【写真】ソファに座って微笑むあらいまいさんとむすめのゆめちゃん

自分のことだったら冷静になれる。でも、子どものことだと、なんとしても守らなくてはと力が入ってしまうんです。

そう話してくれたのは、小児脱毛症である優芽ちゃんのお母さん、新井舞さんです。

私には子どもはいませんが、大切なものを守りたいというその気持ちは、痛いほど分かります。

脱毛症は、免疫の異常により髪の毛が抜けてしまう病気のひとつ。性別や年齢に関係なく、誰でもかかる可能性のある病気です。「大人がなるもの」という印象が強いですが、実は15歳未満の子どもに発症するケースが多いと言われているそうです。

娘の優芽ちゃんが、脱毛症と診断され、当初は落ち込んでばかりだったという新井さん。ですが今は、「同じ立場の子どもたちやお母さん方のために」と脱毛症を持つ方や家族の交流会を企画したり、子ども用ウィッグ専門のネットショップをオープンさせるなどの試みを始めています。

脱毛症があっても、明るく強く、そして楽しく暮らす優芽ちゃんの様子。そしてこれまで母親として優芽ちゃんに寄り添ってきた、新井さんの思いを伺いました!

脱毛症という診断を受け、出口の見えないトンネルに

【写真】机で塗り絵をするゆめちゃん

脱毛症とは、ある日突然髪の毛が抜け始めてしまう病気です。脱毛箇所が一箇所の場合は単発型、複数の箇所に現れる場合は多発型。髪の毛だけでなく、眉毛やまつ毛など体全体に症状が及ぶ汎発型に分類されています。

優芽ちゃんが脱毛症と診断されたのは、0歳のとき。最初は円形の脱毛部位が複数現れる多発型として発症しました。保育園の年長のときには、髪の毛だけではなく、体全体に症状がおよぶ汎発型へ進行したといいます。

脱毛症だとわかったときは、なんとか治してあげたいという気持ちでした。それに反して、とにかく情報が少なくて…。焦りの気持ちがとても大きかったです。

なんとかしてほしいという切迫した気持ちを抱えて病院にも通いますが、それに反して医師の対応はあっさりとしたものでした。子どもにできる治療法は多くないからと、病院では塗り薬を処方されるだけ。そんな診療にどこか物足りなさを感じていたと新井さんは振り返ります。

子どもが大人になる過程で体験するさまざまなことを、優芽はみんなと一緒に経験することができるのだろうか。就職や結婚、出産は…と、とにかく不安で怖くてたまらかなかったです。

ママ友にいくら励まされても、「あなたの子どもには髪の毛があるじゃない」と心の中で反発してしまう。そして、ママ友がなにげなく子どもの髪を結び直している仕草を見るだけで、猛烈な悲しみに襲われる…。

出口の見えないトンネルの中にいた新井さん。さらに、優芽ちゃんとどう向き合っていくかで夫とも意見が合わず、言い争った時期もあったといいます。

その頃は被害者意識がものすごく強かったですね。当事者じゃなければ分かってくれないと追い詰めて、自分自身を孤独にしていたんです。

前を向くきっかけになった、娘優芽ちゃんの言葉

【写真】公園であそぶゆめちゃんと、手をつなぐまいさん

新井さんは、優芽ちゃんが脱毛症と診断されてから、落ち込んで泣いてばかりでした。でもその一方で、優芽ちゃん本人はとっても明るく過ごしていたのだそうです。

4歳のとき、優芽に脱毛症のことを話しました。どういう反応をするのか考えていたのですが、実際は「ふ〜ん。あぁ、そうなんだ。分かった」と言っただけだったんです。

「もしかしたら、この子にとって脱毛症はそれほど大きな問題ではないのかもしれない」新井さんがそう思えた瞬間でした。

優芽ちゃんは、自分が脱毛症だと理解してからも、自ら帽子やウィッグをつけたいと言ったことは一度もありませんでした。ありのままの姿でいることを選んだ優芽ちゃん。

私は病気であることも含めて私です

新井さんは、優芽ちゃんの気持ちをそんなふうに代弁します。

【写真】公園の遊具であそぶゆめちゃん

それでも新井さんは、小学校に上がるまでに脱毛症を治してあげたいと考えていました。しかし病気が完治することはなく、「ごめんね」と言って優芽ちゃんの前で泣いてしまったことがありました。いつも明るい優芽ちゃんが、このときはものすごく泣いていたのだといいます。

こんな病気になってつらいね

優芽ちゃんの涙を見て、そう言った新井さんに優芽ちゃんはこう返しました。

私がつらいのは、髪の毛のことじゃない。一番辛いのは、ママがそうやって泣くことだよ。

新井さんは、はっとしました。それは、優芽ちゃんのこの言葉が強がりではなく、心からのものだと分かったからです。

娘の心を傷つけるのは私の涙なのだと、ようやく気づきました。「もう泣かないよ。優芽も頑張っているからママも頑張るね」と約束しました。その日から、娘の前で泣いたことはありません。

そして、新井さんは「今こうしているあいだにも、私たちと同じように脱毛症に悩み、泣いている親子がいるかもしれない。その人たちのために何かしたい」と考え始めました。

子どもたちに理想のウィッグを届けたい

【写真】自宅でインタビューに応えるまいさん

新井さんは、優芽ちゃんの症状が汎発型に進行した頃から、病気の情報収集のために開設したブログで同じ病気を抱える子を持つ親御さんと意見を交わしていました。

そのなかで、ウィッグの問題が子どもたちの生活に大きく影響していることに気づいたのです。ウィッグを固定する髪がない、ずれてしまうのが怖くて使えないなど、その問題はさまざま。

考えるよりまずは行動!新井さんは、子どもの動きや遊びを妨げることなく、快適に過ごせるウィッグを作りたいと思い立ちます。

新井さんや優芽ちゃんが感じていることはもちろん、ブログ上で集めた“理想のウィッグ”に対する案や意見をまとめてさまざまな企業にコンタクトをしてみました。

なかなかお返事はもらえませんでした。でも奇跡的に国内でウィッグを卸している会社から一緒にやりましょうと言っていただけたんです。

それから約1年後、2018年6月16日に子ども用ウィッグ専門のネットショップ「Dream Assort」をオープン。多発型はもちろん、髪の毛がより少なくなる汎発型の脱毛症でも快適に使える帽子併用タイプのインナーキャップの販売を始めました。

【写真】ディスプレイされたウィッグと使用イメージの写真

【写真】ウィッグを触りほほえむまいさん

お店のオープン時には、お披露目会でフィッティングを実施。そこで実際に子どもたちにウィッグを試してもらったことで、改良点も見つかりました。

そのときの声を元に今、よりよい商品にしようとベースキャップの作り直しをしているところです。触り心地も見た目もツルツルで、傷みにくい人工毛は、子どもにはぴったりだといった喜びの声も届いています。

お店はまだ始まったばかり。試行錯誤しながら、新井さんはたくさんの子どもたちに快適なウィッグを届けようとしています。

【写真】ウィッグにはFUNKIDSWIGとタグが付けられている

世の中は、想像しているよりずっと優しいと伝えたい

新井さんの次の挑戦は、脱毛症を経験された方と脱毛症と闘っている人、そしてその家族をつなぐ交流イベントの開催です。

どうして私の子どもがこんな病気に…と運命を恨むような気持ちを持っていた時期もありました。もしそのときに仲間がいたり、居場所があったらどれだけ救われただろうと考えたんです。

だったらその場を作ろう。そうして、交流イベントの開催を決めたのです。

【写真】公園の遊具で遊ぶまいさんとゆめちゃん

想像しているより世の中は優しいよ

新井さんは、同じ悩みを持つ親御さんにそう伝えたいと話します。

優芽ちゃんが小学校に入学する前、「見た目が他の子と違うことで、いじめられてしまうのではないか」と新井さんは不安に思っていました。でも実際はいじめられることもなく、「病気で髪の毛がないんだから、それを理由にいじめたりしたら絶対にだめだよ」と言ってくれた子もいたそうです。

子どもたちが優芽ちゃんを受け入れてくれないかもしれないという不安は、思い込みだったと、新井さんは振り返ります。たとえ脱毛症があったとしても、仲良くしたいし、受け入れたい。世の中の多くの人がそう思っているのではないかと、新井さんは気づいたのです。

今、過去の私と同じ境遇にいる方には、勇気を出して思いをまわりに伝えてみてと言いたいです。その思いを受け入れてもらえる場所が必ずあるはずだから。

現在交流会は、東京と大阪で開催予定。より多くの人が参加できるよう、クラウドファンディングで協力者を募集しています。脱毛症の方の一歩を、多くの方と応援できたら嬉しいです。

お互いを成長させるパートナーのような親子の姿

【写真】おじいちゃんおばあちゃんに囲まれ笑顔のゆめちゃん、まいさん

新井さんのご両親と。優芽ちゃんはおじいちゃん、おばあちゃんが大好き

「脱毛症があっても、これが私」と受け入れて、自分を表現している優芽ちゃん。優芽ちゃんと関わるたくさんの人が「お母さん、こんなに強い子に育ててすごいね」と新井さんに声をかけるそうです。でも、新井さんはそれをきっぱりと否定します。

私の影響はありません。むしろ、優芽のおかげで私が前を向けるようになったんです。

優芽ちゃんのことを100%肯定する新井さんの存在は、優芽ちゃんにとっても心強いものに違いありません。親子にはさまざまな形があるけれど、新井さんと優芽ちゃんは、お互いをより大きく成長させるパートナーのようにも見えました。

今日もふたりは、笑顔で手を取り合って歩いています。新井さんの新たな挑戦によって、そんな笑顔がたくさんの脱毛症の子どもやその親に広がりますように。

【写真】まいさんとしっかり手をつなぐゆめちゃんの後ろ姿

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(写真/馬場加奈子)