【写真】微笑みながらインタビューに応えるたなかしほさん

ある日、友人からメッセージが届きました。

実は離婚を考えているんだけど、経済力もないし、周りに話を聞けるシングルマザーもいなくて、何をどう動いていいかわからなくて……

彼女は、結婚と同時に仕事を辞めて、それまで暮らしていた土地を離れ、専業主婦として幼い子どもを育てています。

すぐに会いに行って話を聞きました。子どもたちと自分のために新たな道を探る彼女の力になりたい。とはいえ、彼女も離婚は初めてのことだし、私も未経験。何をどうしたらいいのか、わからない。その時、これは、彼女だけでなく、私の問題でもあると思ったのです。

一児の母でもある私自身は、今離婚を考えているわけではないけれど、いざという時のことを考えておくことは、「結婚」という法律上の結びつきに甘えず、自立した「個」として、家族関係を捉え直すきっかけにもなるのではないか。たとえ神に誓っても、法で結ばれていても、どれだけ思い合っていても、誰にだって、離婚する可能性はある。夫婦であり、家族であり続けることに、保証はありません。

そんな思いを抱いていた時に出会ったのが「プレ・シングルマザー手帖」。静岡市を拠点にひとり親を支援する任意団体・シングルペアレント101issue + designが発行する、離婚を考えるお母さんにエールを贈る小冊子です。

【写真】田中志保さんが代表のシングルペアレント101とissue + designが発行しているプレ・シングルマザー手帖

ページをめくると、一般的な離婚のフローから、精神的暴力、身体的暴力、女性トラブル、金銭トラブルといった離婚理由別ケーススタディ、先輩ママや子どもたちの本音、支援制度や相談窓口まで、「何をどうしたらいいのか、わからない」、その答えが書いてありました。

「プレ・シングルマザー手帖」を発行するシングルペアレント101代表の田中志保さんは、現在11歳と9歳の男の子を育てるシングルマザー。静岡市のひとり親のための相談窓口で職員として働きながら、シングルペアレント101を通じて、食料提供や啓発活動を行なっています。ご自身の経験がひとり親を支援する現在の活動の原点となっているそう。

私は、離婚してよかったと心から思っているし、ひとり親という家族のかたちだと思って、誇りを持って生きています。

【写真】笑顔でインタビューに応えるたなかしほさん

“離婚”、“ひとり親”といった言葉にどこかネガティブな印象を持っている人もいるかもしれません。私自身も友人から相談を受けた際、心配になったこともたしかです。でも、ふたりの子どもを連れて、爽やかな笑顔でそう語る田中さんは、そんな印象を吹き飛ばしてくれました。思えば、私の周りにも、離婚を選択して、ひとり親という家族のかたちで、自分を生きている友人がいます。

田中さんの選択と家族のかたちを紐解くことは、離婚を考えている友人の「自分の選択」を後押しすることにもなるかもしれない。彼女に、自分にも訪れるかもしれない未来に思いを馳せながら、じっくり話を聞きました。

経済的な自立を手放して、感情に蓋をした結婚生活

静岡県で、男女の双子として生まれた田中さんは、祖父母と両親、親戚に囲まれる大家族のなかで育ってきました。学生時代は、活発で人気者の兄に対して、群れるのが苦手で一人で勉強に励むタイプ。それでも、心のどこかに、安心できる関係性に”所属したい”という意識があったと振り返ります。

地元の大学を卒業後、就職氷河期だったこともあり、興味のあった教育を学ぶため大阪の大学院を受験。結果は不合格でしたが、大学の先生が研修生として受け入れてくれたため、研究室を出入りするようになりました。

正式な学生ではないため、学ぶためには働かなければと、求人誌で募集していた音楽関連の会社で働き始め、新レーベルの立ち上げに携わるようになります。そのうちに、仕事がどんどん忙しくなり、研究室からは足が遠のき、朝から晩まで働く生活を送っていました。

2年が経った頃、田中さんは地元・静岡に戻り、出版社で働き始めます。同時に、学生時代に培った語学力を活かして、教育系のNPOでスペイン語圏から出稼ぎに来ていた大人たちに日本語を教えるように。このNPOで元夫と出会い、29歳で結婚。彼が転勤族だったこともあり、田中さんは結婚と同時に仕事を辞めました。

今振り返ってみると、年齢的なタイミングもあって、周囲と比較して、みんながしているから今しなくちゃと焦る気持ちもあったと思います。元夫の仕事に合わせて、自分が仕事を辞めることも仕方のないことだと思っていました。当時は結婚も仕事も、自分で選択できていなかったですね。

【写真】真剣な表情でインタビューに応えるたなかしほさん

元夫の転勤で、東京、そして地方へ。夫から毎月手渡される生活費を元手に主婦をしながら、足りない費用、携帯利用料や洋服代など自分に必要なお金を稼ぐために、アルバイトをする日々。結婚5年目で長男が誕生したことをきっかけに、田中さんはアルバイトも辞めて、専業主婦になりました。

家庭の中では、夫が威圧的な態度で要求してくるので、いつだって応えなくちゃと思っていました。いつ地雷を踏むかわからないから、常に怯えていて。子どもができたら変わるかなとも思ったんですが、変わるどころか、どんどん要求が増していったんですね。

稼ぎが背景にある、元夫とのアンバランスな力関係は田中さんを追い詰めていきました。それでも、幼い子どもと暮らす日々、経済的な自立を手放した自分と子どもの将来を考えると、胸の内にある元夫との生活に対する負の感情に蓋をするしかありませんでした。

幼い頃から、潜在的に所属意識を持ちたいと思っていて、結婚して、「この人は私の一生のパートナーだ」と思うことで、拠り所がほしかったんですね。でも、実際に私が依存していたのは、元夫自身ではなく、ユニークで優しい夫という「幻」の存在。

そして、自分自身が経済的に自立していないから、お金と手をつないで、元夫に従うしかないと思っていたんです。でも皮肉なことに、元夫のお金は私とは手をつなぐことはなく、私を夫に従わせる手段になっていた。結婚しても、“夫婦で一つ”ではなく、個人として精神的にも完結して、自ら稼ぐ力を持っておくことが大事だと今は思います。

離婚を決意。何もかもが手探りで進めた調停

悩み抜いた末に田中さんが離婚を決意したのは、長男と2歳差で生まれた次男が生後7ヶ月の頃。

それまでも元夫との関係性に疲れて、実家に行くこともあったんです。両親にも諭されて「私の努力が足りないだけなのかもしれない」と自分を責めては、自宅に戻っていました。でも、結局また追い詰められて。そのことが子どもに影響を及ぼすようになったら怖い、と思うようになりました。

夫婦関係に限界を感じた田中さんは、元夫が出張中、荷物をまとめて置き手紙を置いて、二人の子どもを連れて実家へ駆け込みます。

情的な部分で気持ちが揺れることもありましたが、自宅に戻ったらまた同じことを繰り返すだけだから、もう元夫とは会わないと心に決めて、離婚へと動き出しました。

離婚を成立させるためには、夫婦間での合意が必要となり、子どもがいる場合は、親権をどちらにするかを決めなければなりません。

離婚の合意をとるための場としては、夫婦間で話し合う「協議」に始まり(*DVがある場合は協議を避ける場合もある)、それができない時は調停委員を介する「調停」、それでも決まらない場合は裁判官に決めてもらう「裁判」に進むことが一般的です。弁護士は、協議や調停で利用する人もいて、裁判でも利用しない人もいます。合意があった時点で離婚が成立します。

「プレ・シングルマザー手帖」より

田中さんは元夫との話し合いが難しかったため、実家に戻って約1ヶ月後に家庭裁判所で調停を立てました。調停は、男女二人の調停委員と夫と妻それぞれが話し合うため、お互いが顔を合わせることはありません。

調停を立てた際、私は大それたことをしてしまったと腰が引ける思いもしました。取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと。でも、元夫との生活にはやっぱり戻れないと気持ちを奮い立たせて、調停に向かいました。

不安とプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、言葉でうまく説明できないかもしれないと、田中さんは7年間の結婚生活であったことを記録していた手帳を持参していました。

ところが、調停委員は「そうやってびっしり申立書に書き記す人はうつ病の傾向があるから、あなたの申立書は読んでいません。社会的にこんなに立派な人と離婚するなんて、考えられない。」と言い放ったのです。藁をも掴む思いで調停に行った田中さんはあまりのショックに、突発的に耳の聞こえが悪くなり耳鳴りやめまいを伴う突発性難聴になってしまいます。

【写真】インタビューに応えるたなかしほさん

その後、調停で弁護士を利用することを検討しますが、そもそもどうやって相性のいい弁護士を探したらいいのか、どれくらいの費用が必要なのかもわからず、足踏みをしてしまいます。たしかに、弁護士を立てて裁判を起こすなんて、それなりに費用がかかるのでは?と心配になります。

でも実際には、「法テラス」や「法テラスと契約をしている弁護士事務所」では、無料で法律相談を行い裁判費用や弁護士・司法書士の費用の立替え(のち、分割償還)ができる「民事法律扶助」もあります。田中さんは当時、こうした機関や情報にたどり着けなかったと言います。

何かもが手探りで、誰に助けを求めたらいいのかもわからなくて。これまでシングルマザーはたくさんいたはずなのに、どうして前例が示されていないの?と不思議に思ったくらいです。時に傷つき怯えながら、1年をかけてやっと調停で離婚が成立しました。それでも当時は、早く離婚を成立させたいと、子どもとの面会条件など、相手の言い分を飲んでしまったところもあって、あとから後悔もしましたね。

たとえば、子どもとの面会条件が「月に2回以上」となった場合、何度でも会えることになります。離婚成立直後、幼い子どもと元夫との面会には田中さんもついて行かざるを得ず、両親や友人にも同伴してもらっていましたが、その度にストレスを感じていました。その後、自ら弁護士を探して、1年かけて調停調書の面会条件から「以上」を取った書類を新たに作成しました。

当時は、離婚条件に記された言葉一つが、こんなにもその後にストレスをもたらすことも、わかっていなかったんですね。

離婚を決意してから成立させるまでに感じた孤独やストレスは、田中さんの現在の活動の原動力に変わっていきます。

「離婚して心からよかった」心の傷を癒し回復へ導いたもの

私は離婚して心からよかったと思っています。精神的なストレスがなくなったので。本当にそう思います。

一点の曇りもなくそう話す田中さんですが、ふたりの子どもを育てていくにあたって、経済的な面など不安はなかったのでしょうか。

もちろんお金のことに対する不安はありました。でも、離婚をしても養育費をきちんともらって、自分自身が稼ぐ力をつけていけば大丈夫だと、根拠のない自信がありました。

田中さんは実家に拠点を移してすぐに職を探し、調停中も教育系のNPOで働き、自ら稼ぐ力を取り戻していきました。

そして、離婚成立後、家庭だけでなく社会とつながった田中さんの心に、新たな思いが芽生えます。

自分の経験から、離婚を考えた段階での行政の支援や適切な情報に行き着けない社会を変えたい、と思うようになりました。そして離婚を考える人たちを支援する団体を立ち上げることを決めて、ビジネスコンテンストに応募したんです。そこで出会った方に、もっと知識をつけたほうがいいとアドバイスをもらって、勉強しました。

田中さんはまず、DVが起きる構造を学ぶ講座を受講しました。次に、ひとり親の支援団体を立ち上げるために必要なデータの見方や調査方法を学び、ヒアリング調査を開始。友人、知人に30人ほどの当事者を紹介してもらい、1年半をかけて話を聞きました。その過程で、静岡市母子寡婦福祉会という当事者団体にも出会いました。

それまでは、元夫との生活に対して、自分が悪いと責めていたところがあったのですが、体系的にDVを学んだことで、過去の見え方が変わりました。また、ヒアリング調査を通して、自分と同じような経験をした人と話す中で、私自身の傷も癒えていったんですね。

身につけた知識と踏み出した一歩は、過去の結婚生活や離婚調停で傷ついた心を回復へと導いたのです。

【写真】木陰で微笑むたなかしほさん

誰でも、離婚してひとり親になる可能性があるから

離婚から2年、ニーズ調査を始めてから1年半、田中さんは任意団体・シングルペアレント101を立ち上げました。調査に基づくニーズに応えるように、ひとり親世帯への食料供給、講座や冊子「プレ・シングルマザー手帖」による啓発活動を行なっています。

同時に、ヒアリング調査で協力してくれた静岡市母子寡婦福祉会で求人があり、静岡市から会が受託している事業「ひとり親家庭相談窓口」の担当者として働くことに。相談窓口を訪れるこれからひとり親になる人、すでにひとり親世帯になっている人たちの話を聞き、抱えている問題を解消するために、適切な機関につなげる仕事です。手持ちのお金がなく、すぐに食料が必要など緊急性が高いケースは、シングルペアレント101を通して、自宅に食料を届けるようにしています。

市の窓口担当者として、任意団体の代表として、二つの立場はつながり、田中さんは静岡市を中心に、ひとり親世帯の人たちを支援しています。

それでも、目の前にいるひとり親世帯の人たちをサポートするだけでは足りないと言います。

ひとり親の生きづらさは社会構造に起因しているし、誰もがひとり親になり得ます。だからこそ、ひとり親当事者だけの問題にはしたくないんです。離婚前、結婚前、社会人になる前の若い世代にも、離婚する可能性があることを知っておいてほしい。

「プレ・シングルマザー手帖」は田中さんのそんな思いから、当事者以外の人たちもフラットに手に取ることができるよう、デザイン性を高く、わかりやすい言葉で制作。この小冊子をもとに、静岡大学で、キャリア支援をする先生と有志の大学生と共同で「大学生のためのひとり親支援プログラム」も実施しました。

私自身が結婚、出産を機に仕事を辞めてしまったこともあって、自身のキャリアを考える際に、“仮にひとり親になっても大丈夫かな?”という視点を持ってほしいと思っています。

結婚、妊娠、出産。家族の新たなスタートに合わせて、個人でこれまで築いてきたキャリアを手放したり、緩めたりするケースもあると思います。でも、どんなに幸せな結婚・妊娠・出産であったとしても、離婚の可能性を考えてみると、自分の仕事に対する選択は少し変わってくるかもしれません。

私自身、結婚しても自分の働くペースを落とすことはありませんでしたが、子どもを産んでからは、物理的な時間の制約と精神的な変化もあって、常に自分の仕事をどうしていくかを考えています。出張の多い会社員である夫が家庭における収入の部分を担い、フリーランスである私が働くペースを落として家事育児を中心にやるという選択も考えられます。でも、離婚の可能性を考えてみると、やっぱりその選択肢は取れない、と思うのです。

もちろん働き方や家族のあり方に正解はなく、それぞれ、その時々で異なります。だからこそ、迷うのですが、グラデーションもある様々な選択肢の中で、その時、何を選ぶかを決めるのは結局自分しかいないのかもしれません。

【写真】空を見上げるたなかしほさん

プレ・シングルマザー手帖を読んで、やっぱり大変そうだから離婚はやめておこうという選択をしてもいいんです。大事なのは自分で決めること。私自身、離婚は、今よりもきっと幸せになれると自分で選んで決めたことだから、一切の後悔がないんです。離婚するにしても、しないにしても、迷っている人たちの選択に寄り添うことができたらと思って、私はこの活動をしています。

「一人で子どもを育てるわけではない」頼り合える社会へ

現在、田中さんは兄の家族と父と三世帯で暮らしています。二人の息子の子育てには、親族をはじめ、たくさんの人たちが関わっていると言います。

私はひとり親だけれど、そもそも子どもを一人で育てられるとは思っていないんです。一人でお父さんの役割も果たそうと気負うこともなく、私は私にできることしかできない。家事など手を抜けるところは抜いて、頼れる人には親子で頼る。家庭に親がひとりでも子どもは育ちますからね。

実際に田中さんは、親族以外にも、地域で頼れる人を探すべく、子どもを連れて民間の児童クラブなど、“地域の居場所”を何度も訪れました。そのうちに人見知りをする次男が、児童クラブのおじさん、おばさんに懐くようになったのだとか。

地域に開放された場所があったとしても、その存在に気づかなかったり、実際に訪れるには躊躇してしまうこともあると思います。我が家も、子どもにはたくさんの人に関わってほしいと思いながらも、つい家庭内で子育ての問題を解決しようとしてしまいます。

私も離婚した当初は、人に頼るのは怖かったです。でも、離婚した時に、周りに助けてくれる人たちがいて、私と子どもの生活は3人で成り立っているわけではないことに気づいたんです。保育園の先生も息子の第二の母のような存在で、母である私も一緒に育ててもらっているような感じで。それでいい、できないのなら、素直に甘えようと思えたんですね。

【写真】笑顔でインタビューに応えるたなかしほさん

それでもやっぱり、同じ地域に暮らすとはいえ見ず知らずの人に頼るには、ある程度の勇気や運、コミュニケーション能力も必要になってくるようにも思います。身近な人に頼れないときは、行政の窓口や支援団体にアクセスしてほしいと田中さんは言います。シングルペアレント101もその一つです。

まだまだ十分ではないけれど、支援したいという気持ちでやっているので、頼ってもらえたら嬉しいです。助けを求めてほしい。

活動を始めた当初は、過去の自分を救いたいという気持ちが強かったと思います。今は当事者としても、支援したい、社会を変えたいという思いが強いです。離婚すること自体は決してネガティブな選択ではなく、ひとり親に困難が生じてしまう社会の側に問題があると思うので。できることから、ひとり親が安心して暮らせる社会をつくっていきたいですね。

身近にいる人と頼り頼り合うことから始める

私はもっと、子どもである自分に頼ってほしかった。

田中さんの話を聞き終えた時、同席していた母子家庭で育ったsoarスタッフがそんな言葉を漏らしました。一人で全部背負いこんでいた母の姿を近くで見ていて、何もできない自分に対しても、もどかしい気持ちを抱いていたのだと話します。

親の立場になってみて、子どもを頼るのはなかなか難しいような気もしています。一方、自分の子ども時代を振り返ると、ちゃんと親を見ていて、力になりたいと思っていたような気も。

田中さんが帰る際、その後のイベントで配布するプレシングルマザー手帖80冊が入ったスーツケースを長男が進んで持ち運んでいて、その姿に「お母さんの力になりたい」という気持ちがにじみ出ているようでした。田中さんが普段から、子どもたちに頼っているからこそ、なのでしょう。

我が家はひとり親世帯ではないけれど、近所に親戚もいない核家族で、いわゆる“ワンオペ育児”になりがち。でも、ふと思えば、娘は、保育園の先生や保護者、友人たち、私たち親以外のあらゆる人たちと関わって、日々成長しています。

先日、近所の掲示板で見かけて、娘と二人で、町内会のお祭り、子どもお神輿に参加してみました。はじめましての人ばかりでしたが、おじさん・おばさんたちは、昔から知っているかのように娘を可愛がってくれました。

見えていなかっただけで、地域をはじめ周りには、頼れる人たちがいるようです。それは、一番身近なところにも。親だからと気負わず、子どもにも頼ってみようと思います。

【写真】笑顔のたなかしほさんさんと赤ちゃんを抱っこするライターのとくるりかさん

私にだって、誰にだって、離婚の可能性があるからこそ、経済的にも精神的にも自立した個人として、自分たちだけで閉じない家族のかたちを築いていきたいと改めて思いました。

とは言っても、ひとり親世帯や核家族が地域社会で子どもを育てるということは、どれだけ理想としても、実践するのはなかなか難しいとも感じています。でも、もしかしたら、子どもを親だけで育てようとは思わずに、自分の身近にいる人に声をかけて、頼ってみる、頼られてみる。そんな小さなことを繰り返すことから始めてもいいのかもしれません。

まずは冒頭の友人に伝えてみようと思います。どんな選択をしたとしても、私はあなたの力になりたい。だから頼ってほしい、と。

関連情報:
シングル ペアレント101 Facebookページ

soarではライターの徳瑠里香さんとともに、「わたしと家族のつながり方」をテーマに、「自分の選択」をして、「わたしの家族」を築いている人たちに話を伺う企画を展開しています。

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(写真/馬場加奈子、編集/工藤瑞穂、協力/田中みずほ)