【写真】見晴らしの良い場所で笑顔をみせるすがわらちかさん

こんにちは!soar編集部の糸賀です。

中学生のとき、運動した後や人前で発表した後に顔が真っ赤になるクラスメイトがいました。普段から優しい表情の彼女が赤くなる姿はより可愛らしく見えて、そんな彼女を「りんごちゃん」と呼んで親しんでいる子もいました。

さまざまな場面で顔が赤くなることに「赤面症」という名前がついていることを知った私は、「一体どういう病気なのだろう?」と思い、インターネットで調べてみました。すると、赤面症の当事者で、現在は治すことができたという菅原千佳さんのブログにたどり着きました。

赤面症は、見た目の変化が恥ずかしいのはもちろん。だけどそれ以上に心理的な部分が辛かった。

クラスメイトを見て「頬が赤くなるのが可愛いな」としか思っていなかった私は、本当は辛い思いをしていたのかもしれないと、彼女の気持ちに思いを馳せました。

赤面症の方にしか分からない生きづらさがあるのではないか?悩んでいる人が前向きになれるような解決策はあるのだろうか?

そう思い、そのブログを書いた菅原さんに赤面症当事者としての経験を綴っていただきました。
また後半では、「秋葉原内科saveクリニック」の院長である鈴木裕介先生に、赤面症の原因や治すために必要なことについてもお話を伺っています。

赤面症と向き合い、自分なりの解決策を見つけた15年間の歩み

菅原千佳です。私は現在、事務職の会社員として働いています。個人的な活動では、ライフコーチとして個人セッションやグループセッションを行っています。

また、アイドルクリエイターとしてダンスレッスンやイベントを主催しています。

私は、物心がついたときから「赤面症」に悩まされてきました。運動をしたとき、感情が大きく動いた時、気温の変化や人の目が気になる時。自分の気持ちとは裏腹にどんどん顔が熱くなり赤くなっていくのです。

なぜまわりの人はなっていないのに自分だけ赤面しているの?

周囲の人には悩んでいないふりをしながらも、内心は「赤くならないで!」といつもひやひやした気持ちで過ごし、戸惑いと大きな孤独感を抱いていた頃もありました。約15年間赤面症と向き合い、現在は自分なりの改善方法を見つけ、ほとんど気にならない程度にまで落ち着きました。今回は、そんな私の経験と現在の活動についてお話したいと思います。

長女に生まれ、責任感が強かった幼少期

小さい頃の私はとにかくやんちゃで活発な子どもでした。幼稚園のお昼休みでは、外で遊びたくて先生に内緒で教室を抜け出したり、小学校では男子に混ざって川遊びやドッヂボール、マウンテンバイクを走らせたりと、かなりのアクティブ少女。

物心がついたときから「3人兄弟の一番上のお姉ちゃん」として育てられたので「お姉ちゃんなんだから、私がしっかりしなきゃ!」と責任を感じていたように思います。小さい頃からよくパズルで遊んでいたせいか、もともと頭の回転が早く、その時々の状況把握をすることがとても得意でした。

楽観的な父と感情的になることの多かった母のもとで育った私にとって、感情が表に出やすい母とのコミュニケーションは難しいと感じるときもありました。会話のキャッチボールがうまくいかずに話がそれたり、一方的に感情をぶつけられてしまったり……。大好きな母だからこそ、会話のすれ違いが幼心ながらに辛かったです。

穏やかに楽しくお母さんと会話がしたい。

そんな願いを抱いていたことに加えて、次第に持ち前の責任感が発揮されるようになり、高校生になる頃には「お母さんをどうしたら楽にさせてあげられるかな?」と考えるようになりました。思えば、それが人の心の持ち方や感情との向き合い方を考えるきっかけの一つでした。

【写真】身振り手振りを交えて真剣な表情でインタビューに答えるすがわらちかさん

それからは、自分の感情に振り回されて辛そうな母を見るたび、本で心理学などを学び、私なりに気づいた改善方法を伝えてみるようにしました。「これでお母さんも自分の感情の波から解放されて楽になるのではないか」と思っていましたが、現実は違いました。

論理的な私の話にお母さんの感情的な側面はますます強くなり、しまいには「千佳にはお母さんの気持ちなんてわからないでしょ!」と言われる始末。良かれと思ってかけた言葉が、かえって母に対する刺激、攻撃になっていたのです。人の心は正論では動かないということを知りました。

相手の経験に共感できなくても、楽しい、不安などの相手の感情に共感する姿勢が大切なんだ。そして、同じことを伝えるにしても使う言葉によって伝わり方が全く違うんだ。

今ではそうした気づきを得ることができましたが、当時は母と分かり合えないことがすごく寂しかったです。それでも強がりで器用な性格を発揮して、心の奥にある寂しさや本心をうまく隠しながら、いつも明るく元気な自分を演出していました。思い返すとなかなか辛かったな、と思います。

なんで自分だけ赤くなるの?孤独を感じた日々

幼少期の写真を見返すと、時々頬が真っ赤な写真があります。今見ると「かわいいな」と思うことができますが、当時は頬が真っ赤になることが不思議で仕方ありませんでした。頬が赤くなると決まって顔の温度が上がるので両手で頬を触る癖もあり、どうしてなんだろう?と素朴な疑問として赤みを気にしていました。

恋愛話などもするようになってきた小学3年生あたりからは、自分の見た目を気にするようになります。可愛くいたいのに、恥ずかしくなるとすぐ顔が赤くなることがコンプレックスでした。体育の授業や友達と一緒にする運動を楽しくやりたいのに、気づけば頬はゆでだこのように真っ赤。それでも運動を続けると、頬以外の部分も赤黒くなるほどでした。このころはまだ、こうした症状が「赤面症」と呼ばれていることは知りませんでした。

小学校高学年で思春期に突入すると、自分の頬が赤くなる特徴をより恥じるようになります。自分だけ周りと違うことへの恥ずかしさや、おさまる方法が分からず解決の糸口が見えないことへの不安、そして誰にも相談できないことで孤独感が募っていきました。もともと明るくてさっぱりした性格ですが、それとは反対の心理状態とのギャップが苦しかったことを覚えています。私はここでも責任感と強がりを発揮して、無理をしていました。

【写真】マンションの玄関前でどこかをみつめているすがわらちかさん

そんな中でも救われたのは、友達からのいじめや指摘がほとんどなかったことです。それどころか「赤いほっぺってかわいいと思うよ!」と言ってくれる友達がほとんど。必要以上に気にしているのは自分だけなのかもしれないと思いながらも、葛藤は続きました。

みんなはかわいいとか言うけど、この気持ちは私にしかわからない。そもそも、本当にかわいいと思ってるの?からかってるんじゃないの?

心がネガティブに傾いている時に頬が赤くなると、いつも以上に気持ちが荒れてしまうことも多かったです。

毎日少しずつ、改善策を試してみた学生時代

中学へと進んでも、相変わらず私の頬は何かあるたびに赤くなりました。

ちょうどその頃、インターネットでこの症状を調べたときに「赤面症」という言葉があることを知りました。

同じ症状で悩んでいたのは自分だけではないんだ。

そうわかったことで、少しほっとしたのを覚えています。頬が赤くなる原因や治療法なども自分なりに調べましたが、具体的な内容は分かりませんでした。レーザー治療があることを知り両親にも相談しましたが、自分の顔にレーザーを当てて治療することが全く想像できず、何より当時の私にとってはとても高額であったことから、治療は諦めざるをえませんでした。

とはいえ、何も対処せずに悩み続けるわけにはいきません。出来ることからやっていこう!と気持ちの転換をして、赤くなるときの特徴を考えることにしました。

【写真】歩道橋の階段途中で楽しそうな様子のすがわらちかさん

はじめに考えたのは「どんなときに頬が赤くなるか?」ということ。私の場合は、大きく3つの要因が考えられました。

一つ目は、暑い、寒いや急激な温度変化による環境的な要因。二つ目は、運動などによる心拍数の変化などによる生理的な要因。そして三つ目は、恥ずかしい、悲しいやテンションがぐっと上がるときなど、感情の要因です。

次に考えたのは、この3つの要因のうち自分で改善できるものはどれだろう?ということです。気温の変化や生理的な理由は仕方ない。でも、自分の感情に関して、特に恥ずかしいと思ってしまう気持ちについては、減らすことが出来るのではないかと思うようになりました。恥ずかしいと思うと顔が赤くなるのなら、恥ずかしいと思わなければ顔は赤くならないのではないか、と考えたのです。

そこでまず取り組んだのは、自分の感情の動きを観察することでした。この気づきはその後赤面症を改善する上でとても重要なものになりました。どのような時に恥ずかしいと思うのかを知ることで、恥ずかしいと思うことを止めようとすると余計に気持ちが膨らむことが分かったのです。

それは、何かを禁止するほどに、そのことが自分の中で大きくなってしまうのと一緒。例えば、好きな人がいるけれどその人を好きになってはいけないと思うと、実際は好きな気持ちが増してしまう…というような。恥ずかしいと思うことや顔が赤くなることを止めようとするのではなく、まずはそのまま、ありのままで外に出してあげることが大切だと考えるようにしてみました。

また、「顔が赤くなって何が悪い!」と思うようにもしました(笑)。それまでは「顔が赤くなること=悪い事、恥ずかしい事」だと思っていましたが、改めて考えると全然そんなことはないんだと思うようになったのです。

ただ、顔が赤くなるという特徴があるだけ。赤面症であることを責めて、恥じて、笑っていたのは他の誰でもなく自分自身だったんです。その証拠に、友達からは責められもいじられもしなかったんですから。もしかしたら、赤面症の改善は、顔が赤くなる特徴を持つ自分を、自分で責めなくなったときに起こるのかもしれません。

その後、私は自分のこの特徴を「赤ほっぺ」と名付けました。そして、SNSの自分の名前を赤ほっぺにし、自らこの特徴を発信するようになりました。そうして赤面症の自分が腑に落ちるほどに、頬の赤みは引いていったように思います。

心の訓練と同時に、化粧品の活用も試行錯誤しました。高校生になると、赤みを和らげるためにコンシーラーを購入。2900円という値段は当時の私にとっては高価に感じましたが、それを塗って赤ほっぺが緩和されたときは、なんだかものすごく救われた気持ちになりました。「あぁ、これでもう本当に赤面症を悩まなくてすむんだな」と。

それからは毎日使用していましたが、次第に運動や発表する場など、顔が赤くなりそうなイベントのある時にだけ使用することに。徐々に頻度を調整して一番心地いい付き合い方を見つけていきました。

【写真】外で笑顔をみせるすがわらちかさん

赤面症をいきなり改善することは難しいかもしれません。私の場合も、少しずつ少しずつ、毎日が実践でした。

でも赤面症があったことで、幼少期から「なぜ自分は恥ずかしいと思うんだろう?」「どうすればいいのだろう?」と、自分と向き合う機会が多かったように思います。辛い時間は長かったですが、その分だけ自分の心と向き合う時間が取れたことは今の自分にとって宝物です。

さまざまな活動の中で大切にしていることは「人の心を想像する」こと

大学、大学院は気象予報士を目指して理系を専攻しました。きっかけは、子どもの頃に風の香りに心地よさを感じたとき、「天気によって人の気持ちは変わるんだ」と興味を持ったこと。

その後は、自然の香りにも興味を持ち、アロマやハーブについて学びはじめました。そして、大学院卒業後は念願のアロマ・ハーブの専門店へ就職。お客様に香りの魅力をお伝えし、お客様に合うであろう香りを提案する、そんなカウンセリングのような接客スタイルを学び、実践していきました。

母の存在や赤面症などの経験、恋愛や就職活動での葛藤をきっかけに、心理学に興味を持っていた私は、民間の心理カウンセラー資格も取得しました。そうした経験が積み重なって、私の興味は香りからより本質的な「心の持ち方」にシフトしていきました。

現在は自営業を営む実家で会社員として働きながら、ブログで「心の持ち方」に関する発信をしたり、自分の願いを実現したい方や、自分に味方できる自分になりたいという方に向けてセッションをしています。また、「一人一人が輝ける場所をつくる」というコンセプトを掲げながらダンスグループを作ってレッスンをしたり、「~仙台発!チャレンジエンタメ~ It’s Show Time!!!」というイベントを主催し、自分を表現したい人たちが輝く場所を提供したりもしています。

こうした活動を通して、関わってくださる方が自分の本当の望みを明確にしそこに向かって行動、変化していく様子は、私自身もすごく勇気をもらいますし、何よりそういう空間が好きで好きでたまりません。

【写真】笑顔でインタビューに答えるすがわらちかさん

日々の出来事や思ったことを書くブログは、続けていくうちに反響が出てきて、それが嬉しくて現在も続けています。あるとき、ブログで書くテーマを考えるために、自分の人生を振り返ったことがありました。

そういえば、赤面症で悩んでいた時期は私の人生にとって結構辛いものだったな。

昔を思い出して、誰かの力になればという思いで書いた赤面症の記事は、多くの人に読んでいただきました。今でも毎日閲覧してくれる人もいるため、「赤面症で悩む人は意外と多いのかもしれない」と感じています。

どんな感情もありのままに出して見つめてみる

この記事を読んでくれている方の中には、より自分らしく生きたいと考えている方も多いと思います。そんな方々には「自分が抱く感情は自分で選ぶことができる」ということをお伝えしたいです。

環境や自分以外の何かが要因となって悲しかったり、辛かったりすることはもちろんあります。でも、その物事をどう捉えるのか、どんな感情を持つのかは自分で選ぶことが出来ると思うのです。事実と感情は必ずセットではないし、同じ時間を過ごすのなら、自分が心地よくいられる感情を選択したほうがより幸せなのではないかと私は思います。

【写真】街頭を清々しい表情で歩くすがわらちかさん

私にとって赤面症の経験は、自分との向き合い方を教えてくれたとても大切なもの。思い切り悩んでその時々に出来ることをやってきた結果、私を構成する重要な要素になっていったのです。

とはいえ、悩んでいる最中はとてもそんな風には思えません。赤面症と仲良くなる第一歩は、今抱いている赤面症への思いを出し切ることだと思います。

なんで私だけが赤面症なの?
悲しい!苦しい!つらい!恥ずかしい!

どんな感情でもいいから、自分が抱いている感情にフタをせず出し切ってみること。ほかの誰かが聞いているわけではないので、言葉を選ばなくてOKです。紙に書いたり、独り言としてつぶやいたり、抵抗のない方は自分のつぶやきを録音してみるのも良いかもしれません。実際、私自身もその時々の感情を紙に書きなぐって、気持ちをため込まずに外に吐き出していました。

それを飽きるまで続けると、あるタイミングで心がふっと軽くなります。そのあとに「自分の持つ赤面症という特徴とどう向き合っていこうかな?」とアイデアを出してみるとよいと思います。とにかく、気持ちをため込まずにこまめにアウトプットすることが赤面症と上手に付き合うコツだと思うのです。

私のこれからの大きな目標は、みんなで『幸せだね』と言いあえる空間を作ること。たくさんの人が自分らしく生きることができる、そしてお互いの幸せを心から喜びあえるような社会をつくりたいと思っています。

そのために、現在はダンスレッスンや年に1回のパフォーマンスステージの企画運営、加えてコーチングの国際資格取得に向けた勉強をしています。私自身そうしたチャレンジに戸惑いや不安もありますが、それと同じくらい大きなワクワクもあります。未来への不安ではなく期待を選択して、目の前の課題をひとつひとつクリアしていくのです。そして、イベントやコーチングを通して関わる皆さんにも、「感情の選択」についてお伝えし、みんなで楽しみながら、それぞれが内側から輝き飛躍するきっかけづくりができたらいいなと思っています。

赤面症と向き合ってきた経験は私にとって大きな糧ですし、今の私を語る上で欠かせないものになりました。今後も、赤面症という自分の個性を大切に、心地よい感情を選択しながら日々起こるさまざまな出来事を楽しんでいきたいと思っています。

【写真】マンションの玄関前で笑顔をみせるすがわらちかさん

大切なのは「赤面するのが恥ずかしい」という不安を手放すこと

菅原さん、ありがとうございました。幼少期から人よりも赤面してしまう姿に葛藤を抱きながらも多くの工夫を重ね、現在の前向きな気持ちに至った道のりがわかりました。

もし自分や周囲の人が赤面症のような症状で悩んでいるとしたら、どのような対処ができるのでしょうか?

医師としてのアドバイスを「秋葉原内科saveクリニック」の院長である鈴木裕介先生にお聞きしました。

ー「赤面症」という言葉は以前から知っていたのですが、顔が赤くなりやすいといった症状しか知りませんでした。医学的な観点から、赤面症の症状や原因について教えていただけますでしょうか?

鈴木先生:実は「赤面症」という言葉は医学的な病名ではありません。正式には、人からの注目を浴びる可能性がある場面に対して生活に支障が出るほどに不安や恐れを感じてしまう「社交不安障害(社交不安症)」という病態があり、その一症状として赤面が強く出ることが「赤面症」と呼ばれています。

その他にも、緊張している症状が強く出る「あがり症」も社交不安障害の一症状と言われることもあります。

社交不安障害にもタイプがあって、日常生活全般において発症する場合と、電話や人前でのプレゼンテーションの時だけ発症するパフォーマンス限局型の場合に分かれています。

ー社交不安障害の中でも人によって症状や発症する場面が異なるのですね。では、原因は解明されているのでしょうか?

鈴木先生:不安を感じるセロトニン神経系の機能障害などが原因と言われていますが、まだ明らかになっていない部分が多いです。ただ、赤面症が発症する条件の一つに「顔が赤くなることを恥ずかしく思っていること」があります。それを理由に人と会うことへの苦手意識を抱き、社会生活に支障をきたすほどになると、社交不安障害と診断されるのです。

顔色の変化は、顔の皮膚の血管の血流量によって左右され、血管は緊張や不安を感じると反応する交感神経と密接に関係しています。そして、赤面は血管が拡張して皮膚が赤みを帯びている状態です。

そもそも、赤面は障害の有無にかかわらず普通に起こるものです。社会的な場面における顔の硬直や発汗は、コミュニケーションによって負荷がかかっている脳を冷却し、正常に動くようにするラジエーターのような役割を担う生理反応ではないかという説もあります。

ですので、「権威のある人と話す」とか「初対面の人と話す」といった社会的に負担の強い場面で緊張や不安を感じやすい人が赤面するというのは、理にかなった反応であるといえます。

【写真】インタビューに答えるすずきゆうすけ先生

ー幼少期に「顔が赤くなりやすい」ことで悩んでいても、そこから病院に行くという行動に移すのはハードルが高いように感じました。もし今赤面症に悩んでいる人は、どのように治していくことができるのでしょうか?

鈴木先生:社交不安障害の平均発症年齢は13歳と言われています。でも、症状を病気ではなく性格の問題として認識されてしまうことが多いので、病院にいって診断される人は少ないですね。実際に、赤面症を理由に病院へ行く人は多くないと思いますし、赤面症自体の医学的なデータもあまり発表されていません。

医学的な対処法としては、認知行動療法や森田療法といった心理療法が中心になります。また、緊張のしやすさから発症する場合が多いため、不安を感じやすい場面に対して特定の薬や漢方が処方されることもあります。また、交感神経を落ち着かせるために呼吸を整えたりすることも効果的だと言われています。

ー森田療法や認知行動療法というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

鈴木先生:その人固有の現実の受け取り方やものの見方のことを「認知」といいますが、その認知に注目し、働きかけることで、ストレスを軽くしていく治療法のことを認知行動療法といいます。

たとえば、虫に刺された部分のかゆみに注目すればするほど、どんどんかゆみが増してしまった経験はありませんか? 問題を解決しようと注目したり、逆に「気にしない!」と思い込もうとすると、かえって問題に対する不安を増大させてしまうことを医学的に「自己注目」と呼びます。

認知行動療法では、自分自身の身体の状態や思考に注目しすぎてしまうのを、目の前の相手や風景などの別のものへシフトしていくトレーニングをしたりします。

森田療法では、ありのままの自分を受け入れるトレーニングをします。赤面症を発症しやすくする根本には「赤面してはいけない、恥ずかしい思いはしたくない」という思いがあります。そこで、ありのままの姿を受け入れて、「赤面しちゃうのも含めて私だし、まあ仕方ないかな」くらいに思えるようになると、次第に症状としても起こらなくなってくるのです。

このように、「治す」というよりは「うまく折り合いをつける」という感じで、「絶対に失敗してはいけない」という過剰な恐れを手放すことが大事だと思います。

ーしっかりしなければいけない、恥をかいてはいけないといった自分への決めごとを少しずつ減らしていくことで、ありのままの自分を受け入れることへと近づくのですね。

鈴木先生:赤面にしても、あがり症にしても、好きでなってるわけじゃないんですよね。
症状っていうのは、基本的に本人の責任外なんですよ。それを心ない言い方で言及したりする人がいたとしても、自分まで一緒になって責めたりすることはないんじゃないかなと思います。ただ、生活や仕事に支障が出るくらい悩んでいるとしたら、社交不安障害を扱う精神科や心療内科など、信頼できる専門家にぜひ一度相談してください。

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私は菅原さんや鈴木先生の話を聞いた後、改めて中学校のクラスメイトについて考えていました。

顔が赤くなるたびに「りんごちゃん」と親しまれていた彼女も、本当は何かに緊張していたり、不安があったのかもしれない。当時の私は、彼女の「抱いていたかもしれない生きづらさ」を想像することが出来ませんでした。そんな私が今、できることは何だろう。

そう考えて書いたこの記事が、赤面症に悩んでいる方の生きづらさを解消する一歩として力になれればと思います。

関連情報:
菅原千佳さん ブログ

(写真/高橋健太郎、編集/糸賀貴優)