脚の不自由な方にとって、いざというときに走って逃げるのは難しいこと。
実は私の夫も義足ユーザーですが、急いで走ったり、階段を上り下りしたりすることができません。さらに、雪が道路に積もっていたり、アスファルトで舗装されていない道だったりする場合、歩くことを諦めることも。
それはきっと、車椅子を使う人や歩行時に杖を必要とする方など、脚の不自由な方々もきっと同じ。普段から砂利道や小さな段差などで移動が制限される上に、急いで逃げなければならない災害時にスムーズに避難するのは難しいかもしれません。しかし、もし緊急時に一緒に避難することができれば、本人はもちろん、家族や友人もとても安心できることでしょう。
今回、そんな願いを叶える「JINRIKI」という商品があると聞き、実際にお話を伺いながら体験させていただきました。
段差や舗装されていない道も、車椅子で移動できるように
JINRIKIは車椅子を「押す」のではなく、人力車のように「引く」ことで移動を楽にする補助道具です。JINRIKIを使えば、砂利道も段差のある道も、簡単に移動することができます。
通常、車椅子は前輪が小さいため、段差を乗り越えることが難しいといわれています。実際に、私も車椅子を押してみたのですが、力任せに段差を登ろうとすると車椅子が前に倒れてしまいます。
しかし、JINRIKIを取り付けて車椅子を引いてみたところ、てこの原理で前輪を浮かせることができるので軽々と段差を移動できました。
お話を伺った当日、私もJINRIKIを取り付けた車椅子に乗り、株式会社JINRIKIの中村正善さんに引いていただきました。
少しでこぼこしているような道でも、スイスイと進みます。もっとガタガタと振動が伝わるのかと想像していたのですが、滑らかに移動することができて、とても快適でした。
引く側も力が必要ないので、走って引くことだって可能!中村さんも、私を乗せて全速力で走ってくださいました。緊急のとき、どうしても急がなければならないときにも、JINRIKIがあればより素早く移動ができそうです。
また、実際にJINRIKIを取り付けた車椅子に乗せてもらって階段を上り下りする体験も。
車椅子を後ろで支える人がいるとさらにスムーズなのだそうですが、それでも安全に階段を上り下りすることができました。
JINRIKIは腕の力だけでなく、体全体を使って車椅子を引くことができます。必要な力は、普通に車椅子を引く場合の1/5だけ。背が150cmもない小さな私でも、軽々と成人男性を乗せた車椅子を動かすことができました。これなら、高齢の方でも楽に車椅子を引くことができそうです。
引く人にとっての負担が少なければ、地震などの災害で高台に逃げる必要があったときも、今まで以上に素早く避難ができるはず。

車椅子では移動が難しい砂利道。電車に乗っているときに災害が起こったとしても、JINRIKIがあれば電車から降りて、線路横を移動することができます。
JINRIKIは脚の不自由な方はもちろん、高齢の方や妊婦さん、視覚障害のある方など、走って逃げることができない方のためにも役立つ商品です。
使うシーンによって選べるJINRIKI
現在、JINRIKIで扱っている商品は大きくわけて2種類です。
一つは常に取り付けておく「JINRIKI」。
常設タイプの「JINRIKI」は、車椅子に専用の金具を固定し、そこにJINRIKIを取り付けるもの。車椅子への乗り降りのときはパイプを上にあげて、車椅子を引かないときは邪魔にならないように簡単にパイプを取り外すことができます。
家の前や近所の道が舗装されていないから常に必要だという方には、こちらのタイプがオススメだそう。
もう一つは取り付け取り外しができるタイプの「JINRIKI QUICK」。
「JINRIKI QUICK」は組み立て式です。非常時やたまに外出するときに使いたいという場合に便利で、車や家の中に置いておき、必要なときにさっと取り付けることができます。
もちろん、組み立てはとても簡単!30秒ほどで取り付けが完了します。
JINRIKIの開発の原点には小児麻痺の弟の存在が
JINRIKIを発案したのは、株式会社JINRIKIの中村正善さんです。
段差が多いから、砂利道だから、出かけたい場所が舗装されている道ではないから…という理由で外出をあきらめない。そして、地震などの非常時に命を守ることができるように。そのような中村さんの思いからJINRIKIは生まれました。
中村さんがそう考え始めたのには、弟さんの存在があるといいます。
弟は小児麻痺でした。当時、車椅子を押すのは私の役目。弟を連れて、原っぱに遊びに行きたいと思っていたのですが、車椅子で舗装されていない道を進むのは本当に困難なことでした。
車椅子で移動が制限されてしまうと、家族で一緒に外出できる場所も限られてしまいます。
大人になったときに、長野県の上高地など自然あふれる美しい場所に行って気付いたんです。そういえば、弟と一緒にこういった場所や海水浴にも行ったことがなかったなって。弟の車椅子では舗装されていない場所や砂浜に行けないと両親が考えて、外出をあきらめざるを得なかったんですよね。
もっと多くの人の命を守れたかもしれない
どうすれば車椅子でも気軽に移動ができるだろうか。
そう考えていた矢先に、東日本大震災が起こります。中村さんは新聞で、脚の不自由な方々が逃げ遅れ、津波で流されてしまったという記事を見かけました。
もっと早くに、車椅子の人の移動を楽にするプロダクトを考えついていれば、多くの人の命を守れたかもしれないと思ったんです。
自分がすべきことが明確になった中村さんは、いてもたってもいられず、すぐに会社を辞めて本格的に商品開発に取り組むように。
ホームセンターへ通い、ビニールハウスで使うパイプなどさまざまなパーツを買って組み立てる日々を送ります。そして試行錯誤しながらも、2013年にJINRIKIを完成させました。
車椅子に関わる全ての人の命と笑顔を守りたい
JINRIKIを販売しはじめると、実際に使った方からたくさんの喜びの声が届くようになりました!なかでも、中村さんが特に感動したのは、お子さんが車椅子を利用しているご両親から伺ったお話です。
そのお子さんは、普通学校に通っています。ただ、ふだんは楽しく学校で過ごしているものの、遠足などの遠出はどうしても参加できませんでした。自分でも「車椅子での移動は難しい」とわかっていながら、いつもどこか寂し気な様子だったそう。
しかし、JINRIKIを使うことで、「みんなと一緒に修学旅行に行く」という夢が叶ったのです。
本人はもちろん、ご両親もとても喜んでくださって。友達と一緒に学校の行事に参加することで思い出をつくる手伝いができたのだと思うと、とても嬉しかったですね。
JINRIKIを使って山登りに挑戦したり、ビーチへ出かけたり。これまでは「車椅子を押すのも大変だから、押してくれる人に申し訳ない」と遠慮していた人も、JINRIKIを使えば気兼ねなく出かけられるようになるかもしれません。
中村さんの理想は、介助する人・される人が、遠慮なく助け合える関係になること。道路など、目に見える部分のバリアフリーだけでなく、心のバリアフリーも目指していきたいと話します。
JINRIKIは、山登りや海水浴などといった、お出かけや楽しみをあきらめないためのもの。そして、いざというときには命救うためのもの。JINRIKIによって、たくさんの方の笑顔と命を守りたいと考えています。
楽しいことにチャレンジし、思い出をいっぱい作ってもらいたい。そして、災害時にはみんなで一緒に命を守ることができるように。JINRIKIには、中村さんのそんな優しい思いがたくさん詰まっているのです。
JINRIKIがたくさんの人の命を守れるように
足場の悪い場所でも、雪の中でも、気兼ねなく移動ができる。そして、突然災害が起こったときに、脚の不自由な人も一緒に逃げることができる。
そんな願いを叶えてくれるJINRIKIのお話を聞いていたら、明るい希望が胸に湧いてくるようでした。
防災グッズと一緒に用意しておけば、本人も家族もきっと安心できることでしょう。お話を伺いながら、私も非常事態に備えてJINRIKIを持っておきたいなと思いました。
車椅子を使う人も介助する人も、もっと笑顔になる未来を目指して。これからもJINRIKIや中村さんの活動を応援したいと思います。
関連情報:
株式会社JINRIKI ホームページ
(写真/松本綾香)