まるでアニメで見たような近未来的なデザインの機械でできた”手”をつけた男性が、優しい笑顔で握手をしている。
握手する前はおそるおそる手を出していた相手も、握手をした瞬間にこわばっていた顔がほころび、驚きが入り混じった笑顔を見せた。
私が半年前とあるイベントで、筋電義手「handiii」のデモンストレーションに初めて参加したときに見た光景です。
好奇心が止められず、思わず私も駆け寄って「握手してください!」と右手を差し出しました。「いいですよ」と微笑んだ男性は、「ウィーン」と小さな機械音を鳴らしながら、右手の黒い指先を動かし、私の手をしっかり包みました。
あの瞬間気持ちが高揚し、その男性と目を合わせて笑い合い、なんだかとても嬉しい気持ちになったのを覚えています。ふと後ろを見ると、その義手をつくったという開発者の男性が、同じような嬉しそうな笑顔で私たちを見守っていました。
私にはその2人の関係性が、障害者と開発者・支援者という枠を超えた”仲間”のように感じました。
いったいどんな思いでこの義手を開発したのか、そして腕をなくした男性は義手つけているときどんな気持ちでいるのだろう。
いろんなことを聞いてみたくて、handiiiの開発者であり、Mission ARM Japanに所属する近藤玄大さん、そしてあの時義手をつけて握手をしてくれた森川章さんにお話を伺いました。
《筋電義手「handiii」》
「handiii」は、「気軽な選択肢」をコンセプトにした、手を失われた方が残された腕の筋肉の電気信号を介して直感的に操作できる筋電義手。3Dプリンタやスマートフォン等の最新技術を活用することで、従来の義手よりも安く手軽に手に入る義手を目指している。2013年より、ものづくりユニットであるexiii(イクシー)の3人が開発を始めた。現在は日常生活での使用は難しく、展示会のデモでのみでの使用にはなるが、実用化に向けて開発が進められている。同じくexiiiが開発した義手である「HACKberry」は、GOOD DESIGN AWARD 2015で金賞を受賞。
腕を失ったことで人生がリセットされ、好きなように生きようと決めた
ーお二人はいつ出会ったんですか?
森川さん:近藤氏と会った最初のつながりは、僕が送ったメッセージですね。今までは右手があったのがある日突然なくなって、病院で「どうしよう、自分は将来どうなるんだろ」とすごく不安やったんですよね。
人間の手そっくりにつくられてる義手をつけるのは、なんか隠れてこそこそしてるみたいな感じが嫌だなあみたいな違和感はあったんですよ。
そうしたら友達が「日本の三人組で、3Dプリンターで電動義手をつくったメンバーがJamesDyson Awardで賞を獲ったよ」って教えてくれて。調べてみたらexiiiの3人というので、2014年の3月にメールでやりとりして、退院と同時に初めて3人と会いました。
ーもしよかったら森川さんは、なぜ腕を失ったか教えてもらってもいいでしょうか。
森川さん:もともと石鹸をつくる工場で働いていたんですが、2013年1月に新しい機械を入れて問題点のチェックをしている最中に、機械に腕が巻き込まれてしまったんです。最初はひじから落ちて腕がバラバラになってたのを、病院の先生が再生していくんですけど、小指がやっぱりだめで、薬指もだめで。
その時から僕自身が「動かない手ならいらないです。いっそのこと落としてください」って言ったんです。でも先生たちは、それはできないと言うので1年くらい押し問答をしていました。入院から切断までに約1年2ヶ月ほどかかりましたね。
ー腕を失うということは、計り知れないショックがあると思います。森川さんは、そのときどのように感じていたんですか?
森川さん:僕の場合は事故にあうまでに、仕事もプライベートも、とりあえず自分のしたいことは全てやってきたと思います。だから病院で麻酔が切れて目が開いて、「手がない、動かせない」っていうのを聞かされたときに、最初「なんであのときに死ねなかったんだろう」って思いました。一番いい時でそのまま死ねたら、それほど幸せなことはなかったのに、なんでやっていう部分があったんです。
だからその時点で僕は一旦、綺麗にリセットできたんですよ。残りの折り返しの人生は、自分の好きなように生きよう、自分が正しいと思ったことを誰に気兼ねすることなくやろうって思いました。
技術やビジョンだけでなく、直感で惹きつけるデザインを
ー近藤さんは、森川さんからそのような連絡をもらってどんな気持ちだったんでしょうか?
近藤さん:タイミング的にまだ前職のソニーで働きながら、義手の開発をしている時期でした。当時はhandiiiが受け入れられるかどうかって、自分たち自身も懐疑的だったんです。これまで一般的だった肌色の義手をつくってる義肢装具士さんにインタビューしたこともあったんですけど、「受け入れられないと思うよ」とけっこう反応がネガティブだったんですね。
コンテストで賞をいただいたり一般の方からはいい反応があるなかで、実際に当事者に使ってもらい「これがほしい」とはっきり言っていただいけたのは初めてで。森川さんとお会いして解散したあとに、それが最後の一押しになって、3人で「辞めちゃおうか」と起業を決意しました。
ーもともと近藤さんは、義手をつくるにあたって、障害を持ってる方たちの課題を解決したいという思いが昔からあったんですか?
近藤さん:はじめは違いますね、純粋に手に興味があったんです。手は第二の脳ってよく言ってるんですけど、脳の中で想像や発想をしても、手がないとなかなか表現できない部分があるじゃないですか。
僕はバスケをしてるんですけど、バスケでいろいろしようとしたら手がないとパスもシュートでもできない。ピアノ弾くにしても、ゲームするにしても、料理作るにしてもそう。手って人間の創造力や想像力を発揮するうえでかかせない器官だなあというところで、大学時代にすごく興味を持ちました。工学部だったので、「手を義手として再現する」ってアプローチで手を理解したいなあというのがはじめのきっかけです。
ーhandiiiはデザインが本当に素敵で、それに魅了される人が多いですよね!そして今はたった3万円の材料費で義手を作っている。近藤さんがすごくデザインのかっこよさや費用が安価であることにこだわるのは、どういう理由からなんですか?
近藤さん:やっぱり注目してほしいんですよ。まずデザインで注目してもらって惹きつけて、そこに技術があって、ビジョンがあるとさらにファンとなってくれる。何人も森川さんみたいな腕をなくされた方と会ってるうちに、手を巧みに再現することも大事だけど、その前にデザインを入れたりコストを下げたりすることって必要だよなと感じたんですよね。
ー森川さんがhandiiiをつけてみたくて連絡したのも、そのデザインに惹かれるものがあったんでしょうか?
森川さん:完全に一目惚れですよね。やっぱり腕時計や洋服買うにしても、ぱっとまず見て、頭のなかで想像するじゃないですか。例えばこの車買ったらスノーボードに行って、夏は海に行ってっていうのを想像するんですけど、まさしくhandiiiを手に入れて腕につけたらあれもしたい、これもしたいっていうのをすごく無限に想像しちゃって。デザインにやられてしまって、とにかく何がなんでもこれは手に入れなきゃ気がすまないっていう感じでしたね。
まるで初めて自転車をもらった子供のように、handiiiをつけれることが嬉しかった
ーその念願のhandiiiを初めてつけたときは、森川さんはどうでしたか?
森川さん:初めてつけたときですか。ふふふふ。
ー森川さん、満面の笑顔ですね!(笑)
森川さん:もう本当にね、子供のときに親から自転車を「はい、あなたのよ」ってもらったときみたいな感じです。テンションが上がりましたね!「これまだ1台しかなくて、また持って帰んなきゃいけないんです」って言われて、もう手放すのがすごく悲しくて。
近藤さん:おもちゃ取り上げられたときの子供みたいな感じですよね。(笑)
森川さん:もうずっとそれでしたね。東京に来るたびに”またあの義手に触れるんだ”って、それだけが楽しみでずっと東京来てましたね!でも最初は義手が目的だったんですけど、それがexiiiの3人に会ったらとにかくおもしろくて。
彼らは、すんごい芯は一本通ってるんですけどすごく柔軟。さらに毎回来たら彼らのつながりでおもしろい人に出会って、社会復帰のすごくいいリハビリですよね。
ーそこからhandiiiの開発に森川さんが協力していって。森川さんが加わってくれたことは、近藤さんたちexiiiにとってもいい影響があったんでしょうか?
近藤さん:もちろんですね。この業界はやっぱり保守的なところがあって、手のない方たちを助けたいという思いは同じなんですけど、初めは抵抗がある人も多くて。「こんなチャラいものでデザインアワードとかとって、偽善だ」みたいな感じで見られることもおそらくあったんですけど、森川さんがhandiiiのよさを発信してくれると説得力ありますよね。
森川さん:もともと僕はパラグライダー、サイクリング、スノーボードなどが趣味で生きがいだったのに、右手を失い全てを諦めなければならないかもしれなくなって、 残りの人生を過ごす事に不安でした。でもexiiiの3人と出会い、事故前の自分を取り戻す事ができたんですよね。handiiiというより、 彼らの姿勢を見て、 ごく自然に 彼らのプロジェクトの完成のために 今後の僕を使ってもらおうと決めることができました。
握手の瞬間に「義手ってかっこいい!」というイメージに変わる
ーexiiiの義手のアイデアやデザイン性に対しての外部の賞賛だけではなく、それを本当に届けたい腕を失った方が実際に喜んで使ってくださることが、何よりの必要とされている証拠になりますよね。特に握手の瞬間は、森川さんも握手した人も笑顔で、すごくいい空気ですよね!その瞬間はどういう気持ちでいらっしゃるんですか?
森川さん:もう完全にドヤですよね!
近藤さん:ドヤムーブやりますもんね(笑)
森川さん:ドヤ100連発ムーブです。(笑)
やっぱり普通の健常者の方だと、あんな握手する機会ってないじゃないですか。握手するときにやっぱり相手の人に最初はおっかなびっくりで手出されて、でも握ったとたんににこって笑ってくれると、「ああよかった」って思うっていのが1日100回とかあるわけです。だからドヤなんですけど、すごくありがたいドヤです。
近藤さん:僕のなかで印象に残っているシーンがあって、今年の3月にアメリカでの「SXSW(サウスバイサウスウエスト)」というイベントで、4日間ひたすら森川さん握手してたんですよ。トイレに行きたくてもいろんな人に呼び止められて、握手して。
ー子供がおそるおそる握手しに来て、でも握手した瞬間笑顔になる感じがいいですよね!海外で言葉が通じないとしても、握手がきっかけで笑顔になれますよね。
森川さん:子供さんなんかは一回義手に触ってしまうと、もう壊れるくらいに触ってきますね!
近藤さん:握手のシーンはすごく象徴的で、あの瞬間に義手に対するイメージも変わるし、障害者と呼ばれる人たちと社会との関係も変わるんですよ。”義手って握手していいもんなんだ!なんかかっこいい”っていう雰囲気になるじゃないですか。それがメディアに取り上げられるとその場にいない人たちも共感してくれて、うらやましいって感覚になるんですよね。
今日のデモにも何人か森川さん以外に腕をなくした方がくるんですけど、積極的に「一緒にデモをしたい」って言ってくれた、高校卒業したばかりの男の子もきます。
提供される福祉ではなく、能動的で主体的な福祉へ
ー義手のつくり方を公開して、誰でもつくれるようにしているということも、すごくいいですよね。
近藤さん:オープンソースとして、exiiiでの別パターンの義手「HACKberry」の作り方のデータをオンライン上で公開してるんですけど、一週間たたないうちに自然といろんな国で義手が作られ始めました。ポーランドで友人の子供のためにつくったお父さんがいたり、もともと右手のない新聞記者さんが自分でつくってそれを記事にしたり。ただ単にコピーしてるだけじゃなくて、自分がいいと思えるように工夫してくれています。
現実に森川さんが握手するってことが起こってるから、”自分でもできるはずだ”って思えるんですよ。ひとつ事例ができると自然と続いてくるんだなあと思います。
ーそういうことの積み重ねが、障害を持った方への見方も変わってくるのかもしれませんね。
近藤さん:変わりますね。障害者への見方だけじゃなくて医療、福祉のあり方も変わってきていると思いますよ。
これまでは一方通行だったんですね。手をなくしたら病院に行ったり、自治体で申請をしたりして、向こうのペースにまかせて受け身で判断を待つしかなかったのが、自分でつくれるようになると思います。
あるいは生まれつき手のない子供のために義手をつくりたいという親が世界のどこかにいるんだったら、それまで技術を学んでこなくてもお母さんが頑張ってつくろうって思えたり。提供される福祉じゃなくて、能動的、主体的に「自分のほしい福祉機器を取りにいこう」っていう風に動き始めてきているなと思います。
ー電動車椅子をパーソナルモビリティとして展開している「WHILL」さんも、ずっとおしゃれな車椅子が欲しかったひとに人気ですもんね!
逆に「これまで福祉は提供されるものだった」という点では、森川さんが今日常的に使われている肌色の筋電義手を手にいれるまでは、けっこう時間がかかったと聞きました。
森川さん:申請を出してから受け取るまでには一年以上ですね。僕の場合は労働中の事故で労災になるので、労働基準監督所に義手の請求資料を出すんですけど、やっぱり電動義手って支給例が少ないのでスタッフも慣れていなくて書類の不備が多く、そのやりとりだけで半年くらいはかかりましたね。情報格差もあって、たとえば病院のドクターさんでさえそういう”筋電義手がある”ということを知らない方もおられます。
近藤さん:義手のほとんどが装飾用で、手がないことを隠すものです。今支給されてる義手のうち、筋電義手はたったの2%ですね。
ひとりひとりが「ほしい手」を自分でつくれるような世界に
ー森川さんはただ装飾で手をつけるのではなく、機能的に動いてhandiiiみたいな見た目のかっこいいものをつけたほうがいいんじゃないかという気持ちで。義手がその日の気分に合わせて日替わりで、というのもあり得ますよね!
森川:そうですね、3本くらい義手があると嬉しいですね。(笑)
近藤さん:インディーズの歌手をされているビュースノ(beautyANDsnow)さんという生まれつき腕のない女性もいますが、手の表現ができないことが彼女のなかでずっとコンプレックスだったそうで。歌手はライブの時に手を振ったり、指を指したりするじゃないですか。彼女が義手をつけれて手が動くというだけでも、曲の表現の幅って広がるんですよね。
たとえば僕にとって手はバスケで、ドリブルしたりシュートをしたりするもの。ダンスでも左右の手先ってすごい重要で表現に関わると思うし。人によって手に求める機能って、持つことができるとか基本的なことは必要だとしても、そこから先までないと手じゃないと僕は思ってるんですよ。だからそもそも健常者と呼ばれるひとたちも、ひとりひとり手って個性的だし、バラバラだし。だから義手ももっと個性的にしたい。ただ単に握れるだけの義手でもだいぶ生活は変わるんですけど、さらにその先に「ひとりひとりがほしい手をつけれる」って世界をつくりたいなって思います。
ーみんな同じかたちの手ではなく、その人の好みや使いたいことに合わせた手をカスタマイズできると嬉しいですよね!
近藤さん:スニーカーと一緒です。ナイキがエアーフォースみたいなごつい男性向けの靴もあれば、最近はレディースショップができるくらい女性向けのラインナップが揃っていますよね。
大学時代に研究者をしているときから、いろんな方が助けてって僕のところにきたんですよ。ピアノ弾きたいとか、子供を抱き上げる力がほしいとか、いろんなことを言われるんですけど、それを自分一人で背負うのはすごくつらかったですね。自分は医者でも、神様でもないし。
純粋に手の研究したかったはずなのに、なんでこんなに背負わなきゃいけないんだろうっていう葛藤もありました。かといって突き放すわけにもいかなくてっていう中で、僕が見つけた解決策は「自分でつくれるようなプラットフォームさえつくってしまえば、ひとりひとり自分の責任でつくれる」ということだったんです。
ー大きなことの解決を自分ひとりでやろうとせずに、みんなでやろうよっていうところがすごくいいですね。
近藤さん:レシピを公開したクックパッドがあることで、つくりたい食べ物は自分で調べて自分でつくれるじゃないですか。義手のクックパッドのようなものをつくりたいっていう感覚です。
ー義手そのものをつくるだけでなく、義手への人の関わり方や社会の仕組み自体を変えようとしてらっしゃるんですね。
近藤さん:人と人の関係性のなかに義手というものがあって、その関係性を変えるインターフェイスでしかないという風に考えてます。義手単体とか人と義手だけ見てはダメで、人が義手を使って社会や周りの人とどういう関係性をつくろうとしてるのかってとこにやっぱりフォーカスしないといけないと思います。
障害のある人を見たら、目を背けるんじゃなくて見守ってあげてほしい
ー義手と人との関係性というところで、森川さんは腕をなくしてから、障害者と人との関係性、社会との関係性に関して思うことはありますか?
森川さん:人に見られるんじゃないかっていうイメージがあったんですけど、意外と人って見てなくて、普通に街をうろうろしてても腕がない人という目で見られてるってこともないです。ただ子供なんかは見つけるの早くて、むちゃむちゃガン見してはるんですよ。逆に横にいるお母さんが「見ちゃダメ、かわいそうでしょ」ってって言うて、子供の目線をずらすっていうのがけっこうあるんです。そこに全然汚い感覚っていうのはなく、子供はただ単に見たことないものを興味を持って見ようとする。
だから僕は時間あるときは、子供に「不思議でしょ」ってしゃべりかけてます。ただ逆に子供なんかがこういうのを見慣れてきたら、変わるんじゃないかなって。
ー実際にそういった方と接する機会がないというのは、差別を生んでいる原因でもありますよね。
森川さん:だからお母さんにも「ああ、全然かまいませんよ」って。足の不自由なひととか腕がない人とか見たら、「見ちゃダメ」っていうふうな教え方を子供にするほうが多いと思うんですけど、目を背けるんじゃなくて見守ってあげてほしいなと思います。たとえば帰りしなの電車で、「◯◯ちゃん、片手なかったらどうする?今日はためしにご飯片手だけで食べてみようか」とか、そういう話になればそれでいいかなって。
ー今「障害は個性だ」といわれるようなこともありますが、それについてはどう思いますか?
森川さん:たとえば僕たちは見てわかる障害じゃないですか。でも心臓にペースメーカーを入れている友人は、いつしんどくなってその場で座り込んでしまうかわからないのに、ぱっと見では全然わからなくて、周りの理解っていうのがゼロに等しいんですよね。ただのサボり病違うんか、と言われたりして。そういう風にすごく苦しんでる彼らの前では、障害は個性っていうことばひとつで片付けられる問題ではない。
個性と言える風になってもらいたいですけど、まだそこまでたどり着くには道のりが長い人たちが多いなって思います。早くそういう人がいて普通なんだよっていう社会になってほしいなと思います。
exiiiに出会って、腕をなくしてももう一度頑張ろうと思えた
ーいろんな人がいることが当たり前の社会にしていくにあたって、握手の光景というのはすごく影響があると思います。最初はやっぱりhandiiiってかっこいいからそこから入るんだけど、その後森川さんの事情を知っていく。でもネガティブなイメージが全然なくて、ポジティブに腕をなくしたひとたちのことが伝わって来る。それがすごい素敵だなって思っています。
森川さんは肩書きが、exiiiの「エヴァンジェリスト(伝道者)」になっていますよね。exiiiを伝えていくときに、これを一番伝えたいって思ってることはありますか?
森川さん:ついつい義手のデザインやテクノロジーの部分がメディアに取り上げられるんですけど、やっぱり僕がみんなに知ってもらいたいのはexiiiの人間性、彼らの魂ですよ。ただ単にすごいものをつくった3人ではなく、「もう一回頑張ろう」って思わせてくれたのが彼らです。
逆に誰かにそういう影響を与えれるひとになったら、僕も同じ”誰かのexiii”だなって思います。僕としては森川がおってよかったなって、30年後40年後に思ってもらえるように何かしたい。
近藤さん:会社が大きくなったら森川さんの銅像をつくりますよ!(笑)
ーexiiiのみなさんと森川さんは、当事者と支援者という関係性というより、「仲間」となってお互いにちゃんと補いあってる感じがいいなと思います。障害を持っている方へのサポートとして必要なのは、制度や製品よりも、もしかしたら一緒に伴走してくれる仲間なのかもしれないと感じます。
森川さん:でもまだまだ彼らはサメで、僕はそれについてるコバンザメなんです。くっついて連れてってもらって。
近藤さん:そんなことないですよ!
確かにアメリカで握手してもらったときは僕たちが横でくっついてすべてを説明したんですけど、最近はもう僕はカメラ撮るくらいしか仕事がなくて、全部説明してくれるんですよ森川さん。握手したあとに、細かい技術の説明してるんです。もう全然開発者じゃないですか。
もちろんエンジニアとしては自分がいますけど、それは一緒に開発してる象徴的な瞬間だと思うんですよ。
デモンストレーションでの、たくさんの人の握手と笑顔
インタビュー後に、渋谷ヒカリエで行われていた「2020年、渋谷。超福祉を体験しよう展」でのexiiiによる義手のデモンストレーションに同行しました。
ヒカリエ8階の人通りの多いスペースに「handiii」と同じく筋電義手「Hack berry」が並ぶと、開始前から今か今かと待っていたひとたちが、目を輝かせて展示用のhandiiiを手に取り、exiiiメンバーの説明を聞いていました。
森川さんがhandiiiを腕につけてその場に立つと、すぐにいろんな人たちが握手を求めに!
若者たちのグループ、親子連れ、たまたま通りかかったおじいさんおばあさんまで、握手すると驚きの表情と笑顔を見せて、「これどうやって動いているんですか?」と森川さんに質問をします。森川さんは丁寧に、handiiiの詳細を説明していました。みなさんとても楽しそうだし、なんだか嬉しそう。
福祉展だったということもあり、車椅子に乗った方や何かしらの障害を持っていると思われる方もいらっしゃいました。
デモを行うメンバーの中には、近藤さんのお話にもあった高校を卒業したばかりだという山本邦光くんの姿も。
山本くんは生まれつき右手がなく、曽祖母さんには「何かを変えるために、右手は神様が預かっているのかもしれないですね」と言われていたのだそう。たまたま他の義手の動画を見ていた時にhandiiiの動画を見つけて、デザインのよさに大興奮!今回は自分が使ってみせることで一般の人がイメージしやすくなり、handiiiをとおして障害を個性として考えてくれる世の中になったらいいなと思い、デモに参加したそうです。
片腕のない少年のお母さんがちょうどいらっしゃっていて、熱心に山本くんに質問をしていました。
ある印象的だったシーンがあります。小さな男の子を連れたお父さんが、森川さんを見て男の子にこう言ったのです。
「もし転んで手が動かなくなったり無くなっちゃったりしたら、◯◯くんはご飯食べれなくて大変だよね?そういう大変なひとたちもいるから、あれはね、本当の手の代わりに動いてくれる手なんだよ。」
そのあと男の子はちょっと恥ずかしがりながら、森川さんと握手をしていました。森川さんがおっしゃっていたことが、こうしてデモの時に実現しているということが、とても嬉しくなりました。
こうした瞬間が積み重ねられていくことが、本当に世の中を変えてくれるのかもしれません。メンバーみんなお揃いのユニフォームの背中に書かれた「exiii」という文字が、とても頼もしく感じました。
handiiiをつけて、パラグライダーで空を飛びたい
最後に、2人に次の1年で成し遂げたい目標を聞いてみました。
近藤さん:リアルなコミュニティつくりたくて、上肢障害者が運営の中心となっている「NPO法人Mission ARM Japan」とともに、子供から大人まで手をなくされた方が集まる場を実際に各地で展開させていってます。
現状では耐久性や国のルールとの調整などまだまだ乗り越えなければいけない課題はありますが、exiiiの義手が早く当たり前になってほしいですね。そのためには技術的に実用化させないといけないし、各地域にも持っていかないといけない。スマホが当たり前になってるように、「handiiiって当たり前だよね」という感じに、1年後なってればいいと思います。
森川さん:一年以内に、handiiiでパラグライダーしたいです!普段つけてる肌色の義手でもできないことはないんですけど、これでやるには意味がないんです。やっぱりexiiiがつくった義手で飛ぶところを、彼らに見てほしいんですよ。それに同じやるならやっぱり記録を出したいな、南アフリカかペルーあたりで!
近藤さん:プレッシャーですけど、頑張ります!(笑)
そう言って笑う2人に、最後に見せていただいた、森川さんが息子さんを抱いてhandiiiでパラグライダーをしている絵が忘れられません。
森川さんの夢が叶う日を、とても待ち遠しく思います。
handiiiは腕をなくした方の可能性を広げるだけでなく、どんな状況になったとしても、誰もが自分の好きなことをあきらめずにチャレンジできる世界をつくってくれるような気がしてならないのです。
関連リンク
exiii株式会社 http://exiii.jp/
NPO法人Mission ARM Japan http://www.mission-arm.jp/
(写真・モリジュンヤ)