【写真】爽やかな笑顔を見せるやまぐちさん

こんにちは!山口健太です。私は「会食恐怖症」の当事者経験を持っています。

「会食恐怖症」という症状は、聞いたことがない方がほとんどなのではないでしょうか。これは「社交不安障害」という、人と接するうえでの困難がある精神疾患の1つとされています。

簡単に説明すると、人前でご飯を食べる会食などの際に不安と緊張が高まり、吐き気やめまい、動悸、嚥下障害(食べ物が飲み込めない)、パニック発作などの症状がでて、ご飯を食べるどころではなくなってしまうのです。そして、人によって症状の程度や出方はさまざまです。

「恐怖症」というとわかりにくいかもしれませんが、「誰かと食事をすることができない」という風に考えてもらっても良いかもしれません。

私の場合は、高校生1年生から大学生の途中くらいまで、主に吐き気、嚥下障害、動悸という症状に悩んでいました。誰かとご飯を食べるのが苦痛でしたし、「食事を残してはいけない」という想念が強かったので、定食などの「一人前が決まっている食事」は特に苦手でした。

幸い症状は克服し、私はその後一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会を立ち上げ、会食恐怖症の症状に悩んでいる方々に向けてカウンセリングをしたり、実際に会食の練習(曝露療法のサポート)をしたり、情報発信をしたりと活動をしています。

今回は私が子どもの頃に感じていたことや、学生時代経験した会食恐怖症について、そして今の活動についてなどを、お伝えしたいと思います。

食事に「楽しい」のイメージを持てなかった幼少期

【写真】目線を下に向けて話すやまぐちさん

今思うと私は子どもの頃から、食事に「楽しい」というイメージを持っていなかったように思います。両親は頻繁に喧嘩をしていて、食事中もほとんど喋らないことも少なくありませんでした。一人で食事をすることもありましたがそれは嫌ではなく、むしろ家族とともにする方が緊張してしまう、というような状態でした。

特に父とは、細心の注意と緊張感を持って接していました。当時の父は、何か不満な事が起きると怒鳴り始めたり、物にあたったりすることがあったのです。

そんな父がご飯を作ってくれたこともありました。ただ、たとえば炒め物の油が跳ねたりと何か小さなハプニングが起こるたび、父の怒った声と、物に当たり散らす大きな音が聞こえてくることも…。ようやく料理が完成し、父に「うまいか?」と聞かれたら、子どもの私でも気を遣って「…うん」と言わなければなりませんでした。ですが実際は緊張でほとんど味なんてわからなかったんです。たとえてみれば「風邪引いてる時に感じる味覚」みたいな感じでしたね。

そんなこともあり私にとって家は心が休まる場所ではなく、食事も落ち着いてとれる場所ではありませんでした。中学生になると、部活で疲れて家に帰ってからは、オンラインゲームやネットサーフィンをしたり、動画を見ることに時間を費やすようになりました。親と関わると疲れてしまうので、一人の世界にこもっていたのです。

今では両親に感謝していますし、「二人の子どもで良かった」と心から思っています。ですが、当時はとにかく「早く実家を出て一人暮らしがしたい」とばかり思っていましたし、ずっとそれが目標でした。

「誰かとご飯を食べること」に強い苦手意識を持つようになった高校時代

【写真】高校生の頃のやまぐちさん。野球のユニフォームを着用している

高校では野球部に所属していたのですが、顧問の先生は体重を増やして身体を作ることに関して、かなり厳しい先生でした。しかし私は、小さい頃からどちらかというと少食で、給食でも食べるのは遅い方。それでも、家で一人で食事をするときなどにたくさんの量を食べる練習を重ね、高校入学時から最大で13キロ体重を増やしました。練習はもちろん、体作りについてもなんとかついていこうという気持ちでした。

野球部では合宿も行われました。この合宿が、会食恐怖症の症状がでるきっかけとなった出来事のひとつとなってしまいました。

合宿では「食事もトレーニングのひとつ」という考えで、朝2合、昼2合、夜3合のご飯を食べることを要求されます。私は参加前は、合宿のご飯の量もこれまで練習してきたようにちょっと無理をすれば、なんとか食べられるかもしれないと思っていました。

しかし実際は、合宿所の食堂では部員大勢が並んでいる状態。緊張感はさらに高まります。そんな中、やはりたくさんの量を食べる事が出来ず、顧問の先生に直接大勢の前で怒鳴られてしまった。これがきっかけで、更に食べることがプレッシャーになってしまったのです。食堂に入るだけで吐き気がこみ上げるようになり、「いただきます」のタイミングで、戻してしまったこともありました。

【写真】優しい笑みを浮かべるやまぐちさん

このあたりから「誰かとご飯を食べること」に強い苦手意識を持つようになっていました。たとえば、部活動の恒例行事で行われた「2日間で100km歩きながらゴミを拾う」という慈善活動。部員のみんなは「そんなに歩けるのだろうか」と不安を漏らしていましたが、私は「2日間の食事…どうしよう…」という不安の方が大きかったですね。

日常の生活でも、友人から「ラーメン食いに行こう」のように食事に誘われることもありましたが、そのたび「予定がある」などと嘘の理由を言って断っていました。

当時の気持ちとしては、「何で“自分だけ”こんなことに悩むんだろう…」というのが一番強かったです。誰にも理解されなかったので、世の中から見放されたような気分でした。

最初は胃腸など消化器官の問題だと思っていましたが、たまたまインターネットでいろいろと調べている時に「会食恐怖症というものがあるらしい」という事を知り、それが精神疾患のひとつだということがはじめて分かります。ですが、当時は具体的な解決策などの情報はなかったので、「わかったけれど、どうすればいいの?」と感じていました。

そして会食恐怖症のような「目に見えない症状」は、なかなか相手に伝わらないという事も実感しました。

高校生のときに友人に「会食恐怖症であること」を打ち明けたことがあります。当時はドキドキと緊張しながら、その一方で「もしかしたら理解してくれるかも!」という期待を持っていました。ですが友人の口からでたのは「それだったら彼女作れないな!ハハハ!」ということば。

もちろん彼に悪気はなく、私が過度に「寄り添ってもらえるのではないか」と期待してしまっていただけなのですが…。真剣に悩んでいる気持ちが伝わらなかったことはショックでした。「他の人に言っても無駄だし、傷つくだけだからもう人に言うのはやめよう」と、私はさらに心を閉ざすようになっていきました。

【写真】両手を重ねながら話すやまぐちさん

たとえば、骨折などの怪我であれば、体にギブスがあるので、それを見た人は「大丈夫?しっかり休んで元気になってね」というような言葉を掛けると思います。ですが、会食恐怖症は目に見えません。

そのため「そんなの気の持ちようでしょ」という風に軽くあしらわれてしまうこともあるのではないかと思います。たしかにある一定のところまでは「気の持ちよう」なのかもしれないですが、その一定ラインを越えると、「気をしっかり持とう」と思っても限界がきて、爆発してしまいます。当時の私はそんな状態だったのだと思うのです。

一人暮らし、大学生活、アルバイト。少しずつ会食恐怖症と向き合う

大学生になってからは、生活環境を変えるとともに、自分を変えるためにも様々なことに取り組みました。その中で会食恐怖症の症状を、少しずつですが克服していきました。

まず私にとって大きな変化となったのは、念願だった一人暮らしを始めたこと。誰にも気をつかわなくていい、ストレスフリーな毎日はなんて最高なんだろうと、引っ越しが終わってから何日も何日もその喜びを噛み締めました(笑)。

さらに、積極的に会食のような場に出向くようになりました。高校から一緒だった仲の良い友達とともに、新しい環境にドキドキしながら、新歓コンパなどに積極的に参加しました。

新歓では他の参加者と「話す」ことがメインであり、食事にはあまり注目されないこと。そして居酒屋などでの開催が多く、「自分が食べなければいけない量」が決まっていないこともあり、会食恐怖症の症状があっても比較的参加しやすい場所だと感じました。まだ「人と食事をすること」に対する苦手意識はありましたが、ここで小さいステップでも経験を積んだことから、少しずつ自信が持てるようになっていきます。

【写真】明るい表情で話すやまぐちさん

他にも、寿司屋でのアルバイトを始めました。そのお店のまかないが当時苦手としていた定食で、決まった量を食べなくてはならないうえ、量もかなり多い「がっつり系」の賄いだったので、最初は愕然としました。

それでも、「まかないが食べられない」という理由で、バイトをやめたくなかった。本当に素敵なお店で、アルバイトスタッフに対しても愛情を持って接してくれるような場所だったからです。

たとえば風邪で急にメンバーが休み、シフトに穴が空いたときも、全く怒ったりはせず心配して食事を届けてあげるような、そんなお店でした。当時は自分のことばかりで精一杯だった私は、「こんなに思いやりのあるお店があるのか」と驚き、たくさんの影響を受けました。

そこで、勇気を出してお店の方に「実は人前でご飯を食べるのが苦手で…」と打ち明けることにしました。会食恐怖症の症状について話すのは高校の友人に続き、これが2回目。緊張しましたが、お店の方は「じゃあ、練習だと思ってゆっくり食べていいよ!」と言ってくださり、とても安心しました。

最初はバイトに行くたびに「今日のまかないが食べられなかったらどうしよう…」と思っていたのですが、半年くらい経つ頃にはかなり状況も変わりはじめます。徐々に緊張せずとも食事ができるようになっていきました。

そして、もう一つ変わったこと。私はこの頃くらいから、大学外で心理学系のプログラムを受講しはじめたのでした。電車で往復4時間掛けて東京へ出向き、興味のあるセミナー等にも通うようになりました。自分自身について深く考えたり、「どうしたら自分に自信を持てるようになるのか」などを学ぶようになったことも、心身の変化に大きく繋がっていきました。

「今、会食恐怖症に悩み、苦しんでいる人のサポートをしたい」

【写真】やさしい表情を見せるやまぐちさん

私は大学では工学部だったのですが、受験期は「実家を出る事」が目標だったため、実は工学に興味を持っていませんでした。「一人暮らしを許してもらえそうな場所にある大学で、自分の学力で入れそうなところ」という選び方で、大学を選んでいたからです。むしろ、本来は文系タイプで、実際に他大学の文系の学部も受験していたりもしました。

そんな経緯もあり、大学の勉強には徐々に興味がなくなってしまい、結局中退することに。母とは衝突しましたが、「今回は絶対に譲らない」という覚悟を持っていました。というのも、やはりそれまでの人生では、自分の意見を言えていなかったから。

そうしてストレスを溜め込むと、会食恐怖症のような症状をはじめ、心に良くない影響が出ることも分かっていたので、もっと自分を大切にしたいと思ったのです。

心理学の勉強をする中で、自分が悩んでいた親子関係についても学んでいたので、どうしたら自分にとっても親にとっても良い関係性を築けるのかを私なりに考えた上で、親と接するようになりました。先に紹介した父は病気ですでに他界していまいましたが、現在母とはお互いを尊敬し合う良い関係が築けてると思っていますし、今は両親に感謝しています。

【写真】笑顔を見せるやまぐちさん

大学中退後は「起業して自由に生きたい!」と、あらためてコーチングやマーケティングを学び、高いモチベーションを持ちながら忙しく過ごす日々を過ごします。でも、仕事は上手く回っていましたが、どこか自分の中で違和感がありました。「自分が本当にやりたいことはなにか」「なんのために生きているか」と考える日々。そんなとき偶然、自分の人生の歴史を振り返る機会がありました。

幼少期、小学校、中学校、高校、大学、社会人と、自分が人生を過ごしてきた中で印象に残っていること、苦労したこと、周りから褒められたことなどを書き出して行く中で、「会食恐怖症」というキーワードに出会います。

その瞬間、雷に打たれたかのようにはっとしたのを覚えています。すぐにインターネットで会食恐怖症についての情報発信が、どれくらい進んだのかを調べてみることにしました。しかし、その結果に私は愕然とします。私が高校生のときに悩んでいたときの状況と、ほとんど変わっていなかったからです。

TwitterなどのSNSを覗いてみると「会食恐怖症ってどうやったら治るの…死にたい」というような投稿もあり、私自身が経験したからこそ、悩む気持ちが痛いほど伝わりました。そして「今、会食恐怖症に悩み、苦しんでいる人のサポートをしたい」と思ったのです。

会食恐怖症の方同士が出会うきっかけに

最初は「そもそも会食恐怖症の人って、どれくらいるんだろう。自分のような支援は必要とされているだろうか」という気持ちもありましたが、実際に活動をしてみるとむしろ自分が思っていた以上にたくさんの会食恐怖症の人がいることが分かります。

名古屋で相談会に来てくれた、女性の方から頂いた手書きのメッセージ

これまで学んできた心理学に加えて社交不安症の勉強もしながら、まずはブログで情報発信を、そして次第に読者さんと会う機会を設けるようになりました。九州や東北の読者さんの要望に応えて福岡県や仙台でも開催したことがあります。

参加費は最初は無料で、今は1000円いただいていますが、正直お金は関係なく、「同じ経験をした人たち同士が出会い、喜んでくれる場所を提供できている」「人の役に立っている」ことが私自身とても嬉しかったです。

2017年5月には一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会を設立。精神科医であり、杏林大学名誉教授の田島治先生を、協会のアドバイザーとして迎えました。現在は100名以上の方が参加してくださっているオンラインサロンや、メルマガやLINEなどのSNSを通しての情報発信、電子書籍の出版、そして相談会で当事者同士が会う機会の提供を続けたりと活動をしています。

【写真】一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会のホームページ

2017年の10月にはクラウドファンディングのプロジェクトを成功させることができ、11月からは数ヶ月にわたる長期の対面セッションプログラムや、実際にご飯を頻繁に食べる練習する、よりコアなグループも発足しています。

参加者の方々は大学生から50代くらいの方まで様々。3:7くらいの割合で女性の方が多いように思います。

当事者の方々は会食ができないことから、目に見えないさまざまな苦悩を抱えています。恋愛や仕事などでも、人と食事をすることが苦手だと言い出せず、我慢をしてなんとか日々を過ごしている方。抑うつや他の合併症でそれどころではない方や、家から一歩も出ることさえ出来なくなってしまった方にも出会いました。

会食恐怖症で悩む人同士が出会える場所というのはなかなかありません。先日参加者の方から「会食恐怖症の方同士でご飯を食べる練習をしにいったら、安心して食べられた。10年以上ぶりに外食が美味しいと感じ、涙が出た」といった声もいただきました。

また「20年以上ぶりに外食に出向く機会となった。ご飯を口にすることができて驚いた」など、長い間控えていたけれど、外食をするきっかけになったという声も多いです。

会食恐怖症に悩む子どもたちの「緊張して食べ物が喉を通らない状況」を変えたい

活動をする中では、会食恐怖症に悩む子どもを持つ親御さんや、学生の方に出会うこともありました。

私もそうでしたが、会食恐怖症になるきっかけとして多いのが、学校や保育施設などの教育現場。「学校給食で完食できなくて怒られた事がトラウマとなってしまった」、「学校給食が原因で不登校になってしまった」などの話も聞きます。そしてそれらが原因でうつになってしまう親御さんもいるそうです。

もちろん、食材を大切にして、感謝して食べることは大切なことです。完食指導をする方々もきっと悪気はなく、「自分が子供の頃にそのような教えを受けたから」と自身の経験に基づく方もいると思います。

そしてだからこそ、この問題は根深いとも感じます。「食べられない」ことを怒るのではなく、「どうしたら食べられるのか?」を考えてもらえたらと思うのです。たとえば人の食欲が湧く条件は2つあります。

【写真】カメラをまっすぐに見つめるやまぐちさん

1.空腹(摂食)中枢がはたらく(=つまり空腹であること)
2.副交感神経が優位になる(=つまりリラックス状態であること)

これを読んでいる方の中にも緊張する場面で、食べ物が喉を通らなくなった経験がある方もいるかもしれません。つまり、「食べなさい!」と緊張させてしまうとそれは逆効果となってしまう。このような知識があるだけでも、「食べられない」子どもたちにかけることばは変わってくるかもしれません。

ありがたいことに、学校や保育園の先生に「給食指導のあり方」をお伝えすることも多くなってきました。これからも、先生などの大人、そして子供も、「ラクに、楽しく」食べられるような食事時間を作るサポートが、何かしらの形でできたらと思っています。

「会食恐怖症を克服する」だけがゴールじゃない

参加者の方からは会食恐怖症が良くなったということ以外にも、以前より日常を楽しく過ごせるようになったという声をもらうことがあります。

会食恐怖症を和らげる方法の一つとして、認知行動療法というものがあります。具体的には、ものの受け取り方や考え方の偏り(「残したら嫌われるのではないか」、「気持ち悪くなって吐いてしまったら最悪だ!」などのネガティブな自動思考など)を認識し、現実的でしなやかな考え方に少しずつ変えていくということ。また少しずつ苦手とする場面(実際に会食をしてみるなど)をイメージしたり、経験したりする曝露療法という方法もあります。

こうした治療方法の選択肢の紹介もしますが、私は「いかに、日常の心の状態を良くしていくか?」ということもまた大切だと思っています。たとえば、どんなに恐怖から逃げずに、実際に会食する事が大切だとわかっていても、そもそも普段元気がなくて、意欲的な気持ちが湧かなかったら、恐怖に立ち向かう行動はできませんよね。

【写真】木でできた椅子に腰掛けるやまぐちさん

「症状があるから自分は不幸なんだ」という声も多くあるし、自分自身も悩んでいた当時はそう思っていました。しかし、今思うのは、症状があってもなくても、あまり楽しそうではない人もいる。一方で、たとえばパラリンピックの選手のように、なにか障害があったとしても、エネルギーに溢れて幸せそうに見える人たちもいる。

だから、たとえいま症状があったとしても、日常を充実したものにすることにも目を向けてもらえたらと思っています。

多くの人からすれば、みんなと食事をすることは悩みの対象ではないと思いますし、正直理解できないという人もいるかもしれません。そんな、なかなか理解されない悩みを体験した人は、人の気持ちに寄り添える人であったり、辛い時期を超えた後、すごく輝いていたりする。私はそう思っています。

私自身、症状の克服がその人との関わりのゴールだとは思っていません。実際、症状が良くなってきた方とは症状のこと以外の話をすることもありますし、「参加者の方々にとってより良い活動にするにはどうしたら良いか?」や「オンラインサロンがどうすれば盛り上がるのか?」についてを話すことも。

最近は参加者同士が励まし合う様子や、運営をサポートしてくださる方もいたりと、こうしてみなさんとともに活動をつくっていることがとても嬉しいです。協力してくださる皆さんには、感謝してもしきれません。

自分を好きになれたことが嬉しいです。『大切な人と接するように自分と接する』ことを意識することで自己肯定感が高まり、感情を素直に出せるようになりました。

最近は、会食恐怖症は体と心が出してくれたSOSのサインなんだと捉えられるようになりました。

自分自身を深く見つめる良い機会となっていて、物事の考え方、捉え方も少しずつ変わってきているように感じます。

など、嬉しい声をいただくことも。

【写真】凛とした表情を見せるやまぐちさん

そして私自身、たくさん悩んだ時期を経て、協会での活動を通して自分のやりたいことを実現している現在。友人から「めっちゃたのしそうやん!」と言われることもあるくらい、充実した日々を送っています。

また、2018年10月31日には、「会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと(内外出版社)」を出版しました。

会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと(内外出版社)

この本は、誰かと一緒に食事をすると、吐き気、震え、動悸、めまいなどの症状に悩まされる「会食恐怖症」について、年間のべ1000人以上の当事者からの相談を受ける私の経験をもとに、克服の為の方法を記した本です。

「前向きに生きてほしい。でも今、前を向けなくても大丈夫」

三大欲求のひとつでもある「食」。多くの人にとって「食」は毎日3回摂るものです。会食恐怖症で悩む方のように、「食」の時間が辛いものになることで人生そのものが充実しない場合もあれば、「今日のディナーは楽しみだ!」という日は、その日中もなんだか楽しくなるように、食の充実は人生の充実につながるときもあるのかもしれないと、私はいま思っています。

症状を克服するというと、症状のある“マイナス”の状態から、健常の“ゼロ”の状態になるというイメージを持つかもしれません。ですが私は、「会食恐怖症になってよかったな。会食恐怖症になったからこういう学び、出会い、経験ができたんだな」と思うことができています。

今悩んでいるひとにもいつか前を向いてもらいたい。世の中がより明るく、温かいものになればいいなと思いながら、活動をしています。

けれども、今はとても前向きな気持ちを持てるような状況ではないという方もいると思いますし、それはそれで大丈夫です。私も以前、そうだったので。ですが、私は常に前向きに「あなた」と接していきたいと思っています。

【写真】カメラに向かって笑顔を見せるやまぐちさん

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(写真/馬場加奈子)