レモネード販売しています!
しとしと続く梅雨が明け、夏の暑さがようやく訪れた7月20日。横浜西地区センターの一角から、子どもたちの元気な声が聞こえてきました。地域の納涼祭で出店している「レモネードスタンド」からです。手づくりのイエローの装飾で彩られたかわいらしいブースでは、大人も子どももはじけるような笑顔でレモネードを販売していました。
実はこのレモネードスタンド、小児がん支援のために開かれているブースなのです。
レモネードスタンドを始めたのは、「みんなのレモネードの会」で活動をする小学6年生の榮島四郎さん。3歳の頃に脳腫瘍の小児がんを発症し、手術、抗がん剤治療、放射線治療を経験。8年経った今も通院を続けています。
四郎さんは小学3年生になった頃、同じ小児がん患者の力になれるようにとレモネードスタンドを出店し、集めたお金を募金する活動を始めました。
四郎さん:小児がんは、今もまだ治らない人が多いです。患者さん全員が治るようになって、後遺症も出ないような治療ができるようになってほしいです。
お店には四郎さんのお母さん、榮島佳子さんも一緒に立っていました。四郎さんの活動をずっと支えている佳子さん。二人はどんな思いでレモネードスタンドを始めたのか、お話を伺いました。
子どもの一万人に一人が発症、風邪のような症状から始まる小児がん
小児がんとは、15歳以下の子どもに発生する悪性腫瘍のこと。子ども人口の一万人に一人が発症してしまう病気で、事故などの場合を除くと、4歳以降の子どもが病死する、一番の原因と言われています。
発症時は発熱や嘔吐など、風邪と症状が似ているため、小児がんだとなかなか気づかないことが多いのだそう。四郎さんの場合も、「最初は夏バテや熱中症の症状に近かった」と佳子さんは話します。病院へ行っても「経過観察」と言われ、そのうちに症状がどんどん進んでしまったのです。
佳子さん:当時は小児がんについて情報を得ることが本当に大変でした。抗がん剤を使うとどんな副作用があるの?髪の毛が抜けてしまうの?など。今後どうなってしまうのだろうと、わからないことばかり。まさか自分の子どもが小児がんになるなんて思ってもみなかったので、小児がんについての知識などなく不安だけが募っていました。
四郎さんは4歳で2回目の手術をし、その後抗がん剤や放射線治療を受けました。
闘病中は抗がん剤の影響で髪の毛が抜けてしまったり、苦手な注射に耐えなければならず、四郎さんにとってつらい時間が続いたといいます。
その後、約4ヶ月の入院を経て無事に退院。しかし治療が終わっても、多くの場合は手術の後遺症や晩期合併症と呼ばれる症状が出てしまうと言われており、再発する可能性も少なくありません。
四郎さんも同様に晩期合併症があります。放射線治療により成長ホルモンが出なくなってしまったため、今でも成長ホルモンを増やすための注射はほぼ毎日欠かせません。
きっかけは1冊の絵本から。同じ境遇の人を思って始めたレモネードスタンド
自身が小児がんを経験した四郎さんが、同じ病気の患者支援のために、レモネードスタンドを立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。
四郎さんは、小学3年生の頃に読んだ絵本「ちっちゃなアレックスと夢のレモネード屋さん」との出会いが大きかったと話します。
四郎さん:本の中の少女、アレックスちゃんも小児がんでした。それで、同じ病気で苦しむ人のためにレモネードスタンドを始めたという話を読んで、自分でもやってみたいと思って。お母さんに話したら、「やってみる?」と言ってくれたので、レモネードスタンドを開くことにしました。
佳子さんとレモネードの試作と試飲を進め、初めてレモネードスタンドを出店したのは2016年の12月。四郎さん親子の暮らす横浜で行われた、「横浜西口桁下広場クリスマスイベント2016」への参加でした。
告知のためのチラシは四郎さんの手作り。開催の1か月以上前から制作を始め、地域やスーパーの掲示板やお店で貼ってもらうための交渉も四郎さんが一人で行ったのだそう。チラシにはレモネードスタンドへの思いや小児がんのためのチャリティーであることが、四郎さんの字でびっしりと書かれています。
また、新聞社にも取材依頼を直筆のメッセージを書いて送りました。その結果多くのメディアに取り上げられ、当日は手伝いに来てくれた人や買いに来てくれた人で大盛況となったのです。
四郎さん:「100杯だけにしよう」と話していたんですけど、すごくたくさん人が来てくれたんです。そのときは、320杯も売れました!
その経験をもとに、みんなのレモネードの会を立ち上げ、年に数回、首都圏を中心にレモネードスタンドを出店。レモネードを1杯100円で販売するほかに募金も募り、集まったお金はレモネードスタンドの開催・運営費用や小児がん病棟、研究団体、患者家族会への支援へ充てています。
地域の仲間や患者家族。様々な人の支えがあってこそ
こちらの納涼祭への出店は3回目。四郎さんはプロペラのついたカラフルなキャップを被り、元気にレモネードを販売しています。
小児がん患児の家族や地域の方々、ボランティアの学生など大勢の方が手伝いに訪れ、レモネードスタンドはとても賑やか。毎年手伝いに来てくれている方もいるそうで、久しぶりの再会を楽しむ光景も見られました。
四郎さんが着ているTシャツには、四郎さん自身が描いたレモネードスタンドのキャラクター「レモンちゃん」のプリントが。にっこり笑い、手足をいっぱいに広げている眼鏡をかけたレモンは、四郎さんにそっくりです。
時にはお盆にレモネードを乗せて、お店の場所を離れて販売に行きます。募金箱も四郎さん手作りで、黄色い画用紙にレモンちゃんが描いてあります。
四郎さんの熱意と気温が暑い日だったことも相まって、1日の販売数は221杯!四郎さんも佳子さんも、「夏はレモネードの季節ですもんね」と嬉しそうな表情を浮かべていました。
レモネードスタンドは、患児家族、そして地域との繋がりが作られる場所
このレモネードスタンドは、小児がんに関連する募金活動としてだけでなく、患児やその家族、地域の人たちを繋げる場にもなっていると2人は話します。
四郎さん:学校の友達や同じマンションの友達、知らない人も遠くからお手伝いに来てくれることが嬉しいです。小児がんを経験した大人が、レモネードを飲みに来てくれて、「自分も同じ病気だったんだ」と、声をかけてくれたこともあります。
佳子さん:私は四郎が入院したばかりのとき、先に小児がん病棟に入院していた子どもたちのお母さんやお父さん方にとても支えられました。治療のことはもちろん、”どうしてこんなことになってしまったんだろう”という思いや不安も共感してくれて、励みになりました。レモネードスタンドには患者家族が会いに来てくれるので、同じ悩みをもつ方々が知り合うきっかけも作れていて、嬉しいです。
嬉しいつながりが増える一方、時には「生きていることを自慢している」「自分は元気で幸せだ」など心ない言葉をかけられるもあるそうです。
佳子さんは相手の状況を想像し、「もし息子が小児がんにならなければ、同じような言葉を投げかけていたかもしれない。自分がそうなって、その立場にならないと分からないこともあるなと思う」と話します。
四郎さん:落ち込んでいた時は、患児家族のお母さんやお父さん、レモネードスタンドの活動で知り合った大人のがん患者さんなど多くの人が励ましてくれました。「そういうこともあるから、心配しないで」「大丈夫」って。みんなにそう言ってもらえて、立ち直れました。
さらに四郎さんは、レモネードスタンドを続けていくことで、悲しい思いをする人が減るのではないかと考えます。
四郎さん:小児がんにかかった人の治療が成功すれば、辛い思いをする人もいなくなるはず。出来ることはやりたいので、これからも募金は続けていけたらいいなと思います。みんなが元気になって欲しいです。
小児がんのことを伝えたい。四郎さんの思いが詰まった絵本『ぼくはレモネードやさん』
2019年8月30日には、四郎さんが作った絵本『ぼくはレモネードやさん』が出版されます。
こちらは、昨年の秋に自己紹介のために四郎さん自身が制作した紙芝居をもとに、今回の出版のためエピソードを追加して描き直したもの。小児がんとはどういう病気なのか、四郎さんがどんな経験したのか、「ネガティブ」な部分も含めて伝えたいという思いが詰まっています。
絵本はレモネードスタンドやさんの楽しそうな風景から始まり、治療中のつらい思いや副作用で髪が抜けたときの悲しみなど、四郎さんの闘病中の記憶が描かれています。
しかし、それだけではありません。入院中の友だちとの楽しい思い出や家族がお見舞いに来てくれたエピソードなど、嬉しかった出来事も綴られているのです。
四郎さん:入院はつらかったけど、嬉しかったことはよく覚えています。小児がんはどういう病気なのか、治療が終わってからもずっと病院に通わなければいけなかったり、後遺症や他の病気が出たりすること。小児がんについていろんなことを知ってもらえるような絵本になったと思います。
絵本は1冊1,620円で販売。売り上げの一部は小児がんに関係する団体や患者家族の支援のために寄付されます。
300才まで生きて、レモネードスタンドを続けることが僕の目標
絵本のなかで、四郎さんはこんな夢を語ります。絵本に込めた四郎さんの優しく暖かな思いは、きっと様々な人のもとへ届き、小児がんでつらい思いをする誰かの力なってくれることでしょう。
自分にできることを、“無理なく、ゆる~く、楽しく”頑張りたい
これからも小児がんと一生付き合っていく四郎さんは、”無理なく、ゆる~く、楽しく”頑張りたいと絵本に綴ります。
四郎さん:レモネードを売っていると、時々疲れてしまいます。その時は休んで、折りたたみ椅子に寝転がっています。これからも一生病院には通わなければいけないので、頑張っていこうと思います。
自分が頑張れる範囲で、同じ病気の人のためにやれることをやる。元気よくレモネードを販売する姿は、自分ができることを精一杯楽しんでいるように見えました。
レモネードスタンドに行ってみる、絵本を手に取ってみるーー。日々の行動に一つプラスしてみると、今まで知らなかったことに出合えるきっかけが作れます。
四郎さんの活動が一人でも多くの人に小児がんを伝えるきっかけとなるよう、まずは当事者やその家族の想いを「知ろう」とすることを、ぜひ始めてみてください。
関連情報:
「みんなのレモネードの会」 ホームページ
榮島四郎さん著『ぼくはレモネードやさん』
(ライター/もりやみほ、編集/工藤瑞穂、写真/馬場加奈子、協力/谷垣内絢子)