【写真】料理がよそられためぐるのお椀とプレート

たとえば旅先でも、いつも歩く街角でも。店先に素敵な器が並んでいるのをみると、つい、吸い寄せられるようにその店へと向かってしまいます。

わが家の食器棚には、大小、素材もさまざまな器が並んでいます。そのなかでも繰り返し手に取り、使ってしまう器は、もはや食卓の「相棒」ともいえる存在となっています。そうした食器があるだけでテーブルが華やぎ、料理もおいしそうにみえるから不思議です。

そんな私が今回ご紹介したいのが、漆器「めぐる」。

会津漆器のプロデューサー「漆とロック」と暗闇のエンターテイメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」がコラボレーションし、器のデザインは漆器職人たちが視覚障害者とともに行った、暮らしの器の新ブランドです。

用の美を備えた「心地よさと、使いやすさ」は、すでに多方面で話題に。国産漆を守り育てる活動も評価され、グッドデザイン賞など数々の賞を受賞しています。

安定感と心地よさ。2つの願いを形に

「めぐる」は、「永く使い続けられる心地よさ、使いやすさ」をめざした、会津漆器のお椀です。

安土桃山時代から続く漆器産地、福島県・会津の職人たちとの商品開発に抜擢されたのは、暗闇のソーシャル・エンターテインメント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」のアテンド(案内人)として活躍する、視覚障害をもつ三人の女性たち。職人たちは、彼女たちから器の形状や触り心地についてのアドバイスを受けながら、約1年かけて試作と改良を繰り返しました。

【写真】机の上に置かれる、サイズ豊富なめぐるのお椀

視覚障害という「特別な感性」を生かして

「めぐる」の企画・販売を担うのは、「漆とロック株式会社」の貝沼航さん。

東京の大学を卒業後、会津若松市に移住した貝沼さんは、日本固有の漆文化と職人たちの姿に魅せられ、作り手たちを応援したいと起業します。2013年からは、漆の魅力を伝えるガイドツアー「テマヒマうつわ旅」を会津にて展開。さらに希少な国産漆の木を守り育てる「NPO法人はるなか・漆部会」の副代表を務めるなど、まさに漆のコミュニケーター(伝道師)としての活動を続けてきました。

そんな貝沼さんがこの「めぐる」を手がけたいと考える大きなきっかけとなったイベントがありました。それは2011年に企画した「うつわ・イン・ザ・ダーク」です。

暗闇の中、視覚障害者が「アテンド」となりさまざまなシーンを体験する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」のスペシャル企画として行われた、「暗闇のなかで器を感じる」という試みのイベントでした。このときはじめて手探りで漆器に触れてみた貝沼さんは「見えないからこそ見える」漆器本来の魅力を実感し、こう確信したそうです。

目を使わない方々は「障害者」じゃない。感性のプロジェッショナルであり、私たちのなかに眠っている感覚を掘り起こしてくれる「先生」なんだ。

そして、視覚障害者たちの感性と伝統技術を融合させた新しい漆器を生み出そうと、「めぐる」プロジェクトがスタートしたのです。

【写真】お椀を持ち上げる手

【写真】お椀を持ち、意見を述べるダイアログ・イン・ザ・ダークのスタッフ

「予想を超えた」発想は、職人にも大きな刺激に

開発は、まず職人たちが試作品をつくり、三人のアテンドたちがそのお椀に触れてアドバイスをする、というプロセスで進行しました。

「見た目」の印象ではなく、感触や重さなど、全体のバランスを感じて伝えるアテンドの言葉に、職人たちも大いに触発されながら、対話は重ねられていったとか。

ふだん、お客様からいただくご意見は、ほとんどが想像の範囲内なんです。でも、アテンドのみなさんからは予想を超えた視点をいただくことができた。大変だったけれど、この経験はこれからの器作りにも生きると思います。

参加した「塗師」の一人、漆工よしだ3代目代表の吉田徹さんは、そう濃密な対話の時間を振り返ります。

この様子を記録した「めぐる」の紹介動画をみると、アテンドの三人が、回を重ねるごとに理想がかたちになっていくその過程を心から楽しんでいる様子が伝わってきます。

最終シーンには、つややかな椀を手にした三人が、すぐさま「きたきたきた!」と笑顔をみせ、「これ、離したくないね」と頬ずりをする姿も。満ち足りたその表情に、見ているこちらも思わず胸が熱くなります。

デザインは2種類。販売は予約制で

こうしたやりとりから誕生した「めぐる」のデザインは、「水平」と「日月」、2種類のシリーズ。

「水平」は、「器の傾きが分かりにくいと中身をこぼしてしまうことがある」という視覚障害者の実感をもとに、器の腰に水平の角を入れ、持ち上げやすいデザインに。

「しっかり安心して持てる」「からだ全体の重心が決まる」を叶える、安定感のある凛とした形は、お年寄りから小さな子どもまで、幅広い年齢層の快適な「食べる」を支えます。

【写真】3種類のサイズが展開されるお椀

「日月」は、「目に見えるデザイン」と「触れて感じるデザイン」の両方を研ぎ澄まし、日月を重ねるほどに愛情が増すような存在感を追求。

どこまでもなめらかで、頬ずりしたくなる心地よいラインと、ぬくもりを感じるその使い心地に、アテンドの一人からは「ずっと手の中に包んでおきたい」の声も!

【写真】3種類のサイズが展開されるお椀

「めぐる」は、「食禅(じきぜん)」を提唱されている長光寺・柿沼忍昭和尚に監修を受け、禅の食事に用いる器「応量器(おうりょうき)」をヒントにした、サイズ違いで重ねられる三つ組。飯椀、汁椀、菜盛り椀と、日本人の食の基本“一汁一菜”がきれいに整う一揃いです。

上質な国産漆を使用し、たくさんの手間ひまをかけて作られる「めぐる」は、予約販売制が基本。購入は、各地で行われるイベントや受注会のほか、公式オンラインストアからも受け付けています。

作る、使う、直すの循環が、この先も「めぐる」ように

「めぐる」の名付け親は、ダイアログ・イン・ザ・ダーク理事でバース・セラピストの志村季世恵さん。志村さんがこの名前に込めたのは、親から子へ、子から孫へといのちが「めぐる」ように使い続けられる器を、との思いです。そう、ていねいに作られた漆器は、塗り直しながら何十年と使い続けることができます。

「漆器を長く使い続けるための、一番のメンテナンスは『使うこと』」と貝沼さん。

乾燥が苦手な漆器は、使って洗う、を繰り返すことでみずみずしさが保たれ、長持ちするのだそう。「完全に固まった漆はかぶれる心配もありません。この器の気持ちよさは、小さなお子さんにこそ味わって欲しいですね」と話します。

【写真】お椀を両手でもち、口元に寄せる子ども

また、私たちがこれからもこの漆器を使い続けられるためには、日本全体の漆のものづくり自体が続いていくことが必要。ものづくりの生態系が続いていきさえすれば、長年の使用で器が傷んできた時や、割れや欠けさえも修理が可能です。そこで「めぐる」の売り上げの一部は、会津などでのウルシの木の植栽・育成活動に役立てられています。

【写真】漆の木の植栽活動

見える人も、見えないひとも。器で「食べる」を豊かに

「めぐる」紹介動画のなかで、アテンドのお一人が「(この器なら)食べものが、おいしそうな感じがする」と話していたのがとても、印象的でした。

私も、好きな器に対して感じることが同じだったから。

5歳になる私の子どもにさえ、もう気に入りの器があり、逆に気に入らないお皿で出されたときは「これじゃいやだ!」と主張するほど。器とはたんなる「入れ物」ではなく、食べること全体を包み込む、大切な存在なのでしょう。

【写真】食卓に並べられるお椀

オンラインストアには、購入者からこんな感想も寄せられていました。

美しく深みのある赤色、しっとりした艶、子供達にこれからこのお椀でご飯食べるよといったら、やったーといいました。いいものを買いました。

今後使用して漆がどのように変化して行くのか楽しみです。自分の子供、孫に伝えて行きたいと思います。

はじめて食べ物を口にするような赤ちゃんから、お年寄りまで。

見える、見えないに関わらず、誰もが心地よいと思えるものづくりを追求した「めぐる」。視覚障害者の「見えない」というハンディにフォーカスするのではなく、「触れて、感じられる」という感性を生かすことでさまざまな人の食卓に笑顔を広げる、というこの取り組みに、心から共感します。わが家にもぜひ……と思うとともに、結婚や転居、子どもの誕生など、人生の節目に贈りたいなと思う友人の顔が、たくさん浮かんできました。

気になった方はぜひ、公式ホームページ等をのぞいてみてくださいね。

関連情報:
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