【写真】病院のスタッフに拍手をされながら迎えられるウェディング姿の新郎と車椅子の花嫁

お気に入りのヘアスタイルで、身だしなみを整えてお出かけをするとき、なんだか嬉しい気持ちになります。ヘアスタイル、メイク、ネイル…外見のおしゃれへのこだわりは、自分を表現するひとつの楽しみでもあるのでしょう。

でも、日常のこんな当たり前の出来事が、ある日突然難しくなってしまうこともあるかもしれません。病気の治療によって髪の毛が抜けてしまったり、爪や肌が荒れてしまったり。体調だけでなく外見にも影響がある病は、きっと人の心を落ち込ませてしまいます。

外見について悩む人たちが、すこしでも希望を持てるように。

そんな思いで活動を続けるのはNPO法人全国福祉理美容師養成協会(以下ふくりび)。ウィッグ、カバーメイク、ネイル、エステなど外見に関するケアをトータルでサポートしています。今回紹介するのは、ふくりびが新しく挑戦中の「アピアランスサポートセンターTOKYO」プロジェクトです。

「誰もがその人らしく美しく過ごせる社会の実現」を目指して

【写真】ウィッグを紹介する女性

「アピアランスサポートセンター」は、医療用ウィッグの製作や、ネイル、まつげ、眉毛、メイク施術、他にもアピアランス(外観)に関するさまざまな情報提供を行う場所です。

今や2人に1人が経験するともいわれる病気、がん。治療方法はさまざまですが、抗がん剤を使用する際に、副作用で脱毛の症状が発生することがあります。

現在、全国で唯一常設で展開している愛知県の「アピアランスサポートセンターあいち(以下あぴサポあいち)」。あぴサポあいちでは、多くのがん患者の方が来店しウィッグを作ったり、弱くなった爪を補強するようなネイルケアの施術などを受けています。

そして今回、「愛知だけではなく、東京でもあぴサポを利用したい」というたくさんの声に応えるために、東京でのオープンを目指すプロジェクトがはじまりました!

【写真】「ふくりび」ウェブサイト

プロジェクトを運営するのはNPO法人全国福祉理美容師養成協会(以下ふくりび)です。「誰もがその人らしく美しく過ごせる社会の実現」を目指し、理美容・医療・介護・ファッションなどの分野の専門家が外見へのケアを行っています。

ふくりびでサポートするのは、高齢や疾病などの理由により、ヘアサロンへ行くことが難しい方々です。施設や病院、自宅などに伺いヘアカットやネイル、エステなどを行う訪問理美容。そして人毛を使うことでカラーやパーマも可能な高品質、かつ低価格な医療用ウィッグの制作。他にも障害のある方への身だしなみ支援や、途上国での美容技術訓練などに取り組んでいます。

高齢者や障害のある方にあらゆる理美容サービスを提供する「福祉理美容」

【写真】微笑みながら佇むいわおかひとみさんとあかぎかつゆきさん

左:事務局長の岩岡ひとみさん、右:赤木勝幸さん

今回はふくりび事務局長の岩岡ひとみさんに、ふくりびでの取り組みや、プロジェクトについてのお話を伺いました。

岩岡さん:ふくりびは、理事長の赤木勝幸が運営していたサロンからはじまりました。お客様との長い付き合いの中で、介護をはじめた方、障害のある子どもが生まれた方がいらして。彼らの施術をしていくうちに、NPO設立につながったんです。

ふくりびでは「福祉理美容」を、高齢者や障害のある方の施設やご自宅へ伺い施術を行う「訪問理美容」だけでなく、脱毛で悩む人のための医療用ウィッグなど、広い範囲で福祉の領域を捉えて活動をしています。

また、「ウィッグのことも本当はいつも通っている美容室に相談したい」というがん患者さんの声をもとに、美容師向けにカウンセリングや応対、医療用ウィッグの取り扱いや伸びてきた地毛のケアの技術などの、がん患者サポートに関する知識と技術の研修を行ってきました。現在は「医療用ウィッグパートナーサロン(提携美容室)」は、全国各地で107軒にまで増えています。

これまで23年間にわたって「福祉理美容」に関するあらゆる活動を続けてきたふくりび。2015年11月には初めて、外見に関するサポートをトータルで行う常設の施設を、愛知県にオープンさせました。

病気になってしまっても、外見が理由で人生をあきらめないで

【写真】ウィッグの見本やパンフレットが並べられるショーケース

あぴサポあいちでは、毎月患者会も開催しています。浴衣の着付け、お灸やヨガの体験、食事会などのイベントでは、病気のことはもちろん子育てや生活の話なども飛び交い、患者同士の出会いの場にもなっているのだとか。

愛知県がんセンターのすぐそばという立地も相まって、あぴサポあいちへはがん患者をはじめとする、脱毛症の方や、ホルモンの治療による脱毛がある方などが来店しています。がん患者の方の多くは、治療が終わり髪の毛が生え揃うまでの約1年から1年半の間、ウィッグを着用するのだそうです。

【写真】ヘアドネーション型医療用ウィッグ「4youWig」の紹介画像

あぴサポあいちでは、家族や友人の髪でつくるヘアドネーション型医療用ウィッグ「4youWig」の製造も受付中

利用者は30代後半から40代の子育て中のお母さんや会社員の方が多く、女性だけではなく男性の方も相談に来ています。

脱毛などの外見に現れる副作用は、痛みが伴うわけではありません。それでも、外見の悩みが大きなストレスとなるという声は非常に多く、中には仕事が続けられなくなってしまったり、外出を諦めてしまう方もいるといいます。

岩岡さん「病気になってしまったとしても、外見が理由で、外に出ることをためらわないでいられるように。ライフイベントや自分の人生の楽しみをあきらめないでいられるように」そんな思いで運営をしています。

抗がん剤治療を忘れるくらい、オシャレして外に出かけることができる

【写真】笑顔で並ぶあぴサポあいちのメンバー

あぴサポあいちで提供しているのは、外見へのケアだけではありません。

がんであることを隠したい。

爪が欠けてしまい服やタオルに引っかかってしまう。

営業職なので帽子をかぶって仕事をするわけにもいかず、かといって坊主で営業周りも印象が悪いし、お客様に変な気を遣わせたくない。

施術中は、さまざまな不安を抱える患者さんたちの声に、じっくりと耳を傾けます。悩みの中には理美容師としての知識ではサポートできないこともありますが、「話を聞いてもらえて少し気が楽になりました」といった声をもらうこと多いのだそうです。

またアピアランスサポートはセンター内だけではなく、病院や施設、イベント会場などでも行います。

【写真】あぴサポあいちで着付けやヘアセットをサポートした患者さんの後ろ姿

抗がん剤治療の副作用による脱毛症状があった方から「妹の結婚式に着物を来て出席したい」との相談があり、着付けとネイル、ヘアセットをサポートしたこともありました。治療を終えた後も、患者さんからはこんなお礼のメッセージが届いたそうです。

あぴサポのみなさんに出会えたおかげで、自分が抗がん剤治療をしていると忘れるくらい、オシャレして外に出ることができて、本当にうれしかったです。

【写真】スタッフに見守れながら病院内でのウェディングを実現した新郎新婦

他にもある患者さんのお話も伺いました。その方は「ウェディングがしたい」という願いを持っていたのだそう。そこでふくりびでは医師や看護師の協力のもと、なんと病院内でのウェディングを実現したのです。

抗がん剤の副作用で爪の変色や毛量の減少などがありましたが、ブライダルネイル用にネイルチップを作成し、ウィッグも2種類用意することに。患者さんは嬉しそうに準備を進めていました。

しかし前日まで患者さんの体調は悪く、立つことすら難しい状況が続きます。そして迎えた当日。ウェディングへの強い思いがそうさせたのか、体調はかなり回復し、無事に撮影をすることができたのでした。

夢をありがとうございました。これからもたくさんの方の夢を叶えて頂きたいです。

患者さんはそんな手紙を書いて、夫に送っていたのだそう。その後の闘病中も、ウェディングの写真を眺めては、幸せそうにしていたといいます。

外見の変化が周囲へ与える影響

外見の変化は、本人だけではなく周囲へも大きな影響を与えます。身近なひとが病気によって変わっていく姿を見るのがつらいという人も多いのではないでしょうか。

【写真】ウィッグの説明をするいわおかさん

例えばがんになってしまった娘の脱毛に、お母さんが苦しんでしまったというケースもあります。

岩岡さん:娘さんは「大丈夫」と言っていても、お母さんの方が「可哀想だ」と泣いてしまって。娘さんはお母さんのことを思ってウィッグを作ったようです。完成後、「もともとの髪よりサラサラで可愛くなったかも!もう“可哀想”ではないよね」と、親子で嬉しそうにされていました。

あぴサポでは患者だけではなく、誰でも施術を受けることができます。そのため家族や友人と一緒にネイルやヘアカットを利用する方も多くいます。患者をそばでサポートする人の中には、病院での手続きや患者の世話に明け暮れ、弱音を吐くこともできず疲れてしまっている方もいるのだと、岩岡さんは話します。

岩岡さん:患者さんに身体に良いを食べさせてあげようとか、あれもこれもしてあげたいと必死になり、自分を後回しにしてしまっている方もいます。外見の配慮は特に優先順位が低くなりがちです。

あぴサポでは患者さんと一緒に施術を受けてもらうことで、気兼ねなく、ケアをする人にもリラックスしてもらう。綺麗になり元気になってもらえたらと思っています。

また患者さんが亡くなってしまった後も、家族の方だけが通い続けたり、挨拶をしに来店する場合もあるのだといいます。それはもちろん、あぴサポスタッフと利用者が築いてきた信頼関係があるからです。

【写真】患者さんとともに同行者もネイルの施術ができる

そして、ウィッグを着用して明るくなった患者さんの様子に、医師や看護師から感謝の声をもらうこともあるのだとか。

岩岡さん:「脱毛により辛そうな様子の患者さんを見ていて、なにもできないことにもどかしさがありました。今はふくりびさんをはじめとするサービスがあることで安心しています」と病院の先生から伝えてもらったこともありましたね。

人の気持ちを明るくすることで、少しでも闘病への苦しみが和らぐように

最近は施設や病院、個人の方からの問い合わせが東京近辺で激増していたこともあり、東京にもアピアランスサポートセンターTOKYO (以下、あぴサポTOKYO) をオープンさせるプロジェクトが始動しました。現在は設立資金を募るクラウドファンディングに挑戦中です。

あぴサポTOKYOではこれまでと同様、医療用ウィッグの制作、爪や肌のケア、メイクサポートのほか、ヘアカットやヘッドスパの施術も加わりました。患者さんだけでなく同伴者もまた、ゆったりと過ごすことのできる空間を目指しています。

【写真】あぴサポ東京のイメージ図

岩岡さん:私たちができることは治療ではないですし、小さな小さなサポートなのかもしれません。それでも、状況を変えるのは難しくても、外見を変えるのは案外簡単なんです。綺麗になってマイナスなことってないはず。人の気持ちを明るくすることで、少しでも闘病への苦しみが和らぐといいなと思っています。

岩岡さんの話を伺って、昔、知人が闘病中に髪の毛が抜けてしまった姿を見て、言葉にできない葛藤を抱いたことを思い出しました。当時どんなサポートがあるかわからず、私は何もできませんでした。今ならふくりびの存在を伝えることができることに、心強さを感じます。

ふくりびの取り組みによって、病気や困難があっても自分の外見に自信を持ち、明るい気持ちになれる人がきっといるはず。ふくりびを通して、たくさんの人が「自分らしい美しさ」に出会うことができると嬉しいです。

関連情報
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