【写真】笑顔でインタビューに答えるはやししんごさん

あなたが苦しいときは、私も苦しい。あなたが笑顔のときは、私も笑顔になる

これは、私の家族への思いです。親や夫、兄弟。彼らの苦しい気持ちは、たとえ言葉に出さなくても、見えない何かを通じて、伝わってくるもの。

そして、家族に笑顔が戻ると、霧が晴れるように嬉しく感じます。

大切なひとには笑顔でいてほしい。けれど、人は笑顔のときばかりではありません。だからこそ、しんどいとき、頼れる家族が近くにいるという安心感はかけがえのないものであり、笑顔を取り戻すための大きな支えになると思います。

でも、誰かを支える人も、支えてばかりでは疲れてしまいます。今、必要とされているのは、「支えている人を支える」というサポートや、その人たちを思いやる優しい気持ちなのかもしれません。

今回お話を伺った林晋吾さんは、うつ病患者の家族向けコミュニティサイト「encourage」の創設者です。

社会のなかで、まだまだ見えにくいうつ病患者の家族が抱える課題を見つけ、「支える人にこそ、支えが必要」と立ち上がった林さんに、これまでの経験やうつ病患者の家族への思いなどを伺いました。

うつ病患者の家族を取り巻く循環をより良いものに

林さんが立ち上げたencourageは、うつ病患者の家族向けコミュニティサイト。家族同士が、不安な気持ちを共有し、相談しあうことで抱えている孤独を緩和し、共に進むことを目的としています。

うつ病を患った人は、病気の症状や、うつ病が今後の生活に与える影響など、数えきれない悩みや不安に直面します。

また、それは本人を大切に思い、サポートしているうつ病患者の家族も同様です。その悩みや不安をどこにも打ち明けることができず、孤独を抱えてしまう方が多いと林さんは話します。

そこで着目したのが、うつ病患者の家族を取り巻く循環です。それをより良いものに変えていけるようなサービスを作りたいと思ったんです。

家族を取り巻く循環とは、うつ病患者をサポートするうえで、うまくいかずに悩みが増え続け、家族が孤独になってしまうこと。家族間の関係がよくない状況になると、うつ病患者本人の症状悪化につながることもあります。

でも、家族が安心して相談したり、アドバイスを得る場所を持つことで、孤独や不安が緩和され、よりよいサポートが可能になります。それがうつ病患者本人の症状安定や再発予防へとつながっていくのです。つまりこれがencourageの目指す、より良い循環です。

うつ病家族が置かれている困難な状況に、encourageを通して寄り添おうとしている林さん。そんな林さん自身も、かつてうつ病やパニック障害で苦しんだ経験がありました。

多忙な仕事とプレッシャーから、うつ病を発症

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるはやししんごさん

林さんがパニック障害やうつ病に苦しみ、encourageを立ち上げるまでのストーリーは、以前soarでも紹介しています。

大学を卒業した林さんは金融関連の会社に就職。計7年間在籍しましたが、最初の赴任地である静岡から東京の本社に異動し、新しいセクションで仕事を始めた頃に体調を崩してしまいます。

上司を始め、まわりから期待されていることを感じていたので、それに応えなければと、必死に仕事をこなしていました。キャパを越えていると自覚はあったものの、評価が下がるのか怖くてそれを口にすることができなかったんです。

期待するがゆえに、上司の林さんへの指導は厳しいものに。それでも、その期待に応えるため、経験したことのない業務内容をなんとかやり遂げようと林さんは一生懸命でした。

そんな毎日を過ごしているうちに、電車に乗るのがしんどくなったり、新聞や本を読んでも頭に入らなかったりと、「あれ、何かおかしいな」と感じるようになったといいます。

そしてある日、電車のなかで酷い動悸やめまい、息苦しさなどのパニック発作に襲われた林さん。「これは病院にかからなくては」と心療内科を受診し、「パニック障害」と診断されました。

そう診断されたことで、心底ほっとしました。当時は、少し調子が悪いくらいでは休みたいと言えなかったんです。病名がついたことで、やっと自分に休んでもいいと許しを出すことができたのだと思います。

2週間休養を取った後、林さんは仕事に復帰し、薬を服用しながら働いていました。ですが、1年ほど経った頃、仕事でミスをしてしまいます。

ミス自体は誰かに大きな迷惑をかけるものではなかったのにも関わらず、気持ちが沈み、眠れない、食事がとれないという状況に。主治医から、うつ病という診断を受けた林さんは、再度休職をすることになりました。

最初は休職をしたのですが、働いてもいないのに傷病手当が入ってくることにも罪悪感を感じてしまって…。これ以上会社に在籍しても迷惑をかけるだけだと考えて、退職を決めました。

「うつ病で苦しむ人の力になりたい」という思いから起業を決意

【写真】インタビューに答えるはやししんごさん

林さんが転職活動を始め、新しい会社に就職したのは、仕事を辞めて半年ほどが経った頃。会社を辞めた直後は記憶がないほど、体が欲するがままに休むことを最優先していました。でも、体調が落ち着くとともに、徐々に焦りや不安が生まれていったといいます。

体調が落ち着いたとはいえ、働けるのかと不安がありました。でも、早くどこかの会社に籍を置かなければ。二度と社会に戻れなくなる。…と、とにかく焦って転職活動をして、最初に決まった企業に対してコンサルティングを行う会社に入社しました。

気持ち新たに入社した会社ですが、2年で退職。その後も転職は成功するものの、退職を繰り返してしまったのだそう。

結局自分を入れる箱である会社が変わっただけで、自分は何も変わってなかったんです。だから同じことを繰り返しているんだ、ということにここでようやく気付くことができました。

「できない奴だという評価を受けたくない」「期待を裏切りたくない」そんな思いから、たとえ自分のキャパを越えていたとしても仕事を断ることができなかったと、林さんは振り返ります。

キャパを越えた仕事を続けることで、ミスをしてしまったり、思わしくない評価を受けたり、怒られる。それによって自分には価値がない、迷惑ばかりかけてしまう存在だと落ち込んでしまう…このループのなかで、「このままではいけない」と考えるようになりました。

キャパを越えたときに、セーブしたり、助けを求めたりすることを、当時は「後退」だと思っていたんです。当時も、もし僕から「しんどい」と言えていたら、手を差し伸べてくれる人がいたんですよね。それに気づいていなかっただけで。

林さんは、もっと自分と向き合いたい。そして自分らしく働ける場所を自分の手で作りたいと考え始めるように。それと同時に、自分のようにうつ病の再発で苦しんでいる人の力になりたい、事業を通してそういった課題を解決していきたいと起業を決意しました。

体力的にも精神的にも、無理せずにスタートできるように、最初は会社にも所属。週3回はそこで働き、体調を整えながら自分のペースで起業の準備を進めました。

それは、キャパを越えても仕事を断れずにうつ病の再発を繰り返してしまうという経験があったからこそできた、自分らしい選択でした。

さまざまな問題を抱える「うつ病患者の家族」をサポート

【写真】微笑んでインタビューに答えるはやししんごさん

当初は、自分のようにうつ病やその再発に苦しんでいる当事者向けのサービスを立ち上げることを考えていた林さん。でも、当事者へのサポートは少ないながらも存在していることに気づきます。

そこで、起業するにあたり、うつ病を経験した人たちへのヒアリングを開始。再発を繰り返している人も多いなか、短い期間で回復している人との出会いもありました。

経過が順調な人に話を聞くと、家族との関係がよかったというエピソードが多かったんです。それを聞いて、うつ病と向き合ううえで、家族との関わりはとても重要な部分なのではないかと考え始めました。

また、家族としてうつ病患者を支えた経験がある人に話を聞くと、何をすればいいのか、どこで相談できるのか分からない、など多くの問題を抱えていることが分かったのです。

さまざまな人から話を聞くなかで、仲の良い夫婦だったのに、うつ病にかかったことで関係にひずみができ、離婚してしまうなど、人生に関わる大きな出来事に発展したというケースも耳にしました。

「支え合いたい」という気持ちがあったはずの夫婦が、別れを選択せざるを得ない状況になるほど、つらいことはありません。もしうつ病患者本人だけではなく、家族もサポートが受けられる場所があったとしたら、別の未来があったのかもしれません。

そこで林さんは、うつ病患者の家族に着目したサービスを探してみましたが、見つけることはできませんでした。

【写真】インタビューに答えるはやししんごさんとライターのあきさだみほさん

うつ病患者の家族が抱える課題は、なかなか見えづらい部分なので、社会のなかでまだ認識されていないんですね。でも、そのニーズに応えるサービスって絶対に必要だと思ったんです。

そうして、林さんは、うつ病患者の家族向けコミュニティサイトencourageを立ち上げました。

利用者だけの閉じられた空間だからこその安心感

encourageは、利用者がそれぞれのアカウントを持ち、利用者同士で質問をしたり、相談ができるWEB上の掲示板です。その投稿内容は、日常的な話題や各種制度についてなど、多岐にわたります。

また、精神保健福祉士、社会保険労務士、産業医、臨床心理士、薬剤師の資格を持った専門家もencourageの運営に参加。それぞれの知見を活かし、利用者の質問や相談に専門家として回答することもあるといいます。

TwitterなどのSNSで、不安を吐露したり、同じ境遇の人を見つけて悩みを相談しあっているうつ病患者の家族もいるそうですが、何千万人もの人が利用しているSNSのなかで、自分と同じ立場の人とつながることは決して簡単ではありません。

まして、自分の発言内容が専門家の目に留まり、その専門家がアクションをしてくれることはほぼ可能性がないでしょう。

そういったSNSを利用しているうつ病患者の家族のなかには、何かのタイミングで知人や友人にこのアカウントが明るみになり、家族がうつ病であることが知られてしまうのでは、と心配する人も多いのだそう。

それは、意を決してオープンにしたときに、心ない言葉が返ってきたという経験をした家族がいるからだといいます。

encourageには、まずは「閉じられている」という安心感があります。その上で、匿名で同じ立場の利用者と家族ならではの悩みや不安を共有したり、気楽に相談することができるんです。また、経験豊富な専門家からアドバイスを得ることも可能なので、それぞれに合ったスタイルで気軽に利用してもらいたいですね。

最近では、質問や相談をするだけではなく、ただ単に気持ちを吐き出したいという利用者からのリクエストもあるのだとか。

投稿する際に選べるタグは、現在「話したい」と「知りたい」の2つ。でも今後は、「吐き出したい」などのタグを増やすことを検討しているそうです。

近い立場の人だからこそ、支え合うことができる

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるはやししんごさん

利用者の多くは、うつ病の家族をサポートしながら、自分の仕事や家事育児をこなし、週末には地域での役割に時間をさくような、多忙な方々だと林さん。

そのなかでも、自身の立場が妻なのか、母なのかで、悩みやほしい情報は大きく変わります。

encourageには、マイページという機能があり、「患者の妻」や「患者の母」など自分の属性を入力したり、患者の通院状況や「社会復帰準備中」などの活動状況を入力できます。なので、利用者全員がうつ病患者の家族であるという安心感はもちろん、さらに近い立場の人と簡単につながることができるのです。

立場が近い人がつながることで、それぞれの経験に価値をつけることができるようになるんです。似たような境遇にいる人が集まるコミュニティだからこそ、誰かの経験がまたほかの誰かの役に立っている、というケースをよく目にします。

一人で抱えているとネガティブになりがちなことも、それを言葉にして投稿してみると「勇気づけられました!」などのコメントが付くことも。そんなやりとりがencourageでは度々あるといいます。

これまで、つらい気持ちを誰にも相談することができませんでしたが、encourageを利用し始めてから、一人ではない、皆さんと一緒に頑張っていこうと思えるようになりました

encourageの利用者からは、そんな声が届いているそう。思いを打ち明けるだけで、人は救われるだと思います。

自分はサポートされる側でもあると気づいてほしい

うつ病患者の家族の方は、自分はサポートする側の人間、と考えている方がほとんどだといいます。でも、本当は、「うつ病患者の家族もサポートされる側だ」と林さんは話します。

家族の皆さんは、ご自身の仕事や育児、その他いろいろなことをこなしながら、うつ病の方のサポートもしています。そんななかで、不安を持つのは当然のこと。今その立場にいる方には、ご自身がサポートされる側でもあると心に留めておいてほしいです。

家族がうつ病にかかると、早く良くなってほしいという思いから、ケアすることやサポートすることばかりに目がいくようになる人が多いのだとか。

林さんは、うつ病の患者をサポートする家族が、ストレス発散できる場所や時間を作ることがとても大切だと話してくれました。

たとえば、1時間でもカフェに入ってコーヒーを飲みながら読書をする、短い時間でもジムでのトレーニングや習い事などをこれまで通りに続ける。それだけでも、人は肩の荷をほんの少しおろすことができるもの。

困難な状況にいる人が進んでそういった時間を作れるような、周りの声かけやサポートも大切です。

気持ちを受け入れてもらえたときに、人は前に進める

【写真】真剣な表情でパソコンで作業をするはやししんごさん

誰にも打ち明けられない思いを抱えるうつ病患者の家族は、私たちのすぐ近くにいるかもしれません。どうすれば、より多く人が安心して、その思いを口にすることができるようになるのでしょうか。

もし、こんな相談を受けたら、あなたはどんなふうに答えますか?

うつ病の夫が通院をやめてしまった。通院を続けてほしいが、以前それで言いあいになってしまい、言い出すことができない。でも、通院をしない夫を傍観しているのがつらい

もちろん、「これが正解」という答えはありません。でも、一番大切なのはその「つらさ」に共感することではないかと林さんは話します。

encourageでも、参加いただいていている専門家の方に利用者の投稿や質問に回答してもらうことがあるんです。そのときもまずは、つらさを受け止めたり、その人の頑張りをねぎらうことを必ずしてもらっています。

質問や相談に対して、専門家が正しいことを理論的に回答するだけでは、利用者の心に寄り添うことはできないと林さんは考えているのだそう。

自分の気持ちや、つらさ、痛み、しんどさなど…。それを受け入れてもらったときの安心感は、きっと誰もが感じたことがあるはず。それがあってこそ、人はやっとその次に進めるようになるのです。

見えづらい困難を抱えている人が「助けて」と言える社会に向けて

【写真】質問に丁寧に応えてくれるはやししんごさん

encourageを通して林さんが目指しているのは、社会全体を変えていくこと。弱音や助けを求める声を、もっと受け入れられる社会にしたいと話します。

誰かに助けを求めるということは、悪いことではないと思っています。encourageでも、「弱音を吐いてもいいんだ」という気づきのコメントをよく目にします。それはすごく良いことですよね。

まわりからかけられる「旦那さん(奥さん)を支えてあげてね」などの言葉や期待、プレッシャー。そして、自分がしっかりしなくてはという思い。それらが重なって、うつ病患者の家族は気持ちに蓋をしてしまう人が多いといいます。

そうしてそれは、つらいという感情は間違っている、誰かに助けを求めてはいけないんだという考えにつながってしまうのです。

林さん自身も、かつては周囲に助けを求めることができませんでした。そうすることで、相手を困らせてしまうのではないか、相手のなかで自分の評価が落ちてしまうのではと怖かったのだそうです。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるはやししんごさん

でも、今は弱い自分も拒否せず受け入れてくれる人がたくさんいると分かっています。僕の場合は、この人なら大丈夫、という自分なりの安全地帯のなかで、弱さを吐き出す練習をしました。

どんな状態でも、人に助けを求めることは勇気のいること。拒否されたときに受けるダメージを考えると、大変な状況にいる人ほど、さらに大きな勇気が必要でしょう。

私たちが、そんな勇気に寄り添える気持ちを持つこと。この人なら大丈夫だと思ってもらえるような人になること。それが、一人、また一人と広がっていけば、少しずつ優しい社会が実現しそうです。

うつ病で苦しむひとたちと、社会の架け橋に

【写真】笑顔でインタビューに答えるはやししんごさん

encourageはオープンから約半年。林さんの挑戦はまだ始まったばかりです。

将来的には、家族から見た客観的な患者の様子を医療機関と共有して、診療に役立ててもらうなど、今はまだどこにもないサービスを展開していきたいと考えています。

今はうつ病患者本人もその家族も孤立していることが多いと思うんです。なので、encourageが社会とうつ病で苦しむ人との架け橋になるようこれからしっかり育てていきたいと思います。

でも、本当は…と林さんの話は続きます。

特別なコミュニティのなかだけではなく、私たちがこうして生活している社会のなかで、うつ病患者の家族が「一人ではない」と思えるようになるのが一番なんですけどね。

自分を大切にすることが、きっと「良い循環」につながっていく

【写真】笑顔で立っているはやししんごさんとライターのあきさだみほさん

誰かに寄り添う、誰かを支える、誰かをケアする…。それはきっと、その誰かを心から想うからこそできること。

今、まさにうつ病の家族をサポートしている誰かもきっとそうだと思います。でも、家族を想う気持ちと同じくらい、自分のことも大切にしてほしい。なぜなら、その笑顔が「良い循環」をつくって、それが大切な人の笑顔にもきっとつながると思うから。

林さんのお話のなかで、うつ病患者の家族にとって、誰かに相談することはとても難しいという言葉が何度も出てきました。

どうすれば、安心して気持ちを打ち明けられるようになるのだろう。そのために、一体何ができるのだろう、と私はあれからずっと考えています。

確かに、うつ病などの精神疾患は目に見えるものではありません。でも人は、その苦しみを想像したり、気持ちを重ねることができるはずです。

だから私は、うつ病患者の家族が持つつらさや困難を心に留めて、これからも考え続けていきたいと思います。

誰かが勇気を持って「助けて」と声を上げたとき、その思いにそっと気持ちを重ねられるような私でありたいから。

関連情報:
うつ病患者の家族向けコミニュティサイト「encourage」 ホームページ

(写真/馬場加奈子)