したこと。

ピカピカと光る床を踏むとカラフルな色が飛び出したり、壁に描かれた宇宙人の絵を触るとパッと消えたり。これまで体験したことのない異次元の空間に大はしゃぎする子どもたちを見て、これはリハビリに使えるのではないかとヒントを見出したのです。


 

エンターテイメントの力で福祉を変える「NPO法人Ubdobe」

デジリハを企画したNPO法人Ubdobeは、音楽やアートなどのエンターテイメントの力で医療福祉の課題を解決していく活動をしています。これまでも、医療福祉をテーマにした様々なイベントを開催してきました。

たとえば、商店街を舞台にして、謎解きをしながら医療福祉のことを知る『Mystic Minds〜医療福祉系謎解きイベント〜』。あるいは、プロジェクターで映し出されたマスを人生ゲームのように医療福祉を体感しながら進む『THE Six SENSE〜医療福祉系シミュレーションゲーム〜』など。大人も子どももワクワクするようなイベントを開催することで、あらゆる人々の積極的な社会参加を推進しています。

デジリハのプロジェクトリーダーを務めているのは、Ubdobeで広報を担当する加藤さくらさんです。今回プロジェクトリーダーになったのは、「もっと子どもも親も楽しく取り組めるリハビリがあったらいいのに」というご自身の想いが強かったからだといいます。

【写真】無邪気な2人の女の子と満面の笑みを向けるかとうさん。
 

難病のお子さんと共に歩む二児の母、加藤さくらさん

加藤さんは2人のお子さんを育てるお母さん。下のお子さんは“福山型先天性筋ジストロフィー”を患っています。そのためリハビリは日常生活に欠かせないものでありながら、お子さんにリハビリをさせることは簡単ではないそうです。

ほかに遊びたいことがあるのに、リハビリをしなくてはならないことが嫌で、泣き叫ぶこともあります。そんな子どもの姿を見ては心が痛んで、もっと子どもも親も楽しく取り組めるリハビリがあったらいいのにと思ったんです。

【写真】車椅子に乗るお子さんと、温かな眼差しで車椅子を押すかとうさん。

加藤さんのお子さんが持つ福山型先天性筋ジストロフィーは、遺伝子の異常によって起こる病気。年齢とともに症状は進行し、小学校低学年ごろから筋力の低下が見られはじめます。そしてそれまでは、立ったり歩いたりできていた子も、次第に車椅子で生活するようになるのです。

筋ジストロフィーを患う子どもたちにとって、日々のリハビリは筋力を保つための大切な時間。肩などの関節を定期的に動かすことで、全身の筋肉や関節が固まってしまわないようにしなければなりません。

加藤さんのお子さんも毎日のリハビリは欠かせないのだそう。支援学校でのリハビリの時間のほかに、週1回の訪問リハビリとマッサージを受けています。

訪問リハビリは作業療法士さんが家に来て日常に必要な基本動作が続けられるよう、サポートをしてくれます。一緒に手を動かしたり、うつぶせになったり。全身の筋肉が固まらないようにさまざまな姿勢をとります。

【写真】うつ伏せになって、じっとリハビリを受けるかとうさんのお子さん。
 

歌いながら、遊びながら。工夫を重ねながらリハビリを

しかし、遊び盛りの子どもにとって、リハビリは「やらなくてはいけないこと」であり、「やりたいこと」ではありません。子どもたちが毎日リハビリを行うことは大変なことだと加藤さんは話します。

大人だったら『動けるようになるためにリハビリが必要』と説明すればわかりますが、子どもは 『今、別のことがしたい!』と思ったら、寝返りもしてくれません。また、年に1度大学病院でも受診します。だけど、いざ診てもらおうとしても子どもが嫌だと泣いて…。してほしい動きをしてくれないこともあります。

最近は、体の硬直が進み、装具をつけて立つことも痛がるように。それでも立った姿勢を保ったり、こわばりやすい肩や股関節を動かしたりするリハビリは必要です。

【写真】装具をつけて立つ、かとうさんのお子さん。立ったまま机にうつ伏せになり、瞼を閉じている。疲れているようだ。

親も必死になって子どもの体を動かそうとするんです。でも、『ヤダー!』って悲鳴を上げられることもあります。遊びながら、歌いながら、あるいは好きな動画を見せたり、タブレットで遊ばせたりするなど、なんとか工夫してやらないといけません。

 

好きなものに突き動かされて、自然とリハビリに夢中になれるしくみを

リハビリを受けさせることの難しさを感じる中で、加藤さんは子どもが無理せずに楽しく取り組めるリハビリがあったらいいなと感じたといいます。そうしてUbdobeのスタッフと思い付いたのが、リハビリにデジタルアートを使うことと、デジタルアートに子どもたちが好きなものを組み込むことでした。

たとえば、大好きな食べ物が次から次へと飛び出してきたり、星の絵に手をかざすと、キラキラと輝く小さな星がいくつも流れ落ちてきたり!自分の動きに合わせて、次から次へと新しい演出が生まれるアートと一緒なら、子どもたちも楽しくリハビリを行うことができるのではないかと考えました。

子どもって好奇心旺盛ですよね。だから、好きなものを詰め込んだリハビリができたら、リハビリを行う子どももそれを見守る親もハッピーではないでしょうか。

こうしたアイデアから生まれたデジリハをスタートするにあたり、加藤さんのお子さんがモデルとなってプレゼンをする場面がありました。プレゼン内容は、大好きなおじいちゃん、お母さん、エビフライなど、加藤さんが知っている限りの“好きなもの”を詰め込んだデジタルアートをお子さんに見せるというものでした。

大好きなおじいちゃんが出てきた瞬間に顔がパッと輝いて。『じいじ、じいじ!』と大興奮だったんです。おじいちゃんの顔を一生懸命触ろうとすると、今度は大好物のエビフライが出てきたりして。好きなものが目の前にあるときのモチベーションの高さったらなかったですね。

喜ぶお子さんの顔を見て、加藤さんはより多くの子どもたちがわくわくしながらリハビリに取り組む未来を描くことができるようになったといいます。
 

子どもたちが出会うことで多様性を知るきっかけに

デジリハには、もうひとつ特徴があります。それは、リハビリに使うデジタルアートを作るプログラマーには大人だけではなく、子どももいるということ。Ubdobeが育成するキッズプログラマーたちがこども会議を通して、リハビリを必要とする子どもたちの好きなモノ・コトを聞きながら一緒にデジタルアートの内容を考えるのです。

自然な形で、療養中の子どもたちと健常の子どもたちが何かを一緒に経験できる仕組みがあればいいなって。大人になってからではなく、子どものうちから出会いを経験することで、お互いを理解できるのではないかと思うんです。

加藤さんのお子さんも、同じ保育園や小学校に通う子どもたちから「なんで自分でごはんが食べられないの?」「なんで一緒に走らないの?」と聞かれることが多かったそうです。最初は病気という事実に向き合わなくてはならないため、一つ一つの疑問に対して説明することが辛いと感じることもありました。

でも、ちゃんと丁寧に説明すると、子どもたちはわかってくれました。今では『車いすってカッコイイね!』『わたしも乗りたい!』『ぼくが車いすを押すんだ!』って言ってくれる子も多いんですよ。

【写真】車椅子に乗る女の子と、一緒に座ろうとする女の子。そしてそれを押す女の子。3人の表情から楽しさが伝わってくる。

わたしたち当事者家族側から歩み寄ることで、『こんな病気の子がいたのか』と、初めてまわりに知ってもらうこともできます。

デジリハには、子どもたちが交流を持つことによって、お互いが自然と多様性を理解できるようになればという願いも込められているのです。
 

リハビリに取り組む世界中のこどもたちが繋がれるように

完成したデジリハは、国内の病院や学校でリハビリに使えるようになるだけでなく、インターネット上にもアップされる予定です。それをダウンロードするだけで、デジリハルームの出来上がり。リハビリを頑張る世界中の子どもたちに、楽しんでリハビリに取り組めるきっかけを与えられるのです。

「世界中には、同じようにリハビリをがんばっているお友達がいる」ということを感じながらリハビリをすることも、子どもたちのモチベーションになるのではないかと思っています。また、デジリハを受けた子どもたちの中から、プログラミングに興味を持つ子が出て来るかもしれないですね。

デジリハによってできる、海を越えたつながり。また、体験することで生まれるプログラミングへの興味。デジリハは子どもたちの新しい未来を生み出すきっかけになるかもしれません。

デジリハは、2017年度日本財団ソーシャルイノベーターに選出されたプロジェクトで、日本財団からの助成金を受けて始動しました。大きなビジョンの実現に向け、開発費を募るクラウドファンディングに挑戦中です。

「医療としても、デジタルアートとしても、質の高いものを届けたい。」そんな思いからデジリハのプロジェクトメンバーには、医師、看護師、理学療法士、作業療法士などの医療の専門家たちや、サウンドやデザイン、デジタルアートのプロフェッショナルが集まっています。

「楽しい」という感情を起点に新たな交流を生み出し、子どもたちの可能性を広げるデジリハは、従来のリハビリのイメージを変えていくはず。子どもたちが夢中になって腕や足を上げ、自由に身体を動かす様子を想像するだけでも心が踊ります。多くの子どもたちにデジリハが届くことを心から願っています。
 

関連情報:
「デジリハ」クラウドファンディングページは こちら
NPO法人Ubdobe ホームページ
デジリハに関するお問い合わせは こちら
日本財団ソーシャルイノベーションフォーラム2017 公式ホームページは こちら