【写真】透明なフレームのオトングラスをつけて本を読んでいるしまかげけいすけさん

「文字が読めなくなった父の手助けができないか。悩んだ末にたどり着いたのが、父の読みをサポートするプロダクトを自分でつくることでした」

ある男性の「身近な大切な人を助けたい」という思いが生み出したのが、文字を読むことが困難な人に向けた「読む行為」をサポートするスマートグラス『OTON GLASS』でした。

彼の名は島影圭佑さん。失読症を患ったお父さんのために開発された『OTON GLASS』は、いまやお父さんだけでなく、文字を読めないあらゆる人の支えとなる可能性を秘めています。

「メガネによって視力が悪いことが障害だと思われなくなったように、OTON GLASSがディスレクシアの人にとってのメガネになれればと思っているんです」

そんな想いを、島影さんは語ってくれました。

島影さんがOTON GLASSを通して支えていきたいと考える「ディスレクシア」は文字の認識が困難になる障害のひとつ。人によって症状はさまざまですが、共通するのが文字を「文字だ」と認識することが困難だということです。本を読むことはもちろん、文字を書くときにも綺麗に書けなかったり、どこまで書いたかがわからなくなるなど苦労されるといいます。

今回は島影さんと、ディスレクシアの当事者団体「NPO法人EDGE」に所属する年清さんに、OTON GLASSの役割、そしてディスレクシアについて話を伺いました。

パンフレットから、本まで。文字を読み上げるOTON GLASS

OTON GLASSは、人の代わりに文字を認識し読み上げてくれるデバイスです。

「どうやってそんなことできるの!?」と疑問に感じると思いますが、メガネに内蔵されたカメラが、目の前にある文字を撮影し、文字を認識してくれるのです。

わたしが試したプロトタイプは、3Dプリンタで出力したメガネに、ちょうど眉間のところにカメラが内蔵されたもの。

実際にかけて目の前に文字が書いてあるものを持ち、メガネの横にあるボタンを押すと読み込みがスタート。読み込みが完了すると、ポンポンポンポン♫という音がなり、少しするとデバイス側から音声が読み上げられます。

文字の大小問わず、端から端まで全て読んでくれました!

今のモデルはケーブルで繋がった箱の2つがセットになっていますが、次のモデルではメガネ側に全て組み込まれるものを検討しているそう。より気軽に身に付けられるものが実現すれば、多くの人たちの困難を解消し、暮らしをサポートしてくれるのではないかという期待感が高まります。

父の病気がきっかけではじまった、読みをサポートするデバイスづくり

島影さんがOTON GLASSを開発しようと思ったのは、名前の通り、おとん、つまり自身のお父さんがきっかけでした。

島影さん:2013年に父が脳梗塞になり、後遺症で言語野に傷がついてしまいました。その傷によって、文字を読むことだけ難しくなる「失読症」という障害を患ってしまったんです。

これまで当たり前にできていたことが、できなくなる。それはお父さん自身だけではなく、島影さんたち家族にとってもショックな出来事でした。

島影さん:いままで通り普通に会話はできるんです。でも、いままで通り新聞を読もうとしても読めない。文字が並んでいることはわかるけれど、そこに並んでいる文字が何なのかがわからないんです。

何かしら父の手助けができないかと、一生懸命に考えました。当時僕は、大学でプロダクトデザインを専攻していたんですね。それもあって悩んだ末にたどり着いたのが、「父の読みをサポートするプロダクトを自分でつくろう」という考えでした。

【写真】真剣な表情でインタビューに応えるしまかげけいすけさん

——「読みをサポートするプロダクトを作る」

そう思いついた島影さんは、技術的にはどういった解決策があるか論文を読むなどしてリサーチをはじめました。そこでOTON GLASSの基礎技術である、画像内の文字認識技術(OCR)と出会います。

次第に、その技術を元にどのようなモノを作るか見えてきた島影さんは、アイデアのスケッチを描いて、お父さんに見せてみたのだそう。

島影さん:実際どういうものになるのかスケッチだけでは分かりませんから、父も「おぉ、そうか」という感じで。(笑) それでも「協力するよ」と言ってくれたんです。そこから父は、いちユーザーとして僕のリサーチに協力してくれるようになりました。

お父さんの意見も取り入れながら、リサーチを元に情報を整理して、島影さんはだんだんとアイデアを確かなものにしていきました。

なぜ「メガネ」でなければいけなかったのか

テクノロジーをつかったプロダクト、というとすごくダイナミックな響きがあります。でも実は、OTON GLASSの最初のプロトタイプはとても簡易的なものだったそうです。

島影さん:3ヶ月でつくった最初のプロトタイプは、100円ショップとかで買ったメガネにごつい箱を無理矢理くっつけたようなもので。(笑)すごく簡単なつくりでしたね。その状態ではじめて父に試してもらったんです。

【写真】様々な機器がフレームについている初代プロトタイプ

初代プロトタイプ

当時のOTON GLASSは1単語をかなりの時間をかけながら撮影し、読み上げるというレベル。それでもお父さんは、島影さんの努力が詰まったそのプロダクト見て喜んでくれたのです。

島影さん:モノがあって体験して、父ははじめて「こういうこと考えていたのか」というのが分かった感じでした。まだまだ全然使い物にはならなかったんですが、「こういうことがあり得るんだ」と肯定的に捉えてくれて。すごく嬉しかったですね。

たとえまだ上手く読めなくても、自分のアイデアがかたちになった。その小さな成功体験をステップにして、島影さんは開発により一層力を入れるようになりました。

OTON GLASSの持つ機能は、正直スマートフォンでやろうと思えば難しくないそうです。カメラで画像を認識して翻訳してくれるアプリがあるように、写真から文字を認識することは割とできてしまう。ただ島影さんは、その機能をメガネに持たせてあげることが大切だと考えているといいます。

【写真】初代プロトタイプに比べてとてもシンプルな作りになっている

島影さん:メガネって「読む能力を拡張するもの」としてみんなに認知されていますよね。その文脈に乗せることで社会に受け入れてもらいやすくなると考えているんです。今年の4月から3ヶ月間、金沢21世紀美術館でOTON GLASSを展示しているんですが、子供も大人も展示を見ると「あ、メガネだ」と手にとって試してくれる。メガネという形状であることが心のハードルを下げてくれているんです。

「頑張らなくてもいいところなんだ」と気づけたこと

【写真】笑顔のしまかげけいすけさんとオトングラスをつけたとしきよさん
お父さんに体験してもらったことを通し、さらにOTON GLASSの開発へ力を入れ始めた島影さん。より多くの人に届けるためには、より多くのディスレクシアの人の話を聞かなければいけないーーそう考えた島影さんが出会ったのがディスレクシアの正しい認識の普及と支援を目的として活動するNPO法人EDGE(エッジ)でした。

EDGEにはディスレクシア当事者の方々も所属しており、年清さんもEDGEに所属するディスレクシア当事者のひとりです。

年清さんがディスレクシアだと自覚したのは大人になってから。旦那さんがディスレクシアについて記載された雑誌の記事を見つけたことがきっかけでした。

【写真】インタビューに真剣な表情で応えるとしきよさん

年清さん:わたしはずっと「そういうもの」だと思っていたんです。とにかく文字を読んだり、認識することが苦手で。学生時代は、板書をノートに写すのにすごく時間がかかっていたので、先生が「あなたが書き終わったら消すね」と毎度言ってくれていました。でもディスレクシアだからと知ったことで「あ、ここ頑張らなくていいところなんだ」と思えた。みんなどうしても苦手なところって頑張るじゃないですか。頑張らなくていい、割り切っていいと思えるようになって、私はすごく楽になりました。

自身がディスレクシアと知り、同じようにディスレクシアの人はみんなどうしているのだろうと気になった年清さん。そこで出会ったのが、当事者の方も参加するEDGEでした。

年清さん:最初は、みんなどうやってうまく付き合っているんだろうと思って参加したのですが、結構人それぞれで。ディスレクシア向けの補助器具はそんなに数がないので、写真に撮って読み上げてもらったりと、今あるツールを使いこなしていている人は多かったです。わたしは面倒くさがりなのであまり道具を使わないんですが、有料の音声案内がついた地図だけは使っています。音声で「次の角を右に」とか言ってくれるので、看板が読めなくても目的地に着けるんですよ。

さまざまな工夫を重ねながらそれぞれディスレクシアとうまく付き合っているEDGEのメンバー。年清さんはEDGEに参加する中で、その人たちの共通点を見つけます。

【写真】インタビューに応えるとしきよさん

年清さん:「人に助けてもらいながら上手くやっている」という人がとても多いんです。わたし自身、本当にいろんな人に助けてもらってここまで来たという感じで。幸いわたしは甘え上手なので、とりあえず仲良くなってなんとかするっていう術を磨いてきました(笑)。

人の助けをもっと積極的に借りてほしいーー年清さんは言葉を続けます。

年清さん:もちろん、本当に苦労しているんだろうなという方と出会うこともあります。例えば子どもの頃にいじめられたことで「自分でなんとかする」と閉じこもってしまっていたり。でも、一人で乗り越えるのはとても大変です。逆に人間関係で乗り超えられる部分もかなり大きいですから、人の助けをもっと積極的に借りてほしい。それが一番の近道だと思うんです。

「すごく可愛かった」OTON GLASS

年清さんと島影さん、そしてOTON GLASSがはじめて出会ったのは開発をはじめてちょうど1年半ほど。カメラがメガネに内蔵された2台目のプロトタイプができたタイミングでした。

【写真】カメラがメガネに内蔵された2台目のプロトタイプ。1台目に比べてとてもシンプルになっている

カメラがメガネに内蔵された2台目のプロトタイプ

島影さん:急に連絡して、伺って「こういうものを作ってます!お願いします!」と言って試してもらったんです。正直まだまだクオリティもいまいちで。正直怒られるかな…と思いながら行ったんですが、皆さん優しくさまざまなフィードバックを頂いて。

年清さん:本当の1番最初ですよね?懐かしいですね、当時のOTON GLASSはすごく可愛かったんですよ。 全然読めなくて(笑)。本当に大きい字を壁に貼って読ませるんですけど、行数が増えると読み間違えちゃう。すごく親近感が沸いたんです。「あ~わかるわかる」みたいな。

【写真】笑顔でインタビューに応えるしまかげけいすけさんととしきよさん

「本当に読めなかったんですからね(笑)」と当時を振り返る島影さんと年清さん。二人とも、まるで自分の子供の成長を楽しみにするかのように、OTON GLASSについて話します。

年清さん:意見を聞くのは、きっと大変だと思います。ディスレクシアって一口でいっても症状も人によってさまざまですから。わたしは、字を見ても「これは字である!」と思って見ないと見えません。でも、文字というのはわかるけれど歪んで見えるという人もいる。でも、みんな未来への希望を込めながらフィードバックしているんだろうなと思っていて。OTON GLASSが実現した世界をとても楽しみにしているんです。

本を読むとき、駅で看板を探すとき、美術館で説明をよむとき

さまざまな人のフィードバックを集め成長してきたOTON GLASS。実際ディスレクシアの方にとっては、どのような場面での利用が期待されているのかでしょうか。

年清さん:特に駅は役立つなと思っていて。駅って看板がいっぱいあるんですけど、わたしにとってはどの看板が重要なのかが分からないんです。慣れた場所だとある程度形とかでパターンを認識して、これは駅の名前が書いてあるやつだろうと思い時間をかけて読むのですが、慣れない場所はそれも難しいんです。

【写真】オトングラスをつけて本を読んでいるとしきよさんと、説明しているしまかげけいすけさん、ライターのこやまかずゆきさん

島影さん:ちょうど先日、EDGEの方々とOTON GLASSをかけて駅に行ってみたんです。まさにあの時「そもそも文字があるのがわからない」というお話をされていました。当日は撮影範囲内に文字が入るとすぐに読み上げるような設定にしていたので、視界に看板が入ると「六本木1丁目」とOTON GLASSが読み上げてくれる。読み上げてくれることで「看板がある」と気づけるんです。

年清さん:あれは、面白かったですね!読みたい文字を読むのも便利なんですけど、どこに文字があるか分からない時に教えてくれるのは、はじめての場所とかだとすごく役に立つなって思いました。

もちろん、駅の看板のように必要に迫られるものだけではありません。楽しみにしていること。好きなこと。いろいろな場面でOTON GLASSは活躍する可能性を秘めています。

年清さん:わたしは本を読むのが大好きなんですけど、読み始めると周りの声が全く聞こえないくらい集中しないと読めなくて。読むこと自体は全然苦じゃないんですけど、もう少しカジュアルに読めるといいなと思っているんです。あとは美術館の説明。私説明を読むのが好きなんですけど、読んでいると時間かかっちゃう。OTON GLASSを使って移動しながら聞けたら、きっと楽しいですよね。

必要としてくれる人がいる。だからやり続けなければいけないと思った

EDGEのサポートやさまざまな当事者の方と出会い、多くの人の期待を背に開発を続ける島影さん。そこにあるニュースが飛び込んできます。ちょうど開発を始めてから4年経ったころ。お父さんの「失読症」が治ったというのです。

島影さん:父の努力にOTON GLASSが負けちゃったんです。OTON GLASSよりも父が早く成長してしまった(笑)。確かに父はすごくリハビリも頑張っていて。「そうだよな、頑張ってたもんな」と、素直に嬉しかったです。

お父さんのために開発をはじめたOTON GLASS。「開発を続けることを悩まなかったんですか?」というわたしの問いに、島影さんはまっすぐに「いえ」と言葉を続けます。

島影さん:もちろん最初のきっかけは父でしたが、父以外にもOTON GLASSを必要とする本当にたくさんの人と出会えました。そして父が病気になったことで、文字が読めないことの辛さや大変さに対して、自分の中で当事者性というか共感できるようになった。OTON GLASSを作る過程で、僕はみなさんにこれを届けなければいけないという使命感も一緒に育ててもらっていったんです。

【写真】オトングラスを持って真剣な表情でインタビューに応えるしまかげけいすけさん

「必要としてくれる人がいる。だからやり続けなければいけないと思った」

ディスレクシアの方をはじめ、弱視の方、日本語が読めない海外の方など。読みをサポートするプロダクトを必要とするさまざまな人と出会い話すなかで、島影さんの思いは深まっていました。

視力が悪い人にとってのメガネのように、OTON GLASSがディスレクシアの人のメガネのなってほしい

最後に、島影さんはOTON GLASSが実現しようとする2つの使命についてを語ってくれました。

島影さん:1つは多くの人にOTON GLASSを通して、ディスレクシアを知ってもらうことです。そのためにもOTON GLASSを製品化して、多くの人に届けなければと思っています。いまOTON GLASSのプレゼンをすると、必ずディスレクシアの説明が必要になります。なぜなら全然認知されていないから。

年清さん:知ってもらうことは本当に大事。私自身も大人になるまで知らなかったように、世の中にはまだまだ知らないことで苦しんでいる人も一杯いると思うんです。EDGEに参加している人のように、いろいろな人に手を借りながら暮らせている人ばかりでは、きっとない。だからこそ、自分がディスレクシアなんだと知ることで、頑張らなくていいんだと知ることで、少しでも楽になる人が増えてくれればいいと思います。

【写真】真剣な表情でインタビューに応えるとしきよさん

2つめは知ってもらった”その先”。ディスレクシアをしっかりと理解してもらうこと。そしてディスレクシアが当たり前になる社会を作ることだと語ります。

島影さん:僕自身、毎回ディスレクシアについて説明しながら、理解してもらう難しさを感じていて。深刻に捉えられることもあるのですが、僕のイメージだとスポーツが苦手な人に近いです。ハードルを飛ぶと絶対当たるとか、サッカーでボールを蹴り損じちゃう人っていますよね。スポーツが苦手な人がいる感覚と一緒で、文字を読むことが苦手な人というイメージなんです。

年清さん:本当それぐらいの理解でいいと思うんです。ディスレクシアだってことを知って特別何かをしてほしいわけじゃない。「それ苦手」と言った時に、「あ、そっちタイプね」とわかってくれるだけでいいんです。 走るのが苦手な人にマラソン走ってくれと言わないように、「じゃあPTAの書記は他の人にお願いしようか」くらいの感覚でいてほしい。

【写真】笑顔でインタビューに応えるしまかげけいすけさん

島影さん:メガネによって視力が悪いことが障害だと思われなくなったように、OTON GLASSがディスレクシアの人にとってのメガネになりたい。文字を読めない人がいることを当たり前にする。そんな社会を目指したい。

——ディスレクシアを「大変なんだ!」と思い肩肘張って話を聞きはじめたわたしにとって「読むことが苦手な人もいるくらいの理解でいい」と語る島影さん、年清さんの話は驚くと共に、とてもすっと心に入ってきました。

誰しも苦手だったり、やりたくないことはきっとある。でもそれが周りに理解してもらえないものであることはそこまで珍しくないはず。それが「読む」という行為にもあるんだと理解してもらう。それがOTON GLASSの役割なんだと思います。

「お父さんにためになることができないか」という想いからはじまった『OTON GLASS』も、いまではディスレクシアをはじめ、弱視や外国の人などさまざまな人をサポートする役割を担おうとしています。「読む行為」の支援を通してを社会を変えようとする島影さんの言葉には、力強い想いがこもっていました。

【写真】笑顔で立っているしまかげけいすけさん、としきよさん、ライターのこやまかずゆきさん

関連情報:
OTON GLASS ホームページ
特定非営利活動法人 EDGE ホームページ

(写真/馬場加奈子、協力/原田恵、松本綾香)