【写真】街頭でディーフリーを持って微笑むなかにしあつしさん

普段当たり前にしている排泄。そこに課題を抱えるとどれだけ大変か考えたことはありますか?行く先々でトイレを探したり、長時間外に出るのをためらったり……。

多くの人が当たり前に自分ひとりで問題なくできていることだからこそ、それに課題を抱える苦労はきっととても大きいはずです。

センシティブな話題ゆえ、人には相談したり話したりしずらいと、抱え込んでいる人も少なくないかも知れません。

数年前、そんな排泄の課題にテクノロジーを用いて挑む人たちがいることを知りました。その会社はトリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社。彼らは排泄予測テクノロジーを通し、「その人らしく生きる」ことをサポートする——DFreeはとても大きな課題に挑んでいました。

排泄タイミングを検知し、トイレに行くべきタイミングを教えてくれるDFree

【写真】片手で持てるほど小さいディーフリー

渋谷駅前にある小さなオフィス。ここで十数人のエンジニアがDFreeをつくっています。取材陣を出迎えてくれた同社代表取締役の中西さんは、関西出身の人らしく時折冗談を挟みつつ笑いを呼ぶ気さくな方でした。

DFreeはセンサーでおなかの中にたまる尿の量を検知し、排尿タイミングを通知してくれる『排泄予測デバイス』です。

使い方は、デバイスをおなかにくっつけるだけ。ケーブルで繋がった2つのデバイスのうち、小さい方を下腹部に装着しておきます。すると内蔵された超音波センサーが膀胱にたまった尿の量を検知し、一定量を超えると排尿のタイミングと判断。内蔵されたランプを点滅させて利用者本人に知らせると共に、スマートフォンにも通知させ、介助者にも知らせてくれます。

【写真】実際にディーフリーをつけてくれるなかにしあつしさん

これによって、自身で排泄タイミングを察知できなくなったとしても、DFreeを頼りにトイレに行くことができるのです。また、介助者が通知を受け取り、トイレに行くタイミングで本人に声をかけることで、おむつをする手間を減らし、介助者の仕事を軽減することにもつながります。

そんなDFreeが生まれたきっかけは、中西さんがうんこを漏らした経験から・・・というのは有名な話。今回は製品を作り始めるまでの道のりと、DFreeが広げる可能性を伺っていきました。

ビル・ゲイツに憧れた少年が、シリコンバレーへと足を向けたきっかけ

【写真】インタビューに真剣な表情で答えるなかにしあつしさん

中西さんは2014年に、DFree開発のために会社を起業しました。中西さんが事業を興すことを志したのは、実は小学生の頃だったそう。そのきっかけはマイクロソフト共同創設者のビル・ゲイツさんの姿でした。

中西敦士さん(以下・敬称略): 1995年頃、当時のマイクロソフトは、大学を中退した若者が大成功!みたいに騒がれてて、それを見て単純に「かっこいいな」と思ったんですよ。それで「将来は自分で会社をやろう」と心に決めました。

目標を胸に、中西さんは中高、大学と進み、コンサルティングファームに就職。順調に夢に向かって歩んでいた道の途中で、ふと、理想と現実が大きく乖離していることに気づきました。

中西:大学生の頃は「俺は25歳くらいまでに一旗あげたるで」と言っていたのに、当時の僕は普通のサラリーマン。「めっちゃダサいやん俺」と思ったんです。そこで、環境を変えようと思い、どうせならこれまでと全然違うことをやろうと途上国支援の道を選びました。

退職後、海外協力隊に参加し2年間フィリピンでの支援活動に明け暮れたという中西さん。その現地の人との関わりのなかで、中西さんはまた新たなテーマを見つけたといいます。

中西:僕が支援していた地域で、帰る前に現地の人たちに「何かほしいものある?」って尋ねたんです。彼らの答えは「iPhone」 だったんですよ。そこは電気も水道も一日の半分くらいしか使えない地域なのに、「もっと必要なものあるやろ(笑)」と思いましたね。でも、世界中どんな人からも欲しいって思われるiPhoneってすごいなと思って、そういった先進的なものが生まれる場所に行ってみようと思ったんです。

アメリカのシリコンバレーへ興味を抱き、帰国後に渡米した中西さんは、UC Berkeleyのビジネススクールへと留学します。留学して4ヶ月目のある日、DFreeのアイデアへとつながる出来事が起こりました。

一度負けると、また負けるんじゃないか

【写真】インタビューに答えるなかにしあつしさん

それはちょうど引っ越し作業をしていた日のこと。荷物を運んでいると、急に便意に襲われたという中西さん。不幸にも近くにトイレはなく、数分の格闘の後、中西さんは便意に敗れます。

中西:とにかくへこみましたよね。へこむというか、怖くなるんです。だってこれまで当たり前にできていた排泄ができなかったから。また次も負けるんじゃないかと、少しでも調子が悪いと家から出るのをためらったり、出先でもトイレの場所を気にしたりしていました。

その頃、中西さんはたまたま大人用おむつの市場が子供用おむつの市場を上回るというニュースを目にします。直近の体験もあり、排泄がうまくできずおむつを必要とする人がそれだけたくさんいることが印象に残った中西さんは、「何かできないのか」と漠然と考えるように。そこで生まれたアイデアがDFreeの原型でした。

中西:排泄のケアは大きな問題だと思ったんです。親のおむつを替えるのは自分自身イメージできないですし、変えられる親もイヤだろうなと。そこで排泄が近いことを検知できるものがあればと思ったのですが、どこを探してもないんですよ。必要とされているはずなのにないんだとしたら、これはビジネス的にも成立するのではないかと思い、投資家に相談してみました。そこで「面白いんじゃない?」と言ってもらえたので、エンジニアを探しすぐに開発を始めました。

さまざまなビジネスアイデアを見続けているシリコンバレーの投資家さえ「他にはないアイデアだね」と太鼓判を押してくれたというDFree。中西さんはシリコンバレーと日本でエンジニアを探し、1年近くかけてデバイス作り上げていきます。

介護の現場で初めて見た、排泄にまつわる課題

【写真】インタビューに答えるなかにしあつしさんとライターのこやまかずゆき

中西さんが会社をつくったのが2014年の5月。そのちょうど1年後の2015年4月にはDFreeの先行予約を募るクラウドファンディングを行い、300人以上から1,200万円以上もの支援を集めます。これは多くの人がDFreeへ期待していることを示したわかりやすい結果でした。

中西:正直クラウドファンディングを始めた当初は、インターネットと介護って相性悪いんじゃないかな…と思ってたんです。ただ、予想をはるかに超える問い合わせと予約をいただけて。「これだけ課題を抱えている人がいるんだ」と思う一方、それまで自分たちだけで黙々と開発をしていたので、もっと現場の声を聞かないと思い、介護の現場を見させてもらうようになりました。 

そこから計10カ所近い介護現場を見て回ったという中西さん。営業担当者に至っては、2ヶ月近く介護施設に泊まり込んで、その現場を身をもって体験してきたといいます。オフィスで黙々とデバイスを開発しているだけでは出会うことがなかった現実が、介護の現場にはありました。

中西:どんな課題があるのか、具体的に知りたかったんです。介護する側もされる側にはどんな苦労があるのかと。介護する側で言えば、トイレに連れて行っても出なかった…みたいなことが多かったり、逆に、間に合わず掃除に時間をとられてしまったり、という話がありました。逆に介護される側に話を聞くと、「自力でトイレに行けないのはもう仕方ない」と諦めている人も多い。でも諦める人の気持ちも少しわかる気がするんです。自信が失われるんですよ、自分で排泄ができなくなるということは。

現場の介護者の気持ちとしてはおそらく、出来る限り自立での排泄を支援したいと考えているはず。でも、様々な事情で排泄を失敗してしまう可能性のある人には、その時に通常の下着を着用されていると本人にとってもより辛い状況になり、尊厳を傷つけてしまうことになります。

なので一般的には、本当に自力での排泄が難しいと判断される状況になるまで、自力での排泄支援を諦めないためにも、万一のためにおむつをはいてもらうことが多いのだそう。

ただ、中にはそういった対応をしてもらえなかった人も少なくなく、その状況を知った中西さんはショックを受けます。

【写真】質問に丁寧に応えてくれるなかにしあつしさん

中西:『トイレに行きたい』と言うと、『おむつしてるから大丈夫ですよ』と言われたケースもあるそうなんです。もちろん全ての介護施設がそんな状況ではないし、大変な忙しさのなかお仕事をされている介護者の方も多いので、仕方ない部分はあると思います。でも諦めるのが早すぎる場合もあるでしょう。DFreeはその諦めを少しでも先にできるかもしれないんです。

中西さんが諦めないことが大切だというのは、気持ち的な面だけではありません。東京逓信大学病院の鈴木基文先生が発表した報告書によると、おむつをつけるとADL(日常生活動作)がどんどん低下していくそう。逆に自力でトイレに行くことができればADLが向上していく可能性もあります。つまり、排泄が自分でできることは、健康に年を重ねていくことにもつながるのです。

中西:すぐに自力での排泄を諦めてしまうことは、その人自身の人生を諦めてしまうことにもつながりかねないと思います。一度諦めると、失われた自信を戻すのはとても大変ですよね。今までできていたことが突然できなくなると、みなさん焦るのですぐには諦めません。なんとか治そうと努力するはず。だからそのとき、すぐに「自分でトイレにいくのは諦めて、おむつをつけよう」という選択はしないであげてほしいんです。

DFreeは、内蔵された超音波センサーを通じて排尿タイミングを検知します。それによって介助者や本人に通知することで、「トイレに行きたい状況」を感覚的にではなく科学的に検出することができます。つまり、自分でトイレに行きたい感覚がわからなくなっても、DFreeの通知に従っていけば、トイレに間に合うというわけです。

通知は介助者向けにスマートフォンで通知することもできますし、デバイス側にもランプがついているので、その点滅をみてトイレに立つこともできるそう。どれくらいのタイミングでトイレに行きたくなるかという目処を知ることもできますし、「こういう状況はトイレに行きたいときなんだ」という感覚を知るきっかけ作りにもつながるかもしれません。

DFreeがあれば自力での排泄を諦めなくてもいい状況を作り出せる——中西さんはそう考えます。

介護は自分の未来を作ること

【写真】ディーフリーを持ってインタビューに答えるなかにしあつしさん

福祉施設への導入からスタートしたDFreeは、2017年12月現在150近くの施設等に導入されています。それに加え、DFreeは医療機関でもトライアルを開始しています。

中西:脳卒中の患者さんは手術後、おむつが外れるか否かで介護施設に入るか家帰れるかが変わるという話を聞きました。みなさん「おむつです」というと「家でどう介助したらいいのか…」と悩みますし、本人も「家族に迷惑をかけたくない」と思う。ただ、現状のトレーニングは1日何回もトイレへ連れて行って、排泄できたら毎回記録して、出そうな時間帯を推測するといったものすごくアナログな方法がほとんど。そのときにDFreeがあれば、排泄のタイミングを検知しデータとして蓄積することができるんです。

DFreeは販売前より介護施設でのトライアルを繰り返し、実際におむつを外すことができた事例も出てきているといいます。そこで、「利用者からは喜びの声をいただくことはありますか?」と聞くと、中西さんは満面の笑みで「たくさんありますよ」と語り出してくれました。

中西:「数年ぶりに買い物に行けます」と生き生きとお話しいただいたり、野球好きの方が「これでまた観戦に行ける!」と自信をもってくれたり。自分の人生を取り戻されてらっしゃる方をみると、やっててよかったなぁ…って改めて思うんですよ。

【写真】なかにしあつしさんの話を真剣に聞くライターのこやまかずゆきさん

“自分の人生を取り戻す”

その言葉に私はドキッとしてしまいました。体がついてこなくても心の中ではいろいろなことをしたいと思っている。「諦める」という言葉で片付けていたけれど、その裏にはたくさんのやりたいこと失われていたんだと。自分の想像力が足りていなかったことを思い知らされた気がしました。

中西:DFreeって、親の介護や子育てでおむつを交換したことがある人には、すごく共感いただけるし、応援してもらえるんです。でも、そういった経験がない人からは、なかなか理解していただけないことも多い。経験していないと排泄に対する苦労をごとにするのが難しいんだと思うんです。

「でもそれではだめなんです」と、中西さんは言葉を強めます。

中西:介護って自分の未来を作ることなんですよ。誰だって年をとるし、いつ自分が介護が必要になるかわからない。だから敬遠するのはやっぱり良くないんじゃないかなと思うんです。みんなが自分ごととして捉えないといけない、「みんなの未来の話」なんです。

DFreeが取り戻す、尊厳

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるなかにしあつしさん

介護施設、病院と領域を広げるDFreeですが、現在は在宅での導入も実験していると言います。在宅の場合、使い方の説明やネットワークの設定など、個人が導入するにはいくつかのハードルが挟まります。それでも中西さんが挑むのは、その先にある「排泄で悩むすべての人」が見えているからでした。

中西:クラウドファンディングの頃から、在宅のニーズは多かったです。ただ、直近はデータを多く取りたいこともあり施設に注力していました。それがある程度整ってきたので、今度は在宅での介護や、介護だけではない分野にも取り組もうとしています。DFreeは介護だけ、高齢者向けのものではなくて、障害のある方や車椅子で生活されている方などのサポートもできる。排泄に悩むすべての人に提供したいと思っているんです。

データが集まり、精度も向上したDFree。ただ、それ以上に、中西さんは介護の現場から多くのことを学んできたといいます。それは、人の尊厳を守ることの大切さです。

中西:排泄っていかに本人が“自分でできる”という気持ちになるかが大切なんですよ。極端な話、介助する人は黒子になって、少しだけ手を差し伸べるくらい。本人が自分でできたと思わせてあげる。そうすると自信が持てるんですよ。

自分でできると思えることが、その人の尊厳を保つことにつながる。そもそもDFreeは何のためのものなんだろうと立ち返ったとき、人が最後まで尊厳を持って、その人らしく生きられるよう支えるのが僕たちの役割なんです。

DFreeをはじめ、「できなかったこと」を「できる」ようにし、身体の機能を拡張するデバイスはここ数年数多く登場してきました。ただ、これらのデバイスを利用するかどうかは人それぞれです。

「使い慣れないから」「難しい」など、実際に使うためにはハードルがあるかも知れません。人として大切な排泄だからこそ、わざわざ機械に頼る必要があるのかと考えることもできる。

でも私は、できないことは積極的に機械を頼ればいいのではないかと考えています。

テクノロジーは、手段でしかありません。極端な話、「火」を使って料理をするのと同じように「テクノロジー」を使って日常生活を便利にするようなのもの。できないことを機械にサポートしてもらい、もっと楽しく暮らせるなら、よりよく生きる可能性が広がるのなら、それは素晴らしいことだと思うのです。

「数年ぶりに買い物に行ける」
「好きだった野球の試合をまた見に行ける」

Dfreeのおかげで、もう一度自分らしい暮らしを楽しめるようになった人たちがいます。これからDfreeが社会に広まっていけば、きっとより多くの人の人生を支えていくことでしょう。

中西さんの頼もしい笑顔に、そんな希望を感じました。

【写真】街頭で笑顔で立っているなかにしあつしさんとライターのこやまかずゆきさん

関連情報:
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(写真/馬場加奈子、協力/工藤瑞穂、松本綾香)