【写真】ほほえみ立っているそあのすずきときずきのやすださん

あの人は使えない。

そんな言葉を耳にしたり、または自分自身が口にしたりした経験はあるでしょうか。

仕事のうえで「要領がよい」「スピードが速い」といったものは、ひとつの評価軸かもしれません。しかし、単なる評価軸のひとつにすぎないものが、まるでその人自身の価値を決めてしまうような空気を感じるときがあります。

「生産性が低い=役に立たない」という考えは無言のプレッシャーとなって広がり、「ただ生きること」に対する不安を生み出し、自分も他人も苦しめることになっているーー生産性を差別や排除の理由にした発言や事件が起こるたびに、そう感じます。

今回、お話を伺った株式会社キズキ/NPO法人キズキの代表・安田祐輔さんは、不登校やひきこもりを経験した人の学習支援や、うつや発達障害の人の就労移行支援を行なう活動をしています。

自身もひきこもりやうつ病を経験し、事業では、いわゆる「生産性」が求められる社会に生きづらさを感じている人たちの再チャレンジを多く支援している一方で、経営者としては「日々、生産性を意識せざるを得ない立場でもある」と話す安田さん。

この社会に浸みわたる「生産性」という“ものさし”をどう考えたらいいのか――「生産性をただ否定するのではなく、あえて違う角度からとらえ直してみたい」という、soar理事の鈴木悠平とともに語り合いました。

安田祐輔さん
1983年横浜生まれ。事業を通じた社会的包摂を目指す「キズキ」代表。大学卒業後、大手商社へ入社後、うつ病になり退職。その後、ひきこもり生活を経て、2011年に中退不登校向けの学習塾「キズキ共育塾」を創業。全国に9校舎を展開。全国10の自治体と協働し、貧困家庭の子ども支援などに携わる。19年にうつや発達障害による離職からの復帰を支援する「キズキビジネスカレッジ」を開校。著書に『暗闇でも走る』(講談社、2018年)。

【写真】椅子に座り会話をしているすずきとやすださん

「生産性」の呪いにどう抗うのか

鈴木:相模原市にある重度障害者施設「津久井やまゆり園」で、障害のある人や職員が殺傷された事件(※)から3年が経った昨年の夏に、「この事件が社会に投げかけた生産性を巡る問いに向き合わなくてはいけない」という記事を書きました

さまざまな報道からは、植松被告が「役に立つ人」と「役に立たない人」の間に線を引いていること、被告自身が、自分のことも「大して存在価値がない人間」だと思っていたことなどが見えてきます。

僕自身は、障害のある人の就労支援や子どもの発達支援を行う企業に勤めていることもあるし、仕事でのストレスが原因で適応障害の診断を受けたこともあります。

発達障害のうちASD(自閉症スペクトラム)・ADHD(注意欠如多動性障害)の傾向もあり、自分にフィットする働き方につながるまで時間がかかりました。そうした経験も踏まえながら、この社会に覆いかぶさる「生産性」の呪いにどう抗うのか、ということを考える必要があるなと思っているんです。

※相模原殺傷事件:2016年7月、神奈川県相模原市の重度障害者施設「津久井やまゆり園」で、障害のある入所者19人が殺害され職員を含む27人が負傷した事件。植松聖被告は、彼は重度障害者に対して「生産性がない」「生きていても仕方ない」と主張した。

安田:今回のテーマは「生産性」ですけど、僕自身が、日々生産性という軸に左右されながら生きているんですよね。会社で人事評価をして、生産性の高い人が辞めないように給料を上げる――そういうことをずっとやっています。

普段から、めちゃくちゃ生産性を意識して生きているから、給料に見合わない生産性で仕事をする人に対して「何とかしてほしい」と思ってしまうことがある。「僕はこんなに頑張って生産性をあげているのに、なんであなたは足を引っ張るの!?」みたいな……。

鈴木:自分が頑張っているから、いらだってしまうんですね。

安田:鈴木さんは相模原殺傷事件のことを挙げていましたが、みんな「生産性で語ってはいけない」と言いながらも、実は内側にはすごく生産性への意識を抱えていると思うんです。

そういう僕らが、どうあの事件と向き合うのかな、というのは考えてしまいます。こんな風に生産性を意識せざるを得ない背景には、やっぱり時代の流れもありますよね。

【写真】インタビューに応えるやすださん

鈴木:グローバルな競争にさらされて、相対的に日本の経済的余裕もなくなってきているなかで、障害の有無にかかわらず、ほとんどの人が生産性というプレッシャーに常にさらされている。

仕事をしていると、同じ時間で良い成果をあげるためにどうしたらいいのか、といつも考えなくちゃいけない。そういうのは僕にもあります。

でも、そういう生産性や成果の話と、生存の権利はまったく違う話。生産性を基準に生の線引きをしてはならない。そこは分けて考えるべきだってことは、強く言い続ける必要があると思っていて。

安田:それはそうですね。植松被告は「生産性があるか/ないか」というすごく単一の軸だけで物事を判断していて、そこには人権や生存の権利という軸はない。

僕も発達障害はあるのですが、誰でもどういう風に生まれるのか分からない。ある日大きな障害を負うかもしれないし、それは自分で決められない。だからこそ、一人ひとりが守られる必要があると思う。生産性とは違う軸をどう社会に広げるのかっていうことを、考えないといけないのかもしれない。

鈴木:「生産性と生存は何の関係もない」ということは強調し続けたいのですが、その一方で、「それは、きれいごとだよね」って感じる人もいるだろうし、日々周りから生産性を問われる環境のなかで、いまうまくいかなくて悩んでいる人もいる。

だから、今日はあえて「生産性」という概念について、もう少し安田さんといろいろな角度から話してみたいと思っているんです。

個人の生産性をはかるといっても、本人の工夫や能力ではなく社会の環境によって変わる部分もあるかもしれない。また、働く上で生産性以外の評価軸もあるだろうし、そもそも「生産性」をはかる評価軸自体がひとつではない可能性もあります。

【写真】インタビューに応えるすずき

安田:たしかに、生産性のなかにもいろいろな側面がありますね。

僕自身の話をすると、計算や書く作業は結構速くできるほうなんですよ。だから、以前はそういう自分が得意なことが不得意な人を「仕事ができない」と決めつけて下に見ているところがありました。

ところが、会社でマネージャーになった途端に、一緒に働く部下が心身の調子をくずしていくのを見て「あれ、僕にはマネージャーとしての価値がないんじゃない?」と思ったんです。

僕はプレイヤーとしてなら生産性は高いけど、マネージャーとしての生産性はめちゃくちゃ低かった。マネージャーになってみたら、自分が得意の数字による評価で部下を指摘しまくるだけじゃダメで、相手に寄り添って丁寧に話すことができないと誰もついてきてくれない。そのときに初めて、仕事の評価にも多様な軸があることに気づきました。

生産性は「より速く、より多く」だけなのか?

鈴木:多くの人が「生産性」と聞いたときに浮かべるのは、単位時間あたりに「より速く、より多く」生産する力というイメージだと思うんですよね。

でも、それは産業革命以降の製造業がメインだった時代の名残。作るものが決まっていて、ラインをどれだけ効率的にしたら同じ時間でいっぱい作れるかって話です。でも、もう産業構造は変化している。

従来の農業や工業も含めて、いろいろなものが「サービス産業化」「情報産業化」していくなかでは、速さや正確さだけじゃなくて、問いを立てたり対話したりといったコミュニケーションの重要性が高まっています。

「より速く、より多く」の競争にとらわれ過ぎたら、誰だってしんどくなる。それだと、もう機械にはかなわないでしょ(笑)。

安田:アメリカのドラマ『SUITS/スーツ』が好きでよく見ているんですけど、まさにそういうテーマの話がありました。法律事務所で弁護士をリストラするという筋書きで、業務成績をはじき出して下位からリストラ候補者を挙げるんです。

でも、ほかの弁護士が「その人をリストラしたくない」と言い出して喧嘩になる。実は、そのリストラ候補者は成績のよい弁護士たちに囲まれた席にいて、人間関係の緩衝材的な役割を果たしていたんです。

安田:「分かりやすい生産性だけを見てリストラをするな」みたいな台詞があって、それを聞いたときに「アメリカもこうなってきたのか」と思いました。

生産性を高くし、どんどん仕事を処理していくのって、すごくアメリカエリート的なイメージだったんですけど、そういうものだけじゃない価値観になってきている。多様な評価軸が見直され始めている時代なのかなって思います。

鈴木:組織で働くなかでも、この人が会議にいるといつも和やかになるよねとか、いいアイデアが出るよねとか、いろいろな要素がある。ひとつの作業がそこまで速くなくても、実はその人の存在が、相互作用のなかで「組織全体の生産性」向上に貢献しているってことはあるだろうなって思うんですよね。

安田:キズキでは社員の評価をするときに、業務能力だけではなくて、行動規範の評価もすごく大事にしているんです。評価の割合は一対一。

だから、「業務がすごく速くて、会社のカルチャーにはそこそこフィットしている人」と「会社のカルチャーにすごくフィットしていて、業務はそこそこの人」だと、まったく同じ評価がされる。業務がきちんと速くできるというだけでは測れないものがあることは、すごく感じています。

環境を変えることで発揮できる力もある

鈴木:もうひとつ、本人ではなく環境のせいで発揮できていない生産性もあるだろうな、とも思っているんです。

たとえば障害や病気のある人がリモートワークできる体制を整えるとか、特性に合わせたコミュニケーションツールを用意するとか、多様な特性を踏まえた合理的配慮や環境を整えることで、生産性を発揮したり伸ばしたりできる部分もきっとある。

要するに、障害者が困難に直面するのは個人のせいではなく社会の問題であり、その障壁を取り除くべきだとする「社会モデル」ですよね。

安田:それでいうと、僕は発達障害当事者ですけど、朝がとにかく弱いんです。もし毎朝早くから会社に行くことになったら、多分パフォーマンスは50%くらいに落ちる。

だから、いまは起きる時間を遅くしたライフスタイルを確立しています。そのほうがパフォーマンスを発揮できて、結果的にいいと感じているんです。

組織側がそういう個人の特性にいかに配慮できるのかは大事だし、当事者自身も「どんな環境だったら自分の生産性が上がるのか」を把握できるといいですよね。とはいえ、組織のなかで一人だけ特例を認めるのが難しいとか、簡単には解決できない部分もあるだろうと思いますが……。

そもそも、いまの社会では「どんな環境でも生産性高くあれ」と求められてしまうから、「自分はこういう環境だったら生産性が上がる」ということを働く人が考えることすらできない。「朝が苦手で」とか「こういうタイプの仕事は苦手で」と言うと、「甘えたことを言うな」って言われちゃう。

でも、上司や周りの人がそう言ったからといって、環境を選んではいけないんだと思わないでほしいんですよ。自分に合う環境を選んだほうが絶対楽だし、それは甘えとは違います。

【写真】椅子に座り会話しているやすださんとすずき

鈴木:同じ会社の中でも環境の変化は起こり得るし、会社や職場を変えることでも変化は起こし得る。どうしても自分に合わないのなら、その職場から離れることも前向きな選択だと思う。

安田:そうですよね。上司が変わらないからといって諦める必要はなくて。たとえば、いまの職場で働きながら「自分はこういう環境は合う」「こういう環境は合わない」というのを毎日リストアップしていく。それを2年くらい続けて、自分の「合う/合わない」をちゃんと踏まえたうえで転職するのもアリだと思います。

変えることができるものと、変えられないもの

安田:多くの人が「甘えてはいけない」と思っているんですよね。そこの認識を変えることがすごく大事な気がします。僕の好きな言葉で、アメリカの神学者ラインホールド・ニーバーの『祈りの言葉』があります。

「神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。」
(ラインホールド・ニーバー/訳:大木英夫)

安田:変えることのできないものは、そのことを認める。僕の場合だったら、朝早く起きるのは無理だから、絶対に朝早く来なきゃいけないような職場は避ける。そうやって、うまく変えられないことからは逃げていいと思います。

鈴木:僕が働いているLITALICOの就労移行支援事業でも、これまではマイナスにとられていた特性がプラスに働くような仕事をどう見つけるか、もしくはそういう仕事をどうつくるか、ということを、現場の支援スタッフはすごく試行錯誤していて。

たとえば、発達障害のある方は世間のステレオタイプなイメージとして「コミュニケーションが苦手だ」と思われがちなのですが、それも相互作用の結果でしかない。

たとえば「記憶力がすごくよくてアニメが大好きだ」という発達障害のある方がいたんだけど、レンタルDVDショップで働き始めたら、アニメやキャラクターに詳しいから子どもたちの人気者になったんです。

「好き」でつながることでお客さんとのコミュニケーションがすごく活発になるわけですよ。それが店舗の売上にも貢献している。

その人の特性が全部バチっとはまる職場ばかりではないだろうけど、その人が本来持っているものをより良い形で生かせる仕事や職場を探したり、いまある業務も特性を踏まえて工夫したりすることで、もっとストレスなく生産性が上げられるかもしれない。

【写真】インタビューに応えるすずき

安田:これからは人手不足の時代だから、そうやって工夫や配慮をしていかないと、組織がまわらない状況になっていくと思います。そういう意味では考え方を変えていくチャンスですよね。

鈴木:僕が企業向けに障害者雇用について話をするときには、目指す水準や期待値は下げなくてもいいけれど、そこに至るまでの時間軸を少し長く設定しながら、いろんな方法・可能性を探っていってほしいと伝えているんですよね。

障害のある人は、社会との相互作用の結果として、学習や社会参加の機会が少なくなってしまいがちです。そのため就職活動時においても、同じ年齢の人と比べるとどうしても社会経験や獲得スキルが少なかったり、心身の特性から稼働可能時間が短かったりすることは少なくありません。

それでもいろいろな背景がある人を信じて、長い時間軸で一緒にかかわり続けることは、経営マネジメント側の意思の問題だと思う。

安田:逆に当事者自身が自分を苦しめていることもあるなって感じることもあります。

たとえばキズキで就労支援をするときに「最初の給料は低いかもしれないけど、5年くらいかけて上げていくイメージでゆっくり山を登ろうよ」と言っても、「最初から最低これくらいの給料じゃないと……」となってしまう。それで結局、自分が苦しい思いをすることになるんです。

学習塾のほうでも、中学校からずっと不登校で勉強してこなかった人から、「半年後には早慶に受かりたい」と言われちゃうことはよくある。絶対に無理だとは言わないですけど、相当努力しないと難しいですよね。

【写真】インタビューにこたえるやすださん

鈴木:「これくらいの給料じゃなくちゃ」とか「いい大学に行かなくちゃ」っていう価値観を周りから刷り込まれていて、それが本人のプレッシャーになっているんでしょうね。

僕も、大学を卒業してから東日本大震災後の東北で活動していましたが、東大の同級生たちはみんないい企業に就職していました。みんなで集まっても僕だけ本当にお金がない。

周りは早くも資産形成の話とかしていて、僕は学生時代より高くなった飲み会代を払うのも厳しい状態。だから会の後半に遅れて現れて、お酒1杯分だけ払ったりとか……。それがプレッシャーだったし、つらかったので気持ちはわかります。

安田:何歳までにいくら稼いで、何をしていなくちゃいけないっていうのが、日本はすごく強い。でも、そういう感覚が強いから、働くにしても学ぶにしても「自分のペース」を受け入れづらい。

そういう僕自身も、似たような価値観にからめとられています。周りよりだいぶ遅れて25歳で商社に就職したけど、26歳になる前にうつで休職。27歳のときはほぼバイトみたいな生活でした。

商社時代の同期から合コンに誘われても、出費が高いから行かなくなって。そうやって他人と比べて、どんどん追い詰めて焦っちゃうことから抜け出せない。だから、難しいなって思うんですけどね。

鈴木:それを解消するには視野や選択肢を広げることが必要だと思うんですよね。社会全体として、仕事につくまでのいろいろなプロセスの可能性だとか、ロールモデルになるような多様な働き方や生き方を発信していくことも、すごく大事だなって思います。

何かひとつ自信がもてれば、弱さを開示しやすい

安田:朝起きられないし、いろいろダメなところがあるけども、それでもアイデンティティをなんとか保てているのは、僕の場合は自分で起業してキズキを経営していることが大きいと思うんです。

子どもの頃からずっと自己肯定感は低いんですけど、とりあえず人から認められやすい仕事の肩書があるというところで安定を保っている。

発達障害があって、朝のミーティングはできませんとか、遅刻が多くてすいませんとか、衝動性で思ったことを言ってしまいますとか、「弱さの自己開示」がしやすいのは、多くの軸のなかで、一応ひとつは周りからも認められているものがあるからだと感じています。自分でも経営は他のことよりは得意じゃないかなという気持ちがあります。

【写真】インタビューに応えるやすださん

安田:でも、弱さの自己開示が出来ないタイプの人は、自分に自信が持てる箇所がなかなか見つからなくてつらい思いを抱えていることが多いんですよね。

そうなると「弱いところを常に隠さなきゃ」みたいになって他者との関係を閉ざしてしまい、余計に自信がもてなくなる。自分の強みはほかにあるから弱さを開示しても許されるだろう、みたいな安心感を持てるかどうかは大きい気がします。

鈴木:いまの仕事や環境がフィットしていなくても、周りに「あなたには他にこんないいところがあるよ」という違うものさしを提示してくれる人がいたり、長い目で見守ってくれたりする人がいると、それだけで違うんだろうなって思います。

安田:そういう人や環境に出会えると、弱い部分や障害があっても割と楽しく生きられますよね。それは仕事じゃなくても、プライベートな領域でもいいと思うんですよ。

逆に、僕の場合は、プライベートな領域ではそういう場所をもてていない。発達障害によるところが大きいと思うけど、近い関係になると面倒臭いと言われることが多くて友達がほぼいません(笑)。

仕事があるからいいかとも思うけど、友達がいない問題っていうのは、僕の人生のなかで最も大きいテーマなんですよね……。

鈴木:僕も、相手との距離感をつかむのが難しくて、昔から人付き合いは得意じゃない。恋愛でも失敗することが多くて、自分でも今、結婚していることにびっくりするくらいです。自分が世界とフィットしていない感覚っていうのがずっとありました。

でも、LITALICOに入社して、「こういうことをやってみたら?」と機会をくれる人がいたり、こうやってsoarにも誘ってもらったり、仕事を通して救われた部分が大きかったかな。

人とのコミュニケーションも後天的に学んで、前よりもちょっとはできるようになってきた。20代はずっとつらかったけど、30代になってからやっと自分のサンクチュアリみたいな場所を見つけて楽になりました。

まあ、仕事に居場所性が強い人もいれば、プライベートのほうが大事だという人もいるし、それは人によって違っていいんだと思います。

【写真】インタビューに応えるすずき、笑みを浮かべている。

評価軸が増えれば、比較自体がどうでもよくなる

安田:僕は、もっといろいろな評価軸を増やしていくことで救われる人がいるんじゃないかと思っているんです。

もちろん理想としては評価軸なんてつくらないで、「他人と比較しないように生きよう」なんだけど、現実には人間は比較しないで生きていくのは難しいとも思っていて。だから、勉強ができるでも、アニメに詳しいでも、容姿の特徴とかでもいいと思う。何かひとつでもいいから自分で認められる軸を見つけられるといい。

【写真】インタビューに応えるやすださん

安田:なぜそう思うのかというと、僕は子どもの頃、そんなに勉強はできなかったんです。身だしなみを整えるのが苦手で、見た目もだらしなかった。運動もクラスの中でダントツにビリ。

それでもピアノだけは得意だったから、どこかで「自分は頑張ればできるはずだ」と思えた。そういう意味でも、全部がマイナスでも何か一個ちょっとでもあると違うんじゃないかな、と感じています。

鈴木:もっと世の中にいろいろな評価軸が増えていけば、だんだん比較すること自体がどうでもよくなってくるかもしれないですよね。誰でも何かしら得意なもの、自信のあるものが見つかるよねってなると、結果としてそれで比較したり評価したりすることなんて、どうでもよくなる率があがっていく。

安田:あと、僕は「仕事だけで幸せになれない問題」に対して、発達障害当事者の恋愛支援をしたいとずっと考えているんです。

誰かと恋愛して付き合うなかで素の自分が少しずつ受け入れられていく経験があると、人って変わっていく。今までの福祉業界は「働く」ことに偏りすぎてきた。福祉業界が働く支援ばっかりやっていたら、そりゃ、生産性の話になっちゃうじゃないですか。

鈴木:たしかに。むしろ生産性に加担してしまう……。

安田:だから「生産性以外の話もしよう」と言うのであれば、働く以外の支援をもっとやろうよって、すごく思っていますね。

仕事のことで気分が沈んでいる人は、実はプライベートでも問題を抱えている場合があって、両方が重なってうつになることも多い。そういう意味ではプライベートな領域の支援を、もっと充実させていくことも大事だと思います。

鈴木:その恋愛支援、僕もぜひサポーターとして手伝わせてください。自分の過去のたくさんの失敗が誰かのお役に立てるなら……(笑)。

【写真】会話を楽しんでいるやすださんとすずき

鈴木:僕、何も持っていない人はいないと思っているんですよ。みんな何かしらの魅力、面白さ、輝くところがある。

もし、それらを見つけられなかったり、生かすところがなかったりするのであれば、それは本人を取り巻く社会側の限界だったり、敗北だったりするのかなって思います。だから、それは変えていくことができるはず。

最後に、もう一度相模原殺傷事件の話に戻りますけど、もちろん生死の話で言ったら、別に輝いていようと輝いていなかろうと、「殺すな!」「生きさせろ!」でしかない。

生産性と生存は何の関係もなくて、生きる、生きていい、生きさせろ、っていうことは、ずっと言い続けなくてはいけないと思います。

かけられた呪縛をゆるめるために

「人間は生産性で評価されるものではない」というのは、お二人の共通した意見。それには多くの人が賛同すると思います。それなのに、世の中を見まわすと「生産性が高いか/低いか」「役に立つか/立たないか」という評価にあふれているのはなぜでしょうか。

この生産性の呪縛は、私たちの命や暮らしよりも「経済」が優先されてしまう社会と関係がある気がします。そして、その呪縛は思っている以上に根深いのではないでしょうか。

対談の中で、経営やプレイヤーとしての作業は得意だけれど人間関係では思うようにならない部分を抱えていると話してくれた安田さん。LITALICOの編集長やsoar理事として活躍する鈴木さんも、30代になるまで「世界にフィットしない感覚」があったことを語っていました。

誰でもさまざまな側面をもち、ときには「弱み」だったものが「強み」に変わることもあるのが、生きることの醍醐味。

何かひとつの軸や限られた環境の中だけで、自分のことも、相手のことを知ることなどできるはずがありません。そのことに気づくために、安田さんが話すような「多様な軸」を増やすことが役に立つのかもしれません。

「評価なんかいらない」という思いと、評価がつきまとう現実のなかで苦しむ誰かのことを想像しながら、お二人は自分の経験をもとにした言葉を交わしていました。こうした対話を積み重ねていくことで、私たち自身にかけられた呪縛を少しずつゆるめていかなくてはいけないと思います。

【写真】楽しそうに会話をしながら散歩をしているやすださんとすずき

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(写真/高橋健太郎、編集/工藤瑞穂、企画・進行/木村和博)