【写真】登壇者のみしぇうさん、おおたなおきさんが話をしている様子

苦しんでいる人の力になりたい。そんな思いで社会課題に取り組むNPOや団体は、日本に数多く存在します。soarでもこれまで、困難を抱える人たちを支援する、たくさんの素晴らしい活動を紹介してきました。

社会にメッセージを届けようと活動していく中で必ず直面するのが、「どのように発信するか」。より多くの人に届けたいと願うものの、広く発信する方法が分からない。これは社会課題の解決に取り組む団体の共通する悩みかもしれません。

soarでは2017年9月25日、そのような方法で社会の課題にアプローチする2組のゲストを招き、「アートやデザインの力で社会にメッセージを伝えること」というテーマのもと、イベントを開催しました。

【写真】soarの看板

1組目のゲストは、「精神障がいをかかえた親とその子どもの応援」をテーマに、絵本の制作やウェブサイトの運営を通して、精神保健に関するさまざまな情報発信を行っているNPO法人ぷるすあるは。支援の届きづらい子どもたちに向けて、色鮮やかなイラストと共に綴られた絵本は、多くの人から共感を集めています。

2組目のゲストは、「エンターテイメントで人の意識を変える」というポリシーのもと、LGBTに関する情報を発信する「やる気あり美」。LGBT当事者としての「伝えたい」を、社会の「聞きたい」に変換し、対談記事やGIF動画、映像など、さまざまな方法で多様なセクシュアリティについて発信しています。

作品のファンも多い2組のゲストに、どのようにメッセージを発信しているかについてお話しいただきました。

【写真】参加者同士でディスカッションする様子

【写真】ディスカッション中、真剣な表情を見せる参加者

「知らないこと」で起こる悲しみを減らしたい

はじめに、soar編集長の工藤瑞穂より、soarの活動紹介と今回のイベントについての説明がありました。

【写真】soarの説明を行うくどう

困難に直面したとき、情報を知っているかどうかが、その後の人生の明暗を分けることがあります。世の中には、多くの人に知られていない難病や障害、社会的マイノリティと言われる困難を抱えた方々がいます。soar立ち上げの際、工藤がそのような方にヒアリングを進めるうち、サポートを受けたくても情報がどこにあるのか分からないという状況であることが分かりました。

一方、soarで紹介しているような、素晴らしいサポート活動をしている団体は数多くあるのに、現場の忙しさやノウハウ不足といった理由から、情報発信に手が回っていない現状が明らかに。そこで、両者をつなぐ架け橋となり、『知らないこと』が原因となって起こる悲しみを減らすために始めたのがsoarです。

【写真】参加者の前で話すくどう。スライドには、「困難に直面したとき、情報を知らないということは人生の明暗を大きく分ける」と書かれている

工藤:soarを立ち上げたときも、人の心に柔らかく届くようにデザインにも気を配りました。活動をしている中で、社会課題を伝えることは深刻な面もあるため、なかなか人の心に届きづらいなと感じています。より感性に響く伝え方とは何か、それを考えるため今回のイベントを開催しました。

「必要なのに、まだ世の中になかったものを。」精神疾患を抱える方と、その子どもを支援するぷるすあるは

【写真】ぷるすあるはのお2人。作品を掲げながら活動について説明している

1組目のゲストスピーカーは、NPO法人ぷるすあるはです。「ココロに触れる、ココロの情報をつくり届ける」をコンセプトに、主にメンタルヘルスに関する情報を発信しています。代表であり医師の資格を持つ北野陽子さんと、精神科の看護師として働きながらイラストを担当する細尾ちあき(チアキ)さんで、2012年から活動を行っています。

メンタルヘルスは幅広いテーマですが、ぷるすあるはの活動で特徴的なのは、「精神疾患を抱えている方と、その子ども」をテーマに掲げている点です。アルコール依存症やうつ病などをテーマにした絵本と、WEBでの発信を活動の二本柱として、これまでに計7冊の絵本を制作してきました。

「子ども情報ステーション by ぷるすあるは」という子ども向けの応援サイトも運営する媒体の一つ。多感な時期の複雑な子ども心に寄り添うメッセージを掲載しています。

【写真】ぷるすあるはの絵本を手に取る参加者

北野さん:活動を通して貫いているテーマは、“必要なんだけど、これまで世の中になかったもの”です。私たちが行っているのは、カウンセリングのような直接支援ではありません。しかし、病院に置いてもらえるよう働きかけたり、ご家庭で使っていただいたりと、間接的にでも子どもたちの心のケアになることを目指しています。

ぷるすあるはの活動紹介を終えたところで、ちあきさんによる絵本の読み聞かせが始まりました。題材は、「ボクのことわすれちゃったの? -お父さんはアルコール依存症-」。

この物語は、小学校低学年の主人公ハルくんの目線で描かれたもの。お父さんがアルコール依存症になり、家族の雰囲気がかげっていく様子が、色彩豊かなイラストと共に絵本に綴られています。

【写真】ぷるすあるはの絵本がスライドで紹介されている

「お父さん、キャッチボールの約束忘れちゃったん?」
「家の中のことは、誰にも言えへん」
「お母さんはいっつも、お父さんのお酒のことばっかり」

お父さんがアルコール依存症のハルくんは、飲酒問題のせいで、家の中でケンカが増えていくことに傷ついていました。ある日、お父さんがお酒の飲みすぎで倒れてしまいます。退院後、お父さんは「お酒をやめる」と約束してくれたものの、そう簡単にはいかず、またしてもハルくんとのキャッチボールの約束をやぶってしまいます。

そんなとき、お母さんは「お父さんね、アルコール依存症ちゅう病気やの。ハルのせいじゃないんよ。」と説明してくれたのです。そして、回復に向けて家族がまた一つになっていく。そんな様子を描いたストーリーです。

【写真】スライド全体に映し出された、ぷるすあるはのイラスト。温かみのある家族の絵が描かれている

関西弁が特徴的なチアキさんの朗読。その話し言葉がリアルに伝わってくるため、参加者の皆さんも目を潤ませたり、終盤には微笑みを浮かべたり。会場全体が、ぷるすあるはの世界観に包まれました。

このような活動を始めたきっかけを、代表の北野さんは次のように話します。

北野さん:診療の場面では、患者本人へのサポートはあっても、その子どもたちへのケアまでは手が届かないのが現状です。子どもは子どもで心配していたり、親御さんも子どもにどう伝えていいかわからないと戸惑っていることもあります。

アルコール依存症は、病気として認知されていない現状があります。子どもは、大人のいろいろな事情を、自分がなにかしたから…?などと結びつけて考えていることもあります。お父さんがアルコール依存症だとか、お母さんがうつ病だとか、そういったテーマの絵本を通して、「本になっているくらいだから、うちだけじゃないんだ」と気付いてほしいです。

【写真】「なぜ、イラストやアートなどのクリエイティブな要素を用いるのか?」と書かれたスライドが写し出されている

話題はクリエイティブ面での制作秘話へ。ぷるすあるはの特徴となっている、優しくて柔らかなイラストにも、チアキさんの苦労と多くのこだわりが隠されていました。

全体的にカラフルな絵本に仕上がっていますが、1ページ1ページよく見てみると、ハルくんの心情を表した背景色になっています。不安でいっぱいの前半は、ブルーやグレーといった寒色、希望の兆しが見えてくる後半には暖色を用いて、気持ちの移り変わりを色で表現しているそうです。

【写真】絵本を見せながら語るちあきさん

チアキさん:ちょっとした表情の変化を表すのは、目の位置。かなりこだわっているので、1ミリでもイメージとずれてしまったら書き直しています。私の場合、ストーリーとイラストは同時にイメージが湧くことが多いので、思いついたらすぐにノートに書きなぐっています。なので家には、大量の原画とメモが散らばっているんですよ(笑)

【写真】絵本を開いて中身を紹介しながら話すちあきさん

ストーリーの内容や展開にも二人の思いが反映されています。まず、「子ども扱いしない」ということ。

チアキさん:これを手に取る子は、きっと真剣な気持ちで手に取ります。分かりやすい言葉は使いつつも、深刻さをうやむやにせず、重いものは重いまま伝えることを意識しています。

もうひとつ大切にしていること、それは「ハッピーエンドにする」ことです。

チアキさん:どのストーリーにも必ず“子どものことを気に掛ける大人”のモデルを登場させています。

それでもラストシーンはいつも悩みます。絵本のようにすぐ状況が好転するケースは少ないことは理解しつつも、必ずハッピーエンドにしています。それが5年後でも20年後でも、それぞれの安心できる場所で、一人ひとりが微笑むことができますように、と私たち自身の希望も込めて作っているんです。

【写真】ぷるすあるはの絵本が所狭しと並んでいる

実際に精神疾患を抱えている方やご家族から、絵本を見た感想や意見が届くこともあるそう。「必要なときに、必要なページが開けるからありがたい」「自分のタイミングで手をとれるところが嬉しいし、共感できた」といったポジティブなものもあれば、「自分の家庭はこんなに上手くいかなかった」「自分はこんな気持ちではなかった」「子どもを支えるのも大事だが、大人にも助けは必要」といったものも。

子どもの辛さを描くことは、親御さんを追い詰める一つの要素にもなってしまうため、色々な立場から見たバランスには試行錯誤しているそうです。

北野さん:いいコンテンツを作るって本当に難しいです。制作だけではなく、広げること、必要としている人へ届けること、活動資金を得ること、続けること、すべてが難しい。

そんな中で、なぜ私たちがこういう手段を選んだかというと、やっぱり好きなんですよね。オリジナルのものを0から作り上げるワクワク感が。それに、今これが世の中に必要なんだという思いが原動力になっています。

今年の9月1日、新学期が始まるタイミングで子どもの自殺者が増加することを受けて、「辛ければ逃げてもいいんだよ」という発信が、twitterに広まりました。これを受けて北野さんは、子どもをサポートすることを、一過性のキャンペーンで終わらせないことが大事だと話します。

チアキさん:「明日があってもいい」「大人になれるかも」と思ってもらえるような存在になりたいです。

【写真】絵本のある1ページを紹介している

じっくりと考え時間をかけて制作する絵本での発信、スピーディにより広く届けることができるWEBでの発信。そのどちらも丁寧に行うぷるすあるはのお二人の言葉に、多くの参加者の方々が熱心に耳を傾けていました。

「人の意識を変えるのはエンタメだ!」LGBTに関する面白コンテンツを発信する、やる気あり美さん

続いて、2組目のゲストスピーカーは「やる気あり美」。「世の中と“LGBT”のグッとくる接点をもっと」というコンセプトのもと、セクシュアルマイノリティに関する情報を発信する団体です。「エンターテイメントで人の意識を変える」を信念に、対談記事やGIF動画、映像などにとどまらず、最近では農家をプロデュースしたり、毎週LINEライブを放映していたりと、枠にとらわれない発想で多くの人を楽しませています。

【写真】やる気あり美のメンバー集合写真

やる気あり美からは、ご自身もゲイである代表の太田尚樹さんと、動画コンテンツにも登場するみしぇうさんのお二人が登場。

【写真】マイクを持って語るおおたさんと、横で笑顔を見せるみしぇうさん

お話はやる気あり美の顔ともいえる、エンタメ性溢れるコンテンツの紹介から始まります。まずはこちらの記事。

<坊さん座談会 〜仏教的にLGBTってどうなのか、聞いてきました〜>

太田さん:とある有名な占い師が、テレビで「ゲイはだいたい地獄に落ちる」と発言していたので、それをヒントにお坊さんと座談会をしました。すると、ほとんどの人間はだいたい地獄に落ちるという衝撃の事実が発覚しました(笑)。この記事は多くの人に見ていただきましたね。

そして、ゲイが感じる思わせぶりなノンケ(LGBTではない)男性の一言劇場という、ゲイならではの“あるある”を描いた動画作品を上映。メンバーの井上涼さんがエモーショナルに仕上げた『恋する10代LGBTへ/確信』です。

<恋する10代LGBTへ/確信>

【写真】参加者にも笑みが溢れる

笑顔で食い入るように映像を見る参加者の皆さん。好きという気持ちは、異性愛者でも同性愛者でもなんら変わりない。でも、同性愛であるがゆえ気持ちを伝えられないことへの歯がゆさやもどかしさが、明るいタッチで描かれています。この動画は、「自分たちが10代の頃抱えていた恋愛の悩みはシリアスなものだった。叶わない恋もあったけど、今思えば無駄じゃなかった」という思いを形にしたものなのだそうです。

【写真】コンテンツを紹介したスライド

太田さん:アートとデザインの力でメッセージを伝えるというのが今日のテーマですが、僕たちとしては、アート1、デザイン9くらいのイメージです。アートというと、自分の美の価値観にこだわり抜いた作品というイメージがありますが、それよりは受け手の心にどう響くかを重視しています。

【写真】手振りをくわえながら話すおおたさん

作品作りにおける哲学は、「共感」がポイントとのこと。知らなかった事柄が身近になる瞬間は、共感する瞬間だと話す太田さん。「友達になったら面白そう」な団体を目指して活動をしているそうです。情報を発信する際に共鳴したのが、『ほぼ日刊イトイ新聞』の「やさしく、つよく、おもしろく。」というキャッチコピーでした。

面白いものを作るには、まず尖らせること。そしてその先に、「柔らかくて、尖っている」を目指そう、というのがやる気あり美のこだわりです。

太田さん:面白いものってだいたい尖っているんです。ただ、尖るほど鋭利になって、人を傷つけてしまう。そこがジレンマです。丸いものは尖らないけど、尖ったものを丸くすることはできる。僕たちは、誰か傷つく人が出てしまったとしても、まずは広く知ってもらうために面白くあることを優先することにしました。しかし、誰も傷つかないことを諦める代わりに、「誰が傷つくのか」という視点は、毎回必ず持つようにしています。

【写真】やる気あり美のスライド資料

発信にかける思いの中で、特にインパクトのあった言葉は、「僕たちは怒りのパワーを信じていない」という発言でした。人は過去に苦しんだ経験があるがゆえに、怒りや憤りを今でも心の奥に抱えていることがあります。その怒りを丸裸にせず、「共感させながら、裏側に怒りを隠す」「笑わせながら、裏側に怒りを隠す」ことを意識しているとのこと。冒頭の、占い師に「ゲイは地獄に落ちる」という発言を見事に笑いに変えたのも、やる気あり美ならではの発想でしょう。

話題はコンテンツ作りのテクニカルな部分へ。太田さんは自身が「社会的マイノリティ」と呼ばれる立場だからこそ、「すごく言いたい」思いこそ冷静に見つめるようにしているそうです。言いたいことこそ、論理的に、端的に。LGBTではない人から見たときに、あまりに感情的すぎる主張だと、理解してもらえずかえって溝ができてしまうからです。

【写真】やる気あり美のお2人と、メモを取りながら話を聞く参加者ら

太田さん:記事に関して言えば、タイトル、写真、小見出し、太字が良くてやっと見てもらえると思うようにしています。タイトルの例ですが、「僕らは“LGBT”とまとめられてて、まとまってみることにした」という記事があります。セクシュアルマイノリティには、僕らのようなゲイもいれば、トランスジェンダーも、LGBT以外のマイノリティもいる。LGBTの活動をしている方にとっては、少し刺激的なタイトルなんですよね。

みしぇうさんが企画・出演する、「カミングアウトされる愛しのノンケたち」シリーズ。これは、LGBT当事者が、自身のセクシュアリティを打ち明けるときに遭遇するような、“当事者あるある”を動画にしたものです。

<カミングアウトされる愛しのノンケたち ~幼なじみのギャル編~>

みしぇうさん:これはLGBTならではの風景ですが、LGBTじゃない人が見ても面白いと思ってもらえるように作っています。実はこれ、台本がそんなにないんです。僕はいつも心の中にギャルを飼育していて(笑)、カメラが回るとすぐにその人格になれちゃうんです。ゲイに生まれて辛かった時期もあったので、「もしこういう風に生まれていたらどうだったのだろう」と考えることが、趣味になっているのかもしれません。

太田さん:いつもすごい自然に演じてるよね(笑)。これを作りながら感じているのは、“ポリティカルコレクトネス(差別が含まれていない正しい表現)”に、LGBT領域が敏感すぎるということです。

友達がゲイと知ったら、言ってはいけない10のこと、みたいなのが流布しています。でもこの動画にもあるように、僕たちはすごく知識がある人に救われたかというと、そうではないんですよね。僕も親友にゲイであることをカミングアウトしたとき、「今年いち笑ったわ」と爆笑されました。でも、そのフラットさに救われたんです。

【写真】参加者に向かって話すみしぇうさんと、横で笑うおおたさん

以前と比べればLGBTへの理解が進みつつあるけれど、まだまだイメージに偏りがあると話す太田さん。

太田さん:これまでのLGBTのイメージが間違っているということではありません。そこに対してイメージを変えるというより、イメージを足していくことが僕たちが目指していることです。

深刻なテーマを、深刻に伝えるだけが方法ではない

2組の講演を終え、参加者の皆さんは、ぷるすあるはの絵本や特性のコミュニケーションツールを購入したり、やる気あり美の皆さんと記念撮影をしたりと、思い思いの時間を過ごしました。

【写真】絵本にサインをするちあきさん

ぷるすあるはとやる気あり美、どちらも扱う社会課題やアプローチ方法は異なるものですが、作品に触れた後に心に残る温かさには、共通した素晴らしさがあります。社会課題は、深刻なトーンで語られることも多く、情報の受け手側も身構えてしまうことがあるかもしれません。でも、アートやデザイン、エンターテイメントの力を借りることで、見た人の感性を揺らし、心にすっと届くような発信ができるのかもしれません。

表現に正解はありません。しかし、どう伝えようか迷ったとき、この2組の「受け手がどう感じるか」を徹底的に考える姿勢が、人々に受け入れられる要因の一つのように感じました。「これを伝えたら相手はどう思うだろう」-それを真摯に考えることが、表現に取り組む第一歩。そんなヒントがもらえるイベントとなりました。

関連情報:
NPO法人ぷるすあるは ホームページ
やる気あり美 ホームページ

(写真/馬場加奈子)