【写真】スーツに身を包んで、少し緊張気味の笑顔でこちらを見つめる、はたのまほさん。優しい雰囲気が漂う。

羽田野真帆さん

先輩として、上司として。先生として、親として。私たちは人生の中で何度も、人に「教える」立場になります。

人に「教える」ためには自分が人間的に完璧でないといけない、という思い込みが自分の中にあった

と話してくれたのは、大学教員の羽田野真帆さん。「障害があって教壇に立っている先生」をテーマにした研究チームの一員です。

羽田野さんは研究チームのメンバーとともに、2年間にわたって先生たちにインタビューを続けてきました。研究を通して、羽田野さんの考えはどのように変わっていったのでしょうか。そして、障害がある先生たちの仕事への想いは、「教える」ことや「仕事」について私たちにどんなヒントを投げかけてくるのでしょうか。

今回、その研究成果が書籍として世に送り出されることになりました!

障害のある先生をテーマに研究会をしたい!

研究チームに参加しているのは、羽田野真帆さん、松波めぐみさん、そして照山絢子さんの3名。それぞれが個人で「教育×障害」というテーマに向き合い研究をしてきた大学教員です。

【写真】太陽の光を浴びながら、笑顔を向けるてるやまじゅんこさん。

照山絢子さん

障害のある「子ども」の教育についてはいろいろな活動や研究があります。最近は障害者差別解消法により、学校の子どもたちに関わる合理的配慮にスポットが当たることも増えてきました。これまでの学校や教育のあり方が多様な障害特性の子どもにとって障壁となっていたことを踏まえ、障壁除去のために具体的に環境を調整することが重要視され始めているのです。

一方で、「先生」が障害を持っているケースの研究はほとんどないのが現状です。「先生」が当事者という視点がなかなか出てこないことに、照山さんはもどかしさを感じていたといいます。 住む場所も専門分野もバラバラの3人が出会ったのは、2011年、教育とマイノリティを扱う研究会でのことでした。

「障害のある先生をテーマに研究会をしたい」 

その想いで意気投合した3人でしたが、当初は経済的事情からなかなか叶いませんでした。日本学術振興会の科学研究費助成事業を受けてようやくプロジェクトを立ち上げることができたのは、2015年のこと。それから2年間、全国を回り、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由、発達障害などがある先生方にインタビューを続けてきました。

障害がある先生たちが大切にしていること

一口に「障害がある」といっても、いろいろな先生がいて、それぞれの想いをもって教壇に立っています。そのインタビュー内容を、少しのぞいてみましょう。

【写真】黒板の前には、黒板消しと短くなったチョークが並ぶ。

これまで16名の先生に取材をしました

たとえば、聴覚障害があるA先生の場合。大切にしていることは、大きく2つでした。

1つ目は、「健常者」のやり方に合わせるのではなく自分にあった方法で、児童生徒との関係を築くこと。

A先生は、教室の端から児童が発言してもなかなか内容が聞き取れません。しかし、机の配置を変えたりホワイトボードで生徒に発言をしてもらったり、模造紙やICTを活用して視覚に訴える授業を展開したりとさまざまな工夫を凝らすことで、「豊かなコミュニケーションのある学級づくり」を実現しているといいます。

2つ目は、先生である自分自身の「弱さ」も児童生徒に見せて、その姿から学びを促すこと。

A先生はふだんから子どもたちに自身の障害のことを話し、「どういうときに困ることがあるのか」を説明しているといいます。たとえば、校内放送の内容がわからないことがある。子どもたちはそれに応え、サポートをしてくれています。東日本大震災のとき、校内放送による避難の指示やその後のやりとりを伝えてくれたのも、子どもたちだったんだとか。

すべての先生に共通していたこと、それは、授業方法はそれぞれであっても、教科指導や学級指導を通じて児童生徒の成長に寄与したいという強い思いを持っていることでした。

【写真】車椅子に乗った先生と掃除中の生徒が、話している。穏やかな空気が流れる。

車椅子の先生の教室での様子

もっと弱さを見せていい。インタビューから見えてきたこと

研究メンバーは、先生方の子どもたちに対するまなざしにハッとさせられることが多かったといいます。

ご自身が学校の中での「困難」を経験されてきた先生ほど、子どもたちの「苦手」や「分からないこと」に対して、児童生徒の側に原因を求めない傾向が強かったように思います。共感を示しつつ、彼らの成長をどうやってサポートできるか、考えている先生が多かったですね。

インタビューを重ねるうちに、 羽田野さんは「『教える』ためには完璧でなければいけない」という思い込みが少しずつほどけ、自身の学生との関係の築き方も変わったといいます。そして、自の「弱さ」を率直に学生に見せるようになったそうです。

そもそも先生に限らず大人はみんな誰もが「完璧」なんてありえません。逆に子どもだって「未熟」であるばかりではなく、それぞれに考えや思いを持っています。「障害」のある先生について考えることは、子どもを前にしたときの教師のあり方や、教師と生徒、さらには親子や上司・部下の関係性のあり方について、考えなおすことにつながるのではないでしょうか。

さらに先生方の言葉は、「仕事」についても大切なヒントを投げかけてきます。それは、自分の仕事を全うするために周囲のサポートを受けるという選択肢があるのだということでした。

「障害」という名前がつかなくとも、誰もが働く上で苦手なことがあったり、状況によって力を発揮できないときがあります。そのときに「自分でやらなくては」と考えるのではなく、周囲に説明して理解を求め必要なサポートを得ていく。このスキルは、誰にでも必要なものだと思います。

羽田野さんたちは、この研究成果には「教える」ことや「仕事」に関して多くの人にとって学びがあると考えています。

【写真】誰もいない教室。黒板に書かれた文字から、生徒がいるときの活気を感じる。

研究論文や学会発表だけで終わらせず、広く一般の方に手にとっていただけるような形で世に出したい。

その想いから、研究成果をまとめた書籍を出版することになりました。その資金を集めるため、クラウドファンディングに挑戦することになったのです!

「教える」ことや「仕事」に関わる、より多くの人に届けたい

2016年4月に障害者雇用促進法が改正され、事業主は障害のある人が力を発揮することを妨げている障壁をとりのぞき、一人ひとりに応じて環境の調整を行う合理的配慮が義務づけられるようになりました。

教職をもっと開かれたものにするためにはどうしたらいいのか?法制度をより現場に寄り添った形で充実させていくためには?本書は、そんなことを世に問う一石になるはずです。

クラウドファンディングで集めた資金は、手話翻訳料を含む本書の出版にかかる費用に使われます。また、資金不足によりインタビューを実現できていない先生方への追加インタビューを実施することで、本の内容を充実させるとともに、今後の研究活動にもつなげていきます。

私自身、発達障害のお子さんに教える仕事をしていますが、自分の特性を人に伝え、助けを求められるようになることを大切にしています。しかし、実際に助けを求めてみても助けてもらえなかった、そんな失敗体験を積んでいる子どもたちは少なくありません。

違いを認め合うのはとても難しいことですが、それでも、彼らが助けを求めたときに「お互いさま」と受け止めてもらえる学級や職場がもっと広がってほしいと思います。それは、障害の有無にかかわらずすべての人の居場所が広がることだからです。

障害のある先生が働きやすい学校現場はきっと、誰もが働きやすい。
そして、自分や他人の「弱さ」を受け入れられる学級はきっと、誰もが学びやすいはずです。

「教える」立場にいるすべての人たちへ。さらには、「仕事」に関わるすべての人たちへ。

この本がより多くの人々に届くものになるよう、応援をよろしくお願いします!

研究者プロフィール:
羽田野真帆さん
常葉大学の講師。専門は教育社会学。聴覚障害のある子どもたちの支援をしながら、教室で起きていることの観察や、子どもたちや支援員、保護者の方々、先生たちへのインタビューなどを行う。

松波めぐみさん
専門は人権教育と障害学。重度身体障害者を中心とした自立生活運動との出会いがベースにあり、教育・啓発で「障害」をどう教えるのか、複合差別問題等に関心を持つ。現在は非常勤で大学で教えるほか、差別解消法についてあちこちで研修講師を行う。

照山絢子さん
筑波大学助教。日本における発達障害の文化人類学的研究を行う。近年はより広く「マイノリティと対話」ということをテーマに研究を進めている。

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