【写真】明るい病院内で笑顔をこちらに向けているせたひろやさん

今年も冬が巡ってきました。クリスマスやお正月、バレンタインなどイベントが多く、街が華やぐ季節。私はひんやりと澄んだ空気や、食べ物が美味しく感じる冬が大好きです。でもその反面、日が短く、気温も低く、開放的な気持ちになりやすい夏と比べ、なんとなく気持ちが沈むことも。

冬になると毎年なんだか調子が悪い。

周りからはそんな声を聞くこともあります。季節は必ず巡ってくるもの。だからこそ、毎年冬に不調を感じるのは、とても辛いことでしょう。

そんなときに知ったのが、「冬季うつ」という症状です。最近ではテレビなどで特集されているので、聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

冬季うつといっても、なんとなく調子が悪いと感じる程度から、日常生活に支障をきたすものまで、症状の重さは人それぞれです。生活に支障が出るほどならもちろん、そうではなかったとしても、何か自分で対処できる方法を知りたい人はきっとたくさんいるはず。

そこで、冬季うつやその対処法のお話を聞きに「ロコクリニック中目黒」の瀬田宏哉先生を訪ねました。

【写真】ロコクリニック中目黒の入り口はガラス張りの自動ドアになっている

以前soarの記事で紹介させていただいた瀬田先生は、2018年にロコクリニック中目黒を開業。幅広い疾患に対応する「プライマリーケア」と急病の患者を診察する「アージェントケア」を診療の軸とし、地域に密着した医療を大切にしています。また診療時間を夜遅く、23時までとしているのも特徴のひとつです。

“街の救急外来”そして“夜のかかりつけ医”として、さまざまな症状の患者をサポートしている瀬田先生に、冬季うつの症状や対処法などを聞きました。

秋口から冬にかけて発症する「冬季うつ」

【写真】インタビューに応えるせたひろやさん

秋口から冬にかけて気持ちが落ち込んだり、ついつい食べ過ぎてしまう。朝起きられずに寝すぎてしまう、寝ても寝ても眠気が取れないなどの不調はありませんか?このような症状の背景には、冬季うつがあるかもしれません。

冬季うつは正式には「季節性感情障害」という病気で、特定の季節に調子を崩す疾患のことです。なので、春や夏、秋にも当てはまりますが、季節性感情障害を発症する多くの人が冬に体調を崩すことから、冬季うつと呼ばれることもあります。

冬季うつは、さまざまな影響により発症する言われていますが、そのなかで有力なのが、脳内で働く神経伝達物質のひとつである「セロトニン」。私たちの感情や気分のコントロールや精神の安定に深く関わる物質で、不足すると脳の機能が低下したり、心のバランスを取るのが難しくなることもあります。

そのセロトニンは、太陽光を浴びることで脳内に分泌されます。そのため、日照時間が短い冬のあいだはセロトニンが不足して、うつ状態になりやすいと考えられているのです。

冬季うつの診断の目安は、「毎年決まって冬に体調を崩す」と「春になったら自然と体調が良くなる」の2つ。ほかの精神的な症状がなく、心理的要因や社会的要因がないのにも関わらずこれらに当てはまる方は、もしかしたら冬季うつの可能性があるかもしれません。

気持ちの落ち込み、眠れない、食欲がない。様々な日常生活の困りごと

では、冬季うつになると、具体的にはどのような症状や困りごとを感じるようになるのでしょうか。

一般的なうつ病の多くに当てはまるのが、気持ちが落ち込む、眠れない、食欲がないなどの症状。ですが、冬季うつの場合は逆に過眠、過食を訴える患者が多いのだそうです。

疲労感や怠さ、気分の落ち込みなどに加え、起きられなくて遅刻が多くなる、家事や子育てがままならないと訴える患者さんが多いです。また食べ過ぎで体重が増えたことに対して自己嫌悪に陥ってしまう、というサイクルが冬季うつの患者さんにはよくみられます。

うつ病は、重症になると「死んでしまいたい」と感じることもあります。冬季うつはそこまで重くなることは少ないといいますが、とはいえ、不調を放置してしまうと、仕事へ行けなくなってしまったり、家事が滞ったりすることも。

社会に認知されてきたうつ病に比べ、まだまだ社会的な認知度が低い冬季うつ。秋口から冬の終わりまでの一時的な症状であること、また冬場は不調を感じやすい人が多いことから「サボっているだけなのでは」「甘えているのでは」と思われることもあり、職場や家庭で辛い思いをしている人も多いといいます。

【写真】インタビューに応えるせたひろやさん

対処法を探して、乗り越えていく方もたくさんいらっしゃいますが、冬季うつが原因の不調で社会生活、日常生活に大きな支障をきたす方も実際にいるんです。

一般的なうつは、まじめな人や熱心な人、何事にも全力で頑張ってしまう人などがかかりやすい人といわれています。冬季うつには20代から30代の発症が多いという特徴はありますが、性格や気質はあまり関係ないのだそう。

だからこそ、誰でもかかり得る病気といえるかもしれません。生活に支障がなくても、冬はなんだか気持ちが沈んだり、寒さで体が冷えて体調を崩したりして、春が来るのを待ち焦がれる人は多いですよね。

とはいっても、冬季うつに注意が必要なひともいます。

一般的なうつ病を患っている人は、同時に冬季うつにかかる可能性も高く、冬にさらに体調を崩して春にはまた少し浮上する方が多いんです。なので、現在うつ病の治療をしている人はもちろんですが、過去にうつ病になったことがある人や、うつ病になりやすい気質を持っていると自覚している方は、対処法を考えておいた方がいいかもしれません。

休むことが必要なうつ病。外に出て日の光を浴びることが必要な冬季うつ

【写真】まっすぐにライターを見つめながら話すせたひろやさん

冬季うつの症状が分かったところで、治療の方法についてお聞きました。

一般的なうつ病には、投薬治療やカウンセリングなどさまざまな治療法が知られていますが、なかでも大切だといわれているのが「休むこと」や「リラックスできる時間をつくること」ではないでしょうか。冬季うつにも適切な睡眠時間の確保や、入浴で体を温めることなども必要です。

しかし、症状を改善するために一番重要なのは、日を浴びることだといいます。

一般的なうつ病の患者さんにもある程度気力が回復した後には、外出して日の光を浴びることをすすめています。冬季うつには、それがより重要な役割を持つのです。なので冬場の体調不良に自覚がある方には、まずは積極的に外出して、日光に当たっていただきたいですね。

日の当たる時間にランニングや散歩をするだけでも、症状が回復することがあるのだそう。寒いとつい家にこもりがちになってしまいますが、朝起きたら窓を開けて日光浴をするだけでも体調変化を感じる人もいます。そんな小さな行動の積み重ねが、冬の不調から脱する鍵になるのです。

太陽の光を浴びるのが難しい方には、太陽光に近い光を発する機器を利用するという方法も。自宅で好きな時間に光を浴びることができるので、昼間に外出するのが難しい方や、毎年治療が必要になる人のなかには、こういった機器を利用している人も多いといいます。

太陽の光を浴びる時間を増やしても症状が改善しない場合には、投薬治療を開始することもあります。セロトニンを補充するような薬を使うことが多いですね。

外に出て太陽の光を浴びることや、ランニングやウォーキングなど体を動かすことで改善することもある冬季うつ。症状が重くなる前にそういった習慣を身につけることが大切です。

これを読んでくださっている方のなかには、「もしかしたら自分の不調は冬季うつなの?」と迷う方もいるかもしれません。

でも、生活に支障がなければ病気に自分を当てはめてしまうより、「冬は調子が悪いんだな」程度に自分を客観視して、調整をすることが大切だと瀬田先生。

寒い冬に調子が上がらないというのは生物としての特性のひとつ。あまりとらわれ過ぎないことも大切です。

もし、少しでも不調を感じたら、日の光を浴びるなど自分でできることをまずは試してみてください。それでも体調が改善しないときや、日常生活に支障があるときなどは、病院で診察を受けてみてください。ひとりで抱え込まず、医師に相談して、対処法を一緒に考えていきましょう。

また、冬季うつは精神的な病気なので、本人がどんなに望んで努力しても、これまでできていたことができなくなってしまう場合もあります。そんなとき、まわりの正しい理解や助けがあれば、だいぶ楽になるはずだと瀬田先生は話します。

一般的なうつと同じように、まわりの人に寄り添ってもらえた実感や、言葉が救いになることも多いんです。特に「辛いね」などの共感の言葉に救われたという声がよく聞かれますね。

まわりに冬のあいだの体調不良で苦しんでいる人がいたら、その気持ちにそっと寄り添うこと。そしてその気持ちを言葉にすることで、心を少し軽くすることができるかもしれません。その気持ちは決して一方通行ではないはずです。お互いに声を掛け合える関係性こそが、辛いときの救いになるでしょう。

事前の対処法を考えることで、不調から脱する

【写真】真剣な表情で話すせたひろやさん

冬季うつは、事前の対策で乗り切れることも多いと考えられます。日常生活に支障が出ている人はもちろん、病院にかかるほどではないけれど、今まさに調子を崩していて、思い返すとそれが毎年続いているような気がするという方もいるのではないでしょうか。当てはまる方は、次の冬に向けて対策を考えておくことも必要です。

冬季うつに限らずですが、自分の不調を事前に察知して対処することはとても大切なことです。たとえば片頭痛がある方は、痛みが強くなる前に鎮痛剤を服用する方も多いですよね?花粉症も、症状が出始める前から薬を服用するとシーズン中の症状が軽減するというデータがあります。それらと同じように、冬季うつにも冬になる前からの準備がとても大切です。

季節の移り変わりを把握しておくことも、冬季うつをはじめとする冬場に体調を崩す方の大きな支えになるといいます。日照時間でいえば、実際には6月20日前後の夏至から日が短くなりますが、それを体感するのは夏の終わり頃から。そして、日が一番短いのは12月20日過ぎの冬至です。冬至が過ぎると少しずつ日が長くなります。

冬季うつの症状が出る期間は人によって違いますが、だいたい10月11月から2月3月くらいまでの方が多いです。そう考えるとずいぶん長い期間だと感じてしまうかもしれませんが、クリスマスを越えれば日照時間も長くなって、春に向かいます。季節は突然変わるわけではなく、だんだんと移り変わるもの。それを知っておくだけでも心の持ちようが違うと思うんです。

ただ、いくら有効だと分かっていても、1年で最も気温が低い今の時期に屋外での運動を始めるのは簡単ではないでしょう。

だからこそ、この冬が終わり体調が良くなる春先から次の冬を見越しておきましょう。体を動かす習慣をつくるためにジムに通う、通勤の際に一駅分歩く、休みの日は散歩をする、日当たりのいい部屋に住むなど、できることはたくさんありそうです。

事前の対策をしっかりとして、症状を軽減させることはとても重要なこと。でも健やかな心身を保つためになりより大切なのが「気づき」です。

なんとなく体調が悪いな、という感覚をそのまま放置してしまうと、その原因は分からないまま。どんなタイミングで体調不良になるのかきちんと記録しておくことで、不調を可視化することができます。

たとえば、今なんとなく体調が優れないなと感じている人が、それを記録しておけば、次の年にその時の自分の体調を照らし合わすことができます。そうすることで、より対策を立てやすくなるんです。去年はこんな症状が出た後にさらに調子を崩したから気をつけようとか、今年は気温が低いから去年より早く体調不良の波が来るかもしれないな、とか。自分の体が発するサインに気付けるようになることはとても大事です。

一般的な冬季うつの対処法だけでなく、人それぞれの自分に合った不調への対処法があるはず。たとえば、セルフマッサージや好きな音楽を聞く、友人と電話で雑談する、ペットとの時間を大切にする、ストレッチやヨガをする、ハーブティーを飲む、瞑想をするなど、自分自身の不調をケアする方法をたくさん持っておくことも大切です。

日頃から心身が発する声に耳を傾け、自分自身を大切にする習慣をつけておくとよいかもしれません。

必ず抜けるトンネルの先には、必ず春が待っている

【写真】病院内にはサボテンや観葉植物が並んでいて明るい雰囲気

今回の瀬田先生のお話のなかで、心に残った言葉があります。

最初にお話した通り、冬季うつは季節性感情障害です。なので、冬が終われば調子は元に戻ります。今不調で苦しんでいる方々には、それが必ず抜けることがあるトンネルだということを知っていただきたいです。

その不調がどの程度のものであったとしても、自分ではどうすることもできない季節による不調は毎日の生活に影を落としているはずです。冬の真ん中の今、不調で苦しんでいる方に、瀬田先生のこの言葉が届くことを祈っています。

これからさらに気温が下がり、寒い冬はもうしばらく続くかもしれません。でも、新しい年を迎え、1月、2月と時が進むなかで忘れないでいたいことがあります。

すでに日は伸び始め、このあいだまですでに真っ暗だった夕方に少し日が残っていること。次の季節に移り変わり始めていること。その先には、必ず穏やかな春が待っているのです。

私も心身が発する声に耳を傾けながら、残りの冬を過ごしていきます。自分を大切にすることは、沈んでしまうことも多い冬を、より穏やかに過ごすための基盤になるはずだから。瀬田先生から教えてもらったことを実践しながら、小さな季節の移り変わりを慈しみたいと思います。

【写真】笑顔を向けるせたひろやさん

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(写真/川島彩水、編集/工藤瑞穂)