【写真】並んでたたずむむかいやちさんとドミニクさん

私たちは、無数のつながりの中に生きています。自分自身との対話、誰かとのおしゃべり、学校や会社などの共同体との関わり——それらが幾重にも織り重なった社会の中で、日々の暮らしは成り立っています。

そのつながりは、生きる力を与えてくれる一方で、すれ違いや摩擦を生み、ときには深い孤独をもたらします。誰かと近づこうとするほど、かえって「分からなさ」が際立ち、一人でいるときよりもずっと「独り」だと感じてしまう。そこで生じた恐怖や痛みは、人と関わり合おうとする意思を少しずつ削り取り、分断や対立を深めていく原因にもなり得ます。

こうした断絶は、社会が複雑になるほど見えにくくなりますが、見過ごせないリスクとして私たちの日常に忍び込んでいます。

いま私たちが生きている時代は、価値観の対立や解決の難しい問題が至るところに溢れています。それでも、あるいはだからこそ、「人と人のつながりをどう『修復』していけるか」という問いと、真正面から向き合うべき時なのだろうと思うのです。

断絶してしまったつながりを再び編み直すためには、何に思いを巡らせ、どんな言葉を紡いでいけばよいのでしょうか。

【写真】ディスカッションのオープニングの様子。参加者がスライドの方を向いている。

2025年12月20日、NPO法人soarが開催した「soar conference 2025」は、「つながりの修復」というテーマの下で、さまざまなディスカッションが展開されました。

ゲストとして登壇したのは、北海道浦河町で「浦河べてるの家」(以下、べてる)を育て、「当事者研究」を世界に広めてきた向谷地生良さんと、情報学の研究者としてウェルビーイングやテクノロジーと人の関係を探究し続けるドミニク・チェンさんです。

本レポートでは、4時間半にわたる対話を通じて見えてきた、私たちに必要な「つながり」と「修復」のあり方をまとめていきます。

「一番困っている人」のそばに立ち続ける——向谷地生良さんの活動紹介

【写真】スライドの横に立ち、参加者に向かって話すむかいやちさん

まずは向谷地生良さんによる活動紹介です。向谷地さんは、北海道浦河町にあるべてるの理事長を務めるソーシャルワーカーです。べてるは、精神障害などを抱えた当事者が共に暮らし、働き、支え合う場として40年以上の歴史を持ちます。

【写真】「ベテルの家」の看板

北海道浦河町にある、べてるの家のグループホーム(撮影:田島寛久)

2001年からは、自分の困りごとや症状を仲間と一緒に研究する「当事者研究」を実践・発信し続け、現在では国内外の教育・医療・福祉・研究の場へと広く根を張っています。

福祉の領域で長年活動してきた向谷地さんが、福祉の受益者でもある「一番困っている人」への関心を持ったのは、中学1年生の時の経験がきっかけでした。

ある日、クラス委員長をしていた向谷地さんは、複数の生徒がふざけ合い学級会の議事進行が上手く進まない事態に戸惑い、立ち往生してしまいました。

すると、その様子を一番後ろから見ていた担任が、「いったいどうなったんだ」と議事の進め方に怒り出し、一旦、席に戻っていた向谷地さんを教卓の前に来るように指示したそうです。

すると、議事のやり直しをしようと前に出た向谷地さんは、突然、クラスメイトの前で担任に襟首を掴まれてめった打ちにされてしまったのです。呆然と立ち尽くした後、向谷地さんの中に湧いてきたのは、先生への怒りではなく、「同情心」だったと言います。

【写真】マイクを持って話すむかいやちさん

向谷地:私は人を憎んだり怒りを持つということが、体質的にとても苦手なんです。怒りとか憎しみが瞬時に同情心に変わるという、妙な体質があって。その後に私は、この争いの絶えない世界と社会の中に真っただ中に今立たされているんだ、という不思議な高揚感があったんです。そこから「一番困っている人たち」に関心を持つようになった気がします。

その関心が向谷地さんを福祉の世界へと向かわせます。ソーシャルワーカーとして浦河に渡ったのは48年前(1978年)のこと。向谷地さんはそこで、数多くの「社会の周縁」に追いやられて、「困っている人々」と出会います。

民族差別、依存症、障害、精神疾患、犯罪歴があるなど、複雑な背景を抱えた彼らとの向き合いを通じて、向谷地さんはある気づきを得たといいます。

向谷地:夫の酒害に苦しむ家庭の訪問に明け暮れていた時に、酔いつぶれている夫の前で、いっそうのこと死んでくれとなじる奥さんの言葉に触れて、実は、その気持ちに同調している自分に気が付いて「誰よりもまず自分自身をケアしなければならない」と気づいた。一番支えなきゃいけないのは、目の前の人じゃなくて、その場に立っている自分なんです。治療やケアに関わる人こそが、誰よりもケアされるべきだと思い知りました。

そんな気づきが形になったのが、2001年に始まった「当事者研究」です。当事者研究とは一人ひとりが自分の困りごとや生きづらさ、体験した出来事、関心事などの「研究の素材」を持ち寄り、周囲の仲間たちと共に、「研究」というプロセスを通じて、困りごとへの理解を深めたり、よりよい付き合い方を探していく対話実践です。

【写真】ひきこもり、後悔、金欠、イライラが繋がって爆発する「苦労のメカニズム」について図示したホワイトボードの前に女性が立ち、説明している。

べてるの家で実践されている当事者研究の様子(撮影:田島寛久)

向谷地:当事者研究の発端は、自分でも制御できない他害行為(爆発)で入退院を繰り返すメンバーへの対応に行き詰まりを感じていた時に、対応した私が、「どうしたらいいか分からないから、一緒に研究しようか」と自分の気持ちを素直に伝えたことがきっかけでした。

【写真】手を前に伸ばし、参加者に語りかけるむかいやちさん

向谷地:「研究」という言葉を聞いて、うな垂れていたメンバーが突然顔をあげて「一緒にお願いします!」と言ったんです。何が問題か、誰が悪いかという発想で向き合うんじゃなくて、むしろ「研究者/リサーチャー」として現実に立ってみる。その感覚こそが大事なんだなと。研究は、別に定式化された方法があるわけじゃない。赤ん坊が母乳を吸うように、関係の中に生きている私たちの中にすでにある対話性を、改めて発見して開いていくことを提案しているに過ぎないんです。

向谷地さんは今、北海道で子どもたちと当事者研究をはじめたそうです。たとえば、一緒に暮らしている小学生の孫(小3)が学校に行き渋るとき、向谷地さんは「今日はどんな感じ?」と聞きます。

向谷地:孫が、学校に行きたくないときの状態を「イヤイヤ星人が岩をかかえてやってくる」って言うんです。「どこから来るの?」って聞いたら、「沖縄からJALに乗って来る」と。「今日の岩は何キロ?」「100キロ」って(笑)。そりゃ大変だなって言って、一緒に研究しているんです。当事者研究が大事にしているのは、こういう「遊び心」なんですよ。

「遊び心」を持った当事者研究の輪は、現在アメリカやイギリス、韓国と様々な国まで届き、ケンブリッジ大学、オックスフォード大学、スタンフォード大学などの研究者が関心をもって調査研究のために訪ねてきます。向谷地さんが「おふざけで始めた」と笑うこの実践は、「社会的に周縁に置かれてきた人たちの経験の中に、社会を変えるリソースがある」ということを、少しずつ世界に示してきました。

「ない」から始まるものづくり——ドミニク・チェンさんの活動紹介

【写真】スライドの横に立ち、参加者に向かって話すドミニクさん
次に、ドミニク・チェンさんによる活動紹介です。

ドミニクさんは、早稲田大学文化構想学部教授として情報学の研究・教育に携わりながら、人とテクノロジー、人と自然、人と死者の関係など、様々なテーマを探究し続けている研究者・実践者です。

ウェルビーイングに関する著書・翻訳書を複数持ち、ジャーナリングやAI、発酵微生物にまたがるユニークなものづくりプロジェクトでも知られています。

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」では、執筆プロセスの記録を再生するソフトウェア「TypeTrace」を用いたインスタレーション「Last Words / TypeTrace」を発表しました。明日自分がこの世を去ることを想定しながら、10分間のタイマー付きで大切に思うひとりに向けて書かれた「最後の言葉」を集め、展示会場で一挙に再生する、別名「10分遺言」といわれる作品です。

【写真】暗闇で光るいくつもの画面。手前にある1台のパソコンにはキーボードも置いてある。

「Last Words / TypeTrace」(提供写真)

この作品では、書き直しや消去、迷い、手が止まる時間といった、言葉が生まれるまでのすべてのプロセスが記録され、展示空間で再生されます。弱さや迷いを含んだプロセスをひらくことで、他者への想像や共感が立ち上がる点が、この作品の特徴です。

自身の大学での授業や研究に当事者研究を活かしているというドミニクさんが、向谷地さんのお話を最初に聞いたのは、2018年のsoarカンファレンスだったといいます。

【写真】マイクを持って話すドミニクさん

ドミニク:当事者研究というものを初めて知って、かなりの衝撃を受けたのを覚えています。自分は障害の福祉の分野とは違う場所にいるのに、本質的に関係があるというか、「自分がやってきたことと、向谷地さんたちの取り組みはかなり関係が深いのでは?」という直感があったんですよね。

図らずも当事者研究に近い関心をもってきたのでは、と気づいたドミニクさん。そんな自分の活動の特徴を「ないものづくり」だと定義します。

ドミニク:「ないものねだり」という言葉は、つまり「ちょうだい」ということですよね。これって今ないものだよね、欲しいな、ということ。その「ないこと」を嫌だ、と思って作ることをずっとやってきてたんですね。先ほど向谷地さんのお話を聞きながら、今日初めて「ないものづくり」という言葉が浮かんできました。私は自分の抱えているモヤモヤや苦痛、謎を明らかにして、今ないものを生み出すために、ものづくりをやっているんだと思います。

その言葉どおり、ドミニクさんのプロジェクトはいずれも「自分自身の困りごと」を起点にしているそうです。

たとえば、2008年にリリースした「リグレト」は、インターネットで見ず知らずの他人同士が互いの「凹み」を通して励まし合うことができる匿名掲示板です。

【画像】匿名掲示板「リグレト」。「ダメ人間コンテストなんてものがあったら、ぶっちぎりの優勝だな、わたし。」という投稿に対し、「負けないぜ!!!」「大丈夫、全然ダメなんかじゃない!」といった数々の励ましの言葉が並ぶ。

「リグレト」(提供写真)

ドミニク:当時の匿名インターネット空間は、誰かの発言に対して厳しい反応やお説教が返ってくることも多く、安心して弱さを吐き出せる場とは言いがたいものでした。

そこで、いくつかのルールを設ければ、最近困ったことやしんどいことを気軽に吐き出せて、匿名であっても人はお互いに励まし合えるのではないかと考え、実験的にこのサービスを制作しました(※現在、サービスは終了しています)。

この掲示板では、一つひとつの吹き出しがそれぞれ別の人の悩みを表しており、ときには悩みと呼ぶほどでもないような些細なことも投稿されます。すると、それに対して他の人が、ほどよい距離感で気軽に励ましの言葉を返してくれる仕組みになっています。この「適当さ」が、場の心地よさを支える重要な要素となっていました。

現在も開発を進めている「あいづちロボット」も、ドミニクさん自身が吃音(話し言葉がなめらかに出ない発話障害)があるがゆえに生じた課題から生まれたものだといいます。

ドミニク:コロナ禍でオンラインでの授業が続いていたとき、なぜか吃音がひどくなってしまった時期があって。しかも「きっと相手も聞き苦しいだろうな」というプレッシャーで、どんどん悪化してしまったんです。

どうしてオンラインだと吃音がひどくなるのかを考えてみて、気づいたのは「自分は相手からのフィードバックがない、あるいは見えにくいと話せないタイプなんだ」ということでした。うなずきやあいづちなど、何らかの反応を返してもらえないと、不安で言葉に詰まりやすくなる。すべての吃音の方がそうとは限らないのですが、少なくとも自分はそうなんだろうと。

それでまず、「あいづちボタン」というものを作ったんです。オンラインで授業を聴いている生徒たちの画面上に「はい」「うん」「ふむふむ」「なるほど」といったボタンを表示させて、それを押してもらうと、私の画面にそのリアクションの音声が聴こえてくるような機能です。早速、授業や企業の講演でこれを導入してみたら、吃音が出なくなって話しやすくなって。たったそれだけのことで、こんなに変わるのかと、自分でもビックリしましたね。

「あいづちロボット」は、この経験から発展したプロジェクトなんです。「あいづちがあると話やすい」というのは、吃音持ちでなくても、そしてリアルの場でも有効ではないか、という仮説のもと、より多くの人々のコミュニケーションの助けになるようなツールとして、開発を進めています。

ほかにも、ぬか床の微生物と対話するロボット「Nukabot(ヌカボット)」や、ジャーナリング(日誌を書く実践)に伴走するAIサービス「oryzae」なども開発してきたドミニクさん。

【写真】「ヌカボット」の内部の写真や側面図。

「Nukabot」(提供写真)

【画像】「オリゼ」でジャーナリングをサポートしている画面。

「oryzae」(提供写真)

こうした活動の根底にある考えは、2020年に出版した著書『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)にまとめられています。39歳で自伝的な本を書くのは早すぎると思いながらも、「自分は一体何をしているのか、書きながら理解しよう」という問いを探るために書いたと語ります。

【写真】笑顔でマイクを持つドミニクさん

ドミニク:書いてみて初めて分かったのは、自分が「コミュニケーションで分かり合えるとは思っていない」ということでした。「分かり合えないことがデフォルトだ」という前提のうえで、コミュニケーションができているように感じられる瞬間が奇跡的に起きていると気づいたんです。分かり合えないことを認めた上で初めて、お互いに何かを一緒にしたり話したりすることができるのではないかというのが、この本でたどり着いた考えでした。

「つながりの修復」とは、完全に分かり合うことを目指すのではなく、分かり合えないことを前提にしながら関わり続けること——ドミニクさんのこの言葉は、この日のカンファレンスのテーマと静かに重なります。

ドミニク:基本的に人間はみんな違う。わからないもの同士が、どうやってお互いに注意を向け続けるか。それが一番気になっていることなんです。分かり合えないということがデフォルトだとしたら、その上で、何が一緒にできるのかをずっと考えています。

「ウェルビーイング」から「ウェルビカミング」へ——修復とは「なり続けること」

【写真】会場の様子。参加者は真剣に話を聞いている。

お二人の活動紹介の後は、モデレーターとしてsoarの工藤瑞穂とモリジュンヤが加わり、トークセッションに移りました。前段で両者の言葉が響き合ったところを引き継ぐように、まずはドミニクさんが研究してきた「ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に「良好で満たされた状態」を指す概念)」という概念の問い直しから話が始まります。

ドミニク:ウェルビーイングという言葉には「ビーイング(状態)」が前提なんですよね。今の「悪い状態」から「いい状態」を目指すというゴール思考になると、「みんな同じゴールを目指すべきだ」という考えになりがちなんです。そこに違和感を感じてきたので、最近は「ビーイング」を「ビカミング(なっていく)」に変えて、「ウェルビカミング」にしよう、と提唱しています。「ビーイング」ではなく「ビカミング」を置くと、「私にとってのウェルビカミングとあなたのウェルビカミングは違う」ということが了解しやすくなるだろうなと。

もう一つの問題が、ウェルビーイングには個人主義的なニュアンスがつきまとうということ。渡邊淳司さんたちと編集した著書のタイトルが『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』なのですが、「私」のウェルビーイングから「わたしたち」のウェルビーイングへ、という視点の転換が大切だと思っています。これを「Well-becoming with」——よい状態に共になっていく、と表現しています。なので、向谷地さんが当事者研究において大事にされている「自分自身で、ともに」という言葉に、とても勇気づけられています。

向谷地:ありがとうございます。当事者研究は医師や専門家にすべてを委ねるのではなく、自分自身が「苦労の主人公」として自分の生きづらさを研究し、仲間とともに「自分を助けていく」試みです。そういう意味では、もとより「Well becoming with」の要素を含んでいるのかもしれません。

「ゴールとしての良い状態」ではなく「共に良くなり続けるプロセス」へ。ドミニクさんのこの言葉は、べてるの当事者研究が実践してきたことと深く重なります。つながりの修復もまた、完成形を目指すものではなく、関わり続けること自体に宿るものだということが、この対話を通じて見えてきました。

手垢のついた言葉で、つながり直す

【写真】アイコンタクトを取りながら会話するむかいやちさんとドミニクさん
「Well becoming with」と「自分自身で、ともに」の響き合いを感じたところで、話題は「では実際にウェルビカミングなつながりをどう生み出すのか」という実践の核心へと向かいます。

そこで向谷地さんが取り出したキーワードが「弱さの情報公開」でした。弱さをただ「吐露する」のではなく「情報として開く」。その違いをめぐり、二人の対話が深まっていきます。

向谷地:「弱さの情報公開」というのは、自分をさらけ出し、辛い経験を切々と語ることとは少し違います。個人的な経験を、あまり自分で”色付け”せずに「情報」として扱い、それを外に手放して開いていくと、当事者も自身の問題をメタな感覚で眺めることができて、解消の糸口を見つけやすくなるんです。

ドミニク:そのさじ加減について、ぜひお伺いしたくて。感情や主観を「客観的に語ろう」とすればするほど、大事なものが漂白されていく気がするのですが、向谷地さんはそのあたりのバランスをどのように取りながら、経験を情報に還元しているのでしょうか?

向谷地:この文脈で私がイメージする情報は、科学的であるとか、客観に類するものではなくて、オリジナルな「手垢のついた情報」なんです。いろんな感情やとげとげしいものも張り付いたまま、それを大切な情報として受け止める。つるつるしたものに削ぎ落とすんじゃなくて、持ちにくさも含めた個性を持った情報、という感じですね。

ドミニク:私は日々のジャーナリングの時間を大切にしているのですが、語ることだけでなく、書いて言語化していくなど、他の手段で他者に共有していってもいいのでしょうか。

向谷地:当事者研究はそもそも対話的な取り組みであって言語的な表現に限らなくて、歌ってもいいし、踊ってもいい、さまざまな表現手段を許容しているプロセスです。1978年に、浦河にある総合病院の精神科からスタートした私が、当時、参考にしたのがイギリスの産業革命の渦中に興ったセツルメント運動(注1)なんですが、その活動の中にも「芸術部門」がありました。当時、すでに「科学的思考」が重視される風潮が高まっている時に、より人間的であることの復権として芸術が重視されたわけです。スラム街で暮らす人たちの中から芸術が生まれる。その経験は、今でも大事な柱だと思っています。

べてるには、さまざまな場面で、みんなが自然に歌いだし、踊りだす伝統がありますが、通じるものを感じますね。「べてる祭り」(注2)がその典型で、歌って、踊って、パフォーマンスに溢れていますね。本当に表現に飢えているんです。精神の病気は、知られると社会的に不利益を被ると言われて、どんどん蓋をされてきた。その前提がなくなると、みんな自由に自分を表現し始める。「弱さの情報公開」はまさにそういうところから始まっているんですよ。

注1:19世紀末にイギリスで始まった、知識人や学生が貧困地域に住み込み、住民と共に生活しながら教育、福祉、医療などの支援を行う社会福祉・社会改良運動のこと。

注2:浦河べてるの家が年1回主催するおまつり。その中の「幻覚妄想大会」では、精神疾患のある当事者メンバーと支援者のみなさんが日頃の生活や当事者研究の成果を発表する。

弱さの情報公開のプロセスが、悩みの解消につながる

【写真】マイクを持ち、会場を見渡して話すドミニクさん
ここでドミニクさんは、向谷地さんの言葉に深く頷きつつ「今のお話を聞いて、まさに思い出したエピソードがある」と、さらに対話を深めていきます。

ドミニク:あるとき、私が担当していた授業の学生が「誰にも言えない悩みがある」と打ち明けてくれたんです。廊下で知人と目が合ったとき、どのタイミングで挨拶すればいいか分からず、結果的に無視してしまったように見えてしまう、という悩みでした。

じゃあそれを研究してみようということになりました。その学生は、その悩みを軸に、2週間後に「向こうからやってくる人と挨拶をする適切な距離を自動計算してくれるアプリ」のプロトタイプを発表したんです。そして、発表を終えた後に「本当に真剣な悩みだったんですけど、研究をしてアプリを作って今日話したことで、この悩みはもう悩みじゃなくなりました」と話してくれました。

これはもう、向谷地さんたちの当事者研究と同じく、「弱さの情報」を公開していくプロセスそのものが、悩みの解消につながった瞬間だったなと感じています。

向谷地:そうですね。私も過去に「世界中の不幸な出来事は全部自分のせいなんです。これは妄想ではなく、本当なんです」と言い続けていた統合失調症の女性に、「前科1億犯の根拠」を研究して発表しようと勧めたことがあって。彼女は、喜んで仲間も協力して研究して、その成果を当事者研究のグループワークの場で発表したところ、会場は笑いと拍手に包まれたんですね。そして、その発表の帰り際に、その人が真顔で私に言ってきたんです。「向谷地さん、私病気かな」って(笑)。

【写真】笑顔で語り合うむかいやちさんとドミニクさん

ドミニク:今年2月に出た向谷地さんの新著『向谷地さん、幻覚妄想ってどうやって聞いたらいいですか』(医学書院)の中で、「幻覚妄想を否定せずに一緒にその世界に分け入っていくと、逆に客観的に切り離せるようになる。外在化することで逆に責任を取り戻す」といった言及がありました。いま話していただいたエピソードはまさにその実例に当たると思うのですが、なぜそのようなことが起きるんでしょうか?

向谷地:「多くの人たちから受け入れられた」という”つながりの実感”が、精神的な孤独を和らげるからだと思っています。いわゆる病気であることが、決して恥ずべきことでもなく、彼女の人間としての存在と可能性を損なわないという実感が、回復させるんだと思います。社会の中に内在化された「精神病は社会死を意味する」と考える雰囲気が、彼女の「私は病気ではない」という形で、守っているわけです。自身の肯定感が希薄な状態で「自分は病気だ」と認めることを、体が拒否しているから起きるのではないかなと。「社会死」という社会の偏見への不同意として「病識の無さ」が機能しているわけで、いわば自衛のメカニズムなのでしょう。

自分の弱さの情報共有をして、他者にそのまま受け入れてもらえる。周囲とのつながりを取り戻して、孤独ではないという安心感が生まれる。そういう状態ができて、人ははじめてありのままに病気と、現実の困難さと向き合えるのだと考えています。

「共異体」——違いを前提にした場のつくり方

【写真】問いを投げかけるモリ

話の流れの中で、モデレーターのモリから「一対一で強い痛みが公開されたとき、受け取りきれない場合はどうすればいいか」という問いが投げかけられました。これに対して、ドミニクさんは、人類学者の石倉敏明さんが提唱する「共異体」という言葉を紹介します。

ドミニク:「共異体」とは、「他者同士の違いを前提として、共にある」関係性を指す概念のことを指します。「共同体」という言葉は、それを使った瞬間、無意識に同調圧力がかかって「みんな同じでなければならない」という感覚が生まれる。それを「共異体」とすると、「そもそもみんな異なりますよね」という前提になって、違いに注目できる。自分や他者の異質さが、共異体の中では弱さでなくなって、ポジティブな研究材料として捉えやすくなると感じます。

向谷地:コロナでみんなが「困る人」になったとき、これはチャンスだと思って、べてるで職員全員に「自分たちも当事者研究をやっていこう」と働きかけたんですよ。最初は「こんなことするつもりでここに入ったわけじゃない」という人もいた。でも、あれから5年が経って、職場の空気がすごく変わった実感があります。

今では、みんながそれぞれの困難や苦労を共有すべきリソースだと捉えて、積極的に自分を語る雰囲気になりましたね。個人的に悩んでいたことを、実は組織的にも大事な経験である可能性に気づいて、自分の経験を「拠出」し合うような組織文化が出来てきたような感じですね。

ただ、どのようなやり方が正解かは、手探りしながらつかむしかないなと。その場に立たされている自分が、言葉を探しあぐねたり、いろいろ制約の中で試してみる。そこで得た傷つきや失敗も含めて、また次の新しい言葉を探したり、関わりや暮らし方を探っていく。そういうプロセスしかないんじゃないかと思うんですよ。

【写真】問いに答えるむかいやちさん

ドミニク:そこには「構成論的アプローチ」が必要なのかもしれませんね。分からないものがあったら、それを作ってみたり、働きかけてみたりして、その動きの中で理解していく。「ソリューション」、つまり「解決できる」という考え方を手放して、試行錯誤のプロセスそのものを受け止める姿勢が大事なのかなと。

ものづくりの領域、たとえばデザインとかエンジニアリングには「ソリューション」という言葉が染み付いています。でも人の心が絡んだところで「解決」という言葉を不用意に使うと、取り返しがつかないことになりかねない場合もある。また、機械のように心の痛みを「解決」したり「解消」したりなんてできなくて、うまくつきあっていくことしかできないのでは、とも思います。そういう意味でいうと、向谷地さんの当事者研究はまさに、よりよい状態を目指し続ける、終わりのない「ものづくり」のような感覚だと思います。

向谷地:まさにそうですね。私にとって当事者研究は、心理的な作業ではなくて、身体をつかった物づくり感覚ですね。町工場で、つなぎを着て油まみれになって、ものを作る感覚です(笑)。みんなで、ワイワイと一人一人に合ったオーダーメイドの製品を作っていくのが、当事者研究だと捉えています。

「研究」という言葉が人をエンパワメントする理由

【写真】笑顔で話を続けるむかいやちさんとドミニクさん
ドミニクさんがずっと気になっていたのは、「向谷地さんが使う『研究』という言葉が、なぜ人をあれほど触発できるのか」ということでした。

ドミニク:学生にとって研究は、やらなきゃいけないものというイメージを持たれがちです。でも向谷地さんが使う研究という言葉は、メンバーのみなさんの意欲を掻き立てる。どうしてそこまでワクワクできるのかを聞いてみたいなと。

向谷地:二つの面があると思います。ひとつは、東京大学の熊谷晋一郎さんが話していたんですけど「人間は研究的存在である」ということです。対話と同じで、「研究する」、つまり「試行錯誤を重ねる」という営みは、あらゆる生き物に備わった生命的な要素だということです。

それは生命科学者の清水博氏が提唱する「リアルタイムの創出知」にもつながります。つまり、「一個の生物や生物システムが、その場その場で即決的に適切な情報を創出する」プロセスであり、これは「高度な生き物(多細胞生物)がもっている基本的な性質」だということです。これに一番近いのが、私は子どもの「遊び」だと思っています。

もう一つは、研究というのは、当事者を「エンパワーする」ということです。「エンパワメント」は、1970年代、黒人解放運動で注目された言葉で「私たちは弱者じゃない」という声とともに用いられたものです。そのエンパワメントの定義の一つに、「自分の体験が、他者の回復や社会の変革に貢献する」があります。貢献できることによって、自分の尊厳を取り戻していく、というものがある。自分のままで、人と社会に貢献できるかもしれないと分かること。それでみんなが立ち上がるんだと思います。

【写真】会場全体の様子

ドミニク:とても共感するとともに、本当に「研究」というのは力強い概念だなと再確認しています。このカンファレンスのテーマ「つながりの修復」においては、「Well becoming with」、つまり「ともによくなり続けること」が重要だと考えていますが、この状態に近づく上でも「研究」が大きなキーワードになるなと、あらためて感じています。

私自身、研究者になってよかったなと思うのが「多分死ぬまでこの仕事は飽きないな」という確信があることなんですね。誰からも発注されていない仕事を、自ら自分に発注し続けられます。面白いと思えることがあったら、モチベーションが維持できるかどうかなんて気にせず勝手に続いていくんです。

個人の困りごとから始まる「ないものづくり」は、問題の外在化を助けてくれます。ソフトウェアをコーディングしているだけで、悩みが自分の外に出てきて、問題の所在が見えてくる。そのような自発的な動きが心のなかで生まれれば、他者もしくは自分自身とのつながりの修復も自然と続けられると思うんです。

向谷地:私が自分の体質を振り返ってみると、ちょっと変なんですが、うまくいかなければいかないほど、行き詰まれば行き詰まるほど「よし、これは格好の研究材料だ!」という感覚が沸いてモチベーションが上がるんですよね(笑)。思い起こせば、子どもの頃からそうやって気がつけば研究ばかりしていたんですよ、ずっと。だからみなさんも、騙されたと思ってぜひ、自分の困りごとを研究するリサーチャーになってみてください。

「修復」は、壊れたものを元に戻すことではない

【写真】「12/20当事者研究〜いきあたりバッチリ〜」という手書きの文字が書かれたスライド

お二人の対談セッションの後には、当事者研究ワークの時間が設けられました。向谷地さんがモデレーターとなって、会場の参加者が「弱さの情報公開」を実践し、お互いの経験や知見を共有しながら、一緒によくなっていく道筋を探っていきます。

参加者のひとりが、とても個人的で、普段は語りにくいだろうなと思われる困りごとを打ち明けると、向谷地さんは会場に「似たような困難を『自分はこんなふうに乗り越えてきた』という裏技を、お話ししてくれる方はいませんか?』と語りかけます。

すると、ひとり、またひとりと、困難から抜け出すアイデアを提案していく人が現れ、最終的には時間内で共有しきれないほど、たくさんの人が語り手として挙手をしていました。

切実な悩みを話したり聴いたりするのは、普段ならかなりのエネルギーや勇気が要るもので、親しい間柄でも重たい空気になりがちだと思います。けれども、このワークの時間、会場の空気は終始和やかで、ほとんどの人が初対面同士なのに、誰が何を話しても安心できるような不思議な温かさと、参加者たちの「ここでなら話してみたい」という前のめりな熱気に包まれていました。

これが「研究」という言葉の力なのかもしれない……おそらく、そんな手応えをこの場にいる全員がつかんだところで、カンファレンスは無事に幕を閉じました。

【写真】円になって話し合う参加者のみなさんの手元

本カンファレンスで向谷地さんが語ってくれたのは、「分からない」ことを認めることから始まる実践でした。うまくいかなければいかないほどモチベーションが上がるという「変な体質」。言葉を探しあぐねながら、試してみて、傷ついて、また試してみる。そのプロセスそのものが、当事者研究であり、それは「ものづくり」にも近いものであると位置付けました。

ドミニクさんが語ったのは、分かり合えないことを前提にしたうえで、それでも「注意を向け続ける」ことの大切さでした。吃音と生きながら、あいづちの研究をする。ぬか床の微生物との関係を失って、それを研究する。「ない」から始まるものづくりは、結局のところ、自分の弱さや困りごとを外に出して、誰かと一緒に眺める行為なのだと思いました。

こうした背景を持った2人の言葉が交差する場所に、この日のテーマの核心があったように感じます。「弱さの情報公開」——自分の辛さや困りごとを、感情も手垢もそのままに、情報として開いていくこと。それは勇気のいる行為ですが、誰かに受け取られたとき、それが自分の回復の足がかりになる。

そればかりか、語られた経験は、相手にとっての「宝」になる。自分だけのものだった痛みが、いつのまにか誰かの回復にもつながっていくことは、なんというか、この世界にとっての希望に他ならないような気がします。

お二人の語りを通して、あらためて気づいたことがあります。それは、人と人との関係における「修復」とは、壊れたものを元通りにすることだけではないのだ、ということです。状況の変化に合わせて、自分の変化に合わせて、より良いつながりを新たに築き直し続けること。その「築き直し続ける」という動詞の中に、修復の本質があるのだと、強く実感しました。

【写真】並んでたたずむむかいやちさんとドミニクさん

(撮影:川島彩水、協力:永見陽平)

関連情報:
社会福祉法人 浦河べてるの家 ホームページ