【写真】街頭で笑顔で立っているもりやまたかえさん

「うまくいかなくてつらい時は、いつも子どもたちとの思い出に励まされました。」

友人の紹介で出会った彼女と初めてゆっくり話をしたとき、ぽろっと口に出した一言とその時の優しい表情を今でも覚えています。 彼女は、NPO法人3keysの代表を務めている森山誉恵さん。貧困や格差下にある子どもたちへの学習支援活動やその現場を伝えることを通じて、社会全体で子どもたちを見守り支える仕組みづくりをしています。 誉恵さんは、とても明るくて親しみやすい、笑顔の素敵な女性です。

学生時代から7年間ずっとこの活動を続けてきた誉恵さん。支援の主な対象は児童養護施設の子どもたちであり、けっして受益者から利益を得ることのできない事業を、たった一人で始めて大きくしていくのは、大変な努力があったのだと思います。 そして誉恵さんの向き合う、日本の子どもたちの貧困や格差の問題というのは、あまりに大きすぎるテーマ。

優しさや寂しさ、つらさや喜び。いろんな思いが詰まっていたであろうあの一言を忘れられずにいた私は、誉恵さんのこれまでのストーリーや、強い思いが生まれたわけを知りたくて、話を聞かせてもらうことにしました。

森山誉恵(もりやまたかえ)さん 特定非営利活動法人3keys創設者。1987年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、子どもたちの生まれ育った環境に寄らず必要な支援が行き届くことを目的にしたNPO法人3keysを設立・現代表理事兼職員。ロハス大賞2011年ノミネート・社会貢献者表彰2011年受賞。現代ビジネス「いつか親になるために」連載をはじめ、子どもの格差の現状を講演・執筆・メディアなどで発信中。

自分の居場所じゃないという寂しさを感じていた子ども時代

【写真】微笑んでインタビューに応えるもりやまたかえさん

誉恵さんは日本で生まれ、親の仕事の都合で3歳から韓国へ。子ども時代のほとんどを韓国で過ごしました。 その当初韓国は日本と比べて、これから成長していくという発展途上の段階にあり、競争する空気が激しい時代だったそう。 子どもはとても勉強させられるので、小学生でも夜中まで塾に行ったり、何ヶ国語も習うのは当たり前。韓国では、誉恵さんにとってつらい経験も多かったそうです。

その頃の韓国は、日本のことは文化的には受け入れはじめたけれど、歴史的には受け入られない時代だったのかなと思います。日本に対する考え方もネガティブで、小学校で唯一の日本人だった私にはそれだけでいじめがあったんです。

4、5年生から歴史教育が始まり、仲の良い子たちからはそんなことなかったんですが、他のクラスの男の子たちは「あいつ日本人らしいよ」って私の噂していたこともありました。

今でも覚えているのが、音楽の時間に習う「日本は悪い国だ」というような歌詞がある歌のこと。 そのときは自己否定とまではいかないけど、家に帰って「なんで私は日本人なんだ」って親に怒ったりすることもありましたね。

14歳で日本に帰国した誉恵さんは、韓国と日本の違いに戸惑ったそうです。

日本に帰って「やっと自分の国に来た」と思ったけど、自我が芽生える時期に11年も韓国で育ったから性格が韓国人っぽくなっていて。

例えば、カレーって韓国では全部混ぜて食べるけど、日本じゃそれは汚いって言われる。お椀は韓国では手に持っちゃいけないとか、味噌汁はスプーンで食べたりとか、そういうところが日本の学校ですごく変人扱いされました。

あとは、言いたいことを韓国人のようにすごくズバズバ言っちゃったり。それで日本でも寂しい思いをしました。今は全然感じませんが、その時は「やっと日本にきたと思ったけど、自分の国じゃない」という思いはありましたね。

「とにかく負けたくない」という思いが強かった

【写真】真剣にインタビューに応えるもりやまたかえさん

中学校で誉恵さんが感じていた寂しさから抜け出すことができたのは、高校での環境だったといいます。

高校が国際科のある高校で、帰国子女も多かったんです。公立校だと似たような環境で育ってきている子が多くて、別の環境で育ってきた人は浮いちゃうこともあると思いますが、そこは「みんな違って当たり前」の環境でした。いじめもないし、こうじゃないといけないっていう空気もない学校だったのがよかったですね。

誉恵さんは、高校在学中にはアメリカにも留学していました。

日本語だけだと基礎学力がかなり抜けていたので、勝負できないなと思って。アメリカで英語を学んで、語学力を強みにしようと思ったんです。韓国だと小学校から英語や中国語、パソコンを習ったり、自分の強みがないと生きていけない国だから、その影響もあったかもしれないですね。

アメリカでは白人が多い田舎町に行ったので、黒人差別も激しいしアジア人なんてほとんどいなかったから、やっぱり変人扱いされたかな。だから、半分諦めていて、そこでどうやったらコミュニティに入っていけるかという、周りに合わせる適応能力は身についた気がします。もう3カ国でもそれを繰り返してますからね(笑)。

高校時代を思い返すと、今のようなNPOへの道は考えられなかったといいます。

真剣に将来の道を考えるよりも、漠然と当時は「負けたくない」みたいな気持ちが一番強くって。見返したいっていう気持ちが根底にあったから、何かこれになりたいというよりも、一番になりたいとか、みんなが「お!」って驚くような人になりたいっていう気持ちがありました。

東大を目指していたので勉強も頑張っていたけれど、「まじめなだけだとつまんないやつになっちゃう」と思って、見た目でも派手さを意識したり。当時「ドラゴン桜」が流行ってたから、ギャル東大生っていうのが憧れの頂点にあって!「ギャルをしながら東大にいく」っていうのが、高校時代の一番の目標だったんです(笑)。

ーー「とにかく負けたくない」 子どものころの経験からくる思いが強かった一方で、その感情とは真逆に思えるボランティア活動もしていました。

中学でも高校でも、障害者施設や高齢者のデイサービスのボランティアをやってたんです。そこだと感謝されるし、かわいがってもらえるし、もしかしたら「誰かに認めてほしい」っていう感情が満たせたのかもしれないですね。

でもその一方で、「なんでこうなっちゃうんだろう」という思いもありました。障害者を持った方の場合、ケアでご家族がいっぱいいっぱいになっちゃうこともあります。だから、土日だけは家で家族がゆっくりできるように、障害者の方と一緒にどこか出かけるってボランティアをやっていたんです。

でも電車に一緒に乗ったりすると、周りの人からじろじろ見られて。見ている人も悪気はないんだろうけど、「なんだか嫌だな」って思っていました。変人扱いされた昔の自分と重ねていたのかもしれないです。

社会の役に立たないビジネスなんていや

【写真】笑顔でインタビューに応えるもりやまたかえさん

目指していた東大には入れなかったものの、慶應大学に進んだ誉恵さん。社会に対して漠然とした疑問を抱えながらも、大学に入学するとその環境に適応するスイッチが入ってしまい、ボランティアは続けていなかったのだそう。

大学一年の時は、「大学ではみんな知ってる」ってくらいに友達をたくさんつくってました。「誉恵って誰とでも友達だよね」って友達に言われていて、環境に過剰適応していましたね(笑)。

東大に入れなかったから、次は就活では負けたくないと思って、一年生から企業でインターンをしたり、「OVAL」というビジネスコンテストを作るサークルに入ったり。「とにかく負けたくない」っていうのが私の中では一番優先だったから、すごく忙しく過ごしていました。

サークルでビジネスコンテストをつくる側にいる一方で、誉恵さんは自分でもビジネスアイデアをつくり、ビジネスコンテストに参加していきました。

私はことごとく、「儲からないけど社会に役立つ」みたいなアイデアにしか辿り着けなくって。だから、政策系や地域活性系のコンテストだと優勝できるんだけど、ビジネスとして見ると弱かったりとか、アイデアにすごく妥協しないと優勝できませんでした。そういう経験のなかで「私、ビジネスは向いてないのかな」とも思いました。

周りには儲かるものを割りきって作れる人もいたけど、でも私は「社会の役に立たないビジネスはいやだ!」と思っていたので、同じチームのメンバーと揉めることも多かったですね(笑)。

ある企業内ビジネスコンテストで優勝し、実際に事業化しその企業で働いたこともあったそうですが、社会貢献色の強い事業だったため、お金がうまく回らずに2年間で事業は終わってしまいました。

会社で働くって、自分の好みや趣向と合わないとつらいんだなっていうのを経験しました。あの頃は、心の中は文句ばっかりだった。なんでこんなお金優先で考えなきゃいけないんだろうって。だからちょっと私は、違うかたちで仕事できないかなって思い始めたんです。

「自分とは違う子」と思って避けてきた子どもたちとの出会い

【写真】向かい合って座って真剣にインタビューに応えるもりやまたかえさんとライターのくどうみずほ

その頃、身内で亡くなった人がいたり、障害を持ってる人がいたことで、誉恵さんは教育とや福祉に興味を持って調べるようになりました。高齢者や障害者について知っていくなかで出会ったのが、児童養護施設の情報でした。

虐待を受けていて、児童養護施設で過ごしている子どもが40,000人いるという情報を見つけました。調べてみたら、家から15分くらいのところに児童養護施設があるのに、私はそれも知らなくって。

ひとり親家庭の子は知っていても、親と暮らせないほど虐待が深刻な家庭は私の周りにはいなくて。半分好奇心もあったんです、実際どうなんだろうって気になって。施設で学習ボランティアを募集していることを知って、私は勉強は必死にやってきたから役に立つかなと思いました。

「学習ボランティアを募集してます」というホームページに小さな枠で書かれているのを見て、その施設にメールをしたところ、返信がきたのはなんと二ヶ月後。誉恵さんは、ひとまずその施設に足を運んでみることにしました。

施設に行ってみると職員はみんなばたばた走り回ってて「ちょっとそこで待ってて下さい!」みたいなかんじで、待ってても人がこない。やっと来たと思ったら10分くらい説明をうけて、「今日からお願いします!」って言われて、よくわからないうちに活動が始まりました。とにかく環境が騒然としているし、みんな忙しくて落ち着いてないというのが一番最初の印象ですね。

児童養護施設は、子どもたちの人数にたいして職員が少なく、職員のみなさんの仕事量がとても多く忙しいという施設も多いのが現状。そして最初施設の子どもたちにたいしては、今まで自分が出会ってきた子どもとは違って、全体的にネガティブな印象があったそう。

学習支援を始めてすぐに出会った子は、来た瞬間に寝始めたのでびっくりしました。自傷行為の跡がくっきり残っている子もいたし、みんなちゃんと学校に行ってない。いわゆる不良というか、自分が中学校のときは避けてたり、怖がってたような子たちが多かったです。

その頃は彼らを「自分とは違う子」っていう風にしか見てなかったけど、社会にある虐待や家庭の問題とリンクして見た時に、こんなにわかりやすく子供に表れてくるんだなと驚きました。

大学の学習支援活動サークルから始まった3keys

法人を設立して間もない頃の誉恵さん

法人を設立して間もない頃の誉恵さん

週一で始めたボランティアでしたが、子どもたちの学力を向上させるには全く時間が足りず、すぐに一人で続けていくことに限界を感じました。

施設の職員は手一杯でボランティアの受け入れ態勢をつくれない状況だったため、ボランティアを集めてフォローも行う学生サークル「3keys」を2009年4月に設立。もともとビジネスサークルで人やお金を集める経験をしていた誉恵さんは、周りの大学生たちを3keysの活動に巻き込み始めます。

その時は手伝えることがありそうだからっていう気持ちで、いつか本業にしようなんて思ってなかったです。やりたいこともないし、感謝されるの好きだしっていう気持ちくらい。でもすぐに5施設くらいから、手伝ってほしいと言われたんです。

声をかけたら大学生ボランティアはたくさん集まったけど、実際はそんなに簡単じゃなくって、面接のときはすごく良いこと言ってても結局音信不通になっちゃうことも。でもそういう現実と向き合うのはいい刺激になって、仕組みを改善してかなきゃっていうモチベーションにもなりました。

誉恵さんは試行錯誤しながらも、ボランティアを継続的に集め活動を続けていきました。こうしてだんだんと様々な施設に必要とされる存在となった3keys。

子どもたちのサポートを続けていくために、誉恵さんは大学卒業と同時に起業することを決意し、NPO法人3keysを設立しました。現在まで600名以上の学習支援ボランティアが登録し、関東の様々な児童養護施設をはじめとした施設で活動を展開しています。

日常にありふれた何気ない会話こそが、子どもたちには必要なもの

【写真】スリーキーズのボランティア説明会の様子。会場は満席で、参加者は真剣に登壇者の話を聞いている。

3keysでは定期的に学習支援ボランティアを募集し、説明会を実施している

実際子どもたちと接してくなかで誉恵さんが一番足りないと思ったのは、専門的・職業的に関わる人はいても、子どもたちに「普通の人」として接してくれる人たちが少ないということでした。

友達はいても、友達よりナナメな存在として、温かく見守ってくれるけど指導するわけでもないっていう人たちが、子どもたちには全然いないなと思って。私たちってそういう存在でいいんじゃないかなって思ったんですよね。

施設の職員さんも、その子の自立のために優しく接したり、医療的に関わったりするけど、社会に出たらそういう人ばっかりじゃない。「普通の人」として接する範囲でやれることってたくさんあるんじゃないかなって思ったときに、学習ってそのひとつだと感じました。

心理的なケアももちろん必要だけど、それは施設が担っているから、家庭教師のお兄さんお姉さんみたいな感じがいいなと思って。

3keysの学習支援ボランティアのミーティング風景

3keysの学習支援ボランティアのミーティング風景

ボランティアのみなさんには、子どもたちが過剰に反応する部分やワードは伝えますが、専門家である必要はないと誉恵さんは言います。子供から話さない限り、生い立ちをこちらから聞くこともしません。1時間の活動の中では、平均的には40分程度勉強を教え、20分程度子どもと会話をするボランティアさんが多いのだそう。

施設には幼児から18歳までいますが、中高生だと身の回りのことは一通り自分でできちゃうので、どうしても職員さんは幼い子に目がいきがちです。

何人もいる子どもたちの学力や心の状況を、忙しい職員さんが全て把握するのは難しいですよね。結局何がボトルネックで勉強についていけてないのかは誰も把握できていないことも多いので、ボランティアとの勉強後の雑談を通じて見えてくることも多いです。

最初から「あなたの目標は何?」って専門家的に聴いちゃうと、自分に自信のない子は「目標なんてない」って言っちゃうこともあるんです。だから「今日学校でどういうことあったの?」とか、何気なく話しているなかに種があって。

「最近学校が実はつらいんだ」とか、「今は学校が楽しい」「数学が今得意なんだ」っていう会話からヒントが見つかることもあります。

【写真】笑顔でインタビューに応えるもりやまたかえさん

私が出会った女の子だと、彼女が好きなピアノの話をしてくれたり、私にたまに髪の毛結んでくれたりしていたけど、そういうことすらやってあげられる人、聞いてくれる人がいなかったんですよね。

だから自分の夢を膨らませるとか、やりたいことを表現したら、人がどんな反応するのかって体験したことない子が多くて。

でも、その子は話しているうちに、「本当は保育士になりたいんだけど、勉強できないしどうしよう」と教えてくれたんです。 言ってくれたから「まだ中学二年生だし、何年もあるからこうやっていけばきっと大丈夫だよ」と、目標の話をし始めることができるんです。

ボランティアさんたちはけっして何かの専門家ではないけれど、会話をしているだけで「自分ってこう考えてたんだ」「こういうこと言っても聞いてくれるんだ」という経験が、子どもにとっては自分を知っていく大きなきっかけになるのだといいます。

こういう経験がないと、18歳以上になって施設を出たら、困ったとき誰に話してもいいのかわからなかったり、話したら助けてくれる人よりも批判してくる人の方が多いんじゃないかとか心配してしまう。人に頼れなくなってしまうんです。

コミュニケーションのステップをちゃんと踏んで、人を信頼できるようになったら、初めて専門家に相談できるようになるのかなとも思います。何気ない会話のような日常にありふれてるものが、子どもたちには圧倒的に足りないと思います。

【写真】スリーキーズでの学習支援の風景。机を挟んで子供に勉強を教えている。

3keysでの学習支援の風景

子どもたちにとって、肩肘張らないで話すことができる大人たちとの出会いは、自分のキャリアを考える機会や、多様な生き方を知ることにもつながります。

虐待を受けたり育児放棄の家庭で育った子は、「助けて」って言ったら叩かれるとか、「なんでそんなこともできないの」って言われると思ってしまうんです。本当は幼児や小学生って、そんなこと言われない方が普通です。だけど、私たちの当たり前の解釈とは違う解釈をしちゃう子たちが多いんです。

「なんでそんなにネガティブなんだろう」とか、「なんで人は悪い生き物って思っちゃうんだろう」って思うかもしれませんが、そういう環境で育ってきたからしょうがない。ちゃんと「そういう人ばっかりじゃないんだ」っていう経験をしてから社会に出ないと、みんな悪者や敵のように思ってしまう。

だから、子どもたちの日常の経験自体を塗り替えていかないといけないと思いますし、そこが一番難しいかもしれないですね。

「困ったら頼ってもいいんだよ」という空気をつくりたい

【写真】真剣にインタビューに応えるもりやまたかえさん

児童養護施設の子どもたちのケアが必要な一方で、子どもたちがどうして施設に入らなければいけなかったかを考えてみると、そこには家庭が機能しなかったという問題があるといいます。

私たちは親と直接接する機会は少ないんですが、職員さんから状況を聞く限りでは、親自身も人に頼れなかったり、人に不信感があるんだそうです。

日本は先進国だし、利用しようと思えば生活の保障はあるんですが、周りの目が怖くて一人で抱えてしまって、誰かに助けてって言えず最悪の状態になってしまうことが多い。

そういう親御さんのもとで育った子どもも、人に頼っちゃいけないって思い込んでしまったりもします。貧困や虐待よりも、人に頼れないというのが本当は一番根が深い問題なんじゃないかと思います。

今は地域の助け合いが昔より少ないので、あらゆることが金銭を介したサービスになってしまっていて、お金があれば堂々と頼ることができますが、お金がない人は行政サービスしか頼るものがありません。でも、そういう人こそ、堂々と人に頼ることができない場合が多いそうです。

たとえば一人親家庭だと、仕事も子育ても自分でしないといけない。最近は両親二人だとしても、いろいろなサービス活用しても子育てって大変ですよね。でも一人だとさらに大変だし、パンクしちゃって鬱で仕事にいけなくなったりしてしまう。

その間に借金が膨らんで、生活保護を受けたくてもそういう時間もなく、金融機関でお金を借りて、またそれ返すために一生懸命働いて、というような負の連鎖になってしまっていることも少なくないんです。

生活保護を受けているひとが批判を受けやすいという状況の中で、「自分は子育てができていないので、助けてください」というお願いは、安心して周りの人を信頼できないとなかなか言い出しにくいこと。 本当になくしていかなければいけないのは、「人に頼ることのできない空気感」だと誉恵さんはいいます。

日本では児童養護施設、社会的養護の対象となる子どもの割合は、世界的に見たら実は少ないんです。「数が少ないからいいか」というふうに見られがちなんです。

でも実は公的はサービスに頼る習慣がないから、あまりに深刻化してからしか数字として出てこないだけという説もあります。 家庭で抱え込みやすいんですね。

「頼っていいんだよ」という空気に変えていくために、親が頑張るか、行政が頑張るかというだけではなく、様々な人たちも理解して手を差し伸べる仕組みを作っていきたいです。

【写真】子どもたちの置かれた現状を伝えるチャイルドイシューセミナーの会場は満席だ。

子どもたちの置かれた現状を伝えるChild Issue Seminar

3keysでは学習支援事業を行うほか、子どもの貧困や社会的孤立の現状について、現場から見てきた視点をイベントや講演を通して、社会に発信していくことにも力を入れています。

お金がある人は周りの環境を選べてしまうので、住む場所や子どもを通わせる学校によっては、いい環境が守れるかもしれません。だから、今まで貧困だったり生活保護を受けている人と出会ったことがなく、そういった情報を見るのがテレビだけで、全く現実味がわかない人も多いと思います。

前提が全く違うのに中途半端に自分と比較して、「自分は頑張れたから、頑張らないのがいけない」などと、自己責任論に落とし込まれやすいとも感じています。そうなると、社会がますます乖離してしまうと思います。

私はありがたいことにいろんな人に支えられていたので、育った環境がよかった方だと思っています。でもそうではない児童養護施設の現状も知っているので、中間にいてそのギャップを埋められるかもしれないと考えているんです。

「親や子どもたち個人の努力の問題じゃなくて、社会全体で考えてかなきゃいけない問題なんだ」っていうのを、どう工夫すれば伝わるかチャレンジしていきたいです。 もっと言えば、何が原因か粗探しするよりも、「今困ってる人がいるんだから、みんなできることを考えてやろう」って私は思うんです。

情報発信をしていると賛同や共感の声をいただく一方で、疑問や批判の声を受け取ることも多いそう。3keysのスタッフのみなさんは、世間の様々な声に困惑しながらも、事実と向き合うこと自体が大事だと考え日々頑張っています。 支援されている側だけではなく、こういった支援をしてる側の人たちを応援し支えるということも、とても大事だと感じました。

インターネットを介して子どもたちが支援にたどり着く道を

誉恵さんはクラウドファンディングでサイト構築費用を募集中

誉恵さんはクラウドファンディングでサイト構築費用を募集中

2011年から学習支援の現場で活動を続けてきた3keysは、今新しいサービスへのチャレンジを始めようとしています。栄養ある食事を提供する地域食堂、無料学習支援の現場、いじめや妊娠、LGBTなどの悩みに合わせた相談機関など、子どもたちがインターネットを介して支援団体の検索・利用ができるポータルサイトの立ち上げです。

非営利のサービスはリアルベースが多いんですが、そうなるとそこに連れ出してくれる大人がまわりにいないと支援団体に結びつかない。頼れる大人がいなくて、一番手を差し伸べなきゃいけない子どもたちほど、今たどり着く術がないんです。

電話相談のサービスもありますが、電話は抵抗がある子もいます。子どもによって利用しやすいもの、利用しにくいものはある。それは大人が、美容院や飲食店ひとつ行くのにも好みが分かれるのと一緒です。

「年齢が上の人ばっかりのところはいやだな」とか、「住んでる地域だと親に情報がいきそうでいやだな」とか、それぞれの子どもなりの「これはやだ」っていうことがある。

でも、そもそも支援団体があることを知らない子もいます。ニュースなどでちらっと聞いて検索するとしても、たとえば無料学習支援はネットでは情報が100万件も出てくるんです。それをひとつひとつ調べなきゃいけない。

無料の学習支援があることを知らなければ、検索するとしたら「学校 いきたくない」だったりするかもしれない。でもそういうワードで検索をかけると、どうしても有用でない情報が先に出てくるんです。

今はスマートフォンの普及率が高まっているので、子どもたちが何かあったときに誰かに相談したり電話するよりも、まずはインターネットで検索するというのは十分考えられること。私も子どもたちが検索するときに使いそうな言葉を想像して、検索してみました。

「家出 中学生 泊まりたい」だと、上位に表示されるのは「yahoo!知恵袋」や「教えて!goo」で「家出をしたんだけど、泊まるところがありません。どうしたらいいでしょうか?」という中学生の書き込みや、家出した女子中学生を自宅に泊めようとする男性による投稿や、アダルト関係のサイトなど。

女性高校生が望まない妊娠をしてしまったときを考え「妊娠 高校生 相談」、女性として生まれて恋愛対象が女性だけどレズビアンという言葉も知らない場合を考え「女だけど女が好き」など、様々試してみました。でもどうしても相談を目的にしたサイトなどが表示され、適切な支援に行き着くような検索結果がでてきません。

今はスマホでインターネットをしていると、アダルト系や出会い系、「簡単に稼げる」みたいなバイトの広告が多く出てきますよね。そうすると、変な大人とつながってしまうし、より一層大人への不信感が強まる可能性もある。

でも、「ちゃんと助けてくれるところもあるんだよ」って言いたいんです。 子どもは犯罪や事件には簡単に巻き込まれやすいのに、そうじゃないものは学校の先生や親がを介してしかたどり着けない。

でも、結局そういう大人が周りにいないから、2ちゃんねるやLINEなどオンラインに居場所を求めてくるのに、矛盾していますよね。ネットしか使えるものがない子もいるから、その子たちがいち早く、信頼できるかわからない団体じゃなくて、一定の基準をクリアした安心できる団体と繋がれるような仕組みを作りたいです。

サイトのイメージ画像。4月のオープンに向け現在作成中。

サイトのイメージ画像。4月のオープンに向け現在作成中。

このポータルサイトは、児童養護施設にいる子かどうかは関係なく、そんな子どもたちでも問題が深刻になる前に使ってほしいそう。今までは一般の家庭にアクセスするのは安全面の保証などが難しくて、施設に来てからしか支援できませんでした。

そのできなかった部分もカバーしていくために、今回は施設にいる子よりはそれ以外の子がメインのターゲットだと考えサービスをつくっています。 信頼できる支援団体かどうかの選考、そして子どもたちにとって検索しやすいサイトをデザインし、検索エンジンで上位に出てくるためのSEO対策をはじめとした、インターネット広報体制をつくるには一定の費用がかかります。

3keysでは、現在クラウドファンディングを通して資金を集めながら、サイトの構築を進めています。

関わったぶんだけ子どもたちは変化していく

【写真】笑顔でインタビューに応えるもりやまたかえさん

あらゆる方法で子どもたちをサポートしてきた誉恵さん。これまで出会った子どもたちとの一番印象的だった出来事を聞くと、前述した「保育士になりたい」と話してくれた女の子とのエピソードを話してくれました。

その子は日頃は不安定だったようですが、私としゃべってる時は笑顔だったし素直に話をしてくれました。今まで積み重ねてきた経験が大きいから、すぐに人を信じたりできないし、私がいないときもそれが維持されるわけじゃないので、確かに問題の根は深いです。

でも週1、2回会うだけだとしても、関わったぶんだけ、子供は確実にこちらの気持ちに気づいてくれます。

その女の子は、何かひとつでも間違えるとパニックになってしまう子で、ノートに「ばかばかばか」と書いてそれをちぎってしまったり、ひどい時は突然いなくなってしまい公園で見つかるような状態だったそう。でも誉恵さんは、「間違えることはみんなあるんだよ、大丈夫」と声をかけつづけました。

毎日100%頑張れないと、自分を否定しちゃうところがその子にはありました。でも誰でもみんな、気分には波がありますよね。だからその子とは、最初指導を始める前に、気分の波を四つ「調子がとてもいい・いい・ちょっと悪い・とても悪い」のどれか選んで書いてもらって、その日の目標をそれぞれ定めました。

調子がとてもいいときは算数のプリントを10枚やるとか、とても悪い時は二問だけがんばるとか。「今日は学校でちょっと悪い事があったから、目標は何枚にしようか」って話し合って。「調子が悪くてもいいんだ」とか、「悪い時は頑張れない、じゃあ調子自体をあげるにはどうしたらいいんだろう」とか、大人だったら当たり前にやってることかもしれないけど、確かにパニックが減ってきたんです。

私の前では調子が悪くてもパニックにならなかったり、それでいいんだって思ってくれて。こんなにもわかりやすく変わるんだなって思って、変化がとても嬉しかったです。このような変化があるからこそ、大人が子どもたちに関わる時間を増やしたいんです。

女の子を思い出して語る誉恵さんから、その子への愛おしさや優しい想いを強く感じました。3keysの歩んできた7年間には、きっと数え切れないほどたくさんのボランティアさんと子どもたちとのストーリーがあったのだと思います。

困ったことを誰かと一緒に乗り越えられるように

【写真】笑顔でインタビューに応えるもりやまたかえさん

これまで3keysを運営してきた道のりには、喜びもあれば、大変なことや辛い出来事もたくさんあったと思います。誉恵さんが強い意志を持って3keysを続けてこれたのは、いったいどんな思いがあったからなのでしょう。

なんだろう。でもね、やめようと思ったことはないんです。

少し考えたあとに、「受益者からお金をもらえない領域の事業ではあるけれど、寄付型でもちゃんと維持していくモデルをつくってやろうというモチベーションもあるけれど、それだけではない」と誉恵さんは続けました。

ところどころで、やっぱり共感があったのかもしれないです。子どものころ転校を繰り返したり、日本の学校に突然入ったりしてとても大変でしたが、親がサポートしてくれたから乗り越えられました。

でも、それがなかったら頑張れたかっていうと、かなり辛かったので無理だっただろうなと思います。他の子と違う施設で暮らすとか、周りが当たり前に持ってるものを持ってないというのは、子供なりにすごく真剣な悩みであるっていうのは、自分の経験からもわかる気がするんです。

日本語が下手っていうので私が学校でいじめられてたときに、うちのお母さんは「じゃああなたは韓国語しゃべれるの?って言ってやりなさい」と言ってくれました。ダメな部分だけじゃない、そのぶん身についたものがあることを教えてあげなさいって。

そういう励ましがあったからよかったけど、私ひとりの力で逆境を乗り越えるのはきっとできなかったって思うんです。

子どもが何かあったときに、一人で乗り越えるのは大変なこと。それを誰かと一緒に乗り越えられるという環境を、どの子どもたちにもつくってあげたいという思いが誉恵さんにはあります。

子どもたちの中には、マヨネーズをいっぱいかけるとか、体に悪そうなものしか食べないとか、すごく食が偏ってる子もいます。

他にも、虫歯が多い子がいたり。 私は何でもまんべんなく食べるし健康だけれど、それって自分の努力だけじゃなくて、親がおいしいものを食べに連れてってくれたり、いろんな工夫をしてくれたからだと思います。

生まれつきじゃないと思うんですよね。いまの自分があるのは、気にかけてくれて、育ててもらえる人がいたから。 この仕事のおかげでそう気づいて、いろんなことにすごく感謝するようになったんですよね。

学力が低かったり、人を信じることができなかったり、食が滞っていたり。でもそんな子どもたちが、けっして怠けていたからそうなったわけではなく、社会にもその理由はあります。

完全に不公平ってなくならないのかもしれないけど、なるべく多くの人が周りをもっと信じれるようになって、それがいい循環になればいいなと思います。助けてくれる人がいるのは当たり前だし、自分も誰かが困ってたら助けるのはあたりまえ。そっちの方が、ひとりで頑張るより寂しくない。きっとそんな世の中のほうが美しいし、理想的なんじゃないかなと思います。

【写真】街頭に立って微笑むもりやまたかえさん ーー「ひとりで頑張るより、寂しくない」 私には、この一言が頭のなかに強く残りました。子ども時代に様々な国の新しい環境に置かれるたびに、寂しさを抱えながらもなんとかしたいともがいてきた誉恵さんだからこそ、この言葉の意味を強く感じるのかもしれません。

自分のいる環境を選べない子どもたちだからこそ、もしシビアな状況を生きなければいけなくなったときに、せめて一緒に頑張ってくれるひとが近くにいてほしい。誰にとっても、困った時に支えてくれるひとがいる世界であってほしい。

困ったら、いつだって大人に頼っていいんだよ。 誉恵さんが子どもたちに伝えたいのは、そんなメッセージ。 たったひとりの大学生の女の子の思いから始まった活動は、少しずつ共感の輪を広げています。 強い意志を持って、根気強く歩みを進めていく誉恵さんの描く未来を、私も一緒につくっていきたいと強く感じました。

関連情報 NPO法人3keys ホームページ

誉恵さんが挑戦している、子ども向け支援団体情報ポータルサイトを作るためのクラウドファンディングご支援はこちらから! (写真/馬場加奈子、協力/森一樹、撮影協力/カフェマメヒコ公園通り店