【写真】たくさんのメッセージと写真の前で微笑む、おおくぼじゅんいちさん何か悩みを抱えていて情報を探しているときに、今同じことに悩んでいる人や過去に悩んでいた人が身近にいたら、安心して相談できませんか。

たとえ身近にいなくても、インターネットを通じてそのような存在に出会ってホッとする経験をしたことが私にはあります。同じ悩みを抱えている方がブログで発信されていた言葉に励まされたのです。

たとえば病気など、身近な人と共有しづらい悩みだとなおさら、そうした存在が必要ではないでしょうか。

誰もが知っている病気であるがんでさえ、患者さんの体験談を見つけることや、患者さん同士がつながることは、これまでなかなかできなかったと言います。そんな中、「無ければそのしくみを自ら作ろう!」と思い立ち、がん患者さんのためのコミュニティを立ち上げた団体があります。

がん経験者である大久保淳一さんが代表を務めるNPO法人5yearsです。

病気を克服した人の体験談が治療中の患者さんを一番勇気づけてくれる

「病気をしても人生は終わりではない、この事実を社会に示す。」という理念を持つ5yearsは、全国のがん患者さんと経験者、そしてそのご家族をインターネット上でつなぐしくみを作っています。

このしくみ作りのヒントは、代表・大久保さんの経験の中にありました。 

10年前に、進行した精巣がんが見つかった大久保さんは、がんが発覚したときの気持ちをこのように振り返ります。

大久保さん:告知されたのは、42歳のときでした。幼い子どもが2人いて、働き盛りだった頃です。当時は、まるで深海の底に沈んでいくような恐ろしさを感じたことを覚えています。

それから間もなくして、がん転移や合併症も発覚。しかし、大久保さんは不安と孤独な気持ちに襲われつつも、諦めずに治療を続けていました。

病気を克服するためにも、がんについていろいろと情報を調べる中で、大久保さんはあることに気付きます。

大久保さん:患者と家族がかかえる不安や疑問は、病気や治療に関することに限りません。 それなのに、治療中の生活、副作用・後遺症の具合、いつまで・いくらお金がかかるのか、治療の選び方、復職の仕方……。そういった欲しい情報が見つからなかったんです。

また、大久保さんが何よりも不安に思ったのは、「がんの後、元気に社会に戻った人たちの情報が見つからないこと」でした。

大久保さん:病気になったときに、一番の助けになり勇気づけてくれるものは、自分と同じ病気を経験し、克服した人の話ではないでしょうか。私は闘病当時、がんを克服してカムバックしたプロスポーツ選手の話を本で読み、自分も頑張ろうと思いました。一方で、プロの選手の話はどこか超人的だったので、彼らだから生き延びられたのではないかと感じてしまいました。病気のあと元気になった一般の方の情報も探したのですが、なかなか見つからず失望してしまって。身近にも、がんを克服した人は大勢いるはずで、その体験談がオープンになれば安心できる患者さんが増えると思ったんです。

【写真】がんを克服し、100キロマラソンを完走したおおくぼさんを取材した記事。 治療を続け、がん闘病を終えた大久保さんは無事に復職しました。100キロマラソンにも復帰し、病気前の自己記録更新に挑戦するなどアクティブに活動していた大久保さんは、がん患者のときに感じていた「あればいいのに」を形にしようと決意します。

そして、2015年に勤めていた企業を退職。「自分の経験を活かして、がん患者をつなぐ役割を果たしたい」との思いの元、山本晃さんとともに5yearsを立ち上げました。

【写真】会社の机に座り、ネクタイをしててこちらに笑顔を向けるおおくぼさん。

一念発起し5yearsを立ち上げることになった大久保さんの前職の最終出社日。

がん患者・がん経験者・支える家族をつなげるしくみ『5years』

5yearsは、「がんのあと元気に社会に戻った人たちのプロフィール情報の紹介」と「がん経験者たちとコミュニケーションがとれる仕組みの提供」の2つの事業を行っています。

5yearsのサイトには、年齢、種別(がん治療中の方・克服して社会復帰している方・がん患者の家族の方)、患っていたがんの種類とともにプロフィール情報がずらりと並んでいます。堅苦しくなく、まるでSNSのような雰囲気で、これなら気軽に利用できそうだと感じます。サービスを公開した後は、多くの患者さんから「こんな仕組みが欲しかった」と喜ばれ、すでに1,900名以上の方が登録しているそうです。

【写真】5yearsのサイトの様子。登録者のプロフィールが写真付きでずらりと並んでいます。

5yearsのサイトには、1900人以上の登録者の方のプロフィールが並んでいる。

みんなの広場には、この2年間で110件の質問が寄せられ、そこに対して974件の回答が寄せられました。ここからも、患者さんからのニーズがあるのはもちろん、自身の経験を元に役に立ちたいと思う経験者からも支持されているサービスであることがわかります。

「1対1」の電話相談がより多くの患者さんを救う

みんなの広場は、文章による「1対多」の公開Q&Aのしくみでしたが、これから5yearsが目指すのは「1対1」で相談ができるしくみ作りです。具体的には、患者さんが「この人に相談したい!」と選んだ相手に、テレビ電話で個別にお話ができるもの。

個別相談はスマートフォンやPCのテレビ電話機能を使っての実施を目指している。

大久保さん:今まさに命と向き合っているがん患者とのコミュニケーションは、繊細です。書き言葉ひとつで誤解を招いてしまうこともありえますし、文章だけで返信することに抵抗を持つ経験者の方もいます。電話でのコミュニケーションなら、言い回し、声のトーンなどで、気持ちがより伝わり、文章以上に多くの情報をやり取りすることができるでしょう。

電話での相談システムは、集合会議電話を利用して実験的に実施したことがあり、とても好評を得たそうです。いま課題となっているのは、通話料金が掛かることと日程調整が煩雑であること。この課題をクリアすることができれば、これまで以上にがん患者さんに役立つプラットフォームにできると大久保さんは確信しています。

先にがんを経験した人たちが相談に乗ることでがん患者さんの復帰をお手伝いできる

がん患者さんが、相談できる人とつながることで安心して治療に臨むことができる。そう信じて大久保さんはサービスの開発に取り組んでいます。

【写真】100キロマラソンを走り終えて、喜びをあらわにするおおくぼさん。

2015年に100キロウルトラマラソンで病気前の自己新記録を更新した大久保さんは5yearsでも挑戦を続けている。

大久保さん:がんが見つかった時の不安、失望は想像以上のものでした。今もひとりで絶望の淵に沈んでいる患者さんが大勢いるかと思います。ですが、がんになったからと言って、人生は終わりではありません。がんを患った後、元気に社会に戻った人たちも全国には大勢います。だから、先にがんを経験した人たちが相談に乗り、体験にもとづく情報を提供するしくみを患者さんたちのために作って、みなさんの復帰のお手伝いをしたいと願っています。

5yearsは、現在クラウドファンディングへ挑戦中。集まった資金は、無料のテレビ電話や日程調整が簡単に行えるWebサイトを作るための資金に充てられます。

個別相談のしくみが整えば、文章での相談や公開された場所での質問に抵抗がある方もサービスを利用しやすくなります。これまで以上に多くの情報が届くようになることで、勇気づけられて前向きに治療ができる患者さんが必ず増えるでしょう。

ひとりで乗り越えるには大変なことでも、みんなでなら乗り越えられる。
5yearsが作るつながりを見ていて、強くそう感じました。

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