【写真】笑顔でお話しするいわきりさん

お金とうまく付き合うことは、なかなか難しいことだと思います。

欲しいものを衝動的に買ってしまって、気づくとお金が無くなってしまったり、クレジットカードの請求に驚いたり。お金は日々の暮らしに関わるからこそ、その付き合い方は、どう生きていくかに深く関わっていると感じます。

最近、合同会社ひなた代表の岩切健一郎さんが書いた『発達障害かもだけど、お金のことちゃんとしたい人の本』に出会いました。この本には、お金に苦手意識を持つ人でも、お金を管理していける仕組みや工夫が紹介されています。

【画像】いわきりさんの著書「発達障害かもだけど、お金のことちゃんとしたい人の本」の書影

読む中で、お金が苦手な人のなかには発達障害の当事者の方が多いことを知りました。お金の悩みは誰もが持つ悩みではありますが、さらに発達障害の方の特性と関連したお金の管理についての困りごとがあることを知ったのです。

岩切さんは、1級ファイナンシャル・プランニング技能士と国際規格のCFP®の資格を持ち、発達障害専門ファイナンシャルプランナーとして、年間100人もの発達障害の方のお話を聞きながら、ライフプランを作り、お金にまつわる相談を受け続けています。

活動には、ご自身もADHD *の当事者であり、様々なお金の失敗を重ねてきたこと、これまでの人生経験が生かされているのだそう。

*注意欠如・多動症(ADHD)とは、発達水準からみて不相応に注意を持続させることが困難であったり、順序立てて行動することが苦手であったり、落ち着きがない、待てない、行動の抑制が困難であるなどといった特徴が持続的に認められ、そのために日常生活に困難が起こっている状態。
引用:ADHD(注意欠如・多動症)|NCNP病院

お金というリアルな部分を通して発達障害の当事者の方と関わり続ける、岩切さんがいま考えていることを、じっくりと伺ってみたいと思います。

正義感が強く「全体最適」を考えていた子ども時代

ーーはじめに、どんな子ども時代を過ごしたのでしょうか?

宮崎生まれで、幼稚園ではやりたいことが沢山ある活発な子どもでした。昔は頭がけっこう良かったのか、卒園の頃には県庁所在地を暗記していたようで。ただ、性格が生意気で調子に乗っていたのか、先生に怒られることもよくありました。

【写真】椅子に座りカメラを見つめて微笑むいわきりけんいちろうさん

小学生でも変わらず活発で、特に低学年はクラスで人気があったほうなんじゃないかと思います。覚えているのが、学校のお楽しみ会のグループ分けで僕と組みたいとクラスのほぼ全員が言ってくれたこと。でも「仲良しメンバーで組むと、僕のチームだけ能力が偏ってしまう」と子ども心に考えていたので、結果的に勉強や友達付き合いが苦手なクラスメイトたちとグループを組みました。

幼少期から変わらない僕の性格なんですが、自分だけよければOKというよりは、全体最適や調和を大切にする所があるんです。当時はそんなに意識はしてなかったんですけど、こっちの方がうまくみんなが回りそうだな、という方法を優先して考えていました。

ーーそこまで俯瞰して全体を見れるっていうのはすごいことですね。

でも、年齢が上がるにつれて、“人気者”ではなくなっていきました。記憶は無いのですが、空気が読めなかったり、失礼なことを友達に言っていたんでしょうね。少しずつ人間関係が作れなくなりました。

みんなが面白いと思ってることが、面白いと思えない。みんなテレビに夢中だったけど、僕は人気がある歌番組やお笑いのバラエティでワクワクしないタイプだったんです。

たとえばバラエティで、芸人さんの人間関係や内輪ノリを外側に見せることで笑いを生み出す構図がありますよね。僕自身はお笑いのネタは好きだったんですが、そのバラエティーの内輪ノリがわからない。友達との共通言語が無い状態でしたね。

こういった自分の傾向が特性だったのか、単に性格だったのかはよくわからないんですが。

――著書で小学6年のときに、状況が一変してしまう出来事があったと書かれていましたが、どんなことがあったんでしょうか。

父が連帯保証人をしていた叔父の会社が倒産して、その借金を父が背負うことになったんです。夏のある日、帰宅すると雨戸が閉められていて、隣に住んでいた祖父母も家にいました。祖父母が泣いているのを見たときは、子どもながらに衝撃を受けました。

父親に「お前は長男だから話すけど、これから大変なことになる。どうにかお前らが不幸にならないようにするから」と言われたのを覚えています。

借金を返すためにこれまで暮らしていた実家は売却されました。でもリースバックという方式で、競売に出された家を不動産屋さんに買ってもらって、その後も同じ家に賃貸で住み続けることになって。

【写真】話しながら手振りをするいわきりさんの両手

当時はよほど追い詰められていたのか、人目を避けて夜にしか外出できませんでした。

あまりにも衝撃が大きくて、どう日常に戻ったかを思い出せません。ただ「そっか、しょうがないね」と受け入れる感じもあったと思います。

空気が読めない、偽善と呼ばれたことも

ーー中学校では、どのように過ごしていたのでしょうか?

初対面の印象がいいのか、最初はいろんな人が近寄ってきてくれました。でもノリが合わないのか、すぐに距離ができて友達になれない。

今思うと発達障害の特性でもあったのかもしれないですが、空気が読めなかったんです。友達が彼女と別れた時に「別れると思ってたよ、合わないじゃん」と言って傷つけてしまったり、思ったことが口に出てしまう部分がありました。

ちゃんと友達ができたのは中学3年生の頃。クラスではうまくなじめなかったのですが、部活では友達ができて、中学はサッカー部、高校はラグビー部で楽しく活動していました。

ーークラスでは難しくても、部活ではみんなになじめていたのはなぜでしょうか?

一生懸命ひたむきに真面目に部活に打ち込むタイプだったし、「教えてください!」と素直に聞くので、可愛がってもらっていました。

あと、部活は「試合で勝つ」という共通の目的があるから、どう振る舞えばいいかが明確なんですよね。でもクラスは、空気を読みながら色々なことを乗り越えていかなきゃいけない。「漫才が好きだけど、バラエティーが苦手」と同じで、場の雰囲気やノリを読むことが苦手なんです。

【写真】椅子に座り手振りをしながら話すいわきりさん

他者にリスペクトがある人が多いクラスなら、のびのびやっていける。でも悪口を耳にしたり、誰かが人を見下している様子を見かけると「おかしい」と言ってしまう。そうすると、あいつはノリが悪いと疎まれる。無駄に正義感が強いから、いらんとこで波風を立ててしまいがちで。

高校の時、友人に“偽善者”とあだ名をつけられたこともありました。この間その友人と久々に連絡をとったら「もし偽善だとしても、他人に対して善良なことを嫌な顔せずにできるのはすごいと思ってたけどな」と言ってもらって。20年越しで嬉しい伏線回収になりましたね。

ーー真面目さを生かして、学級委員や生徒会もやっていたとか?

学級委員長や生徒会などに立候補する事も多かったですね。中学は生徒会や学園長、高校では応援団長も。正義感も強いし、ちゃんとしてる人というイメージもあったんだと思います。

いろいろな役割を担ってきましたが、自分が前に出て何かをしたいという気持ちよりも、適任の人がいれば自分じゃなくてもいい、と思っていたんです。みんなが幸せであることが一番だと思っていて、他にやりたい人がいないんだったら自分がやるよ、という感じでした。

ーー学校生活において、特性で困ることはありませんでしたか。

ADHDの人は睡眠の悩みを抱えている人も多いのですが、僕も授業中によく寝てしまっていました。生物の先生の声が気持ち良すぎて、毎回寝てたら「廊下に立っとけ」と怒られたこともあります。

あとは忘れ物が多かったし、ケアレスミスも多くて、数学テストでは計算ミスで点を失うタイプでしたね。

行動科学を学び、誰かがお金で不幸になるのを避けたいと企業向け金融のコンサルに

ーー高校を卒業してからは、どのような進路に進んだのでしょうか。

父親がもともと経営者だったのですが、経済行動の面白さを話してくれていたことをきっかけに、「人がどう動くか」に関心を持って、行動科学を学ぶ学部に進学しました。

うちはあまり裕福ではなくて、私立大学の学費は出せませんでした。国立では行動科学を学べる大学が二つあって、落ちたら働かなければいけない状況だったんですが、なんとか後期で合格して新潟大学に進学しました。

新潟に行った理由の一つは、故郷から離れた時に自分がどんな人間になるか知りたかったんです。昔からいじられキャラだったので、人間関係がゼロの地域に行った場合に自分がどうなるのかという好奇心もあり、遠い大学を受けました。実際には人間関係は変わらなかったので、どこに行っても僕なんだと思ったんですけどね。

ーー大学では、どのようなことに夢中になったのでしょうか?

「にいがた総踊り」という大学生が始めた大きな祭りがあるんですが、その祭りの運営に携わる学生サークルの活動が面白くって、どんどんのめり込み、サークル長も努めました。

【写真】テーブルに両手を置きながら話すいわきりさん

3年生になり就活がはじまってからは、広告代理店や販売業など、いろいろな職種を考えて会社説明会に参加していたのですが、最終的には中小企業の財務コンサルや銀行折衝、資金計画支援を行う会社に就職を決めました。

選んだ理由は、幼少期の出来事を思い出したからです。叔父の会社が倒産する前に手を打てたら、家を売られることはなかったし、僕も塾に行けて私立大学にも進学できた。会社を救うことで、お金で不幸になる人を減らす仕事がしたかったんです。

お金のプロとして、キャリアを積んでいく

ーー就職してからは、どんな生活をされてたんですか?

そうですね、今思い出しても大変でした。就職して東京に引っ越したんですが、朝7時半ぐらいの電車で会社に行って、帰りは終電に走って飛び乗る生活。企業にお金のアドバイスをしなければならない仕事なのに、新人でまだ経済の知識がない。決算書の読み方、減価償却の意味すらもわからないところからのスタートです。

日中はお客さんを回り、夜に帰ってきて営業戦略を考えて、その合間を縫って勉強、入社して9月には経営者向けに2時間のセミナー講師をしなければならなかったため、セミナー講師として話す練習もしました。時間が足りなくて、土日も出勤していましたね。

最初は頑張っていたんですけど、発達障害の特性ゆえに僕は環境変化に弱くてすぐダウンしてしまう。体調不良で仕事を休むことも多く、早々に有給を全て使ってしまいました。上司に体調不良は嘘じゃないかと疑われて、「処方された薬の写真を送れ」と言われたり。営業もうまくいかないし、夜もずっと泣いてました。

ーーそれはほんとうにつらかったですね…。

【写真】うつむき加減で微笑みながら話すいわきりさん

でも、2年目の終わりに「このままじゃやばいぞ」と思ったんです。友達に誘ってもらってビジネススクールに参加したとき、講師に「岩切君がいろんな人に感謝してるのは分かったけど、集大成の今の自分がイケてないなら、恩返しができてないんじゃないの?」と言われたんです。

その言葉をきっかけに、嫌だなと思ってたことを書き出し、自分を見つめ直しました。数字に追われる仕事も、会社も、もっといえば資本主義社会そのものも嫌だった。でも資本主義の恩恵を受けた生活は幸せだし、会社の商品もいいし、お給料も申し分ない。自分の能力がまだ足りないことが原因なのを、人のせいにしてたんだと気づいたんです。

そこから仕事を本気でやってみようと切り替えました。仕事ばかりになってしまって、自分の中からカルチャーが消えてしまうのが嫌だと思ったので、1日1冊は本を読み、年間100本映画を見る目標を決めたんです。

ーーそれはすごいですね…!

そしたら、3年目に成績が伸びて。さらに、2011年に九州支社に転勤することになって、そこで頑張ったら全国営業成績1位になったんですね。

商工会議所の講演も増えて、それをSNSで投稿した時に、新潟の知人が外資系保険会社で働いてて「今仕事頑張ってるなら、新潟帰ってくるのはどうだ?」 と誘ってくれて。

“法人のお金”を支援する仕事から、“個人のお金”の支援もできるようになりたいと考えていたタイミングでもあったので、転職して個人事業主として保険会社の営業になり、新潟に戻ることにしました。

お金のトラブル、適応障害になり、ADHDと診断

ーー順調にキャリアを築いているように感じますが、その頃は特性で困ることはなかったのでしょうか。

それが、とにかくお金がたまらないんです。問題なく暮らせる稼ぎではあったのですが、自分のお金の使い方がとにかくひどい。1社目も充分なお給料をいただいていたはずなのに、貯金は3年間で40万しか残らなかった。2社目は外資系企業で働いていたこともあって、「お金をばらまくのはかっこいい」という価値観になってしまい、散財するうちに借金が500万以上に増えていました。

イタリアン料理屋さんで毎日シェフにおまかせで料理を出してもらったり、高いスーツをたくさん買ったり。特に大変だったのは、自動車保険の更新を忘れて、無保険で対物事故を起こしてしまったこと。他にも奨学金の返納を忘れていて裁判所に呼ばれたことなど、お金まわりのトラブルは沢山ありました。

自分はお金に関してだらしなさがあるなって感じていました。でも今になって思うと、発達障害は意志や努力で課題を克服するのが難しい。でも、当時はそのことがわかりませんでした。

ーー人づきあいやお金関係などでずっと困りごとを抱えていたと思うのですが、ADHDの診断はいつ行われたのでしょう?

2社目に転職してから4年目、29歳の時ですね。個人事業主として委託を受けている職場で、オンライン会議の時間を1時間勘違いしてしまって、責任者に叱責を受けたんです。でも当時は一生懸命頑張っていた自負があったので、こんな風に言われると、どう頑張ればいいんだよとつらくなりました。

そこから、会社に行くとその怒られた記憶を思い出して、汗が止まらなくなってしまって。病院に行ったら適応障害、うつだと診断されました。

個人事業主で休職できないので、仕事は続けるしかない。でも会社の人と顔を合わせることが精神的につらいので、誰にも会わないよう深夜に会社に行って資料印刷して、お客様のところへ行ってました。

その後、少し仕事のペースを緩めているとき、当時のマネージャーがテレビでたまたまADHDに関する情報を見て、僕と似ていると思ったようで「この人の感じが似ているから、診てもらったらどうだ」と連絡をくれて。「ちょうど休んでるし」と思って病院に行ってみたところ、ADHDの診断を受けました。

【写真】微笑むいわきりさんの横顔

ーー診断を受けたとき、どのような気持ちになりましたか?

すごく安心しました。今まで、みんな生活がちゃんとできていて、すごいなって思っていたんです。僕は、税金の支払いや保険の更新も忘れていたし、一人暮らしでトイレットペーパーとか日用品も買い忘れて、部屋もゴミ部屋で靴で上がっていた。なぜ自分にはできないんだろうと思っていたけど、「そもそもつくりが違うんだ、そりゃそうだよね」と納得しました。

学生時代も帽子や名札の場所がわからなくなっていたし、クラスで空気が読めないと言われていたのもそれかなと思いましたね。長年の疑問の答えがわかって、スッキリしました。

それからは家族や職場の人に特性で迷惑をかけないような仕組みを一緒に考えてもらうことで、生活を改善させ、借金も少しずつ返済していきました。具体的には毎日やらなければいけないことをLINEグループに送って確認してもらう、支払いを家族に管理してもらう、タスクで忘れていそうなことがあったら声掛けしてもらうなどの協力をしてもらいましたね。

コロナ禍を機に、発達障害専門のファイナンシャルプランナーへ

ーー診断を受けてから、発達障害専門のファイナンシャルプランナーになるまでには、どのような道のりがあったのでしょうか?

まず、3回目の転職として、保険会社からいろんな保険会社の商品を仲介する保険代理店に転職したんです。家電だってひとつのメーカーからしか買えないより、家電量販店で比較して買った方がいい。自分がどっちが稼げるかじゃなく、どっちがお客さんが幸せになるか、という視点で選びました。

でも、その次の年が2020年で新型コロナウイルスの蔓延が始まり、保険の訪問販売ができなくなってしまって。別の代理店の先輩が「今困ってるだろうから、僕のやり方を教えてあげるよ」と無料でセミナーを開いてくれたんですね。その先輩は、LGBTQの方向けのGID(性別違和)専門保険相談窓口をやっていたんです。

それを聞いたとき、もしかしたら発達障害でも同じフォーマットを使うことで、当事者の人の役に立つことができるかもしれないと思いました。その方に「発達障害の人向けにやってみたいです」と話すと「いいじゃん、やってみなよ」と言っていただいて、発達障害専門のファイナンシャルプランナーの活動を始める事にしました。

【写真】笑顔で話すいわきりさんの横顔

ーーどのように相談窓口開設を進めていかれたんですか。

はじめに、どうすれば発達障害当事者の方にこの窓口の存在を届けられるかを考えたんですね。自分たちは飲食店をどう選ぶかな?と考えると、ネットで情報を探したり、ブログやSNSでどんな発信がされているか見に行く。そこからヒントを得て、noteやInstagramで発達障害の当事者の役立つ情報や、僕自身の経験などについて毎日発信することで、当事者に見つけてもらえるようにしました。

そのうち相談してくれる人が増えていったんですが、保険相談窓口としてスタートしたものの、話を聞いているうちに、昔の僕のようにお金周り全体で困ってる当事者が多いことがわかってきたんですね。

ADHDは、発達特性のひとつとして、高揚感を覚える脳の部位「報酬系」が一般の人より弱いと言われていて、日常では刺激を得られにくく、非日常な買い物やギャンブルに走ってしまったり、必要な支払いなどを先延ばしにする傾向にあると聞きます。これは脳の特性なので、努力でどうにかしようとしても難しい。

お金を管理できないとか、予算組みが苦手だとか、入ってきたお金を全て使っちゃうとか。ギャンブルがやめられなかったり、借金を抱えている方もいます。そこに対する問題解決として、FP1級(ファイナンシャル・プランニング技能士1級)、CFP(サーティファイド・ファイナンシャル・プランナー)を取得し、ライフプランを作りアドバイスするサービスも始めて、保険相談窓口と両輪で活動をしています。

僕自身も、30歳までは奔放なお金の使い方をして借金にも苦しんでいた。そんなめちゃくちゃだった自分に、「借入額があるのに、お金を湯水のように使うことは常軌を逸している」と説いてくれた人がいて、少しずつお金を貯めることができるようになりました。

僕も1人では変化することができなかったと思うんです。お金を貯める喜びを、少しでも多くの当事者の方にお伝えできたらと思い、活動を続けています。

自分自身で良くなろうとすることが大切。そうすれば、仕組みで変わっていける

ーーADHDの当事者の方のライフプランをつくるときに、どんなことを心がけていますか?

「自分はお金がうまくつかえないから、怒られるんじゃないか」とみなさん委縮して相談に来られるんですよね。まず安心してもらえるよう、「大丈夫です、絶対どうにかなるよう一緒に考えましょう」という姿勢で関わって、悩みに伴走できるようにしています。

相談では、最初にこの相談がどう進んでいくか、全体像を提示します。先が見えないと不安で集中できない人もいるし、話が脱線してしまう方も多い。吃音などで話すことが難しい当事者の方には筆談で対応したり、契約の際には顔を見なければいけないですが、初回には顔を出さない形での相談も受け付けています。できる限り、急な予定変更なども柔軟に対応していますね。

相談のなかでは、お金を貯めるのが苦手で衝動買いしてしまう行動を、意志で解決するのではなく、どう仕組み化して防ぐかを考えていくのがポイントですね。僕がADHDに向き合う中で得た経験が生かされています。

【写真】お話しするいわきりさん

――当事者の方からは、具体的にはどのような相談があるのでしょうか?

例えば、秋の行楽シーズンに遊びに行くための洋服が欲しいという相談がありました。ただ、その方は仕事も休んでいて収入が少なくて厳しい状況です。

「買ってもいいんですけど、三ヶ月後に今度は冬のいい服欲しくなりませんか」「なるかも」「冬に我慢できるんだったら今買ってもいいと思うんですけど、冬も欲しいんだったら、我慢して冬服を買った方がいいんじゃないですか?」みたいな形で、欲望をどう先延ばしするか、相手が自分でどうすればいいか気づくように質問しながら話していきます。

「今回だけはいいだろう」って人は思いがちなので、自分の弱さに気づいてもらえるよう働きかけています。そうすると実際に、本人が自分のことがわかるようになって、相談を続けるにつれて改善していくケースが多いです。

ーー自分で気づくことができるようアプローチするのは、ご本人のためになりそうですね。

このアプローチは営業職の経験から生まれた部分が大きいかなと思います。やっぱり主役はご本人なんですよ。その人自身が気づくかどうかが大事です。時々ご家族から「借金が大変で」と相談されることも多いんですが、厳しいかもしれませんが「代わりに払わないでください」とお伝えするんです。自分で責任を持たないと繰り返してしまうと僕は思っていますし、実際に立て替えてもらったにも関わらず、また借金してしまう人も多いです。

お金の話って、シビアなんです。お金に困って闇バイトや犯罪に手を染めてしまう人もいる。でも、発達障害があったとしても、それで犯罪までしてしまうのは特性の話を越えている。それに、自分が変わる気持ちがない人は僕にも救えないので、そこはしっかり線引きをしています。

でも、良くなろうって前向きな気持ちがあれば、やり方や仕組みで確実によくなっていくことができる。少しずつ成長していけると思っています。

もっと多くの困っている人に、サポートを届けたい

ーー実際に岩切さんに相談した方は、どのように変化していったのでしょうか。

岩切さんのおかげでお金の不安がなくなりました、と言ってくださることが多いですし、相談を受けて1年、2年経った方に「お金これぐらいまで貯まりました」と報告をもらうことも多くて、嬉しいです。あとは私自身の活動が、当事者の親御さんにとって、モデルケースとして励みになっているという声もいただきます。

以前SNSで「会ったお客さんの中でこの人すごいなって人いますか?」って質問をもらった時に考えたんですけど、僕は相談してくださる全ての方をリスペクトしてるんですよね。いくらサービスとはいえ、うまくいかない自分のお金事情を人に話すことはすごく勇気がいる。しかも僕がFPだから、自分の行動を怒られるかもしれない。

【写真】笑顔で話すいわきりさんの横顔

そんななかでも「自分の人生を良くしたい」って思って、お金を払って来てくださる人が目の前にいるんだってこと自体が、いつも励みになってます。

ーー障害をオープンにして、当事者方に向けた活動をするのは、勇気が必要なことかと思います。周囲の方から何か反応はありましたか?

「たしかに発達障害って言われてみると、けんちゃんそうだわ」って反応はけっこう多かったです。「でも生活できてるからいいんじゃない?」みたいに言ってくれて、発達障害をオープンにしても、人間関係は変わりませんでした。

特性で思い悩んでしまう方もいらっしゃると思うのですが、僕自身はあっけらかん系な部分もあるかもしれないですね。周りに恵まれているし、今も自分の特性が活動に生かされていて、すごくありがたいです。

――発達障害とお金に関して、悩んでいる当事者の方はとても多いと思うので、岩切さんのご経験はきっと参考になりますね。

今は個人の方向けに相談窓口をやってるんですけど、ノウハウがすごく溜まってきているので、今後は多くの方にそれをお伝えできるような活動をしたいと思っています。

昨年9月に、自身の経験とこれまで受けた相談から編み出したお金が貯まる方法について書いた『お金のことちゃんとしたい人の本(ダイヤモンド社、2025)』を出版しました。

また、発達特性のある人がお金を計画的に使えるようサポートするAIツール「家計ナビ」を先日リリースしました。「これがほしい」と買い物相談をすると、「それってどれぐらい欲しいの?」とか「そのための予算取ってるの?」 とか、「欲しいものが我慢できない自分」に寄り添ってくれるAIが質問や回答をしてくれるので、衝動買いを防いでくれる。このサービスの反響が大きいんです。

個人相談は年間100人くらい。「家計ナビ」は200人が購入してくれて、本もありがたいことに1万2000冊くらい売れています(2026年2月時点)。でもお金で困ってる人はもっとたくさんいる。海外だとお金を上手に使えない人がカードを切った時に、AIのチャットボットが出てきて、フィードバックをしてくれるアプリもあるらしいので、僕も全国に広げられるサービスを考えていきたいです。

広告などの誘惑が多すぎて、本当に自分が大切にしたいものにお金を使えてない人が今多いですよね。インフルエンサーが紹介したものを、なんとなく買っちゃったりとか。「それって本当にいい買い物なの?」とみんなが考えられるきっかけになるツールがあるといいなと思ってます。

苦手なことがあっても失敗しても、笑って過ごせる社会にしたい

――発達障害があって困りごとがある方が生きやすい社会をつくるために、この記事を通して伝えたいことはありますか。

企業や行政向けに、当事者への理解を促すための研修事業をしているんですが、そこで当事者の声を聞くと、「まずは理解をしてほしい」と話される方が多いんです。

特別な配慮はしなくてもいいので、まずは発達障害って何なのか、当事者がどういったことに困ってるのか、理解をしてもらえたら嬉しいと思っています。完全に理解することは無理でも、その入り口に立ってもらえるだけでも当事者はすごく嬉しいので、そういう人が増えるといいなと思っています。

【写真】カメラを見つめて微笑むいわきりさん

ーー発達障害のある当事者の方には、どのようなことを伝えたいですか。

発達障害に関していろいろな発信がありますが、それに惑わされず、自分自身を大切にしてほしいと思っています。

よくSNSで「発達障害がある自分でも、こんなにお金貯めれました」という投稿を見かけるんですが、「他の人にもできたから自分にもできるはず」って考え方が、僕はあまり好きじゃないんですよね。

収入も今いる状況も違うのに、「自分にもできたからあなたもできるはず」と言われてしまうと、できない自分に対して「何で自分だけできないんだろう?」とへこんでしまう当事者の方もいる。他人と自分は全く別物なんだから、あなたがあなたのやり方で幸せになるやり方を掴んでほしい。

特性を決めつけるような発信も多いけど、まずは現実の自分としっかり向き合ったほうがいいんじゃないかと思います。

ーー確かに、現実とはかけ離れた極端な発信がSNSでは多い部分もあるかもしれませんね。

「発達障害の特性をうまく生かして頑張ろう」という投稿も見かけるんですけど「それって本当かな?」と考えてしまうんです。たとえば僕の今の働き方も「ADHDっぽい働き方だよね」と言われることもあります。でも僕はADHDじゃなかったとしても、自分の頭で考えて近い働き方を考えたと思うんです。

僕は、僕の全部が“自分”だと思うので、どの部分が性格でどの部分がADHDの特性か、線引きをしても仕方がないと思うんですよね。

とはいえ、自分のできないことをADHDの特性によるものだとしている部分もあるので、ダブルスタンダードだと感じることもあるんですが。

ただ、少なくとも今頑張っている発達障害の人に向けた活動は、特性があったからこそ理解が深まるという意味では、ADHDであったことは良かったことかもしれない。世の中に価値を生み出すことが好きな人間なので、今こういう働き方ができることに感謝しています。

ーーご自身の特性も、今の岩切さんを形づくってきた大切な要素のひとつなんですね。

僕もえらそうに色々話してきましたけど、今は同居人がいて家はどうにかなってますが、一人暮らししたらきっとボロボロなんじゃないかな。片付けられなくて車の助手席がペットボトルまみれになることもあるし、仕事だって事務のミスが多い。

でも、なるべく日々を笑って過ごせるようにしたいですよね。他人に迷惑をかけること以外は、失敗しても「まあ、たまにはあるよね」でいい。みんながそういう気持ちで生きていければ、人に優しくなれる。そんな社会であってほしいです。

関連情報:
岩切健一郎さん X Instagram note 
合同会社ひなた ウェブサイト
著書『発達障害かもだけど、お金のことちゃんとしたい人の本

(執筆/荒田詩乃、編集/工藤瑞穂、企画・進行、撮影/松本綾香)