【写真】街路樹を背景にカメラ目線で微笑むよしおかまこさん

「私は今後、幸せに生きていくことができるのだろうか?」

そんな漠然とした不安に襲われることがあります。

私も、そして周りを見渡すと、かつて同じ教室で、同じ制服を着て、同じ授業を受けていた友人たちも年齢を重ねて、さまざまな異なった選択や経験をしてきました。

親になったり、仕事に邁進したり、パートナーと暮らしたり、さまざまな離別を経験したり…。その選択や経験の中で、役割がつきまとい、自分の気持ちよりも「こうでなければならない」「本当はこうしたいけれどできない」という考えにとらわれてしまうことがあります。そうしているうちに、自分自身の本当の望みが分からなくなり、他者や役割を優先し息苦しくなってしまうことも。

いろいろな生き方を知りたいと、本を読んだり、記事を読んだりするなかでふと目にとまったのがシングルマザーについて書いてあるもの。家庭のことを一手に担うシングルマザーは、他の境遇の人よりも、自分自身の望みを後回しにして、子どもや仕事などの役割を優先してしまう現状にあるのではないかと感じました。

とはいえ、子どもがいない私でも、自分を最優先しているとは言えません。だからこそ、立場に関わらずたくさんの人が自分のことを無意識に後回しにしているのではないか…と気づいたのです。

そんなとき、ふと思い出したのが以前soarでNPO法人マドレボニータの吉岡マコさんをインタビューした記事で読んだ「すべての人が力を持っている」という言葉でした。

【写真】椅子に座りにこやかにお話するよしおかさん

吉岡さんは、自分自身の出産をきっかけに、産後女性の体のダメージが大きいことや回復するのためのサポート体制が少ないことを知り、産後女性のためのヘルスケアプログラムを開発、「産後ケア教室」を立ち上げました。1998年に活動を開始し、2008年にはNPO法人マドレボニータ(以下、マドレボニータという)を設立し代表理事に就任。現在は退任し、新たにNPO法人シングルマザーズシスターフッド(以下、シングルマザーズシスターフッドという)を立ち上げ、さまざまな活動を通して、シングルマザーが自分らしい人生を歩めるようにエンパワーメントしています。

「すべての人が力を持っている」と、人の可能性を信じる吉岡さんのあり方や力強い言葉から、シングルマザーが抱える課題や必要なものだけではなく、誰もがどんな状況にあっても自分らしい人生を生きるためのヒントがもらえるのではないか。そんな思いを携えながら、吉岡さんに会いに行きました。

心身ともにボロボロな産後を過ごしたことで生まれた、産後ケア教室マドレボニータ

【写真】ライターと編集部メンバーに向かって笑顔でお話するよしおかさん

吉岡さんがマドレボニータを立ち上げたのは、今から20年以上前のことです。

吉岡さんが妊娠・出産したのは1998年。当時から体や心の繋がりに意識を向けていた吉岡さんは、毎日3時間のウォーキングをしたり、食事に気を遣ったり、マタニティヨガをしたりとアクティブに妊娠期間を過ごしていました。

出産するための体力づくりという目的でいろいろなことをやったのですが、いざ出産を終えたときの体のダメージをまったく予想していなかったんです。体がつらくて、そうすると心もつらくなってくるという経験に衝撃を受けました。心身ともにつらい時期に、私は海外に住むパートナーとの離別も経験して。心身ともにボロボロな産後でした。

自身のつらい経験を経て、産後に特化したケアが必要だと確信した吉岡さんが「産後ケア教室」を始めたのは子どもが生後6ヶ月になる頃。バランスボールを使った産後エクササイズや、エクササイズの後に語り合いの時間を持つプログラムを行っていました。

それがマドレボニータの始まりです。2008年にNPO法人化したマドレボニータでは、母となった女性が産後の養生とリハビリに取り組み、本来持っている力を発揮できる社会を実現するため、「産前・産後ケアプログラムの開催」「指導者の育成」「産前・産後の調査研究」「産後ケアの啓発活動」「法人向けサービスの提供」などを行っています。産後ケア教室は全国で30カ所にまで広がりました。吉岡さんは22年にもわたり、多くの産後の女性をケアしてきたのです。

これまでの人生を振り返る吉岡さんの優しい語り口と周りを明るくする笑顔に、私たちの緊張が少しずつほぐれていきました。

現役の子育て世代に運営に関わってほしい。そんな想いからマドレボニータの代表を退任

【写真】住宅街を歩くよしおかさんの後ろ姿

2020年になり、マドレボニータを始めて22年が経過し、社会はもちろん吉岡さん自身にも変化がありました。

当時生まれたばかりだった息子も22歳になり、大学を卒業。私自身が子育て世代ではなくなりました。インターネットがここまで発達したり、産後パパ育休制度ができたりと社会も大きく変わっています。

そんななかで、今産後を過ごしている人に適切なサービスを提供できているのかという疑問が湧いてきたんです。息子が大きくなっていく過程で、現役で子育てをしている人たちがマドレボニータの運営をしていってくれたらいいなとも考えていました。

そんな折、世界がコロナ禍に突入。可能な限り人との接触を避けなければいけなくなり、赤ちゃんを連れてフィットネスをする事業を全国で行っていたマドレボニータも、大きく影響を受けることになりました。スタッフと今後どうしていくべきかの話し合いを重ねるなかで「マドレボニータを誰かに引き継ぐのは今かもしれない」と、吉岡さんは考え始めます。

誰かを指名するのではなく、理事を担いたいと手を挙げてくれた人に譲りたいと考え、最終的に6人が立候補し、その中から2人が共同代表として吉岡さんの跡を継ぐことになったのです。

また、コロナ禍にはマドレボニータでシングルマザー向けの講座を行いました。自身もシングルマザーだった吉岡さんは、シングルマザーのための活動を継続できればいいなと考え始めたといいます。

マドレボニータは産後の女性を支援することを目的とした団体なので、そこでシングルマザーに対象を絞って支援するのは少し違うなと私も思っていましたし、周囲も同じように感じていたようです。そして何より、シングルマザーの支援は、産後の女性支援の“サブカテゴリー”として扱われるべきではなく、しっかり中心に据えて扱われるべき領域だなと実感したんです。

この時点で「自分で団体を新たに立ち上げよう」という、明確な意思があったわけではありませんでしたが、さまざまなことを考えたうえで、2020年に吉岡さんはマドレボニータを現役子育て世代のリーダーたちに譲り、代表を退きました。

同じ境遇の友人がいない。自分をケアする時間がない…。シングルマザーが抱えているさまざまな課題

【写真】テーブルに手を置きおだやかな表情でインタビューにこたえるよしおかさん

マドレボニータの講座で出会ったシングルマザーたちとの出会いは、吉岡さんがまた新たな道に進むきっかけをつくりました。

講座終了後に参加者からアンケートに回答してもらったり、直接会話をさせてもらうたびに、シングルマザーが抱える想いや課題が見えてきたと吉岡さんはいいます。そのなかで特に印象的だったことが2つありました。

1つめが、講座に参加して自分以外のシングルマザーに初めて出会ったという人が多く、日常生活ではシングルマザーの友達がいなかったり、自分がシングルマザーであることを隠しているというケースも多いということ。

私自身がシングルマザーになったときは、周りに何人かすでにシングルマザーとして生活をしている友人がいたんです。だから、みんなそういう友達がいると勝手に思い込んでいました。でも、そうじゃないんだな。社会的に孤立しているというのはこういうことなのかと気付きました。

同じ境遇の友達がいないと、シングルマザーならではの喜びや悩みを共有できず、支援についての情報も得られにくくなります。また、周囲に自分の境遇を話すことで過剰に気を遣われたり、変な噂がたつことが嫌だと考える人も多いです。社会からの偏見や憐れみがシングルマザーをさらに孤立させてしまうこともあるのだなと思いました。

2つめが、シングルマザーがセルフケアできる場が少ないということ。「シングルマザーになったから、子どもに尽くさないと」というプレッシャーや責任感、「自分の人生は終わった」という絶望感からセルフケアなんて考えたこともなかったという人がたくさんいました。そもそも、「子どもを差し置いて自分の時間をつくるなんて」とセルフケアをすること自体に罪悪感をもっている人も多いそうです。

これまでのマドレボニータの教室にも、シングルマザーの方は来てくれていました。でも割合でいうと0.1%くらい。その方は、「集まっているお母さんたちのなかで自分だけパートナーがいない」と感じて、マイノリティ性を再認識して余計につらくなることもあったんじゃないかなと思います。シングルマザー独自の喜びや悩みを素直に話したりする場はなかなかないことを、皆さんのアンケートから改めて知りました。

そうした気付きがあったことで、吉岡さんは国によるシングルマザーへの支援にも目を向けるようになります。

国が行うひとり親支援は、「子育て・生活支援」「就業支援」「養育費の確保」「経済的支援」の4つがあります。支援の内容は、ヘルパーの派遣や保育所への優先入所など子育ての負担そのものの軽減、その人の状況に応じた就業支援を行うこと、養育費に関するさまざまな相談を受け付けたり、児童扶養手当の支給をするなど。就労やお金に関する支援がメインで、もちろん経済的な貧困への対策は大事なことではあるものの、身体的な疲労や精神的な不安、孤独など、親の体や心のケアにはまだ手が及んでいない現実がありました。

セルフケアは、体、心をいい状態にしていくためのもの。いわばすべての土台となるもので、子育ても仕事もその土台の上に初めて成り立つものだと思うんです。ただ、国によるひとり親支援はたくさんあっても、その中に「母親の体や心の健康」に対しての支援は一切ないんですよ。今は心身の健康は医療に委ねられていると思いますが、医療が必要になる前段階の「予防的な」取り組みが必要だと私は思いました。

シングルマザーが抱える課題や問題、そしてサポートの必要性を知った吉岡さんは、新しい挑戦を始めることを決意しました。

「セルフケア」「学び」「貢献」それぞれに合ったステージを用意してシングルマザーをエンパワーメント

【写真】手でジェスチャーをしながらお話するよしおかさん

子育てや家庭のことを一手に担うシングルマザーが自分の身体や心をセルフケアし、オンラインで地域を越えて交流することで互いを励まし合える機会を提供するため、吉岡さんは2020年にシングルマザーズシスターフッドを立ち上げました。シングルマザー、そしてその子どもたち一人ひとりが自分らしくいきいきと暮らしていける社会を目指しています。

シングルマザーズシスターフッドにおけるシングルマザーへのサポートは、「セルフケア」「学び」「貢献」という3つの段階的なプロセスから成り立っています。

3つの要素のうち最初の段階である「セルフケア」を行うためのセルフケア講座では、30分間でストレッチや瞑想を行い、自分の体に意識を向けます。この講座は約3年で367回もオンライン開催され、全国41都道府県からのべ2468人が参加しました。

セルフケアの目的は、その人の“今”を良くすること。でも、その効果はそこまで長くは続きません。初めの頃はストレッチなどで一時的に体が楽になったり、気持ちが落ち着いたとしても、次の日にはまた肩が凝ったり、気持ちのつらさもすぐに戻ってきてしまうのです。

今を良くするだけでは、その人がもつ「自分らしい人生を送りたい」という本当の願いにはたどり着けない。だけど、セルフケアをできるようになって、“自分を大切にする”という感覚を身につけると、自分の未来に対する希望みたいなものが生まれてくるんですよね。

まずは今の自分をケアする、その次に必要となるステップが未来をよくするための「学び」です。

それまでは毎日をなんとか生き抜くだけで精一杯だった人が、自分を大切にできるようになる。すると、スキルを身につけてキャリアアップを目指そうとか、お金の知識を身につけてお金の管理をできるようにしようとか、未来のことに目を向けられるようになるんです。

シングルマザーズシスターフッドでは、学びの段階に進んだ人向けに、マネーリテラシーやNVCなどのコミュニケーション術、スピーチのやり方、子育てに関する知識など、ニーズに応じてさまざまな講座を開設しています。マネーリテラシーを身につけることで漠然とした不安を解消することができたり、コミュニケーション術を学び職場のやりとりや子どもとのコミュニケーションがスムーズになったり、吉岡さんは受講した方の人生が変わっていく様子をたくさん見てきました。

さまざまな努力を経て自分の生活をよりよくしていった人たちは、決して自分だけが幸せになって満足をするわけではないんです。そういった人たちからは、「恩返しをしたい」という声を多くいただきます。ずっと支援される側にいるのではなく、支援を受けて得た力を他の誰かのために使いたい。そう願う人のために「貢献」という場をつくったんです。

最後の段階である「貢献」のステージでは、具体的には今まで支援される側だった人が運営スタッフとして支援する側にまわったり、活動を続けるための資金集めを担ったり。シングルマザーズシスターフッドは、「セルフケア」そして「学び」を経た人たちが次のステージで活躍する場も提供しています。

実際に「貢献」のステージまで続ける人は全体の1割くらいだそう。吉岡さんは決して全員がそのステージに進まなければならないと思っているわけではありません。でも、他者への貢献を始めた“先輩”の姿を見ることが、見たその人のセルフイメージを変えていく効果もある、と吉岡さんは考えています。

【写真】椅子に座り、真剣な表情でインタビューにこたえるよしおかさん

一般的に、シングルマザーには社会全体が植え付けたネガティブなイメージがあるような気がしています。“かわいそうだから、助けなくてはいけない存在”…のような。そして、そのイメージに、当事者が自分を合わせてしまうような現象が起こっているんです。

マネーリテラシー講座に参加してくださった方が「今まで自分はシングルマザーだから貧乏なのは仕方ないと諦めていた」と話してくれました。でも、シングルマザーに関わらず、どんな人でも自分で人生を選ぶことができるはずなんですよね。実際シングルマザーでもバリバリ働いて活躍している人もいるし、決して金銭的に余裕がなくても工夫して楽しく暮らしている人もいます。

シングルマザーのイメージを変えていくというのも、私たちの役割かなと思っているんです。

苦労を分かち合うだけではなく、自立した女性が刺激し合い、応援し合う場

シングルマザーズシスターフッドでは、ストレッチの後の振り返り、グループリフレクションという振り返りのプログラム、マネーリテラシー講座やコミュニケーション講座での「学び」など、さまざまなプロセスにおいて“グループで取り組むこと”を大切にしているそうです。

シングルマザーという共通点がありながらも、多様なバックグラウンドを持つ人たちと協働して何かに取り組むことで、学びや気付きのモチベーションは大きく変わるんですよ。参加者からも「周りの仲間から、自分で人生を前に進んでいく力や勢い、刺激をもらった」という声が集まっています。

でも、なかには初対面の人と話すのが苦手だったり、そもそも自分の話をするのが苦手という人も。そういう人たちでも気楽な気持ちで参加してもらえるように、セルフケアの後に話す時間はひとり1分程度とごく短い時間に設定してあるのだとか。決してプライベートなどの深い話をする必要はなく、自分の体や心の状態を言語化して誰かと分かち合うことが目的になっているのです。

「もっと話したい」という人には、グループリフレクションという全5回のプログラムを用意しているのだそう。自分の状況や現在考えていることなどを言語化して話す「発表」と、それに対する「フィードバック」をそれぞれが行い自己開示をしていく内容で、回を重ねるごとに、まるで古くからお互いを知っている仲間のような関係性が生まれるといいます。

シングルマザーの支援、シングルマザーが集まって活動を共にするなかでは、お互いの苦労を分かち合うことも大切。でも、シングルマザーズシスターフッドはそれだけではなく、自立した素敵な女性たちが互いに刺激を与え合って、お互いの成長を応援しあう場所なんです。参加してくださる皆さんにもそう言っていただけることを、私もとても嬉しく思っています。

自分の経験に向き合い、一本のエッセイにすることで生まれる回復

【写真】テーブルの上に飾られた花。小さな透明な瓶に、白や黄色の花が生けられている。

吉岡さんたちが大切にしている取り組みのひとつが、「表現による自己の回復のプログラム」です。シングルマザーが自分の経験や思いをエッセイとしてまとめるこのプログラムには、癒しと自己の回復、他者や社会との関係性の回復という効果があるといいます。

また、こちらはシングルマザーズシスターフッドの寄附集めの一環にもなっており、2021年より年に2回、当事者たちによるエッセイを発表して寄付を募集するキャンペーンとして実施しています。今まで「支援の受益者」だったシングルマザーたちも、この活動に参加することで、「支援活動の担い手」になります。

吉岡さんは、当事者の自己回復の促進とファンドレイジングの推進の過程をエンパワメントプログラムとして確立させたのです。

エッセイという一つの作品にまで仕上げるために、チームでの校正作業を行います。エッセイを完成させるまでには、校正者が執筆者に問いかけたり、うまくいかないときには互いに励まし合ったりもします。その過程で信頼関係や絆が生まれ、そこからまた生きる力を与え合うという現象が起きていて、これはとても力強いシスターフッド(連帯)だと思っています。

【画像】2023年5月に行われた、表現による自己の回復のプログラム「Mother's Dayキャンペーン2023」のトップ画像。ピンクの背景にハートがたくさん散りばめられていて、右側に「Happy Mother’s DAY 2023」とかかれている。

2023年5月に行われた、表現による自己の回復のプログラム「Mother’s Dayキャンペーン2023」のトップ画像。画像の選定も、プロジェクトメンバーでブレストしながら行っている。(提供画像)

表現方法として文章を選んだのは、最低限の道具があれば始められることと、何度も書き直すことができ自己探究の方法として最適だと考えたから。もう一つ、匿名性を担保するためという側面もあります。たとえば、動画や音声だとその人の顔や声や雰囲気が分かってしまうことも。いろいろな事情を抱えて、自分を表に出したくないという人も少なくないため、文章は最善の表現方法だったと吉岡さんは振り返ります。

プログラムは毎回、まず「プロジェクト憲章」をつくるところからスタートするそう。参加者全員でアイデアを出し、プロジェクトで大切にしたい価値観や行動規範、プロジェクトの目標、リスクなどを言語化します。

このプロジェクトはエッセイを書くことが全面に出ているんですけど、実は、このプロジェクトを推進するチームに参加すること自体にすごく意味があって。プロジェクト憲章の一つひとつの項目について全員でブレストし、自分はなぜこれに関わってるのか、何をしたいのかを言語化することで心の準備をしていきます。プロジェクトの初期の段階から全員で関わることで、みんなで創りあげるキャンペーンに育っていくんです。

セルフケア講座に2回以上参加したシングルマザーの皆さんから執筆者と校正者を募り、希望した人が文章講座を受けるところからスタート。執筆と校正の手引きも用意されていて、文章の書き方や校正の仕方などを学んでいきます。

校正担当者は、決して誤字脱字をチェックするだけではなく、「ここをもっと詳しく書いた方が読む人に伝わると思う」「このときどんな気持ちだったのかまで書けるといいかも」など、具体的な提案までするのだとか。言葉通り“二人三脚”でエッセイが完成するのです。

セルフケアの講座では、深い話はしないので、お互いがシングルマザーではあるけれど“どうして”シングルマザーになったかまでは知らないんです。もちろん、過去に経験したつらい体験なども。エッセイでもそういった内容を書く人も、書かない人もいますが、それぞれに過去に抱えた傷を癒せないまま持っているんだな、ということを改めて知るきっかけにもなりました。

過去のつらかった体験を支援者が“じっくりと聞く”というアプローチもありますが、自分の経験をひとつの作品として仕上げるということに意味がある、と吉岡さんは考えています。「聞いてもらって楽になった」というところで終わらずに、過去の出来事に向き合って作品を生み出す過程で、また経験を結晶化された作品にすることで、誇りや尊厳が生まれるのです。

なかには、何度もプログラムに参加してエッセイを書き続けている人もいて、回数を重ねるごとにエッセイの内容に変化があるそうです。

その方は、いつも率先して前向きな発言をしてくれて、みんなのことを気遣ってくれる、謙虚なリーダータイプ。過去4回執筆してくれているんですけど、最初はネガティブなことをあまり書かず、シングルマザーになったときに助けてくれた人への感謝の気持ちを表現していました。

それが最新の4回目のエッセイでは、「自分は離婚によってこういうダメージを受けた」というつらい経験、それをどう乗り越えたかが書かれていました。

誰かに読んでもらう文章をつくるとなると、「ポジティブなことを書いたほうがいい」と感じる人も、回を重ねることで、自分自身のさまざまな側面を開示できるようになる、という気づきがあったそうです。

自分の経験を文章にするという意味では、離婚の際に裁判の陳述書などを書いたことがあるという人もいるのですが、公的な文章では起こったことをすべて書かなくてはいけないんです。

それに比べて、エッセイは何を書いて何を書かないのか自分で選べるので、自分のストーリーを自分の意思で語れるのがすごくいいなと思っています。起きたことはつらいことでも、そのストーリーを読むと「つらかったね」「可哀想」ではなく、それを乗り越えた先にあるその人の人生を祝福したいという気持ちになるんです。

エッセイを読んだ読者の方からも「応援したい気持ちになった」「敬礼したくなるような、尊敬する気持ちが沸いた」などの声が届いているといいます。そして、その感想は筆者や校正者にとって、「誰かに対して影響を与えることができた」という大きな力になっています。

エッセイを書くことで自分を癒し、さらにチームでの制作過程、そして世の中にエッセイを発表することを通して、社会や人との関係を取り戻すきっかけにもなっているのです。

刺激し合うことで広がる、グループのエネルギー。それはきっと子どもたちにも伝播する

【写真】にこやかにインタビューにこたえるよしおかさん

シングルマザーズシスターフッドの活動も今年で4年目。吉岡さんと初期から講座に参加している人とは、もう3年以上の関わりになります。

当時、生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて「この子が泣いたら迷惑をかけてしまうかもしれない」と申し訳なさそうにしていた人が、少しずつ自信を取り戻して今はリーダー的な役割を担うことも。吉岡さんは人が変わっていく過程を間近でみつめてきました。

3年あると人ってこれだけ変わることができるんだ、と感じます。出会った頃は自分自身や自分の人生に絶望していた状態から、セルフケアをする術を身につけ、自分は希望を持っていいんだと、未来に向かって走り出す様子を見ると、“人の持つ力”みたいなものをものすごく感じるんです。

それぞれの持つ力が互いに影響を与え、グループ全体のエネルギーがさらに大きくなっているのかもしれません。そのエネルギーが参加している母親だけではなく、その子どもにも伝播しているのだといいます。

ひとり親家庭の子どもは、さまざまな困難に直面することがあります。保育園のお友達から「親から捨てられたんだろう」と心ない言葉を投げかけられた、なんていうこともあるそうです。もしかしたら似た境遇の友達と気持ちが分かち合えるだけで、子どもたちもぐっと生きやすくなるのかもしれません。

活動はオンラインで行われることがほとんどなので、居住地が違うと直接会う機会はなかなかありませんが、母親同士が仲良くなり、結果として親子ぐるみの交流に発展することもあります。東京と関西など遠く離れた場所に住んでいる親子同士が実際に対面して、その後も覚えたての文字をつづって子どもたちがお手紙を送り合った、なんていうこともあったといいます。

シングルマザーズシスターフッドの活動は、シングルマザーをエンパワーするだけではなく、子どもたち同士のつながりにも影響を与えているようです。

“振り返り”が自分の望みを明確にするための一歩になる

3年間の活動を通して、シングルマザー、ときにはその子どもたちが、自分の望みを掲げて前に進んでいくプロセスを見てきた吉岡さん。でも、望みを大切にしづらいのは、シングルマザーに限ったことではないと思っているといいます。さまざまな状況で生きづらさを抱えている人がいることにも、吉岡さんは心を寄せているのです。

自分の望みが何なのかすら分からない…という人はまず、1日に何分かでも自分自身と向き合うことが大切だと思います。体を動かすのもひとつの方法。そして、“振り返り”をする時間を持つこともとても有効です。

慌ただしくしていると「あれもできていない」「これもできていない」と、ネガティブなことに支配されがちですよね。でも時間をつくって最近のことを振り返って書き出してみると、「あれもできたし」「これも進んでいる」と思えるはずです。もちろん、同時にできていないことも見えてきますが、「これはできなかったけど、来週頑張ろう」とポジティブに変換することができると思います。

立ち止まってみるからこそ、気づくことがある。シングルマザーズシスターフッドでも、振り返りの時間を大切にしているのです。

2週に1度、全5回、同じメンバーで集まって振り返りを分かち合うグループリフレクションというプログラムでは、そのタイミングを使って振り返りをすることができます。

振り返りをしないと、人間の頭は漠然とした不安から罪悪感や劣等感でいっぱいになってしまうように感じるんです。とはいえ、自分一人で振り返りの時間を作ろうと思っても、ほかの「やらなくてはいけないこと」に埋もれてしまったりもします。だからこそ、時間を決めて、誰かと一緒にやることはとっても有効です。

「自分一人だと定期的な振り返りの時間を持つことができないけれど、みんながいてくれるからできる」という声も多いんですよ。そういう環境に身を置いたり、他者からのフィードバックや励ましが持つ力を借りることも大切だなと思います。

力があるか、ないかではない。持っている力を発揮できているか、いないか

【写真】テーブルの上に置かれたよしおかさんの手元。白いマグカップに手を添えている。

マドレボニータの22年間、そして、シングルマザースシスターフッドの3年間、吉岡さんのなかには変わらない信念があります。それは「誰でもみんな、力を持っている」ということ。

参加している人たちが自分の望みを持っていきいきとしている姿を見て、「シングルマザーズシスターフッドは、もともと優秀なシングルマザーを集めているからでしょう」と言われたりもします。でも大事なことは、その人が優秀か、優秀じゃないか、力があるか、ないか、ではない。持っている力を発揮できているか、いないかです。

それぞれの力を発揮するためには、まずは自分自身のなかにある“希望”に気づくことだと思っているんです。

他者との関わりには、自分のなかの希望に気づくきっかけが溢れていると吉岡さんは考えます。たとえば、他の参加者が自分の人生を謳歌している姿を見て、「私も自分の人生を楽しんでいいんだ」と気づく人も多いのだとか。

人はどんなときもポジティブな方へまっすぐ進んでいけるわけではなく、停滞したり、横にそれる時期もあります。そんなときにも自分の希望を見つめることをあきらめないために、思いを分かち合える仲間が必要だと思うんです。それはリアルな家族や友達でなくてもいい、今はいろんな人との繋がり方がありますから。

吉岡さんは、そういった他者との関わりのなかで、自分に必要以上に「シングルマザー」とラベリングをしすぎないでほしい、と考えているそう。なかには、ずっと周囲から「シングルマザー」というラベルを貼られ続けて、自分をそうとしか見れなくなっている人もいるでしょう。

でも他の誰もが家庭や仕事、社会でさまざまな役割を持っているし、人との関係性によってもそれは入れ替わるので、決まったラベルを常に貼り続ける必要はないのです。

“ラベル”は時に息苦しくさせるものでもありますが、すごく便利なものでもありますよね。時と場合に合わせてラベルを張り替えることもできるし。自分の納得いくものとして、意識的に選ぶことが重要なんじゃないかなと思っています。

参加者が刺激しあって新たな活動を生み出し、その輪を広げていく

【写真】インタビュアーを見つめ、満面の笑みで取材にこたえるよしおかさん

今もさまざまな活動を行っているシングルマザーズシスターフッドですが、今後新たに計画されていることもあります。そのひとつが、これまで3年間やってきた自分の経験をエッセイという作品に仕上げる「表現による自己の回復のプログラム」のステップを、より深く考察し研究してプログラムの精度を上げていくこと。

このプログラムは、エッセイを完成させるまでに互いに問いかけたり、励まし合ったりする過程で絆が生まれ、そこからまた生きる力を与え合うことができます。やればやるほど、そのプロセスに意義を感じるんです。

このプログラムを続けていくことはもちろんですが、コミュニティづくりや安心できる場づくりのポイントを抽象化して考察し、もっときちんとした形で実証できれば、シングルマザーに限らずなんらかの生きづらさを抱える人を支援するさまざまな団体にも、このプログラムを活用してもらえるようになるのではないかと思っています。

また、最近では参加者が協力して、新たな活動のアイデアを生み出す機会が増えているそう。

そのひとつが、休眠預金等活用法(10年以上取引がない預金を民間団体の公益活動に活用する制度)を活用して実施している、「支援につながりにくい30代以下のシングルマザー」を対象にしたシングルマザーズデジタルキャンプという就労支援のプログラム。オンラインのスキルアップ講座を受講しながら、キャリアカウンセリングで自分のキャリアに向き合います。それだけでなく、対人関係やマネーリテラシーなど生きていくためのライフスキル、スピーチやプレゼンなど自己表現スキルを身につけるための集合研修、親子で自然に触れるキャンプも含まれています。

シングルマザーズシスターフッドは2020年に誕生したため、これまではコロナ禍の影響もありオンラインの活動でしたが、規制が緩和されたため、実際に対面する企画が持ち上がってきているといいます。

夏休みの自然体験やキャンプなどのイベントは一般的ですが、家族で参加するものだとシングルマザーやその子どもが疎外感を感じてしまうことも。全員シングルの家庭なら気兼ねなく楽しめるのでは…という参加者の想いが元になっているそうです。

このキャンプを提案してくれたメンバーは、ひとり親家庭の子どもたちが「逆境にあっても生き抜く力」を身につけていくには、同じひとり親家庭の子どもたち同士の交流による承認というプロセスが重要な役割を担う、という研究結果が示された論文も探し出してきて、企画の意義を熱弁してくれました。

活動に長く参加してくれている人と、新しく入ってくれた人が刺激しあって新しい企画や活動に繋がっているんです。これからもメンバーのアイデアを柔軟に取り入れられたらいいなと思っています。

これからどんなアイデアが出るのか、どんなふうにシングルマザーズシスターフッドの活動が広がっていくのか、吉岡さん自身もとても楽しみにしているそう。親だけではなく、子どもたちも含めて、きっとその輪は大きく広がってゆくのでしょう。

さまざまな“家族のあり方”があることを、いつも胸に留めておくことの大切さ

シングルマザーを支援する活動を行うなかでは、シングルマザーを“特別視”して距離をおこうとする社会の目を感じることもあったという吉岡さん。

子どもがいれば、誰でもひとり親になる可能性があります。離婚をしたり、パートナーと死別することもあるかもしれません。自分がならなくても、身近な人がひとり親になる可能性もあります。

【写真】椅子に座り笑顔でお話するよしおかさん

誰にでも起こり得ると考えれば、ひとり親を特別視したり、差別や批判をしたりできないんじゃないかなと思うんです。もし、自分の中に「この人は自分と違う」と差別や批判が生まれそうになったら、“誰の身にも起こることだ”というのを思い出してもらえたらと思います。

それは決してひとり親家庭に対してだけではなく、いろいろな“家族のあり方”に対しても言えることだといいます。たとえば、養子を迎えた家族、2人のお母さんあるいは2人のお父さんがいるおうち、おばあちゃんやおじいちゃんに育てられたりする子どももいます。

昔のような両親と子どもがいて、お母さんは専業主婦で…という家庭は減ってきていますよね。それでも、“当たり前の家族像”みたいなものは根強く残っているような気がするんです。家族のかたちはみんなそれぞれ違うのに。自分が囚われている家族のイメージがあるとしたら、「それだけがすべてじゃない」と取り払えたら良いですよね。

吉岡さんの言葉には考えさせられるものがありました。自分自身も、そして周りも、「両親がいて子どもが2人いる」ような家庭ばかりではないのに、“当たり前の家族像”として、いつも頭のなかにあったような気がしたからです。

いろいろな家族のあり方がある。そして、自分が予想もしていなかったような“家族のかたち”を選択する可能性は誰にでもあるのです。吉岡さんが言うように、それを誰もが心に留めておけたら、また一歩優しい社会に近づくような気がします。

「誰もが力を持っている」と信じ、尊厳を尊重しあう社会に

インタビューの終盤、「シングルマザーにとって、本当に必要な周囲からの関わりとは?」という私の問いに対して、吉岡さんはこのように答えてくれました。

シングルマザーだけではないと思うのですが、人との関わりの土台となるのは、その人の尊厳を大切にするということなのかなと思います。シングルマザーの場合だと、差別的なことを言われたり、プライベートを根掘り葉掘り聞かれたりすることがあるのですが、どんな境遇にあっても、その人にはちゃんと尊厳があって、それが尊重されるべきである。そういった姿勢で人と関わるのが、一番大切なのではないかと思います。

たとえ困難を抱えていても、どんな人にも力がある。その力を発揮する後押しをするのが私たちの活動で、そのためにあらゆる工夫をする。それが私たちの信念です。

どんな境遇にあっても、自分の尊厳を大切にしてもらえたら、「自分もここにいていいんだ」「もっと自分を大切にしていいんだ」と安心できて、力が湧いてくるはず。

吉岡さんは一人ひとりの尊厳を尊重しているからこそ、「誰もが力をもっている。いまはそれを発揮できていないだけ」と信じることができる。そして、「どういう関わり方があれば、この人は力を発揮できるのだろう」と考え、行動することができるのでしょう。

私自身も誰かの尊厳を脅かすことなく、大切にしていきたい。そして、社会全体がそういった環境であれば、どんな選択をしたとしても、ときには立ち止まってしまうことがあっても、誰もが望む未来に向かって前進する力を持てるのではないかと思いました。

吉岡さんとお話を終えた帰り道には、そんなふうに自分の未来に少し明るい光が灯った気がしたのです。

「人は誰でも力を持っている」

そんな揺るぎない想いを持ち続ける吉岡さんの活動を応援し続けたい。そう思いながら、私たちは大きく手を振って、取材場所を後にしたのです。

【写真】ライターのあきさだとよしおかさん。街路樹を背景に、二人並びこちらを見て微笑んでいる。

関連情報:
シングルマザーズシスターフッド ウェブサイト Twitter Facebook note Instagram 公式ラジオ

(撮影/金澤美佳、編集/工藤瑞穂、企画・進行/小野寺涼子、協力/山田晴香)