【写真】街道で笑顔で立っているよしおかまこさん

9年前、初めてのお産を体験したとき、私は小さくあたたかい赤ちゃんを胸に抱きながら、ただただ感動していました。柔らかくてほやほやしていて、あくびをしたり伸びをしたり、可愛い声で泣いたりする赤ちゃんは、どれだけ見つめていても飽きませんでした。

同時に、出産から3日間、昼も夜もなく続いた授乳を経て、寝不足で見たピンク色の朝焼けを前に、途方も無い不安と心許なさに襲われたのを覚えています。

赤ちゃんが生まれてきてくれたことは本当に嬉しい。そして幸せなはずなのに、一方では震えるような不安にさいなまれる自分もいたのです。すぐに壊れてしまいそうなこの生き物を、これから私は母親として守っていかなくちゃいけないんだ、今までとはすべてが変わってしまったんだ。

そう思うと、ブルブルと震えがくるような気がして、なぜか涙まで出てきました。体のあちこちが痛く、重くよろよろとする足で、不安の中、赤ちゃんを抱いて立ちすくんでいました。

同じように、母親になったら、今までの自分の生活や仕事がすべて変わってしまうのではと考える人は多いかもしれません。「赤ちゃんが生まれたら、お母さんはとにかく大変だよ。赤ちゃんがかわいいからなんとか乗り越えられるけどね」なんていう“先輩”たちの漠然としたアドバイスに、余計出産への不安が募るという人もいるでしょう。

そんな方にこそ、知ってほしい女性がいます。産前から産後までの様々なケアサービスを届ける認定NPO法人マドレボニータ代表理事、吉岡マコさんです。

「正しい知識と周りの適切なサポートを得て産後を過ごせば、出産は女性にとって、よりポジティブなものになるはず」という考えのもと、吉岡さんは産後女性を支える活動を続けてきました。 

活動の中心は、バランスボールを使った産後エクササイズ教室の運営です。ただしマドレボニータが提供するのは、産後ダイエットや体づくりのための運動だけではありません。出産の変化に戸惑う女性たちの、心のケアも同時に行なっているのが特徴です。

産後は、その後の人生に大きく影響する大事な時期。ここで心と体をきちんとケアすることによって、良い意味で人生が変わっていくとおっしゃる方はすごく多いです。一番大変な時期を、パートナーと協力して過ごし、周囲からきちんとサポートを受けられたら、パートナーとの絆も強くなるし、周囲との関係性もより豊かになります。

ともに回復して、自分らしく仕事をすることにも前向きになれれば、それが結果的に、家族全体、ひいては社会全体のあり方を変えていくと私は信じています。

吉岡さんがマドレボニータの活動を始めたのは、1998年のこと。当時の日本には、「産後ケア」という言葉もまだ浸透していませんでした。そんな中、吉岡さんは自身の「ボロボロ」だった産後をきっかけに、産後ケアの世界へと足を踏み出したのです。

産後すぐにひとり親に。ボロボロの体と心を救ってくれたバランスボールとの出会い

私は20年前、大学院生だった時に男の子を出産したのですが、最初はまず体へのダメージが予想以上に大きいことに驚いたんです。体のあちこちが痛むし、股関節も不安定で自由に動けない。当時は、「ジャンプすらできない人間になってしまった!」ということがすごくショックで(笑)。産後の体がどうなるかというのは、実際に体験しないとわかりにくいですよね。

産後すぐから6〜8週間後までの時期を「産褥期」といいます。この時期は、出産による母体のダメージが大きいことから、母親は赤ちゃんの世話以外はできるだけ体を休めて過ごさなくてはいけない、と言われています。

しかも吉岡さんの場合、大変だったのは体だけではありませんでした。出産後、ギリシャに離れて住んでいたパートナーと、産後の状況や認識の違いから離別してしまったのです。

二人とも望んでいた妊娠でしたから、赤ちゃんの誕生は本当に嬉しかった。すぐに結婚して、一緒に子どもを育てようとも思っていました。でも、弱り切った体で新生児のお世話をこなすことに必死だった私は、遠く離れたところにいる彼と、電話や手紙でやりとりをする余裕さえ失ってしまったんです。

彼は、早く一緒に暮らそうと言ってくれてたし、毎日電話をくれました。でも私はもう赤ちゃんを抱えてギリシャに行くなんて想像もできなくなっていた。一番大変な時、一緒にいられなかったことで生じた心の溝は、その後、どうしても埋めることができませんでした。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるよしおかまこさん

産後すぐにひとり親になってしまったというプレッシャーから、なんとか一人で子どもを育てていかなければ、と心身に鞭を打ち続けたものの、体は思い通りにならない。その事実に、吉岡さんの心は深く沈んだそうです。

パートナーシップを育てられなかったのは私の未熟さのせいでもあります。出産や子育てがいかに大変かということに対する認識が甘かった。でも、自分が体験してみて初めて、産後ボロボロになりながら新生児のお世話をする大変さを知りました。母親の体があれだけ思うようにならず、精神も不安定になるのであれば、多くの夫婦が”産後クライシス”と呼ばれるような夫婦関係の危うさを経験するのも無理はないと考えるようになりました。

だからこそ、必要なのは産む前に、産後の知識を持ち、パートナーと協力しあってその備えをする事です。それができなかった吉岡さんを助けてくれたのは、友人たちでした。ご飯を作ってもらったり、沐浴を手伝ってもらったり、そうした行為に助けられ、吉岡さんは過酷な産褥期をなんとか乗り切っていきます。そしてある時、スポーツ選手のトレーナーをしている友人に教えてもらったのが、バランスボールでした。

産後2ヶ月くらいの時のことです。股関節が痛いという話をしたら友人が、スポーツ選手がリハビリに使っているというバランスボールをプレゼントしてくれました。当時はまだバランスボールが今ほど知られてはいなかったのですが、使ってみたらすごくよかった。股関節を安定させて座ったままジャンプもできるし、赤ちゃんを抱っこしたまま弾むと、なんと赤ちゃんが泣き止んでくれる。産後に弱った内転筋なども、安全に鍛えられるツールだとわかりました。

これは、今の私にぴったりだ!と感じて。そして、私にぴったりだということはつまり、世の中の産後の女性みんなに役立つんじゃないか、と直感したんです。それが、マドレボニータの前身となる、産後エクササイズ教室に繋がっていきました。

「研究材料」は自分の体。産後女性に必要な運動を探る日々

吉岡さんがバランスボールとの出会いで気づいたことは、「回復期」の産後ケアの重要性でした。出産によるダメージを受けた心身を癒すためには、まずは「休息」が必要。でも、その後休みなく続く赤ちゃんのお世話で疲れ切った心身が元気を取り戻すためには、それなりの負荷をかけた運動を取り入れるのが効果的だ、ということを発見したのです。

産褥期にしっかり休養をとったあと、体は少しずつ回復しますが、今度はリハビリが必要な時期に入ります。でも、その時期の体が出産前と比べてどのように変化しているのか、リハビリのためにどんな運動が必要なのかといった知識は、産前にはほとんど得る機会がありません。私は大学院で運動生理学や解剖学を学んでいましたが、出産後の体がこんなに変化するなんて誰からも聞いたことがありませんでした。出産を機に資料を探して見ても、文献やデータは見つからなかったんです。

だったら、自分が実験台になって研究しよう、と。どんな運動が産後女性にぴったりくるのか、それを考えながら毎日バランスボールに乗っているうちに、私自身が心身ともに元気になっていることに気づきました。

【写真】笑顔でインタビューに答えるよしおかまこさん

産後を体験している今だからこそ、わかることがきっとある。吉岡さんは、まさに自分と同じように産後の不安の中を過ごしている女性たちに、役立つことはないかと考え始めます。

やがて吉岡さんは、産後女性にターゲットを絞ったプログラムを考案、自身の産後6ヶ月で、初めての産後エクササイズ教室を開催したのでした。

産後ケアは「贅沢」という価値観の壁を越えて女性たちが支え合う場に

しかし、手探りで始めた活動初期の集客は、順調とは言えませんでした。

ツイッターもインスタグラムもない時代でしたから、集客には苦戦しました(笑)。一番大きな課題は価値観の壁でしたね。産後すぐの母親が自分のために時間とお金を使うことが、今よりもさらに『贅沢』とされる時代だったんです。教室のことを伝えても、自分のためにお金や時間を使うのには罪悪感がある、と仰る人が多くて。

産後ケアなんて贅沢、そんな社会的価値観が壁となり、一度は教室を閉鎖したことも。ところがそれでも、教室への問い合わせ自体が止まることはなかったのです。

【写真】真剣な表情でインタビューに答えるよしおかまこさん

当時教室を探し出して来てくれる人は、まさにこんな場所を求めていた!と言ってくれました。しんどくてギリギリの状態にいる自分を放置せずに、セルフケアをすることが、自分のためにも家族のためにもなるのだと、直感的にわかっている人たちでした。中には、このままでは産後鬱になるとか、夫と別居したいとか、ギリギリの精神状態にある人もいらっしゃいました。産後にこそセルフケアが大事という概念はまだ知られていないけれど、ニーズ自体は確実にある、と感じました。

自分の取り組みは、やはり社会に求められている。そう確信した吉岡さんは、閉鎖から半年後、もう一度教室を再開します。そしてこの頃から、運動プログラムだけでなく、心のケアを目的とした語り合いの場も設けるようになりました。

それが、現在もマドレボニータの活動の大きな軸のひとつとなっている「シェアリング」ーー自分の考えを互いに話し合い、耳を傾け聞き合う時間です。

産後に見つめるべきテーマは「人生、仕事、パートナーシップ」

マドレボニータの産後ケアプログラムは、1ヶ月間4回コースで1クール。参加者は毎回同じメンバーで集まり、エクササイズをしたのち、母となった自分のことを語りあいます。何度も顔を合わせ、お互いの話を聞きあうことで、仲間意識も育まれていきます。

教室運営を続けていくうちに、運動そのものだけじゃなくて、自分の考えや感情を表現することが、産後女性には必要だと感じるようになりました。産後は仕事やパートナーとの関係も変化するので、大きな不安や悩みの中にいる人が多い。でも、『じゃあどうしたい?』と聞かれても答えられないんですね。不安や不満はあっても、希望を具体的に描けないでいる。なぜなら誰からもそれを問われないから。

吉岡さんは、シェアリングの取り組みを通じて、産後に向き合うべきテーマは、大きく分けて3つに分類できると気づきました。それは、人生、仕事、パートナーの3つです。

この3つは、出産を機に大きく変化するもの。家族が増えてパートナーとの関係性に悩みが生じたり、育児との両立のイメージがわかなくて仕事を辞めてしまおうかと考えたりします。でも、そこから、本当に自分が求めているものは何か、自分がどういう人生を歩いていきたいかを、もう一度考えてみよう、という提案をしています。大きな変化を経験している産後だからこそ、見えてきた問題を先送りにせず、きちんと言葉にしていくことの価値は大きいはずなんです。

私にも経験がありますが、出産して「お母さん」になると、驚くほど自分の世界が赤ちゃん一色になります。モヤモヤはあっても、つい目の前の赤ちゃんのお世話でいっぱいいっぱいになってしまう。大きすぎる変化の中で、自分がこの先、どういう人生を歩みたいか、という旗を立てる思考が消えてしまいがちです。

【写真】微笑んでインタビューに答えるよしおかまこさん

母になっても、主語は自分であっていい。赤ちゃんが生まれたから自分の人生を生きられないなんていうことはありません。。出産は確かに大きな変化ですが、状況が変化しても、その中で自分らしく生きる道を選ぶ権利は失われていないし、それに挑戦していいはず。それがどうして多くの女性にとって難しく感じられるかというと、圧倒的に時間がなく、さらに体力まで失っているからなんです。

自分の内側から生まれるエネルギーを活力に

さて、シェアリングと並ぶもうひとつの軸、バランスボールを使ったマドレボニータの運動プログラムは、”適度な運動”どころか、実はかなり本格的で激しいエクササイズです。

見学にこられた方が『きつい』と言って途中で断念してしまうくらい(笑)。体幹も鍛えられますし、産後の骨盤調整に役立つ腹筋や背筋もついてきます。全身を使う有酸素運動なので、しっかり呼吸が深まり、体に負担をかけずに体力を向上させることもできます。

私がそうだったように、体を動かすことで心もスッキリし、悩み事についても、前向きに考えられるようになる人は多いです。そのためマドレボニータでは、運動の前ではなく、あえて後にシェアリングの時間を設けるようにしています。

【写真】赤ちゃんを抱えてバランスボールに乗りエクササイズをしている

日夜休みない育児の疲労は誰にでもあります。ただしそこで、「体を動かしたら、もっと体力を消耗する」と考えるのは誤解だと吉岡さんは言います。

休息ももちろん必要。ただ、運動によって回復する疲労もある、ということは知ってほしいですね。きちんと負荷をかけた運動をすると、疲れた体にもエネルギーがみなぎってくる。逆にずっと体を動かさないでいると、エネルギーが作られないのでますます疲れる、という負の循環に陥ることも多いんです。

運動する方が疲労が取れるというのは、少し不思議な考え方に思えるかもしれません。でも運動には血流を促し、交換神経を刺激するといった効果があり、それが疲労の原因となる老廃物の排出や、自律神経の安定を助けることは科学的にも証明されています。

ただ、それは、産後の女性が、無理に自分を奮い立たせてがむしゃらに頑張らないといけない、ということではありません。

苦しい時、出産した女性はつい「もう母親なんだから頑張らなくちゃ」と我慢してしまいがちです。そして頑張れないのは「自分に母性が足りないせいだ」とか、夫婦仲がうまくいかないのは「優しさが足りないせい」などと、自分を責めてしまいます。

でも産後に必要なのは、母性や忍耐ではありません。産後にまず必要なのは有酸素運動なんです。運動を通して心身を整え、自分を見つめ直す時間を作り出す方が、ずっと大切。そうして仲間と共に自分を語っていく中で、気持ちに余裕が生まれます。母親自身が育児を楽しめるようになるし、家庭にも笑顔が増え、夫婦の関係も改善されていくことが本当に多いんですよ。

だから、バランスボールのエクササイズとシェアリングは両輪の存在です。エクササイズで体力を増やし、自分のための時間を作る意欲を高める。そして母となった新しい自分自身に向き合い、人生を前向きに歩んでいく。それが、マドレボニータの目指す産後ケアの本質です。

心と体が、ほぐれていく。「緩やかな変化」をうながすエクササイズの時間

2008年にはNPO法人となり、現在全国17都道府県、70箇所以上で教室を営むマドレボニータ。吉岡さん一人で始めた産後のボディケア&フィットネス教室が、今や大組織として、日本中の産後女性を支えています。今回私たちは、そのうちのひとつ、東京都墨田区にある教室を訪れました。

【写真】レンガの外観の教室

朝10時になると、生後210日未満の赤ちゃんを連れた女性たちが次々と教室に集まってきました。この日見学したのは単発のアドバンスクラスといって、すでに月4回の教室を卒業した人たちのみが参加できる教室です。顔見知りの人もいるようで、和気藹々とした雰囲気。赤ちゃんもお母さんもリラックスしているのがわかります。

「本格的で激しい有酸素運動」という吉岡さんの言葉通り、バランスボールを使ったエクササイズは想像以上に激しい動きを要するものでした。リズムに合わせて手や足を交互に動かすなど、エアロビクスやダンスの要素も加わって、初心者には結構難しい! 

それでも赤ちゃんを抱いたまま、慣れた生徒さんは上手に上下に弾んでいるから驚きです。何より、みなさんが笑顔で運動をしているのがとても印象的でした。

【写真】笑顔でバランスボールでエクササイズをしている参加者の方

ワーク終了後、3人目のお子さんを連れて参加していたりささんに、お話を伺うことができました。2人目のお子さんの時から、すでに7クールの産後ケアコースを受講しています。

【写真】赤ちゃんを抱えて微笑んでインタビューに答えるりささん

りささん:子どもと一緒に来られるのがいいですよね。バランスボールでの運動は、とても心地よくてすぐにはまりました。ただ正直、シェアリングの時間は苦手でしたね(笑)。仕事、パートナー、人生について話すと言われても、最初は何をどう話せばいいのかわらなくて。

でも、他の人たちのお話を聞くのはすごく楽しかったんです。初対面で、育児の悩みや人生のビジョンを聞けるなんてそうないじゃないですか。いろんな人がいるんだな、産後ってどんなふうでもいいんだなって、気持ちが楽になりました。

りささんのように、最初はうまく話せないという人は少なくありません。でも「自分を語る場」に身を置くだけで、何かしら感じるものはある。インストラクターの山城侑子さんによれば、エクササイズに通うお母さんたちの多くが、そうした体験を経て「変化」していくのだそうです。

【写真】笑顔でインタビューに答えるやましろゆうこさん

山城さん:特に一人目の出産後は、様々なトラブルに悩み、心に壁をつくった状態で来られる方もいます。でも、そこから少しずつ運動をし、周りの人とコミュニケーションをとっていくうちに、「私も大丈夫なんだ」「みんな悩んでいるんだ」、とわかってくる。みなさん、徐々に変わっていかれます。

赤ちゃんを泣かしちゃだめ、お母さんなんだから頑張るのが当たり前という気持ちが、少しずつほぐれていくんですね。悩みが一気に解決することはなくても、すっきりとしたお顔になっていかれるのが見ていてわかるのが嬉しいですね。

本当に必要とされている人に届けたい。新たな挑戦のステージへ

産後女性の体と心に、真摯に寄り添って20年。この間マドレボニータは、産後ケアの重要性を世に訴え続け、行政や企業とも連携しながら、できるだけ多くの妊娠・出産・産後期にいる女性たちにサポートを届けられるよう奮闘してきました。

中でも画期的だった取り組みは、2011年3月にスタートさせた「産後ケアバトン制度」です。これは双子などの多胎児や障害があるお子さんを持つ親、ひとり親などへの受講サポート制度。対象となる参加者は、法人・個人からの助成金と寄付を元に、マドレボニータの受講料の全額補助を受けられる、つまり無料で教室に参加できるというものです。

長く続けてきたけれど、本当に必要な人に産後ケアの情報や機会がきちんと届いていないのではないか、というジレンマがずっとありました。たとえば本格的な産後鬱になってしまったら、ケアを受けられる場所を探す元気もないでしょう。

妊娠・出産でトラブルがあったり、自然災害で被災をしたり、シングルマザーになったり、お子さんやご自身の健康状態に問題があったりする人もいます。そういう人たちにこそ、産後早い時期からサポートを受けていただきたかったんです。

予期せぬトラブルの波にのまれて母になると、誰にどう助けを求めていいかもわからなくなるでしょう。助けが必要なのに、逆に引きこもってしまう人も少なくありません。そうした人たちにも、きちんと情報とサポートが届くよう、マドレボニータではパンフレットを製作し、病院や助産院、企業、行政の母子支援機関などの協力のもと、啓発を続けてきました。

【写真】笑顔でインタビューに答えるよしおかまこさん

これを始めてから、必要な方により届くようになった実感があります。現在は、月に約20組の母子に利用していただいています。このサービスを提供できるのも、企業や個人からの寄付金のおかげ。双子を連れて参加する場合は、介助のボランティアをご用意するのですが、介助ボランティアの方々への交通費も、すべて寄付金で負担しています。

「すべての家族に産後ケアを」。産後ケアが、社会を助ける理由。

さらにもうひとつ、マドレボニータで現在力を入れているのが、産後のサポート体制を準備していくためのパートナーや家族への啓発活動です。

これまで私たちは、「すべての母に産後ケアを」というキャッチフレーズで活動をしてきました。でも今年から、それを「すべての家族に産後ケアを」に変えたんです。産後のサポート体制を作るために、パートナーにこそ出産前から正しい産後の知識を持ってほしい。夫婦でその知識を得れば、どちらかが「メイン」でどちらかが「手伝う」という関係ではなく、一緒に子育てにコミットするという協力体制を持って子育てをスタートできる。

それを形にするため、東京都福祉保健財団の助成金を得て、産後の生活をトータルデザインする両親学級の開発や、出産・産後に家族で使えるアプリの普及、啓発リーフレットの配布などを重点的に行なっていくつもりです。

「産後ケアが充実する社会になれば、産後鬱や虐待、夫婦のすれ違いなどの問題もきっと解決できる」。それが、吉岡さんの掲げるビジョンです。

産後の女性が、疲れ果て孤立な育児に追い込まれることは、一人の女性の輝きだけでなく、これから成長していく大切な子どもたちの環境、パートナーや家族との関係性をも脅かす大きな問題です。そしてそれは、産後の女性だけが頑張って立ち向かうべき壁ではないはず。

赤ちゃんの誕生を充分な愛情と心の余裕をもって待ち受けられるようになるには、妊娠期から、パートナーや家族と一緒に正しい知識を持つことが不可欠です。出産・産後の女性の心身の変化を学び、必要になるサポート体制を事前に作っていく必要があります。

自分が体験したことと同じ苦しみを、次世代の人たちには味わう必要はない。

そんな思いから、吉岡さんは今後、妊娠期からのサポートも充実させようとしています。

【写真】エクササイズ教室で寝ている赤ちゃん

すべての人が力を持っている

マドレボニータという社名は、吉岡さんの理念をもっとも端的に表しています。

「madre bonita」ーースペイン語で、「美しい母」。

しかしそれは決して、子どもを産む前と変わらず若々しいキラキラした女性、という意味ではありません。マドレボニータの考える美しい母とは、親となった自分自身の生き方に真摯に向き合い、人としてどうありたいかを考える、本当の美しさを追求する人のことなのです。

すべての人が力を持っている。

吉岡さんはこの取材を通して、力強くそう語ってくれました。

人は誰でも傷つき、力を失ったり、元気を失ったりする。活躍しているように見える誰かと比べて、自分には何もできないと感じることもあるかもしれません。でも一歩外に踏み出し、身体の元気を取り戻しながら自分自身に向き合えば、必ず発揮できる力があるのだと。

そう信じる吉岡さんの元には、「産後は大変だけど、教室に通うようになって仲間ができて、これからの人生が楽しみになった」という産後女性からの声が数多く届いているそうです。

「産後は大変だ」、という言葉は本当かもしれません。でも、それは「産後は不幸だ」ということとイコールではありません。

そのとき訪れる大きな変化を、家族や仲間とどう力を合わせて乗り越えるか。それを考え抜いた先に見えてくる景色は、きっと今までよりももっと彩り豊かな美しいものであるに違いないのです。

関連情報

NPO法人マドレボニータ ホームページ

(写真/馬場加奈子、編集/小池みき、協力/野村夕子)