遠く離れてなかなか会えない友人の動向を知ったり、気になるニュースに出合ったり、自分自身の「今」を伝えたり。インターネットやSNSはもはや、私と社会をつなぐ大切な暮らしの一部となっています。
暮らしの一部、だからこそ、楽しいことだけでなくちょっと悩みを打ち明けたり、不安な気持ちを書き込むことも。そんなとき、励ましのメッセージをもらって勇気付けられた経験は一度や二度ではありません。
問題が指摘されることも多いインターネットですが、良い面もたくさんあるもの。
今回ご紹介するのは、そんなインターネットの利点を生かす、軽度〜中度のうつ病がある人のためのサービス「U2plus」です。
うつ病治療で最も選ばれている「認知行動療法」をネットで、気軽に
2011年にスタートしたインターネットサービス「U2plus」。このサイトがつなぐのは、軽度〜中度のうつ病を抱える人々です。まだあまり普及していない「認知行動療法」をインターネット上で気軽に、しかも無料で実践※できるだけでなく、うつ病患者同士のポジティブな励まし合いや情報共有ができる仕組みが共感を呼んでいます。(※医療行為を行うものではありません)
「認知行動療法」は、うつ病の治療プログラムとして世界で最も選ばれている心理療法です。ここでいう「認知」とは、「考え方」や「事実の捉え方」のこと。一つの出来事に対する「認知(考え方)」のバリエーションを増やすことで、不安や落ち込みから抜け出せなくなりがちなうつの状態を改善し、良い循環へと変化させていく手助けを行うのが認知行動療法の特徴です。
サイトの仕組み等は臨床心理士でこの療法の専門家である小堀修氏(英・スウォンジー大学)が監修し、精神科医からも推薦を受けるなど、専門家からも支持されています。
たとえば「U2plusにログインできた」という小さな「できた」でも、書き込むことで「いいね!」「すごい!」といったボタンで他の利用者から反応が返ってきたり、自分もボタンで励ましを送れたり。フィードバックを即座に投げかけあえるインターネットならではのコミュニケーションは、気分をちょっと前向きにしてくれます。しかも、あくまでもポジティブなメッセージだけを送りあえるよう工夫されているため、場全体が居心地よく、あたたかなコミュニティになっています。
2014年に行った会員向けアンケートでは、約80%のユーザーが「効果がある」と回答。さらに2017年、当時この事業の運営主体であった株式会社LITALICOと鳥取大学が共同で行った研究では、U2plusの利用によって抑うつ、ストレス反応、行動活性化などにポジティブな変化が見られたことがわかっており、このサービスの有効性が科学的にも実証されているといえます。
2018年現在、登録者数は約2万人。今も多くの人がこのサービスを活用し、「ともに一歩前へ」をめざしているのです。
「自分の経験を生かし、うつ病にアプローチを」。創業者・東藤泰宏さんの思い
このサービスを開発したのは、東藤泰宏さん。東藤さんは自身が過労によってうつ病になったことをきっかけに、サービスの開発を思い立ち、起業を果たしました。
開発に至る思いについて、東藤さんはHPにこんなメッセージを寄せています。
IT業界で働いていた2008年に過労によってうつ病になりました。やっと休職できたときは、ひたすら眠り続けていたので、あの年の夏がどんなだったのか記憶がほとんどありません。
症状が落ちついてきて周りを見渡せば、親類、かつての同僚、友人たち、友人の友人、みなあまりにうつ病によって大変な思いをしていました。うつ病はIT産業特有の問題かとも思っていたのですが、日本全体に広がる巨大な問題でした。
だれかが、状況を変えなくては。自分は医療やカウンセリングの専門家ではないけれども、IT業界に身を置いた経験を活かしたアプローチで今までにないことができるかも知れない。そう思いました。
―U2plus「編集長メッセージ」より一部抜粋
そして2015年3月には、LITALICOへと事業譲渡。
残念ながら2018年3月に一度サービスを閉鎖することになったものの、SNS上には「なくさないでほしい」というユーザーの継続を要望する投稿が溢れました。「多くの人に愛されるサービスを引き継ぎたい」という思いから、現在は株式会社cotreeがU2plusを譲り受け、管理運営を行っています。
ここは、日常を支える場所。孤立感をやわらげる一助になれば
こちらがU2plusのログイン画面。トップページでは、サービスの仕組みや使い方が丁寧に説明されています。
U2plusの機能は、次の3つ。
「FanCan」・・・うつ病により「できなかったこと」に目を向けがちなところを、「できたこと(can)」「楽しめたこと(fan)」を記録。これを習慣づけすることで、自分自身の可能性を探すようになります。書き込みに対し「いいね!」「すごい!」などのボタンを互いにつけあうことで、利用者同士の励まし合いも生まれます。
「u2サイクル」・・・ある一つのできごとから、どのようにして気分や体調が悪くなるのかをあえて可視化。思考のパターンを客観的に知ることができ、自分自身のうつ病のサイクルに気づくための「地図」を作ります。投稿には「よくわかる!」のボタンでレスポンスができます。
「コラム」・・・つらい気分のときに、別の見方、考え方を探す練習をする場。「つらい」という感情の内側をさらに書くことで、一歩引いて冷静に状況を振り返る自分を育てることができます。
すべての書き込みは会員同士で共有されますが、非公開も可能。また、自身の活動レベルによって上位に表示される書き込みが変わります。
こうした機能を備えたサイトを、ユーザーはどのように利用しているのでしょう。運営主体である株式会社cotreeの代表・櫻本真理さんは、こう話します。
U2plusを自分の居場所のように使っている方が多いと感じます。機能としては認知行動療法の一環だけれど、日記のように使っている方もいて、その気軽さも多くの方に愛されている理由ではないでしょうか。
今の閉じこもった状態から一歩踏み出したいけれど、直接人と顔を合わせて繋がるのはしんどい。そんなとき、U2plusなら名前も出さず、やりたいときにアクセスをすればいいんです、と櫻本さん。
小さな書き込みでも他のメンバーに見てもらったり、楽しかったことや嬉しかったことに対して反応があったり。そんな体験を通じて、少しでも外との接点を持ってもらえたらと思います。
以前soarでも紹介した個人向けオンラインカウンセリングサービス「cotree」や、スキルシェアサービス「takk!」など、インターネットというテクノロジーを活用した独自のサービスを多数提供している株式会社cotree。彼らがU2plusの運営も手がけることを決めた理由について、櫻本さんは「うつ病を抱える方を専門家につなぐことは重要ですが、それだけでは足りないところもあると思っていた」と話します。
専門家への相談はあくまでも特別な場所で、お金を払って時間を作るスペシャルな場。しかし、そこから出た日常のなかで誰と会うのか、何をするのかというところがむしろ本質であるとも言えます。
U2plusがあれば、日常のなかでお互いに励ましあえるし、自分が弱っていることも発信することで誰かの役に立てることもある。そんな『お互い様』の世界を作ることができているのかなと考えました。
楽しいことを増やし、つらいことを分かち合う。インターネットにあたたかな場を、これからも。
私がU2plusの取り組みを知って、改めて気づいたこと。それはSNS上で誰かに贈る「いいね!」が、いつの間にか自分自身のことも励ましている、という事実でした。たくさんの人たちに支えられ、自分自身も支える一員となっている。それは現実社会も同じことですが、インターネットのほうがよりシンプルに、クリアにその事実に触れられる気さえしてきます。
自身がうつ病を抱えながら、だからこそ全国にいる同じ状況の人たちと「みんなで一歩前に進む」ことをめざした創業者の東藤さん。そして今、その思いを受け継ぐ株式会社cotree。さまざまなバトンをつなぎながら、今U2plusは多くの人たちの「居場所」となっています。
楽しいことを増やし、つらいことを分かち合う。一番大切な「回復したい」という本人の意志を増幅させる場所にしていきたい。
この東藤さんの切なる願いが、これからもインターネットという空間に灯るあたたかな光となり続けるように。多くの人にこのサービスが伝わり、広がることをいま、願っています。
(写真/田島寛久)