ある土曜日の夜、都内近郊を中心に活動しているダンスチーム「新人Hソケリッサ!」の公演を見ようと、都内のビルのエントランスホールに100近い人たちが集まりました。
照明が落ち、静まりかえる会場。ラテンな音楽が流れ、青い光が中央を照らす。小さな子どもにお年寄り、学生、会社員、さまざまな人が息をのんで見守る中、1人の男性がゆっくりとした足取りで現れました。
肘を曲げ、目を見開き、右へ左へくるくると向きを変える。床に寝そべって足を激しくばたつかせると、勢いよく立ち上がり、天に向かって慟哭するように手を伸ばす。
渾身のダンスで見る人の目も心も奪っているのは、実は路上生活を経験したことのある男性です。ソケリッサ!は、いわゆる「ホームレス」の人たちで結成されているダンスチーム。一度は道ばたで人目を忍んで生きてきた人たちが、ここでは鳴りやまない拍手を浴びるスターになれる。活動を続けて10年の節目を迎えた今年、新しいツアーの幕が上がりました。
踊るのはホームレスの「おじさん」たち
ソケリッサ!の発起人はダンサーで振付師のアオキ裕キさん。アオキさんの呼びかけで路上生活経験者たちが集まり、2007年に初公演の舞台を踏みました。これまでに約40人の「おじさん」たちが参加し、都内近郊のホールやアートフェスティバルのイベント会場などでダンスを披露してきました。
ソケリッサの舞台を見て自分も踊りたいと手を挙げた人、アオキさんが振り付けを手がけたアーティストが好きだからという理由で興味を持った人、仲間とご飯を食べる時間が楽しみで練習に来る人・・・・・・動機もダンススタイルもさまざまなメンバーが、週に2回ほど集まって汗を流しています。

シンガーの寺尾紗穂さん(左奥)とのコラボレーション
2015年はシンガーの寺尾紗穂さんのツアーに帯同し、全国10カ所以上で公演。寺尾さんの「楕円の夢」という曲のミュージックビデオには、メンバーの2人が出演しています。2016年には、社会をより良いものにするアート・デザイン・プロジェクトのコンペティション「コニカミノルタソーシャルデザインアワード2016」のグランプリに輝きました。エンターテインメントとしてはもちろん、社会的に意味のある活動としても注目を集めているのです。
アメリカ同時多発テロとホームレスとの出会い――「この人が人前に立って踊ったときに、どんな景色が生まれるのだろう」

アオキ裕キさん
ソケリッサ!を始める以前、アオキさんはタレントのバックダンサーやプロモーションビデオの振り付け師として活躍していました。ダンスの勉強のためにアメリカ・ニューヨークに滞在していた2001年、アオキさんは人生の転機となる出来事に遭遇します。それは9月11日に起こった、アメリカ同時多発テロでした。
煙を上げて崩れ落ちる高層ビル、パニックになる街、そして、強烈な悲しみに暮れる人々の姿・・・・・・。アオキさんの心を突き動かしたのは、未曽有の事件によって人間の感情がむき出しになった光景でした。
アオキさん:人の表面的なところばかりに目を向け、表面的な事物に価値を置いていた自分の生き方に深いショックを感じました。とにかく転んでもいい、この世の中に生きている肉体に値することを何かやろうと思ったんです。
自分の追求するダンスは何なのか。帰国後、しばらく答えを探していたアオキさんは、新宿である光景を目にします。
――ストリートミュージシャンの人だかりの横で、路上生活者が見向きもされずに寝ている。
その絵図がはっきりと刻まれた頭の中に、一つの考えが浮かびました。
「この人が人前に立って踊ったとき、どんな景色が生まれるのだろう。」
東京で不自由のない生活をしていながら、ありのままの肉体表現をしようとすることに違和感を感じていたアオキさんにとって、路上生活者は「自分にないものを持っている存在」でした。
アオキさん:路上生活をしている人は、いつも自分が生きることと向き合わざるを得ない。自然の中で季節を感じたり、寒さ・暑さを感じたり。ダイレクトに体の感覚が開いている。そこにすごく惹かれましたね。
ソケリッサの誕生――「これが僕の自由の表現です。みなさんの自由も見たいんです。」
それから都内を1人で奔走し、路上で生活する人たちに直接「踊りませんか」と声をかけても、参加してくれる人はいませんでした。半年ほど過ぎた頃、ホームレスの自立を支援する雑誌「ビッグイシュー日本版」の存在を知り、販売員へ話をさせてほしいと連絡をとります。ビッグイシューの協力を得て勧誘を続け、最終的には自分の踊りを見てもらうことに。
「これが僕の自由です。みなさんの自由も見たいんです。」
踊り終えたアオキさんが投げかけたこの言葉に、その場にいた全員がうなずき、参加を決意したといいます。

稽古の様子
ホームレスであることを公言して人前に立てば、どんな目で見られるかわからない。社会復帰に何らかの影響があるかもしれない。でも、それを気にしていたら何も前に進まない。みんなでおもしろいものを作れば、必ず何かが成功する。こうして、「それいけ!」という強い思いをこめて「ソケリッサ!」と名付けられたチームは、活動を始めたのです。
おじさんたちは人生の先輩。体は自由に動かしていい。
アオキさんが構成を決め、手本を見せて、同じように踊ってもらう。最初私は、そんなふうにソケリッサの練習風景を想像していました。
アオキさん:最初はそうしていました。でも、振り付けを教えても2、3分で忘れてしまう。それに、本番で間違えないように踊ろうと思うと、緊張してぎこちない動きになってしまう。それでは「自由」を表現したことにならない。だから、「言葉」をたくして、即興で出てきた動きを大事するようにしました。
大きな動きをしてほしいときは「太陽を飲み込む」、体を縮めてほしいときは「糸で縛られる」。他にも、「青空の下」「悲しみを拾う」といった、どこか文学的で抽象的な言葉を伝え、これを自由に表現してくださいと指示を出します。するとときには、思いもよらない動きが生まれるのだとか。
アオキさん:人って本当はすごく自由な生き物なのに、世の中には肩身の狭い状況の人がたくさんいる。その中で踊りというのは本来、誰でも体を動かして自由にやっていいものだと思う。おじさんたちには日常の延長線上にある体を見せてほしいんです。その人が生きてきた中で刻まれた記憶や、無意識のうちに培ってきた感覚が表れるから。おじさんたちは人生の先輩。こんな表現があったのかと、僕が学ぶことのほうが多いです。
お客さん、アーティスト――誰かのために踊ることが生きる希望になる
アオキさんのお話を伺ったあと、私は初めてソケリッサの公演を見に行きました。シャツが汗でぐっしょり濡れるほどの激しい動きに「おおーっ」と湧く歓声。変な顔をして客席に近づくと、子どもたちから笑い声がこぼれる。会場からは手拍子が自然と起こり、最後はお客さんも飛び入ってダンスを踊りました。
「緊張して心臓が止まりそうでした」と言いながらも踊り切るおじさん、「できちゃうから仕方ないんですよね」とベテランの貫禄を見せるおじさん。割れるような拍手に囲まれたおじさんたちの顔には、充実した表情が広がっていました。
アオキさん:僕たちを成長させてくれるのは「人との出会い」。路上だけで生活していたら、お客さんやイベントに招待してくれるアーティストの方々との出会いはなかった。たくさんの人が待っていてくれて、支援をしてくれるからこそ、僕たちも良いパフォーマンスを見せたいと思う。おじさんたちも、踊りを通して人に何かを提供することに誇りを持っています。だから輝いて見えるんです。
この日は寺尾紗穂さんも演奏で参加。寺尾さんの「たよりないもののために」という曲に合わせて、おじさんたちが踊ります。
「見えなくなったものたちのダンスは続いている」
「信じることでこの夜にようやく朝が訪れるのなら」
歌詞に共鳴するかのように、肩を支え合うおじさんたちの姿。涙が止まりませんでした。
「東京路上ダンスツアープロジェクト」スタート!
6月末にスタートした「東京路上ダンスツアープロジェクト」は、9月末まで開催予定。都内の公園や川崎など全15カ所以上を回ります。「お金がある人もない人も楽しめるように」とチケットはなく、投げ銭制で誰でも見ることができます。
これからの活動運営、追加公演や新たなアーティストとのコラボレーション企画の実現のために、ソケリッサ!は現在、クラウドファンディングを実施しています。
私も感動したソケリッサ!のダンスを1人でも多くの人に見てほしい。たとえ足を運べなくても、「それいけ!」という気持ちを届けて、おじさんたちをもっともっと盛り上げてほしい。いつか、あなたの町にも来てくれるかもしれません。みなさんの応援をどうぞよろしくお願いします! (写真/岡野あや)