【写真】真剣な表情のたにやまだいざぶろうさん

ああ、またあの子と一緒のクラスになっちゃった。

これは、中学2年のときのクラス替えで思った私の本音です。同じクラスになったリーダー格の女の子は、人をいじって笑いをとるのがとても上手でした。

ときにはその矛先が私に向けられることも。だから、クラスメイトが「いじめでは?」と思えるようなひどいイジリを彼女から受けていても、私には止めることができませんでした。それどころか、彼女と一緒になって笑ってしまうことさえありました。

けれど今でもわからないのです。あのとき、私はどうすれば、自分の身を守りながら行動を起こすことができたのでしょうか?

「いじめをやめよう」というのは、いつの時代にも声高に叫ばれています。現に、私が幼い頃にはすでにそんな声が聞かれましたが、15年を経て、2児の母となった今でもやはり、同じようなことが言われています。

しかし、それによっていじめがなくなることはありませんでした。それどころか、SNSの登場によって、いじめはより陰湿に、巧妙になっている気さえするのです。

それでももしも、自分のことを棚に上げて言わせてもわせてもらえるのなら、やっぱり親としては、娘たちに、いじめたり、いじめられたりしてはもらいたくない。

ストップイットジャパンの代表である谷山大三郎さんのことを知ったのは、長女の小学校入学をひかえ、そんな気持ちを強く持つようになっていたタイミングでした。

谷山さんが普及している「STOPit」という新たなツールは、いじめられている本人だけでなく、いじめやパワハラに加担したくないと思いながら声を上げられずにいる人たちに勇気を与え、これまで変えられないと思っていた“いじめの現実”を変える、新たな手段を提供してくれたのです。

アメリカの少女のいじめをきっかけに生まれた「STOPit」

【写真】すとっぷいっとのサイトのトップページの一部。最先端のテクノロジーで様々なリスクを軽減しましょうと書かれている。教育機関向け、企業向け、すとっぷいっとについて、というボタンがある。

「STOPit」は、いじめに遭遇した子どもたちから寄せられた匿名の「報告・相談」を通じて、いじめをやめさせるためにできたプラットフォームです。提供先は、学校や自治体、企業など。導入後は、子どもたちがモバイルアプリやPCを使って、管理者に動画やスクリーンショット、画像、メッセージを匿名で送ることができるようになります。

いじめを相談・報告できるツールは他にもありますが、STOPitでは、報告・相談者の許可を得た上で学校と連携することで、実際に、いじめを解決することにつながります。また、STOPitを導入した、という事実そのものが、いじめを未然に防ぐ抑止力となっている側面もあります。

そう話すのは、ストップイットジャパン株式会社 代表の谷山大三郎さんです。

STOPitはもともと、2014年に、アメリカでいじめを苦に自殺した15歳の女の子、Amanda Toddさんのニュースに胸を痛めたTodd Schobelさんが、『こうした現状をどうにかしたい』という思いで開発しました。現在、アメリカでは6000校で導入され、ユーザーは約300万人。

谷山さんが、STOPitを知ったのは、ToddさんがSTOPitを開発した翌年のことでした。ネット記事を読んだ谷山さんは、いてもたってもいられなくなったそうです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるたにやまだいざぶろうさん

ほとんど直感でした。「これであればいじめをなくせるかもしれない」と思って。すぐに、友人に頼んでToddさんに英文メールを送ってもらい、返信がなくても週に一度はしつこくメールを送り続けました。すると、1ヵ月くらいして「一度、直接会ってお話しがしたい」とToddさんから返信があったんです。

友人と共にアメリカに飛んだ谷山さんは、拙い英語で「あなたが作ったSTOPitを使って、日本の子ども達を救ってほしい」という率直な気持ちを語りました。しかし、Toddさんの返答は意外なものだったそうです。

そこまで本気なら、あなたたちがやるべきではないですか?

谷山さんは、目の覚める思いがしたといいます。Toddさんのその言葉を胸に帰国した谷山さんは、ストップイットジャパン株式会社を設立。急ピッチで日本版の「STOPit」を開発に着手し、翌年には日本での公表にこぎつけました。

いじめを止められる可能性、傍観者の苦しみに気づかされた“いじめ”の記憶

谷山さんを、突き動かしたものはなんだったのでしょうか? そう訊ねると、谷山さんはかつて、自身が小学5年生で経験した“いじめ”について話してくれました。

【写真】いんたびゅーに答えるたにやまざいだぶろうさん

それは、ちょっとした“イジリ”から始まりました。当時から小柄で猫背だった私は、授業で先生にあてられても、緊張して話せなくなってしまうあがり症でした。クラスメイトからイジられてもはっきりと「NO」が言えなかったんです。次第に、イジリはいじめへとエスカレートしていきました。

生徒数が少なくいわゆる単学級だったこともあり、クラブ活動に場所を移しても、またいつものクラスメンバーがいるような状況。谷山さんには、逃げ場がありませんでした。

いじめに加担していたのは、実際には、クラスの男子の内でも5,6人。それでも谷山さんにとっては、まるでクラスの全員から否定されているような気がして、周囲の視線が怖かった、と当時を振り返ります。

いじめについて誰かに相談したことは一度もありませんでした。これは、いじめにあった人特有の感情だと思いますが、「いじめられている事実を、誰にも知られなくない」という思いが強く働いたんです。両親との関係は良好でしたが、だからこそ迷惑をかけたくなかった。「情けない自分を見せたくない」という気持ちがあったんです。

そんなある日、谷山さんの運命を変える出来事が起こります。当時は、メディアで名古屋の小学生がいじめを苦に自殺したというニュースが盛んに報道されていました。声が大きく体育会系だった谷山さんの担任は、「このクラスにもいじめがある! みんなの谷山への態度はひどい」と、学級会の場で口火を切りました。それがきっかけで、谷山さんへのいじめは、一時的におさまったといいます。

【写真】笑顔で質問に答えるたにやまだいざぶろうさん

その一件によって、「いじめを解決できるのかもしれない」と思うことができたし、何より、苦しんでいたのは自分だけではなかった、ということに気づきました。

というのもその後、直接いじめに加担していたわけではないクラスメイトが、「いじめに気が付いていたのに止められなくて、ごめん」と謝りにきてくれたんです。私は、“ああ、自分をいじめていたのは、クラスのみんなではなかったのか”と思い、もしかしたら、いじめをしている人の方が少数派で、どうしていいかわからない人が大半なのではないか、と考えるようになりました。

教員になれなくても、外部から教育に関わることならできる

こうした、いじめにおける成功体験、そして、一緒に暮らすお姉さんが教員だったこともあり、谷山さんは、高校生になる頃には教師になることを夢見るようになります。そこには、教師になれば、かつての自分と同じように、いじめに悩んでいる子どもの役に立てるかもしれない、という思いもありました。

しかし谷山さんの夢は、教員採用試験の高い壁に阻まれ叶うことはありませんでした。千葉大学の大学院へ進むことにした谷山さんは、その後、株式会社リクルートに就職。この選択には、千葉大学在学中から、谷山さんが学生プランナーとして関わっていたNPO活動が深く関係していました。

在学中に所属していたNPO法人企業教育研究会では、『企業と連携し、学校の教科書よりも面白い授業を作って社会と子どもを繋ごう』をテーマに、小・中学校で授業をするプログラムの企画、窓口などを担っていました。それは、たとえば小学校で作る壁新聞を、学校の先生ではなくプロの記者から学ぼうという授業です。進行は、千葉大学に在学する、いわゆる教員の卵が担いました。

その活動によって、未来の教員である大学生たちが学校以外の社会を知れた意義は大きかったといいます。

子どもたちって、教師がわからないと思うことには、意外と空気を読んで質問しないものなんです。それが、相手が企業で働く専門家の人だとわかると、担任の先生が驚くくらい積極的な質問が飛び出すんです。すごい活気でした。

谷山さんたちが運営するNPO法人と共同していた企業は十数社。その中の一つが、株式会社リクルートでした。谷山さんの目に映ったリクルートグループの社員は、やる気に満ち溢れてキラキラしていたそうです。

【写真】リクルートで働いていた当時のたにやまさん。スーツ姿で笑顔でうつっている。

リクルート時代の谷山さん(提供写真)

その後、リクルートで高校や大学をサポートする教育関連の事業を行なっていることを知った谷山さんは、外部からでも教育には携われると就職を決意。しかし、谷山さんの意欲に反して、教育関連の部署で働くチャンスが巡ってくることはありませんでした。

それでも教育への情熱が冷めなかった谷山さんは、7年後にリクルートを退職。再び、学生時代に経験したNPO法人企業教育研究会に戻り、経営企画部の部長として働いたり、千葉大学教育学部非常勤講師として働いたりしていたそうです。STOPitのことを知ったのは、そんな最中のことでした。

せっかくの「報告・相談」を無駄にしない。対応には細心の注意を

ストップイットジャパンの役割について、谷山さんはこう語ります。

いじめは、本人に「相談しましょう」と言っても限界があるし、いじめを見ている周りが止めに入ると、今度は自分がいじめられる恐れもある。STOPitという名前には、「何かを止める」という意味があって、第三者が人目を気にせず「友達を助けたい」と言うことができるのが最大の特長です。私たちが目指しているのは、「誰かを助けたいと思う子どもの気持ちを形にしたい。そうできる社会を作りたい」ということなんです。

【写真】すとっぷいっともばいるのろぐいん画面。真ん中にすとっぷいっとと書かれていて、下にアクセスコートを入力、もしくはきゅーあーるこーどを読み取るというボタンがある。

STOPitモバイルアプリのログイン画面

日本版のSTOPitは、2016年6月に大阪府の私立中で導入されたのを皮切りに、翌年には、千葉県柏市の20校で導入されました。現在は、182校で導入され、約6万6,000人(2018年11月20日現在)が利用しています。

料金は生徒一人あたり年間数百円ですが、学校や企業等の規模によっても柔軟に対応しているそうです。

STOPitの普及にあたって、最初に行なったのは教育関係者へのヒアリングです。各学校に意見を求めてわかったのは、是非とも導入したいと言ってくれる学校もいれば、「これは生徒にスマホを持たせるための施策では?」「学校の問題は、学校が一番に知るべきではないか」というネガティブな意見もあることでした。

「報告・相談」の受け手を誰にするのか、というのも大きな問題でした。最初は、学校で管理する案も持ち上がりましたが、十分な体制がとれないなどの理由から、多くの場合、その役割は、教育委員会が担うことになりました。一部の自治体では、教育委員会だけでは対応する人員に限りがあることから、外部の心理カウンセラー等が対応する専用窓口へ委託することもあります。

【写真】インタビューに答えるたにやまだいざぶろうさん

受け手が教育委員会の場合、対応にあたるのは「電話相談・メール相談」や「生徒指導関連」の部署の職員や心理カウンセラーなどです。その際、谷山さんが口を酸っぱくして伝えているのが、「絶対に一人で対応しないでほしい」ということ。

生徒からの「報告・相談」に対して、対応を間違えることだけはなんとしても避けてほしいと思っています。なんでもかんでもすぐに返信するのではなく、内容によっては、専門家に意見を仰ぐなど時間をかけて、慎重に対応していただくようにしています。そのため、あえて、子どもたちのチャット画面には「既読」は表示していません。今の子たちは、既読になってから1分でも待つとイライラしてしまいますから。

また、STOPit最大の特長といえばその「匿名性」。生徒の匿名性は、どのようにして守られているのでしょうか?

学校名と学年までは表示されますから、限定的な匿名性ですよね。相談内容によっては、「報告・相談」してきた子どもに、電話相談や面談でのカウンセリングを提案することもあります。ただ、そうした場合を除くと、投稿者が特定されてしまうような質問をすることは基本的にありません。学校に報告するにしても、必ず、本人の了承を得るようにしていただいているのです。

さらに、生徒本人に了承を得たからといってすぐに学校に連絡するのではなく、どう対応するのかは、教育委員会で慎重に判断しているそうです。

「学校への報告」にここまで細心の注意を払うのには、「報告・相談」した子どもの匿名性を守る以外にも、STOPitに寄せられている内容を、しっかりと精査した上で学校に報告するという手順を踏む意味もあるそうです。

【写真】真剣な様子でインタビューに答えるたにやまだいざぶろうさん

子どもの主観によって同じ出来事でもまったく意味合いは変わってくるので、「報告・相談」された内容と、いじめの事実が一致しているのかをしっかり調べる必要があるんですね。

生徒の“勇気”を預かるには、大人との信頼関係は欠かせない

ただ、私にはどうしても引っかかっていることがありました。それは、STOPitに「相談・報告」があったときの最終的な判断が、教育委員会や学校といった、“大人”に委ねられている点です。

子どもたちの中に“大人”への信頼がなくては、私だったら、やっぱり相談や報告はできないかもしれないです。

私がそう言うと、谷山さんは、真剣な顔で頷きます。

【写真】真剣な様子で質問をするライターのたけすえあきこさんと、丁寧に答えるたにやまだいざぶろうさん

私もそう思います。そういう意味においても、STOPitはツールに過ぎないんです。大切なのはやっぱり、教室に蔓延するストレスを減らすこと。つまり子どもたちが常日頃から過ごしている環境そのものをよくしていくという、アナログの取り組みとセットであることが大切です。それには周囲にいる大人、特に、学校の先生によって変わる部分が大きいので、教員がいじめへの感度を高めていかなければなりません。大人はもっと、子どもの見本にならなければいけませんよね。

そうした意識を、子どもだけでなく、大人にも持ってもらうためにはどうすればいいのか。谷山さんは、STOPitをスタートした当初からそのことについて考えていました。そして、千葉大学の協力を得て、STOPitの導入に際し、出張授業を実施することを思いつきます。

【写真】出張授業をしているたにやまさん。黒板の前で身振り手振りを交えて楽しそうな様子で説明している。

出張授業の様子(提供写真)

出張授業では、STOPitを使うときにどういった気持ちを持つことが大切で、実際にどう行動すべきか、自分にいじめの矛先が向けられないためにはどうしたらいいのか、という実践的なことをお話しています。

また、「クラスの雰囲気がいじめにどう関係するのか」「一人ひとりが他人を心配することができれば、いじめはそんなに頻繁に起こるものではない。もし起こったとしても止めさせることはできる」ということも必ず伝えています。その際には必ず、担任の先生にも授業に参加してもらっています。

谷山さんが、確信を持ってそう伝えられるのには、こんな裏付けがあります。

千葉大学・静岡大学・名古屋大学の合同研究(※1)によって、「いじめが起こったときに、クラスでいじめられている子を心配する人の数が多ければ多いほど、また、いじめはいけないと思っている人が多ければ多いほど、いじめを止めようとする子どもが増え、いじめは止まる可能性が高まる」ということがわかりました。

実際に行動を起こすことは大事。だけれども、子どもたち一人ひとりがいじめに対して「どう思っているのか」もまた、いじめの抑止力になる。その言葉に救われる人は多いのではないでしょうか? 

そしてそうした事実がまた、あと一歩を踏み出したいと思う子どもたちの、背中を押すことにもつながっているのです。

「いじめかも?」でもいい。辛いことを周囲に知ってもらうことが大切だから

STOPitの具体的な成果については、すでに、平成29年度の柏市の事例で明らかになっています。柏市の「少年補導センター」では、以前から電話やメールによる相談を受け付けていましたが、STOPitが加わったことで、翌年からの相談件数が、約9倍にも跳ね上がったのです。(※2)

実際、STOPitは子どもたちにどのように活用されているのでしょうか?

【写真】インタビューに答えるたにやまだいざぶろうさん

たとえば部活動の先輩から殴られている、金品を奪われている、などの明らかに犯罪だと思われる相談や報告も中にはあります。その際には、教育委員会が本人と連絡をとり学校側に伝えました。学校では事実関係を調査した上で、実際に、生徒を指導したそうです。

そうした明らかな「いじめ」の「報告・相談」もあれば、こんな事例も。

夏休み中、クラスメイトのLINEのプロフィールに、自殺をほのめかす内容が書き込まれているのを別の生徒が見て、心配して「報告・相談」してきてくれました。この場合、連絡をくれた生徒の意向がすぐに解決を求めるもので、そのクラスメイトが誰であるのかも伝えてくれたので、すぐに教育委員会から学校に連絡して、学校からクラスメイトの保護者に連絡しました。

結果として、「ふざけ半分で書いた」と本人は話したそうですが、この「報告・相談」がきっかけとなって、保護者と生徒の間では話し合いの場がもたれました。継続的なケアが可能な状態となったのです。

谷山さんは、「この事例のように、たとえ結果としていじめではない可能性があっても、思い込みかもしれないと思っても、周囲がその状況を心配して行動することが大事。迷わず『報告・相談』してほしい」と、強調します。

いじめは早ければ早いほど解決しやすい。結果がどうであれ、その子が辛い状況にあることは発信しないとわからないですよね。私自身、経験者だからわかるんです。いじめとイジリのボーダーは曖昧で、だからこそ、自分だけが我慢していればいいと思ってしまいがちです。

ですが、ある日突然、我慢の限界に達します。だからこそ、なにか違和感を感じたら、すぐに誰かに相談してほしい。そして、そうした子どもたちの相談に対して、周囲の人がすぐに応じられる社会になってほしいですよね。これは会社などで働く大人にも言えることだと思っています。

教員のひと言で、いじめが加速することもある

【写真】手振りを交えて説明するたにやまだいざぶろうさん

STOPitを導入したことで救われているのは、生徒に限った話ではありません。学校の先生たちからもまた、こんな声が上がっているといいます。

いじめがないと思っていたわけではないけれど、STOPitによって、今まで気づけなかったいじめまで発見できるようになりました。

STOPitの導入によって負担が増えるかと思っていたら、むしろ早めにいじめに早期発見、早期介入することで、業務的な負担は軽減しました。

谷山さんは、そうした「思い込み」と「現実」のギャップにも目を向けていく大切さを実感しています。それは、大人のちょっとした対応で、生徒の運命が大きく変わることもあるからです。

たとえば、生徒が嫌がる相手にプロレスごっこをしていたときの教師の対応で、「ほどほどにしておけよ」という教員が言うと、生徒の頭の中では、「ここまではしてもいい」という、都合のいい脳内変換が行われてしまうこともあります。

そこから始まるかもしれない現代のいじめは、谷山さんの時代よりもずっと過酷なものだといいます。

いじめの根底にあるのが、同調圧力であることは今も昔も同じです。ただ、今の子どもたちは、SNSのグループラインで全員とつながっていることが多く、24時間、心が休まる暇がありません。実際には数人による中傷であっても、全員に「既読」がつくことで、まるでみんなからいじめられている気持ちになってしまうと思うんですよね。それは本当に苦しいことだと思います。

子どもたちの可能性を広げることが、大人の役割

【写真】街頭を歩くたにやまさんとライターのたけすえあきこさん

私たち大人ができる、具体的なアクションとはどのようなものでしょうか? 谷山さんは言います。

一つは、家と学校以外の、第三の居場所を増やすことです。今は子ども食堂や放課後子ども教室などの居場所ができてきたので、「学校がすべて」という環境ではなくなってきていると思います。これにより、学校でのいじめは犯罪ではない、という風潮も変わってくるのではないでしょうか。

そして二つ目は、学校と社会の風通しをよくしていくことです。たとえば、私が以前から続けている、企業による出張授業などもそうです。外部の人が学校に来て、学校以外の価値観を提供することで、生徒は少し先の未来を知ることができる。学校以外の正解を知ることができます。

そして三つ目は、「多様性を知ること」だといいます。これは子どもだけでなく、大人の側にも必要だと、谷山さんは考えます。

これまでのいじめの構図は、少数派がいじめられることが多かったと思います。けれどもそれは、いわゆるマイノリティと呼ばれる人たちへの理解が足りなかった証拠だと思うんです。多様性を理解することで、いじめを生み出す同調圧力はなくせると思っています。

谷山さんは今年、多様な性を理解するための教材開発をスタートさせました。これまでの50分間の授業とはまた違った構成で、15分間程度の映像を制作し、体は女性、心は男性という主人公によるドラマを活用。多様な性への理解をきっかけに、自分らしく生きることの大切さを深めていこうとしています。

見据えている未来を、谷山さんはこう語ります。

私が目指しているのは、「もう私達にSTOPitは必要ありません。自分たちでいじめが起こりにくい、そしていじめが起こってもすぐに止められる学校を作っていきます」と、学校から言われることです。普及段階にある現在の活動とは矛盾しているし、理想論だと思われるかもしれない。ですが、それがストップイットジャパンの長期的な目標なんですよね。

そのためにも今は、いじめから逃げることは恥ずかしいことじゃない。そして、助けたいと思ったときに、助けられなかった後悔は大人になっても忘れられないということを、子どもたち、そして、大人たちにも伝えていきたいと思っています。

【写真】街頭で真剣な表情をみせるたにやまさん

STOPitが“小さな一歩”を後押しするように、大人ができることを考えたい

谷山さんの言う「大人は子どもの見本にならなくては」という言葉が、重く響きます。

言い換えるとそれは、「STOPit」のない未来を実現させるとき、学校よりも、まずは企業に導入した「STOPit」を先になくせる社会でなければならない、ということだからです。私たち大人が、社会にはびこるパワハラやセクハラ、暴力などに声をあげられなければなりません。

それだけではありません。子どものいじめは、多くが学校で起こっています。しかし、その要因のすべてが学校にあるわけではない。いじめの種は、家庭のなかにだって隠れているのではないでしょうか。

もちろん「いじめ」はあってはならないし、いじめられている子たちの気持ちが最優先されるべきです。だけどそう考えると、もしも、いじめをしている側の子どもたちの悩みや苦しみが、大人によって生み出されているとするなら、その子たちもまた、大人によって生みだされた被害者なのかもしれない、という気がしてくるのです。

ただ、親子の間にSTOPitのようなツールはないから。やっぱり、私は大人としてもっとしっかりと子どもを見て、その微細な変化に気づいてあげたいと思うし、自分の子どもだけではなく、その友達にも注意を払うなかで気づいた、“ちょっとした変化”を伝えあえる、親同士のコミュニティが必要だと思うのです。

そうしたコミュニティを築いていくことで、守れる未来もあるはず。「小さな一歩を踏み出すことの大切さ」を谷山さんが教えてくれたから。まずは「そのために何ができるのか?」を考え、自分なりに子どもたちのためにできることを考えていこうと思います。

【写真】木々と川を背景に、笑顔でうつるたにやまだいざぶろうさんとライターのたけすえあきこさん

(※1)「小・中学生におけるネットいじめの芽の経験,深刻度の認識,対処の自信と対処行動についての調査」より参照。詳細はこちらから

(※2)データ元は、平成29年度産官学連携によるいじめ防止対策事業の実施結果報告〜柏市での「脱いじめ傍観者教育」及び匿名報告相談アプリ「STOPit」の取り組み〜」by 千葉大学プレスリリース (2018/5/10)。詳細はこちらから

関連情報
ストップイットジャパン株式会社 ホームページ

(写真/高橋健太郎)