自分好みの食器を見つけると、つい家族の分もお揃いで買ってしまうことがあります。食事をするときにお気に入りの器を使うと、いつもよりもご飯が美味しく感じられる気がするのです。
食器は、食事をするために使われるただの道具なだけではなく、みんなで囲む食卓の時間をさらに楽しいものに変えてくれます。
けれど、普段私たちが何気なく使っている陶器の食器は、誰もが使えるわけではありません。幼い子どもや高齢者、障害などのハンデがある人にとっては使いづらいこともあるのです。
そのため、陶器製の食器を使うことが難しい方たちは、プラスチックの一種であるメラミン製の食器を使うのが一般的です。
どんな状況であっても、使う食器を自分で選べる方が、もっと食事を楽しむことができるはず。
そんな願いを叶えてくれる、陶器でできたユニバーサルデザインの食器に出会うことができました。
陶器で作られたユニバーサルデザインの食器「motte」
今回ご紹介する「motte(モッテ)」は、「とことん持ちやすく、使いやすく、食べやすく」というこだわりのある、使う人を限定しない波佐見焼で作られた食器です。
motteは、淡い色合いで統一されており、とても優しい雰囲気があります。全体的に丸みを帯びたシルエットになっており、デザイン性が高いのも特徴です。日常的に長く使ってもらうことが意識されているため、柄はなく、飽きがこない商品になっています。
ぱっと見ただけでは、ユニバーサルデザインだと気づかない方もいるかもしれません。でも実は、誰もが使いやすいように細部までこだわって作られているのです。
例えば、motteのプレートには、スプーンやフォークですくいやすいように、内側に返しがついています。ほどよい重みもあるので、片手ですくってもプレートが動くことはありません。そのため、誰でもスムーズに食事をすることができます。
大人用のマグカップの特徴は、重心が低く、安定感があり、持ちやすいという点。握りやすいリング型のハンドルは、通常よりも少し大きめです。ハンドルとカップの接合部分を二重にし、厚みを持たせることで、ハンドルに通した指がカップに触れたとしても、なるべく熱さを感じないように作られています。
また、大人用のマグカップよりも少し小さめに作られたキッズ用のマグカップには、ハンドルが2つあります。これはお子さんが両手で持ちやすいように、そしてお母さんからお子さんに「はい!」と渡しやすいように、という心遣いによるデザインです。
一般的な陶器の食器との違いは、実際に持ってみたり、使ってみなければ伝わらないことも多いのだそう。そこで、まずは「持ってみて、触ってみて」という思いを込めて「motte」と名付けられました。
明治30年から続く、波佐見焼の老舗「aiyu」
motteを製造・販売しているのは、長崎県波佐見町で波佐見焼をメインとした問屋を営む有限会社aiyu(アイユー)です。
明治30年に波佐見町で窯元・小吉製陶所を創業し、現在は400年以上もの歴史がある波佐見焼をセレクトして販売しながら、使い手目線に立ったオリジナル商品の開発に取り組み続けています。
今回ご紹介する「motte」以外にも、「eシリーズ」「ORIME」「pastel」など多くのシリーズをこれまでに企画・販売してきました。
どのシリーズも歴史ある波佐見焼の良さを残しながら、独自の柄や形状でできており、新しさも感じることができる商品となっています。
特別感のないユニバーサルデザインを目指して作られた「motte」
motteが作られたのは、aiyuのブランドマネージャーである小柳さんが「ユニバーサルデザインの食器をもっとたくさんの人に使ってもらいたい」と考えたことがきっかけでした。
波佐見焼の食器は、分業生産制となっており、当時は窯元が作るオリジナル商品を仕入れることが一般的です。
しかし、窯元が生産したものを仕入れるだけでは、同業他社との差別化が難しい状況でした。「このままでは事業を継続していくことができないのではないか」と試行錯誤する中で生まれたのが、motteの前身である「eシリーズ」です。
「eシリーズ」は、人間工学に基づいて作られたユニバーサルデザインの商品のため、非常に機能性が優れています。
例えば、マグカップには一般的な商品よりも長いハンドルがついています。マグの底と同じくテーブルと接するデザインになっているため、カップの底とハンドルの2点で支えることで、テーブルに置いているときの安定感が高いのです。
ただ、ハンデのある方や高齢者だけではなく、誰にでも使ってもらえる商品にするためには、もっと工夫が必要だと小柳さんは感じていました。
そんなときに、障害者や高齢者向けの商品開発・販売に取り組んでいる株式会社シーズ代表の山﨑一雄さんや、プロダクトデザイナーの五島史士さんに出会います。この出会いをきっかけに「motte」を生み出すプロジェクトが始動しました。
eシリーズの良さであった機能性はしっかりと活かしながらも、現場の声をより反映させて商品を改良していきます。そして、ただ使いやすいだけでなく、誰にでも使ってもらえるようにデザインにもこだわることでmotteが誕生しました。
介護用の食器ではなく、みんなに使ってもらえる食器に
こうして出来上がったmotteは、幼いお子さんから高齢者まで、誰でもどんな状況でも使いやすいデザインを意識して作られています。
小柳さん:介護用の食器と一般的に販売されている日用食器の、ちょうど中間ぐらいの商品にしたいと思っています。
ハンデのある方や高齢者が「自分だけ介護専用の食器を使っている」と感じなくて済むように、どんな人でも使いやすい食器にしたいのです。大人用から子ども用までサイズもさまざま、色のバリエーションもたくさん用意して、好みに合わせて選んでもらえる。そうすることで、みんなで同じ陶器の食器を使って、一緒に食事を楽しんで欲しいです。
そんな素敵なこだわりがあるからこそ、生産において、難しさを感じることもあるのだそうです。
小柳さん:僕たちのように食器を持ち上げて食事ができる人には、うまく食器が持てない人の感覚がわからないんです。そこはすごく苦労しました。
たとえば、口にものを運ぶときに、もう片方の手でお皿を持ち上げることや、手を添えることができない人は、スプーンやフォークでお皿を自分の方に寄せようとします。メラミン製の軽い食器ではお皿がひっくり返ってしまって、中身がこぼれてしまうこともあるのです。そんな日常の状況を想像して、“あえて食器を少し重くする”などの工夫が生まれました。
約2年ほどの開発期間を経て出来上がったmotteは、2017年の秋から販売を開始しました。イベントなどにも出展し、すでに多くの人の手に取られています。
使いやすい食器を探していた方からは、「こんな商品を探していたけれど、今まではどこにも売っていなかった」と喜んでもらえたのだそう。
また、ハンデのある方からは「今までは自分だけ違うお皿を使っているという特別感があったけれど、これならみんなと一緒だと感じられる」といった声も寄せられました。「みんなで食事を楽しんでもらいたい」というaiyuの思いは、着実に広がっています。
陶器の食器で、食生活をより豊かなものに
陶器の食器が誰でも使えるものになれば、私たちの食生活はより豊かになる。
小柳さんはそう信じています。
現状、病院や保育園では業務用のメラミン製の器が使われているなど、状況によって使える食器は限られてしまっています。しかし、motteを多くの人に使ってもらうことで、食にまつわる体験の可能性を広げることができるかもしれません。
確かに陶器は、落ちたら割れます。ハンデがある人や高齢者にとっては、使いづらい場合もあります。それでもaiyuは、「陶器でしか味わえない温もり」を多くの人に感じてもらいたいと考えています。
陶器にはまだまだ可能性が秘められていて、柄や色、形を工夫すれば、様々な商品を作ることができるのです。
誰でも自分の好みで使いたい食器を選ぶことができる。そんな選択肢の自由があったら、毎日の暮らしがもっと楽しくなりそうです。
作り手の思いやりが感じられるmotteを、ぜひ多くの人に、まずは「持ってみて、触ってみて」もらえたら嬉しいです。