【写真】スーツを着て車椅子に乗る男性

仕事はもちろん、結婚式やパーティーなど、さまざまな場所でスーツを着る機会が多いという方もいらっしゃるでしょう。シワがなく、身体のラインに添ったスーツ姿はとても格好いいですよね。

スーツの専門店では、さまざまなサイズのスーツが取り扱われていて、自分に合ったサイズやデザインを選びやすくなっています。

しかし、車椅子を利用している方にとって、着やすく、身体にあったスーツを探すのはとても難しいことです。

障害に関係なく、もっといろいろな服を着こなせたら…。今回は、そんな悩みを解決する、車椅子ユーザーのためのオーダースーツをご紹介します!

障害があってもおしゃれを楽しめる、車椅子利用者向けオーダースーツ

今回ご紹介するのは、花菱縫製株式会社が製造販売している「車椅子利用者向けオーダースーツ」です。

車椅子ユーザーには、下半身が動かすことができないため下肢が細い方も多く、上下セットの既製スーツの場合、ジャケットかパンツどちらかのサイズが合わないことが多くありました。

そんな悩みを「オーダー」という形で解決した、車椅子利用者向けスーツ。開発には脊髄損傷者専門トレーニングジムを運営するジェイ・ワークアウト株式会社が協力しているのだそうです。

【写真】オーダースーツのカタログ

身体が不自由な方にも、おしゃれを楽しんでほしい

従来のスーツは、立っている姿勢を基準につくられたものでしたが、車椅子ユーザーにとっては座っている姿勢が基本です。そのため、車椅子ユーザーがスーツ着用時に受ける様々な不満を解消するために、座ったときの姿勢に合わせてつくられています。

思い出の時間を縫う、オーダースーツ専門店花菱

スーツの製造販売を行うのは、花菱縫製株式会社(以下、花菱)です。花菱は1935年に創業して以来、83年間オーダースーツ専門店を続けてきた、歴史ある会社です。現在、銀座や池袋など東京を中心に、札幌や仙台にも店舗があります。

私たちはただ生地を縫うのではなく、これから身に纏う人の幸福な時間をあたたかく、やさしく包み込む、“新たな思い出への時間”を縫っているんです。

そう話すのは、代表取締役の野中雅彦さんです。

【写真】インタビューにこたえるのなかまさひこさん

花菱では、長年お客様の「こんなスーツが着たいけれど、どうしたらいいのでしょう?」という困りごとや要望に応えながら、一人ひとりに合ったスーツをつくり続けてきました。

スーツはすべて国内縫製にこだわっており、オーダースーツ縫製の国内工業化に日本で初めて成功したという実績もあります。上下セットで48,000円からと、比較的リーズナブルにスーツをオーダーできるのも花菱ならではのポイントです。

確かな技術と求めやすい価格から、常連のお客様も多く、連日多くの方がスーツのオーダーに訪れているそうです。

車椅子利用者にヒアリングを重ねてできた、こだわりのスーツ

実は、車椅子利用者向けオーダースーツが出来上がる以前にも、花菱には車椅子を利用するお客様が店舗に訪れることがたびたびありました。

結婚式などのフォーマルな場所に出かけるときに、満足するスーツがなかなか見つからない

そんなお客様の困っている声をきっかけに、車椅子利用者向けオーダースーツの製作がはじまりました。

車椅子ユーザーのお客様が既製スーツを着用すると、車椅子に座ったときにジャケットの襟が不自然に浮いてしまったり、パンツの膝部分が突っ張って着心地の悪さを感じたりすることがあります。

また、ご自身の腕で車椅子をこぐ方は、ジャケットの袖やわき下部分の布が摩耗しやすいという問題点もありました。

実際にジェイ・ワークアウトに通う車椅子ユーザー十数名にヒアリングを重ね、それぞれが抱える不満や要望を聞き出しながら採寸。検証と改善を何度も繰り返し、少しずつ今現在のオーダースーツの形を作り上げてきました。

【写真】車椅子に乗ったマネキンにディスプレイされるオーダースーツ

車椅子に座っているときも生地にしわが寄らず、身体にフィットし、そして長く心地よく着られるように。花菱のスーツには、さまざまな工夫が詰め込まれているのです。

着心地の良さを追求したパンツ

実際に、私も銀座店を訪れ、車椅子利用者向けオーダースーツを見せていただきました。ここから、スーツに込められたこだわりをいくつかご紹介します!まずはパンツの特徴から。

①座っていても着用時の見た目をスッキリさせるパンツ

車椅子利用者向けオーダースーツのパンツには、膝裏に3本ほどの縫込みを施し、未着用時にも160°ほど膝が屈曲した状態にしています。この縫い込みによって、座ったときの膝まわりのつっぱり感を軽減すると同時に、着用時の見た目をスッキリさせてくれるのです。

【写真】膝が屈曲した状態のパンツ

縫込みが施されたパンツ(提供写真)

②パンツを着用しやすいように考慮されたベルトループ

パンツ着用時に、ベルト通しを使ってパンツを引き上げる方もいらっしゃるのだそう。そこで、ベルト通しがパンツを引き上げるときの負荷に耐えられるよう、通常よりも太めのベルト通しに変えることもできます。

【写真】太めのベルト通し

太めのベルトループ(提供写真)

③座ったときに背中側からシャツが出ないよう股上の後ろ側を深く

座った姿勢のときに、背中側からシャツがはみ出てしまう経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか。車椅子ユーザーも同じように、既製のスーツではシャツがはみ出てしまうのが気になるという方が多かったのだそう。そこで、股上の後ろ側を深くすることで、背中側からシャツが出にくくする工夫を施しています。

私も実際に着用させていただきましたが、座ったときに膝まわりのつっぱり感なく、背中側からブラウスがはみ出ることもなく、きれいに着ることができました。

車椅子の操作のしやすさと美しさを兼ね備えたジャケット

次にジャケットの特徴をご紹介します。

①車椅子を操作しやすいように余裕を持たせた肩回り

車椅子を操作するときは、肩を大きく動かします。そのため、肩回りがタイトだと、動きにくさを感じてしまうもの。そこで、車椅子を操作しやすいよう、肩回りに余裕を持たせています。

【写真】肩周りにゆとりのあるデザインのジェケット

ゆとりを持たせた肩回り(提供写真)

②摩耗しやすい部分に補強をプラス

車椅子をこぐときに、どうしても脇下や袖口の布が摩擦を起こし、布が擦り切れやすくなります。そこで、脇の下や、手首の目立たない位置に服の布地と同系色の人工皮革を縫い付けることができるようにしました。

【写真】摩耗しやすい部分に縫い付けた人工皮革

摩耗しやすい部分に縫い付けた人工皮革(提供写真)

③裾がまくれ上がらないジャケット丈

今回のスーツをつくるにあたり、車椅子をこぐ際にジャケットの裾がまくれ上がってしまい、その都度ジャケットを整えるのが面倒だという車椅子ユーザーが多かったのだそう。そこで、座った姿勢に合わせた裾の長さにすると同時に、裾が脇へ広がりやすいような形にすることで裾がまくれにくく、車椅子を操作しているときも格好よくスーツが着こなせるようにしました。

【写真】裾がまくれ上がらないジャケット丈

裾がまくれ上がらないジャケット丈(提供写真)

スーツを着ること自体をあきらめていた

実際に、開発に協力した方の1人に、パラアイスホッケー選手の上原大祐(うえはら だいすけ)さんがいます。上原さんは、脊柱管の一部の形成が不完全となり、神経が脊柱管の外に出てしまう「二分脊椎」という障害があります。

【写真】車椅子に乗りインタビューに応えるパラアイスホッケー選手のうえはらだいすけさん

パラアイスホッケー選手の上原大祐さん(提供写真)

19歳からパラアイスホッケーに取り組み、パラリンピックへ3回出場しており、2010年バンクーバーパラリンピックでは銀メダルも獲得しました。また、選手としての活動以外にも、障害のある子どもたちのサポートを行う「NPO法人D-SHiPS32」の代表として講演する機会も多くあります。

上原さん:もともとファッションには興味があるのですが、これまでのスーツではあまり格好がつきませんでした。スーツを着ること自体を諦めている車椅子ユーザーも多くいたのではないでしょうか。

既製のスーツでは、自分の体に合うものがなかなか見つけることができず、悩んでいたという上原さん。しかし花菱のスーツに出会ってからは、これまでのスーツの悩みが解消され、一気に5着も新調したのだとか!

上原さん:花菱のスーツは着るだけでおしゃれに見えるし、着心地がよくて、楽に動けるのがお気に入りです。車椅子仲間からも「それはどこのスーツ?」と必ず聞かれるんですよ。

今後、花菱と一緒にパラリンピック日本代表選手たちの式典用スーツも作りたいという夢もあるのだそうです。

大切なのは障害の有無に関わらず、おしゃれを楽しんでもらえること

花菱は長年スーツのオーダーメイドを続けてきた強みを生かすことで、誰もが衣生活を楽しめる社会を目指しています。

野中さん:車椅子の方であろうと、そうでない方であろうと、みなさんが花菱のスーツを着て「かっこいいね」と喜んでくださることが、私たちにとっては何よりも嬉しいことです。

【写真】オーダースーツと並ぶ花菱代表取締役の、のなかまさひこさん

おしゃれはより自分らしくいるための手段の1つ。車椅子ユーザーが格好よくスーツを着こなせることは、本人だけでなく、きっと悩んでいる姿を見てきた家族や友人も嬉しいはず。格好よく堂々とスーツを着こなす姿をみられるのは、誇らしくもあります。何度もヒアリングして、こだわりをたくさん詰め込んだスーツは、たくさんの車椅子ユーザーのおしゃれの幅を広げるのではないでしょうか。

花菱の車椅子利用者向けオーダースーツが気になる方は、ぜひお近くの店舗に足を運んでみてください。

関連情報:
花菱縫製株式会社 ホームページ
車椅子利用者向けオーダースーツ ホームページ
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※ご来店時には事前の予約が必要です
※レディースの車椅子利用者向けオーダースーツは2018/9/7発売開始予定です

(写真/野田菜々)