夕暮れに染まる空、街の日常、道端の小さな花――さまざまな一瞬を切り取った写真たちが並ぶ、美しいホームページに出合いました。ページの名前は「Snapshot taken by Homeless」。taken by Homeless?そう、これらの写真はすべて、路上生活をおくる人、つまりホームレス状態にある人たちが撮影したものです。

このプロジェクトを企画したのは、「NPO法人Homedoor」(以下Homedoor)。“ホームレス状態を生み出さない日本の社会構造をつくる”の理念のもと、勤労支援や生活支援を行う彼らが、株式会社電通デジタルの支援を受けて2019年3月にこのプロジェクトを始動させました。

Homedoorからカメラマンであるホームレスの人たちに伝えたのは、「心が動いた瞬間にシャッターを切ってください」ということだけ。しかし、彼らが生きる日々の目線を写真として表現し、販売するこの取り組みは今、撮る側にも、見る側にも多くの“変化”をもたらしているといいます。

たしかに、一枚一枚の写真を眺めていると、「ホームレスの人が撮った」ということはすぐに忘れてしまうほど、やわらかな光や、穏やかな時間の流れを感じる作品の数々に見入ってしまいます。ときには、クスッと笑ってしまうようなユニークなものも。そしてふと、これらの写真をホームレスの方々が撮ったのだと思い出すと、写真を楽しむひとときは、そのまま彼らの日々やまなざしに思いを馳せる時間となります。

私も、ホームレスの人たちも、同じ時間を生き、日々を暮らし、心動く瞬間がある。そんな当たり前に気づかされるようなこの特別なプロジェクトは、いったいどのような取り組みのなかから生まれたのか──Homedoor 代表の川口加奈さんと、理事で事務局長の松本浩美さんに話を聞きました。

表現を仕事にする、評価が自信につながる

おっちゃんたち、こういう風に世界を見ているんだ、って。普段会ったり、話したりしている彼らの知らない一面を見るようで、すごく新鮮でした。

最初に写真を見たときの感想をそう話すのは、Homedoor理事であり事務局長の松本浩美さんです。

【写真】ホームドアのスタッフの皆さん

右端がHomedoor事務局長の松本浩美さん(Homedoor提供写真)

ホームレスの人々の路上脱出のサポートを行い、Homedoorを訪れる人々を親しみを込めて“おっちゃん”と呼ぶ松本さん。このプロジェクトを立ち上げ時から担当していますが、彼らに手渡したカメラに詰まった、感性に委ねられた写真たちに新鮮な感動を覚えたと言います。

松本:私が撮るなら、少なくとも「ブレないように気をつけよう」とか、「指が入らないように」とか思うと思うんです。でも、おっちゃんたちって気にしなくて、不恰好なものが出ているのが逆に面白いな、って。

【写真】街頭にある電柱の写真

Snapshot taken by Homelessでの一枚(Homedoor提供写真)

2016年、株式会社電通グループの社会貢献活動の一環として開催された「ソーシャルポスター展」をきっかけに始まった、この取り組み。現在も電通デジタルのサポートを受けて運営されており、売り上げはホームレスの人たちに還元されています。

見る側に新たな発見や楽しみをもたらし、ホームレス状態にある人々への支援や理解にもつながっていく、「Snapshot taken by homeless」の写真たち。実はこの取り組みは、写真を撮る側であるホームレスのみなさんにとっても、大きな影響をもたらしていると松本さんは話します。

松本:ほとんどのおっちゃんが最初は、「俺の写真なんて売れへんやろう」「誰が買うねん」という反応でした。でも、写真が売れたよ、と伝えるとやっぱりすごく嬉しそうで、どんどん写真にハマっていく方もいて。

写真撮影という“表現”を仕事とすることが、おっちゃんたちにとっても、自信を取り戻すきっかけとなっていると思いますし、そのきっかけはとても意味のあるものだと感じています。

まずほっとできる場所を、自分を取り戻す時間を

俺の人生、もうどうでもええねん。

ホームレス状態が長く続けば続くほど、彼らの口からこんな言葉をよく耳にすると話すのは、Homedoorの創業者である代表の川口加奈さん。14歳で大阪市西成区のあいりん地区(通称・釜ヶ崎)で炊き出しに参加し、19歳でHomedoorを立ち上げました。

【写真】微笑んで立っているかわぐちはるなさん

Homedoor代表・川口加奈さん

Homedoorの活動の柱は、主に3つ。まず、ホームレス状態から脱出したいと思ったなら、誰もが脱出できるための“出口づくり”。次に、ホームレスになりたくないと思っている人がそうならないようにするための、ホームレス状態への“入口封じ”。そして社会でもホームレスへの偏見を取り払っていくための啓発活動です。

中でも力を入れているのは“出口づくり”で、その中身はさらに住宅支援、生活支援、就労支援の3つに分けられているとか。

川口:一度ホームレス状態になると、なぜ脱出するのが難しくなるのか。それは、「住まい」と「貯金」と「仕事」、この3つを同時に手に入れなければホームレスから抜け出すことができないからなんです。しかもこの3要素は、負のトライアングルのように相関し合っています。そこで、すべてを段階的に手に入れられるステップを提供しようというのが、わたしたちの今の取組みの中心となっています。

【写真】お店の近くにハブチャリが4台とまっている

この段階的なステップとして、Homedoorでは現在シェアサイクル事業である「HUBchari(ハブチャリ)」などを通じてホームレスの人々や生活保護受給者ら計160名以上に就労支援実施。さらに1000名以上に、住居や食事、生活に必要な物品を提供するなどの生活支援を行ってきました。

【写真】ハブチャリの自転車の整備をしている方

シェアサイクル事業「HUBchari」では多くの人が働いている(Homedoor提供写真)

川口さんには、支援をしていくうえで特に大切にしていることが二つあるといいます。

その一つが、「ゆっくり自分を見つめられる時間をつくること」。

ホームレスの暮らしで身の危険にもさらされ、極限状態にある人は、自尊心を失い、たとえHomedoorを訪ねたとしても今後どうしたらいいか、考える余裕すらない場合が多いと川口さんは現場での経験を通じて感じていました。

川口:でも、これまでのホームレス支援施設では、260人ひと部屋のシェルターか、8人ひと部屋の自立支援センターしかありませんでした。そこでHomedoorでは、ゆっくり腰をすえて、自分の部屋で自分の人生について考えてもらう時間を、できるかぎり提供していきたいと思ったんです。

【写真】微笑んで立っているかわぐちはるなさん

Homedoorでは、宿泊可能な個室を20部屋備えた生活応援施設「アンドセンター」を2018年に開所。緊急宿泊は無料で2週間まで利用できるほか、格安での長期利用も可能です。

また1階のロビーは開所時間内は自由にここを訪れ、無料で食事や洗濯、団らんなどをして過ごすことができます。

【写真】ロビーで団欒している様子

ときには餅つきや流しそうめんなど、季節を感じられるイベントを開催することもあるとか。穏やかな“日常”を感じさせるこうした催しを続けていることにも、川口さんたちの思いが込められています。

【写真】笑顔で楽しそうな参加者の方々

アンドセンターで開催した流しそうめんイベント(Homedoor提供写真)

川口:あるとき、おっちゃんが「Homedoorに相談に来て仕事をし始めて、以前はご飯に何を食べるかすら自分で選べなかったけど、今日は何を食べようか選べるようになった」って言ってくれたんです。そうした日常の些細なことから、“自分らしさ”を取り戻していく人も多いんです。

「どうでもいい」の心境から、どんな小さなことでも自分の思いと向き合い、選ぶことができる自分へ。その積み重ねこそが本来の自分自身を取り戻し、ホームレスになる前の暮らしに戻るための道筋となるはず……。それは、川口さんが長年”おっちゃん”たち一人ひとりと向き合い、関わり、よりよい支援とは何かを考え続けてきたからこそ見出すことができた、活動の大切な”核”でした。

ホームレス状態から抜け出すための支援というと、仕事の斡旋や炊き出しなどの食事、そしてお金の問題の解消なども必要ですが、川口さんのこの課題意識とアプローチは、私に多くのことを気付かせてくれました。

どんな人も、再スタートできるように。選択肢が多ければ多い方がいい

Homedoorに出会って、人生がよりよい方向に変わったというホームレスの人々はたくさんいます。たとえば、2018年からアンドセンターで暮らしている吉岡さんは、自身のこれまでと現状を、こんな風に話してくれました。

【写真】笑顔でインタビューに答えるよしおかさん

吉岡:60歳まで普通の仕事してて、辞めて半年ぐらいは地元で遊んでおって。たまたま大阪におる友達から電話がきて「遊びに来いや」言われて、大阪に来たんです。

15年前に離婚して、女房や子どもとも離れて一人きりだったし、田舎におってもしょうがないし。それでも大阪にきたら、西成のマンションで隣が酒飲んでうるさいのでトラブルになって。それで出たんですわ、マンションから。(大阪の)梅田に行ったんだけど、なんもせんのにうろうろしてたらすぐ、お金もなくなるでしょ、そんなときに、Homedoorに拾ってもろたんです。

今は、自転車の啓発の仕事。無断駐車している自転車にシールを貼って注意をうながすいうか。それを週に3回やってます。そら、ここへ来て昔と違ってゆとりのある生活ができてますね。いっぱいおっちゃん連中がいるから退屈しないね。

お話を聞いた当初はアンドセンターで生活していた吉岡さんは、現在Homedoorのサポートを受けてアパートに転居し、ご自身の年金でひとり暮らしを始めたそう。今でもHomedoorには週に1回程度遊びに来ているのだといいます。

【写真】笑顔でインタビューに答えるすぎむらさん

「仕事には何時に来なきゃいけない、と決まってるおかげで毎日にハリがあるんです」と話すのは、Homedoorの中核事業の一つであるレンタル自転車「HUBchari」の仕事を担当する杉村さん。「家はあるけれど、路上で暮らすこともある」、という杉村さんは英語が堪能で、外国人観光客の対応もお手の物です。

杉村:HUBchariの仕事を心斎橋でしています。知人でホームレスをしてる人がいて、その人にジャンパー買ってあげたくて訪ねたのがきっかけ。アンドセンターにはコーヒー飲んだりご飯食べたりしに来てます。ここはご飯、無料ですから。

今、HUBchariの仕事は週一回。英語はもともとできたんですよ。何もしていなかった頃より、今のように仕事があるほうがいいんです。僕たちは高度経済成長期で仕事ばっかりしてたから、仕事してないよりしているほうが、張り合いがあるから。

お二人のお話をお聞きしていると、Homedoorに出会い、仕事や住居を得たことで生活を立て直せただけでなく、ともに時間を過ごす仲間がいる居場所ができたことが日常をより生き生きとさせていることが伝わってきます。

そして、彼らが少しずつ日々の暮らしを改善し、日常を取り戻していったその道のりを見ると、「あらゆる人に再スタートのチャンスを」と考え行動するHomedoorの姿勢が、いかに、現実的かつ効果的なアプローチであるかがわかります。

誰にも起こりうる、危機的状況を受け止める場所と時間を用意することで、路上生活者を一人も出さない社会づくりを。その「Home」にある多様な選択肢のひとつが、「Snapshot taken by Homeless」なのです。

Instagramのように、「おもしろいやん」と写真を眺めてもらえたら

松本:今までホームレスの問題に関心を抱いていなかった方からも、「Snapshot taken by Homeless」は注目していただいている印象です。とくに、これまでなかなか情報を届けることが難しかった芸術や広告に携わる方がシェアしてくださっているのがうれしいですね

リリースからこれまでの反応について、松本さんはこう話します。

「あらゆる方にInstagramでも眺める感覚で気軽に見てもらいたい、『おっちゃんたち、おもろいやん』と思っていただけたらまずは成功です」と笑顔で話すその様子に、重すぎる使命感や困難に立ち向かう苦しさは不思議と感じません。Homedoor全体に流れる、この前向きで明るい空気は、一体どこからくるのでしょう。川口さんはその疑問に、こんな風に答えてくれました。

【写真】笑顔でインタビューに答えるかわぐちはるなさん

川口:私も以前、ここに来てくれる人たちを変にお客様扱いしちゃったり、関わり方を考える時期もあったんです。でも「いっしょに頑張っている人だから」という感覚になったら、すっと気持ちがフラットになれました。

だから私たちは彼らを”おっちゃん“って呼ぶし、特別なお客様扱いはナシ。おっちゃんたちもたぶん「支援を受けて働いている」っていう感覚はないんじゃないかなと思います。

特別な存在ではなく、困難な状況を助け合う仲間として。そんな、あくまでも自然な関わりが、“ホームレス支援”という堅苦しい言葉を超え、Homedoor全体のポジティブで明るい空気を作っているのだと、川口さんのこの言葉でより深く理解できた気がします。

【写真】街道で笑顔で立っているかわぐちはるなさんとすぎうらさん

さて、私も今回、写真を2枚ほど購入しました。印刷をして、先日模様替えをしたばかりの私の部屋に飾るつもりです。「この写真どうしたの?」と、家に遊びにきた友達に聞かれたら、このプロジェクトの話をして、他の写真もいっしょに眺めて。いつしか勝手にHomedoorの広報役になっていそうです。

あなたもぜひ一度、彼らのページを覗いてみてください。ぐっとくる一枚に出合えたら、誰かに教えたくなるかもしれません。その小さな行動のすべてがきっと、新たな人とのつながりを生み、社会を大きく変えていく大切な一歩となっているはずです。

参考情報:Snapshot taken by Homeless ホームページ

認定NPO法人Homedoor ホームページ

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(写真・編集/工藤瑞穂)