写真:笑顔で話しているとうはたさんとすずき

分かってもらえているはず。

そう思い込んでしまったことですれ違ったり、「なんで気づいてくれないんだろう?」と、期待を募らせて傷ついたり。

家族や恋人、仕事上のパートナーなど、通常よりも一歩踏み込んだ近しい間柄であればあるほど、衝突やトラブルが多くなりがちなのは、なぜでしょう。

また以前、友人からこんな悩みを相談されたことがありました。

当たり障りのない会話ばかりをする人間関係は疲れる。そう思っているのに、特定の人やコミュニティと距離が縮まりそうになると、逃げ出したくなってしまうんです。

大切な人との親密なつながりは、大きな安らぎや自信をもたらしてくれるとわかっているからこそ、信頼できる人とは一歩踏み込んだ関係を築きたいし、深めたい。けれど深入りして傷つくくらいなら、近づかないほうがいいのかも……。彼女の話にはそんな葛藤がにじんでいて、とても共感しました。

抱えている具体的な課題は違ったとしても、多くの人が親密な人間関係について迷ったり、戸惑ったり、日々心を煩わせているものなのかもしれません。

2019年9月、soarで対談として最初にこの「親密性」の話題について語られた記事は多くの方に読まれ、たくさんの反響をいただきました。

それから1年弱。新型コロナウイルス感染症の影響により、図らずも私たちは人と人との関係性において急激かつ大きな変化を強いられる日々が続いています。以前とはまた違った形で、人と人との関わりの難しさを痛感している方も多いのではないでしょうか。

そこで今、改めて人との親密な関係を築くことについて考えてみたいと、オンライントークイベント「あなたは身近な人と向き合えてる?他者との“親密な関係性”の築き方を考えよう〜」を開催しました。

前回に続き、モデレーターを務めたのはsoar理事の一人、鈴木悠平。そしてゲストは十文字学園女子大学准教授であり臨床心理士の東畑開人さんです。

【写真】カメラを見て微笑むとうはた さん

ゲストの東畑さん(提供写真)

東畑さんはスクールカウンセラーや教育相談センター勤務、沖縄の精神科クリニックでのカウンセラー等を経て、現在は白金高輪にてカウンセリングルームを開業しています。「心の治療とは何か」を様々な角度から研究しており、昨年刊行された著書『居るのはつらいよーケアとセラピーについての覚書』は大きな話題に。ケアとセラピーの違いやそれぞれの役割について、ユーモアを交えた語り口で解きほぐしていく内容に、多くの共感が集まっています。

事前アンケートや、トーク中のチャットでも多くの方から自身の経験から生まれた考えや質問が投げかけられ、イベントは大きな盛り上がりを見せました。

会えない、離れられない。今だからこそ考えたい「親密性」という課題。

鈴木悠平(以下、鈴木):前回の対談で僕、自分自身の体験として「信頼する上司とギクシャクしたときに、泣いて思いを伝えた」、というエピソードをお話したら、東畑さんに「甲子園でストレート投げるタイプですね」って言われたんですよね。あれから初対面の人にも「あ、直球の人ですね」って呼ばれることが多くて(笑)。

東畑開人(以下、東畑):うんうん、ありましたね。

鈴木:結構照れ臭かったりもするんですが(笑)でも、親密な関係性の問題は誰にとっても難しい課題だからこそ、僕の話も多くの人の記憶に残ったのではないかと思うんです。

加えて今、新型コロナウイルス感染症の影響で、親密性についてのさまざまな問題がみなさんのまわりでも噴出しているんじゃないでしょうか。仕事の打ち合わせが急にオンラインばかりになったり、家から出られずに家族全員がずっと家の中ですごしている状況の方もいれば、一人暮らしで大切だと思う人になかなか会えないもどかしさを感じている人もいますよね。

「親密な関係を築くのって、なんでしんどいんだろう」とか、「そもそも人と深い関係って、築くべきなの?」とか、考えさせられることが今まで以上に多い気がしています。もちろん僕自身、今もうまくいったりいかなかったりしながら、日々生きているという感じで。

改めて、この問題について東畑さんと一緒に考えていけたらと思います。

東畑:よろしくお願いします。

鈴木:二人で話をする前に、東畑さんに今日のテーマである「親密な関係」とは具体的にどんなものなのか、お話いただきたいです。

東畑:僕の専門は、臨床心理学。臨床なので、心理的な課題を抱えているクライエントに、援助を行う心理学です。研究室で実験をするというよりは、実際にプラクティスをしながら心について考える、というのが専門です。

その実践の一つとして、カウンセリングの仕事があるわけですが、そこでのクライエントとカウンセラーの関係性に、恋愛や家族関係など、みなさんが日常で感じる「親密性における課題」が浮き上がってきます。

セラピーとは、繰り返される台本を書き直すこと

鈴木:クライエントとカウンセラーの間で起こっていることは、他者との親密な関係において起こっていることと近い。それは面白いですね。

東畑:そもそもカウンセリングに、どんなイメージがあるでしょう。一般的には「話を聞く=傾聴」のイメージが強いのではないでしょうか。もちろん、それもするのですが、カウンセリングは傾聴だけではない。その事実があまり知られていないと思うんです。

鈴木:ああ、そうかもしれないです。

東畑:カウンセリングでは、ケースに応じて、いろいろなアプローチがあります。

たとえば、アドバイス。よく、「カウセリングでは意見してはいけない」なんていうことも聞くんですが、実際は「ストレスを避けるにはどうしたらいいと思う?」と、クライエントと話し合い、こういうコーピングがいいのではないかなど、けっこう積極的にアドバイスするんです。

それから、話し合いのなかで周囲の状況を変えた方が良さそうだと判断したときは、もう少し踏み込んで「環境調整」をすることもあります。

職場に意見書を書いて、「この人にはこんな働き方や環境がよいのではないか」と伝えたり、ご家族と「お子さんへの対応はこのようにしていきましょう」と話し合ったり。

環境そのものを変えるよう支援するのも、僕らの仕事の一つです。

鈴木:クライエントが過ごしやすい状況をつくるために、様々な関わりをしているんですね。

東畑:そう、積極的な働きかけも多いんですよ。しかし、「アドバイス」や「環境調整」ではどうにもならない人もいます。そういうときに「セラピー」と呼ばれる、自分と向き合っていくようなアプローチをとります。

セラピーは、前の二つとは少し異なるアプローチです。

たとえば、環境調整は、あくまでもニーズを満たし、傷つけないようにする「ケア」的なアプローチだと思います。それに対しセラピーでは、カウンセラーが介入し、傷に向きあうことを試みます。このとき、“苦しい関係”がカウンセラーとクライエントとの間に立ち上がってくるんです。

鈴木:「苦しい関係」って具体的にどんなものでしょう。

東畑:セラピーはだいたい、1、2年以上の長い時間をかけて、しかも毎週のように行います。すると、その過程でクライエントはカウンセラーに対して、様々な感情を抱くようになります。たとえば、不信感や怒り、怯え、愛情、思慕など。本当に色々な感情です。

このとき、実はそれが、そのクライエントが “今までに繰り返してきた人間関係”と同じ形になることがあるのが重要です。その人が持っている関係性のありかたが、カウンセラーとクライエントの人間関係のなかで、しばしば現れてくる。傷つきに向き合おうとすると、その関係性自体が傷つきを伴うものになるということです。すると、その傷つきを「今、ここ」で扱うことが可能になる。

言葉を変えるならば、僕らは傷つきをさまざまな人間関係で繰り返すということです。その“繰り返される台本”の中に一緒に入って取り組んでいくのが、私たち臨床心理士が行っている「セラピー」だと言えるかもしれません。

鈴木:親密性ととても近しいことをカウンセリングオフィスで行っているからこそ、このテーマについてよく語られているんですね。

【写真】笑顔でこちらを見ているすずき

モデレーターの鈴木(提供写真)

東畑:ただし、先ほど鈴木さんが「そもそも親密な関係って、築くべきなの?」とおっしゃったように、必ずしもすべての人をセラピーに導入するわけではありません。

人付き合いにおいてもそうですよね。僕らは普段は、人にできるだけ当たり障りなく関わるようにしています。深く傷つけ合うような関係は避けようとしますよね。普段はそれで十分です。だけど、完全に衝突を避けたり、きちんと相手に向き合うことなく距離を置いた人間関係ばかりだと孤独になってしまい、僕らの心がやせ細ってしまうのも事実。ときには深く関わることも必要だと思うわけです。

だから、アドバイスや環境調整だけでは十分ではなく、かつ適したタイミングであると判断した場合に、セラピーが導入されます。傷つきに向き合うことを通じて、他者との新しい向き合い方にチャレンジしていくわけです。

「自由な社会」とセルフコントロール

鈴木:ここまでお話を伺っていて、現代の親密性の難しさって、「親密な関係性がそもそも危険をはらんでいる」ということに加えて、現代的な要因、つまり社会や環境の変化の影響もあるのかなと感じました。

家庭や仕事だけでなく趣味や社会活動など、帰属するコミュニティが複数になってきていること。SNSの普及もあって、ひとまず表面的には相手の属性などを理解して、なんとなく、当たり障りなく付き合うことができてしまうこと。だからこそ、親密な関係性に向き合うことがかえってやりにくくなっていたり、その必要性を感じることさえ難しくなっているのかな、と……。

カウンセリングに訪れるクライエントの様子には、時代や社会のあり方の変化は感じますか?

東畑:おっしゃる通り、変化はありますね。そもそも、カウンセリング自体が、社会の背景を反映している“時代の産物”ですから。

大きく見るとみんながコミュニティから解き放たれて自由になった、ということだと思います。

なにかあったら教会で牧師さんに聞いてもらうとか、村の長老の意見を聞いてそれに従うのが決まりだとかいう、共同体が強かった時代には、カウンセリングは存在しませんでした。それがほどけていって、誰もが自分のことを自分で自由に決められるようになると、カウンセリングという営みが出てくる。自分で自分のことを選択することを求められる時代の営みだということです。ものすごくおおざっぱに言うと、そういうことになると思います。

これって、親密性の問題でも同じです。

あらかじめ許嫁が決められていたとか、自分の関わるコミュニティが生まれた環境によって最初から限定されていたような時代には、親密性について悩むまでもなかった。でも、そこから解き放たれたとき、人は“その相手と一緒にいる理由”を自分の中で問い続けなければならなくなったわけです。

面白いのは、現代の「なぜ一緒にいる?」の答えは、「この人と一緒にいることが良い体験であるから、一緒にいるんだ」となるところです。

これは本当はトートロジーです。私たちは、それが気持ちの良い関係ではなくなったら、一緒に居るのが苦痛になってしまう。一緒にいる根拠が、周囲への手前とかお金のためではなく、この関係性そのものにしかない。社会学者のギデンズは、こうした友情や性愛などで、親しくなること自体が目的となっている関係性のことを “純粋な関係性”と言っています。

そんな関係が増えていく社会では、僕らはとても不安定になります。そういう関係性は途切れやすいからです。すると、僕らは孤独になりやすくなる。そういう問題に対処するものとしてカウンセリングが立ち現れるわけです。

鈴木:住む場所も選べるし、誰と出会ってもいい、地元に縛られずどこにでも出られる。そういう、「自由」な社会に生きているからこそ出てくる人間関係の不安定さであり、悩みだと。

東畑:そうですね。不安定さと自由。これが僕らの時代の特徴です。だから、みんなが自分で自分のことをマネジメントするよう要請されることになります。だけど、それがいきすぎると、自分自身を追い込んでしまうことになりかねない。

カウンセリングにやってくる人たちって、日頃すごくセルフコントロールをしている人が多いんです。人に迷惑かけないように、苦しいことがあっても自分でなんとかする。そういう風に生きている。それは確かに現代を生きるうえでは大切なことかもしれないのですが、それがあまりに行き過ぎると、親密な関係になることができなくなります。あるいは、親密な関係になったときにブワッと難しいところが噴出してしまいがちです。

鈴木:セルフコントロールが求められる時代なのに、究極的にはコントロールできない、予測できない問題である、というところにも、「親密性」の難しさってありそうですね。本当は「すごく大事なことをせっかく勇気出して伝えたはずなのに、響かないなあー」なんてへこみつつ、1年後2年後に気づいたら相手との距離が縮まっていた、なんてこともあるはずなのに。「そんな予測不能なもの、傷つくのも怖いし、気長に待ってられないよ!」という社会だと、なかなか他者に踏み込めない気がします。「慣らし運転」みたいなものができればいいのに。

東畑:インターネットの普及もあって他者との出会いの機会は爆発的に広がっているわけで、そこで親密な関係性を築くチャンスはあるんだけど、やっぱり怖いんですよね、一歩踏み込むのが。なぜなら、セルフコントロールが失われるから。

他者に委ねるって、他者のコントロールの下にいるってことでもあるでしょう。コントロールが奪われることを恐れるのは当たり前ですよね。だから、きちんとコントロールができている人ほど、失敗しないように、踏み込まなくなってしまうということがあるかもしれません。

台本を知ることで、結末は少しずつ変わっていく

鈴木:一歩踏み出さなければ親密性には向き合えない。そうは言っても丸腰で飛び込むのも酷な気がします。親密な関係に向き合おうとするときに、整えておくべき条件みたいなものについてはどうでしょう。

東畑:「親密性しかない中で親密性を追求すると、危険性が高まる」ということは言えるかもしれない。親密性の課題に取り組むためには、その外側にいっぱい、そうではない関係性が存在した方が安全だと思います。

複数の仲間との関係が周囲にあるからこそ、ある意味では危険な親密性の中にも突っ込んでいけるし、たとえセルフコントロールを失うことがあっても、頼れる人が周りにいれば安全です。

鈴木:それってたとえば、もし自分のなかで親密な相手に対して“繰り返してしまう台本”に気づいていたとしても、ある程度周囲に安心できる存在がいたり、落ち着ける場所があったりという「溜め」ができていないと、その関係性が硬直しやすい、ということでしょうか。

東畑:もしも、その相手との関係性が完全にダメになったら、自分は破滅してしまう。そんな状況で、相手に深入りしようとすると、必死になりすぎてしまいますから、うまくいかないですよね。ある程度戻れる場所や支えてくれる存在があるというのが、他者と深く関わるためには必要だと思うんです。

親密性に踏み込むための「備え」とは?

鈴木:先ほど出た台本の話に関連するのですが、日常のなかで傷つきが再現されている状況のときに、結末を変える、台本を変えるためにはどうしたらいいでしょう。

東畑:これは難しいところなのですが、やはりその台本を認識するということだと思います。そして「私、同じことやってるじゃん!」って気づいた瞬間に、結末は変わり始めているんです。映画やアニメの世界でいういわゆる「ループもの」です。ループの力は強いからそっちに引っ張られるんだけど、台本を認識すると、葛藤が生まれるじゃないですか。

鈴木:これじゃいけない、って。

東畑:そう、そのうえで覚えておいたほうがいいのは、「大きくは変わらない」ということ。心って大きく変わることはないと思うんです。パーソナリティって長い時間をかけて培われてきたものですから。だから、大きくではなく、細かく小さく変わる。ここで5秒踏みとどまれるかどうかが人生を大きく変える、みたいな。

鈴木:ほんの少しだけ変わったことが、長い目でみると大きな変化につながっていた、というーー。

東畑:そうそう、心が変わるって、そういうことだと思うんですよ。

【写真】真剣な表情で話しをするすずき

鈴木:僕としては、親密な関係性は、急がず、時間をかけながら取り組むことが必要なんじゃないかと感じます。

東畑:そうですね、親密性の問題は根本的に「持久走」なのではないかと思うんです。瞬間最大風速を狙わない世界でしょう。

むしろ、長々と続いていくのがよかったりするのが親密性であって。時に衝突することがあるのは当たり前ですが、あまりにも衝突が多いなら、時には少し距離を置いて考えてみたり、現れてきた課題について、時間をかけて考えてみたり。

持久走のなかで大切なのは、時間を使うということですね。冷却期間も挟みながら、しぶとく付き合っていくこと。これができる関係性こそ、親密な関係を築くに足るとさえ言えるんじゃないかな。

そして、やはり無理なときは無理だと、逃げることです。切断することですね。親密な関係性は時に痛ましい暴力になります。だから、その場合は、やはり逃げることも大事だと思うのです。

時間を使うこと、そしてときには逃げること。これじゃないですかね。

大切に思う人だからこそ、たまには踏み込んだ話をしよう

鈴木:親密な相手とは、周囲に頼りながら、時間をかけてゆっくり付き合っていくといいんですね。

東畑:まあ、そんな心構えをふまえながらも、時々は夢中になって、精神的な意味での「血みどろ」になってもいいとは思うんですよね。もちろん、リカバリーできないほどの傷を負ってしまうのはダメだけど。

でも、親密な関係って、傷つきや痛みを避けられないのではないかと思うんです。人と深く関わるとは、相手とぶつかり、摩擦を起こし、そして自分自身の形を変えていくことです。だから、スマートさを保てないのが親密性です。そういうことは、何度もやることじゃないかもしれないし、いつもいつもやるわけにはいかないけれど、人生で何度かは、危険な橋を渡ることはあり得ることだと思う。そして、結構みんな、その危険な橋を渡っているのではないかと思うんです。

でも、大人になればなるほど、その橋は渡りにくくなるのではないかと思います。セルフコントロールが洗練されて行きますから。そうすると、相手からの反応が予測不能な深い問題にはあえて踏み込まないような“スマートな人”になる。だけど、ときには突っ込んでみたらどうでしょうかね。

鈴木:たまには突っ込んだほうがいい。

東畑:うん。ちなみに「突っ込む」とは具体的になにかというと、お互いの関係性の話をするっていうことです。たとえばケンカっていろんな場面で起こります。食器の洗い方一つでも、わーっと揉めることあるじゃないですか。

鈴木:ありますあります。

東畑:そういうとき普通は、洗い方における協定を結ぶことで解決する。スマートなやり方です。それでほぼいいと思います。十分です。だけど時々、「それって、怒ってるのは食器の洗い方じゃなくて俺そのものに対してだよね」とか、「俺も腹立ってるよ」って言ってみたりね。

鈴木:本質は食器洗いの話じゃないんだ、と。

東畑:うん、そういうのが必要なときもある。

鈴木:あと恋愛以上に、スマートなTo Doに落とし込んだ打ち返しでやりすごしたり、誤魔化して本質をうやむやにしたりしてしまいがちなのが、職場とかビジネスでの親密性ですよね。たとえばスタッフが、職場の雰囲気とか、お客さんとのやり取りとかに違和感を感じて、「なんだかいけない気がする」と同僚や上司に伝えようとする。だけどうまく言葉にできなくて、「で、どうしたい?」とか「じゃあ打ち手を考えよう」みたいな対症療法的な話になっていく。本人は「ちがう、そういうことじゃないんだ!」みたいな(笑)

東畑:そうね、ビジネスの場面でごちゃごちゃいうと、めんどくさいやつだと思われるかもしれないし、自分をかっこ悪く感じたりしますから。ただ、ずっと付き合っていく相手の場合は、ちゃんと話し合う必要がある。

鈴木:別に、職場に千人いたら千人とそんなことしなくてもいいわけですよね。「私とあなたの話をしたいんだ」という相手は、たとえ今の状況が冷たかったり険悪だったりしても、心の底では必要としていたりしている相手なのかな……。

東畑:今の話、とっても大事なことだと思います。憎しみについての話をするときは、基盤に愛情がないといけないと思います。相手のことムカついてしょうがないんだけど愛情がある、というときこそチャレンジしたほうがいいときですよね。まあ、ムカつく時点でかなり距離近いんですよ。だって、僕らほぼムカつかないでしょう。

鈴木:相手に期待しなければムカつかないですね。

東畑:そう、ムカつくってことは愛情があるんですよ。生きづらいですね、世の中は。

鈴木:面倒臭いし、難しいし、ケースバイケースだし。っていう、結論になってしまいそうですよね。

東畑:だから、親密性のことっていつも考えている必要はないんです。毎日考えていたら心がもたない。でも、どうしても考えることが必要になるタイミングが時々ある、時々ね。そういうことだと思うんです。

鈴木:しんどいなあ……(笑)。

東畑:もうしょうがないですね。がんばりましょう、みなさん。

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話は尽きず、あっという間にすぎた時間。

今日は何度も、”大変な時代だな”って言った気がします。

最後に鈴木がもらした、こんな言葉が印象的でした。

「親密性」への課題は個人だけの問題ではなく、セルフコントロールを求めるこの社会全体の影響も大きい。そう考えるとますます、踏み込むことが難しく感じられてしまいそうです。

しかし、こうも考えました。今回、このオンラインイベントに集ったことによって私たちは「親密性を築くのが難しくなりがちな時代に生きている」という台本の背景を共有し意識できた。ならばここから少し、行動や選択を変え、少しずつでも台本の結末を変えていくことができるのではないか、と──。

そして何より、みなさんからのたくさんの質問も共有され、「悩んでいるのは私だけじゃない」と、気持ちが少し楽になりました。

約2時間30分に渡ったこのイベント。終了後にsoar代表理事の工藤瑞穂からも「同じパターンを繰り返していた、20代の恋愛を思い出しました」と語られたように、それぞれが自らの経験や現状に思いをはせ、考えを深める時間となりました。

もちろん、容易に答えがでるものではない、親密性の問題。だからこそ、まだまだみなさんと語り合う機会がありそうです。

関連情報:
東畑開人さん著書『居るのはつらいよ
白金高輪カウンセリングルーム ホームページ

(編集/工藤瑞穂、撮影/川島彩水、企画進行/松本綾香、協力/小島杏子)