【写真】ネフローゼ症候群の子どもと遊ぶみよしゆうやさん

「やりたいことは何ですか」と問われたら、みなさんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか。休日の過ごし方、将来の目標・・・・・・いろいろな答えがあると思います。

「何も思いつかないな」という答えもあるかもしれません。たとえば、一緒に生活していた家族が病気で入院したとき、私はそうでした。失われた「いつも通り」を何とか取り戻そうと必死で、これからのことを前向きに考える元気がなくなってしまっていたのです。

歩くはずだった道をそれ、その先にどんな将来が待っているのかと不安になるとき、足元を照らし、一緒に歩いてくれる人がいればどんなに心強いでしょう。

三好祐也さんは、そんな伴走者の1人です。慢性のネフローゼ症候群という自身の病気と向き合いながら、同じように病気と闘う子どもたちの生きる道に明かりを灯しつづけています。

病気の子どもたちを支える三好さん

今回紹介する三好さんは、認定NPO法人ポケットサポートの代表理事として、病気で長期にわたる療養が必要な子どもたちの学習と復学の支援、彼らの自立を助けるための講演活動などを行っています。

三好さん自身も幼少期にネフローゼ症候群を発症し、義務教育のほとんどの時間を病院で過ごしました。現在も治療を続けながら活動をしています。

【写真】笑顔でインタビューに応えるみよしゆうやさん

ネフローゼ症候群は、尿から大量のたんぱくが出るために血液中のたんぱくが減少する疾患です。体のむくみや腎機能の低下に加え、さまざまな合併症を起こすこともあります。国立成育医療研究センターによると、日本では1年間に小児人口10万人あたり約6.5人が発症しています。ほぼ半数は5歳未満で発症していること、男の子は女の子の約2倍近くに及ぶことなどもわかってきています。

療養のために普通の小学校や中学校に通うことが難しくても、勉強をしたり友達と遊んだりする場所が病院の中にあったことで、当時の三好さんは楽しみを見いだし、経験したことの一つ一つを将来につなげていきました。そして、今ではかつての自分と重なる子どもたちを助ける立場に。

今回はポケットサポートの活動にいたるまでの軌跡と、病気の子どもたちの教育にかける思いを聞きました。

島を走り回っていた生活が一変

瀬戸内海に浮かぶ香川県の島に生まれた三好さんは、とても活発な男の子でした。休みの日は家族と一緒に海へ行き、泳ぎを覚えるより先にサーフボードにつかまってサーフィンを楽しんでいたのだそうです。

友達と遊びたい。幼稚園に行きたくてしょうがない。はしゃぎ回りながら迎える朝がいつもと違っていたのは、5歳のクリスマスの頃でした。

しんどいから幼稚園に行きたくない。

珍しく両親にわがままを言った三好さん。それまで目立った症状はなく、三好さん自身もなぜ体がだるいのかわかりませんでした。

三好さんは次の日も、ぐったりしたまま「行きたくない」とこぼします。様子がおかしいと察した両親は幼稚園を休ませ、海を渡って岡山の病院へ三好さんを連れて行きました。

さまざまな検査の結果、ネフローゼ症候群を患っていたことが判明。症状は重く、その場で入院することが決まりました。

三好さんも家族も、当時は「何で急に?」という戸惑いの気持ちでいっぱいでした。生まれ育った島や大好きな友達と離れたまま、三好さんの病院での生活はこうして突然に始まったのです。

病院の中の学校が入院生活を支えた

本格的な治療に専念するため、三好さんは岡山大学病院に移りました。病院の中ではすぐに友達ができ、寂しさはなかったといいます。

ただ、体を自由に動かせず、今まで当たり前にできていたことができなくなっていく毎日は、快晴の空のような三好さんの心を少しずつ曇らせていったのです。

今まであんなに元気に海に飛び込んでいた僕が、急に動いてはいけない、ここから出てはいけないと言われて。食事と水分摂取の制限があったので、好きなものも食べられなかった。それが一番苦しかった気がします。

限られた空間でじっと病気と向き合う中で、「このままどうなってしまうんだろう」という不安やもどかしさがあったのかもしれません。三好さんはそれでも、そんな黒々とした気持ちの隙間から届く光を見失いませんでした。

【写真】子どもの頃の入院体験を支えてくれた仲間と並ぶみよしさん

三好さんを支えてくれた多くの人たち

一緒に闘病している仲間がいて、自分はひとりじゃないと思えました。それから、「今日はテレビゲームができる」とか「今日は本を読めるくらい元気」とか、自分なりの表現でそのときの体調を伝えていました。周りの人がそれに合わせてサポートしてくれて、心強かったです。

普通の小学校に通うことが難しくなっていた三好さんを支えたのは、長期間入院が必要な子どもたちが勉強やレクリエーションを楽しめる「院内学級」でした。

【写真】小児病棟のクリスマス会で寸劇をするみよしさん

小児病棟のクリスマス会で寸劇をしたときのお写真

短い時間でも友達と話や宿題ができる。どんなこともうれしかった。ずっと病院のベットの上にいると、やっぱり僕は病人なんだなと思ってしまうんです。でも、院内学級では通常の学校に通う小学生と同じように接してもらえる。勉強をさぼって叱られたりとか、「先生の話長いなー」って友達と愚痴を言い合ったりとか(笑)。

夏休みには友達とテレビゲームの大会に出たいと願い出て、全国大会で優勝したこともあったのだそう。病気であることを忘れてしまうくらいの楽しい時間が、曇りかけていた三好さんの心を晴らしていきました。

病気の子どもたちの力になりたい

三好さんの入院生活は中学2年生のころに一段落し、その後は岡山の高校、さらに岡山大学へと進学します。通院している大学病院と同じ大学に入ったことは「本当にたまたま」だったそうですが、この縁が将来、三好さんを病弱教育(病弱児教育)の世界へ導くことになるのです。

三好さんは、幼少期にお世話になった看護師に声をかけてもらい、大好きな院内学級で何か恩返しができればとボランティアを始めました。

【写真】院内学級のボランティアで勉強を教えるみよしさん

子どもたちの勉強を見たり、話し相手になったり。卒業生である三好さんと出会い、「三好くんみたいな大学生になりたい」と話す子もいたそうです。夢や希望をのびのびと語る子どもたちとふれ合ううちに、三好さんの中には彼らのために何かできないかという思いが芽生えていきました。

【写真】ボランティアをしていた大学時代のみよしさん

大学時代にボランティアをしていた頃の三好さん

自分の体調と向き合ったうえで、どうすれば病院の子どもたちにずっと関わり続けることができるだろう。

考えた末に出した答えが、ポケットサポートの設立でした。

子どもたちの「空白」を豊かに。ポケットサポートの活動

ポケットサポートは、長期の入院や療養などで学習・体験の機会を失ってしまう子どもたちを支援する認定NPO法人です。不足しがちな学習と社会体験を補ったり、こうした子どもたちが社会で孤立しないための啓発活動に取り組んだりしています。

年齢に関わらず、学習を始められるタイミングは子どもたちの体調によってさまざま。ポケットサポートでは、子どもたちが学びたいと思ったときにいつでも学ぶことができるように、いろいろなプログラムを用意しています。

たとえば、テレビ電話で自宅療養中の子どもたちの勉強を見たり、家庭や病床を訪問して個別の相談に応じたり。退院後の「復学」にはこうした細やかな支援が不可欠です。

活動には医療や教育の現場で働く人や、三好さんのように小児期に闘病経験のあるスタッフが参加し、自由に移動できない子どもたちが友達と遊べるイベントや家族同士の交流会なども企画しています。

その中には、これまで三好さんが出会ってきた人や一緒に闘病していた人もいるのだそう。ポケットサポートがあることで生まれるつながりは、三好さん自身が活動を続ける原動力になっているのです。

【写真】ポケットサポートメンバーと子どもたちの集合写真

「勉強をしている間は病気のことを忘れられる」と治療の合間を縫って算数の問題を解く子もいれば、「病気で困っている人を助ける仕事がしたい」と前向きに将来を考える子もいます。子どもたちの心が元気になることが、早期の回復につながることもあるといいます。

昔の自分と同じ立場の子どもたちを支える中で

さまざまな偶然が重なり、かつての場所に導かれるように立ち戻ってきた三好さんは今、どのような気持ちで子どもたちを見守っているのでしょうか。

いきなり入院して、家族とも離れて、好きなこともできなくなって・・・・・・。自分はこの先どうなるのかという漠然とした不安があるんですよね。僕もありました。

そんな中で、大学生のお兄ちゃんがいるとか、退院して学校に通っている人がいるとか、そういう姿を見ると、がんばれば自分もこうなれるかもしれないと思えるんです。

下を見るときりがない。僕は明るい未来を見せてあげたい。それはすごく感じています。

【写真】笑顔という紙を掲げて微笑む車椅子の子ども

昨日まで仲良くおしゃべりしていた友達が病気で亡くなってしまった。子どものころ、そんな耐えがたい場面に立ち会うこともあったと三好さんはいいます。

「あの子の分もがんばって生きないとな」と力に変えていった経験が僕自身にはありました。だから今は亡くなった人たちに思いを馳せて、目の前で生きている子たちにがんばれって声をかけることができます。

病気のせいであきらめないといけないことは確かに多いけれど、その中でがんばれることだってきっとある。がんばっていこうと思える場所が病院の中にあること。それが大きいと思うんです。

「がんばっていこうと思える場所」の存在は、普段入院生活をしていない子どもたちの心も支えています。病院に行けば楽しいことが待っているということが、自宅で療養していたり、通院していたりする子どもたちの希望になっているのです。

子どもの権利を守るということ

かけがえのない小さな命が病気と闘っている状況を前に、「この子が生きてさえいてくれたら」と願う親の切実な気持ちは測りしれません。ただ、子どもに対して「あれをしてはいけない」「これをしてはいけない」と言うだけでなく、彼らが自分の力で何かを決定したり、挑戦したりする権利を尊重してほしいと、三好さんは話します。

できることは確かに少ないかもしれないけれど、その中でも「こうしたい」と選択する経験が、子どもたちには必要だと思っています。最終的に子どもたち自身が納得して選択することが大事。でないと、「病院の先生にこう言われたから」「お母さんがこう言ったから」って、他人に判断をゆだねることに慣れてしまうんです。

だから、選択肢を用意して、子どもたちが考え抜いた結果を認めてあげてほしい。もちろん命の危険がない程度にですけどね。

【写真】入院中の子どもに勉強を教えるみよしさん

三好さんたちがこのように考える先には、子どもたちが大人になったときに自分らしく生きてほしいという願いがあります。他者と関わる体験が少ない環境で、さらに自分の意志を持たない生活に慣れてしまうと、いざ社会に出たときに無理をしたり、自分を見失ったりしてしまうことが多いのだそうです。

一方で子どもたちには、「他者に自分の現状を伝える努力をする」ように呼びかけているといいます。その上で何がしたいのか、何をしてほしいのかを伝え、ときには休む勇気を持つ。その積み重ねが、ゆくゆくは子どもたちが自分の命を守り、未来を切り開いていくことにつながっていくからです。

僕らが成し遂げたいのは、「子どもたちのさまざまな権利を保証する」ということなんです。病気だから仕方ないとあきらめていたことをできるようにしてあげたい。「それは本当に仕方のないことなのかな」という疑問をもって、いろいろな権利を保証したいと思っています。

選べる道、選ぶ権利があるということを忘れずに

自分の命を見守ってきてくれた病院の人たちと同じ場所で働き、かつての自分と同じ立場の子どもたちを助けている三好さん。当時はつらかった闘病の経験が、未来にちゃんとつながっていたことを実感しているそうです。

【写真】直島への旅行での集合写真

三好さんは初めから闘病の経験を生かしたいと思っていたわけではありませんでした。そのとき、その瞬間に自分で考えて選んだ道が、振り返れば通ってきてよかったと誇れる一本道になっていた。たとえ他の人より分かれ道の本数が少なくても、「自分の意志で選んだ」という過程があれば、それは立派な軌跡になるのだと思います。

進むべき方向へ導くことが、安心につながるときもあります。選べる道って意外とたくさんあるんだということを教えてもらえたら、顔を上げて周りを見渡し、自分の足で一歩を踏み出す勇気が湧いてくるような気がします。

孤独と不安で下を向きがちな状況だからこそ、一歩先の足元を多くの光が照らしてくれるように。子どもたちの生きる力と笑顔を信じて、三好さんたちの活動を応援したいと思います。

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