【写真】ふたごじてんしゃに乗っているなかはらみちこさん

訂正:記事掲載時に「(ふたごじてんしゃは)もちろん軽車両として歩道を走ることができます」と記載しておりましたが、正しくは「普通自転車として歩道を走ることができます」の誤りでした。訂正してお詫びいたします(soar編集部)

ある日、電車に乗っていたらご家族が乗車してきました。お父さんが押している2人用のベビーカーに乗っているのは、よく似た顔の赤ちゃん。気持ち良さそうに眠っています。

乗客はみんな、その愛らしさに思わず目が釘付けです。隣のおばあさんから「双子ちゃん、可愛いわね」と声をかけられ、私も微笑みながら一緒にその姿を見ていました。

子どもがほしくても恵まれない人がいる中、2人の赤ちゃんを同時に授かることは、幸せの象徴のようにも思われます。でも、それゆえ双子の親は「大変」という一言さえも言えず、周りに話せない悩みを抱えている場合もあるのです。

その悩みの1つが、移動の大変さです。1人の子どもにお出かけの準備をさせて外へ連れ出すのも大変なのに、2人の子どもを連れて外出しようとすると、どうしても2倍のエネルギーが掛かって疲れてしまいます。

この悩みを解決しようと開発されたのが、「ふたごじてんしゃ」という2人の子どもを乗せて走るための自転車です。

【写真】ふたごじてんしゃは子供が乗るいすが二つある

安全・安心に子どもを乗せて好きな場所へ移動できるように。

そんな願いが込められたふたごじてんしゃは、かつて「なかなか子どもと外に出られない」と悩んでいたある双子のお母さんのアイデアから生まれました。

願っていた双子の命を宿す

ふたごじてんしゃの商品化に取り組んでいるのは、株式会社ふたごじてんしゃ代表の中原美智子さんです。

当日、待ち合わせ場所のカフェに、ふたごじてんしゃに乗って颯爽と現れた中原さん。イエローの洋服を身にまとい、とびきりの笑顔で挨拶をしてくれた中原さんは太陽のように明るくてあたたかな女性でした。

【写真】笑顔でインタビューに答えるなかはらみちこさん

中原さんは、現在3人の息子さんを育てています。長男が生まれて7年経ったとき、中原さんのお腹に宿ったのは、双子の男の子の命でした。当時、中原さんは患っていたうつ病を克服した後で、年齢は40歳近くだったそうです。

中原さん:子どもは3人欲しいなあと思っていたけれど、病気や年齢のこともあって、もう無理かなあと思っていました。なので、「いっそのこと双子が生まれてくれたらその夢も叶うのになあ」と祈ったことがあったんです。

奇しくも、双子の赤ちゃんの妊娠が発覚したのは、そう祈った翌月でした。お腹の中に命が宿っていること、しかも願いが叶ってその命が双子だと知った中原さんの胸のうちは喜びに溢れました。

ただ、それもそれもつかの間、「約束を果たすんだ」と大きな責任を感じたといいます。

中原さん:神様に「ちゃんと育てなさいよ。自ら望んだ以上、頑張りなさいよ」と言われているような気もしました。

喜ぶ間もなく知らされた双子出産のリスク

新しい命の誕生、しかも望んだ双子の妊娠。喜びと不安に包まれる中で、妊娠がわかった直後に医師から掛けられたのは意外な言葉でした。

中原さん:「双子です、おめでとうございます」と言われて喜んだのも束の間、次の瞬間にはNICUの設備が整っている病院へ転院するように言われ、双子特有のリスクについても説明されました。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるなかはらみちこさん

双子は1人を産む場合と比べて出産リスクが高くなるため、医師から話されたのは不安になるようなことばかり。双子の出産にはたくさんの覚悟を強いられるのだと、中原さんは実感しました。

妊婦生活は、体調がすぐれない日々が続きます。

もともと、中原さんは長男を出産するときも、ひどいつわりがありました。双子を妊娠してからはつわりがよりひどくなり、スプーン一杯のお水さえ飲めないほどで、入退院の繰り返し。吐き気も止まらず、ただただ苦しい日々が続き、気付くと、ノートに「辛い」の文字を書き連ねていたこともありました。そしてそのしんどさを、周りに見せることは難しかったといいます。

中原さん:そのときは一般病棟に入院していたこともあって、弱音を吐いていたら看護師さんに、「ここには命に関わる病気と闘っている人がいっぱいいるけれど、中原さんは死ぬわけではないですからね。帝王切開をするゴールの日も決まっているし、頑張りましょう」って言われました。

この出来事や望んで命を授かったという責任があったため、中原さんは、不安や苦悩を自分の心の中に閉じ込めて過ごすようになってしまったのです。

育児ではなく作業になってしまった日々

長く暗いトンネルのようだった妊婦生活を経て、やっと迎えた出産の日。待ちに待った、我が子との対面のときです。

「オギャー!」と1人が誕生し、少し時間を置いてもう一度聞こえてきた「オギャー!」の声。2つの産声を聞いて、中原さんは双子の誕生を実感し、胸がいっぱいになりました。しかし、帝王切開での出産だったため、腕がおさえられていて、生まれてきた我が子を抱くことができませんでした。

中原さん:生まれてすぐに、子どもたちが保育器に入れて運ばれて行ってしまいそうだったんです。頼み込んで、私の手にちょんと乗せて触れさせてもらうのが精一杯。長男を出産したときのように、我が子を抱きしめることはできませんでした。

子どもたちより先に退院した中原さんですが、休む間はありません。まだNICUに入院している子どもたちに母乳を届けに行く毎日を送ることになります。

中原さんの努力のかいもあって子どもたちの退院が決定したときは、「やっと2人を抱っこすることができる!」と嬉しさに包まれました。でも振り返ってみても「それからの日々の記憶がほとんど無い」のだと中原さんはいいます。

【写真】質問に丁寧に応えてくれるなかはらみちこさん

中原さん:覚えていることといえば、あれだけ「子どもが欲しい。ちゃんと育てます!」と誓ったはずなのに、子育てというより作業に追われるような日々になってしまったことだけ。ベルトコンベアに乗ってきたものをさばくかのように、一日中授乳に排泄に寝かし付けにと子どもたちの世話に、と感情も無くバタバタしていました。

双子の子育て特有の悩みもありました。たとえば、赤ちゃんの体調管理のために付ける育児日記。長男のときは休み休み書いても間に合っていました。しかし、今回はしっかり記録していないと、どちらのおむつを変えたのかがわからなくなり、便秘に気付かないことも起こるのです。

また、1人が風邪をひいてしまったら、多くの場合その風邪はもう1人にもうつるので、看病も2倍に。子育てに加えて、長男の世話や日常の家事にも追われていました。

中原さん:子育てと家事以外でやることと言えば、夜に夫が帰ってきた後、遅くまで開いてるスーパーに必要なものを買い込みに行くことくらいでした。いや、これも家事の一環ですね…(笑)。

目まぐるしく、休息も無い毎日の繰り返し。そんな中でも、中原さんを救ってくれる些細な喜びは日々のなかに散りばめられていました。

【写真】双子の赤ちゃんを抱くなかはらみちこさん

いないいないばあをしたら双子の子どもたちがゲラゲラ笑ってくれたり、子どもたちがお互いの顔を見つめて笑い合う様子を見守ったり。子どもたちが元気に成長していく姿に支えながら、中原さんの子育てに向き合う時間は続いていったのです。

外に出ることで得られた人との繋がり

身の回りの世話はもちろんのこと、双子の子どもたちをお出かけに連れて行くのは一苦労でした。

双子用ベビーカーの重さは8キロから10キロあり、荷物を積んで双子を乗せると30キロほどになることも。重いだけでなくサイズも大きいので、必然的に場所もとってしまいます。そのため、駅でエレベーターに乗るときは、まずベビーカーを乗せることができるのか幅を確認します。幅が大丈夫でも、他の乗客との乗り合いができないため、何度かエレベーターを見送らなければならないこともありました。

街に出ると「ちょっと通らせてください」「失礼します」など、人に謝る場面も多くなってしまいます。1人用のベビーカーを押していたときには気にならなかった段差や幅に、気を配らなければいけませんでした。

その一方で、外出中には中原さんにとって少しホッとできる時間もありました。

それは小学校に入学した長男が、一人での登校を嫌がったので、付き添って登校することにしたときのこと。わあわあと泣く双子を乗せたベビーカーを押しながら長男と一緒に歩いていたら、登校の見守りをしている高齢者の方が声を掛けてくれたといいます。

【写真】笑顔でインタビューに答えるなかはらみちこさん

中原さん:「あら可愛い!」って声を掛けてくれた方がいたんです。ちょうど双子が泣いて困っていたので、「ありがとうございます。あの、ちょっとだけ見ておいてもらってもいいですか?」と頼んで、抱っこしてもらうことにしました。もう1人も別の見守りの方に預けて、その間にすぐそこの学校まで長男を送り届けて来るようにすると、すごく楽で。

喜んで引き受けてくれて、人を頼ってみることで地域の方との会話が生まれたんです。

双子で目立つからこそ、声を掛けてもらうきっかけが生まれたのでしょう。ほんの数分の出来事でしたが、中原さんにとっては少し負担が軽くなり、人の温かさに気付くことのできる機会になりました。

「子どもを自転車に乗せて走るのが怖い」と外出が億劫に

外出したときの人とのかかわりが、忙しい日常の癒しになったこともあり、中原さんは子どもたちと外に出かけることが好きでした。

【写真】なかはらみちこさんの3人の息子さんが観覧車をバックに笑顔で写っている

生後6か月になり、双子の子どもたちが座れるようになった頃、長男も連れてみんなで公園へ。自然に触れながら遊び、兄弟3人が仲良くベンチに並んで腰掛けている様子を見たときは、温かい気持ちで満たされていくように感じました。

しかし、子どもが成長して活発になるにつれて、外出から足が遠ざかってしまいます。

それは、ある日のこと。双子を自転車に乗せて走ろうとしたところ、重さでバランスを崩してしまい、転んでしまったのです。それが2回も続きました。幸いケガはなかったものの、子どもたちに怖い思いをさせてしまったことがトラウマとなり、自転車に乗せることができなくなってしまったのです。

公園やその他の場所は、徒歩で行くには遠い道のり。中原さんは、ベビーカーを押すことに疲れてしまい、しだいに「これなら外出しない方がましではないか」と引きこもりがちになったのです。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるなかはらみちこさん

中原さん:このくらいのときは自転車に乗って公園に行ったなあ、この年で水泳を習わせてあげたなあ、など長男のときの思い出があるから、子どもが楽しめる体験をたくさんさせてあげたかった。なのに、させてあげられない自分にもどかしさを感じていました。

コミュニティにも入れず、渦巻く「母親失格だ」という気持ち

中原さんは何度も外出する努力をしました。家でいるばかりではよくない、人との繋がりを作ろうと、双子の親が集まるサークルにも参加してみます。しかし、なかなか場の空気に馴染めませんでした。

中原さん:このときの経験から、双子だからといって、どんな双子ママとも仲良くできるというわけではないということを知りました。

それなら別の場所へと、子どもが遊べるスペースを開放している施設にも行きました。来ているお母さんもみんな親切で、保育士の先生が常駐していて子どもを見てくれるので、中原さんはとても気に入って「また行きたい」と思っていたそうです。

けれど、子どもたちに準備をさせて出発するだけでも疲れ果ててしまい、徒歩で向かう道のりは実際の距離よりもずっと遠く感じてしまいます。スペースで遊んだ後には、ママ友と子どもたちみんなでランチに行こうという流れになるものの、中原さんは移動がスムーズにできないため遠慮して断るように。そうしたことが重なって、また外出から足が遠のいてしまいました。

【写真】少し辛そうな表情をするなかはらみちこさん

中原さん:ちょっとしたお出かけやみんなと一緒の行動ができないと、自己嫌悪になるんです。双子でなくても、子ども2人を乗せて自転車で走っているお母さんはたくさんいるのに、なんで私はできないんだろうって。この子たちに多くの体験や見聞きする機会を与えられない私は、母親失格だと思いました。

外に出なければ、地域の人たちとのかかわりも得られません。気分転換もできなくなって、中原さんの心はふさぎ込んでいきました。

あのとき、あんなに願って双子の命を授かったのに、私は一体何をしているんだろう…。

【写真】インタビューに答えるなかはらみちこさん

そんな自分を責める気持ちだけが、心の中で渦巻くように大きくなっていったのです。

「そうだ!乗れる自転車を作ろう」という発想の転換

外出がどんどん億劫になってしまっていたとき、ふとしたきっかけが中原さんの視点を変えることになります。

それは、外出が苦手になってしまった原因である自転車に不満を募らせていたときのこと。

そもそも自転車はなんで二輪なの。安定性が悪いし、腕だけで支えるなんて無理に決まってる。

そうつぶやいてみて、中原さんは気付いたのです。

中原さん:ふと、「安定性が高くて倒れない自転車に乗ればいいんだ…!」と思いました。そういった双子用の自転車があるかもしれないって。

怒っていても何も変わらないし、こうなってほしいという理想が明確にあるんだから解決法を探そう、と気持ちが切り替わったんだと思います。

【写真】微笑んでインタビューに答えるなかはらみちこさん

早速インターネットで調べますが、双子用の自転車はなかなか見つからず、やっと見つけたのは海外でつくられたもの。ただ、サイズが大きくて日本では軽車両扱いになってしまい、車道を走らなければいけないので、危なくて乗ることはできません。(日本では、道路交通法で普通自転車は車長190cm以下、車幅60cm以下と規定されています)

今ないのならば、これから作り出せばいい!

そう思った中原さんは、自転車の製造を行っているメーカーにかたっぱしから連絡をしました。しかし、なかなか期待した返事は得られません。

中原さん:「そんな自転車は作れない」という回答ばかりでした。とあるメーカーの方に「無責任なことを言うな!世の中に無いものは、ニーズが無かったり、技術的に難しかったり、理由があって無いんだから簡単に作れるわけがないだろう!」と怒られたときは、さすがに落ち込みました。

弱気になったときは、試作機に乗ったときの楽しかった思い出が原動力に

それでもめげずに、中原さんは行動を続けます。門前払いされず話を聞いてもらうために、まずは試作品を作ろうと思い付きました。

中原さんが欲しかったのは安定性のある三輪の自転車。そこで、自転車メーカーではなく、三輪のリアカーを開発しているリアカーメーカーに掛け合うことに。しかし、すぐに断りの返事がメールで届きました。

それでも、中原さんは諦めません。先方の担当者が大阪出張に来ると聞いて「1時間だけでいいから話をさせてもらえないか」とアタックをします。その1時間の中で、中原さんは双子の子どもたちを連れて移動する際の切実な課題を伝えました。そのかいがあって、なんと開発を引き受けてもらえることになったのです。何度も試行錯誤しながらの開発を続けた末、3ヶ月たって念願の試作機が完成しました。

試作機が中原さんの元に届いたとき、双子の子どもたちは幼稚園の年少の年。最初に双子用の自転車を探し始めたときから、すでに3年が経っていました。

中原さんは、さっそく2人を乗せて自転車を漕ぎだしてみます。すると、成長した双子の子どもたちを乗せていても、スイスイと漕ぐことができました。子どもたちを乗せて自転車で走った時間は、これまでの苦い思い出をかき消してくれるほどに、楽しい体験でした。

中原さん:二輪のものよりずっと楽に感じて、外を走れることが楽しくてたまりませんでした。それから、子どもたちに水泳を習いに行かせてあげることや、いろんな場所へ一緒にお出かけすることができるようになりました。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるなかはらみちこさん

自転車で自由に移動できる楽しみを感じる一方で、課題も見えてきます。たとえば、タイヤの幅が狭いために安定性がいまひとつ足りないこと、カーブのときに車体が傾くと少し安定性が悪くなってしまうこと。

これらの課題の解決は、これまでお願いしていたリアカーメーカーでは難しいことがわかりました。そこでやむを得ず、中原さんは浮かび上がってきた課題を整理して、もう一度さまざまなメーカーに商品化の依頼を掛け合うことになったのです。

門前払いされてしまった反省を生かして、「ビジネスの場なんだから賢くしゃべらないと」と、事業計画を作り、双子の出生率や双子用ベビーカーの売上状況などのデータをまとめて、プレゼンに臨みます。しかし、そのようなプレゼンをすると、商談はピリリとした空気に。企業には開口一番「売上はいくら見込めるんですか?」と言われてしまって、なかなか前に進みません。

同じ頃、中原さんはブログやTwitterを開設して、双子専用の自転車の必要性について発信を始めました。しかし、最初は反応はほとんど無かったといいます。

みんな、あるものの中でそつなくやっているのに、なんで自分だけできないんだろう。

なぜ自分は不平不満ばっかり言ってしまうんだろう。

うまくいかないことばかりで、中原さんの心の中には自分を責める気持ちが湧いてきたこともありました。しかし、落ち込みそうなときに前へと背中を押してくれたのは、試作機に乗ったときの、気分が高揚するような楽しい記憶でした。

【写真】涙ぐんでインタビューに答えるなかはらみちこさん

中原さん:みんなきっと、無いからあるもので済ませているだけで、求めていないわけではないと思ったんです。困ってる人や、当たり前すぎて声を上げない人はたくさんいるはずだからこそ、私がニーズの顕在化をするしかないと。

中原さんはそう信じて、もう一度自分を奮い立たせました。

できあがった「ふたごじてんしゃ」

諦めず、メーカーへアタックを続けるにあたって、これまでのやり方から何かを変えてみなければと思い、中原さんが決めたこと。それは、自分の切実な悩みや実現したいビジョンを素直に伝えようということでした。

中原さん:これまで無かったものだから、売上がどうなるかの予測を立てることは正直できません。ただ、私自身が試作機に乗ってみて感じた、「こういうものがあったら便利だ」「ふさぎ込んでいた気持ちから解放された」ということなら実感を込めて話すことができます。この気持ちに賛同してくれる企業が、必ずあるはず。そう信じていました。

率直な思いを伝え始めた中原さん。そのときに中原さんの活動を知って興味を持ってくれたのが、現在のふたごじてんしゃの製造販売元であるオージーケー技研株式会社(以下、OGK技研)でした。OGK技研は、自転車のチャイルドシートなどを製造しているメーカー。中原さんもOGK技研の製品をかつて愛用していました。

いつもなら、商談は「実現は難しい」「前例が無い」「いくら儲かるのだろうか」といった会話から始まってしまいます。しかし、OGK技研との商談は、専務と担当者がアンケート1つひとつに目を通してくれるところからスタートしたのです。

そのアンケートは、中原さんがいろんな場所に足を運んで少しずつ集めた、双子のお母さんの悩みや意見を聞いたもの。世の中にはたくさん双子のお母さんがいること。双子のお母さんが困っている状況があること。そうした事実をまずしっかり知ろうとして、わからないことはその場で中原さんに質問をしてくれたのだといいます。

商品開発の意義と必要性を知った上で、開発に取り組もうとしてくれている。ぜひこの会社にお願いしたい!

中原さんはそう強く思いました。

そこから、OGK技研との開発が始まります。しかし、開発もスムーズに進んだわけではありません。日本で初めての取り組みなので、OGK技研にとっても試行錯誤の連続。どんなリスクが起きる可能性があって、どうやって安全な乗り方を広めていくのか、そういったことを1つひとつ確認しながら、話し合いが続きます。途中工程で中原さんから何度もフィードバックをしたり、搭載する機能の実装に時間がかかったりして、当初の販売予定時期から数回延期もありました。そのたびに、ふたごじてんしゃの必要性を再確認しながら、二人三脚で開発を進めたのです。

そして、ようやく「ふたごじてんしゃ」は完成しました。「双子の子どもたちを連れていても、安全に楽しく外へ出かけられるように」と思い、動き始めてから7年。やっと、中原さんの思いが叶いました。2018年5月末からは、OGK技研から一般販売を行う予定です。

機能性や安全性はもちろん、デザインにもこだわりが

ふたごじてんしゃは、子どもが座る椅子の高さをできるだけ下げたこと、後輪のタイヤ間を広げることで、安定感の高い仕様になっています。車長190cm以下、車幅60cm以下に収まっているため、もちろん普通自転車として歩道を走ることができます。

【写真】ふたごじてんしゃと笑顔のなかはらみちこさん

また、サドルも通常の自転車より低めに設定。実は、かつての中原さんのように、一般の自転車に子ども2人を乗せて転んでしまうお母さんには、小柄な方が多いのだそうです。そんなお母さんたちにとっても、またぎやすく安定性の高い自転車になっています。

これだけの機能を揃えているのにとてもコンパクトで、カラーを3色の中から選べるのも、うれしいポイントです。

色は3色あります

中原さん:自転車はママにとっての相棒であるからこそ、「可愛い!」とか「これに乗りたい!」と思ってもらいたいんです。
子どもを乗せて自転車で街を走るときも、お母さんたちには可愛くあってほしい。自転車に乗る体験そのものが楽しくなるようにとデザインにはこだわりました。

ふたごじてんしゃは試作品の完成後、東京や大阪で試乗会を開いています。試乗会に来た方は、「これに乗ってなら私も出掛けられる!」と喜んでくれるのだそう。

【写真】ふたごじてんしゃに二人の子供を乗せて体験するお母さん

中原さん:双子ママの悩みは切実です。「耳鼻科が遠いからいつも近くの内科で済ましていたけど、ふたごじてんしゃがあれば耳鼻科まで連れて行ける」とか、「夏は炎天下の中、幼稚園まで30分ほど歩いていたけれど、これですいすい送り迎えができる」など、みんな日常の外出が楽になることをまず喜んでくれます。

開発途中、「こんな悩みを持っているのは自分ひとりかもしれない」と中原さんは孤独感を感じていました。今となっては、あの頃の自分と同じような悩みを持ったお母さんたちの、安心した笑顔が周りに溢れています。

「相談相手がいない」という悩みを持つ双子の親も多い

中原さんが手掛けているのは、ふたごじてんしゃを広めて双子のお母さんの移動にまつわる悩みを解消することだけではありません。双子の子育てをした先輩として、日々双子の親のさまざまな悩みに寄り添っています。

ふたごじてんしゃの試乗会の際には、お母さんへ双子の育児における悩みのヒアリングを行う“アセスメント”を実施。これまで1000人以上のお母さんに話を聞いてきました。

双子のお母さんにとっては、物を買うときや習い事をさせるときなどに、経済的な負担が2倍になるという悩みも切実です。しかし、なにより深刻なのは「相談相手がいない」という悩みだといいます。

中原さん:双子のお母さんは、疲れていればいるほど、1人の子どもを育てているお母さんの悩みや愚痴を聞いたときに、心のどこかで「私なんてその2倍だよ」と思ってしまうことがあります。そんな自分に自己嫌悪になって、集まりからも足が遠のいてしまいます。

一方で、1人の子どもを育てるお母さんも「双子を育てるのは自分より大変に違いないから、この人の前では愚痴が言えない」と遠慮し合う関係になってしまうんです。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるなかはらみちこさん

こうして周囲の人と溝ができてしまい、孤立してしまうお母さんも多いといいます。

育児も大変、移動も大変。そして「大変」の一言さえ言う場が無いことは、つらくてたまらないでしょう。

たとえば私が街中で双子のお母さんを見つけたときに、どのような手助けができるのか、中原さんに聞いてみました。

中原さん:車椅子とは違うので、駅で困っていても駅員さんに介助してもらえることはなかなかありません。だから、段差の昇り降りなどに少し手を貸してもらえるだけでも本当に助かります。

あとは、「頑張ってるね」とか「ちゃんと寝れてる?」などの言葉を掛けられると、お母さんは不安や心細さが少し和らぐのではないかと思いますよ。

ちょっとした手助けと声掛けで、お母さんたちの孤独感を癒せることがあるのかもしれません。周りに対して申し訳なく思ったり、子育てが大変で心が折れそうになったり。お母さんたちがそんな気持ちになったとき、少しでも寄り添うことができればと思います。

「双子がいるから出掛けられない」心まで不自由にしてしまうその発想を無くしたい

中原さんは、ふたごじてんしゃが完成した後も、社会福祉士の資格を取得するなど、すでに次の目標に向けての行動を始めています。

最近では、より多く家庭がふたごじてんしゃを利用できるように、手頃な価格でレンタルを行う事業を実現できないかと構想しているそう。他にもまだまだ挑戦したいことがあるといいます。

中原さん:今は、6歳までの子どもしか自転車に乗せられない道路交通法上のルールがあります。発達障害のある小学生の子どもを連れているお母さんの中には、登下校の送迎で苦労されている方も。また、公共交通機関を利用しづらいお子さんもいます。誰もが自分らしく生きる機会が得られるよう、自転車だからできる課題解決に取り組みたいです。

“双子”という軸だけでなく“スムーズな移動”という軸で支援の幅を広げていきたい。それが中原さんの思いです。こうして前へと進み続けられるのは、自由に移動できることが心の自由に繋がることを知っているからなのでしょう。

中原さん:かつての自分も抱いていた、「双子がいるから、子育てをしているから、出かけられない」という考えを無くしたいと思っています。親だからということを理由に、自分の心を縛り付けないでほしい。どんなときだって、お母さんは「ここに行きたい」「こんな自分になりたい」って理想を持っていいんだよと、伝えていきたいです。

きっと子どもたちだって、心に余裕を持って毎日を楽しむお母さんを見ていたいはず。

【写真】なかはらみちこさんの双子の息子の幼少期の頃の写真

中原さんは、これからもお母さんが一歩を踏み出すためのお手伝いを続けていきます。

「双子のこどもたちが、できない自分に寛容になることも教えてくれた」

中原さん:双子を育てることは大変だったけれど、もし子どもを授かる前に戻るとしても、また双子を生み育てたいと思います。だって、今ならもっとうまく育てられると思うから。

それに、保育園や幼稚園や小学校に入るときはいつも、双子の子どもたちの間には「相方がいるからどんな場所でも大丈夫、やっていける!」という安心感が芽生えているように感じて、親としても心強いんですよ。

【写真】微笑んでインタビューに答えるなかはらみちこさん

このように話す中原さんですが、子どもたちが3歳になる頃までは本当にしんどくて「このままでは子どもを傷付けてしまうかもしれない」と行政の窓口に駆け込んだこともありました。だんだんと子どもたち自身の力でできることが増えてやっと、少しずつ楽になってきたそうです。

大変だった双子の育児。今でも笑い話にはできないけれど、中原さんは双子の子どもたちから教わったことがあります。

中原さん:長男を育てているときは、ついつい「あの育て方でよかったのかな」とか「もっとこうしておけばよかった」と気にしがちでした。けれど、双子は、同じものを食べさせて、同じ時間に寝かせて、同じような言葉掛けをしても、まったく違う性格に育ったんです。そんな2人を見ていると「親の頑張りなんてきっかけでしかなくて、その子自身の持ってるものの方がずっと大きいんだ」って思えました。

育児の壁にぶつかったからこそ知った「自分だけの力ではどうにもならないこともある」ということ。そして「だからこそ、まずは自分ができることを精一杯やろう」という考え方。それが、事業を前進させる今の中原さんの姿勢に繋がっているのでしょう。

ふたごじてんしゃが、双子家族の楽しい外出をサポートするものになりますように

子どもの頃のお出かけの記憶は、大人になっても自分の中に残っているものです。私は不思議と、連れて行ってもらった場所だけでなく、その道中の風景さえも心に刻まれています。

これから、ふたごじてんしゃが広がっていけば、今までよりもっといろんな場所に連れて行ってもらえる子どもたちが増えるはず。彼らの記憶には、楽しかったお出かけの思い出が残ることでしょう。そして何より、いきいきと自転車を漕いで自分を遠くまで連れて行ってくれる親の姿は、頼もしく、眩しく、子どもたちの心に焼き付くのではないでしょうか。

【写真】笑顔でインタビューに答えるなかはらみちこさん

中原さん:双子の数は昔から変わっていないのに、「双子って増えた?」って言われる機会が増えてるんです。なぜなら、双子ベビーカーの種類が増えたことで、出掛けられる家族が増えたから。

ベビーカーを卒業した後の家族も楽しく外出できるように、ふたごじてんしゃが広がればいいなと思います。

きっとこれから、ふたごじてんしゃを街でも見掛ける機会が増えていきます。もし乗っている親子を見つけたら、「乗り心地はどうですか?」「どこへお出掛けですか?」と声を掛けてみようと思います。

「行かなきゃ」から「行きたい」に。
「外出するのが面倒だな」から「自転車で今日はどこへ出掛けよう」に。

たくさんの親子の笑顔を乗せて、ふたごじてんしゃは走り始めます。

【写真】ふたごじてんしゃに乗って街道を走るなかはらみちこさん

ふたごじてんしゃは、2018年5月31日から販売開始です!ふたごじてんしゃのWebサイトでアセスメント(購入前診断)を行った後に、購入していただけるようになります。

関連情報:
株式会社ふたごじてんしゃ ホームページ

(写真/向 直弥)