赤い花柄のスカーフをした女性の横顔のイラスト。角田真住さんが始めた「世界一優しいヘッドスカーフ」のプロジェクトをクラウドファンディングのページで見たとき、そのファッション性の高さに驚きました。
「世界一優しいヘッドスカーフ」は、多発性脱毛症や抗がん剤治療などで髪を失った女性のためのアイテム。本来、“ウィークポイント”を隠すために作られた商品ですが、「使いやすそう」「便利そう」なのはもちろん、「かわいい!」と感じる人が多いはず。
「患者」という立場になると、まずは治療が優先、ファッションを楽しむことはおやすみ……となってしまうことが多いもの。でも、お気に入りのアイテムを身につけたりメイクを楽しんだりすると、それだけで気持ちが晴れやかになります。病と闘っているからといって、おしゃれを諦めなくてもいい。こんなポジティブなアイテムを考案した角田さんってどんな人なのでしょう。「多発性脱毛症」を患ったことをきっかけにこの事業を始めた角田さんに、これまでのストーリーや事業にかける想いをお聞きしました。
角田真住(つのだ・ますみ)さん
1977年群馬県生まれ。東京水産大学(現・東京海洋大学)卒業後、地元の水産会社で社長秘書として勤務。2009年の結婚、出産を機に退職。第二子を出産し、授乳を終えた頃から多発性脱毛症を発症するが、「髪の毛がない経験を活かせる場があるのでは」と考えビジネススクールに通い始める。群馬県産シルクを使った肌に優しいヘッドスカーフを考案し、2015年群馬イノベーションアワード ビジネスプラン部門一般の部に入賞。2016年夏頃から販売を始める予定。群馬県在住。
ふと気づいた自分の髪の毛の変化
――体調の変化を感じたのはいつ頃からですか?
角田:2012年に次女を出産して、授乳が終わった頃から髪が抜け始めるのを感じました。
――1人目のご出産のときは、特に変化なく?
角田:長女のときは特に何も。次女の出産時には35歳を過ぎていたし、負担も大きかったのかな。ふと気づいてみたら頭につるつるしたところがあるんですよ。家族に見てもらったら「禿げてるよ」って言われて。でも円形脱毛症ってよくあるから、とりあえず皮膚科へ行ってきなよって。
――病院ではなんて言われたんですか?
角田:病院へ行ったら、1つだけじゃなくてあっちにもこっちにもたくさんあるって言われました。1個だけの脱毛症だったらすぐ治るけど、多発性だとちょっと治りづらいねって。脱毛箇所も次第に大きくなって。
――ストレスが原因なんでしょうか……?
角田:理由がないんですって。免疫系の不全らしいんですけど、その免疫不全がどうして起こるのかは解明されていないんです。免疫の暴走というか、アレルギー反応が自分の毛根に反応して、黒い部分を敵だと認識して攻撃してしまうらしいんです。
――敵!
角田:はい。人の生き死にに関わる問題ではないから、なかなか研究予算もつかないって聞きました。対処方法もいろいろ調べたりしたんですけど、これぞっていうものはないらしいんですよね。薬も副作用があるものだったり。だから、私自身の幸せを考えて治療はストップしました。髪の毛はお休みしている時期なのかなって思って。
地元・群馬の特産シルクを使ったヘッドスカーフ
――ヘッドスカーフのプロジェクトを考え始めたのはいつですか?
角田:脱毛症とわかった半年後くらいからです。もともと人の役に立つことがやりたかったので、それなら髪の毛がない経験が生かせることがあるんじゃないかなと。でもどうしたらいいかわからなかったのでビジネススクールに入りました。そこでいろいろと意見を聞いて、本格的に案が固まってきたのが2015年の秋頃ですね。
――ビジネススクールでは、どんなアドバイスを受けたんですか?
角田:裏地にシルクを使うというアイディアです。「弱った肌に使うのであればシルクがいいよ」って。地元の群馬は特に富岡製糸場が世界遺産になったりしてシルクが特産品なので、差別化を図れるって。
――確かにそれはアピールポイントになりますね。
角田:通常、製糸の際にはホルマリンを使うのですが、群馬にはホルマリンを使わないで紡いでいる製糸場もあるんです。赤ちゃん用の肌着ってこれまではシルクでは作れなかったけれど、その製糸場のシルクはホルマリンを使わないからつくれるようになったと。だったら病気で弱った人のためにいいんじゃないかなと思いました。
力がなければ具体的に人を救えない
――先ほどの話に戻りますが、もともと人の役に立ちたいという思いがあったんですね。
角田:一番そう思ったのが東日本大震災です。当時、長女が1歳。同じように子どもを抱えた人が苦しんでるのに、子どもが小さいからボランティアもできないし、夫の稼ぎだけで生活しているからたくさん募金もできない……。でも世の中には何千万円も義援金を送っている事業家の方々がいる。もっと役に立ちたい。力を持ちたいって思いました。気持ちだけあっても、力がなければ具体的に人を救えないんだなって。子どもを抱えて困っているお母さんの気持ちがわかるのに、自分には何もできない歯がゆさがありました。
――歯がゆさ、わかります……。
角田:前々から、事業を立ち上げたい、自立して何かをしたいという気持ちはすごくありました。そのときに何が必要かわからないから、世の中に必要そうなことは勉強しておこうと思って英語とか経理とか勉強していたんです。子育てしながら。そうしたらちょうど髪の毛がなくなった(笑)。
――もし脱毛症にならなくても、何らかのかたちでは起業を考えていたんですね。
角田:そうですね。もともとビジネスは大好きだったんですよね。結婚前にいた会社では社長の秘書をしていて、社長業をずっと見ているわけです。秘書の業務以外にも新規事業の立ち上げにかかわってリーダーをやったり、東京営業所の所長をやらせてもらったり、最終的には執行役員になりました。
――新規事業って、どんな事業だったのですか?
角田:群馬にある水産会社だったので、水産物を仕入れて卸すのがメインだったんですが、飲食部として回転寿司の店もやっていたんです。今度は海鮮丼の店を立ち上げようということになって、その立ち上げですね。
――あれ? 群馬って海ないですよね?
角田:あはは。でも群馬県人はお魚が大好きで、マグロの消費量が全国でも上のほうなんですよ(笑)。
――今も、事業の立ち上げとは別にお仕事をされているんですよね。
角田:はい。1年ほど前から、大学付属の病院で契約社員として働いています。出産を機に仕事を辞めて7年くらいブランクがあったので、仕事の勘を思い出そうと思いました。
多発性脱毛症は人口の2%がなる
――同じ境遇の人と会って話を聞くことはありますか?
角田:私は結構あけっぴろげに「髪の毛がない」って言いますが、自分から言わない人のほうが多いです。私が打ち明けて「実は」っていう場合はたまにあるんですけど。でも、多発性脱毛症は人口の2%がなるらしいので、結構な人数いると思います。
――プロジェクト概要で「女性の生涯のがん罹患率が40%」というのを見て驚きました。
角田:多いですね。私が今働いている病院では白血病などで髪の毛のない子どもがたくさんいるんですよね。そういう子を見ると、「おばちゃんがいいのつくってやるからな~!」って思います。
――今、病院で働いてらっしゃるのは、現場を見たいからということもあるのですね。
角田:そうですね。そういう場所にいたい。患者さんの声や治療の最前線について情報が入りやすいと思います。
家の中でこそきれいでいたい
――角田さんのプロジェクトを初めて知ったとき、何よりもまずスカーフがかわいい! と思いました。デザインの勉強もされたことがあるのですか?
角田:ありがとうございます! デザイン勉強はしていないんです。たまたまそう言っていただけるだけ(笑)。
――すごくポジティブというか、明るい感じがするデザインだと思います。
角田:がん患者さんのための帽子も売られているんですが、すごくださいんです。ただかぶるだけのニット帽で色の展開もないし……。それをかぶって外に行けないし、お見舞いに来てくれた人の前にそれで出るのは嫌だなって。それで、ファッションとして楽しめるようなものが欲しいと思いました。
――端の部分にゴムが入っているんですね。
角田:はい。かぶって後ろで結ぶだけでつけられます。スカーフを頭に巻いたことのある方はわかると思うのですが、スカーフってとても面倒くさいんです。鏡の前でバランスを見ないとかぶれないし、手間がかかる。忙しいときとか、子どもがキャーキャー言ってるお風呂上がりとか、そんなことしてられない。
――確かにお風呂上がりの子どもを見ながらは無理そう……。
角田:家の中でこそきれいでいたいなと私は思います。大好きで一緒に暮らしている旦那さんがいるわけだし。一瞬でかぶれるものじゃないと毎日は使えないなと思って、こういう形を作りこんでもらうようにしたんですよね。色も柄も、なるべく増やしていきたいなと思っています。
普通のファッションアイテムとしても需要がある
――角田さんが「READY FOR」で行ったヘッドスカーフのクラウドファンディングは、開始から10日で達成しましたね。
角田:びっくりしました。あんなに急に達成すると思わなくて。でもオープンしたら数時間で40%、2日目で60%。140万円が目標のところ、160万円ほど集まっています。
――1万円の寄付にヘッドスカーフがもらえるコースがありましたが、あのコースを購入している人が多かったですね。
角田:もともとあのコースは入れるつもりがなかったんです。脱毛患者さん用だから、一般の人のリターンには向かないと思って。でも直前になって事務局から「これも入れてみてください」って。私はかなりニッチなアイテムだと思っていたので、一般の人はもらっても困るって思っていたんです。同じ金額でシルク製品の詰め合わせのコースも選べるのですが、ヘッドスカーフのほうが売れたのが一番びっくり。みんな髪の毛あるよねって(笑)。
――こういう言い方が適切かわからないですが、普通のファッションアイテムに見えます!
角田:それはすごくうれしい。ファッションとして楽しむ人にも購入してもらえたら、脱毛患者さんはこれをつけるハードルがもっと低くなるので。もっと驚くのが、男性から男性用も欲しいという声があったことです。
――ヘッドアクセサリーって使い方や合わせ方が難しいものが多いので、「これはかわいいし使いやすそう!」って思った人が多かったのかも。
角田:何も知らない人の中には、私がヘッドスカーフをおしゃれでつけてると思ってくださる方もいるのでうれしいですね。私も自信が出て、ファッションが楽しくなりました。子育て中は主婦だから服も髪もどうでもええわってなってたのが、これをつけて「おしゃれだね」って言われたら女性を思い出す。人間って不思議なもので(笑)。
自分以上に、親は悩む
――お子さんや旦那さんからの反応はどうですか?
角田:すごく喜んでくれますよ。「かわいいよー」って言ってくれる。下の子は3歳なので、私のウィッグをつけて走り回ったり。子どもは物心ついたときから「ママは髪の毛がない」のが普通だから、抵抗なく受け入れてくれるんですよね。でも実は、一緒に暮らしている両親が悩んでしまって。
――そうなんですね。
角田:私自身よりも両親のほうが悩んだと思います。遺伝じゃないかとか小さい頃の栄養素がどうとか、ストレスが……とか。自分で自分の頭は見えないから私はあっけらかんとしてられるけど、親のほうが悶々としてしまって、それが嫌で。
――子どものことだと、心配になるのでしょうね。
角田:私の子どもも、少し髪が抜けたことがあったんです。結果的にはちょっとかぶれたくらいだったんですけど、そのときは本当に「どうしよう」って思いました。私みたいに抜けたらどうしよう、治療法はないのに、これから小学校なのにいじめられたら……って。私自身は、髪の毛がないことで自分の価値がどうこうなるわけじゃないって乗り越えたつもりだったんですけど、かたや自分の子どもがそうなるかもしれないってなったら全然冷静ではいられませんでした。
――なるほど……。
角田:私の両親が私を心配したこととかを考えると、人の外見って、自分のためだけじゃなくて周りの人のものなんだなって。これをつけていきいきしていることが周りの人のためにもなる。「うちの娘は大丈夫なんだ」って思えることが大切なんだってそのとき思いました。
――それは新しい発見です。
角田:見ている人がいる以上、外見がメッセージになるというか、与える印象が強いんだろうなと思って、ヘッドスカーフのようなものが欲しいと思いましたね。
その日の気分に合わせて使い分けられる商品に
――起業後の目標を教えてください。
角田:今はまず軌道に乗せること。これからどれだけ大きくするかとかは考えられないくらいいっぱいいっぱいです。発売して、必要な人に届けて、どんな感想を持たれるのか知りたいし、そこで方向性をつけたいという段階です。
――最初は何枚くらい販売するんですか?
角田:1色150枚ずつ、3色つくるので450枚です。
――価格は?
角田:それを悩んでるんです。実は、つい先日、工場から縫製を断られてしまって。シルクで、かたちも特徴があるので難易度の高い縫製なんです。それで別の工場にかけあったら、原価が倍になってしまって……。今ちょっと悩み中なんです。
――理想の価格はいくらくらいなんですか?
角田:8000円以内ではどうしても売りたい。がん患者さん用のものってなんでも高いんですよね。もっと手軽に手に入って、何色かバリエーションをそろえられて、その日のファッションに合わせて変えてもらうのが理想なんです。男性のネクタイみたいに。それができる価格にしたいです。
最後に会えなかった高校時代の友達
――起業に興味があっても、あと一歩踏み出せない人っていると思います。そういう人にアドバイスがあれば。
角田:私も今まさにどうしようと思っているところなので(笑)。私はこのビジネスに関しては、後ろから背中を押されてやっと前に進んでいる気がします。もっとひっそりやるはずだったんですけど、ビジネスプラン部門に出してみたらって言われて出して、入賞して後に引けなくなって。新聞やラジオにも出させていただけることになったんです。
――周囲に恵まれているんですね。
角田:最初は私がこういうことをやりたいって言っていただけなのに、いろいろアドバイスしてくださる人がいて、クラウドファンディングを教えてくださったり。周囲が流れに乗せてくださっているというのを最近はすごく感じます。
――最初のほうの話に戻ってしまうのですが、脱毛症ということがわかって、そこで気持ちが落ち込んでしまう人もいると思うんです。そうではなく、そこから「人のために役立つことをしよう」と思われたというのが、すごいなと思って。私がその立場だったとき、そう思えるかな、と。
角田:「髪の毛がなくなったのは、真住ちゃんの一番の強みかもしれない」って言ってくれた友達がいました。髪の毛がなくなった人の気持ちが誰よりもわかる、それはその人たちの力になれることって。強みと弱みって表と裏のところがあるから、それをどう使うかだなって。
――どう考えるかは自分次第ということですね。
角田:あと、仲の良い高校時代の友人が乳がんで亡くなった経験があるんです。彼女は「治療が終わって元気になって、髪の毛が元に戻ったら友達に会いに行く」って言っていたけれど、治療が終わらずに亡くなってしまって。私は全然知らずにそれを後から聞いたんです。棺の中にいる彼女を見たときに頭の部分は隠されていたんですよ。
――ヘッドスカーフがあったら……。
角田:そんなことを気にして、私は彼女に会えなくて、最後に話もできなかったのかと。なんで髪の毛なんてって。でも自分がそうなってみると、気分が落ち込んでいて髪の毛もない状態で、華やかにしている昔からの友達に会いに行くのがどれだけハードルが高いかがわかりました。もし、このスカーフが彼女の元にあったら、私は最後に彼女に会えたんじゃないかなって。私は最後に彼女に会いたかった。そういう気持ちもあるんです。
女性でも男性でも、新しい洋服をおろすときや、コーディネートがうまく決まったときはわくわくするもの。それだけでいい気分で1日をスタートできることもありますよね。闘病中であっても、その気持ちは同じ。さらに、「自分がどんな格好でいるかは周りのひとにも影響を与える」んですね。
自分の特徴を「強み」と考えるか、「弱み」と考えるかは自分次第。角田さんの笑顔に、人と違う経験を強みに変えることは誰にでもできることだと教えられた気がしました。
7月中からテスト販売をスタートするヘッドスカーフプロジェクトは、きっとたくさんのひとに自信や希望を与えてくれるはず。これからがとても楽しみです。
関連情報:
角田さんがつくるヘッドスカーフをご覧いただけるサイト「LINOLEA」
(執筆/小川たまか、写真/馬場加奈子)