「自分の可能性を生かして働きたい」
そう願う人が、いったいこの世の中にどれだけいるのでしょうか。
日本では今、障がい者やLGBT、女性や外国人など、多様な人々が働くことができる環境を作ろうという動きが徐々に大きくなっています。国や自治体、そして様々な企業が、誰もが自分の特性や可能性を生かして働くことができる職場環境の実現に向けて、取り組みを進めているのです。
「誰もが自分の特性を生かして働くために大切なことは、いったい何なのだろう。」
そんな風に考えていたとき、私は1本のムービーに出会いました。
こちらは、株式会社NTTドコモ(以下ドコモ)のCSRの一環として制作されたもの。私はこのムービーを見進めるうちに、驚きと共に、自分の視界がさあっと広がっていくように感じました。
「あなたという人は、いくつもの人生でできている。
そのすべてが、誰よりもあなたを、あなたらしくする。」
ムービーから、「どんな人も、その人にしかない人生を生きて、その人にしかない特性をもっている。だからこそ、皆かけがえのない存在なんだよ」という思いが投げかけられたような気がしたからです。
またsoarでは、以前ドコモと共に、「社会の中でダイバーシティを実現していくために大切なこと」を考えるイベントを開催しました。その中で、NTTドコモ北陸支社長(当時NTTドコモCSR部長)の川﨑博子さんは、次のように話しています。
「これまで人と人のコミュニケーションを支えてきたドコモだからこそ、一人ひとりの生き方や多様性を受け入れ、それを人生の豊かさ、社会全体の豊かさにつなげていきたい。」
“自分らしさ”が認められる社会を目指す企業の中には、きっと“自分らしさ”を発揮して働くためのヒントが眠っているのではないだろうか。そう考えた私たちは今回、株式会社NTTドコモを訪れました。
誰もが生きやすい社会づくりに貢献するドコモ
ドコモは、日本最大手の通信サービスを提供する企業です。携帯電話やスマートフォンを中心に、インターネットサービスなど、どんな人の暮らしにも欠かせないサービスを数多く展開しています。
「どんな人でも使う可能性が高いサービスを扱っているからこそ、多様な人が生きやすい社会づくりに貢献したい。」
そうした思いから、ドコモでは、「ForONEs」というコンセプトのもと「一人ひとりが自分らしさを発揮できる社会」の実現に取り組んでいます。2016、2017年と公開されたForONEsのムービーは、これまでの企業のダイバーシティの取り組みとは異なる目線から切り取られたものとして、高い注目を集めています。
築崎さん:ドコモがダイバーシティに取り組む大きな理由は、「より新しい価値をお客様に提供する」ためなんです。そのためには多様な方々が、自分自身の力を生かしていく必要がある。そのことを伝えたくて、ムービーが作られました。
そう話すのは、ドコモのダイバーシティ推進室で働く築崎真理さんです。築崎さんは元々、システム開発を行っていたエンジニアだったそう。その後マーケティングの部署を経験した後に、現在のダイバーシティ推進部に配属となりました。
ドコモのダイバーシティ推進室は2006年に発足しました。設立当初は、女性のキャリア開発支援やワークライフバランスの推進を中心テーマとしていましたが、現在は障がい者、外国籍、LGBTの方々の理解促進や、介護との両立など取り組みの幅を広げています。
例えば、障がいのある社員をスピーカーとして招き、障がいがある社員やその上司、テーマに関心を持つ社員が参加するセミナーを開催。第1回は聴覚障がい、第2回は肢体不自由の障がいに焦点を当てました。
築崎さん:セミナーで印象的だったことは、参加した障がいのある社員たちの反応です。
「周囲に対し、自分の障がいについて遠慮してあまり伝えていない」という聴覚障がいの社員と、「周りにもはっきり主張している」という社員が、セミナーを通じて初めて知り合ったんです。お互いに話をして、これまで遠慮していた人が「もっと自分もはっきり言ったほうがいいことに気付いた」と話していました。
また、障がいのある社員だけでなく、サポートをしたい人、障がいについてもっと理解したい人同士が繋がる社内のコミュニティづくりも行っています。コミュニティでは、社内イントラネット上のメーリングリストをつくり、日頃から情報交換をしています。
最近力を入れているのは、LGBTである社員へのサポートです。LGBTの人々を支援するアライの方々のコミュニティを立ち上げ、SNSを使って情報発信したり、意見交換の場を提供。さらに、働き方に関する学びとして、LGBTに関するハンドブックを使ったイーラーニングを実施しています。
こうした取り組みは、ダイバーシティ推進室からだけでなく、社員からの意見を受けて始まることも多いのだそう。
築崎さん:ダイバーシティ推進室の取り組みは、社員から「こういうのがあったらいいのに」という声を受けて始まることも少なくないんです。
当事者ではない人が、障がいを真に理解することはとても難しいかもしれません。でも社員自身の声を大切にすることで、より良い方向に職場を変えていきたいですね。
自分の「できないこと」も勇気をもって伝えていく
様々な社員の声を受け、少しずつ変化するドコモのダイバーシティ推進の取り組み。では、実際に障がいがある社員のみなさんは、どのように働いているのでしょうか。
まずお話を伺ったのは、石嶋友美さんです。CS推進部に所属し、ドコモショップやインフォメーションセンター等のスタッフやドコモ社員から挙げられた意見・要望を検証し、商品・サービス及び業務の改善につなげる業務を担当しています。
石嶋さんには、両腕に先天性の上肢障がいがあります。そのため、文章を書いたり、ものを運んだりといった、手に負荷がかかることにはどうしても時間がかかってしまうのだそう。そこで、石嶋さんは様々な工夫を凝らしながら、日々の仕事をこなしています。
石嶋さん:まず工夫していることの1つは、普段仕事で使う道具ですね。マウスは、自分の手にあった少し小さめのものを使っています。また、パソコンで文字を打つのに時間かかるので、よく使う文章や言葉は単語登録をしています。細かいことではありますが、こうした積み重ねが少しずつ自分の負担の削減に繋がっているんです。
また、石嶋さんは自身の工夫だけでなく、一緒に働く人々からのサポートの力は本当に大きいと話します。
石嶋さん:例えば、手に力が入りにくいので、私はドアを開けるのにも時間がかかってしまうんですね。そうすると、私が職場のフロアに入るときに、代わりにドアを開けてくれたり、すれ違って出てくる人がドアを押さえてくれていたり。今年、部署が異動になったのですが、そのときの引っ越し作業も周りの方がたくさん助けてくれました。
同じ職場の方々は、石嶋さんが困りそうなことを感じることを自然と察知し、フォローしているのだそう。
しかし石嶋さん自身は、幼いころから誰かに頼るということに、高いハードルを感じてきました。
石嶋さん:私は、小中高と普通の公立学校で学んできました。自分も障がいをあまり意識せず、皆と同じように生活をしたいとずっと思ってきて。その分、身の回りのことはできる限り自分でやらなければいけないと感じてきたので、誰かにサポートをお願いすることが苦手だったんです。
障がいがあっても、自分のことは出来る限り自分でやれるようにならなくてはいけない。
そうした思いを抱いたまま社会人になり、ドコモに入社した石嶋さんでしたが、組織の中でチームで働くようになったことで、自身の中に変化が訪れます。
石嶋さん:一緒に働いた人に「どこまで出来るのか、逆にどんなことをフォローしたらいいのか、改めて聞いていいのか戸惑うことがある」と言われたことがあります。
そのとき、「相手もどうサポートしていいのかわからなくて困っているんだ」とか、「障がいについて触れちゃいけないんじゃないかって思われることもあるんだ」ということを知って。困ってることやできないことを自分からはっきり発信していかないと、相手も困るんだっていうことに、やっと気が付いたんです。
自分が困っていることやできないことを伝えるということは、自分の弱い面をさらけ出すということ。「“こんなこともできないのか”と思われたらどうしよう」と不安になったことは、私自身も経験があります。
でも石嶋さんは、その不安を少しずつ乗り越えながら、自分のことについて徐々に発信していくようになりました。
石嶋さん:まだうまく伝えられないこともたくさんあります。でも、1人で仕事を抱えてしまったら、チーム全体の仕事に支障が出てしまう。そのことがわかってから、なるべくアラームを早く出すよう心がけているんです。
私の場合、障がいのためにどうしてもできないこともあります。そこは、「できないのでお願いします」とはっきりと伝える。でも、できることは精一杯頑張るというのが大切かなと思っています。
働く中で、自分の可能性を生かすため、最大限努力するということはとても大切なことです。
けれど、「自分の可能性を生かす」ということは、決して「できることをやる」ことだけではありません。「ここはできません」と伝えて、難しいことは誰かに頼っていくということも「自分の可能性を生かす」上で本当は重要なことなのだと、石嶋さんのお話を通じて、改めて感じることができました。
「聞こえない」ことを生かして、新しい価値をもつサービスをつくる
自分自身の特性を生かし、新たな価値づくりに挑戦している社員の方もいます。セキュリティ管理やシニアや障がい者向けのサービス企画を担当されている、青木典子さんです。
青木さんには聴覚障がいがあり、話をする際には、音声が文字へ変換されるアプリなどを使っています。
青木さんは、2016年にリリースされた「みえる電話」というサービスの発案者です。
「みえる電話」は、電話の通話相手が話した内容をテキストに変換し、スマホの画面上に見えるようにしたサービスです。音声は、電話やマイクを通すと劣化してしまい、聞き取りにくくなってしまうのだそう。そのため、難聴で補聴器をつけている方でも、電話コミュニケーションが難しいことが多々あります。しかし、「みえる電話」を使うと、相手の話している内容を目で見ることができるため、聴覚障がいがある方でもコミュニケーションが可能になるのです。
青木さん自身、“電話”を介したコミュニケーションには、子どものころから苦労してきたのだそうです。
青木さん:小中学生の頃って、学校が終わった後も、家で電話で友達と話したりしますよね。でも、私はそれができなかった。直接会って話せば聞き取ることもできますが、電話だと何回言われても聞き取れないから、友達との電話も続かなくて、寂しかったんです。
でも、高校生の頃、携帯電話ができたことによって生活が一変しました。友だちとメールができるようになって、お互いが家にいる時間に、友達とたわいない話ができるようになった。それがすごく嬉しかったんですね。
音声が文字に変わることで、スムーズなコミュニケーションが取れることを経験した青木さん。
しかし社会人となって働き始めると、またも音声でのコミュニケーションの難しさを感じることが増えてきます。外部からの電話対応は免除してもらうなど、なるべく自身の障がいに合わせた配慮がされていたものの、どうしても取引先と電話をしなければならなかったり、会議でのやり取りが聞き取りにくいという場面に出会うようになりました。
そこで青木さんは入社3年目くらいから、音声がテキストになるサービスがあったらいいのではないかと考え始めます。ちょうど今の部署に配属になる際、新たなサービスの検討に関わることになり、青木さんが長年温めていたアイデアが「みえる電話」として形になったのです。
青木さん:「みえる電話」が完成したときは、もう感無量でしたね!「みえる電話」っていう名前がチラシに印刷されているのを見るだけで嬉しくなってしまうくらいで(笑)
モニター申込みをしてもらう時のアンケートに、自由にコメントが書ける欄を作ったんです。そうしたら、「こんなサービスを待っていました」とか、「十数年ぶりに電話しました。僕に電話ができると思っていなかった」っていうコメントがたくさん書かれていて。心から作ってよかったなと思いました。
障がいにとらわれず、自分の可能性を発信する
自身の障がいを可能性に変え、新しい価値を持つサービスを生み出した青木さん。ただ、日常的に働く中で、障がいによって難しさを感じる場面も、まだ少なくないと話します。
青木さん:聴覚障がいは見えない障がいなんです。何も言わなければ、周りの人から私が聞こえていないことはわかりません。普段一緒に働いている人も、そんなに意識されてはいないと思います。
例えば、会議のときは難しさを感じることが多いです。同時に何人か話したり、横を向いていて口元が見えなかったりして、何を言っているかわからないことがほとんどです。でも、「聞こえなかったのでもう一度言ってください」というのはすごく勇気がいるんです。仕方なく、しばらく様子を見て、かろうじて聞き取ることができた一部のキーワードから、今どんな話をしているのか予想をつけるんですが、半分以上は外れてしまいます。
そうした状況の中でも、他の社員の人々と働き続けるために青木さんが大切にしていることは、「自分から声をあげること」なのだそう。
青木さん:周りから「大丈夫?」って聞いてくれることはなかなかありません。なので、自分から聞こえないですって言わなかったら、何もなかったことになります。困ったときは自分でが声をあげることによって、周りの人が初めて気付くんです。
それができるまでには時間がかかりましたね。この数年くらいでやっと、少しずつできるようになってきたかなと思います。
昔は自分の障がいを、なかなか周りの人が理解してくれないことにいら立ちを感じることもあったという青木さん。でも自らきっかけをつくろうと声をあげるようになり、ついには、同じ障がいがある人をサポートするためのサービスも世に出しました。
今後は、聴覚障がいに関すること以外のサービスにも取り組んでいきたいと、青木さんは話します。
青木さん:「みえる電話」というサービスを考える上では、これまで聴覚障がいによって自分が感じていたハードルを、ある意味プラスに生かすことができたと思います。
でも、聴覚障がいは、あくまでも私を構成する一つの要素でしかない。障がい者でもあり、一人の人間でもあるので、私の個人的な強みは他にもたくさんあるはずです。弱みももちろんあります。これからは、そうした強みを生かしたり、自分自身が成長しながら働いていきたいです。
“自ら声をあげる”企業文化
石嶋さんと青木さんからは、自身の障がいも含めて自分の強みや個性を見つめ、それらを受け入れて自らの仕事に反映させることで、人々の生活をより良いものにしていく姿を感じ取ることができました。
2人が「障がいも含めて自分の個性を生かして働く」ことができている、その背景にはいったい何があるのでしょうか。
築崎さん:ドコモ全体として、社員一人一人が自らチャレンジをすることをサポートしたいという思いがあります。
障がいがある社員や、何かサポートが必要な社員に、周りが配慮することはもちろん必要です。でも、ただ周りが支援すればいいというわけではなくて、普段のコミュニケーションやセミナーの中で、社員自身からそういう声が上がる。自分自身で言わないとわかってもらえないし、周りの受け止める側も、言われないとわからないから声をあげてほしいというスタンスを大切にしています。
“周りが気を遣う”というだけではなく、“自ら声を上げる”という文化をつくっていく。こうした雰囲気をつくるために、社員の姿や取り組みを社内外に発信することも心掛けていると築崎さんは話します。
築崎さん:社内広報サイトで、毎日社内の動きに関する記事が発信されています。インタビューやリレーメッセージのように、社員に焦点を当てた記事も多いですね。
文化をつくっていくためには、現場の社員だけではなく、トップが積極的にメッセージを発信するということも大切だと考えています。そこで、社長や副社長など、幹部クラスの方に、ダイバーシティに関するメッセージを、毎月社内のイントラサイトで発信してもらっています。
ドコモでは、社員だけでなくトップからも声を発信することによって、企業全体として「すべての人が働きやすい環境・文化」をつくることに取り組もうとしているのです。
情報を発信する人、受け止める人双方が、コミュニケーションを大切にする
チームで仕事をしていこうとしていく組織や企業であれば、「人が持っている力を生かす」という働き方は、どこでも実現したいと考えることです。
しかし、実際にそうした取り組みがうまく進んでいるかというと、現実には難しい部分もあります。障がい者雇用に関して言えば、法定雇用率は達成していても、実際にそれぞれの障がいや個性に合わせた働き方まで実現できているというところは、そう多くはありません。
しかしドコモでの取材を通じて私たちが目にしたのは、力まず、自然体で、自身の特性を生かして働く社員みなさんの姿でした。
なぜドコモでは、こうしたことが可能になっているのでしょうか。
築崎さん:ドコモの企業理念は、「新しいコミュニケーション文化の世界の創造」です。お客様に対しても、社員同士でも、コミュニケーションを深めていくというところを大事にしていきたい。
コミュニケーションがちゃんと出来ていれば、解決できることって本来たくさんあると思うんです。そういったことを社会に対して、ドコモとして発信していきたいと思っています。
自分が困っているときにはきちんと声をあげる。「困っていそうだな」と感じる人がいたら、「どうしてほしい?」とその人に声をかける。情報を発信する側も、受け止める側も、きちんと話し合ってお互いを知る。
当たり前のようだけれど、ついついわかったふりをしてすませてしまいがちな、人と人とのコミュニケーション。それをだれもが怠らずに積み重ねてきたからこそ、ドコモで働く人々の間には、穏やかで風通しのいい雰囲気が流れているのだと感じます。
築崎さん:私たちもダイバーシティという言葉を掲げていますが、それは多様性がある状態だけではないと思うんですね。多様性があってそれを認め合う。その上で、一人一人の個性を生かして強みをつなげていくというところが、本来目指すべき姿だと感じています。そのために、まずは認め合うための環境をつくること。そこをサポートしていきたいですね。
誰もが、自分自身の可能性を生かして働ける社会を目指して
社会には、さまざまな個性や特性をもつ人々がいます。環境によって、それを発揮できる人もいれば、内側に秘めたままの人もいる。言い換えれば、障がいがあったとしても、その人が持つ特性は、環境によって“可能性”として無限に広げていくことができます。
だからこそ、「誰もが自身の可能性を生かせる環境をつくる」ことは、とても難しいことなのではないか。ドコモへの取材を行う前、私はそんな風に感じていました。
しかし、私たちがドコモでの取材を通じて感じたのは、「自分ができること・できないことを知り、それをきちんと自分の声で発信する」、「周りの人は、その声を受け止めてあげる」という、とてもシンプルなことでした。
ただ、シンプルなことだからこそ、それは難しいのかもしれません。
「NTTドコモ」という日本を代表する企業が、社員の方たちの取り組みの積み重ねによって、こうした働き方を体現しているということは、日本の様々な企業にとって、大きな希望となるのではないかと思います。
誰もが生き生きと、自分の可能性を発揮できる。そんな組織や会社が、これから社会により増えていくことを、心から願っています。そしてそのフロントランナーとして、これからもドコモが走り続けていく姿を、応援し続けていきたいです。
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NTTドコモ ホームページ
(撮影:田島寛久)