【写真】路上でビッグイシューの雑誌を高々と掲げているホームレスの方

“どんなにつらくても、いつでもビッグイシューに戻ってこられると思うと、生きていける”
“ビッグイシューのおかげで、自分を否定せず、前向きに生きていこうと思えた”

皆さんは、路上でこんな風に雑誌が売られている光景を見たことはありますか?

彼らが売っているのは『THE BIG ISSUE(ビッグイシュー)』という雑誌です。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの雑誌、売っている人たちはホームレスの方々なんです。

冒頭の言葉は、今回の取材でお話を伺わせてもらった、ビッグイシューの販売者さんたちの発言です。それらを聞いた時、僕は鳥肌がブワッと立ったことを、今でも鮮明に覚えています。「この方はビッグイシューがあったおかげで、本当に命を救われたんだな」と、切実に感じられたからです。

『THE BIG ISSUE』は、ホームレスの自立支援を応援する事業として、1991年にロンドンで誕生した媒体です。現在は日本の他にも、南アフリカやオーストラリア、韓国など世界10カ国で制作・発行されています。

今回soar編集部は、日本で『THE BIG ISSUE』を発行する「ビッグイシュー日本」がどんな活動をしているのか、たっぷりと取材をしました。東京事務所の所長を務める佐野未来さん、都内で活動する販売者さんに伺ったお話を通して、ビッグイシューが向き合っている課題と、私たちを待つ“未来の社会”の行方について、読者の皆さんと一緒に考えていければ……と思っています。

雑誌を売って、生きていける自信と誇りを取り戻す

「THE BIG ISSUE」の日本版は、2003年の9月に創刊しました。ビッグイシューの事業は、ホームレスの救済(チャリティ)ではなく、「仕事を提供し、自立を応援すること」を目的としています。

具体的な仕組みについて、ビッグイシュー日本の東京事務所所長を務める佐野未来さんは、次のように説明をしてくれました。

【写真】ビッグイシューの看板の前で笑顔で立っているさのみらいさん

佐野さん:初めに、販売者となる方々には「THE BIG ISSUE」を10冊、無料で提供します。まずはそれを、路上で販売してもらうんです。そこで得た売上げを元手に、以降は「THE BIG ISSUE」を現金で仕入れてもらって、また販売して……と、収入を増やしてもらう仕組みになっています。

1冊売ると、販売者が得られる収入は180円。小さな額ですが、1日20冊前後を売れば、簡易宿泊施設に毎日泊まれる余裕ができて、路上生活を脱出することができます。その後も1日30冊前後の売上げをキープして、毎日1000円ずつ貯金ができれば、1年ほどでアパートを借りられるようになる計算です。

こうして住所を手に入れてから、就活をして、社会復帰をしていく……路上で生活している人たちがここに至るまでの“自立”を、ビッグイシューは「雑誌販売」という仕事を提供することで、サポートしています。

佐野さん:ビッグイシューは、単純なチャリティではなく「仕事を提供すること」に大きな意味を見出しています。雑誌販売の中でお客さんと触れ合い、ホームレス状態になることで一度は遠のいてしまった社会と再びつながることができる。そして、「自分が働いて手に入れたお金で、ちゃんと生活ができている」という“自信”と“誇り”を取り戻していきます。仕事の中で得られる「生きていける、必要とされる」という実感が、本質的な“自立”につながるのだと、私たちは考えているんです。

ビッグイシューは、誰も損をしない仕組み

【写真】インタビューに真剣に応えるさのみらいさん
ビッグイシューの立ち上げ時から、ホームレス支援に尽力し続けている佐野さん。今の活動を始めるきっかけは、どんなものだったのでしょうか。

佐野さん:ホームレス問題を身近に感じたきっかけは、アメリカ留学から地元である大阪に帰ってきた時でした。その頃、日本はバブルが崩壊した直後だったこともあって、町の風景がビックリするくらい変わっていて……私が渡米する数年前まではいなかったホームレスの人たちが、あちこちで見かけられるようになっていたんです。

佐野さんが住んでいた場所の近くには、全国から日雇い労働者が集う釜ヶ崎という地区があります。ここは今もなお、日本で最もホームレスの多い町として知られています。

佐野さん:仕事も家も失って、生活に困窮している人たちが、路上にあふれていて。「なんでこんな状況になったんだろう」という思いと同時に、「なんで、こんな異常な光景が目の前にあるのに、誰も何かしようとしていないんだろう」という疑問がわいてきたんですね。これが、ビッグイシューの立ち上げに参加しようと思った、大きな原体験です。

その後、佐野さんの父である佐野章二さんと、その知人だった水越洋子さんが『THE BIG ISSUE』の存在を知り、これを日本でも始めようと準備をしていた流れに、佐野さんも合流することとなります。

佐野さん:質の高い雑誌を作って売ることで、読者も喜ぶし、販売者も潤うし、事業者の仕事にもなる――初めてビッグイシューの話を水越から聞いた時、私は「持続可能で、かつ関わる人が誰も損をしない、素晴らしい仕組みだ」と感じ、どんどん魅了されていきました。自分が気になっていた社会問題の解決に、仕事として参加できる仕組みを日本でつくる。こんなに素敵なことはないなと。そんな思いもあって、私はビッグイシュー日本の立ち上げに参加することにしました。

路上販売で出会えた、他人に必要とされている実感

今回の取材では、『THE BIG ISSUE』の販売者さんから、直接お話を伺うことができました。実際に路上に立っている販売者さんたちは、日々どんなことを考えながら雑誌を売っているのでしょうか。

【写真】路上で高々とビッグイシューを掲げている山崎さんとライターのにしやまたけしさん

こちらは、1年ほど前から中野駅の近くでの販売を担当している、山崎さん。平日は毎日、朝の7時半から夜の7時頃まで路上に立って『THE BIG ISSUE』を手売りします。

山崎さん:立ち続けているのは結構キツいけど、やっぱり長時間いた方がよく売れるんですよ。「朝立っているのを見かけたから」と、仕事終わりの夜に買いにきてくれるお客さんもいたりするので。自分のためはもちろん、買いにくるお客さんのためだと思えると、頑張れるものですね。

「どんなお客さんがいらっしゃるんですか?」と聞いてみると、年齢層は20~80代まで幅広く、意外にも女性の方が多いそうです。また、新しい号が出る度に買ってくれる常連さんは、顔がわかるだけでも100人はいるのだとか!

山崎さん:常連さんにはね、たまに差し入れを持ってきてくれる方もいらっしゃるんですよ。コンビニのパンとかおにぎりとか、手づくりの料理をタッパーに入れて「これ食べて」って渡してくれることもあって。温かい気遣い、とても嬉しいです。

私たちの質問に、気さくに答えてくれる山崎さん。「ビッグイシューに出合ったのは、今から7年前のことだった」と、当時を振り返って語ってくれました。

山崎さん:あの頃、私は新宿中央公園でホームレスをしていたんです。日雇いの仕事を見つけて、なんとか日々を食いつないでいました。その仕事が途切れてしまった時に、寝床の近かったご近所さんが、雑誌を持って街角に立っているのを見かけて。話を聞いてみたら「これを売って稼いでるんだ、お前もやってみるか?」と誘われたんです。それが、ビッグイシューとの初めての接点でした。

こうして『THE BIG ISSUE』の販売者となった山崎さん。しかし、売り始めた当初は、路上に立って雑誌を売ることに、強い抵抗感があったそうです。

山崎さん:その時はほかに仕事が見つからなかったから、「これしか今は選択肢がない」と仕方なく始めたんです。最初は、販売者として路上に立つのが本当に嫌でしたね。「自分はホームレスです」と、わざわざ人前に出て宣言しているように思えて。もうね、しばらくは「穴があったら入りたい……」って気分で立ってました(笑)。でも、売らなきゃお金がもらえないから、必死に我慢してね。そのうち、少しずつ慣れてきましたけど。

そして、毎日のように路上に立って売り続けているうちに、山崎さんの心境は少しずつ変化していきました。

山崎さん:しばらく続けているとね、段々とお客さんにあてにされ始めるんですよ。内容をちゃんと読んでハマってくれた常連のお客さんにね、「昨日なんで発売日だったのにいなかったの?」って言われるようになったりして。そこから「あ、自分は必要とされている。ちゃんと誰かの役に立っているんだな」って実感がわいてきたんです。

誰かのため――日雇い仕事では芽生えなかった、社会性


山崎さんが『THE BIG ISSUE』の販売を通して感じたのは「仕事のやりがい」でした。それは、ほかの日雇いの仕事では感じられなかったものだったと、山崎さんは言います。

山崎さん:売るのがしんどくなったり、あんまり売れ行きがよくなかったりした時に、自分のためだけにやってると「もういいかな」ってすぐに帰っちゃう。でもね、「毎号楽しみにしていて、今日買いに来てくれるお客さんがいるかもしれない」って感じられるようになると、頑張って立ち続けられるんですよ。日雇いの仕事は、トラックから荷物を下ろしたり、ものを運んだりするような単純作業ばかりだったから。それよりは、自分の手で雑誌を売ってる方が、全然楽しいと思えるようになりましたね。

そんな自分の心境の変化を、山崎さんは「社会性に目覚めた」と表現していました。

山崎さん:ホームレスになる前は、ビジネスマンをやってたこともあって。『THE BIG ISSUE』売り始めて、その頃の気持ちが戻ってきた気がします。日雇い労働がずっと続いてて、忘れちゃってたんですよね、「お客さんのため、他人のために」っていう気持ちを。この仕事に出会えたおかげで、大事なことに目覚めたなと感じています。

誰かに必要とされている、だから人のために頑張る――こうした気付きを経て、仕事に対する意欲がどんどん高まっていった山崎さん。始めは月に3万円ほどしか売れかったそうですが、今では『THE BIG ISSUE』の販売だけで、月に10万円以上の収入を確保できていると言います。

山崎さん:ビッグイシューのおかげで、アパートを借りて住んでいた時期もあります。ただ、私にはホームレスになる前から、メニエール病っていう持病があって。目まいがひどくて路上に出られなくなったり、その治療のためにお金が必要になったりして……今は、ネットカフェ暮らしです。途中で他の仕事をやってみたりもしたんですけど、うまくいかなくて、その度にビッグイシューに戻ってきて。こうして戻って来れる場所、できる仕事があるって、安心しますね。

【写真】路上で高くビッグイシューを掲げる山崎さんとライターのにしやまたけしさん、くどうみずほ

ビッグイシューとの出会いで「自分は変われた」と語る山崎さん。取材の最後に、これから先のことについて聞いてみると、前向きなお話を聞くことができました。

山崎さん:まだ具体的には思いついていないですけど……もう一度、自分がビジネスマンとしてできる仕事を、何かしら見つけたいなと。できれば、今やっていることの延長線上にあるような、お客さんのためになる商売をしたいですね。あとは、仕事に困っているホームレスの人に、ビッグイシューを勧めたいです。今は路上で暮らしてないから、あまり機会がないんですけど。きっと、変われるきっかけになると思うので。

販売者の頑張りが、読者を勇気づけている

ビッグイシューの活動は、草の根的ですが着実に、ホームレスの人々への“自立”のきっかけを生み出しています。佐野さんも、販売者さんたちの努力にはいつも驚かされていると言います。

【写真】事務所に入って見上げると猫の顔と「お帰りなさい」の文字が

事務所に入ってすぐ上を見上げると「おかえりなさい。」の文字

【写真】ビッグイシュー日本の東京事務所には、冷蔵庫や電子レンジもある。

ビッグイシュー日本の東京事務所、壁には販売者向けの連絡事項が貼られている

佐野さん:販売者さんたちは、雑誌を仕入れるために定期的に事務所を訪ねてきます。仕入れを受け付ける場所には、ご飯を食べたりお茶を飲んだりできるフリースペースを設けていて。そこで、販売者さん同士が、よく情報交換をしているんですよ。『どうしたら売れるか』とか、『こんなことしたらお客さんに喜ばれた』とか。今回の表紙は、過去にも出てきてるハリウッドスターだから、そのバックナンバーとセットで売ってみよう、とかね。

取材に同席していたsoar代表の工藤は、過去に新宿で『THE BIG ISSUE』を買った際、雑誌に直筆の手紙が挟まれていたことがあったのだとか。

佐野さん:そうした工夫も、販売者さんが自分で考えたり、先輩がやっているのを参考にしたりしながら、それぞれ独自に取り入れてますね。バックナンバーを上手にディスプレイしている方もいれば、お客さんと積極的にコミュニケーションを取ることで、常連さんを増やしている方もいらっしゃいます。手紙を書いている人は「一度始めたら、また欲しがるお客さんがいるから、辞められないんだよな」って、照れくさそうにボヤいてたりもしましたよ(笑)

【写真】定例サロンのご報告用紙には夏の販売の乗り切り方がまとめられている

こうした販売者さんの工夫、優しさに心を打たれて、ビッグイシューのファンになる読者の方も少なくないそうです。数年に一回行う読者アンケートの返答率もとても高いそうで、佐野さんは「自由記述の欄にびっしり思いを書いてくださる方が多いから、いつも集計が大変だ」と、笑顔で嬉しそうに話します。

佐野さん:創刊当時、アンケートの集計結果を見てびっくりしたんです。私たちは、読者の皆さんに販売者が支えられる構図を、ビッグイシューの活動の中で思い浮かべていました。けれども、ふたを開けてみると「販売者さんの姿に支えられています」という読者の声が、あちこちから集まってきたんですよ。

販売者同士で売り方の工夫をシェア。雨の日もビッグイシューを売る販売者さんもいる

「暑い日も寒い日も、電車の中から販売者さんが立っている姿が見えると、自分も頑張ろうと思える」「最寄り駅で販売者をしている〇〇さんに、いつも温かい声をかけてもらっている」……こうした感謝の手紙が、今でも時折、事務所に送られてくるそうです。

佐野さん:発刊当初は“販売者がお客さんを応援する”という目線はなかったので、嬉しい誤算でした。販売者さんの存在自体が、社会の希望になっているんだなと。そんな事実が、販売者さんの働くモチベーションにも繋がっていますね。

「ホームレス」という一言ではくくれない、それぞれが抱える問題

ビッグイシューは、これまで数多くのホームレスからの自立を見届けてきました。しかし、実際に活動をしていく中で、佐野さんたちは重大な課題に気付きます。

佐野さん:ビックイシュー日本の立ち上げ当初、私たちは「ホームレス状態でもできる仕事さえ用意できれば、問題は解決に向かう」と思っていた節がありました。ただ、現実はそんなに単純なものではありませんでした。そもそも「ホームレス」という言葉で、ひとくくりにして考えていると、問題の本質を見誤ってしまう。貧困と社会的排除の究極の形がホームレス状態であり、そこから抜け出すために何とかしたくても、物理的、精神的な問題があって難しかったり、仕事がしたくてもできない方も少なくありません。

佐野さんは、さらに言葉をつなげます。

佐野さん:ホームレスになる原因は、一人ひとり違います。そして大抵の場合、原因は単一ではなく、障害、高齢、病気、依存症、虐待、孤立など複数の要素が重なっていることの方が多い。それぞれのケースに寄り添う形でサポートをするには、あたり前ですけれど、ひとつの会社では担いきれない……という結論に至りました。

【写真】真剣にインタビューに応えるさのみらいさんとライターのにしやまたけしさん

現場での経験から「仕事を生み出して提供することは重要だが、それだけではホームレス問題の根本的解決に至らない」と実感した、ビッグイシューのメンバー。彼らは、より包括的な支援を目指すため、2007年に「NPO法人ビッグイシュー基金」を立ち上げました(2012年には、認定NPO法人に)。

佐野さん:NPOを作ったことで、他団体や他業種、市民の方々とつながりやすくなりました。例えば、弁護士さんからの法的なバックアップを受けたり、行政や企業、他のNPOと連携したりすることで、多様なケースに対応できるようになってきましたね。「自立するための仕事を提供する」という画一的な支援から、一歩前進できたと感じています。

若者がホームレスになる社会

ビッグイシュー日本の発足から10数年が経った今、佐野さんは「ホームレス問題の背景にある状況の変化を、切実に感じている」と言います。かつて、佐野さんがアメリカ留学から帰ってきた頃の日本では、バブル崩壊が大きな引き金となって、ホームレスの人たちが急増していました。その背景を、佐野さんは次のように解説します。

佐野さん:景気が良くて建物が次々と建っていた間は、とにかく人手が必要だったから、多少ご年配の方でも雇われる先はありました。けれども、バブル崩壊後の不況の煽りで新しい建物の建設が少なくなり、日雇いの仕事も激減。そうなると、日雇いを採用する側は「できるだけ生産性の高い、元気で若い労働力」を求めるようになります。だから必然的に、高齢者やケガ人など立場の弱い人たちから、徐々に仕事の機会と収入を失っていったんです。

それから時は移ろい、ホームレスになる人の層や要因も、さらに多様化していきます。佐野さんは「状況が大きく変わったのは、リーマンショックの前後からだった」と、話を続けます。

佐野さん:リーマンショックが起こる3年前ほどから、ビッグイシューの現場にある変化が起きていて。それまではほとんど見なかった、20~30代の若い販売者さんが増え始めたんです。そして、リーマンショック以降は、特に東京で若い販売者さんの登録希望が増えました。本当に、見た限りではどこででも働けそうな普通の若者が、ホームレスになってしまう……大変な時代がやってきたなと感じました。

今、社会構造にどんな変化が起きているのか。それによって、どんな人たちが窮地に立たされているのか――「若者がホームレスになってしまう」という現状を正確に理解するため、ビッグイシュー基金では、20~30代のホームレスの方への聞き取り調査を実施しました。その結果は『若者ホームレス白書』というタイトルのレポートにまとめられ、無料で発行されています。

佐野さん:少々大げさと思われるかもしれませんが、私たちはこの急激な変化を「日本社会の存亡に関わる深刻な問題」として捉えています。未来の担い手である若者は、社会で経験を積み、そして活躍する機会が与えられるべき存在です。そんな彼らですら仕事を失い、ホームレスになっている。ビッグイシューとしても、今後は“ホームレスになった人たちの支援”だけではなく、“人がホームレスにならないための支援”の形を、各所と協力しながら作っていきたいと考えています。

「いつか、ボランティアでビッグイシューを支えたい」

佐野さんのお話を聞いて「ぜひ、若い販売者さんにもお話を伺いたい」と相談したところ、ありがたいことに、取材を快く受け入れてくれる方がいらっしゃいました。

【写真】笑顔でインタビューに応えるやましたさんとライターのにしやまたけしさん

こちらは、7年前から『THE BIG ISSUE』の販売者をされている、山下さんです。22歳の時に初めて販売者になり、その後何度かの出入りを繰り返し、現在は多摩センター駅前での販売を担当しています。

山下さん:ビッグイシューに出会うまでは、警備の仕事をしていたり、生活保護を受けていた時期もあったりしました。いろいろあって、なかなか仕事ができなくて。それで、ホームレスになってしまって。そしたら、近くに住んでいた人が「こんなのあるぞ、読んでみろ」と、チラシのようなものの束をくれたんです。それが、『路上脱出ガイド』でした。

路上脱出ガイドには、路上生活する人が生きのびて自立への道を歩めるようになるために必要な情報が掲載されている

路上脱出ガイド』とは、2009年からビッグイシュー基金が発行し始めた小冊子です。「食べ物がない時、体調が悪い時にはどうしたらいい?」「仕事を探すには?」「生活保護を申請するには?」といった問いに対して、解決策が具体的にまとめられています。山下さんはこの冊子を見て、初めてビッグイシューのことを知ったそうです。

山下さん:それから、興味本位で事務所に行ってみて、販売者を始めたんです。他に仕事もなかったので、これで飯が食えるならと思って。でも、実際は想像していた以上に大変でした。始めたばかりの時はなかなか売れないし、人目も気になるしで。さすがに、1年間ほどやったら慣れてきましたけど。

まだ20代の山下さんですが、販売者のキャリアとしては8年目、なかなかのベテランです。多摩センター駅前の担当になってからまだ半年ほどですが、すでに常連さんも付き始めていて、1号あたり平均で300部ほど売れているそうです。

【写真】多摩センター駅前の路上でビッグイシューを掲げるやましたさん

山下さん:売上げは、あんまり気にしないようにしています。結果にこだわりすぎると、心に余裕がなくなって、気持ちの浮き沈みが激しくなってしまうので。どの号でも、誠実に一部ずつ売っていく。1日1日を生き延びるために、丁寧に働く。そうしたら、結果は後からついてくるかなと。

「こんな風に前向きに考えられるようになったのは、ビッグイシューに携わり始めてからだ」と、山下さんは一息ずつ、ぽつりぽつりと語ってくれました。

山下さん:これを売り始める前の自分は、否定ばかりしていたんですよね。世の中のことも、自分のことも。そうしてばかりいると、どこかで道を踏み間違ってしまう。なんか、うまく言えないんですけど……『THE BIG ISSUE』を売りながら、気づけたんです。否定するだけじゃ意味がないんだって。否定からは、何も始まらないんだって。

私たち編集部も、山下さんおすすめを一冊ずつ購入させていただきました

現在、山下さんは毎月4万5000円の家賃を払って、ビッグイシューが管理しているアパートに住んでいるとのこと。「これから、自分で借りられる物件を見つけようと思っている」と、山下さんは片手に雑誌を掲げながら、言いました。

山下さん:今は、自立するために階段を上っている状態かな、と感じています。自分でアパートを借りられたら、ビッグイシューを続けながら仕事を探して。いつか定職に就けたら、今度はボランティアとして、ビッグイシューを支える立場になりたいです。

楽しかった記憶、希望を知らない若者がいる

今回、取材をさせてもらった山崎さんや山下さんのように、ビッグイシューに出会えたことで、前向きに生きられるようになった販売者さんは、大勢いらっしゃいます。しかしその一方で、ビッグイシューが救えなかった人々も、少なからず存在します。「その事実を忘れてはいけない」と、佐野さんは自戒を込めるように話してくれました。

佐野さん:最近増えてきた若い販売者さんですが、なかなか続かない人が多いんです。と言うよりも、「今まで来てくれていたおじさん達に、とても我慢強く続けてくれる方が多かった」と言った方が正確なのかもしれません。むしろ、逆に私たちが頼りにするような方々もたくさんいて。続かない若者と、続けられている年長者……どんな違いがあるのかって、ずっと考えていたんです。

【写真】ビッグイシュー東京事務所ではスタッフの方達がパソコンなどで作業している

ビッグイシュー東京事務所にて

この問いについて、佐野さんは『若者ホームレス白書』の調査結果を通じて、一つの仮説にたどり着いたと言います。それは、「誰かに必要とされた経験があるかどうかじゃないか」ということです。

佐野さん:バブルが弾ける前に青春期を過ごされた方々は大抵、若いうちに必要とされた経験があるんですよ。年配の方なら、地方から集団就職で上京してきても、“金の卵”などと言われて引っ張りだこだった時代を生きています。その少し下の世代も高度経済成長期ですから、就職先が向こうからやってくるようなご時世です。若くて働く意欲があれば、どこへ行っても重宝されていたんです。

そうした状況は、日雇いの現場でも同様でした。若い戦力に離れられたら困るから、「君がいてくれたから、このビルの土台ができたんだよ」「君たちのおかげでいい仕事ができた、今夜は一杯おごろう」などと、よく労いの言葉をかけてくれる親方がいたりしたのだとか。年配の販売者の皆さんに昔のことを聞くと、こういったことを楽しげに話してくれますね。

一方で、20~30代の若いホームレスの方に過去のことを聞いても、上記のような楽しい思い出話がほとんど出てこないケースも少なくないそうです。

佐野さん:「仕事でいい上司の方とか、いませんでしたか?」とか、「学生時代の仲のよい友だちは?」と聞いても、「いや、いないです」って答える人、結構多いんです。いじめられたり、クビにされたりなど嫌な思い出はいっぱいあっても、誰かに必要とされた経験は「ない」って言う。「よくぞ今まで生き延びた」と、聞いているこちらが辛くなるような生い立ちの方もいる。こうした方々に「社会はあなたを必要としている、あなたは意味のある存在なんだ」と口で言っても、まったく響かないですよね。

必要とされた経験がない、楽しかった記憶がない……そんな若者がホームレスになってしまった時、何をモチベーションにして社会復帰を目指せばよいのでしょうか。

佐野さん:そこは、私たちにとってもまだ、明確に答えの見えていない課題です。ベタだけれど、新たな人間関係ができて、そこが生きがいになったり、拠り所になったりするといいんでしょうね。保証人や礼金などがなくても入居できる低家賃の住宅や、お金がなくても受けられる職業訓練とその間の生活扶助など、若者の成長と挑戦を社会全体で支えるような仕組みが必要だとも感じます。若者ホームレスに対する支援の形は、今でも手探りで検討している最中ですが、やはり一番大切なのは「若者をホームレスにしないこと」だと思っています。

生きがいを見出だせる場所は、たくさんあった方がいい

部活動のひとつ、フットサル部

ビッグイシューでは、ホームレスの方々に対して仕事だけではなく、プラスアルファの“楽しみ”や“生きがい”を提供する取り組みも、少しずつ始めています。そのひとつが、クラブ活動です。

佐野さん:いまビッグイシューには、フットサルや野球、ダンス、音楽、英会話などのクラブ活動があります。これが、すごくいい機能を果たしてくれていて。皆さんね、本当にいい顔をして、ボールを追っかけたりするんですよ。その瞬間、ほかのことを全部忘れて、純粋に楽しんでいる様子が伝わってきます。

私たちは今まで、しんどくても販売者さんがなんとか雑誌を売り続けられるように、いろいろとサポートをしてきていました。でも、このクラブ活動を始めたら「仕事を続けるために必要なことって、こういう場だったのかも」と思えたんですよ。

事務所の掲示板にはカレー部、英語クラブなどのクラブ活動情報が

どんなに楽しくやろうとも、雑誌販売は仕事です。販売者さんにとっては、その日や明日の生活がかかっているから、気は休められません。彼らにとってクラブ活動は、しがらみのない状態でものを楽しんだり、誰かと話したりできる、貴重な機会となっています。

佐野さん:仕事がうまくいかない日でも、クラブ活動でゴールを決められたりすると、「オレ、結構イケてるじゃん」と感じられたりして、元気を取り戻せる。たとえ仕事と直接の関係がなくても、そうした小さな自己肯定感が、明日を生きるための活力になったりするんですよね。
ある時、フットサルに参加した方が、終わった後にこんなことを言ったんです。「最近全然売れなくて、ここに来るまではやめちゃおうかと思ってた。でも、みんなとボール蹴りあったらスッキリしたから、明日も頑張れそうだ」って。その言葉を聞いた時、本当にクラブ活動をやってよかったなと思いました。

現在、クラブ活動を始めとした「スポーツ・文化活動応援」は、NPO法人が運営するホームレスの自立支援プログラムのひとつに組み込まれており、当事者の自主的な活動に補助を出すなどして注力しています。

佐野さん:人間が仕事を続けていくためには、生きがい、生きる意欲のわく場所が必要です。その生きがいはもちろん、仕事で何かを成し遂げた時にも感じられるもの。でも、生きがいを感じられる場所が一カ所しかないと、そこで上手くいかなった時に、人間は簡単に折れてしまいます。自分が生きている意味を見出だせる場所や関係性は、たくさんあった方がいいんです。

私たちは普段、あまり意識をしていないだけで、仕事以外の生きがいをいくつか持っているはずです。それは家族であり、友達であり、趣味だったりします。しかし、こうした場所や関係性を、ホームレスの方々は持ち合わせていなかったり、失ってしまっていることが多い。クラブ活動は、仕事ではないからこそ、販売者さんたちにとっての生きがいになり得るのです。

困ったときはお互い様

大きな問題を前にして、ひるまず果敢に立ち向かっている佐野さんの言葉は、一言一言がずっしりと胸に響いてきます。私は話を聞きながら「この胸の内が熱いうちに、何かできることはないか」と、頭の片隅でずっと考えていました。そして、「私が、この記事を読んでいる読者の皆さん一人ひとりが、今すぐできることはないか」と、佐野さんに尋ねてみました。

佐野さん:そうですね……「困ったときはお互い様」って意識を持つことかな。困っている人を責めてもあまり意味はありません。それどころか、責めたらいつか、自分に返ってきます。同様に、困っている人を助けたら、それも巡り巡って自分に返ってくると思うんです。困っている人が助けてもらえる仕組みのある社会は、「自分が困ったときにも助けが得られる」という安心感があるじゃないですか。

だから、いきなり「ホームレス支援に参加しろ」って話じゃなくて。まずは、身近な家族、友達に困っている人がいないか、目を向けてみてほしいんです。身近な人たちの困りごとは“他人事”ではないですよね。その人たちを助けるために「自分ができることは何か、できない場合はどうすればいいか」って考えてみてほしい。それから、ご近所さんとか、親戚に視野を広がっていって。その延長線上で、うちのような団体が何をしようとしているのか、その「お困りごと」の助けになるのか……って。でもまずは、本当に、ちょっとした手助けでいいんです。

【写真】笑顔でインタビューに応えるさのみらいさん

佐野さんは、その「ちょっとした手助け≒踏み出した一歩」が、やがて大きな問題を解決する原動力となる、と言います。

佐野さん:何もしたことのない人が一歩動けば、ものすごく小さな変化かもしれませんが、確実に世界は変わります。そして、「一歩踏み出した」という事実が、次の一歩を後押ししていきます。その姿を見て、周りの人たちも一歩踏み出すかもしれません。どんなに小さな一歩でも、「0を1にする」という行為は、そこから大きな流れが生まれる可能性を、確実に秘めている。だから、問題の大きさにひるむ必要はないですし、行為の小ささを気にする必要もありません。大したことのない一歩でも、踏み出すこと自体に大きな意味があるんです。

そして、「一歩を踏み出した後に、もう一つ大事なことがある」と、佐野さんは続けます。

佐野さん:最初の一歩を踏み出せたら、後はどんなに小さくてもいいから、進み続けることが大切ですね。私も、いつも自分に言い聞かせてます。ビッグイシュー日本も、ここまで続けたから、今こうしてsoarに取材してもらっているわけですもんね。続けることで多くの人に活動が届いて、仲間が増えていって、より大きな活動になっていく可能性が高まります。続けることは、それ自体が希望ですから。私たちも、社会をより生きやすい方向に変えていくための一歩を、踏み出し続けていきたいと思っています。

「失敗しても大丈夫」と、誰もが心から思える社会に

ここまで佐野さんのお話をもとに、ビッグイシューが向き合っているさまざまな問題について、一つずつ丁寧にひも解いてきました。佐野さんは「これらが単なるホームレスの人の問題ではなく、社会システムの機能不全の問題だということを、皆さんに覚えておいてほしい」と語ります。

佐野さん:私たちはいつも「いま問題として見えているものは、大きな氷山の一角にしかすぎない」と感じています。ホームレスの人が直面している現実は、いまの日本社会のほころびと直結しているんです。ホームレス問題を根本的に解決するということは、この国のセーフティネットを立て直すことと同義です。高齢者を、ハンディキャップのある人々を、生きる気力を失いかけている若者を、社会全体でどうサポートしていくか、一人ひとりが社会を支える価値ある存在として生きられるためには……これらは今後、皆で考えていきたいテーマです。

そして、佐野さんは次のように言葉を結びました。

佐野さん:何があっても、失敗してどん底に落ちても、生きている限りは何度でもやり直せる――そういう社会がいいなって思うんですよ。「失敗しても大丈夫」「一人になっても大丈夫」って、誰もが心底思えるような社会になったら、希望なんていくらでも生まれてくるはずなんです。
現状、日本は失敗に優しい国とは言い難いです。でもね、こんな大変な状況の中でも「こんな社会はアカンやろ、オレが/私が変えてやる」って、「どうしたらみんなが幸せになれるだろう」って考えて行動する若者が、すごく増えているなって感じていて。それが今、この国にとっての一番の希望だと思います。私たちも諦めないで、一緒に考え続けていきます。

【写真】笑顔のさのみらいさん、ライターのにしやまたけしさん、くどうみずほ

失敗しても大丈夫、何があっても生きていける――誰もが安心して暮らせる社会を目指して、ビッグイシューは尽力しています。貧困やホームレス問題の解決には、それを未然に防ぐための、セーフティネットと私たち一人ひとりが差し伸べる「手助けや優しさ」が不可欠なのだと、佐野さんのお話から強く感じました。一人の「差し伸べる手」は、きっと細い糸のようなもの。けれども、それが集まり重なっていくことで、糸はひもになり、やがて編まれて布になる。そしたら、誰かがどん底に落ちそうになっても、その布で受け止めてあげることができる……「ちょっとした手助け」が集積することが、そんな社会につながっているはずです。

今回の取材で佐野さんからもらった大切なメッセージを、僕はまず、周りの親しい人たちに伝えていけたらなと思っています。「失敗したら、生きづらくなったら、助け合おう。だって困った時は、お互い様だから」と。

そして、最後まで読んでくれた皆さん。ビッグイシューは日本全国、さまざまな場所で活動を展開しています。もしかしたら気づいていないだけで、あなたの住んでいる街や、毎日使う最寄り駅の近くにも、『THE BIG ISSUE』を掲げた販売者さんが立っているかもしれません。彼らが身近な存在であること、そして、とても素敵で面白い雑誌を売っていることを、記憶の片隅に置いておいてもらえたら、嬉しいです。

【写真】ビッグイシューを笑顔で堂々と掲げるやましたさん

関連情報:
ビッグイシュー日本 ホームページ
認定NPO法人ビッグイシュー基金 ホームページ
路上脱出ガイド  全国各地で作成・配布中!

(写真/馬場加奈子、協力/平田志乃)