【写真】カメラに笑顔をむけるよしおかさん

どうしてわかってくれないんだろう。変わってほしい。

娘が生まれて2歳になるくらいまで、私は夫に対する不満を心に貼り付けていました。

我が家は、共働きで実家も遠い核家族。それなのに、夫は出張で1年の半分くらい不在。どうして私一人で子育てをしなくちゃいけないんだろう。娘はこの上なくいとおしいけれど、仕事をしながら、物理的な子育ての大変さに追い詰められ、孤独を感じていたのです。

当時の私は、夫に変わることを期待して、変わらないことに落胆して。寂しさと怒りが混ざり合った行き場のない感情が爆発して、夫にぶつけたことも。家族であることを手放した方がいっそ楽になるんじゃないかと思ったことさえありました。

私の不満が溢れ出るたびに、夫婦で対話を重ね、それぞれの感情や事情を知ることで、少しずつ、ほんの少しずつ、お互いに歩み寄ることができているような気もします。

もちろんまだまだ地盤のゆるい、家族という関係性を築いている道の途中。相手に伝えなくちゃ伝わらない、日々のコミュニケーションや対話が大事なんだということを、痛みを伴いながら学んでいます。それでも、頭でわかっていても、慌ただしい毎日に流されるように、蔑ろにしてしまうこともあるのが現実。

私はこれまでsoarで「わたしと家族のつながり方」をテーマに、ままならないなかでも「自分の選択」をして「わたしの家族」をつくっている人たちに話を聞いてきました。

ともに暮らす近しい存在である家族と、どのように日々のコミュニケーションや対話を重ねていけばいいのだろう?

そもそも家族の関係性ってどういうもの?

連載6回目となる今回は、そんな問いを携えて、ファミリー心理カウンセラー・プリマリタル(結婚準備)カウンセラーのよしおかゆうみさんを訪ねました。

2万組以上のカップルと家族とともに考えてきたカウンセラー

日暮里繊維街を抜けて、谷中、上野、入谷にも近い下町にある、ガレージのある一軒家。ここは、ゆうみさんが関わる、オトナもコドモも学び合う ”asobi基地アトリエ”であり、10代の子どもたちがホンモノの文化体験とものづくりに触れる ”東京ガレージ”の拠点でもあります。

【写真】緑に囲まれた東京ガレージ

東京ガレージの看板(提供写真)

【写真】東京ガレージのアスレチックで遊ぶ子どもたち

ツリーハウスで子どもたちが遊んでいる様子(提供写真)

シャッターを開けたガレージには、日本建築のツリーハウスがあり、カラフルな看板、絵の具や木材が並び、子どもたちが楽しそうに遊んでいる風景が浮かぶようでした。

【写真】カラフルな看板、絵の具や木材が並ぶガレージ

玄関から階段を上がると、子どもたちの習字や絵が飾られた、オープンリビング(サロン)に。そこでは、カップルや親子、家族がカウンセリングを受けたり、行き場のない子どもたちが集ったり、研修やイベントが行われることもあるそうです。

地域に開けたご自宅に、明るい笑顔で私たちを迎え入れてくれたゆうみさん。

【写真】笑顔で話をするよしおかさん

ゆうみさんは、これまで2万組以上のカップル・親子と信頼関係を築き、「家族に現れる問題は十人十色」という前提に立って、質問と対話からそれぞれに必要な手立てをともに考えてきました。

児童心理学を専門に、20年間、東京都の幼児教育に携わった後、思春期カウンセラーとして独立。現在は、ファミリー心理カウンセラー・プリマリタルカウンセラーとして多くのカップル・家族のカウンセリングを行うほか、幼児から大人まで、幅広い年齢層の人たちのセッションやワークショップ、講座の講師としても活動しています。

その傍ら、里親のようなかたちで、縁のあった複雑な事情を抱えた子どもたちを家庭に迎え入れてきました。これまで、異なる時期に7人の子どもたちとともに暮らし、一時的な寝泊まりも含めると100人近くの子どもたちを自宅に受け入れ、ともに過ごしてきたと言います。

ゆうみさんは、これまで多くの家族の問題を紐解いてきた知識と経験、そしてご自身の体験と学びから、やさしく、穏やかに、私たちの悩みをほぐしてくれました。

【写真】話しながら外を歩くよしおかさんとライター徳

パートナーは共同経営者。家族はいざというときに頼れる存在。

聞き手・徳 瑠里香(以下、徳):新型コロナウイルスの影響で、自粛期間中も含め、自宅でパートナーや子ども、家族と一緒に過ごす時間が増えた人も多いと思います。ゆうみさんは、コロナ禍、オンラインで無料カウンセリングをしていたとお聞きしましたが、どのような相談があったのでしょうか。

よしおか ゆうみさん(以下、よしおかさん):相談として多かったのは、たとえば、親御さんの場合、在宅勤務で子育てと仕事の両立ができず、一人の時間がなく、イライラして子どもに当たってしまい罪悪感を抱く。

シングルペアレントで、どうしても子育てを一人で抱えがちになってしまう。再婚家庭で、相性の合わない子どもとぶつかることが多くなった。10代の子から親と一緒にいるのが苦痛といった声も聞かれました。家族と一緒にいればいるほど、孤独感や無力感、疲労感が募ってしまうのはなぜだろう、という相談もありましたね。

里親もそうですが「やっぱり私の子ではないから」「本当の親だったらもっとわかってくれる」などの方向に考えてしまうことはどうしてもありますね……。

もちろん多岐に渡りますけれど。忙しい日常の中で見えていなかったもの、向き合うことを避けてきたこと、蓋をしていた感情が吹き出した傾向があったと思います。

コロナ禍、家族と一緒に過ごす時間が増えたことでより絆が深まったという人もいれば、これまで散り積もってきた関係性の溝が浮き彫りになったという人もいるんですね。

徳:それらの悩みは、もともと家族の中に潜んでいた課題、あるいはいつかぶつかる壁だったということですか?

よしおかさん:そうですね。結婚前のプリマリタルカウンセリングでは、お互いの価値観をすり合わせ、互いの違いに気づき尊重し合うためのワークもやってもらうんですよ。もともと何か引っ掛かりがあるからカウンセリングを受けにきている場合が多いけれど、そのワークを受けたカップルの中には、結婚しない、あるいは結婚以外の選択をとる人たちもいます。結婚していたらいつか陥ることになる課題が、そこで見えてくるんですね。

カップルによって異なりますが、自分の中でフタをしている違和感やモヤモヤという火種は結婚生活の中でいずれ爆発し、離婚の危機にまで発展することもあります。

徳:その火種を事前に消しておくことはできるんですか?

よしおかさん:その火種にもよりますね。一人で解決しなくちゃいけないものなのか、二人で解決できるものなのか。その火種を明らかにして解決したことをきっかけに二人の仲が深まるケースもあります。ただ、いずれにせよ、覚悟が必要です。

徳:覚悟、ですか。

【写真】ライター徳と向かい合って座るよしおかさん

よしおかさん:そもそも恋愛と結婚は違いますからね。恋愛は“好き”という自己中心的な欲が重なった、お互いに見せたい部分と見たい部分だけで過ごせるけれど、結婚は互いに自分をさらけ出して生活を営む覚悟を持って、家族を築いていく責任も伴うもの。パートナーは共同経営者のような存在です。そこを切り分けて考えないと、自分の理想ばかりを求めて「こんなはずじゃなかった」となってしまいます。

徳:事前にパートナーと価値観を擦り合わせていくことはある程度は必要だと思うのですが、最初からピタッと重なる人はなかなかいないような……。

よしおかさん:もちろんすべてがピタッと重なることはないですよ。育った環境が似ているとか、金銭感覚が近いとか、生活に関わる価値観は割と大事だとは思いますが。すべてをピタッと重ねようとするから、ズレが生じてしまうんですね。

徳:どんな夫婦も多少の価値観の違いはあるし、どんな家族も大なり小なり課題とともにある……。そもそも、家族ってどういうものなのでしょうか?

よしおかさん:まず、“完璧”な家族なんてないし、家族のかたちはさまざまで”普通”ってこともない。ただ、昔から変わらないこともあると思うんですね。家庭は、安心で安全な帰る場所で、家族は衣食住をともにしながらも、いざというときに頼れる存在。

パートナーの場合、そうでなくなったときに離れる選択をする人もいます。たとえば、タイタニック号に乗っていたとして、船が沈んで海に投げ出され、溺れそうになる瞬間、助けを求める相手として誰の顔が浮かびます?

徳:……夫ですかねえ。タイタニック号レベルだと救助隊を求めるかもしれませんが(笑)、自分に何かあったときは夫を頼りにすると思います。逆に、娘は守りたい存在なので、たとえば地震で地面が揺れたときなど、真っ先に娘のもとに飛んでいきますね。

よしおかさん:自分が困ったときに助けてくれるという信頼がある。あるいは相手が危険なときに守りたいと思える。そうやって危機的な状況にあるときに、お互いの顔が浮かぶような関係性であるといいですよね。

とはいえ、パートナーシップや家族のかたちは時代によって変わっていくし、正解はないんですね。だからこそ、悩みが尽きないわけです。

相手を変えようとせず、自分の考え方や自分がいる環境を変える

徳:ゆうみさんは里親として子どもたちを家庭に迎え入れてきて、一般的な核家族のあり方とは違いもあるかと思うのですが、ご自身の家族やパートナーシップのあり方はどう変化してきましたか?

よしおかさん:私のパートナーは、海外出張が多くて1年の半分ほど家にいないんです。我が家は里親として子どもを預かる家庭でもあるので、子育てがとにかく大変で。 最初はなんで?こんなのおかしい!って思ってましたよ。でもね、いろんな家族の話を聞くうちに、不満や課題がない家族なんていないということに気づいて。覚悟を決めて、相手への期待を手放したんです。

【写真】身振り手振りをまじえて話すよしおかさん

徳:わああ、私のパートナーも同じ状況です。相手への期待を手放すに至るまではどんな過程があったのでしょう?

よしおかさん:当初は相手を変えようとしていましたし、自分の大変さをわかってもらおうとしていました。でもあるとき、それが自分にとってストレスになっていることに気づいて。

心理学に「リフレーミング」という手法があるんです。視点を変えたり、焦点をずらしたり、解釈を変えたり、今までの考えとは違う角度でアプローチして、意図的に見方をポジティブなものにしていくこと。

近い存在であればあるほど、欠点や不足に目が行きがちなんですが、リフレーミングで、相手の良いところや頼りになるところに目を向けて、書き出していったんです。そうやって相手に対する見方をポジティブなものに変えたことがスタートラインになりました。

徳:たしかに、相手の性格や性質は見方によって、長所にも短所にもなりますもんね。仕事が好きでよく働く夫を子育て中はついマイナスな視点で見てしまっていましたが、見方を変えれば家庭にとっても良い方向に捉えられるのかもしれません。

ただ、相手への期待を手放すと、子育てや家事など自分の負担が大きくなってしまい、孤独も感じてしまいます。そうならないためにできることはありますか?

よしおかさん:家庭内で解決しようとせず、外にも頼ることですね。まず、同じような境遇の人と弱音を吐いて、共感を得る。共感は人の心を癒しますから。すると、心に少し余裕ができ、今自分がいる環境を冷静に俯瞰して見つめることができるので、自分を責めなくても済むはず。だから、共感できる人が身近にいる状態をつくるといいですよ。あとは、否定しない人ですね。

徳:ああ、なるほど。思い当たることがあって、夫の出張中など、追い詰められたときに、ブログサービス「note」に自分の気持ちを書き出していたんです。書き出すうちに自分の気持ちが整理されていく側面もあるんですが、公開した後に、同じような悩みを持つ人がコメントをくれて、癒された経験があります。

よしおか:まさにそういうことです。それから、大事なのは環境を変えること。相手を変えることはできないし、自分もすぐには変われない。だから、子育てが大変な時期は、シェアハウスや地域コミュニティが濃厚な地域に引っ越すとか、実家の近くに住むとか、選択肢を広げて環境を変えてみる。あと今は、オンラインでの繋がりもかなり大きいですね。

私もパートナーの不在を受け入れてから、親戚から近所の八百屋さんまで、頼れそうな人にはみんな頼りました。自宅を子どもも大人も集まれる場所として地域に開いたことで、私が救われることも多々ありましたね。

徳:なかなかそこまで大きく環境を変えることができなくても、私自身、近所のママ友や友だちに頼って、晩ごはんを一緒に食べたり、週末に泊まりに行ったりできる場所があるだけで、気持ちの上でも楽になりました。

よしおかさん:そうでしょう? あとは、自分にとって今何が必要で、何が大事かを問いかけて、優先順位を決めていく。相手だけを見ていると、全部パートナーのせいになっちゃうけれど、自分に問いかけて考え方を変えて、環境を変えていけば解決できることもあるんです。

徳:はあ。たしかに私も、子育て中、一人の時間がないことがストレスになっていると気づき、生活リズムを変えて、自分のやりたいことをやる時間を持って心を満たすようにしたら、相手に対する不満が軽減した気がします。

【写真】インタビューを受けるよしおかさん

よしおかさん:いいですね!パートナーも自分も、人は急には変わらない。だからこそ、環境を変えて、考え方や見方を変えて、少し諦め少し手放し、受容範囲を広げていく。それを繰り返す日々の積み重ねで、歩み寄っていくことができるようになるはずです。

徳:ゆうみさんとお話ししながら、自分がなんとか手探りでやってきたことの答え合せをしているような気持ちです。なかなか長い道のりですが、やっていくしか、ないですね。

よしおかさん:一緒に家族をつくっていくということは、一朝一夕にはできないからね。家族と正直に向き合いながら歴史を紡いだ先に見えるのは、深い信頼と絆です。

分かり合えないことを前提に、違いを受け止め、対話を重ねていく

徳:長年連れ添った夫婦の「阿吽の呼吸」に憧れる人もいると思うのですが、一緒に過ごす時を重ねることでで、わかり合えるようになるものなんでしょうか?

よしおかさん:その間、ちゃんとコミュニケーションを重ねて20年くらい経てば、誰よりも分かり合えるカップルになります。相手の癖や性質がわかる、違いを面白がる余裕ができる、という感じかな。そもそも育った環境も考え方も違う人間同士、100%わかり合えるってことはない。

もし、100%相手のことを理解しているという人がいたら、それは相手が我慢している可能性もありますよ。実際に、夫婦の一人が相談に来るほど悩んでいて、もう一人は万事順調だと勘違いしているケースはよくありますから。「わかり合えている」と思っている人ほど、要注意です。

徳:わかり合えないという前提に立つと、相手に対する態度やコミュニケーションの密度も変わってくるように思います。

よしおかさん:そうですよね。遺伝子的にも生物的にも、私たち人間は「違うもの」に惹かれ合うようにできているんです。恋愛ではその「違い」が魅力であったのに、結婚すると「無理解」になってしまうことも。でも、人はそもそも違うもの。その違いは自分に葛藤を与え、成長させてくれるものでもあるし、相手と違うからこそ、補い合えるんです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるよしおかさん

よしおかさん:時間はかかるかもしれないけど、わかり合えないこと、相手が自分と違うことを尊重し合えると、いい関係性が築けるんですね。そのためにはやっぱり、日々のコミュニケーション、対話が欠かせません。そして、ユーモアを忘れず、心を明るく楽観的に保つことが秘訣です。

対話の原則は、相手も自分も尊重した上で、正直に伝え合うこと

徳:生活リズムや性格が違うパートナー間で対話が進まず、すれ違ってしまうこともあると思うのですが、対話をしていくためのポイントはありますか?

よしおかさん:適切な対話の方法はカップルによって異なります。たとえば、論理的に話を整理しながら進めたいカップルは、アジェンダを立てて書き出せるものを用意して場づくりから入っていく。感覚的に話を進めていくカップルは、食後にお茶やお酒を飲む時間をつくる。そもそもどうして?といった哲学的な深い問いから考えたいカップルは週末などにしっかり時間を確保して向き合う。

とはいえ、二人のタイプに違いがあると、面倒だな、対話が成立しないな、と孤独感を深めてしまうことになります。なので、自分と相手の対話のタイプを知るところから初めて、お互いが無理なく楽しめるかたちを探っていくと良いと思います。

日常に追われていると、つい対話がおろそかになってしまうので、言いたいことはメモして、週に1回、月に1回などペースを決めて、定期的に時間を設けるのもおすすめです。

徳:なるほど。我が家は離れている時間が多いので、slackで買いたいものや行きたい場所、話し合いたいことを共有して、LINEは日々の雑談といった感じで、オンラインでは毎日のようにやり取りをしているんですが……。

よしおかさん:それでもいいと思いますよ。今はいろんなオンラインツールがあるので、遠距離でもコミュニュケーションを取りやすいですよね。物理的な距離があったほうがいいコミュニケーションが取れるというカップルもいるんです。同じ空間にいてぶつかり合っていた夫婦が、別の家で暮らすようにしたら、いい関係性を築けるようになったとか。

徳:へえ。コミュニケーションを円滑に進めるために常に近くにいないという選択肢もあるんですね。具体的に対話を進めていくときに意識したほうがいいことはありますか?

よしおかさん:対話の原則は、「アサーション」と言って、相手も自分も尊重した上で、正直に伝え合うこと。

自己主張には主に4つのタイプがあります。1つ目が、主体的に「私はこう思う」と正直に主張するタイプ。2つ目がアグレッシブに「あなたはこうだ」と攻撃的に主張するタイプ。3つ目が受動的で言いたいことを我慢してしまう非主張タイプ。4つ目が諦めて、対話を回避するタイプ。

よしおかさん:自分のタイプを知った上で、お互いが「私はこう思う」と自分の思いを正直に伝える「アサーション」を意識できると、いい対話ができるはずです。

意見や要求をぶつけて闘争するのではなく、お互いを生かし合って歩み寄っていく。そのために、「I’m OK, You are OK」と自分も相手も受け入れられる練習をしていきましょう。これは、仕事の人間関係にも役立つので、意識してみてください。

【写真】ライター徳の話を聞くよしおかさん

お互いのパーソナル・スペースがあることを知って、踏み込みすぎない心遣いを

徳:家族で一緒にいる時間が増えたことで、些細な喧嘩が増えたという声も聞きました。「喧嘩するほど仲がいい」という言葉もありますが、そもそも喧嘩ってしていいものですか?

よしおかさん:時には喧嘩も必要だと思います。真剣に主張する、自分を表現する、自尊心を守る、といったときに喧嘩が起きるんですが、そこからお互いの理解が深まり、歩み寄るきっかけにもなりますから。

ただ喧嘩をしたときに気をつけなければいけないのが、長く引きずらないこと。そして相手の人格まで否定しないこと。不毛な口論に発展させないこと。もし、相手のプライドや自尊心を傷つけてしまうようなことがあれば、すぐに謝る。

徳:身近な存在だから甘えがあるのか、心ない言葉を投げかけてしまったり、意地になって素直に謝れなかったりすることがあります。これって、なぜなんでしょう?

よしおかさん:至近距離にいる家族は、「パーソナル・スペース」を許し合っている存在だからなんですね。

パーソナル・スペースとは他人に近づかれると不快に感じる空間のこと。文人類学者のエドワード・ホールは、対人距離を、①密接距離、②個体距離、③社会距離、④公共距離の4つに大別しました。

よしおかさん:一緒に暮らしている家族は、①密接距離にいる存在です。個人の領域、パーソナル・スペースを許し合っている家族は、自分と相手との境界線が曖昧になり、感情が共鳴し合う関係性なんです。境界線が曖昧になることで、つい尊重することを忘れてしまい、他者にはしないような言動をとってしまうんですね。

適度な依存はいいけれど、過度な依存は、相手の人生を奪ってしまうことにもなりかねません。たとえば、母親が子どもを過度に干渉したり、父親が子どもに自分の夢を託したり、自分の課題をパートナーに映して責めることで解消しようとしたり。

家族は親密な関係だから、境界線に踏み込んでもいいけれど、パートナーも子どもも独立した人間として、尊厳まで踏みにじってはいけない。近い距離にいるからこそ、決意して、気をつけないといけないんです。

徳:尊厳を踏みにじってしまう可能性がある距離感にいることを意識することが大事なんですね。相手に自尊心を傷つけられたときに、わかってもらいたいがゆえに、感情的になって相手を傷つけるような言葉をぶつけてしまうことがあるのですが、そうならないためにできることはありますか?

【写真】インタビューに答えるよしおかさん

よしおかさん:まず一つが、「I(アイ)メッセージ」で伝えること。「あなたはこれができていない」と相手を主語にするのではなく、「私はこう思っている」、「私はこういう理由で傷ついたから、こうしてほしい」といったように自分を主語にして、相手を責めずに伝えるんです。

次に、深呼吸するなどして、相手の視点に立つために自分に問いかけること。「相手は、どういう気持ちからそう言ったのだろう?」、「相手の自尊心を傷つける言い方をしてはしていないだろうか?」といったように。

そして、相手を変えようとしないこと。パートナーのここを直してあげよう、子どもをしつけようという気持ちがあると、逆に相手は心理的に反発を覚えるだけですから。

徳:相手をどうにかしようと思うのではなく、自分を主語にして、気持ちを伝えて歩み寄っていくことが大切なのですね。

よしおかさん:されて嫌なことは人によっても違うので、自分が嫌だったことはちゃんと相手に伝えて、相手にも聞いてみるのもいいと思います。私のパートナーは「あれやって、これやって」と指示されるのがとにかく嫌いなんです。初めは気づかなかったんですが、「母親に言われているみたいで嫌だ」と言われてからは、言わないように気をつけています。

相手が嫌がることをわざわざする必要はないので、お互いに学んで、嫌なことをやらないように「心を遣う」んです。

まずは挨拶から、明るく思いやりのある言葉で家庭を満たす

よしおかさん:もちろん対話は大事だけど、「しなくちゃ」と気負うよりも、日々の生活の中で単純な言葉であっても挨拶を交わして、明るく愛のある言葉で家庭の空気を満たしていくだけで、関係性はいい方向へ変わっていきますよ。

密接距離にいる家族は、感情が共鳴しやすいので、明るく楽しく振る舞う人がいればそれが伝播していくんです。

徳:たしかに!娘が上機嫌だと私も穏やかでいられるし、グズグズしだすとイライラしてしまう。もちろんその逆もあります。べったり一緒に生活していていると、鏡だなあって思います。

よしおかさん:そうですよね。だから、明るく穏やかな口調で、「ありがとう」「ごめんなさい」「おつかれさま」など愛のある言葉を伝え合う。なかなかそうできないときもあるかもしれないけれど、それだけで家庭の空気は変わります。パートナーが久しぶりに帰ってきたら、「おかえり!待ってたよー!元気だった?」と言って飛びつくのもいいですよ。

【写真】ライター徳と向かい合って笑顔で話すよしおかさん

徳:3歳の娘は自然にそれをやっていますね。「パパが帰ってきたー!」って喜んで玄関に駆け出して抱きついています。夫はもちろん、嬉しそうですね(笑)。

よしおかさん:そうなると帰ってきたくなりますよね。挨拶をする、ハグをするといった、対話以外のコミュニケーションも大切なんです。

徳:スキンシップも大事。

よしおかさん:あとは家で、音楽をかけて一緒に踊ってみるとか、家族で楽しい時間を共有すること。体を動かして、遊んで、笑うことで、ストレスが減って、課題が解決されることも多いんですよ。同じものを見て、生き生きとした体験を共有すると、共感が生まれて、自然と関係性が深まっていくんです。

家族を開いて、風通しをよく。家族以外に頼れる場所を増やす

徳:先にゆうみさんは「家族の問題を家族の中だけで解決しようとしない」とおっしゃっていて、すごく大事な視点だなと思いました。でも、実際にはどうしても家庭内で解決しなくちゃと内側に閉じてしまいがち。家族を外に開いていくために、どう視点を変えていけばいいのでしょうか?

よしおかさん:今の日本の家族が閉じてしまいがちなのは住宅事情もあるかもしれないですね。昔はこのあたりも長屋が多くて、家庭から怒鳴り声が聞こえたら、「うちにおいで!」って隣に住むおばあちゃんが子どもたちを避難させてご飯を食べさせる、なんてこともあったんです。でもマンションだと隣に誰が住んでいるかわからないことも多いですよね。

住環境はなかなか変えられないので、自分が家族を閉じてしまう理由を考えたうえで、家族に対する自分の固定観念を少しずつ変えていくことから始めるのが良いと思います。

たとえば、家族の評価をイコールで自分の評価だと捉えてしまっている場合は、そこを切り離す。誰も責めないし、家族以外の人に頼ることは当たり前のことです。

また、自分の選択が間違っていたことを認めたくないという人もいるかもしれませんが、どんな選択をしたとしても問題は起きます。そこからどうしていくかが重要なんです。

さらに、周りと比較してつらくなってしまうときは、完璧なパートナーも課題がない家族もいないということを思い出してください。個性や相性、環境は違うので、自分たちらしい家族を築いていけばいいんです。

徳:視点を変えて、自分の思い込みを解いていく。

よしおかさん:ただ、家族と関係性を築いていく過程で、気をつけなければならないのは、自分の自尊心を大事にできているかどうか。体が不調を訴えたり、心が傷ついたり、自尊心が保てないレベルであれば、実家に戻る、親族や友人に頼るなどして、距離を置いた方がいいです。

頼れる場所がない人は、カウンセラーや自治体の相談窓口など、専門家を頼ってください。言葉も含めた相手の暴力は迷わず「配偶者暴力相談センター」などの相談窓口へ。子育ての悩みも、東京であれば「とうきょう子育てスイッチ」など、各自治体に頼れる場所がありますから。

徳:家族の問題であっても、家族以外に頼れる場所があるということを知っておくだけでも、心強いですね。

【写真】東京ガレージの入り口に貼られた張り紙

徳:子育てをしていると特に、家族を開いて、子どもが親以外に頼れる大人や場所をつくりたいとよく思います。

よしおかさん:そうですよね。私は子どもたちの家庭以外の居場所を地域につくりたくて、自宅を解放しています。東京ガレージでは新しく「よるのがっこう」という夜型の10代の向けのワークショップを始めるんです。親から自立するこの時期に、どんな仲間や大人と出会っているかは非常に重要なので。いいものや多様な大人に触れてほしいという願いから、スタートしました。

【写真】東京ガレージのワークショップよるのがっこうのチラシ

悩むのは当たり前。深い根を張り、長い時間をかけて関係性を構築していく

徳:ここまでゆうみさんのお話をお聞きしながら、自分の家族のあり方についても考えを巡らせてきました。私は子育てに孤独を感じていたとき、夫に働き方や仕事を変えることを求めてしまいました。夫にとって仕事はアイデンティティに近いものだとわかっていながらも、家族で過ごす時間や子育てのことを考えると、素直に応援できないというか、妨げるようなことを言ってしまって。そのことに罪悪感を覚えたこともあります。

私自身も、妻として母として家族を築いていく一方で、仕事や趣味など個人としてやりたいことや大事にしたいこともあります。自分に対しても相手に対しても、それらを天秤にかけず、共存していくことはできるのでしょうか?

よしおかさん:「根と翼の法則」という考え方があります。根は安心感と信頼。翼は個人の夢や挑戦を互いに応援しあう意識。お互いの飛躍を応援し合うほど接点が増えて、根は強まっていくんです。

家族という根を張ったとしても、人は誰しも翼を持っています。根と羽根は相反するものだから、嫉妬や不満にもつながりやすいんです。でも、パートナーシップにおいて、それぞれが羽ばたくことを応援し合っていくことができれば、感謝の気持ちが生まれ、お互いの信頼関係はより深まっていきます。

競争はせずに、相手を妬むのもやめて、自分自身が今できることやしたいことに集中すること。そうやってお互いの変化や成長を楽しむことができれば、いつまでも新鮮な関係でいられますよ。

飛躍の時期はそれぞれ違うので、焦らずに。今はパートナーを応援し、時期が来たら、しっかり応援してもらえばいいんです。

【写真】横を向いて笑うよしおかさん

徳:根と翼の法則……胸に刻みます。「今」だけを見ると、「どうして自分ばかり我慢しないといけないの?」という気持ちになってしまいますが、長期的な視点で「私も時が来たら応援してもらおう」と思うだけで、楽になります。

家族のかたちやパートナーシップに、“普通”も正解もないなか、どうやって自分たちらしい関係性を築いていけばいいのでしょうか?

よしおかさん:結婚とは、ふたりで航海に出るようなもの。日常の忙しさに流されず、定期的に地図を広げて、立ち止まり、自分たちの次に目指す場所を決めていく。そうやって少しずつ進んでいくんです。

ただ、ルールや理想に縛られすぎないこと。家族のルールが固定的、管理的、支配的になると、何事も白黒はっきりつける思考に陥って窮屈になってしまいます。具体的な家族のルールをつくった場合は、「守れないこともある」、「守れなくなるときもある」、「自分たちの生活とともに進化する」ことを前提に、とらわれ過ぎず、柔軟に変化させていきましょう。

ルールや「理想」よりも目の前の「現実」の中に幸せをつくり出すことが大事なんです。暮らしの中で自分を知り、相手を知り、お互いに世界を広げ、長い時間をかけて、試行錯誤しながら関係性を構築していく過程を楽しんでいってください。

徳:どこへ向かうか、何があるかわからないこそ、「過程」を楽しみ、「今」に幸せを見出すわけですね。

よしおかさん:家族は変化していくもので、だからこそ、悩みは尽きないもの。家族には葛藤があって当たり前なんです。その葛藤が大事。そう、私はこれが言いたかった!葛藤したり悩んだりするときには成長のチャンス、一皮むけるかもしれないと思って、悩み抜けばいい。悩まない関係性はないんです。

徳:葛藤を経て、自分も成長できるし、相手との関係性も深まっていくのですね。

よしおかさん:私自身も、期待通りに動いてくれないパートナーと思い通りにならない子どもたちと一緒に家族として過ごすなかで、相手のありのままを受け止めることの難しさを感じながら、自分自身の固定観念を次々と壊されてきました。

その過程で、家族にとって本当に大切なことは、それぞれが自分を生きることだってことを学んだんです。別人格なんだから相手のことがわからなくてもOK。あなたも私も自分を生きている。そのことをまるごと受け止めるのが家族だから。

【写真】並んで外を歩くよしおかさんとライター徳

葛藤があってもいいし、悩みがあるのは当たり前。長い時間をかけて、家族という関係性を築いていけばいい。

どんと構えたゆうみさんのメッセージは、目の前の問題で塞ぎがちな心を開き、視野を遠くへ広げてくれます。

家族という近しい人と親密な関係性を築いていると、自分や相手の嫌な部分に直面したり、傷つけ合ったりしてしまうこともあります。一方で、いざというときに頼れる、守りたいと思うその存在に支えられ、ともに過ごす日常の中でささやかな幸せを感じることも多くあります。

痛みや葛藤を伴うとしても、それでもやっぱり私は、夫と娘と、家族を育んでいきたい。なんとも厄介で面倒だけれど、いとおしくて大切な家族という関係性を。

その「覚悟」を持って、長い長い視点で、夫と隣りに並んで、一歩一歩、進んでいこうと思います。すぐには難しいと思うけれど、いつか、わかり合えなくても、変わらない相手と自分を、まるごと受け止められるように。

【写真】笑顔で並ぶよしおかさんとライター徳

関連情報:
よしおかゆうみさんが行うカウンセリング「マインドパワー&ハッピーマジック」 ホームページ
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soarではライターの徳瑠里香さんとともに、「わたしと家族のつながり方」をテーマに、「自分の選択」をして、「わたしの家族」を築いている人たちに話を伺う企画を展開しています。

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(編集/工藤瑞穂、写真/川島彩水、企画・進行/松本綾香、協力/杉田真理奈)