みなさんは、点字を読んだことはありますか?
私は昔、真っ白な厚めの紙に小さな白い点が綺麗に並んだ点字の本を見て、とても美しいと思いました。駅の案内板などを触って粒々とした感覚を楽しんだこともあります。今思えばそれは表面的な点字との関わり方でした。
どうして僕は点字が読めないのだろう?
そんな素朴な疑問をきっかけに、新たな点字の開発に挑戦している方がいることを聞き、私は自分が今まで点字を「読もう」としていなかったことに気がつきました。
目が見える人も見えない人も、同じ文字を読むことができるように。
今回はそんな想いで新たな点字の開発に挑戦している方のストーリーをご紹介します。
目でも指でも読める点字「Braille Neue(ブレイルノイエ)」って?
Braille Neue(ブレイルノイエ)は、目が見える人も見えない人も同じ情報を一緒に読むことのできる点字です。目で読める墨字と指で読める点字が一体になったユニバーサルな書体で、視覚障害がある人もない人も書かれている情報を一緒に共有することができます。
点字と文字を組み合わせる試みは、世界中のデザイナーによって行われてきました。ですが、欧文だけでなく和文の書体にも対応したフォントの開発を行うのは、Braille Neueが初めてだといいます。
目指しているのは、目が見える人も見えない人も同じ情報を一緒に共有することで、本当の意味でユニバーサルな世の中を実現することです。
きっかけは「点字を読めるってすごいな」という気持ちから
Braille Neueを開発したのは、グラフィックデザイナーとして活躍する高橋鴻介さん。Braille Neueは、個人的なプロジェクトとして行っています。
会社に入社してから、業務とは関係なく先輩と一緒に新たな発明のアイデアを一日一つ書き出していくという活動をしていました。Braille Neueはもともと、今までに200個ほど出たアイデアのうちの一つでした。
高橋さん:そもそも点字に興味を持ったきっかけは、視覚に障害のある方たちと触れ合ったときの経験です。点字を読める方がすごい速さで点字を読んで、「こう書いてあるんだよ」と僕に教えてくれたんですよ。
点でできている記号のような点字を、手でなぞるだけで読めてしまう。これまで視覚障害のある人とほとんどつながりのなかった高橋さんは、素直にそのことに感動し、「すごいですね。僕は全然読めないですよ!」と伝えたのだそうです。
そして次の日のアイデアは、点字をテーマにしたものでつくることに。そのとき「点字の点と点を線でつないだら、目で文字を認識する私たちにも読めるのではないかな」と思いついたことから、「点を線でつないで読む点字」というアイデアが生まれました。
試行錯誤しながらアイデアを形にしていく
一番初めのプロトタイプは、点字の点と点を鉛筆の線一本で繋いだようなものでした。それを見た先輩からは、「これでは文字が読めない」とフィードバックをもらいます。
そこで、いつも使っている文字の中にうまく点字の点を埋め込むように制作することを考えつき、改良を重ねていきました。
現在はだいぶ改良が進んだものの、しっかりとフォントとして点字を完成させるべく、試行錯誤は続いています。
先日、そのプロトタイプをインターネット上で公開したところ、多くの人たちから反響があったのだそう!今はTwitterなどのSNSを通じて、見た人からさまざまなアドバイスをもらっているといいます。
高橋さん:集まってくる意見を点字ユーザーの方と実際に検討しながら、着々とアイデアをかたちにしています。多くの人からフィードバックをもらうことで、自分自身が改めて「Braille Neueが持つ価値」に気づきました。
点字はスペースを取るため、公共空間に必要最低限しか実装されてきませんでした。でもBraille Neueは、点字と墨字が一体となっていて、字間を調整すれば既存の点字の上に上書きすることができます。今までのプラットフォームに少し工夫をするだけで実装できるので、点字が入り込めなかったところにも使える可能性があるのです。
この書体を広めていくことで、より多くの人が点字を認知し、触れる環境をつくることができるかもしれません。
指でも目でも、読みやすい点字を作りたい
これからBraille Neueを社会の中で使われるものにしていくためには、クリアしなければいけない課題がいくつかあります。
まず、墨字としてまだ読みにくい部分があるということです。点字と点字の間の隙間は、厳密に決まっています。そのルールを崩さないように、可読性を重視した書体にブラッシュアップしていくことが目標です。
次に、点字としても点字ユーザーが読みにくい部分があるということ。点字全体の大きさや文字間の広さだけでなく、印刷方法やプリント用紙によって読みやすさも変わってくるのだといいます。
高橋さん:僕は目が見えるので、どうしても”見える”という視点で物事を考えてしまっているんですよね。なので今、視覚障害のあるみなさんの点字の読み方や触ったときの感じ方について聞かせてもらい、勉強しているところなんです。
Braille Neueはフォントを作るプロジェクトですが、そこには”点字”という特性があります。そのため、印刷方法も含めて実験を繰り返していかなければ、世の中に広まるものにならないと高橋さんは考えています。
コラボレーションを通じて広がる新たな可能性
Braille Neueをよりよいものにしていくため、高橋さんはさまざまな人と協力関係をつくっていきたいといいます。
高橋さん:デザインの改良をしていくだけでなく、Braille Neueを社会の中に実装していく方法を一緒に考えたいです。たとえば、公共の空間に実装するためには文字の読みやすさがとても重要だと思います。そういったことに詳しい研究者の方に、ぜひ相談したいですね。
点字の印刷やプロダクトへの使用方法など、高橋さんが詳しくない領域で知見がある方と協力をすることで、Braille Neueの可能性はより一層広がります。
また、日本だけでなく海外とのコラボレーションも進めていきたいのだそう。
高橋さん:Braille Neueを公開したことで、「世界をよりよくしたい」と考える世界中のデザイナーから連絡が来ているんです。フォントを配布できるようにして、様々なコラボレーションを生み出していけば、きっと世界中で使えるようなユニバーサルなデザインにできると思っています。
点字を使った公共デザインが当たり前の社会をつくりたい
Braille Neueが完成し社会に広まっていけば、視覚障害のある人だけでなく目の見える人にとってもポジティブな影響があるはずだと、高橋さんは語ります。
高橋さん:目に関するさまざまな支援を行う「神戸アイセンター」で、イベントのロゴとしてBraille Neueを実際に使ってもらったことがあるんです。そのときに、目が見える方にも見えない方にも文字に触れていただいたんですが、目が見える方からの反響がすごく多かったんですよ!
普段の生活では使わないとしても、「点字を目で読めるのはすごくいいことだ」と共感してくれる人がたくさんいた。その事実は、高橋さんにとって大きな励みになりました。
さまざまな人からの意見を聞くなかで、Braille Neueが具体的にどんな可能性を持っているかも見え始めてきたといいます。
高橋さん:たとえば絵本を作ったら、子どもは目が見えないけれど自分は見えるという親御さんが、一緒に同じ物を読む体験ができますよね。視覚障害のある方からそんな夢を聞いて、僕自身もそれはとても幸せなことだなと思ったんです。
また、これから目が見えなくなる可能性がある人が、Braille Neueを読んで点字に親しんでいけば、もし見えなくなったとしてもそのまま点字を読むことが出来ます。それはきっと「目が見えなくなるかもしれない」という不安の中にいる方にとって、希望となるはずです。
もし子どもの教育に導入することができれば、点字が読める人を増やしていくことも出来るかもしれません。
高橋さんは、点字と文字を組み合わせた書体を生み出すことを通して、「点字を使った公共デザイン」を当たり前にしたいと考えています。
コミュニケーションの架け橋としての点字を
プロジェクトを進めていく中で高橋さんは、「点字は点字利用者だけのもの、墨字は目が見える人だけのものになっている」と気づいたそうです。ユニバーサルといって作られたものが逆にバリアになっている可能性があるのです。
高橋さん:僕が考えているこのデザインは、もしかしたら、「断絶されているコミュニティの橋渡しをするような媒体・媒介としてのデザインになるのではないか」と思っています。このフォントが「コミュニケーションの架け橋としての媒体・媒介」として機能するよう、改良を続けていきます。
Braille Neueが形になることで、きっと点字ユーザーと墨字ユーザーの距離が縮まっていくでしょう。
目と手を使いながら、点字ユーザーと同じ文章を読む体験を想像すると、私もなんだか心がワクワクします。
同じ経験を一緒に共有することで、人は人をより近くに感じられるもの。きっとそれは、とても幸せな瞬間なはずです。
高橋さん:2020年までに、街にBraille Neueを実装して「同じ場所で目が見える人と見えない人が同じ文字を読む」という時間をつくるのが目標です。世界中から人が訪れるオリンピック・パラリンピックは、その国のスタンスや文化を発信する場だとも思っているんです。それまでにひとつでも、実装事例を増やしていきたいですね。
大きな夢に向かって、高橋さんのチャレンジはまだまだ続きます。記事を読んだみなさんもぜひ、このワクワクする未来に参加してみませんか。
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