【写真】様々な服の前で笑顔で立っているかつまさみきさんと赤ちゃんを抱いているのぐちゆりさん

電車やお店のなかで子どもが泣き出したらどうしよう。働き出したら一緒にいる時間が減って、寂しい思いをさせてしまうのでは。

子どもが生まれてから、そんな不安を抱えて、「お母さんだから」と、仕事や外出、自分のやりたいことを“我慢”するのが当たり前になっていませんか。

私自身も1歳になったばかりの娘の子育てをしていますが、産後100日頃までは授乳が上手くいかず、娘も泣き叫んでいたので、外へ出るのが憚られました。1歳になった今は、逆におっぱいが大好きで、いつどこでも求めてくるので、授乳する場所に困ることがあります。

また、私はフリーランスで、生後7ヶ月頃から本格的に仕事復帰をしていますが、娘が産まれる前は、1,2年は娘とべったり一緒にいたいと思っていました。実際に子育てを始めてみると、娘は想像以上に愛おしく片時も離れたくないと思う一方で、外へ出て働いて、社会とつながりたいという気持ちも湧いてきます。部屋で言葉が通じない赤ちゃんとふたりでいると、「自分」がなくなってしまうような不安や焦りを感じることも。

子どもと一緒にいたい。

外へ出て、仕事をして、社会とつながりたい。

そのどちらかを選択すると、どちらかを“我慢”しなければならず、子育てと仕事の「両立」に悩んでいるお母さんは少なくないと思います。

そんな妊娠中、授乳中、子育て中の女性たちの不安や葛藤に寄り添ってくれるプロダクトと働き方を提案している会社があります。肌が見えない「授乳服」や日本助産師会が推奨する「授乳ブラ」を開発・販売し、「子連れ出勤」を実践する「MO HOUSE(モーハウス)」です。

妊娠中も、授乳中も、子育て中も、すべての女性が自由に輝けるように

私たちはその日、日本初の授乳服の専門店・モーハウス青山店を訪れました。

【写真】商店街にあるモーハウス

【写真】モーハウスの店内の様子。様々な服や雑誌が置いてある

店内には色とりどりの授乳服が並び、店員さんは生後3ヶ月だという赤ちゃんをスリングで抱きかかえて接客をしてくれます。特別なスペースがあるわけでもなく、そこに赤ちゃんがいることが“当たり前”で、何の違和感もありません。

【写真】赤ちゃんを抱いて服を選ぶのぐちゆりさん

私も11ヶ月(取材時)の娘を連れていったのですが、お店の音楽や照明、店員さんの視線、そのすべてが赤ちゃんの存在を自然に受け入れていて、すっと馴染んでいけます。

【写真】笑顔で赤ちゃんを抱いているのぐちゆりさんとライターのとくるりかさん。二人の赤ちゃんがお互いを見ている

実はこの日、“子連れ取材”ということで、移動中に娘の寝かしつけに失敗した私は、途中で泣き出したらどうしよう、と小さな不安を抱えていました。

ところが、お店に入って、試しに授乳服を着させてもらい授乳をした瞬間に、その不安は吹き飛び、緊張が和らぎました。軽くて肌に馴染む授乳服はとても着心地がよく、両脇に縦に入ったスリットから肌を一切見せずに授乳ができ、娘も私の顔が見えるので安心しているよう。

【写真】ライターのとくるりかさんに抱きつく赤ちゃん

普段、外での授乳は、授乳室を探すか、ケープを使っていますが、すぐに授乳室は見つからないし、ケープはいかにも「授乳しています」というサインを送ることになるし、娘も私の顔が見えず閉じ込められるので嫌がります。モーハウスの授乳服ならスリットを少し捲るだけで、たった1秒で、ひと目も気にせず、赤ちゃんとお母さんがいるその場で授乳ができます。まさに、“ウェアラブルな授乳室”。

モーハウスの授乳ブラは、妊娠中から愛用していたのですが、授乳服にまでは手が伸びなかった私。たった1年くらいだし、授乳のために自分の服にお金をかけるという発想がそもそもありませんでした。ワイヤレスでしめつけのないストレスフリーな授乳ブラは手放せないものとなっていますが、授乳服も一度着てみると、授乳ブラと同様、解放感と安心感があって、普段着ている服とは圧倒的な差があります。

【写真】モーハウスの店内の様子。シンプルな壁と木のフローリングが暖かい空気を作り出している

子育ては“我がまま”でいい。

“もっとでかけよう。もっと笑おう。妊娠中も、授乳中も、子育て中も、やりたいことをあなたらしく。すべての人が、いきいきと自由に輝ける”ように。

モーハウスの授乳服にはそんな願いが込められています。

実際に、モーハウスで働く女性たちは生後数ヶ月から、授乳服を着て、外へ出て、自分の仕事をしています。接客をしてくれた店員さんは、生後3ヶ月の息子さんと一緒に出勤していて、店長さんも、もうひとりの店員さんも生後6ヶ月頃から1年ほど、授乳服を着て子連れで店頭に立っていたと言います。この「子連れ出勤」はモーハウスでは“当たり前”の風景。

【写真】子連れで接客をしているモーハウスのスタッフ

妊娠・授乳・子育て中の女性たちの背中を押すモーハウスの「授乳服」、そして「子連れ出勤」はどのようにして生まれ、育まれていったのか。代表取締役の光畑由佳さん、店長の勝政美紀さん、スタッフの野口友梨さんのお話から、モーハウスのヒストリーを紐解きます。

おっぱいをいつでも発動させる補助具、「授乳服」の誕生秘話

モーハウスのはじまりの物語は、今から20年以上前に遡ります。

1997年、夏。光畑さんは生後1ヶ月の次女を連れて、自宅のあるつくば市から都内へ向かう中央線の車内で、“衝撃的な授乳体験”をします。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるみつはたゆかさん

光畑さん:車内で娘が泣き出して、周りの視線を集めたうえで、前開きのシャツのボタンを外して、胸が見える状態で授乳をしてしまったんです。

今、客観的に見ると、車内で子どもが泣くことは大したことじゃないのだけれど、当時は、娘のためにも、周りに迷惑をかけないためにも、どうにかして泣き止ませないと、という気持ちが強くありました。車内で胸を出して授乳をしてしまったというのは、私のなかで大きなインパクトのある出来事でした。

光畑さんは、この時はじめて「子育てをすることの困難さ」を強く意識したと言います。ふと周りを見渡せば、お母さんたちは、外へ出かけることもなく、電車にも乗らない。会う約束をして向かうのは、お互いの家か児童館。無意識のうちに、限られた“子連れで安心して行ける場所”にしか、出向けなくなっている“不自由”がそこにありました。

光畑さん:お母さんたちが喜んで選んでいるのなら問題ないんですが、やっぱりどこかで我慢して、家や児童館以外へ出かけることを選べなくなってしまっている現状がありました。

授乳スペースをつくってほしいとか、女性専用車を設けてほしいとか、誰かにお願いするという発想は私にはなくて、自分で解決する方法を手に入れたいと思い、行き着いたのが授乳服だったんです。

当時の日本には「授乳服」という概念はありませんでした。厳密に言えば、授乳ができると謳われている服はゼロではなかったけれど、“胸の辺りに穴が空いているパジャマ”程度で、光畑さんが求める授乳服とはかけ離れたものでした。光畑さんが授乳服と定義するものは「すばやく授乳ができて、人前でも胸が見えない服」。デザイン性の問題以前に、社会のなかで授乳ができる機能性を携えた服は皆無だったのです。

そこから光畑さんはどうやって「授乳服」に行き着いたのでしょうか。

光畑さん:産前にアメリカからマタニティウェアを取り寄せたことがあって、その時に授乳服の存在は知っていました。必要ないと思ってたんですけど、中央線での授乳後に気になって、取り寄せてみたんですね。

最初は輸入することも考えたんですが、日本人の体型には合わず、私が自信を持って薦められるクオリティではなかったので、オリジナルでつくることにしました。

大学で被服機能を学び、建築にも興味があった光畑さんは、そこで培った知識とセンスを活かして、授乳服のサンプルを仕上げます。生後3ヶ月、衝撃の授乳体験から2ヶ月後には、サンプルを販売した記録が残っているというスピード感。光畑さん自身が求めていた、ということが原動力につながっていたのかもしれません。

光畑さん:私自身が、授乳服を着た瞬間に、解放されたんです。“授乳の心配をしなくていい=なんでもできるし、どこへでも行ける”、と。自分に対する自信を取り戻した感覚がありました。

生まれてすぐの赤ちゃんは、とにかくおっぱいを求めて泣き、その感覚は3時間も空かないほど。出かけることを考えると、移動中含め、やはり授乳はハードルになります。

光畑さん:赤ちゃんが98%泣き止む道具があったとしたら、いくら払います? 私だったら、1万でも2万でも、いや、5万でも10万でも買ったと思います。でも、それって「おっぱい」なんです。おっぱいは赤ちゃんを安心させ、泣き止ますことができる強力なツールだけれど、いつでもどこでもは発動はできない。だから、おっぱいをいつでも発動させるための補助具が必要。それが、授乳服なんです。

“モノコレクター”だったいう光畑さんは、1人目を出産するとき、哺乳瓶からベビーカーまで国内外から、あらゆる育児グッズを取り寄せたそう。でも実際には、そのモノたちはほとんど使うことなく、コレクションになったのだとか。

光畑さん:私はナチュラリストでも母乳至上主義でもなんでもなくて、できればモノで解決したい人間です。あらゆるモノを試したけれど、結局、買わなくても持っているおっぱいと抱っこが最強だったんです。だから、自分が持っているもの(おっぱい)を補うモノ(授乳服)をつくりました。

授乳服で「子育て中の女性と社会をつなげていきたい」法人化の決意

光畑さん自らが求めていた、赤ちゃんを泣き止ませる最強のツール・おっぱいの発動を補う「授乳服」ができたものの、当初はほとんど売れなかったそう。授乳服の価格は1万円程。約一か月分のミルク代と同等価格です。

インターネットが普及していなかった当時、セブンイレブンに入ったばかりのカラーコピー機で印刷をして、版下をつくり、情報誌やミニコミ誌に掲載してもらったり、助産院で開催されるイベントに足を運んで紹介したり。授乳服を届けるための試行錯誤を繰り返す日々。

それでもなかなか、「授乳期間は短いし、これから子どもにお金がかかるから、自分の服にお金なんてかけられない」というお母さんたちの潜在意識としての“我慢”が授乳服を受けいれてはくれません。その“我慢”の壁は今も感じると光畑さんは言います。

光畑さん:外へ出られないのはつらいけど、これから仕事に復帰して稼げるかどうかわからない。自分が1年我慢すれば済むことだから。今でもそう思うお母さんたちは多いですよね。でも、アクティブな女性にとって、1年も外へ出られないのはつらいですよ。私は1ヶ月でさえ、耐えられなかったくらいです。

そんななか、光畑さんと同じように授乳服を着て、“自由”を手にした周りのお母さんたちから、自宅でサロンを開いてみてはどうかという提案が。光畑さんが自宅を開放すると、そこには子育て中で働きに出られず、家にこもっていた女性たちがおしゃべりをしに集まるように。そのうちに、授乳服を試して、少しずつ買ってもらえるサイクルができるようになったと言います。

友人が友人を呼び、サロンに来て授乳服を試す人が増え、ほんの少しずつ、取材や口コミを通して全国へ顧客が広がっていきました。サロンを手伝ってくれたママのアイデアで、お母さんたちが授乳をしながらトークをする「授乳ショー」というユニークなイベントも生まれます。

【写真】インタビューに答えるみつはたゆか さんと赤ちゃんを抱いているライターのとくるりかさん

いろんな方法でアプローチを試して、「100人中1人くらいがその良さに気づいて、購入してくれて、実際に授乳服を着用した人からは百発百中でお礼の手紙が届いた」と言います。たとえば、その内容はこんなふう。

一人目を出産した時は、自分が我慢すればいいし必要ないと思って、授乳服は買わず、すごく大変でした。子育てなんてもう二度としたくないと思っていたれど、二人目ができてしまい、出産をして、上の子がいるから出かけないわけにはいかず、もったいないと思いながらも授乳服を購入しました。実際に着てみたら、一人目と180度違ってものすごく楽になりました。こんなにも子育てが楽になるなら、何人でも産めます。本当にありがとうございます。

モーハウスの授乳服を着たお母さんたちが、子育てが楽になって、外へ出かけて、いきいきする姿を目の当たりにした光畑さんは、お金をもらって感謝される自分の仕事に、大きな喜びを感じたと言います。同時に、もう一つ、発見がありました。それは、モーハウスで働く女性たちの変化です。

光畑さんは当時、「同じお金を払うなら活きる活きるところへ」という思いから、「企業ではなく個人、しかも小さいお子さんがいるお母さんたち」に仕事の依頼をしていました。服の縫製や商品の梱包・発送など、子育ての合間に自宅でできる仕事を自分の身近にいる女性たちに頼んでいたのです。縫製のスキルを持った女性たちは、工場で一つの工程のみを繰り返す単純作業よりも、型紙から1着を仕上げていくモーハウスの仕事に喜びを見出すようになります。

光畑さんご自身が、授乳服を着て自信を取り戻したように、モーハウスの授乳服を着たお客さんやモーハウスで働くスタッフが、いきいきと輝きだす。当時編集の仕事も掛け持ちでしていた光畑さんは、モーハウス1本で仕事をしていくことを決意し、2002年、法人化へ。

子育て中の女性と社会をつなげていきたい。

20年間変わらないモーハウスの思いの原点がここにあります。

「働きながら我が子とずっと一緒にいる」モーハウスの子連れ出勤

2002年に法人化した当初、光畑さん自身もスタッフもみんな子育て中。仕事の現場に子どもを連れてくることは当たり前になっていました。そんなモーハウスの“子連れ出勤”に目をつけたメディアから、立て続けに取材が入ります。そして、その”子連れ出勤”は図らずも、モーハウスの授乳服を世の中に広げるきっかけにもなりました。

光畑さん:自分たちは当たり前のこととしてやっていたのですが、子連れ出勤の取材が2件続いて、これは取材されるようなことなんだと驚きました。取材されるほど珍しいことならば、私たちが子連れで働く姿を見せることで、子育て中の女性たちが解放されるかもしれない。その気づきから、“子連れ出勤”を制度化して、ずっと続けています。

モーハウスの子連れ出勤は、託児所等赤ちゃんが過ごすための特別なスペースがあるわけではなく「お母さんと赤ちゃんがセットで仕事をする」スタイル。赤ちゃんをスリングに入れて抱きかかえ、時に授乳をしながら、つくばにある本社では、PC作業やMTGをするし、青山の店舗では接客もする。お母さんと赤ちゃんが「家庭にいるのと同じ状況を会社にそのまま持ってきた」という感じ。

これまで通り、モーハウスとしては特別なことはしなくても「子連れ出勤」を見せて謳うようになってから、会社やプロダクトへの注目が集まり、さらには、採用の幅が広がったと言います。

光畑さん:普通アパレルという業種なら、その業界に興味のある人か経験者に限られてしまうと思うんですが、“子連れ出勤”をキーワードに集まってくるので、スタッフの前職はバラバラ。編集者にライター、助産師に看護師、歌手にダンサーまで、多彩な人材が集まり、多様な価値観が生まれています。

【写真】微笑んで立っているみつはたゆかさんと赤ちゃんを抱いているのぐちゆりさん

青山店で3ヶ月の息子さんを抱いて接客をしてくれたスタッフの野口友梨さんもそのひとり。動物病院で働いていた野口さんは、子育てメインにしたいと一人目の妊娠時に退職。出産後、赤ちゃんとふたりで家に引きこもっている生活に耐えられず、「子連れ 仕事」でネット検索をしたところ、モーハウスに引っかかり、お店を訪れたそう。

実際に授乳服を着てみたら、着心地が良く、この服を着て子連れで働きたいと、採用に応募。生後6ヶ月から、店舗に立ち、仕事を始めました。その後、2歳になるまで子連れで、保育園に入り二人目が産まれるまでの1年半は単身で、二人目の息子さんが生まれてからは再び子連れで勤務されています。

【写真】赤ちゃんを抱いて笑顔でインタビューに答えるのぐちゆりさん

野口さん:一人目の時は、子どもと一緒にいたいと思って仕事をやめたけど、社会から離されてしまって、子育てだけで1日が終わってしまい、話し相手もいないのでさみしくて。子連れ出勤をするようになってから、誰かと会って話せるし、子育ての不安を先輩ママのスタッフに相談もできるので、子育てが楽になりました。

スタッフやお客さんの間での子育てに関する情報交換は日常茶飯事。はじめての育児はわからないことばかり。育児書に頼らなくとも、日常のなかでリアルタイムで経験者に相談できるのは心強い。

野口さん:何より、働きながら幼い我が子とずっと一緒にいられるのが嬉しいです。

【写真】眠っている赤ちゃんのほっぺを触るのぐちゆりさん

野口さんは週2回のお昼のシフトでお店に立ち、仕事中は基本的には抱っこをして授乳して、眠ったらスリングを解いてベッドに寝かせているそう。仕事をしていても、離れ離れになることなく、赤ちゃんが求めるタイミングで授乳もできる。お母さんにも赤ちゃんにも“我慢”がない。

野口さん:ここで働くと子どもを産みたくなるんです。一人でも十分可愛かったので、正直二人目はいらないと思ってたんですけど、モーハウスで子連れ出勤の新生児を見ていたら、また産みたくなっちゃって、二人目を妊娠しました。不思議な連鎖があって、スタッフの誰かしらが妊娠しているんですよ。

モーハウスに少子化はどこ吹く風。青山の店舗では現在、スタッフ13人中半分以上が子連れ出勤中で、ほかのスタッフも妊娠中や子連れ出勤の経験者ばかりだと言います。

子育ても仕事もひとりで抱え込まず、頼り頼られ、チームで回す

それでもやっぱり、子どもを連れて仕事をすることにはデメリットもありそうだし、それを補う工夫も必要なはず。青山店の店長・勝政さんにその疑問をぶつけてみました。

【写真】笑顔でインタビューに答えるかつまさみきさん

勝政さん︰もちろん子育て中のママたちは、子どものお熱などを理由に出勤ができなくなるケースもあるので、その時に、誰かがフォローに入れるようにスタッフの頭数は多めにしています。子どもの体調が悪くなりそうな時には早めにSOSを出してもらうようにして、お互いにフォローできる体制を整えて支え合っています。

お母さんたちは”我慢”することに慣れていて、ついぎりぎりまで頑張ってひとりで抱えこんじゃうんですが、大事なのは人に頼ること。もちろん、子連れ出勤中は、自分の子は自分で目をかけるというのが基本のルールです。

子育ては人任せにせず、子連れが理由で仕事ができないというのはもってのほか。子育てと自分の仕事に責任を持ちながらも、困った時は素直にSOSを出して、お互いに助け合う。

野口さん︰子どもは突然熱を出したり、予測不能なことが多々ありますが、SOSを出せば誰かしらが助けてくれるので、子連れでも大丈夫だと思える安心感があります。

頼り頼られ“お互い様”の関係性のなかで、育児も仕事もひとりで抱え込まず、チームで回していく。もちろん会社としても、子連れ出勤は“言い訳”にはなりません。事実、勝政さんが店長になって10年間、台風などの自然災害以外でお店を閉めたことは一度もないと言います。

勝政さん︰東日本大震災の時もお店を閉めたのは1日だけなんです。不安を抱えた近所のお母さんたちが駆け込める場所であるように、スタッフはスカイプでやりとりをして、代表自ら店頭に立ってくれて、お店を開けていました。


モーハウスのお店は、光畑さんが自宅を開放していた時と同じように、今でも、子育て中の女性たちが集まるサロンの役割を果たしています。

勝政さん︰普段から、病院に行くほどじゃないけど、子どものことで悩んでいるお母さんたちが相談に来ることもあります。スタッフは子育て経験者が多いので、誰かに背中を押してほしいという時に気軽に来てもらえたらと思っています。赤ちゃんがいると出かけられないと思っている方に、外へ出るきっかけをつくりたいので、店内でのイベントも開催しています。

青山店では、たとえば「ママとベビーの抱っこ・おんぶ講座」「子どもが光る、あったかいしかり方&ほめ方」「授乳服de授乳フォト撮影会」「はじめてのおもちゃ・絵本選び講座」」など、プレママ&ママたちに向けたイベントが頻繁に開催されています。

【写真】イベントのカレンダー。週に何度もイベントが開催されている

勝政さん︰うちは保育はないので、講座に参加されるお客様も基本的には自分で子どもを見てもらいます。もちろんスタッフの手が空いていればサポートはさせてもらいますが、預けるという感覚ではなく、一緒に来る。子連れで、今日はこのイベントに来られた、こんなことができた、次はここまで行ってみよう、とお母さんたちが自信を取り戻して、子育てが楽しいものになったら。

つい先日も青山店に、授乳服を着て子連れでモロッコを旅したというお客さんから、写真付きでお礼のお手紙が届いたそう。取材中も、立ち寄ったお客さんと店員さんが「お久しぶりです〜」と嬉しそうに手を合わせていた姿が見られました。授乳服を「卒業」したお客さんが、ギフトを求めて、成長したお子さんとお店を訪れてくれることもあると言います。

授乳服を愛用するお客さんやスタッフは、授乳服の卒業、つまり「卒乳」のタイミングが遅いのも特徴的。スタッフの野口さんは、二人目を妊娠する3歳9ヶ月頃まで、店長の勝政さんは4歳まで授乳をしていたそう。1歳を過ぎた頃には「断乳」をしようと思っていた私には、衝撃的でした。

勝政さん︰私もモーハウスの授乳服がなかったら1歳でやめてたと思います。夜の授乳も日中に授乳室を探すのも大変だし。でも授乳服があれば、夜中もセルフで飲んでくれるし、日中もその場が授乳室になるので、長い期間授乳ができます。長いと言っても振り返れば短いですし。

うちの息子は、会話ができる4歳まで飲んでいたので「おいしい」「空っぽ」とか言うんですよ。「なんでそんなにおっぱいが好きなの?」って聞いたら「安心ちゅる」って。心の栄養になっているんだなあと。かわいいし、無理やり引き離すことはできないですよ。

勝政さんの息子さんは、モーハウスがチャリティーでつくったさまざまな授乳姿勢が描かれた手ぬぐいを見て、「今日はこの飲み方がいい」と指定してくることもあったそう。なんともかわいい。モーハウスで働くお母さんたちの”自分らしい子育て”は、勝手に思い込んでいた”子育ての当たり前”から解放してくれます。

授乳服だけでなく、モーハウスの子連れ出勤にも「卒業」があります。大通りに面する青山店であれば、子どもが歩けるようになり、外に出られるようになるタイミング。会社としての規定は1歳半頃としているけれど、子どもの成長は個々人で異なるので、状況を見て、相談して決めるそう。子連れ出勤を「卒業」したスタッフは、子どもを保育園等に預けて前職に戻ることもあれば、モーハウスで単身で働くこともあるし、事業を起こしてモーハウスにイベント等の提案にくることもあるそう。卒業したメンバーが集まって、成長した子どもたちが再会することも。

モーハウスの授乳服や子連れ出勤を「卒業」したからと言って、関係性がそこで終わるわけでありません。子育て中のお母さんにとって、家族以外に、何かあった時に相談できて、自分の子どもの成長を喜んでくれる存在は心強いもの。モーハウスは、プロダクトや働き方、会社のあり方を通じて、スタッフやお客さんをはじめ、子育て中の女性の背中をそっと押しています。

【写真】様々な服の前で笑顔で立っているかつまさみきさんと赤ちゃんを抱いているのぐちゆりさん

仕事と育児の「両立」ではなく「共有」と「分散」で、家庭を社会に開く

モーハウスを創業して20年あまり。光畑さんは子育て中の女性たちを取り巻く社会の変化をどう感じているのでしょうか。

光畑さん:女性が働きに出ることは当たり前になっていて、それ自体はいいことだと思うけれど、家庭も仕事も、ぜんぶひとりで抱え込んで、より大変になっている感じはありますよね。仕事と育児に境界線を引いて「両立」を目指すのではなく、「共有」して「分散」させることが大事だと思います。

予測不能な育児を仕事と切り分けて両立させようとすると、自分を追い込むことになってしまうし、かと言って育児だけにしようとすると、入れ込みすぎて自分を犠牲にすることにもつながりかねない。いずれにしても“バランス”を取るのは難しい。

光畑さん:子育てはいくらでも追求できるのできりがないんですよ。下手すると毒親にもなりかねない。三人目から子育てが楽になるとよく言いますが、それは力が分散されるから。だったら、子育てしながら働くことは、一人目から三人目のように力を分散させられる方法の一つだな、と。子連れ出勤で働くスタッフは、大変そうに見えるかもしれませんが、気持ちのうえでは、子育てが楽になっていると思います。

一方で、家庭と仕事の場が離れる会社勤めだと、時間と場所に制約されるので、子育て中のお母さんは大変だと思います。私自身もモーハウスを始める前、長女を出産をした当時、それまでと同じ働き方は難しいと、フリーランスでテレワーク的な編集の仕事をしていました。今は企業でも場所と時間に縛られない「働き方革命」が進んでいますが、子育て中の女性が働くのが当たり前になる今、より求められてくると思いますね。

【写真】質問に丁寧に答えるみつはたゆかさん

子連れ出勤は、子育て中の女性が育児に向かう力を分散させて、時間と場所にとらわれずに働く手段のひとつでもあります。「ワークライフバランス」ではなく「ワークライフミックス」で、仕事と生活を切り分けずに、その境をゆるめて、つなげる。仕事と育児を「両立」するのではなく「共有」して、子どもは親の働く姿を見て育つ。

光畑さんは、お母さんが社会へ出て働く姿を見て育つ子は、自然と社会性が身につくと言います。茨城県では、境町からスタートして現在10市町村が、子育て応援サポート事業の一環として、妊娠された方にモーハウスの授乳服を贈る取り組みをしており、潮来市でその協定の締結式に参加した光畑さんは、印象的な光景を目にしたと言います。子育て支援協定を報告する広報誌『ITAKO』の表紙には、原浩道潮来市長に抱かれてすやすや眠る赤ちゃんの姿が写っています。

光畑さん:この女性が赤ちゃんのお母さんで潮来市の方なんですが、一足早く授乳服を着てくださっていて。会った瞬間に、授乳服を活用して外へ連れ出しているお母さんだなとわかったんですね。撮影時、男性のカメラマンが市長に赤ちゃんを抱っこしてくださいとおっしゃって、市長は少し戸惑っていたようですが、この赤ちゃんは一切泣かずに、市長の胸で眠ってしまいました。撮影が終わってからも、お母さんではなく、私も抱っこして、みんなが自然とあやすんですね。

勝手にみんなが助けてくれている。助けを求めるのに勇気はいらないんです。こんな風な自然に周りが手を出したくなる子どもに育てればいいんです。

お母さんが育児をひとりで抱え込んでしまうと、子どももお母さん以外の人を頼れなくなってしまう。だからこそ、育児はひとりで抱え込まず、外へ出て、家族を開いて、自然に誰かを頼っていくことが大事。

光畑さん:私自身も、子育て中に働いていたし、自宅をサロンとして開いていたので、いろんな人が来てくれて、子どもを抱っこしてくれて、「来た時よりも美しく」を合言葉に片付けて帰っていってくれて、みんなに助けてもらっていました。

仕事の場に子どもがいることが当たり前なモーハウスでは、青山の店舗でも、お母さんや家族以外に、自然と、一緒にいる子どもの成長を喜んだり褒めたり、時に叱る人がいると言います。母子が1対1の関係性になく、社会に開かれているのです。

【写真】店先で赤ちゃんを抱くのぐちゆりさんとその赤ちゃんの手を握るかつまさみきさん

20年以上、妊娠期、授乳期、子育て期の女性たちをそのプロダクトと働き方でサポートし続けているモーハウスは今、どんな未来を見ているのでしょうか。

光畑さんは最近、その輪が広がり始めていることに気づいたと言います。たとえば、授乳ブラであるモーハウスブラは、そのやわらかさから、乳がんの患者さんに愛用されていたり、思春期の女の子のファーストブラとしても使用されているそう。

また、子連れ出勤にインスピレーションを受けて、“親連れ出勤”をする介護系のNPOを立ち上げた方もいるとか。

光畑さん:目の前にいる一人のお母さんのためにつくったものが、ほかの課題を抱える誰かの役に立つものになるかもしれない。なにかしらの困難な状態にある人たちの課題に取り組むことは、ほかの誰かの困難を解決することにもつながっていく場合がある、という気づきを得ました。その意味で、私たちはこれからも授乳期、子育て中のお母さんたちに向けていいものをつくり届けていきたいと思っています。

”我慢”から自分を解放し、子育てはもっと”我がまま”でいい。

授乳期も、働きに出られない赤ちゃんの子育て期も、1、2年ほどで(もちろん個人差はあるけれど)、長い人生を考えれば、ほんの短い期間かもしれません。でも、その貴重な期間に小さな”我慢”を積み重ねていては、大きなストレスにもつながり、子育てを楽しめなくなってしまいます。

妊娠中も、授乳中も、子育て中も、やりたいことを自分のペース、自分の基準で、自分らしく。誰かと比べることなく、世の中の”常識”と照らし合わすこともなく、「お母さんだから」とひとりで抱え込むことなく、もっと外へ出て、人に頼って、もっと笑おう。

モーハウスの授乳服や授乳ブラは実用的で便利なだけでなく、子育てをする女性たちにそんなメッセージを伝え、自分らしく生きるためのサポートをしてくれます。

子どもと一緒にいたい。

外へ出て、社会とつながりたい。

子育て中の女性にとって、どちらも自然な願いで、どちらも大切にしていい。

モーハウスの子連れ出勤という働き方、お母さんと子どもが当たり前に一緒にいる会社の営みは、知らず知らずのうちに勝手に抑え込んでいた「自分」を解放してくれます。

モーハウスのプロダクトや働き方は、まだまだ社会の中で眠っている子育て中の女性たちの力を開花させる可能性に秘めています。

仕事も子育ても、”我慢”ではなく、”我がまま”に。もっともっと、「自分」を楽しんでいきたい。

【写真】笑顔で赤ちゃんを抱いて立っているライターのとくるりかさん、みつはたゆかさん、赤ちゃんを抱いているのぐちゆりさん

関連情報
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◆モーハウス企画イベント情報
10月27日(土)モーハウス企画の全日本おっぱいサミットを開催。詳細はこちら

(写真/馬場加奈子)