【写真】笑顔を向けるしみずさん

努力すれば大抵のことはどうにかできる。

これまで、私はそう思って生きてきました。しかし、昨年、「自分ではどうにもできない」と感じる場面に出会いました。

体と心のバランスを崩し、仕事が思うようにできなくなってしまったのです。

毎日のように夜中に目が覚めて眠れなくなってしまったり、会話の中で投げかけられた些細な言葉に傷ついて、一日中涙が止まらなくなってしまったり。体の調子が悪くて思考がうまく働かず、たった1通のメールを返すのに2時間以上かかってしまう時もありました。

運よく周りの方の助けもあり、半年ほどで元の状態まで回復できました。しかし、これから先の人生には心身の不調以外にも「自分だけの力ではどうしようもできない困難」が必ず起こると思います。

厳しい経済状況や親子関係の不和、身近な人の死など、自分ではコントロールできない困難の数々に直面した時、どうすれば現状を受け入れて、次の一歩を踏み出せるのか。それが、体調を崩してから、ずっと気になっていました。

今回、その疑問についてお話を伺ってみたい人がいました。株式会社「」の創業者であり、代表取締役の清水舞子(しみずまいこ)さんです。清水さんは今、何かに挑戦したい人と応援したい人をつなぎ、少額からの継続的な支援を可能にするプラットフォーム「ビスケット」を運営しています。

【写真】インタビューに応えるしみずさん

清水さんはこれまで自分ではどうしようもできない困難に数多く直面してきました。ご両親は清水さんが9歳の時に離婚。厳しい経済状況の中で育ち、やりたいことを諦めざるを得なかった時もありました。また、性被害にあって絶望の中で日々を過ごしたり、うつ病に苦しんだ経験もあります。

そんな困難に直面しても、清水さんは「自分が目指す未来を掴みたい」という想いを持ち続け、今はビスケットを世の中に広げるために日々奮闘しています。

何故清水さんは数々の困難に直面しても、前を向いて進み続けられるのか。

清水さんの人生を紐解きながら、その強さの源について伺いました。

両親が離婚。自分よりも母が大切だった幼少期

清水さんが9歳の時、両親が離婚。母親と二人で暮らしはじめた清水さんは、母を気遣う気持ちがとても強い子どもだったそうです。

私、毎朝「幼稚園に行きたくない」と泣いていたらしいんですよ。困り果てた母が「何で行きたくないの?」と聞いたところ、「お母さんが家に一人になっちゃうのが心配だから」って答えたそうで(笑)それくらい、母のために何かしたいと幼い頃から強く思っていたんですよね。

清水さんのその気持ちは年齢を重ねても変わりませんでした。言うことを良く聞き、勉強を頑張るよい子でいれば、周囲から母が褒めてもらえる。それは清水さんが常に“優等生”でいるモチベーションになっていました。

母子家庭で経済状況は厳しかったため、高校は公立に進学。遠征費用などがかかりづらい部活動を選ぶなど、常に自分の気持ちよりも、母に迷惑がかからない選択をしてきました。

そんな清水さんでしたが、ただ一つ「母のため」ではなく「自分のため」に選択したことがありました。それが、長年の夢だった美大への進学です。

母が働きに出ていたので、幼い頃から一人の時間が多くて。その時に支えになっていたのがお絵かきだったんです。お金もかからないし、一人でもできるからと始めた絵に、どんどんのめり込んでいきました。これまで色々諦めてきた場面は多かったけれど、美大で絵を学ぶ夢は諦めきれなかったんですよね。

【写真】考え込む表情のしみずさん

美大受験のために予備校に通う人は多いですが、清水さんは家庭の経済状況を考えて独学で勉強を積み重ねました。そして翌年、無事多摩美術大学に合格します。

母は私が美大に合格できるとは思っていなかったみたいなんですよ(笑)だから、合格してから「入学金なんてとても支払えない。どうしよう……」と思ったんだそうです。結局、実家を抵当に入れて入学金を捻出してくれたと後から聞き、驚くと同時に本当にありがたいと感じました。

知り合いの家で、性被害に。生きる意味を見失った

憧れていた美大に無事入学した清水さんは、現代アートを学び始めました。しかし、夢だった大学生活は楽しい出来事ばかりではありませんでした。学費や生活費を自分で支払わなくてはならず、アルバイトを複数掛け持ち。必死で学び、働く日々が始まりました。

そんな状態は長くは続けられず、身体的にも精神的にも限界を超えた清水さんは、ついにうつ病の診断を受けます。

お金を稼がないと生きていけないし、学校にも通い続けられない。でも、体調が悪くて時間通りにアルバイト先には行けない。うつ状態が激しい時は起き上がるのも難しくて。夢だった美大に入学したけれど、心と体のバランスが取れないジレンマに悩まされていました。

悩んだ結果、清水さんはシフトに入らなくても稼ぐ方法を考え始めました。近所の古本屋で購入した古本をネットで転売したり、知り合いのカメラマンとモデルをつなぐ仲介サービスを運営したり。定期的にシフトに入れない状態でも自分にできる方法を必死に考えて、学費と生活費を稼ぎ始めたのです。

【写真】インタビュイーに向かって話をするしみずさん

体力的にも精神的にもギリギリの状態でなんとかやりくりしていた清水さんですが、ある日さらにつらい出来事が起こります。知り合いの男性の家を訪れたところ、その場にいた複数の男性から性的暴行を受けたのです。

被害を受けた時は、何がなんだか分からなくて。あとから悔しさと悲しさが込み上げてきました。そこから3〜4年は、何があったかほとんど覚えていないほどボロボロな状態で。

「あんなこと、大したことなかったんだ」と辛さをかき消そうとしたり、気を紛らわそうとお酒に溺れたこともあります。体の痛みを感じている間は辛さを感じなくて済むからと、自殺未遂をしたこともありました。

自分なんて存在してはいけない。そんな絶望感に支配されながらも、清水さんは母親に性被害を正直に打ち明けられませんでした。それほどまでに迷惑をかけたくない気持ちが強かったのです。

辛い感情を身近な人に打ち明けられず苦しむ清水さんでしたが、どん底の状態から立ち上がるあるきっかけが訪れます。それは、尊敬していた美大時代の恩師から連絡でした。

あんなに芸術が好きだったのに、最近はなんか様子が違うよね。何かあったの?

このメッセージを期に、少しずつ恩師と連絡を取り合うように。どんなことでも否定せずに受け止めて聞いてくれる恩師のおかげで、清水さんは自分に起こった出来事を初めて身近な大人に打ち明けられたのです。

被害について話すと、先生がこう言ってくれたんです。「人の細胞って数年で全く新しいものに変わるって知ってる?たとえ今が辛くても、数年後にはきっと今とは全く違う君になっているはず。だから安心して大丈夫」って。今の辛い気持ちも未来の私も否定せずに受け止めてくれた先生のおかげで、少しずつ心が前を向いていくのを感じました。

【写真】インタビューに答えるしみずさん

自分の気持ちを受け止めてもらえる安心感を経験し、人生に対する考え方も徐々に変わっていったと清水さんは話します。

性被害を受けた直後は、正直死ぬことしか考えていませんでした。でも、「死んでもいい」という気持ちがあるなら、それを逆に捉えて「生きている限りは、なんでもやってやろう」と考えられるようになってきたんです。

自分が死を選んでも、それによって世の中を変えることはできないと気づいたのもこの頃でした。

生きることを選択すれば、社会を変えるための行動を積み重ねられる

どうせ今この世界に存在しているならば、世の中により大きなインパクトを与えてから死んでやろうって。いい意味で吹っ切れたんですよね。

この気持ちを元に、清水さんはある決断をします。今までずっと一緒に暮らしていた実家を出て、母親のそばから離れようと決めたのです。

これまでは「母を悲しませてはいけない」と自分の気持ちを押さえ込んできました。でも、それだとずっと“母のために生きる人生”から抜け出せない。死ぬのではなく、生きることを決断をするならば、自分の気持ちにもっと正直に生きていきたいと思うようになったんです。

そして、この時期清水さんはもう一つの大きな決断をします。憧れて入学した美大を辞め、他大の商学部へ編入を決めたのです。

今学んでいるアートは、社会に問いを投げかけるきっかけにはなるけれど、自分のように絶望を抱えた人を助ける手段にはなりえないと思ったんです。

社会にインパクトを与えると決めたからには、もっと直接的に課題を解決して大きな変化を起こしたい。そう考えた時に思い浮かんだのが、ビジネスで社会の課題にアプローチする道でした。

キャバクラで出会った人々の相談に乗る日々

商学部への編入を決めた清水さんでしたが、ここでまたある事件が起こります。大学編入のために貯めていた資金を知人に貸したところ、返ってこなくなってしまったのです。

入金までの期間は残りわずかなのに、手元にお金がない……。

どうすることもできず街中で途方にくれて泣いていた時、清水さんに声をかけたのは、街でキャッチをしていた男性でした。

短期間でお金を貯めたいなら、キャバクラで働いたらいいよ。

勧められるまま歌舞伎町のキャバクラでバイトを始めた清水さんは、そこで様々な苦しさを抱える人たちに出会うことになります。

彼氏にDVを受けている女の子や、家族から愛されずに自分に自信をもてない女の子。職場にも家庭にも居場所を見つけられないサラリーマンの男性。

持ち前の面倒見の良さで、清水さんはキャバクラで出会う人々の相談に乗るようになっていきました。

何か苦しさを抱えている人たちって、「困っています」「助けてください」って直接的に言うわけではないんですよね。その代わり行動で気持ちを表す人が多いんです。

寂しさを抱えている人は夜中に何度も電話をかけてきたり、「自分の気持ちを分かってほしい」と思っている人は時に攻撃的な強い言葉を投げかけてきたり。行動だけを見てその人を判断するのではなく、裏側にある気持ちをすくいとりたいと思っていました。

【写真】話をするしみずさん

人を幸せにするのは、お金ではなく人とのつながり

歌舞伎町のキャバクラで様々な人の相談に乗り続けていた清水さんでしたが、自分が直接話を聞ける人しか助けられないことに、次第に行き詰まりを感じるようになっていきました。

そんなある日、SNSを通じて数名の学生起業家たちに出会います。IT企業を経営する彼らとの出会いにより、清水さんの人生は大きく変わっていきます。

彼らは学生なのに、プログラミングやマーケティングを学んでサービスを開発したり、Webコンサルティングを行ったりと、既に社会で大きなインパクトを残していました。その姿を目の当たりにして本当にすごいな、と。

私は今目の前の困っている人たちの話を聞くことしかできないけれど、IT技術を使えばもっともっと多くの人を助けられる。その可能性に感動すら覚えました。

【写真】取材に受け答えをするしみずさん

自分もITビジネスを通して、多くの人の人生をよくしていきたい。そう考えた清水さんは、頼み込んで彼らと一緒に働くようになりました。彼らのそばで必死でプログラミングやマーケティングを学び、ついに、清水さんは現在の会社「祭」を設立します。

会社設立後は、「苦しさを抱える人たちを幸せにするには、一体どんなサービスがあればいいのか」を考える日々が続きました。

歌舞伎町で出会った女の子たちの顔を思い浮かべながら、中絶や性病を防ぐサービスを考案したり。仕事に苦しさを抱えるサラリーマンを思い浮かべながら、自分にあった職場を見つけられるマッチングイベントを開催したり。様々な試みを行いながら、模索する時期が続きました。

いろんな事業を試していく中で、ふと気づいたんです。人が幸せになるために必要なのは、そばにいて肯定してくれる人なんじゃないかなって。

歌舞伎町で働いていたときは、お金や仕事があればみんな幸せになれるんだと思っていました。でも、IT業界に入ってみると、お金も仕事もあるけれど、それでも寂しさを抱えている人がたくさんいて。お金や仕事はもちろん必要だけど、大切なのはそれだけじゃないんだって思ったんです。

人とのつながりはお金には変えられないかけがえのないもの。だからこそ、清水さんは人と人とのつながりをつくるサービスを作りたいと考えるようになっていきました。

支援から始縁へ。100円から始められる継続支援プラットフォーム「ビスケット」

その想いを元に、2018年にリリースしたのが継続支援のプラットフォーム「ビスケット」です。

世の中には、社会課題を解決したり、自分の思いを叶えようと一生懸命活動する人たちがたくさんいます。

けれど、どれだけ価値がある活動であっても注目されづらく、応援してくれる人が集まりづらいことも多い。そうした人のために「見守っているよ」という気持ちを込めて、少額からでも継続的に支援を行えるプラットフォームとして創ったのが「ビスケット」です。

「応援する人」は自分が「応援したいと思う人」を探し、サービス内で使用できる通貨「ビスケット」を購入。購入されたビスケットの数に応じて、応援される人に報酬が支払われる仕組みです。

ビスケットでは、100円から支援ができるんです。支援する金額の大きさよりも、「見守っているよ」というメッセージが一番大切だと思っているからです。

お金がたくさんある人が多額の支援をするのではなく、多くの人がビスケットを渡すように気軽な気持ちで誰かを応援できるようになってほしい。その想いを込めてサービス名をつけました。

クラウドファンディングでは、通常は応援される人から応援する人へのリターンの提供が一般的です。しかし、ビスケットにはそれがありません。これは、リターンの設計や送付などに時間を使わずに、頑張りたいことに集中できるようにするためです。

ビスケットでは、リターンの代わりに活動報告の機能をつけています。何かしてもらった時って「あなたが見守ってくれているおかげで私こんなことできたよ」って伝えることが、何よりのお返しになると思っているんです。物で何かを渡さなくても、心で何かを返す。そんな関係性がビスケットを通じて実現できたらと思っています。

【写真】インタビューに答えるしみずさん

ここまで「応援する人」「される人」と書いてきましたが、本来は応援する人とされる人は明確に分けられるものではないと清水さんは話します。

私自身、キャバクラでいろんな人の相談に乗って、自分を癒していた側面があると思っています。誰かと仲間であるとか、つながっている感覚って、人を癒すのかなって。

そう思うと「応援している」人もある意味で「応援されている」のだと思います。ビスケットが頑張りたい人を応援するためだけの場所ではなく、それを支える人も含めて、みんなにとって心地よい居場所になってほしいと願っています。

セクハラ被害を受け、うつ状態に。そこで初めて人を「頼る」ことを覚えた

清水さんの想いが詰め込まれたビスケットは、これまで多くの人の希望となってきました。

しかし、サービスのリリースからここに至るまでの道は決して平坦なものではありませんでした。

サービス立ち上げや拡大に必要な費用を投資してもらおうと投資家の元を回った清水さんは、心ない言葉を投げかけられたのです。

資金提供するからホテルに行こう。

お金なら出すから、服脱いでよ。

それから、投資家からのセクシャルハラスメント(セクハラ)に悩まされる日々が始まりました。

そんな発言をした人たちでも、投資家として社会的に評価を受けているんですよ。だから彼らの取材記事がSNSのタイムラインに流れてきて。どうしても目に入ってきてしまうから、その度に嫌な出来事を思い出してしまうんです。

でも、周囲の人に相談して相手にバレたら、起業家コミュニティから追い出されてしまうかもしれない。想いをもって起業したはずなのに、「なんでこんな目に合わなくてはいけないのか」と絶望する日が続きました。

精神的な負担が重なった結果、清水さんは再びうつ病の診断を受けることに。仕事はもちろん、買い物や掃除、洗濯といった家事もままならなくなってしまいました。

もう死んでしまいたい。

そう考えるまで追い詰められていた清水さんでしたが、学生時代にうつ病の診断を受けた時とは一つ違う点がありました。それは、手を差し伸べてくれる仲間がいたこと。

【写真】少し下を向き考え込むような表情のしみずさん

会社のメンバーが、体調が悪い清水さんの仕事を代わりに全て引き受けてくれたのです。それだけでなく、ご飯を用意してくれたり、掃除や洗濯をしたりと、思うように動けない清水さんの日々のケアもしてくれました。

社長なのに、みんなに迷惑をかけてごめんね。

謝る清水さんに、会社のメンバーはこう声をかけてくれました。

清水さんはずっと誰にも頼らず、辛い気持ちを自分一人で抱え込んで生きてきたんだと思う。だから、今までは 「本音を言ってもらえてない、信用されてない」と感じる時もありました。

でも、今回は辛いと正直に言って、頼ってくれている。そうやって本音でぶつかってもらえるのって、本当に嬉しいんです。

私たちが、いつでも清水さんの要望に100%応えられるとは限りません。でも決して、あなたの存在を否定したりもしません。だから、こうやってもっと私たちに本音を言って頼ってほしいです。

この言葉を聞いて、清水さんは自分が他者を本当の意味で信頼しきれずに、本音を隠して付き合ってきたと気づいたのだと言います。

そう言ってくれる会社のメンバーを目の前にして、このまま一人で頑張ろうとするのは、彼らにも失礼だと思ったんです。自分の弱さを認め、心の底から誰かを信じて頼ってみたい。徐々にそう思うようになりました。

しかし、これまでの生き方を変えるのは容易ではありません。なかなか周囲の人に弱さをさらけだして頼れない清水さんに、ある日知人が「カウンセリングに行ってみたら」と勧めてくれました。

カウンセリングは初めてだったので、最初は緊張しました。でもカウンセラーの方に優しく話を聞いてもらううちに徐々に安心して、自分の感情を素直に口に出せるようになっていったんです。

これまで清水さんは、辛い出来事があっても出来るだけ自分の力でなんとかしようと行動してきました。両親が離婚した時は「私が母を支えなくてはいけない」。

キャバクラで働いていた時は「私よりももっと大変な人たちがいるのだから、助けなくてはいけない」。起業してからは「社長なんだから、責任を持ってみんなをリードしなくてはならない」と。

でも、その裏には常に「寂しい」「辛い」「逃げ出したい」「私の話も聞いてほしい」といった様々な感情が隠れていました。カウンセラーの方と対話を続けるうちに、清水さんは自分が抱えるネガティブな感情にもしっかりと目を向けられるようになっていったのです。

自分のネガティブな気持ちを吐露した時に、カウンセラーの方が「その気持ちをあなたは大切にしていいんだよ」と言ってくれたんです。それを聞いた時「私も、辛いって言っていいんだ」「もっと人を頼っていいんだ」と心の底から思えるようになりました。

思い切って人を頼ったことで、大切な人との関係性が変わっていった

カウンセラーの力も借りながら、適切に他者を頼ることを少しずつ覚えていった清水さん。そのおかげもあり、周囲の人との関係性も少しずつ変わりつつあるのだと言います。

それは仕事仲間だけではなく、プライベートでの人との関係性にも影響しています。

これまではお付き合いしているパートナーにすら、なかなか自分の気持ちを言えなかったんです。相手が望む自分であろうと、無意識のうちに無理をしてしまっていました。でも、少しずつ無理が積み重なれば、最終的には関係が破綻してしまう。お互いにとって、それは健全ではないと気づけたんです。

今回の経験をきっかけに、少しずつ自分の素直な気持ちに基づいたパートナーシップを築けている気がします。

また、母親との関係性も少しずつ変化しはじめているそうです。

今まで私にとって母は、「支えなくてはいけない存在」だったんですよね。でも、今回体調を崩した時に実家に帰ってみたんです。そして、自分の辛さや苦しさを初めて伝えてみました。そしたら、母もそれを受け止めてくれて。もっと私は母に頼ってもいいのだと思えたんですよね。

自分の感情に素直になってそれを適切に伝えられれば、身近な人との関係性はさらに深まる。そして、相手との関係性は徐々に居心地のよいものになっていく。それは清水さんにとって人生を変えるような新しい発見でした。

そして、「人との関係性をよりよく変化させていく」ための一つのアクションとして、今回の傷つきの原因となったセクハラに対しても、清水さんは今新たな動きを考えています。

セクハラはなかったことにした方がいいんじゃないかと思った時もありました。でも自分の悲しみや怒りにしっかりと向き合った時、それじゃダメだって思ったんです。

社会にこの問題を伝えて、同じように苦しむ人が新たに生まれないようにしなくてはいけない。今はハラスメント抑制の仕組みをつくる活動を、水面下で始めようとしています。

【写真】生き生きとした表情で話をするしみずさん

目の前の困難を受け入れつつ、自分が望む未来に手を伸ばす勇気を忘れない

両親の離婚や性被害、そして資金調達時のセクハラ、うつ病など、様々な困難を一歩ずつ乗り越えてきた清水さん。大きな困難に直面した時、戸惑いながらも、足を止めずに一歩ずつ着実に前を向いて進んでこれたのはなぜだったのでしょうか。

どんなに辛くても「本当はもっと幸せになりたい」という自分の気持ちから目をそらさない。そして自分が望む未来に手を伸ばす勇気を忘れないと、心に留めていたからだと思います。

「自分の人生なんて大したものじゃない」「私さえ我慢すればいい」そう考えて目の前の現状を変える努力を手放してしまったら、永遠に困難から抜け出せないと清水さんは言います。

生きるという選択をしている以上、目の前の現実を否定したり、嘆いたりしているだけでは、辛さは変わらないんですよね。だとしたら、昨日よりも今日、今日よりも明日を少しでもよくする気概をもっていた方が、絶対楽だと思うんです。

【写真】穏やかな表情で話をするしみずさん

もちろん現実を変えていくためには大変な場面もたくさんあり、時には立ち止まったり、諦めかけてしまうこともある。一人の力では、どうにもできないこともあります。

だからこそ、他者の力を借りながら、一歩ずつ前に足を運ぶのを諦めたくはないと清水さんは続けます。

諦めは、自分の正直な気持ちへの裏切りだとも思うんです。私は自分に嘘はつきたくないんです。

私が小さい頃、父と母がよく喧嘩していたんですね。本当は仲良くしてほしいと思っていたのに、「大人しくしていた方がいい」「止めても何も変わらないかもしれない」と何も行動できなかったんです。

自分の素直な気持ちに嘘をつかなければ、二人の関係性を変えるチャンスがあったかもしれない。今でもそれを後悔しているからこそ、もう絶対に嘘はつかないって決めているんです。

【写真】笑顔を向けるしみずさん

最後に、清水さんは人生において直面する困難をあるモノになぞらえて、メッセージを送ってくれました。

人生におけるあらゆる出来事は自分ではコントロールできない「ゲームで無作為に配られるカードのようなもの」なのかもしれないなって。だとしたら、配られたのがどんなカードであれ、そのカードを使ってゲームを楽しんだ方がいいと、たくさんの困難を経験して思うようになりました。

例えば「親の離婚」というカードが手元にあった時、なんて不幸なんだってその後の人生を過ごす選択もできます。でも私の場合は両親が離婚したからこそ「自分の人生は自分で責任を持って生きていかなくてはいけない」と色々と考えるようになりました。

そのカードがなかったら、この姿勢は身につかなかったかもしれない。だとしたら、一見「困難」に見えるカードであっても、人生のギフトだって考えようって思うようになったんです。

今日よりも明日を、少しでも良くしたい。その強い想いが前に進むための原動力

【写真】道路を歩きながらこちらに微笑むしみずさん

昨日よりも今日、今日よりも明日を少しでもよくしたい。

そのために自分の心に嘘をつかず、時には自分の弱さをさらけ出して助けを求める勇気を持ちつづけたい。

お話を聴かせてもらう中で、そう繰り返し伝えてくれた清水さん。

自分ではどうしようもできない困難が目の前に現れた時、もしかすると「辛い」「苦しい」といった気持ちに圧倒されてしまうかもしれません。

でも、その陰に隠れた「幸せになりたい」「もっと良い未来を手に掴みたい」という自分の素直な気持ちにも、しっかりと耳を傾ける。そして、手を差し伸べてくれる他者を信じて、頼ってみる。

数々の困難を乗り越えてきた清水さんに、そんなしなやかな強さを学んだ気がします。

自分の心の声を無視した虚栄の上に成り立つ強さではなく、自分の正直な気持ちを受け止めて前に進む強さを、私も少しずつ身につけていけたらいいなと思います。

【写真】笑顔を向けるしみずさんとライターのおかもと

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(編集/工藤瑞穂、写真/馬場加奈子、企画・進行/工藤瑞穂・松本綾香、協力/杉田真理奈)