【写真】オンテナを髪につけているあだちさん

僕たちは普段、無数の音に囲まれて生活しています。そこには、テレビやネット動画、音楽など、“娯楽として楽しむ音”がある一方で、インターフォンが鳴る音や後ろから迫ってくる自動車のエンジン音など、なにかを知らせる“サインとしての音”もあります。もしも、そんな音が聞こえなかったら――。

僕の両親は、聴覚障害者です。父親は後天性、母親は先天性の障害でした。それを人に話すと、「幼い頃は大変だったんじゃない?」と言われます。けれど、両親の耳が聞こえないということは、僕にとって普通のこと。むしろ、「自分が彼らの耳になるんだ」と思って、幼少期を過ごしてきました。

訪問客がいればそれを伝え、電話が鳴ればわからないなりに対応をする。道を歩く時は必ず車道側に立ち、楽しそうなテレビ番組があれば解説をする。そんな光景が、至極当たり前だったのです。

だからこそ、ライターとしての仕事をするために親元を離れた時は、不安で仕方ありませんでした。それは、今もなお。耳の聞こえない両親が二人きりで、どうやって生活していくのだろう。彼らを置き去りにした自分は、とても親不孝なのではないだろうか。しばしば、そんな想いにとらわれてしまいます。

そんな時に出合ったのが、聴覚障害者に音を光と振動に変換して知らせる「Ontenna」というプロダクトでした。「Ontenna」は、光と振動によって音を伝えることができるといいます。それはいったいどんな仕組みなのか。そこで今回、僕の友人であり聴覚障害のある安達さや佳さんとともに、「Ontenna」の開発者・本多達也さんを訪ねることにしました。

光と振動で「音」を伝えるプロダクト「Ontenna」

僕らが足を運んだのは、赤坂にある会員制DIY工房「TechShop Tokyo」

中には非常にオープンなスペースが広がっており、大人の秘密基地のような雰囲気。

【写真】笑顔で立っているほんださん

本多さん:こんにちは!

明るく爽やかな笑顔が印象的なこちらの人物が、本多さん。現在、富士通で「Ontenna」を開発しています。早速お話を伺おうとすると、本多さんが「Ontenna」の最新版を見せてくれました。

本多さん:「Ontenna」は髪の毛につけて使用するプロダクトなんです。装着してスイッチを入れると、日常生活の音に反応して振動し、光る仕組み。たとえば、インターフォンが鳴ったら震えてそれを知らせてくれます。もちろん、音に合わせて振動のリズムやパターンが変わるので、聴覚障害の人に「今なんの音が鳴ったのか」を明確に伝えることができるんです。

【写真】オンテナをもつライターのいがらしだいさん

何度も試行錯誤を重ねた最新版には、より細かい機能が搭載されています。映画館で使用するために光を消す機能、メトロノームなどに接続し、より正確なリズムを感じさせるための機能、複数の「Ontenna」と連携する親機・子機モードなど。いずれも、聴覚障害者の生活をより豊かなものにするために考え抜いたそうです。

聴覚障害者との出会いがすべてのはじまりだった

学生時代、ユーザインターフェースのデザインを学んでいたという本多さん。過去には、脳波を検知することよってその人のリラックス状態を可視化するというプロジェクトも立ち上げ、数々の賞を受賞しました。そんな本多さんが、なぜ「Ontenna」の開発を決意したのか。それは大学1年生の頃に聴覚障害者と出会ったことがきっかけだったといいます。

【写真】オンテナを持って真剣にインタビューに答えるほんださん

本多さん:文化祭の時に、校内で迷っている聴覚障害の方に道案内をしてあげたんです。そしたらとても感謝されて、名刺をいただいて。その方は、NPO法人「はこだて 音の視覚化研究会」の会長さんだったんですけど、それがご縁となって毎週一緒に温泉に行く友達になったんです。それがきっかけで、聴覚障害者のことを勉強したり、手話を覚えたりするようになりました。そんな中で、大学4年生の頃に聴覚障害のある人と一緒に新しいユーザインターフェースについての研究開発をしようと思ったんです。

本多さんにとって、聴覚障害者と出会ったのはその時が初めて。それはすごく刺激的な体験だったそう。

本多さん:当時、「オレンジデイズ」っていうドラマ(2004年放送。どこにでもいる健聴の大学生と、聴覚を失った女性との恋愛を描き話題を集めた作品)にハマっていたこともあって、聴覚障害者に対する偏見は一切ありませんでした。むしろ、それまでの自分からすると、まったく知らない世界に住んでいる方たちという印象で。だからこそ彼らに興味が湧きましたし、困っていることがあるのなら助けになりたいとも思ったんです。手話通訳のボランティアをしたり、手話サークルやNPOを立ち上げたりしたのも、その流れですね。

聴覚障害に限らず障害のある人と接する時、気負ってしまったり、あえて関わらないようにしたりする人はまだまだ少なくありません。「どう接したらいいのかわからない……」。それが正直な気持ちではないでしょうか。けれど、障害のある人が一番望むのは、「普通に接してもらうこと」だと思うのです。そして、当時の本多さんはそれができていた。だからこそ、彼らとフランクな関係を築くことができたのでしょう。

聴覚障害者とともに挑んだ開発

前述の温泉友達に音を届けたい。「Ontenna」開発の根底には、本多さんのそんな想いがあります。複数の聴覚障害者に試作品を何度も試してもらい、ダメ出しを受けてアップデートする。その結果、日常生活で使いやすいベストなカタチを見つけることができました。

とはいえ、やはり最初は苦労の連続だったそう。

【写真】質問に丁寧に応えてくれるほんださん

本多さん:最初は「光」で音を伝えるものを作ったんです。音の強弱によって光り方が変わるようなもので。けれど、聴覚障害のあるみなさんって視覚情報に頼って生活しているんですよね。だから、ただでさえ目に入ってくる情報を大切にしているのに、そこにピカピカ光るものが加わるとうっとうしいと言われてしまって……(苦笑)。

聴覚障害のある人たちをサポートするはずが、情報過多になってしまっては意味がない。それに気付かされた本多さんは、視覚ではなく触覚を中心としたプロダクトの開発へと方向転換しました。そこで、デバイスが音に反応して振動するという今のスタイルにたどり着いたのです。

本多さん:それでも苦労は続きましたよ。服につけてみたり、直接肌につけてみたりもしたんですけど、いまいちしっくりこなくて。服だと振動が伝わりづらい、肌だと気持ち悪い、感覚が麻痺するなどと指摘されました。そのようにいろんな部位を試した結果、髪の毛につけるというアイデアが生まれたんです。

それでもいまだに苦心続きの本多さんの原動力となっているのは、やはり聴覚障害のある人たちの喜びの声だといいます。

本多さん:ある時、「初めてセミの鳴き声を知りました」って言われたんです。「ミーンミンミンミン」って鳴くことを文字では知っていたけれど、どんなリズムかわからなかったと。それを知ることができたって言われた時は、本当に嬉しかったですね。また、ろう学校で試してもらった時に、先生が打つリズムに合わせて、子どもたちも同じようにリズムが打てるようになったんです。その時の子どもたちの笑顔は忘れられないです。

「Ontenna」は健聴者にとっても便利なものになる

聴覚障害のある人の可能性が無限に広がりそうな「Ontenna」。けれど、これは耳が聞こえる人のためのものでもあると、本多さんは言います。

【写真】オンテナを髪の毛につけているくどうみずほ

本多さん:たとえば、ランニングする時にイヤフォンで音楽を聴く人は多いと思うんですけど、自動車に気づかなくて危険だったりもするんです。でも、「Ontenna」をつけていれば、後ろから来ている自動車の存在にも気づけます。そんな風に、健聴者の生活にも利用シーンはあると思うんです。それと、聴覚障害者と健聴者が、同じ空間を楽しめるようにもなるかもしれない。映画や舞台を観る時に「Ontenna」があれば、障害の有無に関わらず、音楽の迫力を共有できるじゃないですか。だから、僕ら健聴者にもきっとメリットがあるプロダクトだと思うんです。

本多さんが目指しているのは、テクノロジーの力をもって「人と人とをつなげる」ということ。障害の壁を越えて人と人がつながることができる。それが本多さんの理想とする世界のカタチなのかもしれません。

「Ontenna」で聞こえない日常はどう変わるのか

ここで安達さんに、実際に「Ontenna」を試してもらうことにしました。

【写真】笑顔のほんださんとオンテナをつけているあだちさん

安達さんは、先天性の聴覚障害のある女性。まったく音が聞こえないため、普段は補聴器をつけて生活しています。そんな安達さんを、「Ontenna」はどこまでサポートしてくれるのでしょうか。

本多さんの声に反応し、光りながら震える「Ontenna」。声の抑揚や大きさにも反応するので、なんだか会話が楽しそう。笑い声が上がった瞬間に一際大きく反応するので、音が聞こえなくてもその場の盛り上がりを体感することができます。

【写真】オンテナをつけて楽しそうに話すあだちさん

安達さん:思っていた以上に反応がよくてびっくりしました。どれくらいの大きさの声で話しているのかもわかりますし、そこから相手のテンションを知ることもできますよね。手話にプラスすることで、より深い会話ができるような気がします。

さらに安達さんは、「Ontenna」によって日常生活がどう豊かになるかも教えてくれました。

【写真】オンテナをつけて質問に丁寧に応えてくれるあだちさん

安達さん:インターフォンの音、お湯が湧いた音、洗濯機が止まった音……。とても些細なことですけど、聞こえないことで不便に感じる瞬間ってたくさんあるんです。でも、そういった日常生活の中での不便さが一気に解消されますよね。そして、それ以上に嬉しいのが、ドラマや映画をより楽しめるということ。今ってテレビも字幕に対応していますけど、BGMだけが流れているシーンはただの「♪」でしか表現されないんです。だから、楽しい音楽なのか哀しい音楽なのかがわからず、物語を深く理解することが難しかったりもします。でも、「Ontenna」をつけていればリズムがダイレクトに伝わりますし、それだけで物語により没頭できるんじゃないかと思いますね。

それは、まさに本多さんが叶えたいと思っていたことなのだそうです。

本多さん:以前、聴覚障害者をお呼びして、「タップダンス」の映画を観てもらったんです。これまでだったら、ダンスのシーンはまったく楽しめていなかった。でも、「Ontenna」をつけることでタップダンスのリズムを感じることができて、聞こえなくても楽しめると思うんです。他にも、独特の言い回しをする「狂言」など、一般的に娯楽とされているものを、これまで以上に楽しんでもらいたいと思っているんです。

聴覚障害者を家族に持つ人もまた救われる

インタビュー中、本多さんは「聴覚障害のある方たちのおかげでOntennaは開発できている」と繰り返しました。

本多さん:障害のある方たちって、その分、感覚が研ぎ澄まされているように思うんです。今治タオルの一部商品では、視覚障害のある方たちが品質検証をされているんですよね。それは、目が見えない分、触覚が研ぎ澄まされているかららしいんですけど。それって、すごいことですよ。だから、もちろん彼らを助けたいとも思うんですけど、それと同時に、僕も助けてもらっているというか。「Ontenna」だって、聴覚障害のある方たちの助けがあって、ようやくここまで進めることができた。僕にとって彼らはスペシャリストなんですよ。これからも手を取り合って、一緒にいいものを作っていきたいと思っています。

本多さんの直近の目標は、「Ontenna」の商品化。「Ontenna」を必要とする人たちのために、少しでも早くビジネスとしての立ち上げを目指しています。

本多さん:今はこれをいかにビジネスとして成立させるかに頭を悩ませているんです(苦笑)。あまり高価格なものにしてしまうと、みんなに行き届かない。それでは意味がないですよね。だからこそ、聴覚障害のある人たちだけをターゲットにするのではなく、僕らのように耳が聞こえる人たちにとっても便利なプロダクトにする。そうすることで市場性が広がり、単価も抑えることができる。まずはそこを目指して頑張っていきたいと思っています。

お話を伺うまで、「Ontenna」は聴覚障害がある人のためのものだと思っていました。けれど、そうではない。一緒に開発をして、一緒に楽しめる未来を見据えたプロダクトなのです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるあだちさんとライターのいがらしだいさん

そして、最後に感じたこと。それは「Ontenna」によって、聴覚障害者を家族に持つ人もまた救われるということです。彼らをサポートしたくとも、さまざまな事情で側にいられないという人は多いはず。僕だってそうです。

でも、「Ontenna」があれば、たとえ離れて暮らしていても安心できる。それは、自分の代わりに、「Ontenna」が聴覚障害者の耳になってくれるから。

早く両親にこのプロダクトを届けたい。本多さんに出会って、そう強く感じました。

【写真】笑顔のほんださんとあだちさん、ライターのいがらしだいさん

関連情報:
「Ontenna」ホームページ
富士通株式会社 ホームページ
撮影協力: TechShop Japan(株)ホームページ

(写真/田島寛久)