先日、視覚障害がある知人の一言に、私は衝撃を受けました。
今まで、駅のプラットホームから3度転落したことがあるんです。
さらに、信号を渡るときは、車の音や振動などだけで判断して渡っているそう。
穏やかで前向きに見える彼の日常は、いつも危険と隣り合わせなんだ。
障害のある人たちが暮らしやすくなるために、人と人とがもっと気軽に助け合う意識とともに、暮らしをサポートするテクノロジーが求められていると感じました。
それは例えば、視線やまばたきの動きだけで、さまざまなデバイスを動かせる眼電位技術によって、体の自由が制限されるALS患者の人びとの行動範囲が広がろうとしているように。
実は今、テクノロジーで人と人をつなぎ、障害のある人の暮らしをサポートする新しいロボットが、誕生しようとしています。その正体は、小さくてかわいらしい、肩に乗るロボット「NIN_NIN」です。
小さな忍者ロボットが、誰かの目や手足、体の機能をシェアしてくれる!
NIN_NINは、その名の通り、忍者の姿をした小さなロボット。体の機能をシェアする「ボディシェアリング」という新しい概念から生まれました。
例えば、視覚障害者の人がNIN_NINを肩に乗せて起動すると、「目をシェアしてもいいよ」という人が、遠隔でパソコンなどを経由してNIN_NINにつながります。そして、周囲の画像をリアルタイムでシェア。信号に差しかかれば、NIN_NINを介して、「信号が青になりましたよ」と声をかけ、誘導してくれるわけです。
NIN_NINの使い方はさまざま。例えば、体は動かないけれど、どこかを訪れたい人が、体が動く人の肩に乗ったNIN_NINを介して、その場所を見に行くことだってできます。遠隔コミュニケーション技術を備えたロボットによって、多様な人たちがつながり、ニーズに合ったサポートを実現できるのです。
「マイノリティ×クリエイティビティ」で変革をもたらす、福祉クリエイター・澤田智洋さん
NIN_NINを企画・プロデュースしたのは、澤田智洋さん。「マイノリティ×クリエイティビティ」を柱に活動する福祉クリエイターです。澤田さんは、幼少期からイギリスやアメリカなど海外で過ごし、アジア人という“マイノリティ”として「キラキラした社会の外側」にいるような感覚を持っていたといいます。
その経験から生まれた、社会の中でその存在が見えにくい「社会的マイノリティ」の人たちに光を当てたいとの思いが、今の活動の根底にあるそう。
社会的マイノリティと言われる人たちを起点に、クリエイティビティを掛け合わせることで、新しい事業やサービスを作り出しています。
マイノリティがなぜマイノリティかというと、いろいろな生活の不便を抱えているとか、人と違う面を持っているからだと思うんです。それは逆に考えると伸び代なので、クリエイティビティを通して、最大限に伸ばしたいと思っています。
澤田さんは、これまで多くのプロジェクトを手がけてきました。さまざまな理由で日常的にスポーツをやっていない「スポーツマイノリティ」でも楽しめる「ゆるスポーツ」。100cmをいかにゆっくり走るかを競う「100cm走」や、点字ブロックのコースを目隠しで歩くリレーなど、障害のあるなしに関わらず、誰もが一緒に楽しめるユニークなスポーツです。
また、「義足はファッションアイテム」という当事者の声から、義足女性のファッションショー「切断ヴィーナスショー」も開催。障害のある一人の個人を起点に、ファッションなどの商品開発をする「041」プロジェクトも手がけています。
たった一人の声から始まったNIN_NIN。思いやりの気持ちとともに、ボディシェアリングするロボットの誕生
そんな澤田さんが、NIN_NINに取り組むきっかけとなったのは、ある視覚障害者の人との会話。信号を渡る時に、車の走行音や周りの人の動きだけから「勇気と度胸と勘だけで渡っている」ことを知ったのです。一人の声を起点に、万人のためのものを作ろうと、澤田さんは動き出します。
「肩に乗せる視覚障害者アテンドロボット」の構想を練り始めた澤田さんは、分身ロボット「OriHime」を開発しているオリィ研究所と出会います。さらに、目でも指でも読める点字のデザイナー高橋鴻介さんなども加わり、ロボット開発が始まりました。
柱となるボディシェアリングの考え方の根底には、今盛んなシェアリングエコノミーがあります。
シェアリングエコノミーは、車や衣類、家のような「物質的なもの」のシェアという方向に進んでいるなと感じます。ただ東洋的な観点では、もう少し「精神的で身体的なもの」のシェアができるのではないかと。
「思いやり」や「おもてなしの気持ち」などもうまくシェアできる概念が作れないかと思い、最終的にボディシェアリングというコンセプトに着地しました。
「誰かをサポートしたい」という気持ちを、身体の機能を他人にシェアするテクノロジーでかたちにする。人々が身体機能をシェアしあうことで、今までにできなかった新しい体験ができる。それが、ボディシェアリングなのです。
忍者型ロボットにこめられた思い。福祉に、POPさと遊び心を!
こうして生まれた、肩に乗せるかわいい忍者型のボディシェアリングロボット。そもそも忍者は大名や領主に仕える「従」(サポーター)の立場であったことと、情報格差を埋める役割もあったという理由で忍者というモチーフを採択しました。その姿にこめられた思いを、澤田さんはこう語ります。
福祉領域では、伝えたいことをストレートに伝えるだけではうまくいかないように思います。例えば、商業施設では「身障者用の駐車スペースに、健常者の方は車を止めないでください」というポスターが掲げられていたりしますよね。
でも、自分の人生にプラスになることが明確じゃない情報って、どうしてもスルーされてしまう。情報をみんなが摂取したいと思えるようにするためには、クリエイティビティやポップさが重要だなと考えています。
澤田さんの言うポップさは、「なにそれ?(新規性)」と「なるほど!(共感性)」のバランスがうまく配合されたものだそう。そして、「遊び心があったほうが、社会は早く変わる」とも。
確かに、小さな忍者が肩に乗っているだけで、思わず周りは「なにそれ?」となり、説明を聞けば「なるほど!」となる。NIN_NINは、新規性と共感性、そして遊び心がうまく融合された、ポップな忍者型ロボットなのです。
「ライフスタイルのシェア」で一人ひとりの力が引き出され、お互いを補い合うきっかけに
NIN_NINは、いよいよ今月ベータ版(試用版)が発表される予定です。多くの問い合わせの中には、体は動かないけれど、目が見えてパソコンも使える重度障害のある方から、「私もサポートできることはありませんか?」との申し出も。
普段は誰かにサポートされることのほうが多い人が、NIN_NINを使うことで、サポートする側に回ることができるんです。それぞれで見ると、確かに五感のうちどこかが欠けているかもしれないけれど、組み合わせによっては別に不便しない。
「2人でひとつの人生を生きる」「2人でひとつの目線を共有する」ということがNIN_NINでは可能なんです。つまりボディシェアリングは、ライフスタイルのシェアリングでもあります。
NIN_NINの最大のポイントは、100%AIに依存するのではなく、その中にちゃんと人がいること。ロボットが介在することで、新たな人間関係や発見が生まれるきっかけになればと思っています。
2020年パラリンピックまでの普及を目指して。丁寧にゆっくりと進んでいきたい。
NIN_NINは、2020年のパラリンピックまでの普及を目指しています。世界中から多くの人が訪れる時、NIN_NINは障害のある人のガイド役だけでなく、外国語で旅行アテンドや通訳をするようなガイド役にもなりえます。
澤田さんは、これから多くの人に遠隔で身体機能をシェアすることを学んでもらうために、「シェアリング検定」を作ることも計画しているそう。検定を導入することで、NIN_NINを信頼できる方に使用してもらい、安全性を高めることも可能です。精力的に活動を進めていますが、最後にこんなことを話してくれました。
今悩んでいるのが、どこまでNIN_NINを普及させるべきなのかということ。NIN_NINを使うことで、NIN_NINが使えない状況がマイナスになり、依存を作ってしまうかもしれません。便利にはなるけれど、便利になりすぎるのはどうなんだろうと。
急いでスケールさせようとすると、「本当にこれでいいのだろうか」ということが置き去りになってしまいます。そういう葛藤について、丁寧に深く考えながら、ゆっくりと成長していきたいですね。
ロボットやテクノロジーを介してつながる、お互いを思い合う気持ち
最近は、AIがもたらす効率性や便利さにスポットライトが当たり、ロボットの登場で人の持つ力や仕事がいらなくなるのでは…という声も耳にします。でも、NIN_NINを見ていると、人と人とをつなぎながら、一人ひとりの力を輝かせ、助け合いを引き出す、”新しいロボットと人間の関係性”を感じます。
ある時はNIN_NINを通じて、ある時は道端で困っている誰かに出会ったら。さまざまな瞬間に、直接でも遠隔でも、気軽に声をかける。これから私たちが、そんな風に自然に柔軟に、お互いを助け合える社会にしていけたら。NIN_NINは、その可能性を大きく広げてくれるロボットだと思いませんか?
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