「どうしてここに来たんですか?」
2015年4月、LGBT支援を行うNPO法人グッド・エイジング・エールズが主催するTokyo Rainbow Pride 2015 応援企画パーティに参加したときに、参加者であるゲイの方にそう尋ねられました。
きっと、単に気になったから聞いただけの、純粋な疑問から出た言葉。でも、なぜか僕は責められているような気がしてしまったのです。
その場の参加者は、LGBT当事者の方もしくは支援活動をしている関係者たちがほとんどの様子。「興味があったので」と答えるのは失礼にあたるんじゃないだろうかと心配になり、ストレートである自分、何かLGBTに関する活動をしているわけでもない人間が、その場にいる理由をうまく説明できませんでした。
彼はとても気さくな優しい方で、こちらの興味関心に気づき、自分のことやLGBTにまつわるいろんな話をしてくれました。そして別れ際には、「もしゲイについて知りたいことがあったら、いつでも聞いてくださいね」と笑顔で言ってくれたのです。
彼の気持ちをとても嬉しく思い、「来てよかったな」と思うと同時に、僕には疑問が生まれた瞬間でもありました。
どうやってこのコミュニティとの距離を縮めたらいいんだろうか。この場にいても不思議じゃない状態は、どうやったら作ることができるんだろうか。
この疑問に対して、ヒントが得られるまでに時間はあまりかかりませんでした。2015年7月に開催されたソーシャルスタートアップ・アクセラレータープログラム「SUSANOO(スサノヲ)」のデモデイで、あるヒントを得られたのです。
「セクシュアリティを気にするかどうか」という捉え方
SUSANOOのデモデイは、複数の起業家たちが6ヶ月間の成果をプレゼンテーションする場。プログラム参加者の一人として壇上に上がっていたのが、「やる気あり美」というサイトを運営していた太田 尚樹くんでした。
自身がゲイである彼がプレゼンの中で話していたのが、「LGBT or NOT」という基準ではなく、「セクシュアリティを気にするかどうか」という基準を新たに作るということ。この新たな基準によって、LGBTの人たちはカミングアウトの有無に関わらずコミュニティにいることができ、ストレートの人たちも自然とその場に居られるようになる、そう語っていました。
ストレートでありながら、LGBTの方々とどう関わっていくかを考えていた僕は、この考え方を聞いてとても共感し、その後すぐ太田くんに話しかけました。『soar』というメディアを立ち上げるにあたって、彼がどういった経緯で今のような考えに至ったのかをぜひ聞いてみたいと思い、話を伺いました。
まず、「やる気あり美」というプロジェクトの紹介から。「やる気あり美」は、2015年4月に、セクシュアルマイノリティがより自然体に生きられる社会の実現を目指して設立されました。
LGBT関連のコンテンツを作り、ウェブサイト「やる気あり美」を通じて発信しているのですが、このコンテンツがこれまでのLGBT関連のものとは一線を画しています。
サイトがオープンしたときにはインターネット上でも大きく話題になっていましたが、とにかく面白いんです。
斬新な切り口の対談企画記事、メンバーであるアーティストの井上涼さんのシュールでユニークなイラスト。
読みながらクスッと笑うことも多く、肩の力を抜いて楽しむことができ、これまでとは違った角度からLGBT関連の話に触れることができて、新鮮な気持ちになったことを覚えています。
「なんかこのひとたち、めちゃくちゃおもしろい!」
周りの友人からも、「応援したい」「おもしろい」という共感の声が多数聞かれました。
「やる気あり美」の記事
・ゲイの井戸端会議にノンケが立ち会ってみた~ゲイの「はたらく」編~
・坊さん座談会〜仏教的にLGBTってどうなのか、聞いてきました〜
LGBTのことを「知りたい」と思ってもらえるように編集したい
ーーどういった経緯で「やる気あり美」という活動はスタートしたんですか?
太田くん:活動を開始したのは、2015年4月。LGBT業界の言いたいことが、全然他の人たちが聞きたいことになってないな、と感じたことがきっかけでした。
ーーなかなかうまくコミュニケーションがとれていなかった?
太田くん:そう感じました。「LGBTのことを伝えたい」という気持ちはもちろん大切です。でも、コミュニケーションは一方通行じゃだめですよね。LGBTの人が言いたいこと、伝えたいことが、聴く側にとって「おもしろい」と感じるような、知りたいと思える情報に編集することがやりたい。そう考えて始めたのが「やる気あり美」でした。
ーーLGBT側で伝えたいことと、発信の仕方に乖離があるということはその前から感じていたんですか?
太田くん:そうですね。パレードを手伝うようになったころから感じてました。パレードは日本中のLGBT関連団体が関わるので、色々な団体の代表を務めている方々に会うんです。直接お会いすると、みなさんとてもいい人で。でも、発信する内容や方法を見ていると「せっかく考えていることは素敵なのに、そんな言い方では伝わらないんじゃないかな」と感じることがありました。とても素敵なひとなのに、その魅力が全然伝わってないというのが悔しかったですね。
ーーパレードにはいつごろから関わるようになったんですか?
太田くん:がっつりスタッフとして稼働してるわけではないのですが、関わり始めたのは社会人1年目が終わりのころ。ミーティングに顔を出すようになって、一緒に飲みに行ったりして、みなさんが考えていることを少しずつ聞くようになりました。
ーーパレードの手伝いをしようと思ったのには何かきっかけがあったんですか?
太田くん:これもご縁でしたね。会社員になって周囲の仲の良い人たちにカミングアウトしていたんですが、なかなかうまくいかなくて。「他の人たちはどうしてるんだろう?」って気になって連絡したのが、グッド・エイジング・エールズ代表の松中 権さんでした。いきなり「会いたいです!」ってメッセージを送って。
ーーそれがきっかけだったんですね。
太田くん:それでお会いして、自分の考えていることを権さんに伝えているうちに、「じゃあパレードとか行ってみたら」と勧められて。「顔出すだけでも」ってことで参加してみたら、いつのまにか手伝うことになったんですけどね(笑)
“地味で、普通”なLGBTたちのモデルになれたら
ーーパレードなど、LGBTの活動に関わるようになって何か発見はありました?
太田くん:LGBTのコミュニティで、違和感を持ちました。その中のいくつかは、単純にすごいかっこいい雰囲気で「超イケてるじゃん、おしゃれじゃん」という感想を抱く一方、「自分はこんなにファビュラスじゃないな」と強く感じたんです。活動のことはすごく好きで、尊敬しているけれど、自分には合ってないなって。
ーーたしかにLGBT関連でNPOを立ち上げて活動している人たちはオシャレで活動的、という印象がありますね。
太田くん:でも、実際にはLGBTのほとんどは普通の人たちなんです。世間の人たちが抱くLGBTの人たちのイメージが、積極的に発言する活動家のような人たちか、もしくは「二丁目」にいるような人たちのどちらかしかない状態。
ーーLGBTの人たちに対して、かなり限定されたイメージしかない状態に違和感があった。
太田くん:モデルとなる人たちが限られてる状態で、LGBTに関する活動をする人たちが目立っていったとしても、その後に続くLGBTの人たちは多様にならないと思うんです。地味で、普通のLGBTの人たちにとってのフロントランナーのような人が出てこないと、LGBTのグラデーションが生まれないと思ったんです。
ーー新しいLGBTのイメージを伝えようとしたんですね。
太田くん:あとは、日本のLGBTの権利運動って、基本的に「個性の輝きこそ重要!」というメッセージのもと大きく前に出るような、欧米色の強いアクションが主で、僕はそこについていくLGBT一般層が日本にはそんなに多くない気がしたというのもありますね。もっと地味で、「いやいや、そんなそんな…」と腰をすぼめてすぐ謙遜しがちな空気感というか、日本人に刺さるアクションをとるイノベーターが出てくると良いなと思ったんですよね。地味で、普通なLGBTたちのモデルになれたら嬉しいなって。
セクシュアリティに対してフレンドリーなコミュニティ
ーーそうやって「やる気あり美」の活動がスタートして、参加されていた「SUSANOO」では、LGBTかそうでないかとは違う、新しい構造を作りたいというお話をされてました。これはどういった経緯でそうなったんですか?
太田くん:「SUSANOO」のプログラムに参加して、いろんな人たちにヒアリングをしていきました。予想以上に多かったのが、目立ったLGBTの人たちを指して、「あの人たちと一緒に思われたくない」って意見だったんです。約80人にヒアリングしたんですが「俺はあれと違うからな」って大体の人が言うんです。色物になっちゃうことを避けている空気があって。
ーーそれは意外ですね。では、ヒアリングしたことでアプローチを変えようと?
太田くん:そうですね。『LGBT or NOT』っていう構造でチャレンジすることって難しいのかも、と思ったんです。そのやり方だと、既存の、いわゆる「おねぇ」などのイメージばかりが先行していってしまう。そうなると、そのイメージ道りの人か、そのイメージと関係なく強い魅力や自信のある人しか承認を得られないんじゃないかと思いました。最初は、「僕らみたいなLGBTもいるよ」っていうアプローチをしようとしたんですけど、LGBTって世界的にイメージ像があって、それが強大すぎて、そこには勝てない気がしたんですよね。
ーーLGBTのイメージを変えるのではなく、新しい構造を作るというアプローチに変えたんですね。『LGBT or NOT』ではない構造は、どんな構造になっていくのでしょうか?
太田くん:どんな構造にしていくといいのかはまだはっきり見えているわけじゃないんです。ただ、セクシュアリティを気にしないとか、セクシュアリティにはこだわらないとか、いろいろな言い方はありますけど、とにかく「LGBTと、そうでない人」と分けない。「セクシュアリティにフレンドリーな人たち」というのに名前を付けたいと思っています。その中には、LGBT当事者も非当事者も当然いる、というような世界観です。
ーーなるほど。新しい構造になると、どんなことが起こるんでしょうか。
太田くん:LGBTのイメージばかりが先行していくと、さっき言ったように、そのイメージを覆せるほど自信がある人か、イメージどおりの人しかカミングアウトできないと思うんですよね。これじゃ、結局カミングアウトしても多くの人は承認されたと感じることができない。それが、「俺はどんなセクリュアリティでもオッケーだよ!」というセクシュアリティにリベラルな人たちのコミュニティがあれば、その中でタイミングを見て、ナチュラルな感じで言い出せるんじゃないかなと思うんですよね。
ーー「この人たちは受け入れてくれる人たちなんだ」とわかっていると、安心してそのコミュニティに居られそうですね。
太田くん:この構造だと、LGBTに関するリテラシーがなくても大丈夫なんです。リテラシーがなかったら、コミュニティには入れないっていうのは間違ってると思うんですよ。リテラシーがなかったから差別が生まれたんだって意見もありますけど、僕は本当にそうなのかなって思う。差別を生むのは差別意識ですよ。リテラシーじゃない。僕の友人はなんの知識もなかったけど差別意識はなかったです。まあ差別発言みたいなのはありますけど、それはリテラシーの問題ですから。
ーー差別意識とリテラシーは混同しがちですね。リテラシーがなくても大丈夫になる、というのはストレートの人たちにとっても入りやすいコミュニティになりそうです。
太田くん:もちろん、僕たちも相手に正しい知識を持ってほしいとは思いますよ。でも、急いじゃうと楽しくなくなるじゃないですか。最初からリテラシーが要求されるコミュニティに行くのは身構えちゃいますしね。
すべてのLGBTの中高生たちに楽しい思春期を送らせてあげたい
ーー活動の内容が少し変わる過程で、自分がゲイであるということへのこだわりが以前ほど強くはなくなったのかなと感じたのですが、何か変化はありました?
太田くん:自分のアイデンティティとセクシュアリティの距離を冷静に見つめることができるようになって、それで活動もピポットできたと思います。最近、自分のアイデンティティについてすごく考えてるんです。僕にとって、ゲイであることは、大事なアイデンティティではあるけど、第一のアイデンティティではありません。僕は、日常でゲイであって困ることは全くありません。親にも伝えたし、友人にも伝えて。友人と恋バナもできるし、何も困ってないんですよ。ゲイというアイデンティティが、自分の強いモチベーションになるようなことはだいぶなくなってきました。自分が認めてもらいたい、という気持ちは満たされていますしね。ただ、その時にゲイというアイデンティティをどう持つか、持ちたいかというのは悩みでもあります。
ーーそれでもゲイというアイデンティティをどう持つかというのは悩みなんですね。
太田くん:これは難しいですよね。特に、社会人より思春期の中高生のほうが大変です。中高生の頃って恋愛がビッグテーマだったり、アイデンティティの形成に影響を与えるのに、なかなか人と共有できないですし。思春期を終えて社会人になったら、セクシュアリティは人との関係を築く上で重要な要因にはならなくなりますが、中高生の頃はそうはいかないですから。
ーーたしかに中高生の子たちは難しい状況に置かれてますね。
太田くん:だから、すべてのLGBTの中高生たちに楽しい思春期を送らせてあげたいなとは強く思います。僕も送れなかったし、ほとんどのLGBTの中高生がそうなんじゃないかと思うから。それは本当に変えたい。
ーー「やる気あり美」として、10代のLGBTに会いに行く企画をやられてますよね。今後、もっと色々な活動をされていくんですか?
太田くん:具体的になっているわけではありませんが、色々な活動ができたらいいなとは思っています。たとえば、ひとつの学校にフルコミットして、「やる気あり美」として一定期間プログラムをやらせてもらったり、学年やクラスだけでもセクシュアリティにフレンドリーな構造を実現してみたりとか。
ーー学校にいるときにそんな機会があったら素敵ですね。「やる気あり美」として、そこにつなげていくための活動は何かされているんですか?
太田くん:今、やる気あり美はセクシュアリティフレンドリーな人たちを集めての料理会を開催しています。みんなで集まって料理をしながらおしゃべりするだけなんですけど、すごく楽しいんですよ!別にLGBTについて意見を述べなくていいし、たとえばもし自分がLGBTだって言いたくなったら言ってもいい。「オープンにしてもいいよ」って肯定感だけを提供するという感じで。今は自分の考えている新しい構造が、人に受け入れられるのかどうかを、イベントに足を運んでくれた人たちの反応を見ながら試しているところです。
ーーキッチンイベントの手応えは感じてますか?
太田くん:感じてますね。一番嬉しかった会では、水戸から「震える足を押さえてきました」って参加してくれた子がいたり、誰にもカミングアウトしたことないって20歳のレズビアンの子が後のアンケートで教えてくれたり。まだ課題は山積みですが、価値は感じています。
ーー素敵だなと思う一方で、今のアプローチではなかなかスケールすることが難しいかと思います。そのあたりはどう考えてるんですか?
太田くん:リアルである限りはディープな価値を追求するしかないなって思ってます。LGBTの人たち同士のつながりは、ITの進歩でどんどん解決されていくと思うんです。サービスを作ろうとしている人たちもいますし。きっと、僕たちが感じていたような孤独感を感じることは減っていく。僕がやりたいのは、LGBTの中でのつながりを生むことじゃなくて、LGBTと社会の間にある壁を壊すこと。壁が壊れた状況を小さくても作っていきたい。まず、小さい穴でもいいから開けちゃおうというのがキッチンなんです。学校のような思春期の人たちが参加しやすい場所で開催するのはやりたいかな。みんな生きやすくなると思います。
より多くのLGBTの人たちが自然体でいられるようにするために、セクシュアリティにフレンドリーなコミュニティを作っていくという太田くんの考えには感銘を受けました。
今は、小さな波紋を少しずつ生んでいる段階。きっと、この波紋の1つ1つが重なっていって、将来大きな波紋になっていくのだと思います。
LGBTと社会の間にある壁をなくしていこうとする「やる気あり美」の活動を、これからも応援していきたいと思います。
関連情報:
やる気あり美 ウェブサイト